TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー 作:(╹◡╹)
「(初対面でいきなり無能発言しちゃったし目をつけられたし… あばばばばば!?)」
ドSに笑顔で見詰められた屑はテンパッていた。なんとしてもこの場を切り抜けねば、と。
どちらが悪いと聞かれれば、疑われるような行動を取りながら暴言を吐いた自分である。
村人の判断が性急に過ぎる部分は否めないが、かといって軍人に暴言を吐くのは違うだろう。
「(どうする? 土下座するか? いや、でもなー…)」
なんか土下座した頭を、笑顔でそのまま踏みつけそうな匂いを感じる。コイツ絶対ドSだ。
それでいて事態がなんらかの改善を見せる気配が見えない。「それで?」とか言いそう。
絶対保身するマンは己のためなら幾らでも頭を下げられるが、無駄なことはしたくないのだ。
土下座は感情に訴える勢いの謝罪。ここは相手に合わせて理路整然と自らの非を認めねば。
プライドが高い皮肉屋だが理詰めでの話は通じる。セレニィはジェイドをそう分析した。
常に他人の顔色をうかがってきた絶対保身するマンの真骨頂である。そして彼女は口を開く。
「まずはご多忙の中お時間を取らせましたにもかかわらず失礼な発言、お詫び申し上げます」
「ほう… いえ、お気になさらず。私も少々大人気なかったですからね」
そう言って頭を下げるセレニィ。
それに感心したようなため息を漏らしたジェイドは、笑顔で謝罪を受け取る。
先程までのそれとは異なり、その中に嗜虐的な色は薄れている。
「ですが、そのような私に弁明の機会を与えてくれたばかりか証言までして下さいました」
「冤罪の可能性もゼロではありません。誤認逮捕ほど軍として無様なことはないでしょう?」
「先の暴言について改めて訂正させて下さい。有能なマルクト軍人の公正な裁きに感謝を」
満面の笑みを浮かべてお礼を言う。
その可憐な姿に、先程まで疑っていたはずの男連中からも「ほお…」とため息が漏れ出る。
セレニィは内心でガッツポーズを取る。
会話の中で自然に無能を修正して印象を上書きした。ミッションコンプリート! と。
脳内審査員は「10点」「10点」「10点」「10点」「10点」といった具合だ。
やっていることは周囲への色仕掛けに近いのだが、悲しいかな彼女自身にその自覚はない。
「いえいえ。通りすがりの身ではありますが、マルクト帝国軍人として当然のことですよ」
「……すっげーなぁ、セレニィ。なんか空気が変わっちまったぞ?」
「……しっ! でも確かにあの場で否定するよりも効果的だわ。そういう意図があったのね」
小声で話し合っているルークとティアは、セレニィの態度に素直に感心している。
先程の強面の男性陣に比べれば、こちらは話が通じるので乾坤一擲をかけただけなのだが。
その一方でジェイドもまた、内心でセレニィについて興味を深めていた。
「(多少は頭と口が回るようですが、そこに見るべきほどのものはない。重要なのは…)」
「……?」
眼鏡の奥の赤い瞳で彼女を見詰める。
実験動物を観察するような熱を感じさせない瞳に、セレニィは寒気を感じて体を震わせる。
「(周囲の状況を読み取る能力とそれに自分を合わせることの出来る柔軟性、ですかね)」
「あ、あの…?」
「おっと、これは失礼。……さて、こういう次第ですがみなさんはまだ彼女が犯人だと?」
厳密に言えば、まだ漆黒の翼であるという容疑が晴れただけ。食料泥棒の件は別である。
ジェイドはそれを理解していて、場の空気に染まった男連中に尋ねてみることにした。
案の定、既に彼女を容疑者とする気のなくなっていた男たちは口々に謝罪をはじめている。
「(なんとも気の早い… とはいえ、私の勘でも彼女は“シロ”ですしね。ま、良いでしょう)」
内心で流れるばかりの村人に呆れつつ、口を開くことにした。面倒事は早めに片付けたい。
「では食料盗難事件に話を戻しましょう。セレニィ、貴女に何か心当たりはありますか?」
「おい! オメー、まだセレニィを疑ってんのかよ!?」
「……別にそういうわけではありません。先程のやり取りから彼女の考えを聞いてみたいと」
食って掛かる彼女の同行者であろう赤毛の青年に笑顔で対応する。
「どうかしら、セレニィ。なにか思いつく?」
「そうですねぇ… と言っても私たちはまだ村に来たばかり。農業についても素人ですし」
「確かに、そうですね。……ふむ」
同じく同行者であろう長髪の女性が隣に移動し、悩む彼女の肩をそっと抱き寄せる。
何故か近い気がするが些細な問題だろう。しかし彼女も分からないか。……当てが外れたか。
そう思ってこの場の解散を呼びかけようとしたところで、彼女は口を開いた。
「連日の被害ということは厳重に鍵も管理してるでしょうし、見張りもつけているでしょう」
「……鍵?」
「……見張り?」
セレニィの発言に男たちは顔を見合わせる。……まさか、そこからだったのか?
ジェイドは盛大にため息をつきそうになるのを、眼鏡のブリッジをあげてこらえる。
「その上で犯行を行っていたとなると… え? なんですか、この反応」
「あ、いや… ゴホン! そうだな、鍵はちゃんとかけないとな!」
「ウォッホン! 見張りもちゃんとつけないとな! うん、順番を決めてやってかないとな!」
男たちは赤面し、しきりに頭を掻いたり咳払いをしながら大声を出して誤魔化している。
ここに来てようやく、自分たちの対策の稚拙さを自覚したようだ。……呆れて物が言えない。
「おい… おい…」
愕然として言葉を失っているセレニィに同情すら覚える。
彼女はそのせいで散々な目にあったのだから。
とはいえ、彼女のおかげで犯人確保はともかくこれ以上の食料盗難被害は軽減できるはずだ。
そう思い、ジェイドは礼を言う。
「ありがとうございます、セレニィ。貴女のおかげで対策の目処はつきました」
「あ、いや。お… 私は、そんな… ははは…」
「……いや、本当にマルクト帝国というのは軍も農民も無能揃いで困りますよねぇ?」
そう言ってやると涙目になって首を振る彼女が可笑しくて、一つ笑うのであった。
――
「ですがどうやらこの一件、一筋縄でいかない事情があるようです」
そこに割って入る高く澄んだ声。
「イオン様…」
そちらを向いたジェイドは、声の主の名をそう呼んだ。自然、周囲の視線が向けられる。
声の主は多くの視線を浴びながらも、堂々とした、それでいて穏やかな笑みを浮かべていた。
そしてセレニィは…
「(うわー! すごい美少女キタコレー! 可愛い、めっさ可愛いー!)」
ひたすら萌えていたという。
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