TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー   作:(๑╹◡╹)ノ

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111.真意

 なんかあれよあれよという間に一行はベルケンドに行くことになってしまった。

 

 なってしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(どうしてこうなった…)

 

 ちょっと慢心して取っ捕まったヴァンさんを見捨てようとしただけなのに。

 見捨てようぜって積極的に仲間たちの背中を押しただけなのに。

 

 気付いたら何故か自分も行くことが決定してしまっていた。

 むしろ自分が率先して行くことになってしまっていた。

 

 不思議である。

 

 訳知り顔のジェイドさんに解説をうっかり全部丸投げしてしまったが故にこの始末。

 どうかこれも身から出た錆であると潔く受け入れていただきたい。

 

 ──とても辛い。

 

 セレニィは恒例行事となった胃の痛みを圧し殺し、天井を見上げフッと微笑んだ。

 

(どうしてこうなった…)

 

 その瞳は、この美しいだけの残酷な世界を写し込むかのように澄み渡っていた。

 

 

 

 

 そんな哀愁漂う彼女の背を観察する視線が一つ。

 マルクト皇帝ピオニーである。

 

 まるで挑むかのような野性味を帯びた笑みを静かに浮かべている。

 

(何一つ明言することなく、盤上の駒を指すが如く望む侭に状況を動かした… か)

 

 きっかけはジェイドによる推薦だった。

 

『ま、こちらも急でしたからね。今日は無理だというのなら出直しましょう』

『ただ、明日の会談にはもう一人分の席を追加で用意していただきたい』

 

『貴方にとってはそう難しい話でもないでしょう?』

『なに、これまで【彼女】には色々と協力して貰いましたから』

 

『皇帝陛下からの覚え目出度くなれば彼女にとってプラスとなるでしょう』

『私も成長するのです。コレも善意の老婆心というヤツですよ。はっはっはっ』

 

 秘書を通じて残されたその伝言に、最初は何の冗談かと苦笑を浮かべたものだ。

 

 ──誰かのために席を用意するよう頼んでくる? “あの”ジェイドが? 

 

 無論、多分に気まぐれな性質のある感情の読めない幼馴染のことだ。

 特段深い意味のない要望であったり全くのブラフであるという可能性は充分に考えられる。

 

 しかし、小さな期待を捨てきれず謁見を行ってみれば…

 

 なんとつい昨日、下町の裏路地で出会った小さな淑女(レディ)の姿があったのだ。

 そう、チンピラどもと盛大にキャットレースをしていた銀髪の少女だ。

 

 何故か助けたはずなのにその後自分が殴られるに至ったが。

 

(……マジで何故だったんだ、アレ)

 

 まさか髪の一房を取って口付けをしたことが気に入らぬわけでもあるまいに。

 まぁ幼馴染(ジェイド)もなんとなく流れで別の幼馴染(サフィール)を殴っていたことあったしそういうものだろう。

 

 閑話休題。

 

 この小さな淑女の登場には流石のピオニーも驚いた。一瞬瞳が大きく見開かれる。

 とはいえ、感情を盛大に表現することもなくなんとか呑み込む。

 

 そして昨日残されていったハンカチを振りながら咄嗟に切り返すあたりは流石であろう。

 それを見せられた側の少女は絶望的な表情でカチコチに固まってしまっていたのだが。

 

 会議室への移動中、他の者に拾われぬ程度の小声でジェイドに語り掛ける。

 

『……一体何を企んでいる? 昨日の彼女の接触もおまえの差し金か』

『昨日? ……その様子だと何かあったんですね。やれやれ、セレニィときたらまったく』

 

『時々おまえが俳優なんじゃないかと信じてしまいそうになるよ』

『無論、私は俳優ではありませんとも。なんせ副業禁止ですからね、マルクト軍は』

 

『抜かせ』

 

 予想はしていたが昨日の出来事にジェイドは関与していないとのことであった。

 となればやはり純粋な事故であったということだ。

 

 これで嘘ならば彼は軍を辞めても役者として食っていける。

 

 というかジェイドとセレニィなる少女はともかく、茶髪の少女はどういうことだ。

 直接的に自分を殴ってきた下手人だというのになんかまるで初対面みたいな顔をしているし。

 

 ……覚えてないのか? 嘘だろオイ。

 

 横目で観察すると、死んだ目をしながら廊下を歩いている銀髪少女の髪を弄り始めていた。

 音も立てず背後から歩行速度を合わせつつ。素直に気持ち悪い。

 

 ……髪を弄られている側の少女には未だ気付く気配すら見られない。

 

 それはまさに神業であった。

 無駄に素晴らしい何処までも無駄な技量の発露であった。無駄にすごかった。

 

 ピオニーは思わず二度見した。

 

(え? なんで? それ今やること? 今やることなのか、それ? 移動しながら?)

 

 ……なんでだよ!? 

 

 いや、やってることは分かるけれど今この場でやることなのかよ!? 

 会議室への移動中に! マルクトの重臣たちに囲まれながら!! 

 

 誰か注意しろよ!? 

 

 助けを求めるようにナタリア王女殿下を見遣れば、彼女は小さく頷き後方へ下がる。

 ……助かった。

 

 彼女は茶髪の女にチョーカーを手渡して、茶髪の女はそれを銀髪の少女に取り付け始める。

 程無くして少女に首輪… もといチョーカーが装着された。

 

 虚ろな瞳で歩いている少女は、またもやそれに気付くことはなかった。

 

 まさに神業である。神業テイクツーであった。

 それを見て満足気に頷いたナタリア王女殿下はこちらに戻ってきて親指を立て笑顔を見せた。

 

 違う、そうじゃない。

 

(ツッコミが… 心のツッコミが追い付かない…ッ!)

 

 会談が始まる前から少々の疲れを感じ始めていたピオニーであった。

 だが、普段の退屈な感情に支配される会談(それ)とは異なり若干の胸の高鳴りも覚えている。

 

 そして郷愁を静かに呼び起こされる。

 雪降るあの街(ケテルブルク)で何事にも新鮮な感情で胸ときめかせていた少年時代を思い出してしまう。

 

 多分それはツッコミ疲れによる動悸・息切れからくる吊り橋効果であろう。

 騙されてはいけません、陛下。

 

(さて、いよいよ三ヶ国会談の開始か… お手並み拝見させて貰おうか? バルフォア殿)

 

 ピオニーは若干浮ついた精神を抑制しようと大きく深呼吸を一つ。

 (しか)して、部下たちを宥めながらも自身は目の前の小柄な少女の観察を続行するのであった。

 

 

 

 

 

 

 なんか、普通に、優秀だった。

 

 ボロを出して針の(むしろ)になりやしないかと考えていたピオニーの心配は杞憂に終わった。

 もしもの時には柄ではないがフォローの一つもくれてやろうと思っていたが。

 

 無論、ジェイドやピオニー自身のような頭一つ二つも抜けた天才では決してない。

 ……ないのだが、人を立てながら仕事を割り振っていく手際がなんとも巧みなのだ。

 

 恐らく知性に関しては多少は回るものの凡人の域を出ないであろう。

 しかし、である。

 

 時折挟まれる雑談でも相手の話をちゃんと聞く。情報収集に必死なだけです。

 自慢話も嫌な顔一つせずに耳を傾け賛辞を送るのも忘れない。確認作業に必死なだけです。

 

 そして決して自分主導で物事を動かそうとせず、やんわり専門の者に委ねようとする。

 ※断じて責任を取りたくないからです。

 

 そんなものだから、会談も自然と彼女中心で進んでいくこととなる。

 なんせ自身の持ち味を理解しようとしてくれる相手との会話は楽しいものだ。

 

 それを知ってか知らずか、王女も導師も親善大使もニコニコと彼女に発言権を譲っている。

 そして当の本人はおすまし顔のまま胡乱(うろん)な質問に多少やり返しつつも見事に立ち回る。

 

 ……なんかたまにすごく面倒くさそうな表情を見せているが多分きっと気の所為だろう。

 

 途中、彼女の扱いを巡りナタリア王女殿下と若干の小競り合いも発生したが其処は御愛嬌。

 それは多少の彩りかスパイスか、ともあれ会談は無事(?)に一区切りを迎えるのであった。

 

 そこで事件は起きた。

 

 突如として警備兵を振り切り会議室にローレライ教団は六神将が一人が押し掛けたのだ。

 息を切らしているものの男に此方に向けた害意は存在しないようであった。

 

 その名は【鮮血】のアッシュ。

 隙のない(たたず)まいながら少女(セレニィの方が小柄だが)を背負い、若干の疲労も見られる。

 

 彼は上官たるヴァンがクーデターを受けたことを報告し、その救援を要請してきたのだ。

 

 ……確かに緊急性の高い問題ではある。

 もはや敵地と言って過言ではない教団本部ではなくマルクトに亡命した判断も称賛したい。

 

 しかしながら、この件は本来、教団内部の派閥争いとして片付けられるような問題。

 むしろ教団の問題であればこそ、責任はこの場においては導師イオンへのみ帰結する。

 

 悪い形で関与しないことを明言することこそが一国の代表として見せられる精一杯の誠意。

 所詮は他国に過ぎないマルクトやキムラスカが容易に踏み込める問題ではないのだから。

 

 セレニィの意見とて、見事にそれを裏付けるものであった。

 

(そのはず、だったのだが…──)

 

 それが一体如何なる手品か、蓋を開ければベルケンドに向かわぬ選択は消え果てていた。

 

 六神将アッシュや親善大使ルークは己の上司、師を救うために全力を賭すことだろう。

 マルクト帝国の廷臣らはベルケンドで開発中と目される新たな技術の確認に心を砕くだろう。

 ベルケンドの実権を担うキムラスカとて、この一連の情勢の変化を決して座視はできまい。

 

 それぞれの思惑を理解し、受け入れながら、彼女はやんわりと一つの道を示唆した。

 それは控えめすぎて、ジェイドの解説がなければ気付けぬほどにささやかな形であったが。

 

 ──………。

 

 協定を結ぼうとした別勢力同士が一つの情勢の変化で足並みを乱すなど有り触れた話だ。

 しかし彼女はそれを逆手に取って、より強固な形で強い足場へと塗り替えたのだった。

 

 少なくとも、今や導師や六神将に親善大使らはそのつもりで乗り気になっている。

 

 驚くべきことに、誰に対しても冷淡で一歩引いた姿勢を崩さなかったあのジェイドまでもが。

 この少女に手のひらの上で転がされて、しかし、それを笑顔で受け入れているのだ。

 

 その少女はなんか暫らく呆然としてたかと思えば髪を掻き毟って地団駄踏み始めたけど。

 暫くそんなダンスを続けていたと思ったら急に天井に視線を固定して動かなくなったけど。

 

 おそらく静かにやんわりと誘導しつつも各々の意思によって動いて欲しかったのだろう。

 会談での短い付き合いながら彼女の人物像に沿った“らしい”動き方だ、とピオニーは思う。

 

 無論、勘違いであるが。

 

 それをジェイドによって赤裸々に暴露されてしまったとなれば地団駄の一つも踏みたくなる。

 これには同情するより他はない。御愁傷様である。

 

 思わずピオニーは破顔する。見ていて退屈しないとはこの事か。

 

「なるほど。使者殿にとってはこの展開も全て織り込み済みだったってことか?」

 

 笑いながら声を掛けた。

 その際には肩を組むのも忘れない。

 

「いえ、違います」

 

 即答で返ってくる。腕もあっさりと振り払われてしまう。

 遠慮がない。

 

「そう簡単に答え合わせはさせてくれないってことか? これは厳しいな」

「違うっつってんだろ」

 

 小気味も()い。

 頭を撫でようとすると逃げられた。間合いを取り一定以上に近付かせようとしない。

 

「よし、今日の活躍の礼もしたい。褒美をやろうじゃないか、わっはっは!」

「えっ…」

 

 褒美で釣れば期待に満ちた表情を浮かべてソワソワし始めた。

 瞳がキラキラと輝いている。分かりやすい。

 

 王女と茶髪の女が警戒心をあらわにして威嚇している。

 何故かシャドウボクシングを始めた。風切り音がちょっとコワイとピオニーは感じた。

 

 そんなほんのりドキドキする危険地帯を後目(しりめ)に彼は懐からある物を取り出す。

 

「……なんですか、これ」

 

「うむ、ジェイドくん人形だ。これを使者殿にくれてやろうではないか」

「え、キモい…(私にはもったいない品でございます、陛下)」

 

 それはジェイドをデフォルメ化したような人形であった。

 

 そしてセレニィは一瞬でキラキラと輝いていた瞳から色を失うのであった。

 思わず本音と建前が逆転してしまうほどに。

 

「なんてな。冗談だ、冗談」

 

 皇帝陛下は再度懐に手を差し入れる。

 セレニィの瞳が再び輝いた。

 

(さっきのは悪い冗談だったんですね! 皇帝陛下ったら、もう!)

 

 軽いジャブに振り回されはしたものの、コレが本当の褒美なのだろう。

 わくわくソワソワしながらピオニーを見上げるセレニィ。

 

 満を持して皇帝陛下は新たにソレを取り出した。

 

「……なんですか、これ」

 

「そう、サフィールくん人形だ。ジェイドくん人形とどっちが欲しい?」

「いらねぇよ! ていうか誰ですか、サフィールくんって!!」

 

 セレニィは頭を抱えて全力で突っ込んだ。

 もはや本音と建前も存在しなかった。

 

 この人形、なんとなくマイ・フレンドのディストさんに似てない気がしないでもない。

 そんなサフィールくん人形には申し訳ないがセレニィ的にはノーサンキュー。

 

 何故ならこのデッドリーな世界観で余計な荷物は不要だからです。

 雑魚は常に身軽でありたい。いつ何時(なんどき)でも仲間を見捨てて高跳びできるように。

 

 ジェイドくん人形? もっとノーサンキュー。ヤツには痛め付けられた思い出しかねぇ。

 そんな意思表示のもとキッパリと皇帝陛下にお断り申し上げた。

 

「なんて謙虚なやつだ! ならば、惜しいがどっちもくれてやろう! さぁ、持ってけ!」

 

 知らなかったのか? 

 皇族からは逃げられない。

 

「いや、だからいらな… ってグイグイ押し付けてくんなゴルァ!?」

「ハハハハハ! おまえは危なっかしいからな! ジェイドとサフィールに守ってもらえ!」

 

「うわぁん、この人マジで聞いてくれない! マルクト人こんなんばっかかー!?」

 

 いや、トニーさんだけはマトモだった。トニーさんマジですまん。

 そんなことを考えながらも必死の抵抗を試みるセレニィ。

 

 なんで金目の物でも貰えるかと期待していたらこんな肩透かしを喰らわねばならないのか。

 

 金欠なのに。

 ティアさんから今月の友達代とか徴収しようかな、と思う程度には金欠になったのに。

 

 こっちなんてティアさんの親御さんの形見を買い戻したら腰骨砕かれそうになったのに。

 

 期待した分だけ気持ちの落差は大きかった。それを勝手な期待と言わば言え。

 正論を吐かれた程度で唯々諾々と現状を受け入れてしまうほどセレニィは立派な人間ではない。

 

 むしろ逆恨みを発動し周囲を煽り散らし屁理屈と無理筋な理論武装で元凶を燃やし尽くす。

 そんな人間なのだ。

 

 その結果ヴァンさんはホモにされて、モース様はキムラスカを追われる羽目になったのだが。

 ……うん、嫌な事件だったね。

 

 そうこうしている間にも皇帝の猛追は止まらない。

 

 なんかこの妙ちきりんな人形を今もグイグイとほっぺに押し付けてきている。

 いい加減頭が痛くなってきた。胃も痛くなってきた。いや、胃は大体いつも痛いのでセーフ。

 

 ──セーフじゃないが? 

 

 この状況を変えるに至らずともせめて一言なり物申してやりたい。

 そんな思いを込めてセレニィは大きく息を吸い込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いい加減にせえやぁああああああああああああッ!?」

 

「わ、ビックリですの」

「……あれ?」

 

 其処は何処かの医務室のような場所であった。

 

 付近にはセレニィが絶叫しながら起き上がったが故であろう、ミュウが転がっている。

 一体どうしてこんなところに? 

 

「……ふむ? 私は一体どうしてこんなところに? はてさて?」

 

 セレニィはか細い記憶の糸を手繰り寄せ始めた。

 

 ………。

 

 そう、結局あれから何を言っても流されてまんまと人形を押し付けられる羽目になったのだ。

 なんか国家予算級の金銭を投じて作られたとかなんとか言っていた気がする。

 

 ハハッ、ナイスジョーク。

 こんなゴミみたいな人形に税金投入されちゃったら自分だったら叛逆待ったなしですよ? 

 

(マルクト帝国って頭大丈夫かな? 頭ダアトなの? 頭ローレライキメちゃってるの?)

 

 全方位に失礼過ぎることを考えているがそこはセレニィなので致し方ない。

 ともあれ彼女は静かな笑みを浮かべる。

 

 あの人形は、いずれどっかで売り払おう。

 

 ピオニー陛下の戯れ言に一部でも真実が含まれていればたとえ投げ売りでも大金となる。

 まぁ実際のところは期待薄なのでちょっとした小遣い程度になれば良しとしよう。

 

 そんなことを考えながら。

 セレニィはほっぺを肉球で()してくるミュウを後目(しりめ)に更に記憶を掘り起こし続ける。

 

 それから皇帝より陸上高速艇を借り受け、ベルケンドという都市まで航行中であったはず。

 タルタロス級に比べたら10名前後の少人数用ではあるがそれでもれっきとした軍用艦。

 

 大過無くベルケンドへと到着する… はず、であった…? 

 

(え? え? なんで震えてるの? なんで震えてるんですか私? めっちゃコワイ!?)

 

 小さな身体がガタガタと震え始める。

 まるで忌まわしき記憶の解放を(げん)(いまし)めるかのように。

 

「セレニィさん、ナタリアさんの料理? を食べたと思ったら泡吹いてぶっ倒れましたのー」

「うわぁああああああああああああああああああ!?」

 

 思い出したくなかった。

 出来ることなら一生記憶野のブラックボックスに封印しておきたかったのに、どうして。

 

 そう。

 そうだった。

 

 ナタリアがルークとアッシュのために手料理を作ったというのでご相伴に(あずか)ったのだ。

 ワクワクでドキドキであった。思えばあの瞬間が人生の絶頂期だったのかもしれない。

 

 ……安いな、絶頂期。

 

 なんせロイヤルな超絶美少女の手料理なのだ。

 仮にアニスさんほどの料理上手ではなくとも付加価値としては充分に過ぎるというもの。

 

 ………。

 

 しかし、悲しい(かな)

 それは絶望の序曲に過ぎなかった。

 

 出てきた料理は生臭く、ケミカルな発光色に彩られ、固体のような液体のような…

 そしてアッシュともども(ルークは逃げた)絶望的な表情でスプーンを手にとり…

 

『アッシュさん、私の分もいります? 嬉しいですよね? ナタリア殿下の手料理』

『だが断る』

 

『そもそもなんかアリエッタさんも襲撃受けたような雰囲気でしたけど違いますよね?』

『………』

 

『前日一緒にグランコクマ観光してましたし違いますよね? こっち側でしたよね?』

『……おまえらを探して宿を当たってみたらアリエッタが一人寝ぼけてたんだ』

 

『あぁ。昨晩夜更かししたんで宿でお留守番してるって言ってましたね。それで?』

『それで、その… おまえらの居場所聞いてそのまま城に向かっただけで』

 

『騙したんですか? アリエッタさんを出汁(ダシ)に私を死地にシュートして楽しいかコラ?』

『……俺は、嘘は、言ってねぇ。……その、そっちが勝手に解釈しただけで』

 

『おま… 卑怯すぎんでしょ、それ! 六神将が聞いて呆れますよ、このデコ助野郎ぁ!』

『いや、本当に悪かったと思ってる。俺が全面的に悪い。申し開きもない。……だから』

 

『ぐぬぬ…』

『──だから、一緒に死んでくれ』

 

『おま… おま、え…ッ!』

 

 思わず絶句して立ち上がろうとしたセレニィの肩をそっと抑えるたおやかな指先。

 

 ギギギ、と油の足りないブリキ人形のような動きで視線を背後へと巡らせる。

 其処には気品ある美しい微笑を浮かべながら立つキムラスカ王女ナタリアの姿があった。

 

 ひゅいっ! と息を呑み、半泣きを浮かべながら表情を青褪めさせるセレニィ。

 

『うふふ、アッシュ。セレニィ。おかわりは沢山ありますからたっぷり召・し・上・が・れ♪』

『……すまん、セレニィ』

 

『いやじゃぁああああああああああああああああああ!!!!』

 

 知らなかったのか? 

 王族からも逃げられない。

 

 ──Cut,cut,cut,cut!!! 

 

 最期の瞬間まで再生しそうになる記憶を強制的に遮断する。

 大きく息を吐いて静かに肩を上下するセレニィに首を傾げつつも、ミュウは言葉を続けた。

 

「で、べるけんど? ってところに着いたのでみなさんお外にでていきましたの」

 

「そ、そうだったんですね。……教えてくださりありがとうございます、ミュウさん」

「えへっ、どういたしましてですのー!」

 

「くっそ、薄情な連中ですねぇ… 病人(?)を放置して観光と洒落込むなんて…」

 

 いざとなったら貰った人形売り捌いて高跳びしようと考えていた人間が抜かしおる。

 

「さて、そうと決まれば私もこんなところで寝てるわけにはいきませんねっ!」

「ですのー!」

 

 セレニィは外出着に着替え斯様(かよう)に宣言する。

 

 このデッドリー過ぎるオールドラントという世界について物申したいことは多分にある。

 あるのだが、それはそれ。知らぬ地を訪れたならば見て回りたいのが人情というもの。

 

 今日はセレ棒をティアさんに着服されていないし、防犯アイテムのミュウも完備。

 斯くしてセレニィは意気揚々とベルケンド市街に向けて出発するのであった。

 

「いきますよ、ミュウさん! でっぱつしんこー!」

「いぇーいですのー!」

 

「あらあら… 気を付けてねぇ、セレニィちゃん。ミュウちゃんも」

 

 艦内に残っていたタトリン夫妻はそんな二人を優しい笑顔で見送ってくれた。

 

 多分お目付け役として残されてたであろうこの人たちの存在意義について考えてはいけない。

 いいね? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、出歩いてみると音機関都市という名とは裏腹にオフィス街のような町並みである。

 あちこちに研究施設らしき建物があるものの、工房のようなものは存在しない。

 

「へぇ… 音機関都市なんて言うからもっと職人の街みたいなイメージでしたけど」

「ですの?」

 

「ふむ、それはシェリダンの方ですねぇ。こちらは主に研究専門の都市ですから」

 

 呟いた独り言を拾われ声を掛けられる。

 振り向けば、眼鏡を掛けた男性が立っていた。……いや、浮いていた。

 

 浮遊椅子に腰掛けながら。

 

「あ、あなたは… もしやディストさん!?」

 

「如何にも、セレヌィ! あなたのソウルフレンド! 薔薇のディスト、華麗に見参!」

「わーい、ディストさんですのー!」

 

「ハーッハッハッハッハッ! 久しぶりに会えて嬉しいですよ二人共! お元気でしたか?」

「すみません、衛兵さん。ちょっといいですか? えぇ、はい。あちらの方に不審者が…」

 

「わーい、通報ですのー!」

 

 しかしセレニィ、ノータイムでの通報を試みる。

 

 衛兵さんが不審そうに不審者であるディストさんを観察している。

 おのれ、公僕。

 

 ディストは嫌な汗をかきながらセレニィのもとに疾駆する。

 

「ぬぉおおおっ!? ちょ、セレヌィ! ちょっと! ちょっとストップですよ!?」

「もがもがー!」

 

「いや、ホントに。いきなり通報とか勘弁して下さい。私たち心友じゃないですか。ね?」

 

 しかしセレニィ、口を塞がれてもなお冷たい視線をディストさんに注ぎ続けている。

 その様子に、どうやら下手な誤魔化しは逆効果のようだと理解するに至る。

 

「……どうやら私たちのやったことはアッシュを通じて伝わっているようですね」

 

 その言葉に口を塞がれながら頷くセレニィ。

 大きくため息を吐くディスト。

 

「さて、なんと説明したものやら… 私の口から説明してもよいのですが…」

「?」

 

「……いえ、分かりました。今は誤解を解くのを諦めましょう」

「おおー! (いさぎよ)いですの、ディストさん! かっこいいですのー!」

 

「ハーッハッハッハッハッ! そうでしょうとも! 私は常に美しく、格好良いのです!」

「じゃあ、通報ですの?」

 

「………」 こくこく

 

 セレニィは何度も頷く。

 じっと見詰め続ける公僕の目が痛い。

 

「あ、いえ、それもちょっと… あいたっ!」

「ぷはっ! ……まったく。アレも嫌コレも嫌なんて御都合は通りませんよ?」

 

「うぅ、だからって思いっきり手に噛みつかなくても…」

「いきなり口塞いでくるからですよ! もう!」

 

「ま、まぁ聞いて下さい。そもそも我々にセレヌィと敵対する意思はありませんし」

「……『我々』? アッシュさんのことも敢えて見逃したとでも?」

 

「あ、いえ… その、詳しいことはシンクに会った時にでも聞いて下さい…」

 

 ここでシンクさん? 

 流れで手伝いをしているだけだろうと思っていた彼が主体的に動いているのだろうか? 

 

 思わぬ新情報に首を傾げるセレニィ。

 嘘や隠し事がめちゃくちゃ下手そうなディストさんのこと、話の信憑性は高い。

 

 果たしてどうしたものやら。もっと叩いてみようか? そんな考えも浮かんでくる。

 

「そ、それよりどうでしょう? 観光をするなら私が案内して差し上げますよ!」

「……怪しいですね」

 

「え、えーと…」

「シンクさんは此方に来てるんですか? そもそもなんでクーデターを?」

 

「そ、それはえーと…」

 

 ヴァンとかいうヒゲ野郎がなんとなくムカつくからある日突然殴りたくなったんです。

 

 そう言われればセレニィとしてもちょっぴり納得はする話である。

 ティアさんの公爵家襲撃の動機とか99%そんな感じだったし。多分。

 

 確かにヴァンのヒゲ野郎はなんとなくムカつくからある日突然殴りたくなっても仕方ない。

 

 しかし、ディストもシンクも一応プロの軍人である。

 いっときの感情でそうそう反乱などは起こさないだろう。多分、メイビー、きっと。

 

 それにリグレットさんを巻き込んでまで、というのがどうにも解せないのだ。

 なんだかんだ彼ら彼女らにはそれなりの仲間意識というのが存在していたように思える。

 

 被災地(アクゼリュス)で一緒に炊き出しやらに励んだあの日々に嘘はなかったと思いたい。

 ……あ、ヴァンさんだけいなかったですね。プークスクス、主席総長さんざまぁ。

 

 ──ともあれ、である。

 

 この一件、ひょっとしてこちらの想定も付かないような裏が隠されているのではあるまいか。

 そんな思考の渦に沈んでいるセレニィの内心を知ってか知らずか。

 

「あ、あちらに美味しそうなソフトクリーム屋台がありますよ! 私が奢りましょう!」

 

 ディストは殊更に明るい大声で誤魔化しにかかった。

 

「は? 舐めてるんですか、ディストさん」

 

 しかしそこは数多の修羅場を潜り抜けてきた歴戦(?)のセレニィである。

 容易く食欲に負けるようなクソボケ野郎では断じてない。

 

「うっ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クレープとジュースもお願いします! ミュウさんの分もですよ!」

「心得ましたぁ!」

 

「わーいですのー!」

 

 訂正。

 容易く食欲に負けるようなクソボケ野郎であった。

 

 人は食べ物(パン)がないと生きられないからね。

 仕方ないね。

 

 二人と一匹は腕を組みながらスキップしつつ思う存分に観光と食べ歩きを楽しむのであった。

 

 そして…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おおぅ… 成功作が… ワシの、ワシの28号が動いておる…!」

 

 今、生みの親を名乗る変な爺さんの家の中に連れ込まれている。

 なんかめちゃくちゃ撫で回されている。素直に気持ち悪い。

 

(どうしよう… この街に来てから不審者にしか遭遇してないかも知れません…)

 

 セレニィは全てを受け入れるかのような穏やかな眼差しでそっと天井を見上げる。

 不思議なことにその光景は何処か滲んで見えてしまうのであった。

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