TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー   作:(╹◡╹)

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02.泡沫の夢

 この世界に存在する全ての生命は、星より生まれ出た。

 全ての生命は例外なく星によって生かされている。

 

 ならば、星の記憶を紐解くことは全ての生命の道標を得ることに他ならない。

 

 仮定の話をしよう。同じ星の、しかし何かが違う物語を聞かせよう。

 どこかで「ありえた」かもしれない、しかし「IF」のまま泡沫(うたかた)と消えた話の触りを。

 

 

 

 ――

 

 

 

「セレニィ、セレニィ!」

 

 ここは世界で唯一公認された宗教組織、ローレライ教団の総本山ダアトの大教会。

 このダアトのみならず、パダミヤ大陸が丸々ローレライ教団の自治区となっている。

 

 その理由は、星の記憶から未来を紐解き道を示す『預言(スコア)』にある。

 古くからその預言(スコア)を詠むことで世界を導いてきた功績が、認められた結果である。

 

 そして今、教団が誇るダアトの大教会廊下に一人の壮年男性の声が響き渡っている。

 その声に振り向く者がいる。十にも満たぬ年齢であろう一人の少女だ。

 

 容姿は銀の髪と澄んだ青い瞳が印象的で、年の割りに落ち着いた雰囲気を感じさせる。

 書類の束を抱え廊下を歩いていたが、男性の声に気付いて振り返ると口を開いた。

 

「これは詠師モース様… 私めに一体どういったご用件でしょうか?」

「うむ、重要な話が… しかし、なんだな。二人きりの時くらいは父と呼べ」

 

「職務中の公私混同は良からぬ噂のもととなります。……モース様」

「う、うむ… そうかもしれんな。……すまなかった、セレニィ」

 

「こちらこそ言葉が過ぎました。また、私めに謝る必要などありません」

 

 ビヤ樽のような身体を縮こまらせて、申し訳無さそうな表情をするモース。

 そんな『父』の姿に、セレニィと呼ばれた少女は内心で溜息を吐いた。

 

 ……彼女、セレニィは捨て子であった。

 捨てられたのは赤子の時であるため、本当の父や母の顔も知らない。

 

 ある朝この大教会前に籠に入れられ置かれていたのを、モースに拾われたのだ。

 なんでも、『捨て子を拾う』と預言(スコア)に詠まれていたとかなんとか。

 

 それが本当か嘘かは彼女には分からない。そして、確認しようとも思わない。

 拾われたという事実の前では些細な問題であるし、今更実の両親に思うところもない。。

 

 籠にはセレニアの花が一輪添えられており、セレニィと名付けられた。安直である。

 そしてモースに養女として迎え入れられ、赤子はスクスクと育っていった。

 

 父モースは出世頭の詠師。実質的に教団の最高権力者たる導師のすぐ下の存在だ。

 自身は若年ながら教団の実務に携わり、将来を嘱望されている最年少の詠師付き秘書官。

 

 世界最大の宗教組織で、出世街道をひた走る… 絵に描いたように順風満帆な人生だ。

 ……しかしながら、この現状は彼女にとっては必ずしも望ましいものではなかった。

 

「(はぁ… いくら恩返しと言っても、前世の知識を気軽に使ったのが運の尽きか…)」

 

 そう… 前世、である。今世でもなければ来世でもない。オマケに夢も希望もない。

 何を隠そうこの少女には、『前世が日本人男性だった』という記憶があったのだ。

 

 彼女の信じるそれが彼女の妙にリアリティのある妄想なのか、はたまた真実なのか…

 それらを明らかにする手段は何一つないし、あったとしても全く意味を成さない。

 

 ただ一つ言えることは、彼女は物心ついた時からそれを自覚して信じ続けてきたのだ。

 本来それだけの話に過ぎなかった。いずれ少女も、自身を取り巻く環境に適応する。

 

 そう、適応する。このオールドラントという世界にも、かつてと異なる自身の性別にも。

 不要となった記憶や知識は忘れ去られ、本格的に世界の住人となる… はず、だった。

 

「(あの時の自分に出会えるならば問答無用で鉄拳制裁して、小一時間説教したい…)」

 

 しかし、そうはならなかった。

 

 文字を覚え始めた頃に恩を少しでも返そうと、養父の経理の仕事を手伝ってみせた。

 いつも大量に仕事を持ち帰り、夜遅くまで作業しているのが気の毒に映ったのだ。

 

 愚直で真面目な養父の力に少しでもなろう… そう思ったのが運の尽きである。

 驚いた表情の養父がおかしくて、ドヤ顔のまま次々と経理用の書類を片付けてみせた。

 

 ……片付けてしまったのだ。彼女は、前世の力を発揮できる機会が嬉しかったのだ。

 それからは何故か養父モースによる英才教育が始まった。それは今も続いている。

 

 勉強しつつ仕事の手伝いをする日々だ。所謂オンジョブトレーニングというヤツである。

 養父モースはその分より精力的に教団の仕事に取り組み、順調に出世を重ねていった。

 

 そして何故か、あれよあれよという間に詠師付き秘書官にさせられてしまったのだ。

 養父が養女の献身に報いようとゴリ押し人事をしてくれたのだ。ありがた迷惑である。

 

「(泣きたい… あっ、なんかまた胃が痛くなってきた)」

 

 それからは早過ぎる出世を妬んでか身内人事へのやっかみか、まぁ、虐めにあった。

 表に出ない程度には巧妙にである。うん、仕方ないね。出る杭は打たれるもんね。

 

 セレニィも断りきれなかった時点で覚悟はしていた。ほんのりと想定を上回られたが。

 

「(いや、うん。実際かなり酷かったッス… 仕事に逃げるのが救いになる程度には)」

 

 ちょっぴり遠い目をしてしまう。まさか社畜になることが救いだとは思わなかった。

 年齢一桁の幼女にも容赦なし。世界最大の宗教組織ローレライ教団の闇の実態である。

 

 本当はさっさと退職して、自由気侭なガキんちょ様にジョブチェンジをしたかった。

 心からしたかった。しかし、そうするにも後ろ髪を引かれる理由というものがあった。

 

「(このオッサン、認識やら脇やらが甘すぎるし… 見てないと不安で仕方ないし)」

 

 目の前の『オッサン』こと養父モースをチラリと眺めてから、大きく溜息を吐いた。

 養女の冷たい視線に、彼はビクッと大きな身体を震わせたが知ったことではない。

 

 このオッサンのガバガバ過ぎる政治工作の尻拭いを、一体今まで何度してきたことか。

 胃が痛くなる日々を思い出す。いや、現在進行形でセレニィの胃を痛めてるのだが。

 

 モースという男は些か敬虔すぎる信者である。愚直に真面目に預言(スコア)を守り続けている。

 そう… 『預言(スコア)は全ての出来事に優先される』と心からそう信じ込んでいるほどに。

 

 セレニィからすればアホとしか言いようが無い。どんなお題目があろうと犯罪は犯罪だ。

 預言(スコア)を免罪符にしたからといって許されるはずがない… それが彼女の価値観である。

 

 やたら身内で固めた派閥人事やら会議の場で強行採決やらしたがる程度ならばまだいい。

 いや、よくねーよ。そのせいで散々虐められたんだから。そう一人ツッコミを入れる。

 

 だがこのオッサンは、ちょっと目を離せば横領やら偽造にまで手を伸ばそうとするのだ。

 一体今まで何度それを止めて、宥めすかして、代案を示して、思い止まらせてきたか。

 

 この世界とて、いつまでも養父に好き勝手させるほどガバガバではないはずだろう。

 もしこのまま大詠師にでも駆け上がらせたらこの世界は本気でアホだ。そう思う。

 

 あんな稚拙な隠蔽工作では遠からず露見し、お縄を頂戴することは想像に難くない。

 その時に彼がどのような罰を受けるかは、やらかした度合いによって変動するだろう。

 

 しかし、唯一の身内たる自分にとって生き辛い世の中になるのは多分間違いはない。

 それになんだかんだと育ててくれた養父に、悲惨な末路を迎えさせるのも寝覚めが悪い。

 

 しがらみから逃げるに逃げられない… それがセレニィの置かれた現状であった。

 それでも旅支度と当座の金と食料を自室に常備している辺り、中々に保身に熱心だが。

 

 機嫌の悪い養女の様子をうかがうように押し黙った養父に対して、彼女は口を開く。

 

「それで、一体どういったご用件だったのでしょうか? モース様」

「う、うむ。次期導師様にお目通りする機会を得られたのでな…」

 

「そうですか、それはおめでとうございます。では私はこれで」

「いや、待て待て。今回お目通りするのは私ではなく、セレニィ… おまえだ」

 

「……はぁ?」

 

 養父の言葉にセレニィ本人と言えば、苛立たしげに眉根を寄せた。

 完全にメンチを切っている養女の迫力に、モースは怯える。

 

「な、なんでそんなに怒る? 私はおまえのためを思って…」

「誰がいつそんなことを頼みましたか? モース様」

 

「いや、その…」

「お話がそれだけならば私はこれで。誰か別な人でもお誘いくださいな」

 

 養父にそう言って、セレニィは背を向けて歩き出した。

 次期導師との面会… なるほど、素晴らしいな。感動的ですらある。だが無意味だ。

 

 セレニィは大量の仕事により、ここ二日間での睡眠時間が軽く三時間を切っていた。

 幼い身空での睡眠不足は地味に堪える。仕事は逃避にはなるが楽しくもないのだ。

 

 今欲するのはコネではなく睡眠。というかこれ以上コネいらない。イジメマジで怖い。

 今でさえやっかみが酷いのに、この上更に次期導師と面会までしたらどうなることやら。

 

 護身のためには拒否一択。そう結論付けて立ち去ろうとしたが、養父はしつこかった。

 

「そ、そう言うなセレニィ! 先方にはもう話を通してあるんだよ!」

「知りませんよ、そんなの。モース様の独断専行じゃないですか」

 

「そう言わずに、私の顔を立てると思って…」

「だぁー! ウザい、離せぇー!」

 

「ちょっとだけだから! な? なんでもおまえの好きなモノを買ってやるから!」

 

 このイオンとの出会いがセレニィの運命を歪ませ、望まぬ道を邁進させることとなる。

 歴史は語る… 『セレニィこそは己の命をオールドラント存続の礎にした』のだと。

 

 これは様々な苦難を背負い、多くを救いながらついに誰にも救われなかった女性…

 セレニィと呼ばれたローレライ教団に属する一人の人間、そのはじまりの物語である。

 

 後日『詠師が幼女に言い寄ってた』という噂が流れ、火消しに苦労するのは別の話。

 

 

 

 ――

 

 

 

「……ゆ、夢か」

 

 思わずガバリと起き上がり、セレニィは荒い息のままそうつぶやいた。

 寝汗が酷いことになっている。

 

 寝間着の袖で額の汗を拭いつつ、水差しに口を付ける。

 

「ふぅ… とんでもない夢でした」

「どんな夢だったの?」

 

「えぇ、なんというか… どうあがいても絶望というか、開始前に詰んでるというか」

 

 自身の隣から涼やかな声で尋ねられ、それに応える。

 

「そう… それは大変だったのね」

「……えぇ、まさか今より最悪があるとは思いませんでした」

 

「そこまで?」

「はい。『世界は救えるがオマエは死ぬ。絶対にな!』というメッセージを感じました」

 

「……そ、そう」

 

 モースルートもとい教団ルートの難易度は天元突破というレベルじゃない。

 それが言葉ではなく魂で理解できた。そんな夢であった。

 

 そう考えると、各国に満遍なくコネを得られている今の状況がどれだけ幸運なことか。

 自身の幸運に感謝しつつ、セレニィは新たな疑問を口にした。

 

「で、なんでいるんですか? ティアさん」

「そこにセレニィがいたからよ」

 

「……鍵、かけてたと思うんですけど」

「フッ… ファブレ公爵家の警備網すら無力化した私にかかれば、この程度は朝飯前よ」

 

「うん。次勝手に入ってきたら絶交ですからね」

 

 そう言って、セレニィは笑顔でティアを窓の外に叩き落とした。

 これだけ言っておけば当分は大丈夫だろう。……当分なのが悲しいところだが。

 

 大きな溜息を吐きながら、先ほどの夢の内容に思いを馳せる。

 もはやそのほとんどが朧気ではあったが、その感じた想いにはリアリティがあった。

 

 当然だろう。自分などは所詮場当たり的に生きるしか出来ない人間だ。

 夢だからと割り切って、俯瞰視できるほどに器用でないことは分かりきっている。

 

 その場その場でやれる限りを尽くしていくしかないのだ。

 

「みゅうー… すぴぴー…」

「おーおー、気楽なもんですねー。こっちは夢見が悪かったってのに…」

 

「みゅ、みゅ、みゅう…」

 

 寝息を立てているミュウを見て、その頬をつつきながら気分を落ち着かせる。

 

「ま、なるようになりますかね」

「すぴー…」

 

「よし、明日からがんばろう」

 

 そう言い残して再びベッドに身を埋める。

 先ほど見た泡沫(うたかた)の夢… それが正夢とならぬよう、祈りながら。

 

 そして明日には、綺麗サッパリと夢のことなど忘れているのもまたお約束である。

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