TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー   作:(╹◡╹)

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20.追跡

 ルークとともに森の道を進んでいると、前方の道から小走りに駆けてくる人影がある。

 昨日ローズ夫人宅でも会った、ローレライ教団の最高指導者である導師イオンだ。

 

「あぁ、良かった… 無事だったのですね」

 

 元気そうな様子のセレニィを確認して、安堵の息を漏らす。

 不可抗力とはいえ、先ほど自分の身代わりに魔物に追われていった少女である。

 その逃げ足の速さは見事だったが、万が一のことを心配していたのだ。

 

「はい、私の自慢の仲間が助けてくれましたから!」

「へへっ、まぁな!」

 

「そうだったんですか、仲間の方が… そういえばあなた方は昨日お会いしましたね?」

 

 短いやり取りの中に強い信頼関係も結ばれている様子がうかがえる。

 微笑ましく思うとともに、昨日のローズ夫人宅でのやり取りを思い出す。

 

「あぁ、俺はルーク。んで、こっちのちっこいのがセレニィだ」

「セレニィです。よろしくお願いしますね、イオン様」

 

「はい、こちらこそよろしくお願いします。……しかし、ルークですか」

 

 互いに挨拶を交わすと、イオンがルークの名前に興味を覚えたように見詰める。

 セレニィはこっそりイオン様フォルダの拡充を狙い、網膜をフル稼働させている。

 

 ブレない屑である。

 

「あん? なんだよ」

「確か、古代イスパニア語で『聖なる(ほむら)の光』を意味していたかと。素敵な名前ですね」

 

「べ… 別に褒めてもなんもやんねーぞ!? 大体それを言ったらセレニィだって…」

 

 褒められ慣れてないのか、真っ赤になったルークがセレニィに矛先を逸らそうとする。

 

「いやいや、私は落ちてた場所がセレニアの花が咲いてる原っぱだったってだけですし…」

「落ち… え?」

 

 聞き間違いかと思わず尋ね返してしまったイオンの様子に、セレニィは説明をする。

 

「あ、私はつい二日前に渓谷でルークさんともう一人の方に拾われたんですよ」

「んで名前もなんも覚えてないって言うから、仮の名前として付けて今に至るってワケだ」

 

「それはまた… なんとも大変だったのですね」

 

 ルークの説明も加わり判明したハードな背景に思わず、驚きの表情を浮かべるイオン。

 

 だが目の前の少女は何が楽しいのかこちらを見てニコニコしており、暗い影は見られない。

 そんな厳しい状況にもかかわらず、冤罪をかけようとした村人をあっさり許してくれたのか。

 そう理解したイオンは、内心でセレニィに対する感謝の気持ちと申し訳無さで一杯になる。

 

 イオンの内心など知る由もない彼女は笑顔で話を続けている。……ただ下心に忠実なだけだが。

 

「いえいえ、むしろルークさんともう一人の方に助けられて大ラッキーでしたし」

「……セレニィさんは強いのですね」

 

「はい? むしろ弱くて雑魚ですよ。っと、噂をすれば… ティアさん、こっちですよー!」

 

 違う意味で取られたかと思いつつ、イオンは苦笑いを浮かべる。好意に値する少女だ。

 

 彼女にしてみれば、イオンと知己を得られたことでトータル的にはプラスに傾いている。

 この世界で体験した命の危機に瀕するイベントの数々など、既に遠い忘却の彼方だ。

 まさに『喉元過ぎれば熱さを忘れる』というか、驚きの学習能力のなさであると言えよう。

 

 そのまま上機嫌で、遅れて姿を現したティアの手を引いてイオンへと彼女の紹介をする。

 ティアはそんなセレニィの態度に先程までの怒りは吹き飛び、ニコニコ顔を浮かべている。

 

「フフッ… セレニィったら、そんなに引っ張らなくても私は逃げたりしないわよ?」

「イオン様、こちらがティアさんです。ルークさんと同じく私の命の恩人さんですね」

 

「よろしくお願いします。……その身形から察するに、あなたは『神託の盾(オラクル)騎士団』の?」

「あ、はい。私は…」

 

「おい、オメーら! あそこを歩いてるヘンテコな獣… あれがチーグルじゃねーのか!?」

 

 ティアが口を開こうとしたところで、ルークがヨチヨチ二足で歩く耳の大きな獣を発見する。

 彼の大声に怯えて森の奥にすぐさま逃げてしまったが、その姿は全員が確認した。

 

「間違いありません。教団の聖獣チーグルです」

 

「やっぱりそうか! よーし、調査のためだ! なんとしてもとっ捕まえてやる!」

「あ、ちょっ… ルークさん!?」

 

 イオンがチーグルだと認めると、ルークはその後をダッシュで追いかけていく。

 一見のどかな森ではあるが、イオンとてつい先程も魔物に襲われたばかりである。

 

 このまま単独行動をさせては危険だと考え、イオンは残る2人に声をかける。

 

「ひとまず彼の後を追いましょう。ここで見失ってしまってはことです」

 

「あ、はい。そうですね… 私たちも調査のために来たわけですし」

「御心のままに。……まったく、セレニィやイオン様もいるのにルークには困ったものね」

 

 セレニィやティアにしてもそれに異論があるわけではなく、頷きルークの後を追う。

 

 道中襲ってくる魔物は文字通りルークが『蹴散らし』ながら突き進んでいる。

 ティアはセレニィとイオンの安全に注意しつつ、届く際は援護をしながら進んでいく。

 

「うわぁ… ルークさん、なんかマジで強いですね。幾ら加速に乗っているとはいえ」

「あの威力、新しい技なのかも… けど、勢い任せで危なっかしいったら無いわ」

 

「さしずめ『崩襲脚(ほうしゅうきゃく)』といったところですか。しかし野生動物がここまで興奮しているとは…」

 

 ルークの新技による突進力と、文句を言いながらもそのフォローをこなすティア。

 二人の連携に内心で舌を巻きつつ、イオンは森の状況に違和感を覚える。

 

 やはりチーグル以外にも異変が発生しているのかもしれない。

 

 そんなことを考えつつ進んでいくと、一行はやがて大きな樹の根本へと辿り着いた。

 一足先に到着していたルークは不機嫌そうに周囲を見渡しつつボヤいている。

 

「っかしーなぁ… この辺りで見失ったんだけど、どこ行きやがった」

「撒かれてしまったのかもしれないわね。……どうする? 一旦戻ってみる?」

 

「いえ、多分このあたりの何処かにいることは確かなんじゃないでしょうか」

 

 戻ることも視野に入れてみてはどうかと提案するティアに、セレニィが待ったをかける。

 二人がどういうことかと視線で問いかければ、彼女は付近に転がっているある物を指差した。

 

「そこに転がっているリンゴ、明らかに浮いてますし。周囲にはなっている木もないのに」

「恐らくセレニィさんの言うとおりでしょう。チーグルは樹の幹に巣を作ると聞きます」

 

「なるほど… あ、イオン様。よろしければどうか私のことはセレニィと呼び捨てて下さい」

 

 乱れた息をある程度まで整えたイオンが隣に進み出て、セレニィの意見に同調する。

 セレニィはそんなイオンに自らの水袋を差し出しつつ、名前を呼び捨てるようお願いする。

 

 憧れのあの人に呼び捨てられる、ちょっと特別な関係を味わってみたいのだ。

 ……もっとも、セレニィは名前を呼び捨てしかされてないため実質一切の特別感はないが。

 

「すみません、セレニィ… 水も、ありがとうございます」

「勿体無いお言葉です(っしゃー! イオン様の間接キスGETだぜ! ……家宝にしよう)」

 

 上品に微笑みつつ大切そうに水袋を懐にしまう。考えていることは変態一直線である。

 つい先程も「頬を上気させて息を乱してるイオン様、色っぽい」とか不埒なことを考えていた。

 

 考えていることを表情に出さない元日本人スキルを最大限に悪用している屑の鑑である。

 

「ってことはつまり、あの樹の穴ん中に連中がいやがるんだな? よし、行こうぜ!」

「はい。……大人しいとはいえチーグルも魔物です。充分にお気をつけ下さい、ルーク殿」

 

「へへっ、わかってるって! あとイオンっつったよな? 俺のこともルークでいいぜ」

「本当ですか? ありがとうございます! あなた方はセレニィ同様素晴らしい方々ですね」

 

「(イオン様の花丸笑顔可愛いヤッター! って、素晴らしい? 俺、なんかやったっけ?)」

 

 素晴らしい人間と思われることに心当たりがないセレニィは思わず小首を傾げてしまう。

 屑だとか変態だとか罵られる心当たりなら掃いて捨てるほどには大量にあるのだが。

 

 ひょっとして自分のそっくりさんか何かに遭遇していたのか? 清廉潔白な偽セレニィとか。

 ……いかん、そっちの方が100%本物だ。自分、偽者として討伐される? 消されちゃう?

 イオン様に嫌われてしまう。あ、でも蔑み顔で罵ってくるイオン様もそれはそれで…

 

 セレニィの妄想は止まらない。

 

「あなたはいつもそうね、セレニィ。……その自然体に私たち、結構救われてるのよ?」

「……ティアさん?(いきなり何言ってんだろ。ティアさんってたまに電波だなぁ)」

 

「大丈夫、あなたとイオン様は守るわ。ルーク! あなたも今度はちゃんと気を配りなさいよ」

「っせーなー、わーってるっての。でも、さっきのアレは見逃すよりはマシだっただろー?」

 

「フフッ… 本当に、素晴らしい方々です」

 

 慈愛の笑みを浮かべつつセレニィの肩に手を置くティア。

 そんな彼女にめちゃくちゃ失礼なことを考えているセレニィ。

 ブツブツ言いながらもティアの指示を否定しないルーク。

 

 凸凹だらけの3人組を、優しい笑顔で見守るイオンを加えた4人。

 

 彼らは森の中のチーグルの巣穴へと、ついに足を踏み入れるのであった。

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