TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー   作:(╹◡╹)

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17.寝物語

 セレニィが女性部屋のベッドに潜り込み、ウトウトとしているとティアが声をかけてきた。

 

「ねぇ、セレニィ… まだ起きてる?」

「……はい、起きてますよ」

 

 無視するわけにもいかず、返事をする。本当は凄く寝たいのだが。

 

「今日のこと… 凄かったわね。正直、少し尊敬したわ」

「……今日のこと?」

 

 昨日、今日と色々とあり過ぎてどれのことだか分からない。特定不能だ。

 

 夜の渓谷を降りたり、魔物に追い回されたり、戦艦が盗賊追い回すのに巻き込まれたり…

 あんなデッドリーな出来事の数々を経験しながら、未だ五体満足な自分を褒めてあげたい。

 

 セレニィの沈黙の意味を理解したのか、ティアが言葉を続ける。

 

「食料泥棒の冤罪をかけられていたでしょう?」

「……あぁ、あれですか」

 

 うん、あれも嬉しくないイベントだったなー。最悪私刑(リンチ)にかけられてたかも。

 そんなことを考えながらセレニィは相槌を打つ。

 

「逃げずにしっかりと話し合って、誤解を解いた。そればかりか怒りも見せずに許したわ」

「まぁ、そんなこともありましたね」

 

 そもそも逃げられるなら逃げていた。ボケっとしてたら逃げる前に捕まっただけだ。

 許したことについてもそうだ。本当は恨み言の1つや2つは言ってやりたかった。

 だが大天使イオン様に許せと頼まれちゃったらしょうがない。セレニィはそう考える。

 

 そして脳内フォルダを開放して、穏やかな笑顔を浮かべているイオンのことを思い出す。

 

「(イオン様スマイル最高! 上目遣いのイオン様可愛いヤッター!)」

 

「実は私も冤罪にかけられたことがあるの。……故郷での家畜舎襲撃事件のね」

「はぁ、そっすか(イオン様イオン様イオン様ホッホッホァー!)」

 

 もはや変態である。しかし、ティアはベッドで身悶えているセレニィに気付かない。

 

 既に頭の中はイオンの妄想でいっぱいだ。沢山の笑顔のイオンに囲まれて幸せいっぱいだ。

 今日はいい夢が見れそうだなぁ、などと考えながらティアの話を適当に聞き流している。

 

 最低の屑である。

 

「誰も信じてくれなかった。けれど、教官… 私の師匠に当たる人が調査をしてくれた」

「(イヤッホォオオオウッ! ローレライ教団ばんざぁあああ)ゴフッ!?」

 

「………。えっと、大丈夫? なんか今、すごい音がしたけれど」

「だ、大丈夫です。……ちょっと寝返りを打ったら壁に頭ぶつけてしまっただけで、はい」

 

 身悶えてゴロンゴロンしすぎて勢い良く壁に頭をぶつける結果になってしまった。

 自業自得である。

 

「……まぁ、そういうわけで無事私の無実は証明されたの」

 

 とりあえず流すことにしてティアは話を再開する。

 仲間として、セレニィとの付き合い方がわかってきたようだ。喜ばしいことである。

 

「『後ろ暗いことがないなら堂々としろ』… そう、教官に言われたわ」

 

「はぁ…」

「今日のあなたの姿はその時の教官のソレに重なったの。……私の憧れの人の姿に」

 

 まぁ、確かに同じ冤罪事件ではあるが一体自分に何の関係があるのだろう?

 そう疑問に思いつつ相槌を打っていたら、何故かティアが珍妙なことを口走り始めた。

 

 まるで意味が分からんぞ。

 

 一体ティアには今日の事件がどのように映ったのか… 少し興味を覚えて口を開く。

 

「んー… どうしてそう思ったんですか?」

 

「え? だって、一歩も引かずに正しいと思ったことを主張して認められたわ」

「……ふむ、なるほど」

 

 少しだけティアのことが分かった気がする。

 この子は、『正しい行動には正しい結果が返ってくる』と強く信じている子なのだ。

 だから『自分は正しくないといけない』と肩肘を張っている。そんな気がする。

 

 ……まぁ、違っているのかも知れない。所詮は他人事なのでどうでもいいけれど。

 

「これは飽くまで俺の意見ですから、ティアさんが受け入れる必要はありませんが…」

「え? ……えぇ」

 

「ティアさんの冤罪事件も今日の一件も、ぶっちゃけ単に運が良かっただけだと思います」

 

 眠気で頭が朦朧としているのか或いは睡眠前の気まぐれか… 少しだけ口が軽くなる。

 

 案の定ティアは絶句しているようだ。少し楽しくなってきた。

 

「納得できませんか?」

「それは… だって理不尽じゃない」

 

「えぇ、理不尽ですね」

「だったら…」

 

「でも、その教官さんが動かなければティアさんは犯人にされていたのでは?」

 

 意地悪な言い方をしてみる。彼女は否定の言葉が出てこないようだ。

 

「今日の一件もそうです。普通ならこちらが犯人にされて『ハイ、おしまい』ですよ」

「そんな…」

 

「実際に被害が出ている自国民と、得体の知れない余所者… 信じるならどちらです?」

「……ぅ」

 

「ま、そういうことです。取り調べを受けさせてくれるなら御の字ってとこですねー」

 

 ネガティブな方向にだけ口がペラペラ回る。

 セレニィは苦笑いを浮かべつつ、我ながら情けないものだと内心で呆れ返っている。

 

「そもそも、犯人じゃないと信じてもらえても意味が無い場合だってありますしね」

「え… さ、流石にそれは意味が分からないわ!」

 

「何故です? 手っ取り早く『身代わり役(イケニエ)』用意して民心慰撫なんてありふれてますよね?」

「そ、そうなの…?」

 

「すみません。……飽くまで俺の考えなんで、それが正しいかは断言できませんでしたね」

 

 流石に日本人だった頃の尺度で語ってしまうのは失礼というものだったかもしれない。

 やはり眠気で判断力が落ちているな… 関係ない方向に話を逸らしてしまった気がする。

 

 そう思いつつも、セレニィは言葉が止まらない。

 

「まぁ… 堂々としていて真っ向から反論できても、結果が伴わない場合もあるかもです」

「そんな… だったら、何故…」

 

「ティアさんが助かったのは教官さんのおかげ。俺が助かったのはあの軍人さんのおかげですよ」

「教官の… おかげ…」

 

「……自分が、人の善意や努力によって生かされてるって前提を忘れない方がいいかもですね」

 

 大きく欠伸をする。

 まぁ、あの眼鏡のマルクト軍人については絶対ただの気まぐれだろうけど。ドSそうだし。

 

 つーか堂々としてるだけで冤罪が晴れるんなら、この世に冤罪なんて存在しねーよ。

 ため息とともに心中で毒づく。

 

「正しい行動を取れば正しい結果が返ってくるならそれが一番なんでしょうけど…」

「そうあるべきじゃないの?」

 

「中々そうもいかないと思います。そも、常に正しくいられる人間のほうが少ないのでは?」

「それは…」

 

「理不尽な選択を迫られたり、善意でやったことが最悪の結果を招くこともあるかもです」

 

 ティアたちについていくか、渓谷に一人取り残されるかは間違いなく理不尽な選択だった。

 善意で申し出てくれたのだろうが、セレニィには地獄の片道切符にしか思えなかったし。

 最悪かより最悪かを選べと言われてるようなものだった。思い返しつつ自分の言葉に頷く。

 

 そもそも世の中には理不尽が溢れかえっている。この二日間の自分の出来事がまさにそうだ。

 理不尽の体現者として生き証人になってしまう勢いだぞ、コンチクショウめ。

 

「誰にだって間違いはあります。しっかり者のティアさんが馬車の行き先を間違えたように」

「そ、そのことは忘れてちょうだい! ……まったく、迂闊だったわ」

 

「クスクス… ごめんなさい。ま、偉そうに言いましたけど俺は『赦せる人』になりたいんです」

 

 暗くて見えないが、真っ赤になっているだろうティアの様子を想像して思わず笑みが零れる。

 なんだか怖い怖いと思っていた彼女に、初めて親しみの感情が湧いた気がする。

 

「……『赦せる人』?」

「たった一度間違ったらそこでおしまいなんて悲しすぎるでしょう? 俺は赦されたいですし」

 

「………」

 

 そう言ってもう一つ大きな欠伸をする。

 

 言っていることは、つまり「おまえのミス許すからこっちのミスも許せよな!」である。

 他人に甘くするから自分に甘くして欲しいという、なぁなぁここに極まれりのダメ発言だ。

 

 だが、ティアは違う意味に受け取ったようだ。その表情は思い詰めている。

 

「それでも、私は…」

「あ、ティアさんは無理に合わせなくてもいいんですよ」

 

「え?」

「言ったじゃないですか。飽くまでこれは俺の意見ですって」

 

「そ、そうなの…?」

「そーです」

 

 一方セレニィはなんか眠くなっていたので適当に返した。軽く、あっさりと。

 どこまでも無責任な人間、それがセレニィだ。安定の屑である。

 

 そもそもが寝る前の与太話として気まぐれ混じりに語ってみただけの事柄である。

 

「ま、世の中にはこんなヤツもいるんだなーとか思ってくれればそれで十分です」

 

「……セレニィはそれでいいの?」

「むしろそれ以上の何を望めと? ティアさんの心はティアさんのものでしょうに」

 

 何言ってんだこいつ、とばかりに問い返す。

 確かにこれまで口先ばかりではあるが『仲間』という表現を多用してきたのは認めよう。

 しかし、仮に真の『仲間』であっても踏み込んではならない領域というものがある。

 

 相手を尊重することと、自分を捨てて相手を全肯定することは違うのである。

 心を改造して自分以外の誰かになれやと言われても絶対にノウ! お断り状態である。

 

 ……まぁ、心はともかく身体が改造されちゃってるんですけどね! この状況!

 セレニィはそう、脳内で一人ノリツッコミを果たす。

 

「………」

 

 そして部屋には沈黙の帳が落ちる。ティアは、その沈黙を何故か心地よいと思った。

 

 ややあってティアは口を開く。

 

「あのね、セレニィ… 実は、私にはある『使命』があるの」

「………」

 

「それは… セレニィ?」

 

 反応がないことを訝しんだティアは、セレニィのベッドの方に視線を寄越す。

 

「すぴー…」

 

 そこから聞こえてくるのは可愛らしい小さな寝息。

 思わず微笑が漏れる。

 

「フフッ… 長話が過ぎたわね。ごめんなさい… そしてありがとう、セレニィ」

 

 この話の続きは次の機会に持ち越しか。

 それが残念でもあり嬉しくもある。

 

 窓から零れる月灯りを眺めながら想いを馳せる。

 この月灯りを今、『あの男』も眺めているのだろうかと。

 

 そんなことを考えつつ、彼女は瞳を閉じる。

 程なくその想いは、小さな微睡(まどろ)みの中に呑まれていくのであった。

 

 

 

 ――

 

 

 

 翌朝。

 

「(ぬぉおおおおおん! 昨晩は調子に乗ってつい語り過ぎちまったぁあああああ!)」

 

 昨晩の色々を思い出し、羞恥に悶える少女の姿があったという。

 

「どこの中二病患者だ… 黒歴史確定… せめてティアさんが忘れてくれてることを切に願う…」

 

 残念ながら昨晩のやり取りは、ティアの心に深く刻まれているらしい。

 

 今はセレニィの輝かしい未来に合掌しよう。

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