TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー   作:(๑╹◡╹)ノ

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長くなりましたので分割
実質前編


112.父

「ここも外れでしたわね…」

「ちっくしょう、師匠(せんせい)を助けるための空飛ぶ譜業(ふごう)なんてすぐに見付かると思ったのによー」

 

「まぁまぁ、ルーク様。ナタリア様。気長に行きましょうよー。ね?」

 

 ナタリアとルークら一行がため息を吐いてとあるオフィスビルから出てきた。

 そんな二人を苦笑いを浮かべながら慰めるアニス。

 

 その会話の中にジェイドが眼鏡のブリッジを直しながら言葉を挟んでくる。

 

「まぁ技術を扱う都市である以上、ある程度閉鎖的なのは仕方ありませんがね」

 

「それって隠し事をしているかも知れねーってことかよ? ジェイド」

「えぇ。導師や王女、公爵子息の身分を使えばスムーズに話も進むかと思ったのですが…」

 

「当てが外れたってワケか。となると、人数を揃えていくのも逆効果かも知れないな」

 

 ガイも顎を撫でながらそうつぶやく。

 

(身分の高い者が国を背景に誠実に交渉すれば結果もついてくると思ってたんだがなぁ…)

 

 事実、後ろ暗い部分のない相手にとってならばそれは有効だったかも知れない。

 

 しかし、此処は技術の最先端を往く音機関都市ベルケンドである。

 もう一つの譜業(ふごう)の最先端を進む『工房都市シェリダン』と日夜しのぎを削っている地だ。

 

 当然、対抗勢力が忍び込ませたスパイによる暗躍などは日常茶飯事。

 それはヴァン一味が潜入して何らかの仕込みを行っていたことからも明らかであり…──

 

 事実、タルタロス級陸上装甲艦の製造元を双方が主張する遺恨をも生み出していた。

 

(タルタロス級ってマルクトとキムラスカにそれぞれの都市から(おろ)されているんだよなぁ…)

 

 つまり、すっごくドロドロしている街なのである。しかも互いが正統性を譲らないのだ。

 

 世慣れない親善大使一行が口を挟んで意のままに動かすというのは少々難しいだろう。

 ベルケンドにとっても権力者とはやたらと自分たちに介入したがる警戒対象である。

 

 ゾロゾロと大人数で向かったこともそれをいや増してしまったのかも知れない。

 相手の方も面食らって必要以上にガードを固めてしまうのも無理からぬことであった。

 

 本来ならば、そういう相手にこそセレニィの口車が有効であったのかもしれないが…──

 彼女は今、(ナタリアの料理のせいで)艦の中でぐったりと… もとい、休んでいる。

 

 そうとなれば取れる手段は自然と限られてくることとなる。

 

 権力を分散して程々に隙を見せつつ、飴をちらつかせてやって口を軽くさせる。

 正攻法とは到底言えないものの、今求められるのは真っ当な交渉などではなく所謂(いわゆる)搦め手。

 

 たとえ協力を得られないにせよ引き出した反応には意味があるはずだ。

 

 そんな各々の考えを代表してアッシュが口を開いた。

 

「となれば、まずは手分けして当たって相手の出方を見るべきか。反対意見はあるか」

 

「いえ、反応を引き出すためにもそれが妥当でしょう。組み分けはどうしますか?」

「でもトニーさん。イオン様はそろそろ休憩された方が良いかも…」

 

「大丈夫ですよ、アニス。セレニィの考えを実現するために僕も微力を尽くしたいのです」

「……わかりました。でも、無理だと思ったら私の判断で勝手に休憩入れますからね?」

 

「えぇ、ありがとうございます。その時はアニスの指示に従わせていただきますから」

 

 イオンはアニスの気遣いに謝辞を述べつつ、しかし、意見は曲げなかった。

 

 危機に瀕した世界を救う、窮地に陥ったヴァンも助ける。

 そしてキムラスカ、マルクト、ダアトの三ヶ国の協調の姿勢は維持する。

 

 言葉にするのは簡単だが、実現するのはなんと困難なことであろうか。

 

 しかしセレニィはか細い糸を手繰り寄せ、まだ脆く儚いながらもその可能性を見出した。

 自身と同等かそれ以上に弱い身体(※勘違いです)に鞭打ち、道筋を照らしてくれたのだ。

 

 そんな彼女のひたむきさに、イオンとしても発奮しないわけにはいかなかった。

 それはその場にいる皆にとっても同様であったようで、誰からともなく静かに頷いてみせる。

 

 ── 艦で休んでいるセレニィのためにも、なんとしても成果を持ち帰って見せる。

 

 そんな決意を込めてその場にいる仲間たちの心が一つになった。

 そして程無く、組み分けが決定した。

 

 北部港湾エリア担当:イオン、アニス

 東部貴族エリア担当:ルーク、ナタリア、アッシュ

 西部オフィスエリア担当:ジェイド、トニー

 南部住宅エリアおよび観光エリアでの聞き込み担当:ガイ、アリエッタ

 

 以上と相成った。

 ベルケンド南部は敷地面積が少なく、観光エリアと接地しているためこのような形となった。

 

 女性恐怖症のガイが女の子と組まされる形となってしまったが、どうか強く生きて欲しい。

 

「想定より長期戦になるかも知れません。各自のペースで無理せず励んで下さいまし」

「おう! 分かったぜナタリア! ……って、あれ? そういやティアは?」

 

「放っておけ。大方(おおかた)、セレニィのヤツが心配になったとかで艦に戻ったんだろうよ」

 

 鼻を鳴らしながらそう言ったアッシュの言葉に納得しルークも調査に取り掛かる。

 こうして親善大使一行は飛空艇を求めてベルケンドの企業から情報を収集するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして旅の仲間たちが真面目に調査をしているちょうどその頃。

 

「あっはっはー!」

「ハーッハッハッハッ!」

 

「ですのー!」

 

 セレニィはディストと一緒になってベルケンド観光を楽しみ倒していた。

 

 ソフトクリーム、チュロス、ポップコーン、ケバブ、ホットドッグ、焼き鳥、枝豆。

 あらゆる携帯食を食べながら入り組んだベルケンドの街中を我が物顔で練り歩く。

 

 アッシュの巻き添えで共に死んでしまった(過去形)身としては口直しは必須事項。

 特に死んでなかったミュウもご相伴に与っているがそれはそれ。

 

 似合わないサングラスを身に付けセレニィは我が世の春とばかりに調子に乗っている。

 その姿は、何処からどう見ても浮かれた一般通行観光客そのものであった。

 

 一方でディストの側も『友人』との楽しい観光などこれまでの人生で経験したことがない。

 多少舞い上がりテンションに任せてはしゃいでしまったとて、一体誰が責められようか。

 

「どーおですか、セレヌィ! この薔薇のディスト様の華麗なる美的センスはぁ!?」

 

「ぷっははははは! やめてディストさん、お腹いたい… 全然似合ってないー…」

「ががーん!? こ、このヒラヒラした襟首とかいい感じだと思うのですが…」

 

「セレニィさん、ディストさん! あっちからいい匂いしてきますのー!」

「むむっ、お手柄ですよミュウさん! ほらディストさん、行きましょうよっ!」

 

「ハーッハッハッハッ! 了解ですとも! 薔薇のディスト、華麗に続きましょうッ!」

 

 新しい珍味を求めて駆け出すセレニィにダバダバとした足取りで華麗に続くディスト。

 

 食べ歩きをしつつ、ちょっとした観光スポットを眺めてはその感想に花を咲かせて。

 良く分からない地域の名産や土産物を手に取っては、興味深く解説に耳を傾ける。

 

 一つの楽しみを満喫し尽くしたらまた次の楽しみを求めて踏破する2人と1匹の珍道中。

 その繰り返しの果てに、彼等は当然の帰結として…──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……そう、この広く入り組んだベルケンドの街で迷ってしまったのです。

 はい、いつも通りですね。

 

「ちゃうねん」

 

 我に返ったセレニィは弁解を試みる。

 

 自分についてこい! とばかりに率先して観光を楽しんでいたのは他でもないセレニィ自身。

 いざ迷ったことに気付いた時、真っ先に視線を向けられてしまうのは必然であった。

 

「……ちがうよ? わたし、その、ぜんぜん方向音痴とかじゃないんですよ?」

「………」

 

「ただ、ちょっと初めて訪れる場所でいつになく好奇心を刺激されてぇ…」

「………」

 

「……そう! これはいわゆる開拓者精神! イッツァフロンティアスピリット!」

「………」

 

「あっはははははははは! オーイエーイ! アメーイジーング! ……ダメ?」

 

 ディストとミュウは揃って頷いた。

 

 そう、実はセレニィは方向音痴だったのである。今明かされる衝撃の真実であった。

 気不味くなったセレニィは愛想笑いを浮かべながら言葉を続ける。

 

「ま、まぁ、迷ってしまったものは仕方ないですって。今は未来に目を向けましょうよ」

「ですのー!」

 

「それは、まぁ、そうなんですが… 私としても特段土地勘があるわけでは…」

「そんなこと言わずに助けて下さいよぉ。私たち『心友』じゃないですか。……ね?」

 

「ッ! そうでした! 苦しい時に支え合ってこその友情! お任せ下さい、セレヌィ!」

 

 ディストは「うぉおおお!」と気合を入れると路上で何かしらの機械を組み立て始める。

 

 恐らくはなんらかのナビゲートマシンを作るつもりなのかも知れない。

 そこで聞き込みに走ったり地図や見晴らしの良い場所を探さない辺りがディストであった。

 

 そんな彼からさり気なく距離を取りながら街路樹に背を預けるセレニィ。

 

(よし、後はディストさんに任せよう! ふー、休憩休憩!)

 

 自分が勝手に迷ったくせに友情を餌に同行者を利用し倒す屑の姿が其処にはあった。

 そんなセレニィの目の前にそっと影が差す。

 

「?」

 

 不思議に思い顔を上げれば、眼鏡を掛けた年嵩(としかさ)の男性が一人微笑を浮かべて(たたず)んでいた。

 

「あなたは?」

「失礼。聞くとはなしに聞いておったのだがどうやら道に迷われたようだね? お嬢さん」

 

「……あ、はい。聞かれていたのですね。なんと言いますか、お恥ずかしい限りです」

 

 照れるセレニィを微笑ましく見詰めると老人は言葉を続ける。

 

「いや、この辺りは急激に再開発が進んでおってね。古くから街にいる者でもよく迷う」

 

「ほほう、そうなんですか?」

「うむ。お陰でこの『べるけんどWalker』がなかなか手放せんよ、ふぉっふぉっふぉっ!」

 

 そう言って老人は得意気に一冊の観光雑誌のようなものを取り出してくる。

 

 許可を得てパラパラ(めく)ればベルケンドの観光名所や食事処が写真付きで紹介されていた。

 市民投稿型なのかレビューまで掲載されている。しかも、分かり易いMAP付きで。

 

 これに頼れば中央通りや停泊中の艦まで戻るのも容易いだろう。これは非常に良いものだ。

 

(コレこそが今、まさに私たちが求めるもの! ……ディストさん? 刹那で忘れた)

 

 セレニィは目を輝かせた。

 

 ……今まさにナビゲートマシンを路上で鋭意開発中のディストさんは強く生きて欲しい。

 君の才能が輝く場所は、きっと別の何処かにあるはずだから。

 

「あのっ! これ、譲っていただけませんか? 勿論お金はお支払いしますのでっ!」

「ふぉふぉふぉ、要らんよ。困っている若い方のお役に立てたならば何よりじゃて」

 

「ホントですか!? やったー、ありがとうございます! ありがとうございますッ!」

 

 親切な老人の言葉に若干大袈裟なくらいに感激するセレニィ。

 

 だが仕方ない。

 この世界の人間を自分を殺そうとする者、いじめようとする者が大多数だったのだから。

 

 ……ティアさんは距離が近すぎるし。

 セレニィ的にもパーソナルスペースは切に守っていただきたいと常に願っている。

 

 そんな中で見返りのない親切を感じれば、屑が服を着て歩いているセレニィとて感激する。

 

(世の中まだまだ捨てたモンじゃないですね… 誰ですか、クソゲー世界なんて言ってたのは)

 

 おまえじゃい。

 

 さておき、元気良く90度の角度でお辞儀すれば勢い余ってサングラスが落ちてしまう。

 老人は苦笑しながらもサングラスを拾って彼女に差し出そうとして…──

 

「これこれ、元気なのは良いがお転婆が過ぎてもいかんな。ホレ、眼鏡を…──」

「あ、どうも…」

 

「………」

 

 しかし彼は、まるで信じられないモノを見たかのように驚愕に目を見開いて硬直した。

 

 心当たりのないセレニィとしては首を傾げるしかない。

 彼女にとってこの老人は今しがた出会ったばかりの面識のない赤の他人でしかない。

 

「あの…?」

 

 一向に返却される気配のないサングラスと、驚愕の表情のまま固まっている老人。

 不審を覚えてセレニィが声を掛けようとしたまさにその時、老人が震える声音で言葉を紡ぐ。

 

「お主… もしや、28号なのか…?」

「…………はい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「セレヌィ! ついに完成しましたよ! 全自動道案内システムタルロウNextがぁ!」

 

 そこにディストが満面の笑みで割って入ってきた。

 空気の読めないディストさんであった。だが、それでこそディストさんであった。

 

 そんな彼にセレニィは天使のような笑顔を浮かべて残酷な事実を突きつける。

 

「あ、お疲れ様でした。観光雑誌いただきましたのでもう必要ありませんけど」

 

「ぬぉおおおおおおおおうッ!? 私の努力は一体ぃいいいいいいいいいいいいッ!?」

「悔しいのう、悔しいのう! あっはっはー! ドンマイですよ、ディストさんっ!」

 

「………」

 

 軽快なステップを踏みながらディストの周囲を楽しげに旋回するセレニィ。

 

 煽りつつ慰めるという匠の技を惜しみなく披露した。まさに屑の本懐。

 セレニィのためにがんばったディストを当の本人が煽るという鬼畜っぷりが光っている。

 

 そこで、呆然とした表情で今なお自分を見詰め続ける老人のことをはたと思い出す。

 

「あ、突然すみませんでしたお爺さん。えーと、こちらの方はですね…」

 

「……これは驚いた。ネイス博士のもとに身を寄せておったのかね」

「はい? ネイス博士?」

 

「私のファミリーネームです。……あー、お久し振りですね? スピノザ博士」

 

 先程の醜態はどこへやら。

 今や居住まいを正したディストが何処か冷たい雰囲気を纏いながら老人を見下ろしていた。

 

 そんなディストの態度を泰然自若と受け止めながら老人、スピノザ博士も口を開く。

 

「ネイス博士、ご無沙汰しております。奇遇ですな、と申し上げるべきでしょうか?」

 

「いえ、奇遇ではありませんね。あなたの研究資料に用があってこの地を訪れたのですから」

「……ふむ、何やら込み入った事情がお有りのご様子。続きは我が家で伺いましょうか」

 

「えぇ、願ったりです。……あっ! 申し訳ありませんがセレヌィ、貴女方とはこの辺で」

 

 顔見知りであろう二人の会話についていけずにただ見守るに任せるセレニィとミュウ。

 それに気付いたディストは1人と1匹を帰らせようとしたが、スピノザが割って入った。

 

「良かったら君もおいでなさい。お茶くらいは出そうじゃないか」

 

「え? ですが…」

「ワシは28号… 君の出生と目的について語ることが出来る。知っておいて損はないと思うが」

 

「どうしますのー? セレニィさん」

 

 まさかこんな場所で自分の出生やらについて語られる日が来るとは思わなかった。

 

 そんなものが自分にあるなんてこれまで思いもしなかったからである。

 なんだったらセレニィ自身も自分をある日突然世界にポップした謎生物だとすら思っていた。

 

 老人、スピノザ博士の提案についてセレニィは暫し沈思(ちんし)黙考(もっこう)する。

 

(さて、どうしたものか… ぶっちゃけ私にとっちゃどうでもいい話なんですが…)

 

 これまで自分の出自について悩んだことは、正直あまりない。

 ……今まではそんな余裕がなかった、というのが正しいが。

 

 しかし差し伸べられた手を振り払うほどに彼女にとって状況が逼迫(ひっぱく)しているわけでもない。

 敢えて無視をして「あの時聞いておけば良かった」と後悔するのも正直面白くない話だ。

 

 チラッとディストを見遣れば、彼は柄にもなく真剣な表情をしながら頷いてきた。

 

「セレヌィの判断に任せます。なに、いざとなれば私が力で制圧して差し上げましょう」

「……見ての通りのか弱い老人に恐ろしいことをおっしゃいますな、ネイス博士は」

 

「ハーッハッハッハッ! なんせ、私の大切な『心友』の命がかかっていますからねぇ!」

 

 そんな『心友』の言葉に後押しされた、というわけではないであろうが。

 セレニィは肩の力を抜くと、控え目な微笑を浮かべながらスピノザ博士に向けて言葉を紡ぐ。

 

「……それでは、お邪魔させていただいても構いませんか? 博士」

「スピノザで構わんよ。あるいは、そうだな… 『父』とでも呼んでくれると嬉しいがね?」

 

 その言葉にセレニィは勿論のこと、ディストもミュウも揃って目を丸くしたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ん」

「どうしたんだい、アリエッタ?」

 

 不意にアリエッタが立ち止まる。

 同行者のガイは1m40cmのソーシャルディスタンスを保ちながら彼女に問い掛けた。

 

(フッ、こうやってアリエッタと一緒に街を歩けるなんて俺も成長したもんだぜ…)

 

 当初は女性とは彼我の距離を3mは保たないと平静を維持できなかった。

 

 戦闘などの一種の非常時ならばなんとでもなるのだ。

 しかし平時においてはどうしても動悸やめまいが襲ってくる有り様。

 

 それが今やセレニィやアニスの協力もありこの距離にまで縮められるようになったのだ。

 

 快挙である。

 少なくともガイにとっては、快哉(かいさい)を上げたいほどに類を見ない快挙であった。

 

 こうして女性と二人で聞き込み調査を行える日が来ようとは。

 それもこれもガイのことを異性をして見ずに雑に扱ってくれた彼女らのお陰である。

 

 ……別にセレニィもアニスも協力していた意識はないが、そういうことにしておこう。

 

 閑話休題。

 

「セレニィ… いた、です」

「本当かい? タトリン夫妻に看病と監視を頼んでたから艦に残ってるはずなんだがなぁ」

 

「……ホント。……ティアも付いてた、です」

 

 そう、ティアさんはセレニィにずっと付いていたのである。……付かず離れず。

 セレニィはおろかディストやミュウにも気付かれぬように気配を消しながら、ずっと。

 

 ……こわい。こわくない? 

 

 そんな若干猟奇的な事実など露とも知らぬガイは苦笑いを浮かべながら言葉を返す。

 

「んー。……まぁ、ティアが付いてるなら大丈夫かなぁ」

「……そう、なの?」

 

観光(デート)だってなら見なかったことにしてやるのも仲間心かね。……行こうぜ、アリエッタ」

「……ん」

 

「なんだったらちょっとくらいこっちも観光するか。なにか欲しいものとかあるかい?」

「生肉」

 

「……それはお腹壊すからやめときなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベルケンド奥部の閑静な住宅街。そこにスピノザ博士の自宅は存在していた。

 奥に通された3人と1匹の前に紅茶が置かれる。

 

「すまんね。老人の一人暮らしゆえ色々行き届かぬ点もある。口に合えば良いのじゃが」

 

「……お構いなく」

「さて、何処から話したものかの。あぁ、ネイス博士は研究資料がご入り用でしたな」

 

「ん? あぁ、いえ、勝手に漁らせていただきますので此方のことはどうぞお気になさらず」

 

 そう言ってディストはハンドボール大の球体を懐から取り出し、床へと転がした。

 すると球体は自動で組み上がり、1体のロボットとして屹立(きつりつ)する。

 

「薔薇のディスト様、指示を」

 

「タルロウXX、フォミクリーに関する資料を片っ端から転写してきて下さい」

「了解ズラ、薔薇のディスト様」

 

「ほほう… 相変わらず見事な出来栄えですな、ネイス博士の操る譜業(ふごう)は」

「って、いいんですか? 片っ端から転写とか情報窃盗とかに該当するんじゃ…」

 

「構わんよ。彼等教団の方々とは『そういう契約』を結んでおるからな」

「スピノザ博士」

 

「おっと、これはこの子には秘密だったのですかな? どうかお許しくだされ」

 

 スピノザの言葉に明確な反応を返さず、ディストは出された紅茶に口を付ける。

 それを発言権を譲って貰ったものと解釈し、スピノザはセレニィに向けて言葉を続けた。

 

「そうだな… まずは『フォミクリー』からか。君はフォミクリーについて何処まで?」

 

「全く存じ上げません」

「ククッ! 正直でよろしい。28号、君は実に教え甲斐のある生徒のようで腕が鳴るわい」

 

「当然ね。セレニィは賢く可愛いのよ」

「は、はぁ… どうも、ありがとうございます…?」

 

「フォミクリーとはな、簡単に言えばあらゆる物体の『複製』を作る技術のことじゃ」

 

 それは所謂(いわゆる)3Dプリンターのようなものであろうか? セレニィはそう考えた。

 自分なりの理解とともに、首肯を以って彼女は説明の続きを促す。

 

 思えばこうやって腰を据えてこの世界のことを学ぶのもティアさんの弁護以来のことだ。

 生来脳天気な彼女のこと、好奇心が先に立ち真剣に耳を傾け始めるに至る。

 

 ……まぁ、ティアさんの弁護は引き受けたのではなく押し付けられたのであるが。

 しかも自分が巻き添えになって処刑されかねないので常に胃痛との戦いでもあったが。

 

 そう考えれば、気兼ねない学習の機会はこれが初めてと言っても差し支えなかった。

 

「我々がレプリカと呼んでおる複製(ソレ)は物体のみならず、生命にまで及ぶ技術での」

「そんなの命に対する冒涜よ!」

 

「なるほど… クローンのようなものなのですかね?」

klon(クローン)… 古代イスパニア語で『小枝』を意味する言葉だったか。言い得て妙じゃな」

 

「おぉー…」

 

 思わずセレニィは拍手した。純粋な賞賛の気持ちからである。

 博士の名は伊達ではない、と心から感心する。一を聞いて十を知るとはこのことだろうか。

 

 セレニィはいわば多くの学術分野が進んだ現代日本の記憶を持つ存在である。

 つまり、ある種のズルをしているに過ぎないのだ。

 

 だがスピノザ博士は彼女の放った言葉のニュアンスを正確に汲み取り、理解してみせた。

 

 セレニィの口角が徐々に上がってゆく。

 目の前のスピノザ博士との会話が楽しくなる。

 

 あるいは、これが親子の情というものなのだろうか? そんな詮無き考えを抱きそうになる。

 

「……つまり」

 

 セレニィは歌うように言葉を紡いでゆく。

 

「あなたの呼ぶ28号という名、フォミクリー技術という話のきっかけ… ここから考えると」

「………」

 

「スピノザ博士、私はあなたが生み出した『複製(レプリカ)』ということになる。……どうですか?」

 

 ディストが沈痛な面持ちで目を伏せる。

 ミュウがキョトンと首を傾げる。

 

 ── 場は痛いほどの沈黙に覆われた。

 

 そして、程無くその沈黙を壊す朗らかな笑い声が生まれる。

 発生源は、無論、言うまでもなくスピノザ博士その人であった。

 

「その通り、正解じゃよ。お主は、ワシが生み出した唯一の成功例… 28番目の『複製(レプリカ)』じゃ」

 

 先程のセレニィのものの返礼のつもりだろうか、スピノザ博士から拍手が贈られる。

 それもまた飾り気のない称賛と、そして、混じり気のない慈しみに満ちていた。

 

 彼の眼尻(まなじり)から熱い雫が零れ始める。

 

「28号よ。よくぞ… よくぞ、ここまで立派になって戻ってきた…」

 

「………」

「おおぅ… 成功作が… ワシの、ワシの28号が動いておる…!」

 

 その存在を確かめるかのように、ゆっくりとセレニィを撫で回し始める。

 ディストは感動の親子の再会にあてられたのか、目を擦りながら鼻をすすっている。

 

 そして、セレニィは…

 

(どうしよう… この街に来てから不審者にしか遭遇してないかも知れません…)

 

 抵抗もせず、笑顔のまま、しかし、素直に気持ち悪がっていた。

 

 どうせ撫でられるならば美女や美少女にやって欲しかった。心の底からそう思っていた。

 空気の読める彼女ではあるが己の欲望にはほんのちょっぴり正直だったのである。

 

 セレニィのうんざりした雰囲気を感じ取ったのか隣に座っていた人が声を掛けてくる。

 

「どうする、セレニィ? そろそろ燃やす?」

「ティアさんステイ。……ん?」

 

 反射的に返事をしてしまい、思わず隣を見る。

 

 そこではティアさんがミュウと並んで可愛らしく小首を傾げて座っていた。

 

 (つや)やかな亜麻色の長髪。意思の強さを感じさせる青く澄んだ瞳。

 女性らしい凹凸と少女の瑞々しさが同居した肢体。

 

 相も変わらず外見だけならばパーフェクトな美少女っぷりであった。

 

「なんかいるぅ────────────────ッ!?」

 

 セレニィは叫んだ。絶叫した。

 

 なんかいたから。

 具体的に言うとなんかティアさんがいたからであった。

 

「え、なに!? 何がいるのかしら!? ひょっとして… 不審者(ディスト)!?」

「今、不審者と書いて私の名を呼びませんでしたかぁッ!?」

 

「おまえじゃい! ティアさん、おまえじゃい! 一体いつから付いてきてたんですかッ!?」

「? いや、セレニィがベルケンドを歩き始めてすぐ… 邪魔しないようにそっと、ね?」

 

「こわいわー! 今の今まで気配を感じさせないとかこわすぎるわ────っ!?」

 

 ローレライ教団は神託の盾(オラクル)騎士団所属諜報部期待の新人の姿がそこにはあった。

 ティアさんはちょっぴり照れた様子で自身の髪をいじっている。……褒めてないが? 

 

 そんなドタバタがあって暫く後。

 

「……お騒がせをしてしまって、ほんっとーにすみませんでした。ファーザー」

「ふぉふぉふぉ、構わんよ。しかし、この年になって父と呼ばれるのも良いものじゃな」

 

「……して、スピノザ博士」

「む? なんでしょうか、ネイス博士」

 

「セレヌィの出生については理解しました。ですが、貴方は先程こう言った」

「『出生と目的について語る』と言った件ですな。無論、忘れてなどおりませぬとも」

 

「結構。ならば続きを語っていただくとしましょう… 構いませんね? セレヌィ」

 

 なんでテメーが仕切ってんだと思いつつ、セレニィは素直に頷いた。

 所詮は小市民ソウルの持ち主。空気を読む能力に定評があったからである。

 

 それになにより…

 

「ディスト、なんであなたがセレニィの話題を仕切ってるの? 死にたいの?」

 

「……ごめんなさい」

「ティアさんステイ。一応友達のディストさんをあまりいじめないであげてくださいね?」

 

「はぁい♡ わかったわ、セレニィ!」

 

 この狂犬(ティアさん)の手綱を握る役目で忙しくなりそうだからであった。

 段々と胃が痛くなってきた。観光にはしゃいでいた頃のボーナスタイムがとても懐かしい。

 

「失礼しました、ファーザー。お話の続きをどうぞ」

 

「なに、構わんよ。28号は良き友に恵まれていたようじゃな」

「……アハハ。ソウダトイイッスネー」

 

 ティアさんとディストさんが全力で頷いている。

 若干死んだ目になりながらもセレニィは、目線でスピノザ博士に話の続きを促す。

 

 セレニィが『複製(レプリカ)』だとしたら、その『被験体(オリジナル)』は一体何者なのか? 

 そもそもセレニィは何故生み出されたのか? その目的はなんであるのか? 

 

 そのあまり需要のなさそうな謎の数々が、今、『父』の口から語られようとしていた。





やめて!
ティアさんのやべー威力の譜歌で、ファーザーのハウスが焼き払われたら、『べるけんどWalker』に新たな観光名所が登録されちゃう!

BE COOL! 落ち着いて、ティアさん!
あなたが今ここで暴れたら、セレニィの胃壁はどうなっちゃうの?

ライフは多分まだ㍉残ってる。
ここを耐えれば、セレニィの新たな使い道が判明するかも知れないんだから!

次回「スピノザハウス炎上」デュエルスタンバイ!

よろしければアンケートにご協力ください。このSSで一番好きなキャラクターは?

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