TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー 作:(╹◡╹)
嬉しさのあまり思わずこちらに掲載させていただきました。ありがとうございます!
(掲載許可はいただいております)
オールドラントの暦においても、年明けというものはある。
ただ、それがどの程度重要視されるかという感覚においては現代日本とは大きな隔たりがあるのだ。
様式、というものに関してなど語る必要性すら感じられない。
だが、今ここに。
現代日本風の正月を満喫したいと願う一人の少女がいた。
「……というわけでですね」
何故かテーブルにダブルの布団を被せてその上に大きなガラス板を乗せつつ足を突っ込んだまま言う。
「私の知ってる風習では年明けから数日は作り置きの料理を貪りつつゴロゴロするのが主流なんですよ」
「だからと言って、テーブルの脚を半分に切って地べたに絨毯を敷いてまでしなくても良いのではないか?」
少女… セレニィの対面に同じように付き合って足を突っ込んだ男、ヴァンが渋面で応えた。
ちなみに、中に火のついた炭壷を入れる案を考えたが火災を恐れた周囲に本気で止められたので諦めた。
「おや、どうやら主席総長殿にはこの侘び寂びが分からないと」
にやにやしながら挑発的に言う。元よりセレニィにとってはヴァンは「なんとなくイラっとする相手」なのである。
なので、実にその言葉の棘も絶好調である。
「そんな事だから、約一名を除いて部下のハートを全く掴めてないんですねぇ?」
にやけ顔を超えてドヤ顔である。ヴァンでなくても殴りたくなる素敵な顔だ。
だが、彼も一応大人である。ましてやセレニィはティアのお気に入りでもあるのだ。
ぐっと堪えてさっさとこの苦行を終らせようと決意する。
「侘び寂びは結構。しかしだな、このように緩いことをしていては大事は為せん」
「ほうほう」
「ましてや、己の研鑽なくして大望には至れまい。否定はせぬが長くこのような事をするのは賛成しきれん」
まぁ、言っている事は実際には「時間の無駄なので早く終らせろ」である。
そんな事を言っているよりも勝手にここから去っていけば良いのだが、彼も何気にお人好しである。
「ふっふっふ… 『問うに落ちず語るに落ちる』とはこの事」
「何? どういう事だ」
警戒の色を浮かべるヴァン。大抵、こういう時のセレニィは勢いで周囲を丸め込もうとする。
その手に落ちてはなるまいと警戒してしまったのである。実際には、そのような相手をこそ落としやすいのだが。
「例えば、です。貴方が必死で悲願成就のために毎日の研鑽を怠らなかった場合」
「ふむ? 怠らなかった場合?」
「貴方は孤独死します」
な・ん・で・だ。
そう叫びたい衝動をヴァンは必死で押さえ込みつつ、余裕の表情を浮かべて先を促す。
「良いですか? 人間には大抵休息が必要です。ああ、まぁ貴方はアリエッタさんに休暇を与えなかった監督役の更に上司でしたね」
一々合間に皮肉を挟んでくる。本当こいつ殴りたい。
「ですが、人間というのは上司が頑張っていると自分も休み難いものです。そうやって部下を鼓舞する方法もありますが…」
実際、その方法は有効だろう。と、ヴァンは思う。誰よりもラルゴである。
かの黒獅子が前線で誰よりも奮闘し、そして部下の手本となるからこそ彼の部下は心酔しついていく。
「今、ラルゴさんを思い浮かべましたね?」
気付けば、にやぁとした笑顔を浮かべたセレニィの顔が近くにあった。
こいつ、こういう邪悪な顔しなければ見てくれ良いのになぁ、と思ったのはさておこう。
「ラルゴさんは確かに、自身が手本となるべく部下をまとめている… それは事実でしょう」
「何が言いたい?」
「いえね? ですが、彼がいつでもONの状態であると思っているのなら本当に貴方は部下の事を分かっていないのだと…」
すぐに結論に至らず、ちまちまと小出しにしてくる物言いにいかんと思いつつ心中に苛々が募る。
落ち着け、落ち着くんだ、ヴァン。
「ラルゴさんはきちんと部下の前で抜く時には抜いてますよ。酒の席や食事の席。ふと廻りが肩の力が入りすぎた時…」
確かに、ラルゴは部下と店を借り切って飲みに出たり大勢で食事をしたりする事があった気がする。
いや、だがそれは上司として部下に振る舞いをするためで仕事の一環とも言えて…。
「ラルゴさんが、まるっきり仕事上の理由だけで部下に酒や食事を奢ったとして…」
心を読んだかのようなタイミングで次のセリフを繰り出してくるセレニィ。
そのタイミングのせいで、ヴァンは迂闊にも内心でセレニィの意見と同調しかけているような錯覚を起こしはじめていた。
「それなら、金だけ渡せば済む事です。ですが、そうでなく自分も輪に入りゆっくりした時間を作る…」
何やら、そこで溜めを作るかのように一度言葉を切り、目を閉じるセレニィ。
そして、やおらカっと目が開かれる。
「そうして部下との愉しむ時間の共有を行う事で、単なる好感度でなく信頼を彼は得ているのですよっ!!」
「なん… だと…」
信頼。それはある意味、ヴァンにとってもっとも縁遠い単語の一つだ。
何しろ、まず妹からしてあれである。更に、部下からの信頼も正しい意味では一人も勝ち取っていない。
リグレットからのそれは信頼だけでなく好意からのモノである、とヴァンは一応理解はしていた。
「分かりますか? 自分も休む事で他人にも休んでいいのだと無言で語りかける」
まるで謳うように朗々と語るセレニィ。これ一種の譜歌じゃないだろうなと一瞬疑いたくなった。
「そしてその余裕を見せる事で、懐の深さを部下に示す」
「む、むぅ…」
「その上でっ! 何かあった時には己が率先して動く! これでこそ部下はその人を頼りになる上司と信頼するのですっ!」
なんと… そうだったのか…。
己の大望を為すために我武者羅に生きて、気付けば一人でそれを為そうとしていた…。
だが、もしかしたら… ほんの少し、足を停めて休んで考えれば、あったのだろうか?
誰かと大志を共に戦う
セレニィは内心、しめたと思っていた。
大体ヴァンの考え方は短くとも密度の濃い付き合いで分かってきている。
思考の先回りなどは簡単とは言わないが不可能ではないのである。
「そう、その結果こそが誰とも志を分かち合えず迎える孤独死なのです…」
沈痛な表情すら浮かべて滅茶苦茶な事を言う。
だが、ヴァンの脳内には悲しいかな悲願果たせず一人誰にも知られず朽ちていく己の姿がよぎってしまった。
さて、ここまで来たら今度は飴である。
「ですが、ヴァンさん。貴方が頑張ってきたこと、それは否定されるような事ではありません」
「セ、セレニィ…」
唐突に自己を肯定されて戸惑いながらも安堵するのが手に取るように分かる。
くっくっく、こいつちょろい。
「そのたゆまぬ努力があって、今の貴方の強さがあるのは事実… その強さにより主席総長になったのは誇るべき事」
「お、おぉ…」
「ただ、ほんの少し今まで急ぎすぎていたんですよ。だから、今からでも遅くはありません。ゆとりを取り戻すのです」
ぽん、とヴァンの肩に小さな手が置かれる。体が小さいので実はめいっぱい腕を伸ばしてちょっと苦しい。
「そうすれば… 今からでも取り戻せるのか? 私に『真の仲間』が出来るのか?」
「ええ、そのためにも微力ながらゆっくり休むやり方をお教えしましょう」
「分かった! ならば、頼む!」
こうして、気付けば。
ヴァンは炭火の上に乗せた網でライスを叩いて潰して纏めたものを焼いていた。
「(……おかしい、どうしてこうなった?)」
ちなみに、当然のようにセレニィはコタツ(?)で丸まっている。
「な、なぁセレニィ? ゆっくりとしてはいるのかも知れないが、私だけこうしてるのは若干腑に落ちないものが…」
「黙って焼け、ハゲ」
「ハゲとらん!? 貴様言うに事欠いて…!」
「ああ… 間違えました、ヒゲ。心の中ではヒゲもハゲも言い慣れてるもので」
言い慣れるなよそんなもん。
心底そう思いつつ……。
とりあえずこれが焼きあがったら一発殴ろう、と心に決めるヴァンであった。
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