TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー   作:(╹◡╹)

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12.導師

 声の主… イオンはローズ夫人に近づくと、彼女に細い糸のようなものを差し出す。

 

「少し気になって食料庫を調べていたのですが… 隅にこんなものが落ちていましたよ」

「こいつは… 北の森にいる聖獣チーグルの抜け毛じゃないのかい?」

 

「えぇ、恐らくチーグルが食料庫を荒らしていたのでしょう。……理由は分かりませんが」

 

 セレニィはといえば開いた口が塞がらない状況である。

 現場検証すらもまともにしてなかったんかい、と。

 一時は命の危機すらも覚悟したのに、こんなお粗末な結果ではなんともやりきれない。

 

「ふざけんなよ! セレニィを散々疑って、手荒に扱っておいて!」

「……こちらの言い分に、耳を傾けようともしませんでしたね」

 

「ははは… はぁ」

 

 ルークが怒りを(あらわ)に怒鳴りつければ、ティアも冷たい眼差しで男連中を睨み据える。

 セレニィは力ない表情で乾いた笑みを漏らすばかりだ。

 

 村人ではなさそうな彼らがなぜ? それにこの状況は一体?

 部外者がローズ夫人宅にいるこの状況を疑問に思ったイオンは、ジェイドに小声で尋ねる。

 

「ジェイド… 彼らは一体何故ここに? かなり激しているようですが」

 

「例の事件の犯人と疑われていたのです。疑われた事自体は仕方ないにしても…」

「疑う側に問題があった… ということですか?」

 

 ジェイドは頷き、彼らは被害者ぶるばかりでロクに鍵や見張りすら付けてなかったこと。

 今またイオンにより、現場調査すらもしていなかったことが明らかになったことを伝える。

 愚かな人間や無能な人間を嫌うジェイドからすれば、辛辣な評価になるのは已むを得ない。

 

 だが、村人からすれば平和な村に突如降って湧いた災厄だ。

 解決の道筋が見えないまま被害が増えれば多少の疑心暗鬼に囚われてしまうのも仕方ない。

 イオンはそう考え、彼らに哀れみを覚えた。

 

「いや、その… だから悪かったって。参ったな、ローズさんからもなんか…」

「知ったこっちゃないよ。先走ったアンタらが悪いんだろ? 自分の尻くらい自分で拭きな」

 

「そ、そんなぁ!?」

 

 仲介を頼んだローズ夫人に、けんもほろろに断られ途方に暮れる男連中。

 

 そんな彼らをよそにセレニィは不気味な沈黙を保っていた。

 セレニィとて聖人ではない。彼らのこれまでの姿勢に腹に据えかねるものがあるのは事実だ。

 余計な恨みは買いたくないが嫌味の一つや二つくらいは言ってやりたいと考えていたのだ。

 

 そして…

 

「(よし、言ってやろう!)」

 

 彼女は算盤を弾き終えた。自分たちの冤罪が晴れた今は、いわば圧倒的に優位な立場。

 オマケにジェイドも呆れたような目で男連中を見ている以上、半分は軍公認といえる状況。

 

 嫌味の一つや二つくらい言ってみてもバチは当たるまい。と、そう判断することにした。

 

 そう結論を出して口を開こうとしたところ…

 

「僕からもお詫び申し上げます。……どうか、彼らを許してくれませんか?」

 

 そこに涼やかな声が割って入る。

 

 セレニィたちが声のした方を見ると、イオンが彼女たちに向かって頭を下げていた。

 一同はイオンの予想外の発言と、彼の持つそのオーラに呑まれ言葉を失っている。

 

「(ファー! 僕っ娘キタコレー! 顔だけじゃなくて声も可愛いー! やっほい!)」

 

 ……一部、別の理由で言葉を失っている者を除いて。

 

「あ、あの…?」

 

 動きを止めた少女を心配して声をかけるイオン。

 セレニィにしてみれば声掛けから上目遣いに繋げるダブルコンボである。

 

 そして、気が付いた時には彼女の口は勝手に動いていた。

 

「許しますよ! 当然じゃないですか!」

 

「あ… ありがとうございます!」

「ここまで気持ちよく許してもらえるなんて… 改めてすまなかったな、嬢ちゃん」

 

 キリッとした表情で握りこぶしを作って力説する。

 

 もはや彼女の中で冤罪をかけられた怒りや恨みなどどこかに吹き飛んでいた。

 己の下心に忠実すぎて将来が心配になるが、屑だから仕方ない。

 

「でもよ、セレニィ… 本当に良いのか?」

「はい?」

 

「濡れ衣を着せられて、こんな連中にバカにされて… 腹が立たねーのかってこと」

 

 嬉しそうな笑顔を浮かべるイオンを網膜に焼き付けていると声が掛かる。

 ルークである。彼はまだ不満そうにしていた。

 

 彼にとってセレニィは、失望せずに優しく自分を褒めてくれた大事な存在である。

 力強く自分を励ましてきてくれた剣の師匠とはまた別の暖かみを感じている。

 それだけに、彼女がこんな考えなしの連中にいいように貶められては納得いかない。

 

 優しいセレニィが我慢して無理に許してやってるなら代わりに自分が戦ってやる。

 彼なりに彼女を守ろうという考えから、そう密かに決意していた。

 彼女からすれば単に他人の顔色をうかがい保身し続けてきた結果にすぎないのだが。

 

 そんなルークの内心など知ったこっちゃないセレニィは穏やかな微笑を浮かべる。

 恨みや怒りなどとうに吹き飛んでるし、今は脳内HDDへの保存作業に忙しいのだ。

 主にイオンの。

 

「ま、『罪を憎んで人を憎まず』… ともいいますしね」

「ありがとうございます。貴女のような素晴らしい人がいるなんて…!」

 

 だからドヤ顔で適当なことをほざいて話を打ち切ることにした。

 これは同時に、「もう恨んでませんよ&怒ってませんよ」のアピールとなるからだ。

 主にイオンへの。

 

 そしてイオンは感動の眼差しでセレニィを見詰めている。すごく騙されている。

 

「……おまえ、人がいいな」

「あなたとは正反対ね」

 

 彼女に本当に怒りが残ってないことを確信したルークが、呆れたようにつぶやく。

 そこにすかさずティアがルークに喧嘩を売ってみせた。……またまた起こる痴話喧嘩だ。

 

 今はセレニィがポンコツなので、その声が大きくなる前にジェイドが割って入った。

 

「さて、事件も解決したことですしそろそろ解散をお願いしてもよろしいでしょうか?」

 

「……はい、失礼しました。……そういえば、宿も早く取らないといけないわね」

「すまなかった。お詫びに今日の宿代はいただかないつもりだからゆっくり休んでくれ」

 

 素直に引き下がったティアがつぶやく声が聞こえたのか、宿の亭主がそう申し出てきた。

 3人はその言葉に甘えつつ、ローズ夫人の家を後にするのであった。

 

 

 

 ――

 

 

 

「ねぇ、ルークさん… イオンさん、すごく可愛かったですね?」

 

 宿に向かう道中、セレニィは小声でルークに話しかける。

 勝手に男同士というシンパシーを抱いているのだ。

 無論、ルークからはそう見られていないことは言うまでもないが。

 

「そうか? 俺は、その… なんだ、セレニィも結構可愛いと思うぞ」

「ハハッ、戯れ言乙」

 

「お、おう…」

 

 そんな言葉は求めていなかったため、セレニィは笑顔のまま戯れ言を一刀両断する。

 ティアに一人称:私を強制されているものの、あまり自分が女という意識がない。

 

 一方ルークは珍しく人を褒めたのに喰らった熱いしっぺ返しに人知れず落ち込むのであった。

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