TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー   作:(╹◡╹)

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24.交渉

「グルルルルルル…」

 

 ライガの“女王”は警戒した様子を見せつつ、セレニィを見下ろしている。

 なんでこんな雑魚を警戒しているんですかねぇ…。

 

「(ないわー… コレはないわー…)」

 

 チーグルの長が渋るわけである。こんなの、自分の立場だったら二度と交渉したくない。

 押し付けられる相手がいるのなら、全力で、どんな手を使ってでも押し付けたくなる。

 

 あ、その結果がこれか。セレニィは納得した。畜生、あの狸め。死んだら化けて出てやる。

 

「みゅうー… セレニィさん、『なにをしにきた?』って言ってますの…」

「あ、はい。そうですね…」

 

 あれこれ考えていると、怯えた声でミュウが“女王”の言葉を翻訳して告げてきた。

 いつの間にやら交渉はスタートしているようだ… 時間は待ってくれない。

 

 早鐘を打つ心臓を服の上から押さえつける。

 

 死にたくない、死にたくない、死にたくない… そう、死にたくないなら冷静になるんだ。

 自分なら出来る。多分出来る。きっと出来る。絶対出来る。不可能でも出来る。

 

 自己暗示を繰り返し、深呼吸をしてから口を開く。

 

「お話を、しに」

 

 声が震えている。いや、泣き出さなかっただけ上等だ。

 そう思いつつ、言葉を続ける。

 

「こちらから、あなたやあなたの仲間たちに危害を加える気は一切ありません。どうか…」

「グルルルル…」

 

「『だが現実にオマエは仲間とともに武器を手に我に詰め寄っている』と言ってるですの!」

 

 良かった… 心の底から絞り出した安堵の溜息をつく。

 

 印象は最悪だが、問答無用でないだけ御の字。オマケに理性的な詰問までしてくれるときた。

 

「(あのチーグルが交渉できた時点で気付くべきだった… この“女王”、話が通じる!)」

 

 セレニィの瞳に光が宿る。こうなればトコトン諦めが悪いのが絶対保身するマンの真骨頂。

 手札は元日本人として磨き抜かれた奥義『土下座外交』。プライドは投げ捨てるものなのだ。

 

 屑は仲間たちの命すらも勘定に入れて、脳内で算盤を弾き始める。

 

「では武装を解除しましょう。仲間も下がらせましょう。前に出るのは私とこの通訳のみで」

 

 言うが早いか背負袋を下ろす。そして炎の槍(仮)をルークに、ナイフをティアに預ける。

 

「セレニィ、僕は… あなたに、とんでもないことを…」

「今は何も仰らないで下さい。……ただ、上に立つ者としてそのお気持ちは大事にして下さい」

 

「はい… はい…!」

 

 自分が望んで招いた状況の深刻さに謝罪しようとするイオンを、セレニィは押し止める。

 

 本音を言えばイオンに慰められたい。抱き締められたい。チュッチュしたい。帰って寝たい。

 しかし、そんな事をしてたら背後のライガさんがマジギレしてしまう。ゲームオーバーだ。

 

 だから断腸の思いでイオンを退けるしかない。絶対保身するマン的に死にたくないのだから。

 

「ルークさんとティアさんは周囲の警戒を。万が一にも交渉に邪魔が入れば… 詰みます」

 

「………」

「………」

 

 セレニィが真顔で言い切ると、二人は息を呑んだ。

 しかし、気勢まで呑まれるわけにはいかじと慌てて口を開く。

 

「でもセレニィ、護身用の武器まで外すなんて無茶よ」

「そうだぜ。せめて俺たちのうち誰か一人でも…」

 

「いいんですよ、お二人とも。これは分かり合うための対話… 武器や護衛など要りません」

 

 淡い微笑みを浮かべる。

 ……勿論、嘘である。

 

 本音はいざとなったら逃げる気満々なので少しでも身体を軽くしたいだけだ。

 先ほど「逃げようという発想すら浮かばない」と言ったな? あれは嘘だ。

 

 この屑は常に生き延びることに頭が一杯で、仲間を置いて逃げることすら厭わないのだ。

 その時はイオンの手を取り逃げようと心に誓っている。手に手を取って逃避行である。

 

 そして仲間の死という大きな悲しみを乗り越え、互いを意識し始めて結ばれる二人。

 白い大きな家で、大型犬をペットに、子供に囲まれ、ささやかだけど幸せな家庭を築いて…

 

「『いつまで待たせる気だ。我を殺す相談でもしているのか?』って言ってるですの!」

「……はっ、すみません!」

 

 妄想世界から帰ってきたセレニィは涎を拭きつつ、応える。現実逃避の時間は終わりだ。

 この屑、オールドラントに来てからの度重なる命の危機に感覚が麻痺しているようだ。

 

「ではミュウさん、『互いの会話を無差別かつ正確に伝える』とライガさんに連絡願います」

「わ、わかったですの!」

 

 こうして全方向同時通訳が実現される。

 

『人間の娘よ… 何を考えている。それくらいのことで我を懐柔するつもりか?』

「まさか! これはお話をするための前準備に過ぎません。で、応じてくれますか? お話に」

 

『………』

 

 穏やかな表情を浮かべるちっぽけな人間を前に、“女王”は暫し訝しむ。

 紛れも無くこの中でチーグルを除けば最弱。

 彼我の力の差が分からぬほど愚かでもあるまい。実際に先程まで怯えていた。いや、今も…

 

 未だ小刻みに震えている身体を目に入れながら思う。なのに、何故?

 

 動向を決めかねる“女王”の前に、またしても特大の爆弾が投下される。

 

「わかりました。では、最後まで聞いて応じる価値無しと判断したら私を食べていいですよ」

 

 平然と娘が言い放てば、背後に立っているその仲間たちが悲鳴を上げる。

 それはそうだろう… 自らその身を捧げるなど。我にもこの娘の考えは読めぬ。

 

 とはいえ… ここまで示された以上、害意がないのは真実か。

 

 “女王”はそう判断した。

 

『良かろう。……そこまで言うのであれば話とやらに応じてやろう』

「ありがとうございます! といっても、私なんか小骨多くて美味しくなさそうですけどねー」

 

『いや、オマエからはとても旨そうな匂いがする。常ならばとりあえず襲っていたであろう』

「はい? 旨そうな匂い?」

 

『うむ。努々(ゆめゆめ)、気を付けるが良い』

「(そんな残酷な現実、知りとうなかった!)」

 

 “女王”が親切心で真実を告げれば、セレニィは目を覆ってブワッと泣き出した。

 そもそも、それをどうやって気を付けろというのか。

 

 今までやたらタゲられてたのは、雑魚っぽいとかじゃなくてそのせいだったのだろうか。

 イオンを取り囲んでて噛みつく一歩手前だった狼も、自分を見たら躊躇なく襲ってきたし。

 チートを寄越せとまでは言わないが、これは幾らなんでもハードモード過ぎるでしょう?

 

 目を覆いながら、セレニィは神様がいたら胸倉掴んで殴り飛ばすと心に決めたのであった。

 

 そこにちょっぴり空気の読めてないティアが声をかける。

 

「ライガも思わず食べてしまいたくなる可愛さ… セレニィの可愛さは種族を超えたわね」

 

「ティアさん、お願いですからちょっと黙っててもらえませんか?」

「……あっはい。……ごめんなさい」

 

 セレニィが初めて発する絶対零度の冷気を伴った言葉に、ティアさん思わず真顔で謝罪する。

 

『おまえたち人間は可愛さを感じる相手を食すのか… 変わっているな』

「ティアさんはアレがアレですから放っておくべきアレなんですよ」

 

『ふむ、理解は出来ぬがそういうものなのだな。……では、話とやらを始めようか』

 

 屑もそろそろティアに容赦がなくなってきたようだ。

 “女王”のお言葉に甘えて、気を取り直して話を進めることにする。

 

 

 

 ――

 

 

 

 とはいえ、会話を始める前に整理が必要か。セレニィは脳内で状況の整理をする。

 

「(交渉役は実質自分のみ… とはいえ、周囲の警戒をしてくれるなら充分か)」

 

 今、“女王”の前にいるのはセレニィと通訳のミュウのみ。他3名は下がらせている。

 離れた場所に自身の荷物を降ろしており、武装解除も行っている。

 

 戦闘になれば死亡確率は99.9%を超えるだろう。

 だが武装して、仲間を付けたとしてもその確率が99.8%に軽減される程度と見ている。

 

「(戦う必要が無い。もっと言えば戦うことになった時点で失敗、負け…)」

 

 だったら誠意に見せかけることで、交渉の成功率に全ブッパすべきであろう。

 両取りが出来ない以上は、生存率の高い方向に張るべきだ。

 

「(事前にある程度会話ができたのは大きかったな… 話も通じるし)」

 

 幸い、初対面の時に比べて“女王”の反応も多少は丸くなっている。

 話の持って行き方次第では、物別れに終わっても円満に退出できる可能性がないでもない。

 

 あるいは「最悪、自分食べてもいいッスよ」という空手形も効いているかもしれない。

 構うものか。いずれにせよ怒らせれば喰われるのは暗黙の了解だったのだ。

 

「(誰が黙って大人しく喰われるか。万が一の場合は足掻いて足掻いて足掻き抜いてやる…)」

 

 今更それを明文化したところで痛くも痒くもない。誠意を示す一端に繋がれば万々歳だ。

 そもそも交渉が決裂したら約束なんか無視して逃げればいいのだ。互いに次はないし。

 

 よし、考えはまとまった。さて、はじめるとしよう。……屑の、屑による、屑なりの戦いを。

 

「お話というのは他でもありません。チーグル族に端を発した一連の事件についてです」

『……それがどうした?』

 

「以後、事態が落ち着くまでは食糧を人間側で提供することを認めていただきたいのです」

 

 あからさまに不機嫌になった“女王”に対して上のことを申し出れば、驚きに目を丸くする。

 意外と表情があって親しみ易いかも… セレニィはそう思いつつ相手の出方を待つ。

 

 今はこれでいい。退去にまで話を進めるには時期尚早… ゆっくりと相手の興味をくすぐる。

 

『そんなことをしてオマエたち人間に何の得がある?』

「実はこれまでチーグルが提供していた食糧は、無断で人間から盗み出されたものだったのです」

 

『こやつらめ、我が身可愛さにそのようなことまで…』

 

 人間など恐れてはいないが、大事な時期に巣まで雪崩込ませる原因を作ったことは許し難い。

 ギロリと通訳の仔チーグルを睨みつければ、怯えて少女の背後に逃げ隠れる。

 

「ですがチーグルも己の行いを反省し、あなた方への謝罪と新たな和解を求めております」

『和解… だと?』

 

「えぇ、そのために我々人間が仲介役として立つことにしたのです」

 

 いけしゃあしゃあと言ってのける。

 土下座外交というよりはむしろ二枚舌外交を髣髴(ほうふつ)とさせる有様である。

 

「提供する食糧は雑穀類や果物が中心になりますが、必ず肉も用意させます。どうでしょう?」

『ふむ… チーグルどもが差し出していた時より、むしろ内容は良くなっているな』

 

「(うん、そうだね。リンゴ転がってたしね。文句言わず食べてたライガさん、マジ天使だね)」

 

 え? なに? じゃあひょっとしてチーグルとライガの交渉ってこういうことだったの?

 

 喰われたくないけど狩りとか無理なんで仕方なく人間の村から野菜と果物盗んで差し出すよ。

 文句言わずに食えよな。約束守ったんだから。でも食糧盗むの疲れたし人間何とかしてよ。

 おまえらどんだけ自分本位なんだよ… と、セレニィはチーグルの評価をまたも下方修正する。

 

「………」

 

 そりゃライガさんキレますよね… 目の前の巨体にむしろ親近感を覚える。

 

 いや、うん。まさかね。これはただの自分の勝手な想像だからね… 真実とは限らないしね。

 そんなことを考えているセレニィの胸中の葛藤を知ってか知らずか、“女王”は口を開く。

 

『だが、無償というわけではなかろう。……何か要求があるのではないか?』

「お察しのとおりです。こちらからの要望は3つ」

 

『ふむ… 多いな。まぁ良い、言ってみよ』

「第一に状況が落ち着き次第、人里から離れた場所に移動すること」

 

『続けよ』

「第二に人間を襲わないこと。第三にそれらを群れに徹底させること… 以上です」

 

『……相分かった。どれも無体を申しているという訳ではなさそうだ』

 

 “女王”は激するでもなく静かに要望を聞き遂げる。

 セレニィは心の中でガッツポーズを決め、身を乗り出す。

 

「では…」

『だが、その約を如何にして保証する? 生憎その話だけでは、そこまでの信は置けぬな』

 

「仰ることごもっともです。なので、人間界で最も尊き御方にご臨席いただきました」

 

 そう言って、セレニィは部屋の入口付近で見守っているイオンを手で示した。

 

 やっと… やっとここまで来た。ここまで辿り着いたらあと少しだ。

 あとは教団というシステムをライガの価値観に当て嵌めつつ説明して信用を勝ち取るのみ。

 

『最も尊き人間か… 何者なのか?』

「はい、導師イオンです。あの方はローレライ教団の…」

 

『なんと、導師イオンだと! それは本当か!?』

「え? あ、はい… 僕が導師イオンですが…」

 

 セレニィの言葉をミュウが訳す途中で、ライガが驚愕の声を上げる。

 思わずそれに応えるイオン。ルークとティアは“女王”の態度に武器を構えつつ警戒する。

 

『なんと… 奇縁とはこのことか。お主、「アリエッタ」という娘を知っているか?』

「え? えぇ… 僕の守護役を務めていました。あの、あなたが何故彼女を…」

 

『知らぬ筈がない。幼きあの娘を育てたのは我である故に。我が愛しき娘は元気にしているか?』

 

 まさかの急展開である。感動的である。だが、セレニィは忘れ去られている。

 

 一頻(ひとしき)りイオンとの話が終わると、“女王”は感慨深げに声を漏らす。

 

『そうか… アレは今、新たな役割を立派にこなしているか』

「はい、それは間違いありません」

 

『アリエッタが信頼していた者がまさか罠を仕掛けるとも思わぬ。……うむ、全て信じよう』

 

 アッサリと話がまとまってしまった。……さっきまでの苦労は一体。

 天井を見上げて(まぶた)に蓋をするセレニィ。されど、両頬を伝う液体は止め処なく流れ続ける。

 

「(別にいいけどね… 気にしてないし… どうした? 笑えよ、セレニィ…)」

 

 最後は全てイオンに持って行かれてしまった。所詮屑では役者が違ったのだろう。

 嗚呼「話は通じる()」「状況を整理する()」、「信用を勝ち取るのみ()」…

 どれも一級品の黒歴史である。このまま消え去ってしまいたい。涙が止まらない。

 

 そのままセレニィが存在感を失って背景と一体化する頃、“女王”が改めて口を開く。

 

『なので… 其処な者、そろそろ剣呑(けんのん)な気を収めて出てきてくれるとありがたいのだがな』

 

 すると“女王”の部屋にパチパチパチ… と、場違いな拍手音が響き渡る。

 

「なっ! 人がいたのか… 全然気付かなかったぞ…」

「いつの間に…」

 

「実に素晴らしい手並みでした。私たちの出番などまるでありませんでしたね? アニス」

 

 まるで悪役の登場である。声の方向を全員一斉に振り返る。

 そこにはエンゲーブで出会ったドSな眼鏡軍人とロリっ娘な導師守護役が立っていた。

 

 話題を振られた少女… ジェイドに「アニス」と呼ばれた導師守護役が笑顔で応える。

 

「本当ですね、大佐! でも一人で出歩いて心配したんですよ、イオン様ー! もー!」

「アニス… 迷惑をかけました。ですが、ジェイド… 警戒をしていたはずなのに」

 

「あぁ、彼らを責めないで下さいね? まだ気配に気付かれるほど耄碌(もうろく)はしておりませんので」

 

 ジェイドはイオンにそう答え眼鏡を直すと、セレニィと“女王”に視線をやる。

 そして興味深そうに微笑む。

 

「(なんすか? 『なんでテメーがここにいんだよ場違いなんだよバーロー』の笑みッスか?)」

 

 一方それを受けたセレニィは盛大にやさぐれていた。

 所詮屑は屑でしかなかったと証明されたばかりなので致し方ない。

 

 一難去ってまた一難。また新たな問題が起きようとしていた。

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