TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー 作:(╹◡╹)
夜が明け、準備を整えた一行は朝食を食べるとローズ夫人宅へと向かいその扉を叩いた。
程なく彼女が姿を現す。
「おやまあ、アンタたちかい。昨日はすまなかったねぇ」
「いえいえ、こちらこそ昨日はお騒がせしました」
「それで何か用かい? 朝っぱらからやってくるくらいだ。なんか重要な話でもあるんだろ」
さて、ここからが本番だ。セレニィは気を引き締めつつ口を開く。
「えぇ、お話したいことがあって寄らせていただきました。お食事中でしたら改めますが」
「大丈夫だよ。田舎の朝は早いんだ、お茶くらい出すからあがっておくれ」
「それでは… お邪魔します」
こうしてローズ夫人宅の中へと通される。セレニィの後にはルークとティアの二人も続く。
出されたお茶を飲んで一息つく。
「……美味しいお茶ですね」
「ありがとよ。といっても自家製の適当な代物だけどね… 口に合ったようで何よりさ」
「とても優しい味がします。茶葉だけじゃなくて淹れる方の工夫によるのでしょうね」
当り障りのない会話を楽しみつつ、ニコリと微笑む。
まだ“流れ”を掴んだとは言えないな。セレニィはそう分析しつつ会話の内容を検討する。
……よし、これで行こうか。
「あの、昨日はありがとうございました」
「なんだい、藪から棒に。迷惑かけたのはこっちだろう? 礼を言われる筋合いはないさね」
「いえ、軍の方は勿論のことローズさんの口添えがあってこそ私たちは信じて貰えました」
興奮状態の男連中に流されず、逆に一喝までした彼女の胆力には実際かなり助けられた。
会話運びの一環とは思っているものの、お礼を言いたい気持ちもあったので素直に頭を下げる。
そんなセレニィの態度にローズ夫人は苦笑いを浮かべる。
「ははっ、まったく真面目というか律儀というか… お嬢ちゃん、名前はなんだったっけね?」
「これは失礼をしました。私はセレニィ… そして、こちらがルークさんにティアさんです」
「おう、よろしくな」
「よろしくお願いします、ローズさん」
「はい、よろしく。もう知ってるみたいだけどアタシがローズ、一応このエンゲーブの顔役さ」
和やかなムードの中、セレニィはルークとティアを紹介しつつ互いに挨拶を交わす。
「(この“流れ”だな)……そういえば食料泥棒の件、軍の方はなんと?」
「はぁ… どうにも別任務があるみたいでね。すぐの対応は難しいんだとさ」
「……それはお困りでしょうね」
ローズ夫人が憂鬱そうなため息を吐くと、場には重苦しい沈黙が漂う。
しかしセレニィにとっては、これこそが求めていた展開である。
内心など表情には一切出さずに、こっそりと心の中で時間を数え始める。
10を数え終えると、意を決したとばかりの態度で顔を上げて言葉を紡ぐ。
「(…8,9,10。よし)……あの、ローズさん」
「ん? なんだい、セレニィちゃん」
「もしよろしければ… 食料泥棒の件の調査、私たちに任せていただけませんか?」
予想もしなかった突然の申し出に、ローズ夫人は目を瞬かせている。
ルークやティアも、驚いたようにセレニィを見詰めている。
……それもそのはず。彼女は一切の打ち合わせなく、ぶっつけ本番で話し始めたのだから。
自分の目的のため、前触れ無く仲間を利用してのける。まさに屑のなせる所業である。
「正式に軍に依頼しようにも時間がかかりますよね? けれど詳細が不明では軍の腰も…」
「重くなる。それで頭を悩ませてたのさ。だから願ってもない申し出だけど、良いのかい?」
「はい! ある程度の背景調査が出来上がっていれば、軍の方も動き易くなりますよね?」
「それは… うん、確かにそうだ。軍の連中も、それなら部隊編成をしやすくなるからねぇ」
「お邪魔でしたら無理は申し上げません。ですが… お力にならせていただけませんか?」
そこまで言ってローズ夫人の言葉を待つ。
「それはありがたいよ。でも…」
少し不安そうに、セレニィやルークたちを見遣る。
「(なるほど… 子供に任せるのは不安か。だが、それを解消する言葉も用意している!)」
屑、絶好調である。さながら燃え尽きる寸前の蝋燭の最後の輝きの如く。
「ご安心を。ルークさんはここに来るまで、魔物の攻撃を掠りもしなかった程の剣の使い手」
「……お、おう。まぁ確かに、ここまで全部の魔物は俺が片付けてきたな!」
「へぇ…!」
魔物のターゲットにされたのは主にセレニィなので、嘘は言っていない。
だがそんなことを知らないローズ夫人は素直に感心している。
「さらにティアさんは優秀な“せぶんすふぉにまぁ”。治癒・回復のスペシャリストなのです」
「まだまだ修行中の身ではありますが、任せられた役割はしっかり果たすつもりです」
「なるほど… まさかそんな凄い子たちだとは思わなかったよ。うん、それだったら安心だねぇ」
ローズ夫人はすっかり信じ込んでしまった。ずっと屑のターンである。
やっていることは詐欺師とほとんど遜色が無いだけにたちが悪い。
「……ただ、私たちも旅の途中の身の上。路銀も稼がなくてはなりません」
「そりゃ当然だろうねぇ」
「厚かましいとはお思いでしょうが、どうか成功時には報酬をいただきたいのです」
「流石にタダ働きさせる気はないさね。……むしろ成功報酬だけでいいのかい?」
「えぇ、失敗時にも報酬を確約されてしまったら真面目に取り組めなくなりますしね」
冗談めかして言えば「あっはっは! そりゃ確かに!」と呵々大笑するローズ夫人。
ここまでは理想的な流れ… さて、いよいよ仕上げだ。
セレニィは胸中で汗を拭う。
「では、報酬の件ですが…」
「………」
ローズ夫人は笑うのを止めて、セレニィの出方を伺っている。
緊張する。手に汗が滲んでくる。
さて、鬼が出るか蛇が出るか…
「調査成功で1500ガルド、それに加え事件解決で3000ガルド… これでいかがでしょう?」
「………」
沈黙が場を支配する。
もしかして、価格計算を間違えてしまったのだろうか?
……いや、動揺を表に出すな。笑顔を貼り付けたままにしろ。
セレニィは自身をそう奮い立たせる。
ややあってローズ夫人は口を開く。
「そりゃまた随分と安いねぇ… なんだか申し訳ないくらいだよ。本当に良いのかい?」
よし、通った! そう心の中でガッツポーズを取る。
ちなみにセレニィは知らないが、1ガルドは地球の日本の10円程度の価値があるらしい。
だが彼女にとっては「不審を抱かれるほどに高すぎなかった」ことが重要なのである。
「昨日、ローズさんには助けられました。それにケリーさんにも良くしていただきました」
「そうは言っても…」
「お力にならせていただきたい… その言葉に嘘はありません。……ご迷惑でしょうか?」
悲しそうな表情で少女にそう言われしまっては、断る言葉など持ち合わせはしない。
ローズ夫人は後ろ髪を引かれる思いながら、セレニィのその申し出を受けるのであった。
セレニィにすれば無報酬が一転、調査だけで1500になる錬金術を使ったようなものだ。
笑いが止まらない。
「(くっくっくっ… コイツら、チョロい!)」
屑は今日も邪悪に絶好調である。
――
ローズ夫人からの依頼という形で約束を交わした三人。
彼らは今、意気揚々と北の森へと向かっている。
「しかし、考えたわね。セレニィ」
「考えたって… あぁ、さっきのことか。アレ、結局どういうことだったんだ?」
ティアがローズ夫人宅での先程のやり取りを思い出し、嬉しそうに口を開く。
それに反応したルークが、疑問に思っていたことを口に出す。
「私たちが森を調べても、その結果が分かるのは私たちだけでしょう?」
「あぁ、そうだな」
「村にとって、それは何のプラスにもならない。ただの私たちの自己満足だわ」
「うーん… 確かにそうなるよな」
ティアの説明に、ルークは納得して頷いている。
なんだか知らないが仲は改善しているようだ。いいことだ。
そう思いながら、セレニィは適当に頷いている。
絶対保身するマンは周囲の危険を警戒するのに忙しい。
「けれど、セレニィはそこで村の代表のローズ夫人に相談し依頼という形を提案した」
「さっきの話だな」
「これにより村は、直面する事件の情報を入手する手段を得られたの」
「あ、確か軍をすぐに動かすにはある程度の情報が必要とかなんとか言ってたよな」
ルークの言葉に頷きつつティアは話を続ける。
「村は食料盗難事件に怯える必要はなくなり、解決に向けて大きく前進することとなった」
「なるほどなー… 確かによく分かんねーって怖いもんな」
「ルークの思い付きから村の問題まで絡め、村人たちの心のケアにまで気を配った細やかな配慮… これがセレニィの描いたシナリオだったのよ」
「そうだったのか! ようやく分かったぜ。すげぇな、セレニィ!」
「いえいえ、それほどでも」
そんな立派なことは考えてない。単に金が欲しかっただけである。
しかし、得意満面の表情で謙遜してみせる。最近屑は調子に乗っている。
「普段は大したお役に立てない分、せめて交渉で支えてこその仲間じゃないですか」
「フフッ… 今後も大いに頼りにさせてもらうわね」
「ったく、負けてらんねーな。見てろよ? 戦闘じゃバリバリ活躍してやっからなー!」
仲間の賞賛が心地よくて、ドヤ顔でちょっといいことを言ってみる。
「(来ている… これは流れが来ている! 今後のフラグに大いに期待できる予感!)」
彼女は最近上手く行っていたから、調子に乗って忘れていたのである。
この世界は非常にデッドリーなモノで溢れかえっていることを。
自身が何の力の持たない無力な少女でしかないことを。
程無く彼女の望み通り、活躍の場である交渉の席とともにフラグは立てられることになる。
「おーい、何やってんだセレニィ? そろそろ進もうぜー」
「あ、はーい」
……そのフラグは俗に『死亡フラグ』と呼ばれていた。
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