TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー 作:(๑╹◡╹)ノ
エイプリルフール企画『ゼロの使い魔』とのクロスオーバーです。
おふざけです。ごめんなさい。
多分「ゼロの使い魔」を知らないと良く分からないです。ごめんなさい。
本編との直接的なつながりはありません。
数年来温めてきましたがいい加減温めすぎてアレなので放流しました。
そのため、現在のセレニィとはキャラが少し違うかも知れません。
一応時間軸としましては…
1.アクゼリュス崩落時にそのままフリーフォールして召喚された
2.ナタリア殿下の料理食べてそのまま昇天して召喚された
3.(まだ本編で書けていない)ラスト付近で色々あって召喚された
のどれかと思われます。
ご不快になりましたら申し訳ありません。
あくまでおふざけ企画なので予告なく消え去る可能性があります。
何かが落下するかのような『溜め』の音。そして続く豪雷を思わせる爆発音。
爆発による煙が多少なり晴れた後に、無惨に抉れた地面が覗き始める。
その中心地、もはやクレーターと形容するに相応しいその中心に倒れ伏している『人影』。
ピクリとも動かぬ其れ。
其れを中心に、じんわりと真紅の液体が地面に広がってゆく。
この光景を作り出した当の張本人たるピンクブロンドの少女は呆然と見詰める。
クレーターの中心に横たわる其れは『少女』であった。
ここトリステイン魔法学院で小柄と揶揄されるルイズより更に年を下回るであろう少女。
少女の白銀の髪が地面に広がっており、幾筋かの赤がその髪の隙間より
赤と白。
あるいは、朱と銀のコントラスト。
流れる赤は、少女の額から
確実に迫る死の気配。そんな非日常の香りに包まれながら…──
「きゃあああああああ! ひ、人が死んでるぅううううううう!?」
ルイズは絶叫した。
それがこのピンクブロンドの少女ルイズと『使い魔』セレニィの出会いであった。
ここトリステイン魔法学院はただいま新学期のシーズンを迎えている。
特にこの時はメイジにとって生涯のパートナーとなる使い魔の召喚儀式の真っ最中だ。
儀式の場となる校庭には希望に胸を膨らませる大勢の生徒たちで賑わっていた。
カエルを召喚する者もいた。フクロウを召喚する者もいた。
中には立派な風竜を召喚する者もいた。
ひょっとしたら人間を召喚する者だっていて、笑って受け入れられたのかも知れない。
だが死体らしきサムシングが召喚されるとはこの場にいる誰一人とて予想だにしなかった。
まさに人の持ち得る想像力の限界に走り込み&グーパンをするかのような暴挙。
あまりにも想定とかけ離れた光景に荒事に不慣れな学園生徒一同は思わず硬直したのだ。
真っ先に回復し動き出したのは誰あろう、儀式引率者たるコルベール教師であった。
「誰か保健室の手配を! 治癒が扱える方は手伝って下さいッ!」
「は、はいぃ!」
「ゼ、『ゼロ』のルイズがついに人を殺しやがったッ!」
「違うわ! 死体を召喚したのよ!」
「クソッ、マジかよ! いつかやるんじゃないかと思ってたぜッ!」
「だが私は謝らない」
「俺は悪くねぇ! 俺は悪くねぇ! コルベール先生がやれって…ッ!」
止まっていた時間が再び動き始める。
途端に生徒たちの声で騒然とするトリステイン魔法学院の校庭。
喧騒に取り残される形で一人呆然としていたルイズは吠えた。
「う、うっさいわね! 幾ら私でも死体を召喚なんて… 死んでない、わよね? ……多分」
その片隅で猛烈に反論しつつも不安気な様子のセレニィの主人(予定)の姿があった。
「あー… 死ぬかと思った」
結論から言うと生きていた。
流石に開始直後に死亡確認というクソゲーはあまりにあまりだと判断されたのだろう。
これは有情。
どっかの
え? ハルケギニアも負けず劣らず詰んでますって? またまたぁ。
確かにセレニィはちょっと目を離すと、うっかり死にかけたりするか弱き生命体。
今回の件もほんのり不幸な事故だったのだろう。
はたまたナタリア殿下の料理で死線どころか世界線すら超えちゃったのかも知れない。
まぁ、あまり深く考えてはいけない。いいね?
閑話休題。
時刻は夜半過ぎ。
二つの月が窓越しに見守る学院寮の廊下をルイズが先導する形で二人歩いている。
死にかけだった使い魔を治療し、互いに自己紹介をすればこんな時間である。
何が楽しいのかニコニコ後をついてくるセレニィにルイズが呆れ混じりのため息を漏らす。
「まったく、いい気なものね。こっちはアンタのおかげでとんだ出費だったってのに」
「えへへ、ごめんなさい。そしてありがとうございます、ルイズさん」
「……ま、使っちゃったモノは仕方ないしこれからは使い魔として精一杯がんばるのよ?」
「サー! イエッサー!」 (※「イエス、マム」が本来正しい)
「フフン、よろしい」
貴重な水の秘薬(軟膏のようなモノ)をふんだんに使いセレニィは一命を取り留めた。
命さえ拾えば治癒魔法を習得した者が大量にいる学院のこと、瞬く間に快復する。
しかし、その費用の請求は全てルイズに回されることと相成ったのだ。
主人(予定)だから、というのが学院側の弁だ。とんだ疫病神もあったものである。
それでもルイズはツベコベ言わず… ツベコベは言ったが、負担してくれたのだ。
セレニィが抱いた感謝の念たるや如何ばかりのものであっただろうか。
事ある毎に「ルイズさん、ルイズさん」と懐いてしまうのも無理からぬことであろう。
オマケに美少女である。いい匂いもする。セレニィにとっては極めて重要である。
確かにセレニィの立場で言えばほぼ奴隷契約のようにも感じる使い魔という立場は複雑怪奇。
されど相手がむくつけき男というわけでもないのだ(もしそうであったら速攻逃げるが)。
美少女と一緒に暮らすことが出来る。しかも衣食住にかかる費用は相手持ちで、である。
おまけに自己紹介時の情報によるとルイズは公爵家の令嬢らしい。
要するにお金持ちである可能性が高い。今後の暮らし向きにも期待が持てる。
それはセレニィにとってむしろご褒美のような破格の条件である。
一も二もなくというほどでないにせよ、頷くのは当然の帰結であるとさえ言えた。
ルイズにしても自身が末っ子ということもあり弟妹に憧れる気持ちが少なからずある。
見目も悪くなく、何処で仕込まれたのか貴族への礼儀もそれなりに心得ている。
少なくとも連れていて恥ずかしい存在ではない。そういう物件に思えた。
確かに正体不明の存在を使い魔にすることに対する複雑な感情はなきにしもあらず。
しかし、それはこの使い魔ことセレニィにとっても一緒のことであるはずだ。
しかも学院では小柄な方の自分以上に小柄な少女である。正直まだ子供にしか見えない。
そんな子供であり意思疎通も出来る存在だからこそ、多少の罪悪感も覚えていた。
見知らぬ場所に飛ばされ不安だろうに、若干の戸惑いはあれど不満を口にする様子はない。
無力なりに健気に自分に尽くそうとしてくれているようにも感じる。
これに対していつまでもへそを曲げられるほどルイズという少女は捻くれていなかった。
どちらにせよ、使い魔契約は気に入らないからと簡単に投げ出せるものでもないのだ。
ならば自身の使い魔を一流の存在へと導くことこそ真の貴族らしい振る舞いというものだ。
そう考え、彼女なりにセレニィという使い魔との関係を受け入れようとしていた。
ただし…──
「きゃあああああああ! ちょっとアンタ、鼻血大丈夫なの!?」
いざ服を脱ぎベッドでともに寝ようとした時に、一悶着があったことは追記しておく。
そして翌朝。
「というわけで、ここアルヴィーズの食堂はとても由緒のある場所なのよ?」
「もぐもぐ… マジすか。むぐむぐ、流石ルイズさんパネェっす」
「えぇ、本来ならここが独立した文化財となってもおかしくないほどの場所で…」
世慣れないセレニィに対して得意満面の表情で説明をするルイズ。
健全な主人と使い魔の関係であると言えるだろう。
説明するたびに何くれと持ち上げてくれるセレニィの称賛が耳に心地よい。
称賛のたびに聞こえてくるなんらかの咀嚼音については些細な問題として目をつぶれ…
つぶれ…──
「つぶれるか、アホォ! なに勝手に食べまくってんのよ、アンタ!」
「わ、ビックリした。……ルイズさんも、その、食べます?」
セレニィは怒れる主人に齧りかけのローストチキンを差し出しながら小首を傾げる。
朝から重たいものを迷いなく掴み取れるあたりは安定のセレニィである。
「……ちょっと可愛い。じゃなくて! お祈りする前から食べちゃダメでしょ!」
机を叩いて注意するルイズ。そういう問題ではない。
「大丈夫です! 素敵で賢く可愛らしいご主人様であるルイズさん!」
「私が素敵で賢いのは当然だけど何が大丈夫なのよ!?」
「貴重なお話の邪魔をしないよう、ひっそりと心の中で『いただきます』をしております!」
親指を立てて得意気にそう回答するセレニィ。重ねて言うがそういう問題ではない。
もはやこの場を収めるには頼れるご主人様が一喝するより他に手段はないだろう。
ルイズは埒のあかない会話に疲れたのだろうか、大きく息を吸い込み手を振り上げる。
「ならば良し! めっちゃ偉い! 超許す!」
そしてセレニィの頭を撫でるとそう宣った。これにはセレニィも思わずニッコリ。
頼れるご主人様は超久しぶりに全肯定の快感を味わい、若干アホの子になっていた。
「さぁ、好きなだけ食べなさい! この私が許すわ!」
「ありがとうございます! ルイズさんめっちゃ優しい! 超好き! 愛してます!」
「足りなかったら言いなさい! 私のポケットマネーで追加するから!」
もはやツッコミ不在のままこの頭の悪い空間の時は刻まれてゆくしかないのだろうか?
しかし、この空間に救世主が登場した。
「なんで僕の朝食が食べられているんだよ!?」
セレニィに自分の席の朝食を貪り食われている純然たる被害者マリコルヌである。
怒りの闘志を燃やしてしまうのは無理からぬ事であると言えた。
「おいコラ、ルイズ! 使い魔の
正論である。紛うことなき正論を振りかざして彼はルイズに食って掛かった。
セレニィは事の成り行きを見守りつつも食事を続けている。
良いから手と咀嚼を止めろ。
「ごくごく… ぷはー」
……いや、水を飲めという意味ではなく。
マリコルヌは毎朝提供される大量の朝食を残さず平らげ続けてきた健康優良児である。
そのお腹の脂肪には、愛と魔力が詰まっていると彼一人の中で専らの評判である。
そして言われるまでもなく毎朝の食事を、それはそれは楽しみにしていたのだ。
そんな朝食を奪われた悲しみが涙となって眼尻から溢れていることには目を瞑ろう。
対するルイズの反応や如何に?
食堂に集まり始めた生徒たちが固唾を飲んで彼女の動向を見守った。
当のルイズ本人は落ち着き払った動作で髪を手櫛で梳き上げつつ、静かにこう述べた。
「貴族たるものがガタガタうっさいわね。チッ、すーみーまーせーんーでーしーたー」
まさに外道。
怒りに震えるマリコルヌが杖を抜こうとしたその時、お腹をプニプニ突く者に気付く。
なお、貴族にとって魔法の発動体である杖を抜くことは決闘を申し込むことと同義である。
セレニィである。無邪気な表情でマリコルヌのぽっちゃりしたお腹を熱心に突いている。
「……なんだ?」
マリコルヌはなるたけ低く、威圧するような声で応じてみせる。
その行動に悪意は感じないが面白いものでもないからだ。
しかし少女は恐れる様子も見せずに花咲くような笑みを浮かべて、話し掛けてきた。
「お気付きいただきありがとうございます! お貴族様の、えー…」
「マリコルヌ… マリコルヌ・ド・グランドプレだ」
「はい! マリコルヌさん! 貴方様は我がご主人様の真の目的にお気付きでしょうか?」
その言葉に思わず眉をしかめる。おかしなことを言う使い魔もいたものだ。
おまえのご主人様であるルイズはたった今、自分を澄まし顔で罵倒してきたではないか。
そうマリコルヌが告げようとするが速いかセレニィは続けて得意満面に言葉を紡ぐ。
「よくよくお考え下さい。無意味なことを果たして我がご主人様がなさるでしょうか」
「いや、
割りと真っ当な反論をしようと試みたところグイと肩を掴まれ耳元に口を寄せられる。
フワリと漂う少女の香りに、日頃異性と縁がないマリコルヌの胸の鼓動が早まった。
「トラスト・ミー」
「あ、はい」
耳元で囁かれてつい信じてしまった。異世界ASMRである。ゲゲルの始まりである。
そんなマリコルヌの反応に怪訝な表情を浮かべつつもセレニィはひっそり言葉を続けた。
「……マリコルヌさん、御身は力と誇りのお持ちのお貴族様でありましょう?」
「と、当然だとも! この学院に身を置いていても、その本分を忘れたことはないさ!」
「本当に? なればこそ絶えず訪れる毒殺の危機に気を払わねばならぬでしょうに…」
「むむっ… そ、それは…」
「故に御身を守るため毒見役が必要となることもあるかと。ここまではよろしいですね?」
「そ、そんな大袈裟な… いや、しかし…」
「えぇ、えぇ。無論、それを無辜の民に強いるのは貴方様の矜持が許さないでしょう」
そこまで語ってから言葉を区切り、意味深にルイズに視線を寄越す使い魔の少女。
ルイズの方は「文句あんのか?」とばかりにマリコルヌにガンを飛ばしている。
そんな彼女たちの動作や視線から英明なるマリコルヌの知性は全ての回答を導き出す!
……先回りして伝えておくが錯覚である。
「そうか。つまりルイズは僕のために敢えて憎まれ役を買ってでて君に毒味を…」
「えぇ、えぇ! 然様でございますとも! さっすがマリコルヌ様!」
「つまり、ルイズは僕のことが好きだった…?」
「調子に乗るなよ、このファッキンまんまるボーイ」
「えっ?」
「失礼。私の故郷で『高貴にして偉大なる方、流石で御座います』という意味の言葉です」
「マジかよ。褒め上手過ぎるだろ、ルイズの使い魔…」
かくして「あはは」「うふふ」と笑い合い急激に仲良くなったマリコルヌとセレニィ。
ルイズはそんな二人の様子に首を傾げつつ始祖に祈りを捧げ食事を摂るのであった。
なおマリコルヌの食事に関してはセレニィが彼の膝の上で残り全ても平らげ尽くしている。
──毒見役とは?
しかし、どことなく彼は幸せそうであったという。……ならば良し!
そして幾つかの講義が終わり昼食の時間が近付いてくる。
朝の時間もそうであったが昼もまた食堂内では学院メイドが慌ただしく動いている。
「セレニィちゃん、3番テーブルの拭き掃除おねがいできる?」
「はーい! こっちオッケーです。シエスタさんは大丈夫ですかー?」
「こっちは大丈夫! ありがとう、セレニィちゃん。慌てないでね」
その中には彼女たちと同じくメイドのお仕着せを纏ったセレニィの姿があった。
何故こうなったのかを説明するために、暫し時計の針を戻そう。
朝をたらふく食べお腹一杯のセレニィは講義中に爆睡する運びと相成った。
人は満腹になると眠くなってしまうもの。仕方ないね。
見かねた講師から講義室を追い出され手持ち無沙汰のまま学院を
講師は寝ている生徒(?)を見付けるとキレてしまうもの。仕方ないね。
完全に自業自得でこれにはルイズも苦笑いであった模様。
フラフラ
それすらも飽きてブラブラしているところに魅惑的な少女が手前を横切ったのだ。
メイドさんである。
しかもすごく美少女なメイドさんであった。
是非ともお近付きになりたいとセレニィは思った。
セレニィは美女や美少女に弱かったのである。
とてもとても弱かったのである。
勢いよく自己紹介をすると彼女は優しく応じてくれた。シエスタさんと言うらしい。
そして懐いてちょろちょろ後を付いて回るセレニィを邪険にせず、親切に振る舞ってくれた。
チョロいセレニィはメロメロになった。
メロメロチョロニィになった。
そしてセレニィはせめてもの恩返しとシエスタの仕事のお手伝いを申し出たのだ。
面白がった同僚らに子供用のお仕着せまで着せられたのは計算外であったが、それはそれ。
張り切るぞと意気軒高の至りであった。
なによりシエスタに良いところを見せたい下心もあったが、ルイズのことも考えていた。
セレニィは主であるルイズがちょっと気の毒になるくらい無能な子である。
秘薬を探したり戦ったり感覚共有したりという使い魔らしい仕事は全く期待できない。
しかしルイズの役に立ちたいという気持ちは彼女なりにガチであった。
役に立てばその分優しくしてもらえて待遇ももっと良くなるかも知れない。
あるいはちょっとエッチなご褒美とかも期待できるかも知れない(無理がある)。
セレニィはほんのりと自分の欲望に忠実であったのだ。
しかし、彼女はぶっちゃけ役に立たないのだ。現状、ただの無駄飯喰いでしかないのだ。
そんな自分だがメイドを極めることでなにか見えてくるものもあるのかも知れない。
そうも思ったのだ。……多分メイドを極めてもメイドにしかなれないが置いておこう。
さておき、その心意気だけでも評価したいと思う人は思うかも知れない。多分、メイビー。
「きゅっ、きゅっ、きゅっ…」
ふんす、と気合を入れて食堂を洗う。拭く。磨く。
小さな身体で縦横無尽にフィールドを駆け巡る。
「にゃー!」
調理なんてものはプロの仕事。
だから、飛び入りの助っ人に出来ること・任せられることなどたかが知れている。
「きゅっ、きゅっ、きゅっ…」
それこそ『お手伝い』程度が関の山。与えられる仕事もそれ相応。
即ちお掃除、下拵え、使い走り。
「にゃー!」
とはいえ要領が良いのかはたまた運が良いのか。
大ポカもかまさず、そこそこの戦力としてセレニィは下働きの作業をこなしていく。
(なんでセレニィちゃんさっきから鳴いてるんだろう…)
シエスタは首を傾げながらもテキパキと作業を続ける。
何故セレニィが鳴いているのか、それは誰にも分からない。セレニィ本人にも。
どうしても気になる方は『きゅっきゅっきゅっニャー』で検索してみても良いかも知れない。
そんなこんなで作業が一段落。
「いやぁ、助かったぜ。小さい助っ人さん」
「あっはっは! 良いってことですよ! あと私は別に小さくないんですけど?」
「ホントに。小さいのによく頑張ってくれたわね」
「いや、別に私は小さくありませんからね? 周りの方がデカ過ぎるだけですからね?」
「ちょっと、みなさん! セレニィちゃんが困ってるじゃないですか!」
困っていると言うかキレていた。
そんなこんなで親睦(?)を深めていると。
ふと壁に立て掛けられた大きな時計から音楽が鳴り響いた。
お昼の時間である。
そう、時計に住まう妖精たちが踊りながら告げてくれたのであった。
セレニィはポカンと口を開けながらその様子を見上げている。
「……わぉ、ファンタジー」
「おっと、いけねぇ。腹ぁ空かせたガキどもがわんさとやってくるぞ! 気合い入れろ!」
「まぁたそんな言葉遣いして… 怒られちゃいますよ? マルトーの親方」
「ハンッ! この俺様をクビに出来るモンならやってみろってンだい、バーロー!」
この程度の口の荒さなど日常茶飯事なのだろう。
給仕も料理人も苦笑いを浮かべながら各々の準備に取り掛かる。
程なくして、食堂の外が騒がしくなった。
学院の生徒たちがやってきたのだろう。
ちなみにセレニィはあんまり興味なかったので学院の名前すら把握してなかった。
「あ、コラ! アンタちょっとセレニィ、何処行ってたのよ!」
「あ、ルイズさーん! えへへ、お手伝いしてましたー」
「お手伝いって、はぁ… 探して損したわ。あなた、私の使い魔なのよ? 自覚あるの?」
ため息を吐きながらルイズはセレニィのほっぺたを揉み始めた。
……もちもちである。ちょっと病みつきになりそうになる。
「むにー…」
「むにー、じゃないわよ。こんなもちもちなほっぺしてて生意気よ。申し開きをなさい」
「いたた… いきなりほっぺた弄り回してきたのルイズさんじゃないですかぁ」
「あら、なにか言った? あなたひょっとして反抗的な使い魔なのかしら?」
「いえ、なにも! これはですね、いずれルイズさんのお役に立てるかもとですね…」
これが? メイドの仕事が? 思わず首を傾げてしまう。
使い魔にメイドをさせるなんて聞いたことがない話である。
とはいえ、そもそも人間の使い魔からして前代未聞だ。
やらせることが禁じられているというわけでもなし、主人である自分の匙加減か。
ルイズはそう思考を巡らせる。
そしてハラハラとした様子で見守っているシエスタに気付くと声を掛けた。
「あ、ごめんなさい。……ひょっとしてこの子が迷惑をかけちゃったりしてない?」
「と、とんでもない! 私どもの仕事を手伝っていただき大変助かりました!」
「そう、なら良かったわ。えーと…」
「シエスタと申します。お貴族様」
「ありがとう、シエスタ。私はルイズ・フランソワーズ・ド・ラ・ヴァリエール」
「ッ! あの筆頭公爵家の… た、大変失礼をしました。ミス・ヴァリエール」
「ルイズで構わないわ。この子が助けられたみたいだし、困ったことがあったら声を掛けて」
「そうですよ! むしろ困ってくなくてもいつでも声を掛けてください、シエスタさん!」
「……いや、なんでアンタが前のめり気味に仕切ってんのよ。……まぁ、別にいいけど」
「さっすがルイズさん! 心が広い! 美しい! 可憐! 声がいい! 素敵! 超好き!」
「あぁもう! わかった! わかったから! シエスタさえ良ければ働いても構わないから!」
真っ赤になって照れているルイズと無邪気に彼女を持ち上げ続けるセレニィ。
思い合っている(多分勘違いである)主従の姿に、不敬ながら思わず笑みがこぼれてしまう。
シエスタはルイズとセレニィのやり取りを見詰めながら優しい表情を浮かべるのであった。
「………」
そんな三人を少し離れた場所から見守るマリコルヌの姿があったことも追記しておこう。
「……今日の昼食はいつになく美味く感じるな。朝を抜いたからか?」
彼はまだその『道』をそれと自覚せぬまま歩み始めたばかり。
がんばれ、マリコルヌ。負けるな、マリコルヌ。
いつかこのハルケギニアに素晴らしき百合を鑑賞する文化を根付かせるその日まで。
しかし好事魔多し。
そんな穏やかなひと時にこそ、不穏の影は忍び寄ってくるものである。
「それでギーシュ、お前誰と付き合ってるんだ? いい加減にゲロっちまいなよぉ」
「フッ、一体なんのことかな? 薔薇は誰の物でもないのであるからして…」
「証言をもとに今日中に学院中にあることないこと言い触らすから早く」
「フッ、怖い。だがそう言われて素直に口を割る愚か者はいないのではないかな」
「ケティ・ド・ラッタと遠乗りしてたってネタはあがってンだ。モンモランシはキープか?」
「フッ、君たちの情報収集能力がちょっと本気で怖いのでここは黙秘を貫かせて貰うッ!」
「ザッケンナコラー! スッゾコラー!」
サツバツ!
アルヴィーズ食堂の片隅で、金髪の学生がバイオ同級生めいた二人組に詰められていたのだ。
しかしそれもそのはず。
金髪の少年は
俗に言う二股野郎。
これはもはや殺すしかあるまいッ!
「どっせいッ! くたばれ二股野郎ァ!」
「ぐっはぁっ!?」
天誅!
いきなり金髪少年の顔面にホールケーキが叩き付けられる。
哀れ、少年の顔面はクリーム塗れの惨状と相成った。
下手人のセレニィ(給仕服姿)は間を置かずしおらしく膝をついて謝罪する。
「すみません。慣れないバイト初日ということもあってちょっと手が滑っちゃって…」
「『どっせい』って言ってなかった? ねぇ、『どっせい』って気合い入れてなかった?」
「あ、土星っていうのはうちの故郷で伝わる太陽系第六惑星のことでありまして…」
つらつらと喋るセレニィの言葉に取調官Aたる同級生くんは感心したように頷く。
「勉強になる。なんにせよキチンと謝れるのは素晴らしいことだ。以後、気をつけ給え」
「はぁい。では、ちょっとすっきりしましたので私はこれで食事タイムに入りますね」
「うむ。……さて、二股野郎ギーシュの取り調べを再開するとしようか」
「おかしくない? 平民の無礼あっさり流し過ぎじゃない? ていうか取り調べだったの?」
「見損なったぞギーシュ! 平民あってこその貴族! にもかかわらず権力を傘に着る気か!」
「そうだそうだ! 恥を知れ、恥を! そして洗いざらい吐き散らして評判を地に落とせ!」
「えっ… あ、うん。……ごめん、なさい?」
罵倒された。ハチャメチャに罵倒された。
金髪少年ギーシュは胸の内で世の理不尽さを嘆いた。
世間は二股野郎に厳しいのだ。
そこに嫉妬が多分に含まれていようと冷たい目で見られるのは自然な流れというもの。
同性からの嫉妬。
異性からの侮蔑。
一度ヘマをすればこれらを全身で浴びてしまうのも仕方ない。
しかし捨てる神あれば拾う神あり。
「ちょっと、セレニィ!」
ルイズの声がギーシュに希望をもたらす。
そう、ルイズは確かさっきホールケーキを叩き込んできた少女の主だったはず。
使い魔召喚の儀式で平民がポップするなど前代未聞だがそれはそれ。
今問題なのは責任の所在が誰にあってどう振る舞うかである。
そう、いかに不可抗力とは言え使い魔の平民が貴族に無礼を働いたのだ。
……不可抗力? ……まぁ、うん。ソウダネ。
これを黙って見過ごすことなど貴族の矜持が許さないだろう。
ビシッと使い魔を叱りつけこちらに誠心誠意謝罪してくるならば見逃してやらんでもない。
そう期待を込めてルイズを見詰めるギーシュ。
「大丈夫? 怪我してない?」
「ついカッとなってやった。今ではスッキリしている」
「ならば良し!」
「良くねぇよッ!?」
黙って見過ごされそうになったので思わずギーシュは大声で突っ込んだ。
心からの叫びであった。
「ていうか今自供してなかった? しっかり犯行声明出してたよな? 聞いたよな?」
「俺のログにはなにもないな」
「いいからさっさと二股認めろよ。おまえの交友関係(女)今日で終わらせたいんだよ」
「クソがッ!」
ギーシュは頭を抱えて絶叫した。……大量のクリームが手についた。
級友の殺意が高すぎる。
女絡みだと同級生(男)は例外なく敵に回るのだという真理をギーシュはこの日悟った。
少年は胸に走る痛みとともに昨日よりほんの少しだけ大人になったのである。
そんな彼の内心など知る由もないルイズが形の良い眉をしかめて声を掛けてくる。
「さっきから騒がしいわね。誰よそいつ。顔中にクリーム塗りたくったりして」
「ギーシュ・クリーム・ド・グラモンだよ。ミス・ヴァリエール」
「クリームはいらない。……君の使い魔にやられたんだけどね、ルイズ」
「あぁ、ギーシュだったのね。だったらちょうど良かったわ」
「? どういうことだい。フッ、今更僕に謝る気になったということかな」
「いや、これアンタのでしょ。さっき転がってきたから拾っといたけど。気を付けなさいな」
そう言ってテーブルに、トン、と小瓶を置いてみせた。
簡素だがお洒落なデザインの香水瓶であった。
それを見てギーシュはギョッとした。
幸いにも動揺した表情は分厚いクリームに隠されて気取られることはなかったが。
これは交際相手であるモンモランシーから受け取った香水。
これを自分のものと認めることは良くない結果を招きかねない。
ならばどうする? 焦りに焦った彼の取った行動は…──
「い、一体なんのことかな? ……そんなもの、僕は知らないなぁ」
「そうなの? 確かにアンタのポケットから転がり落ちてきたように見えたんだけど…」
「き、気の所為じゃないかなぁ! あるいは目の錯覚! はは、ははははははは!」
保身であった。
この期に及んで自身の保身を選択するその性根、まるでどっかのセレニィを彷彿とさせる。
つまり
「そう… じゃあ事務室に届けとくわね。やれやれ、まったく面倒くさいわねぇ」
「ま、待ち給えッ!」
「? なによ、アンタのじゃないならもう用はないでしょ。確かによく見るとこれ女物だし」
「い、いや。そう! これも何かの縁だ! 事務室にはこの僕が届けようじゃないか!」
「──いいえ、それには及ばなくってよ」
起死回生の一手として出した提案は、冷たい言葉によって切って捨てられる。
……ルイズとは別の、背後から届いてきた女性の声によって。
「も、モンモランシー…」
モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ。
長い金髪を幾つもの縦ロールの束にしたお嬢様然とした美しい容姿の女生徒であった。
そして、ギーシュの交際相手でもあった。
「ち、違うんだ。モンモランシー! これは…」
「一体何が違うと言うの? あなた、『知らない』んでしょう? 『そんなもの』なんて」
「そ、それは…」
「もうコレは誰のものでもない。ならきっと、作り手のもとに返ってくるのは必然ね」
彼女はギーシュの横をそっとすり抜け小瓶を手に取ると、大切そうに胸に抱き締めた。
まるで今にも砕けそうな淡い恋心をそっと慰めるかのように。
「……拾ってくれてありがとうね、ミス・ヴァリエール」
「気にしないで。……その、大丈夫? ミス・モンモランシ」
「フフッ、なにが?」
「……いいえ、なんでもないわ。……ごめんなさい」
「ううん、貴女が謝ることなんて何も。御礼は後日改めて。……今は失礼させて貰うわ」
気丈に微笑み、精一杯の優雅なカーテシーを披露。
背筋を伸ばし去ろうとする姿は何処までも気品に満ちていた。
「も、モンモランシー… 僕は…」
「……言わないで。……今は聞きたくないの、何も」
なおも縋ろうとするギーシュに静かに告げる。
そして、何かに耐えるかのようにそっと立ち去るのであった。
アルヴィーズ食堂に沈黙の帳が降りる。
「ギーシュ様…」
そこに新たな声が掛けられる。
聞き覚えのある声に、ギーシュの肩が大きく跳ね上がる。
ケティ・ド・ラッタ。
彼女はモンモランシーのような気品溢れるお嬢様然とした容姿ではない。
しかし素朴でありながら可憐な花のような愛らしさを纏っていた。
「け、ケティ! こ、これは…」
「……良いんです。……全部、全部この目で見ていましたから」
「ち、違うんだよケティ…」
「もし仮に私があなたに選ばれていたならば、どんなに幸せだったことでしょう」
「僕は、ケティ、君のことも…」
「あるいはミス・モンモランシを選ばれたとしても、それはそれで良かったのです」
「……そんな」
「いっときの遊びに使われた悲しさはあっても、きっと私は受け入れられた」
「そんな、ことは…」
「あなたのことが本当に好きだったから。……素敵な思い出に嘘はなかったから」
歌うように言葉を綴る。下級生ながら存在感を放つ才女の姿が其処にあった。
「けれど、ギーシュ様…」
「……うぅ」
「あなたは卑怯者です! この期に及んで言い訳ばかり!」
「………」
「遊び相手の私はともかく、ミス・モンモランシにすら謝ろうとすらしないんですね!」
声が震え、涙が
「さようなら、『ミスタ・グラモン』。……あなたのこと、本当に好き『でした』」
そう言ってケティ・ド・ラッタもまた、この場から走り去っていった。
アルヴィーズ食堂の空気が重くなり過ぎてお通夜状態である。
ギーシュの級友二人も、いや、誰であってもフォロー不能の状態である。
セレニィはマリコルヌのご飯を横取りしながら事態を見守っていた。
ムシャムシャして食った。今では咀嚼している。
なお、マリコルヌはとても迷惑そうな顔をしている。
(なんかえらいことになってる… まぁ、私は悪くないんですけど… うまいな、これ…)
学園モノが始まったと思ったら昼ドラ真っ青の修羅場が展開されていた。
やべぇな、異世界人。
オールドラントもハルケギニアも地獄かよ。
セレニィはそんなことを考えながら食事を続けている。第三者の観戦気分である。
マジかよセレニィ、最低だな。
自分の席からなんとかセレニィを引き剥がそうとするマリコルヌ。
抵抗しながらなんとか食事を続けているセレニィ。
まさに一進一退の攻防。
「はは… フハハハハハハハハハ!!!」
そして唐突に笑い出すギーシュ。
場がカオスに彩られる。
セレニィと攻防を繰り広げていたマリコルヌが、その様子を見て思わず同情の言葉を漏らす。
「ギーシュ、心が…」
「違う! まだ、そこまでじゃない!」
「あ、うん(まだって言った…)」
肩で息をしながら、ギーシュは血走った目でセレニィを指差す。
「……決闘だ」
その言葉は、囁くような声量とは裏腹にアルヴィーズの食堂の中に重々しく響き渡った。
そんなギーシュの挑戦状を真っ向から叩き付けられたセレニィはというと…
「………」
──もぐ。もぐもぐ。
二度三度、左右に視線をやってから首を傾げる。
そしてマリコルヌを見上げてから一つ頷くと静かに食事を再開するのであった。
「食べるなぁ! 僕が! このギーシュ・ド・グラモンが決闘と言っているだろうがぁ!」
「……ちょっとちょっと、言われてますよ。マリコルヌさん」
「え? 僕?」
急にセレニィに袖を引かれたマリコルヌとしても思わず首を傾げてしまう。
確かにマリコルヌも食事中であった。
セレニィと血で血を洗うバトルを繰り広げながらの食事中であったのだ。
てっきりセレニィに決闘を挑んでいると思ったのだが、確かに言われてみれば妙な話だ。
平民の、しかもこんな少女にいきなり決闘を申し込むとか貴族以前に男失格では?
ちょっとモテ男に対する嫉妬心から顔面にホールケーキをダンクシュートされたくらいで。
ちょっとそれをきっかけに二股が明るみになり女性二人に手酷くフラレてしまったくらいで。
──ブッ殺されても文句言えないのでは?
さておき。
マリコルヌはセレニィの言葉で「じゃあ、自分なのかなぁ…」と納得しそうになる。
そこをすかさず追撃するセレニィ。
「なんかめっちゃ怒ってますよ、あの人。個人的な
「いや、これまでギーシュと揉めたことはなかった気がするんだけどなぁ…」
「本当にそうですか? 逆恨みってのは得てして理不尽なものですけど、それも含めて?」
「う~ん、そう言われると自信がなくなってきたなぁ。さっきもいきなり笑い出したし」
「お気付きになりましたか。そう、彼は精神に異常をきたしている可能性があります」
「なんてこった。どうにか刺激せず穏便に解決する手段はないかな? 食事を分ける以外で」
「そうですねぇ… 取り敢えず良いアイディアが出るまで食事を続けるのはどうでしょう」
「それだ!」
「それだ! じゃねぇよ!! 一体どれだけ僕をコケにすれば気がすむんだよ!?」
ギーシュはキレた。いや、ずっとキレていたが更にブチギレた。
思わず食卓をぶん殴るくらいには。……手が痛くなったが。
しかし相手のペースに呑まれてはいけないと、大きく深呼吸をして落ち着こうとする。
お気付きになりましたか。
セレニィを相手にする場合、冷静さを失った者から破滅していくことになる。
攻撃力は絶無に等しいが社会的なダメージが半端ないことになってしまうのだ。
主にヴァンさんとかモース様のように。……嫌な事件だったね。
誰かを幸せにする能力はないが誰かの足を引っ張ることなら得意中の得意であった。
嫌な能力であった。
さておき。
冷静さを取り戻したギーシュは静かに言葉を紡ぐ。
「……僕はギーシュ・ド・グラモン。武門の家グラモンが四男、『青銅』のギーシュだ」
「えっと… 僕はマリコルヌ・ド・グランドプレ。『風上』のマリコルヌだよ」
「いや、うん。マリコルヌ、君じゃない。そっちのちっこいのだ」
「ルイズさんになんという暴言! 許せませんね!」
「いきなり私に暴言吐いてくるなんて何様のつもり? ぶっ殺すわよ、ギーシュ」
「いや、うん。ヴァリエールでもなくて。そっちの白いの。使い魔の平民、君のことだよ」
「………」
視線がセレニィに集中する。
取調官な同級生コンビが間に入って仲裁を試みる。
「おい、落ち着けよギーシュ。おまえのやろうとしてることは八つ当たりに過ぎないぜ」
「そうだぞ。手遅れにせよ、まずはモンモランシやラッタに謝るべきじゃないか?」
「放っておいてくれ。既に彼女らの心は離れた。今更どうやって取り戻せようか」
「しかしだな…」
「八つ当たりで大いに結構。それでこのやるせない心が晴れるならば外道にもなろう」
「それにしたってあんな小さな子相手に貴族が決闘なんてさ、幾らなんでもそりゃ… なぁ?」
「くどい! さぁ、ルイズの使い魔の平民よ! この決闘、受けるか否か? 返答せよッ!」
堂々と宣告する。
もはや彼にとって周囲の目も、評価も、その全てがどうでも良かった。
ただ彼にとっての元凶を叩きのめして僅かでもスッキリできれば。
いきなり二人の恋人を失い、本人視点で全てを失った哀れな少年ギーシュ。
なんと彼は無敵の人になってしまっていたのであった。
「……このッ!」
ルイズが怒りで顔を真っ赤に染め上げ、ギーシュに向かって杖を向けようとしたその時。
「フフッ… くすくすくすくすくす…」
鈴を転がすような軽やかな笑い声が食堂に響き渡った。
セレニィである。
彼女はテーブルに肘をつき、その手で頬を支えると嘲るような表情で言葉を続けた。
「平民? ……ひょっとして、それは私のことですか」
口調は丁寧、表情は笑顔、にもかかわらず瞳の奥に温度はない。
その場にいた者全てが程度の差はあれ、背筋が凍えるような感覚に襲われた。
「せれ、にぃ…?」
ルイズですら呑まれ困惑している状況。
しかしギーシュは悪寒を振り切ると、声を張った。
「そんなハッタリで僕が動揺するとでも? 元帥を父に持つ武門の子を舐めないで貰おうか」
ギーシュ・ド・グラモン。
名門グラモン伯爵家の四男であり、父は陸軍元帥を勤める武門の家系である。
三人の兄もそれぞれ軍の要職についているエリート一家でもある。
如何に普段
その一心で、彼は目一杯に見栄を張ってみせた。
しかし、そんな彼の胸中はセレニィにはお見通しだったようで…──
「……フフッ、お可愛らしいこと」
(見下された…ッ!)
怒りで顔に熱が集中するギーシュ。
「グラモン様が立派なお家柄、ということは良く伝わりました。……えぇ、とても」
「それは光栄だね。ただの平民じゃない君の方はどうなんだい? 英雄譚の披露でも?」
「……フフッ」
語れるものならば語ってみろ。化けの皮を剥がしてやる、と水を向けてみるギーシュ。
どうせただの平民がハッタリで状況を誤魔化そうとしているだけだと当たりをつけている。
(やっべー… なんかキレられてる… ど、どうして… ケーキぶつけただけなのに…)
……大正解であった。
取り敢えず内心の焦りをポーカーフェイスで誤魔化しながらペラ回しを続ける。
この国の貴族は魔法を使えるらしい。
某ドS星のドS中年たる
どちらにせよセレニィは鈍器で軽く殴られただけで命を落としかねない脆弱な存在。
なんとか会話を繋げながら対策を練るしかない。
その一心で、彼女は口を開いた。
「私の姉を自称する人は…」
「姉を自称とは一体」
「公爵家の警備を全員眠らせて潜入し屋根の上から要人を暗殺するためにダイブしました」
「なにそれこわい」
「ちなみに暗殺対象の要人は自分の兄でした。理由は追い詰められた獣だったからだそうで」
「完全に頭ヤバいテロリストじゃん…」
「『姉なる者』こわー…」
いきなりぶち込まれた衝撃の真実に、一同怯えた表情になる。
取り敢えずインパクトでは勝利したな、ヨシ!
──インパクトしか勝ってないんですが、それは。
どうやら公爵家はセレニィの姉を自称する謎のテロリストに襲撃されていたらしい。
しかも、警備が無力化されていたらしい。由々しき事態である。
その場にいる全員が一斉に公爵令嬢ルイズに視線を寄越す(※無関係です)。
ルイズは自身の両手と首をブンブンと勢いよく左右に振った。必死に。
自分には全く以って心当たりがないからだ。
しかし、ここでルイズさんは生来の真面目さ故にふと思い直した。思い直してしまった。
(いえ、でも… 私がヴァリエール家について知ってることなんて所詮ほんの一握り…)
ひょっとして、自分が知らないだけで過去にそういう事件があったのかも知れない。
無駄に大きい実家のことだから色んなしがらみや明かせない闇があっても不思議ではない。
自分も学院に入学してそれなりに経つのだから色々と知らないことも多いだろう。
むしろ公爵家たるもの、テロリストの一人や二人が潜入を試みていて然るべきでは?
──そのりくつはおかしい。
そんなことを考えながらちょっと自信なさげな表情になってきたルイズ。
彼女の表情の変化はバッチリ周囲の人間に伝わった。……伝ってしまったのであった。
もはや「公的にはそんな事件は存在しないことになってます」案件である。
そんな周囲の戦慄をよそに、当のセレニィの方は軽やかに言葉を紡いでゆく。
「その方の兄は、とある教団内の騎士団を統括する主席総長でしてね…」
──それ絶対ブリミル教の大幹部じゃん!?
全員の心の声が一致した。
ブリミル教とはかつてハルケギニアを救った英雄である始祖ブリミルを
なんかかつて危機に瀕したハルケギニアをすごい魔法で救ったらしい。すごい。
その偉業は六千年の時を過ぎた今なお
程度の差はあれど誰もが信仰していることは前提、そんな宗教の域を超えた一般常識。
言うまでもなく、このハルケギニア全土で最もポピュラーな宗教と言える。
というより信仰していないとすればエルフや吸血鬼みたいな存在そのものが異端な連中のみ。
つまり始祖ブリミル並びにブリミル教とはほぼ始祖ユリアでありローレライ教団である。
四捨五入すればほぼ一緒なのだ。これは勘違いしてしまうのも無理はない。いいね?
そっかぁ、ブリミル教の大幹部かぁ。
でもヴァリエール公爵家ならそんな大物を招聘できても不思議じゃないよね。
なんせ傍流とは言え始祖の末裔たるヴァリエール公爵家だものね。
なら仕方ないかぁ! よろしくなぁ! と貴族の子女たちは深く考えないことにした。
腐っても貴族の子女。護身の術には長けていた。
無駄に大きく歴史ある家門だからこそ周囲の誤解は加速する。
別にセレニィはハルケギニアの貴族のことだとは一言も言ってないが些細な問題であろう。
「あ、その兄は死んでませんよ。自称姉の暗殺失敗しましたし」
「そ、そう。じゃあ、セレニィのお姉さんはもう…」
「えぇ、なんか普通に許されてなんか普通にそのへん元気に闊歩していますね」
「なんでよ!? 普通死刑にならないかしら、それ!?」
「えぇ、はい。なんでなんでしょうね… 私にもちょっと分かんないや…」
弁護した側のセレニィにとっても謎の事態が発生し何故かティアさんはその罪を許された。
多分モース様が立ちはだかって色々と墓穴掘ってくれなかったら無理だった。
つまりはある意味協力プレイ。どちらか一人が欠けても成し得なかった大偉業であった。
その後モース様は『貴様は用済みだ死ね』とばかりにセレニィのせいで失脚してしまったが。
天に二つの太陽が輝かぬように、地に二つの邪悪は不要とされてしまったのだろう。
悲しい出来事であった。
まぁ、ハルケギニアの夜空には二つの月が昇るわけですがそれはそれとして。
ちょっと説明不能な現象だったので、セレニィはほんのり遠い目をしながら語るに留めた。
「あとはまぁ、新興国家ながら勢いのある帝国の『皇帝の懐刀』って人と同行して…」
──それ絶対ゲルマニアですよね? ゲルマニアの宰相か何かですよね?
「戦場で死体漁って
「危険人物… 始祖の時代の先住魔法かなんか使えるの…?」
「あの野郎、教団本部で暴動起こしてトップ攫ってきた尻拭いを私一人に押し付けやがって…」
「あ、教皇拉致とかこれ聞いちゃいけないやつだ…」
「……あの。国家機密に抵触するようなら全力で忘れますんで、はい」
段々とルイズやマリコルヌたちの目が死んできた。
何処までも嘘くさい、しかし、死んだ目でセレニィが語る何故か真実味を帯びた話。
ただそれだけなのに聴衆の顔色が飛躍的に悪化してゆく。
セレニィによって語られるオールドラントにおける(強制的にさせられてきた)冒険の数々。
……やはり異世界人にとってもドン引きするようなお話であったらしい。
一体何がどうなってやがるんだオールドラント。
ふざけやがって、何故か自分にばかりを殺意を向けてくるクレイジーな世界め。
セレニィは内心で頭を抱えながら呪詛を吐き散らしていた。
「……騙されるなッ!!!」
そんなセレニィの嘘みたいな本当の話に呑まれかけた一同をギーシュが一喝した。
場の空気がビリビリとひりつく。
呑まれかけていた自分を叱咤する意味も込めて、ギーシュは机を叩く。
「騙されるな、みんな。……彼女が本当のことを言っていると信じているのか?」
「それは…」
「百歩譲って本当のことを言っていたとして、彼女自身にはなんの功績もない」
それは、その通りだ。
冷静になって考えれば如何に真実味があろうとも彼女の語る話はホラ話でしかありえない。
まして仮に本当だとしても、『セレニィ自身の事績は語られていない』。それが事実だ。
一同が再びセレニィに視線を移そうとして…
ギョッとした。
「フフッ… くすくすくすくす。あはっ… あっははははははははははは!」
笑っていた。
さもおかしくて仕方ないというふうに、セレニィがお腹を抱えて笑っていたのだ。
ギーシュが苛立ちを込めて言葉を吐き捨てる。
「ついに狂ったか!?」
「まさか」
「だったらそのバカみたいな笑い声は何だと言う!?」
「……フフッ、笑うしかないでしょう? 何から何まで仰るとおりなのですから」
「ほう、認めるというのかな? 自身のホラ話を」
さも愉快でたまらないという様子で目尻の涙を拭うと、セレニィは
「えぇ、認めましょう。私めの語る内容には信憑性がなく、また、証明する手段もないと」
「……ほう、潔い姿勢だ」
「えぇ、はい。私めの信用ならなさは貴方によって証明されましたね? ギーツ様」
「ギーシュだ。……ギーシュ・ド・グラモンだ」
「これは失礼。ここで一つ疑念が浮かびました。ご教授いただけますでしょうか? デーツ様」
「言ってみろ。……それと僕の名前はギーシュだ。二度と間違えるな!」
「重ねて失礼を。いえ、なに… 実に簡単な、皆様方にとって取るに足らぬ疑問です」
紅茶を一口含み、不気味な笑みを浮かべる。
そして、ついには『その言葉』を発したのであった。
「『貴方様御自身の功績は何を以って証明されるのでしょうか』。……ねぇ、四男様?」
「ッ!」
「親近感をすら覚えますとも。なんせ貴方様も私も似た者同士なのですから、ね?」
「そ、それは…」
「フフッ… ここは一つ『何も為し得ていない』者同士、
──誰も何も言い返せない。
学院の生徒は貴族の子女らによって構成されている。
故に親や家族、あるいは父祖の功績ならば幾らでも語ることができよう。
しかし、しかしである。
彼ら彼女らはまだ学生の身分に過ぎないのだ。
極々一部を除いて『まだ何も為していない』集団に過ぎないのだ。
そんな事実を敢えて
如何な貴種であろうと、今はまだただの子供に過ぎない。
どれだけ家門を誇ろうと、どれだけ縁者の身分が高かろうと、本人自身にはなんの力もない。
敢えて言うのであればハリボテじみた虚飾がただ転がっているのみ。
それはギーシュにとっても、セレニィにとっても、不動の事実であるのだと。
この卑劣な使い魔は言ってのけたのだ。
人知れず、ギーシュはその悔しさに歯を食いしばった。
(お互いイーブンなんだから喧嘩しないで仲良くしましょうよ作戦は順調だな! ヨシ!)
もっとも、当のセレニィ本人は内心冷や汗をかきながらこんなことを考えているのだが。
(そっちはただの学生さん! こっちはただの使い魔A! そこに違いはありゃしねぇだろ!)
うんうんと頷きながら和解への道に一歩ずつ近付いていると信じて疑わないお花畑脳。
なんとかこのままルイズのペット… もとい使い魔としてニートしていきたい。
そのためには何故かブチギレまくってる目の前の坊やをなんとか宥めないといけないのだ。
ナチュラルに自分は悪くないと考えているあたり安定のセレニィクオリティである。
もはやダース単位で手袋を叩き付けている状況なことにセレニィ本人だけが気付いていない。
これは死亡フラグの結実の日も近い(確信)。
セレニィはハルケギニアの貴族のクソみたいなプライドの高さを舐め腐っていた。
「フフッ、分かって下さいますよね? ……この私めの些細な気持ちを」
そう、みんなで仲良くしましょうよ! セレニィは胸中で焦りながら全力で媚びを売った。
(モースさんとはこんな感じでパーフェクトコミュニケーションできたし。いけるいける!)
──いけた結果、モース様はキムラスカから追放されて職を失ったんですがそれは。
しかし、意外にもギーシュはこの
「……そうか、良く分かったよ」
「分かってくれましたか!」
「あぁ、もはや和解は不可能だってことをね」
「?」
「ヴェストリの広場で待つ。……死ぬ覚悟ができたら来るがいい」
「???」
なんか決闘不可避になってしまった。
和解に向けたセレニィの努力は、悲しい哉、実らなかったことになる。
「……どうして?」
残念だが当然である。
むしろこの場で殺しにかからなかっただけギーシュさん優しいまである。
「そ、そんな… 貴族と決闘なんて… セレニィちゃん、死んじゃう…!」
さっきから存在感を消していたシエスタが青褪めた表情で震えながらそう告げた。
どうやらこの世界で貴族に逆らうというのは死んじゃう感じのアレらしい。
どうせならそんなことになっちゃう前に、こう、なんとか上手いこと止めて欲しかった。
セレニィ的に切にそう願うものの、時すでにアフター・ザ・フェスティバル(後の祭り)。
(クソが! いつもそんなんばっかだ! 私、何も悪くないのに!)
セレニィは泣いた。
オールドラントでもハルケギニアでも常に胃痛と死亡フラグに囲まれている我が身を嘆いて。
半分以上自業自得なのはさておいて、こんなセレニィでも一応は死にたくはないのだ。
「で、どうするんだい? ヴェストリ広場に行くってなら案内くらいはするけど」
食後のスイーツを
しかし、意外そうな表情を浮かべたセレニィはこう返した。
「いや、行きませんけど」
「そうか。じゃあ、なんとか命までは取らないように僕からも取りなして… えっ?」
「えっ?」
場が沈黙に彩られる。
咳払いをしてからルイズがこの雰囲気を取り繕うかのようにセレニィに語り掛けた。
「その、ね? 私も別にセレニィに死んで欲しいわけじゃないんだけれど…」
「はい」
「そういうアレは… その、いいのかしら? 貴族的に、というか話の流れ的に考えて」
マリコルヌが、ギーシュの同級生コンビが、シエスタすら頷いている。
ひどい。
しかしセレニィは臆することなく全力で胸を張った。絶対保身するマン発動である。
恥という概念はそこらに投げ捨てました。
「私、単なる一般通行使い魔で別にお貴族様じゃありませんしオッケーかと!」
「なるほど」
「あと、そもそも私『決闘受けます』って返事してませんし!」
「それはそう」
「死ぬ覚悟ができたら来いと言われましたが、それ即ちできなければ行かなくて良い!」
「そうかな… そうかも…」
ルイズさん、騙されないで。
この使い魔、ノリと勢いで誤魔化そうとしてますよ。
「ま、まぁ… この使い魔も大概無礼だったけど9割方ギーシュが悪い案件だし…」
「別にブッチしちゃって良いんじゃないか? 明日には忘れてるかもだしな」
「表立って味方はしないけど流石に死なれると寝覚めが悪いし、フォローくらいはしとくよ」
マリコルヌとギーシュの同級生コンビもやんわりとルイズを宥め始める。
貴族との決闘なんて平民にとっては残虐な処刑ショーでしかない。
彼らからすれば平民の子供相手に決闘を仕掛けるギーシュもギーシュだという見方になる。
積極的にルイズに付くつもりはないにせよその経緯を考えれば彼を見る目も厳しくなる。
「それもそっか。……ギーシュが一人で騒いでただけと言われればそれもそうなのよね」
「そうそう。あとヴァリエール、僕の食事を取らないよう使い魔に言って聞かせて…」
「じゃあ、帰りましょうか。セレニィ」
「はい、ルイズさん! みなさん、この度は大変お世話になりました! では!」
「あれ? もしもーし? 僕まだ透明化の魔法使えないんだけど覚醒しちゃったのかなー?」
そんな何処かゆるい空気で食堂の面々が解散した頃。
「諸君、決闘だ!」
ギーシュは訪れるはずのない対戦相手を待ちながら観衆を煽りに煽っていたのであった。
「相手は公爵家に突撃したテロリストを姉に持つ稀代の悪党だ! しかし僕は負けない!」
「え、ヴァリエール公爵家襲撃されてたのか。……知らなかった、そんなの」
「しかもゲルマニア皇帝の懐刀である死霊使いと旅をしたこともあるらしい。手強い相手さ」
「ゲルマニア皇帝の側近って先住魔法使いだったのかよ… 聞いたこともなかったぜ…」
「傷付き涙を流した乙女たちのためにも、この決闘… 僕は必ず勝利すると誓おう!」
話半分と差し引くにせよ、名前だけでもとんだビッグネームのお歴々に観衆は色めき立つ。
………
……
…
しかしその場で待つこと一時間。
徐々に観衆から冷たい視線が注がれ始める。
「ギーシュ… 決闘の相手はまだ来ないのか…?」
「恐れをなしているのさ! 最期の時くらいじっくり味わわせてやろうじゃないか!」
「……まぁ、そうだな」
………。
そして二時間が経過した。
使い魔セレニィは現れない。ルイズすらも。なんならマリコルヌや同級生コンビらすらも。
周囲の視線が更に厳しさを増す。
「……おいおい、ギーシュさんよ。相手はまだかい?」
「き、きっと今生の別れに浸ってるのさ! 広い心で許してやろうじゃないか!」
「………」
それから程無く。
「おい、食堂にいた連中に聞いたけど発端はギーシュの二股だってよ!」
「うっ! そ、それは…」
「それで平民にアヤつけてたのかよ。それって、なんか違くない?」
ついにみんなにバレてしまった。
試練の時の到来である。
あわよくば決闘のインパクトで有耶無耶にしてしまおうという目論見は儚くも消え去った。
コイツもコイツで結構いい性格をしていたのであった。
「マジかよ、ギーシュ… サイテーだな…」
「そもそも乙女を傷付け涙を流した云々って、泣かせたの自分自身じゃない… 女の敵ね…」
「てことはテロリストの血縁とかゲルマニア皇帝の側近と縁があるとかも嘘かよ…」
「ショックだ… 俺、学院がテロリストに占拠された場合の対応いつも考えてたのに…」
「はいはい、妄想乙。……でも俺もそういう妄想ってしたことあるんだよな。わかるわー」
男性陣の「引くわー」という表情、女性陣の純粋なる侮蔑の視線がグサグサ突き刺さる。
せっかく盛り上げたのにギーシュの一人相撲だったと種が割れてしまった故であろう。
一同は思い思いに罵倒を吐き散らし、時間を無駄にしたとばかりに三々五々に解散してゆく。
思春期の学生とは、いつまでも興味の失せた事柄に構っていられるほどに暇ではないのだ。
ヴェストリ広場にはギーシュただ一人が取り残された。
「ははは… 物の分からぬ連中ばかりだ。まぁ、これくらいなんてことないけどね…」
声に力がない。
「そうとも… あの平民を決闘で華々しく打ち倒せれば、僕は全てを取り戻せる…」
そこに狂気が混ざり始める。
「ハハハ、そうだ! 早く来い、平民! この僕が貴様を倒して全てを取り戻してやるぞ!」
愛、友情… そして名誉。
この数時間の間に目まぐるしく多くのモノを失った少年、ギーシュ・ド・グラモン。
貴族とは元来失うことに慣れていない。
未だに実戦も知らない学生子息とくれば尚更である。
だからこそ、この想像もつかないような逆境の中で彼は『無敵の人』になりつつあった。
果たして、セレニィの命運やいかに。
そして更に数時間後、空に星が瞬く頃。
「……フッ、来ないなぁ」
ヴェストリ広場で待ち続けるギーシュの姿があった。
彼の使い魔の優しいジャイアントモールは、主のその姿をジッと見守っていたという。
ギーシュ・ド・グラモンは結構忍耐強い子であったらしい。
その頃のセレニィはと言えば…──
「すぴー…」
「もう、人を着替えさせといて自分はさっさと気持ち良さそうに寝ちゃって」
「むにゃ… マリコルヌさん、それ私のごはん… よこせや、おら…」
パジャマ姿のルイズにほっぺたをツンツン突かれながら熟睡中であった。
ネグリジェだと何故か鼻血を吹き出すので苦肉の策としてこちらに着替えたのだ。
特にギーシュがなにかしなくても死にかけているセレニィ。
果たして明日も無事に乗り切れるのか、それを知るものはまだいない。
そして翌日。
食堂でシエスタや親方さん(コック長?)から可愛がられ朝食をたっぷり摂ったセレニィ。
意気揚々と講義室に向かうルイズに同行し、得意満面で隣の席に着席した。
「ちょっと待てぇえええええ!! ヴァリエールとその使い魔ぁああああああああ!!!」
そこに、ギーシュが吠えた。吠え猛った。
魂の絶叫であった。
髪はセットされておらず、心なしか制服もよれている。あとなんかクリームくさい。
昨日は一晩中ヴェストリ広場で待っていたのかも知れない。
鬼気迫る様子にルイズも思わずドン引きしながら言葉を返す。
「どうしたのよ、ギーシュ。そろそろ講義が始まるから用事なら後にしてくれない?」
「何故来なかったぁ! 何故ッ! ヴェストリの広場に来なかったぁ!!」
「はぁ、ヴェストリ? なんで私たちがそんなとこ行かなくちゃいけないのよ」
「おま… おまえ! 約束しただろ! 決闘の! 僕は… 僕は一晩中待ってたのに!」
「決闘ぉ? ……あ」
怪訝そうな表情を浮かべていたルイズだが、決闘のことを持ち出されてようやく思い出す。
その表情を見逃さなかったギーシュは泣きながらルイズに詰め寄った。
「忘れてたのか!? 君たち、僕との約束を忘れてたって言うのか!?」
「う、うるさいわね… 悪かったわよ」
「じゃあ、受けてくれるんだな? そこの使い魔が僕との決闘を受けてくれるんだな!?」
「へ? わ、私ですか?」
「おまえ以外に誰がいる? おまえ以外にぃ! だぁれぇがぁ! いるぅうううッ!!」
必死であった。
もはや恥も外聞もなく、一心不乱に決闘を求める悲しきモンスターになってしまったのだ。
幾人かの級友がなだめようとしたが聞く耳を持たない。
無敵の人になったギーシュ・ムテキ・ド・グラモンは急に止まれないのだ。
春先とは言え一晩中放置されたことはギーシュの心に深い傷を残していたようだ。
……悲しい出来事だったね。
「しかしですね、ゴーシュさん」
「ギーシュ! ギーシュ・ド・グラモン!」
「……失礼しました、ギーシュさん。ですが『決闘の約束』とはいかなるお話で?」
「なんだと! とぼけるつもりか!?」
「どうどう、落ち着いて下さい。むしろ私はこの上なく鮮明に記憶しているつもりですよ」
「……どういう意味だ?」
「まず第一に、私はその決闘を承諾した覚えはないのですが」
………。
講義室内の空気が凍る。
ギーシュはルイズを見た。──頷いた。
マリコルヌも見た。──頷いてる。
同級生コンビに視線をやっても結果は変わらなかった。
ギーシュは途端に焦りだす。
確かにあの時は怒りのあまり一方的にまくし立てて席を立った気がする。
いや、しかし…──
「無論、決闘を叫ばれるほどに私の側に無礼・無作法があったことは紛れもない事実」
「そ、そうだとも! だから僕は…──」
「この頭を下げ平にお詫び申し上げます故、どうかご
そう言って完璧な所作で優雅に頭を下げるセレニィ。
それは何処から見ても『ただの平民の使い魔』とは思えぬ気品と輝きに満ちていていた。
(やっぱりセレニィってただの平民じゃない… どっかの貴族、あるいは王族の可能性も…)
そんな彼女の姿を見て誤解を深めるルイズ。
彼女が魔法を使っているところを見たことはないが、そもそも杖がなかれば魔法は使えない。
なんらかの理由で身分を偽っているか失っているとすれば平民と名乗っても矛盾はない。
まぁ実際のところは
とはいえ、セレニィの真摯な謝罪を目にして場の空気も徐々に軟化していく。
もともと半分は… というより半分以上ギーシュが悪い案件なのだ。
多少使い魔の側に無礼があったとしてもそれを咎める方が本来は大人気ないものなのだ。
使い魔の無礼で一々決闘していたら某セクハラ学院長の使い魔は百回は死んでいる。
この上でルイズの使い魔は礼法に則った美しい所作で謝罪をしてみせた。
多少の遺恨はあっても飲み込んで流してみせるのが貴族の男の度量というものではないか。
そういった論調で級友たちもギーシュを宥めに回った。
なんせこれ以上ギーシュを放置していたら女生徒たちからの評価が急降下しかねない。
それに国内最大家門であるヴァリエール公爵令嬢という立場のルイズも恐ろしい。
ルイズは積極的に権力を振りかざすような真似はしない『良識ある』貴族の子女である。
しかし彼女にその気がなくても、彼女の実家回りは果たしてそうだと言えるのであろうか?
長年魔法に嫌われてきた末娘が如何なる奇跡か見事に召喚してみせた使い魔である。
……確かに、ちょっと、まぁ、人間という部分がかなり個性的な存在ではあるが。
ともあれそんな存在を決闘で一方的に甚振り、あるいは命を奪うなど先方がどう捉えるか。
どんな受け止め方をするにせよ、決して愉快な気持ちにならないことは確かであろう。
無論、学生同士の決闘に家門が公的になんらかの抗議をするとは考え難い。
しかし、『公的な抗議』が憚られるからこそ採れる恐ろしい手段も世の中には存在する。
ぶっちゃけ多少ルイズ個人をからかうならまだしもヴァリエールは敵に回したくない。
それが彼等生徒たち一同(特に男子生徒諸氏)の偽らざる本音だったのである。
そんなこんなで彼らなりに必死にギーシュを宥めて、趨勢は決まったかに思われたのだが…
「やだ! 決闘する!」
しかし、無敵の人ギーシュは頑として聞かなかった。
講義をしようとやってきたシュヴルーズ講師も思わずドン引きの所業であった。
このままでは『青銅』のギーシュ改め『無敵』のギーシュになってしまう。
響きとは裏腹にかなり不名誉な称号である。
多少悪くなくもない使い魔も謝ったから良いじゃないかと級友らが説いても譲らなかった。
もはやギーシュにとって少しばかりの面子の回復などなんの意味もなさなくなっていた。
──決闘でしか癒せない傷もあるのだ。
彼はそう強弁し、セレニィを指差し声高らかに宣言した。
「使い魔の君、再度改めて決闘を申し込む! このギーシュ・ド・グラモンが!」
「えぇ~… それって、私に断る権利はあるんですかね?」
「無論、あるとも!」
「おお! あるんですね。じゃあ、それで…」
「だが決闘を受けて貰うまで僕は決して諦めない! 決してだ! 四六時中付き纏う!」
「………」
セレニィは押し黙った。それはかなり嫌だったからだ。
もうこうなったら女子寮に籠城しようかな? ご飯はシエスタさんとかに運んで貰う形で。
などと考えているセレニィの思考を読んだかのようにギーシュが言葉を付け足す。
「もし君がどうしても断るようならば毎晩女子寮に怒鳴り込むことだって辞さない」
「ギーシュ、そういうのマジでやめて欲しいんだけど」
「ミス・ヴァリエール。君がなんと言おうと僕はそれくらい本気だということだ」
「そう、本気なのね? ギーシュ・ド・グラモン」
「あぁ、生まれてこの方かつてないほどの本気さ。僕はこの決闘に全てを賭けている!」
「そんなことで本気になられても困るんだけど。……ねぇ、どうしてもやめる気にならない?」
「悪いが聞けないね」
「……何故?」
「このギーシュ・ド・グラモンが終わるにせよ始まるにせよ、この決闘は不可欠だからさ」
胸を張って、何処までも堂々としながらギーシュはそう
講義室中が沈黙に包まれる。
だがこの沈黙は、これまでのそれとは異なる意味を内包していた。
単なる侮蔑や嘲笑混じりではない、尊敬とまでいかずとも確かに一目置かれた空気。
ギーシュ・ド・グラモンは多くのものを失って無敵の人になっていた。
しかしそれは、裏を返せば彼の虚飾が取り払われ本来の持ち味が発揮されたことも意味する。
その輝きは確かに何処か人の心を動かし得るに足る説得力に満ち満ちていた。
ぬるい環境下では盆暗に過ぎないが、逆境に立たされれば立たされるほどに輝きを増す。
多少の違いはあれど、ある意味でギーシュとセレニィは互いに似た者同士だったのである。
「はぁ~~~~~~~~~…」
大きなため息が一つ。
セレニィである。
「……使い魔君?」
「セレニィです。親しい方はそう呼んでくれています」
「使い魔君、いや、セレニィ! それじゃあ…」
「……はい、謹んで決闘の申し出をお受けしましょう。ミスタ・グラモン」
優雅な礼とともに返答すれば途端に講義室内は喝采に包まれた。
級友らに肩を組まれて祝福され、屈託のない笑みを浮かべるギーシュ。
シュヴルーズ女史も涙を拭いながら拍手を送っている。
……それで良いのか、講師。
そんな状況で小さく吐息を漏らしながら傍らのルイズを見上げるセレニィ。
「ということになっちゃいましたけど、よろしかったですかね? ルイズさん」
「うん、流石にもう断りにくかったし。……セレニィは良かったの?」
「良くはありませんけれどなんとかするしかないでしょうねぇ。……はぁ、頭が痛い」
「フフッ… そんなこと言っちゃって。セレニィったら優しいんだから」
「あははははははは、はぁ… 死にたくないなぁ…」
優しくはない。
もう逃げるに逃げられないから仕方なく後々の立ち回りも考えて受けただけである。
今からだって逃げられるものならば是非とも逃げたい。
しかし、セレニィはギーシュより絶対に逃さない宣言をされている身。
マジで四六時中付き纏われそうなのだ。ならば、いっそ自分から受けた方がマシである。
最悪それら全てを投げ捨てて逃走するにせよ、油断はさせておくに越したことはない。
(それに『決闘を受ける』とは言ったがいつやるかなんて一言も決めてない…)
くっくっくっ… と、邪悪な笑みをこぼす小市民の姿がそこにはあった。
(そう! 私がその気になれば数年後、数十年後という形にも… その間のらりくらりと…)
「じゃあ、早速今からヴェストリの広場で決闘だ! ついてこい、セレニィ!」
「ちょ、待って待って。早い早い早い!」
「? ……いや、しかし、やるならば早い方が良いだろう?」
無邪気な笑顔で何処までもセレニィを追い詰めてくる刺客ギーシュ。
もはやコイツは決闘やりた過ぎて人の命の大切さを何処かに忘れ去ってしまったのだろうか。
そんなことを考えながら、セレニィは必死こいて舌を回す。
「学生の本分は勉強。これを疎かにして行う決闘に果たして意味はあるのでしょうか?」
「そ、それは… 返す言葉もない…」
「まして講師の先生が既にこちらにいらっしゃる状況ですよ! 常識はないのですかッ!?」
「そ、それもまぁ… 確かに…」
「ミス・ヴァリエールの使い魔さん…ッ!」
シュヴルーズ女史が感動の涙を流している。
トリステイン魔法学院講師歴云十年、その中で今日ほど感動した日など数える程度であろう。
若人たちの熱い青春に触れられ、講師である自分を慮って自制まで促してくれるのだ。
感動の想いのままにシュヴルーズ女史は口を開く。
「構いません! この『赤土』のシュヴルーズが許可します! 両者、決闘を!」
「おい余計なこと言うなブン殴りますよ」
「えっ? 今なんと…」
「いえいえ、なにも! あ、肩に埃が付いてらっしゃいますよ。さっさっさ~、っと♪」
(こんな可憐な少女があんな発言をするはずが… 幻聴かしら…?)
そんな些細なやり取りの間もギーシュは俯き考え込んでいる。
「………」
「急に黙りこくってどうしたんだ、ギーシュ。決闘できるんだぜ? 嬉しくないのか?」
「……ミス・シュヴルーズ。お言葉は大変ありがたいのですが、まずはどうぞ講義を」
「ミスタ・グラモン?」
「決闘は飽くまで僕のエゴ。言うまでもなく本来は決して褒められた行為なんかじゃあない」
「それは…」
「そんなことに周囲の都合まで巻き込むことは本意ではない。改めてそう気付けたんです」
そう言い切ったギーシュの姿は、虚飾を取り払ったからこそ持てる誇りと自信に満ちていた。
講義室内がほんのり暖かい空気に包まれる。
「フッ、流石ですね。ギーシュさん。ライバルとして私も鼻が高いですよ」
そこになんかドヤ顔をしたセレニィが話に割り込んできた。
鼻の頭をこすりながらなんかドヤ顔で割り込んできた。
あわよくばこのままいい感じに決闘のことをふわっと忘れ去って欲しい。
そんな一縷の望みを込めながらキラキラしたキメ顔を作っている。
「セレニィ…」
「好敵手と書いて『とも』と読む。まさに今の私たちのような関係だとは思いませんか?」
「あぁ、そうだとも! では放課後の決闘を楽しみにしているよ! セレニィ!」
「いやいやいやいや、だから早いですって!?」
「……は、早いかな?」
「早いですよね? 早すぎますよね? バカなの? 死ぬの? 主に私がくたばりますよ?」
「そ、そうかな… うん、その、なんかごめんね…?」
その辺のヤンキーに小突かれた程度で死にかねないセレニィは必死である。
全身全霊の抗議に流石の無敵の人ギーシュも思わず気圧される。
せめて卒業するまで待って欲しいというのがセレニィの本音であった。
そしてそのまま領地にでも戻って永遠に自分のことを忘れ去って欲しいと切に願っている。
「決闘なんですよ? 命を落とすかもなんですよ? そこんトコ分かってます?」
「なんだ、そんなことか。大丈夫だとも、セレニィ」
「へ? あ! ひょっとして優しいギーシュさんが手加減を…」
「なんてったって、この僕のライバルだからね。君がそう簡単に死ぬはずないじゃないか!」
「ファッキン! こん畜生めぇえええええええええええええええええええッ!!!」
ウィンクでトチ狂ったことを告げられてしまった。
めちゃくちゃに殴りたい。殴り倒したい。
しかしそんなことをしたら一足早く決闘のゴングをセルフで鳴らしてしまう。
死ぬ、死んでしまうのだ。クソ雑魚のセレニィが。やっぱりハルケギニアもクソだった。
セレニィはさめざめと泣いた。
(ちょっと二股のイケメン野郎にムカついてホールケーキで顔面ダンクしただけなのに…)
──だから決闘する羽目になったと思うのですが?
「え、えーと… それじゃあ、明日とかどうだい?」
「そんなに早く死ぬ覚悟完了できるかボケぇ!」
「す、すまない。では、そうだな… 諸々の準備も込みで明後日というのはどうかな?」
「もう一声!」
「(もう一声?)……わ、分かった! では三日後で。これ以上は待てないからね」
よし、なんとか三日の猶予はいただいた。
あとはなんかこう、根回しと準備を駆使して生き延びるしかない。
……無理そうなら最悪全部かなぐり捨てて逃げよう。
セレニィは内心で心臓をバクバクさせながら拳を握りしめた。
「せ、セレニィ… その、大丈夫?」
「問題ありませんルイズさん。大丈夫大丈夫、私は冷静ですとも。えへ… えへへぇ…」
大丈夫じゃないやつほどそう云う。
「ホントに大丈夫なの!? なんかお目々グルグルしてるんだけどぉ!?」
何もしなければ三日後に死んでしまう。
ひょっとしたら気まぐれで死なない程度の怪我にとどめてくれるかも知れない。
しかし、気まぐれで生かされるということは裏を返せば気まぐれで殺され得るということ。
運否天賦に全振りするには余りにも心許ない賭けであるというのが本音であった。
半泣きになりながらセレニィは恨みがましくギーシュの方を見遣る。
朝までの冷たい視線は何処へやら、今や彼は級友らに囲まれ楽しげに談笑をしていた。
恐るべき変化である。ここまで立場が180度変わることなどそうそう…──
(……待てよ? 『変化』によって『立場』が、ということは… よし、これならあるいは!)
瞳に光を取り戻したセレニィは席を立ち、講義室を飛び出していった。
その様はまさに一陣の風の如く。
シュヴルーズ女史を始め多くの生徒が呆然とした表情で見送る。
「セレニィ… 大丈夫かしら…」
(フッ、どうやら何か思い付いたようだねセレニィ… 三日後を楽しみにしているよ…)
そして心配そうなルイズと対象的にギーシュは好戦的な笑みを静かに浮かべるのであった。
セレニィが走って向かった先は図書館。
お目当ては…
「よっしゃ! いたぁ!」
「ん、セレニィ。ちょうど良かった。昨日の『モモタロサァン』の考察について…」
「タバサえもーん! たすけてー!」
昨日仲良くなっていた青髪の少女タバサである。
セレニィはしばしば謎のコミュ力を発揮する。
仲良くなると言ってもほぼ一方的に小話を披露していただけだが受けは良かったらしい。
なんだかんだ彼女に認識されて記憶されているのは地味に快挙とも言える。
「え、なに? たば、さ… えも…?」
「お願いしますぅ! 助けて下さいよぉ!」
「落ち着いて。まず説明」
「あ、はい。実はですね…──」
セレニィはかくかくしかじかと説明を行った。
具体的には食堂の料理が美味しかったこと。
互いの料理を賭けてマリコルヌと血で血を洗うバトルを繰り広げていること。
「それは昨日聞いた」
「あ、はい。それでタバサさんと別れてから、給仕の手伝いをしてたんですよね」
「なるほど」
「そこで金髪イケメン野郎が二股誇ってたのでホールケーキを顔面ダンクしたわけですが…」
「グッジョブ、そいつは女の敵。セレニィは何も悪くない」
「ですよね? 私全然悪くないですよね!?」
セレニィの気持ちはとても良く分かる。
女の敵は殴るべき。タバサは頷いた。
まぁセレニィはイケメン野郎が美少女二股してたのが許せなかっただけだが、さておき。
しかしそれはそれとして平民でありながら貴族にそこまでやれる蛮勇は素晴らしい。
まるでイーヴァルディの勇者のよう、と言わないまでもそれに近しい意気は感じなくもない。
タバサはセレニィの評価を『愉快なチビ』から『無謀なチビ』に上方修正した。
(セレニィは小さいのにすごい。……私も大人のレディとして面倒見てあげないと)
(タバサさん幼女なのにしっかり者さんですよねぇ… 飛び級少女かな? 尊みぃ…)
なお、タバサとセレニィは両者共身長がピッタリ142cmだったりするが些細な問題である。
「で、そしたらなんか今日決闘申し込まれちゃってぇ…」
「今日? ケーキぶつけられた昨日ではなく?」
「いえ、昨日はなんか勝手にキレて勝手にナントカの広場ってトコに行っちゃったんで」
「たんで」
「そのままルイズさんと一緒に寮に帰って寝ました」
「……まさか相手は一晩広場で待ちぼうけとか?」
「ぽいですね。なんか服とかヨレヨレのままめちゃくちゃキレてましたし」
「愉快。朝の講義参加しておけば良かった」
「今愉快と笑いやがったですか!? 結果的に窮地に追いやられているこの私の現状を!?」
「ごめん。じゃあ、ユニーク」
「いや、それ意味するところ一緒ですからね!? 泣きますよ、泣きわめきますよ!?」
ポンポン返ってくる反応にタバサは小さく口角を上げながら本を閉じる。
中々愉快な話を聞かせてもらえたと思っている。
平民が貴族に歯向かうことにちょっとした爽快感を覚えている。自分も貴族なのに。
貴族らしい優雅さよりも、激動の変化の中で自らの道を示す在り方をこそ尊く思うのだ。
……あるいは、そう、当たり前の日々が崩れる儚さを誰よりも知っているからか。
そんな内心をおくびにも出さずタバサは続きを促す。
「それで? 本題」
「はい。決闘を挑まれちゃったんでどうしたものかと」
「残念ながら当然。返り討ちにすればいい」
仕方ない。ケーキを顔面にぶつければ相手が怒るのは火を見るより明らか。
ならば激昂して飛びかかってきたところを撃墜する他ない。
この世は力こそ正義。
ブンブンと手にした背丈より大きな杖を振って見せる。
結構良い風切り音だ。実際コワイ。
タバサの実力ならギーシュ相手にはよほど油断しない限り半分寝ながらでも瞬殺できる。
だからそのままギーシュを返り討ちにすればいいと素直に助言した。
その結果踏みにじられるギーシュの尊厳についてはコラテラルダメージであろう、と。
──助言とは?
(なるほど、全部殴ってしまえば良かろうなのだ! これで全部解決… って、待てぃ!)
思わず納得しそうになるセレニィ。
しかし思い直す。
それは『持てる側』の意見であると気付いたからだ。
「いやいや、私魔法とか使えませんからね? 戦ったら死んじゃうじゃないですか」
「なるほど。それは盲点。純粋な実力がないと難しい」
「ですよねー。はぁ、力が欲しいぜベイベ」
「正義を貫くためには時に力を示すことも必要。イーヴァルディの勇者もそう言ってた」
「だからタバサさんに相談しにここまで全力で走ってきたんですけどねー… 難しい」
なるほど、セレニィが訪ねてきた用件のほどについては理解した。
興味深い数々の寓話の見返りに分からないことにはなんでも答えると言ったのも事実。
なによりここでタバサに代わりに戦ってくれと縋らないのも好感が持てる。
……いや、セレニィはタバサをただのサボリ系幼女だと思っているからに過ぎないのだが。
自分自身で問題に対処しようとしているこの小さな友人に手を貸すのは
しかしタバサに魔法を使えない人間の気持ちなど分からない。
そもそもこういうのは専門外である。
首を傾げ、しばし沈思黙考。然る後に一つ頷いてからポツリと呟いた。
「……がんばって、セレニィ」
「わぁ、可愛い! めっちゃがんばっちゃいますよ、私! ……って、ちがぁうっ!!」
「セレニィ、図書館では声を抑えて」
「あ、はい。ごめんなさい。じゃなくてですね… ちょっとお耳を拝借」
ゴニョゴニョとタバサの耳元に口を近づけて説明することしばし…──
「なるほど、セレニィの側にもちゃんと腹案はあったと」
「まぁタバサさんにまるっと解決出来る案があったならそれを採用してましたけれどね」
「面目ない。敵は全て実力で排除するのが私の信条」
「いえ、聞いて下さって心強かったですし無問題。して、どうでしょう? このアイディア」
「……そういうことなら私も力になれる。むしろこの私を選んだ慧眼を褒めざるを得ない」
「やはりそうですか。流石タバサさん。どうかこの私めに一手ご指南のほどを!」
「よろしい。まずは…──」
翌日、講義室にて。
「な、なんだコレは…」
大きな風呂敷包みらしきものが一つ、机の上に置かれていた。
なおハルケギニアには風呂敷包みという文化がない。実態は大きなテーブルクロスのようだ。
添えられたカードには拙い文字で『ギーしゅさンへ』と書かれている。
「おい、これなんだよギーシュ!」
「い、いや… 僕にも何がなんだかサッパリで…」
「開けてみろよ、ギーシュ!」
異様な存在感を放つ不気味な届け物。
こんな得体の知れないもの、出来れば触れたくない。そこらの平民に命じて処分させたい。
しかし、そんなことをすれば周囲はギーシュを腰抜けだと嘲笑うだろう。
……葛藤の末、ギーシュは思い切って包みを開いてみることにした。
「これは… 草?」
風呂敷包みの中から大量の草が姿を表した。
同級生の一人が匂いを嗅いで声を上げる。
「おい、ギーシュ! この匂い… 間違いない、コイツはハシバミ草だぜ!」
「ハシバミ草だって? 健康には良いらしいけど、あの独特の苦味がちょっとな…」
「ま、まさかギーシュ… 決闘に備えて健康志向に目覚めたっていうのかッ!?」
一斉に彼の方を振り向くギーシュの同級生たち。
今や渦中の人、ギーシュ・ド・グラモンはというと…──
「……フッ」
ただ、余裕の笑みを浮かべて前髪をかきあげた。
講義室が驚きを含んだどよめきに包まれる。
ギーシュは何かを明言することなく、だからこそ、多くの者の感心を勝ち得たのであった。
実際のところは混乱の極みの中にあったわけなのだが。
(なんだコレ!? 一体どうなってるんだ! そもそも誰がこんなことを…──)
そこまで考えて、ふと脳裏に天啓が閃いた。
そう、そうだ。いるではないか。
こんな常識で計り知れないようなことをするヤツが、一人。
視線を巡らせる。
すると其処にはセレニィ野郎が親指を立てて笑顔を浮かべていた。
……何故か隣の席に座っているタバサも親指を立てていたが。
「貴様、一体何故こんな真似を! 僕に対する嫌がらせ… ハッ!?」
抗議を仕掛けてギーシュは気付いた。
気付いてしまった。
(待てよ? 今、僕は何をしようとしていた? 冷静さを失って…)
ゴクリと喉を鳴らす。
(自ら決めた日取りを破って決闘を仕掛けようと… そんなことでは何も得られないのに…)
……まさか、これは誘い?
セレニィの仕掛けた悪辣な罠に思わず戦慄する。
決闘の日取りではないが、既に心理戦は始まっていたのだ。
これに冷静さを失い自ら約束を破るよう誘いをかける。
あるいは、怒りで我を失わせて決闘当日に実力を発揮できぬよう仕向ける。
ギーシュは改めてセレニィをよく見る。
まるで観察するかのように此方を見詰めているのがよく分かる。
……何故か隣のタバサもじっと此方を見詰めていたが。
(なるほど、ね… だが、僕とてグラモン家の男。見え見えの誘いになど乗るものか…)
グラモン伯爵家は武門の家柄。
戦いにおいてこの程度の小細工を『卑怯』と謗るほど軟弱な思考は持ち合わせていない。
気持ちを落ち着かせ、ギーシュは敢えて高笑いをしてみせる。
「ハッハッハッ、素晴らしい差し入れだね! ありがたく頂戴するとしよう!」
「おお、こんな出所不明の差し入れを気持ちよく受け取るなんてギーシュも剛毅だな!」
「いや、なに。これは決闘に向けて僕としてもますます気合が入るというものさ!」
(よし、『ギーシュさんと仲良くなって和解して決闘回避作戦』は順調のようですね…!)
セレニィは高笑いをするギーシュを観察して小さくガッツポーズ。
そしてタバサと互いに頷きあう。
決闘することに関してはこの際仕方ない。
しかし、まだまだギーシュとの関係性については発展途上。
ここでズッ友と言えるくらいに仲良くなれればどうか?
あるいは決闘を取りやめてくれるかも知れない。手加減もしてくれるかも知れない。
そんな作戦の全容を話し、タバサに助力を願ってなんとかここまで漕ぎ着けた。
長い… 実に長い道のりであった。
なお主人であるルイズに相談しなかったのは…
「タバサ、だっけ? ……アンタいつの間にセレニィと仲良くなってんのよ」
「悪い?」
「悪くはないけど… フン、コイツの主人は私なんだから! そこは弁えなさいよね!」
なんかツンデレっぽくて人と素直に仲良くなるの苦手そうな印象があったからである。
ひどい言われようだが概ね正解であった。
セレニィはタバサとのやり取りを回想する。
『結論から言う』
『はい』
『男の子はみんなハシバミ草が好き』
『マジですか』
『大マジ』
『知らなかった… そんなの…』
そんな助言を受け、コック長のマルトーさんにお願いしてハシバミ草を分けて貰ったのだ。
可愛い可愛いタバサさんの助言ですしきっと大丈夫だろう。
そう、セレニィは信じることにした。
「うわー、ギーシュ! なんか動いてるぞ! ハシバミ草の中でなんか動いてる!」
「こ、これは幼虫… しかもトリステインオオカブトの3齢幼虫じゃないか!?」
「ま、まさか食べるのか? 健康志向に目覚め過ぎて、ついには昆虫食にまで手を…」
「誰が食べるかァッ!?」
『あと男の子はカブトムシとか好き。知らないけど』
『なんか急に雑になりましたね?』
『クヌギの木の根元とか掘ればいると思う。多分』
『いや、でも今の時期って成虫じゃなくて幼虫なのでは?』
『カブトムシなことには変わらない』
『……まぁ、それはそうですね。じゃあ採用で』
こうして夜中に二人でクヌギの根本を掘って幼虫を採集したのであった。
やり遂げた二人は笑顔でハイタッチを交わした。
なお泥だらけになって帰宅したセレニィをルイズが浴室に叩き込んだことを追記しておく。
(フフッ… コレはギーシュさんとズッ友になれる日も近いですね…!)
(おのれ、セレニィ… ここまで僕を愚弄するとは… やはり手加減は無用のようだね…!)
ギーシュは怒りの赴くままに放課後に鍛錬を続け、鈍った体を鍛え直したという。
ギーシュはハシバミ草の独特の味がかなり苦手だったからだ。
なお、草と幼虫はヴェルダンデ(ギーシュの使い魔の大モグラ)が美味しく戴きました。
そして更に翌日。
「………」
セレニィは講義室の席にかけたギーシュの前に立ち、じっと見詰めていた。
「………」
「………」
無言のまま、じっと見詰めていた。
講義室もある種の緊張感に包まれている。
耐えきれなくなったギーシュは反応を返すことにする。
「コホン… な、なにか用かな? セレニィ」
「!」
パァッと笑顔を見せるセレニィ。
そしてそのままテテテ… と本来講師が立つべき壇上に立ち、声を上げた。
「それじゃあ、歌います!」
「……なんて?」
「題して、『キュルケっぱいの歌』!」
いつの間に運び込まれたのか、同じく壇上でタバサがピアノの伴奏を始めている。
振り付けをしながらセレニィは歌い出した。
「
主語がでかい。
「大きく~ 健やか~ 褐色ぱい~♪」
キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー。
新興国家ゲルマニアの名門ツェルプストー家の令嬢である。
少女らしからぬ妖艶さと色気を持ち、数多の男性を惑わせる恋多き『微熱』の魔法使いだ。
その肢体は言うまでもなく豊満であった。
そんな彼女が今、突然の辱めに顔を真っ赤にしながら小さくなって震えていた。可哀想。
周囲はいつになくしおらしい彼女の仕草にドキドキしている。
タバサの伴奏に熱がこもり始める。天にも届けとばかり高らかに。
「下向いた時~ 爪先見えないよ~ キュルケっぱい~♪」
歌いながらセレニィは前の日のことを思い出す。
『……なんかギーシュさんの反応薄かったんですけど』
『きっと素直に好きと言えないお年頃』
『あとなんか放課後めちゃくちゃ気合入れて特訓してたんですけど。殺意感じたんですけど』
『ハシバミ草は心身を健康にする。ままあること』
『死んじゃうじゃないですか、私が! どうしてくれるんですか!?』
『面目ない』
『責めるつもりはないですけど… こうなったら私の案でいきますのでぜひご協力を』
『……なにか良いアイディアでも?』
『フフッ… 今日は下手に考え過ぎたのがいけなかったんですよ。そう、男の子は…──』
『おっぱいが好き!!!』
ドヤ顔で言い切った。自信満々であった。
そしてピアノの演奏経験があるタバサに頼み込んで伴奏をしてもらうことにしたのだ。
「優しく~ 包み込む~ 微熱っぱい~♪」
セレニィは歌う。
「幾久しく~ 栄えよ~ メカクレっぱい~♪」
おっぱいへの夢を歌い続ける。
「
オールドラントは基本的にクソゲー世界だったが女性は美人だった。
それ以外は概ねクソだったが、美女と美少女の比率は非常に大きかったのだ。
願わくばここハルケギニアでは平和な余生を送れますように。
そんな過ぎ去ったデスゲームへの万感の想いを込め彼女は歌いきった。
ジャン! とタバサの伴奏も終わり、セレニィは壇上で優雅に礼をする。
そして講義室内は万雷の喝采に包まれた。
厳しいことで有名なギトー講師ですら涙を流しながら拍手をしていた。
そう、男の子は幾つになってもみんなおっぱいが好きなのだ。
しかし…──
「アンタは… 何をやっとるかぁあああああああ!!!」
「あいたぁー!?」
幾ら男の子が感動しようとも女の子にとっては必ずしもそうではないのだ。
具体的に言うとルイズにとってはそうではなかったのだ。
いつの間にか壇上に上がっていたルイズによって、セレニィの後頭部は勢いよく叩かれた。
「そもそもアンタ、いつの間にツェルプストーと仲良くなってやがんのよ…!」
そのままルイズはセレニィの首根っこを揺らしながら問い詰める。
「あぅあぅあぅ… タバサさんと話し込んでたらなんかいつの間にかいたんですよぉ…」
「ホントでしょうね?」
「本当。キュルケは人にちょっかいを出さなければ生きていけない難儀な習性を持っている」
「……確かに、私の時も頼んでもないのにチョロチョロ勝手に絡んできてくれたわね」
「あの… 人を寂しいやつみたいに言わないでくれるかしら、タバサ? ヴァリエールも」
事情はこうである。
ツェルプストーは代々ヴァリエール家の恋人を寝取ってきた珍妙な風習を持つ家柄。
そのせいで代々互いはいがみ合うライバルとなってもいるのだが、さておき。
そんな家同士のライバル関係というのは往々にしてその子供らにも
よってトリステイン魔法学院に於いてもルイズとキュルケは何かと張り合ってきたのだが。
その関係がある時を境に変化した。
そう、使い魔召喚の儀式である。
ルイズは初めての魔法の成果である使い魔に夢中になってしまったのだ(キュルケ視点で)。
それからはやきもきする日々が続いた。
なんとかからかおうとするものの、初日はボロボロで倒れてたのでそれどころではない。
流石に使い魔が死ぬかも知れないところでからかえるほどキュルケも人間性を捨ててない。
翌日、使い魔が(ふんだんに秘薬を使って)元気になったと聞いて小躍りした。
これで遠慮なくからかえる。
ある程度見目が良いのであれば、ご先祖様方よろしく寝取ってやってもいいだろう。
そう考えながら含み笑いを漏らした。
え? 性別が女だって?
……まぁ、うん。がんばれ!
しかし、この使い魔が曲者であった。
なかなか一人にならないのだ。
いや、一人にはなるのだがマジで法則性がなくフラフラと徘徊するのだ。
ちょっと目を離せば気付いた時には食堂で勝手にマリコルヌの食事を口に入れていた。
かと思えば講義で爆睡して講義室追い出されて行方不明になる始末。
給仕服を着てギーシュにケーキを叩き込んでいたのを目にした時など思わず絶句したものだ。
それからあれよあれよと決闘騒ぎになってしまった。
……まぁ、いい。イレギュラーはつきもの。
戦う力もなさそうな平民の使い魔が決闘に向かうというのならば好都合。
いざ危なくなったらヴァリエールにたっっっぷり恩を着せて助けてやってもいいだろう。
そう思ってたのに…──
「なんで来ないのよ! 二時間は待ったのに!!」
「あの、なんか… ごめんなさい…」
「それから私は機会をうかがったわ。もはやこれは『微熱』の意地をかけた勝負!」
「……そうだったんだ。……知らなかった」
「そして昨日、ついにこの子がタバサに会いに図書館にいることを突き止めたの」
そこからの行動は早かった。
タバサから引き離し一対一で話せさえすれば幾らでも
自らの使い魔たるフレイムにヴァリエールの使い魔を連れてくるよう命じたのだが…──
「なにいきなりエアハンマーぶちかましてくれちゃってんのよぉ! タバサぁ!」
「なんか邪魔だったから、つい」
「あはは… 大きなトカゲさんだったんでビックリした私が悪いっちゃ悪いんですけど…」
「いや、ツェルプストーの使い魔ってサラマンダーでしょ? そりゃ驚くわよ」
「ひどい! ひどいわ! アンタたちに人の心はないの? 特にヴァリエールッ!」
「私、この件にはマジで関与してないんだけど…」
「それからキュルケさんが抗議してきて、なんやかんやで話してたら仲良くなりました」
セレニィは時たま謎のコミュ力を発揮する。
説明されたところでなんでそうなったのか良く分からないことが分かった。
ルイズは頭痛を溜息で誤魔化しながら言葉を続ける。
「……まぁ、ツェルプストーとつるんでた事情については分かったことにするわ」
「はい!」
「それがなんで、おっ… む、胸の歌なんて話になるのよ! どう考えても理解不能よ!」
「そうよそうよ! もっと言ってやってよ、ヴァリエール!」
「うっさい! ゲルマニア産駄肉は黙ってて!」
「だにっ…!?」
キュルケは打ちひしがれた表情をして半泣きのまま俯いてしまった。可哀想。
そんなキュルケの背を撫でて慰めるセレニィ。……まぁコヤツこそが諸悪の根源なのですが。
そんなルイズの肩をそっと掴み優しくとどまらせる影がある。
「タバサ…」
「落ち着いて、ヴァリエール」
「アンタはいいの? おっ… 胸に関して、私たちは想いを共有できる。そう思ってたのに」
「違いない。けれど、どうかセレニィの話を聞いてみて欲しい」
「……セレニィの?」
「そう。私は昨日聞いた。だからこそ、今日こうして協力するためにここに来ている」
クラスが誇るぺったんコンビ、それがルイズとタバサであった。
しかしその双璧(絶壁とも言う)の一角が既に昨日、セレニィの手により崩されていたのだ。
──巨・即・滅。
それが『ゼロ』と『雪風』がただ一つ共有した真の正義だったはず。
だが一体如何なる洗脳を受けたのか。タバサはこれを降りてしまったようである。
由々しき事態だ。
必ずや邪智暴虐なるセレニィをギャフンと言わせツェルプストーの乳をもがねばなるまい。
ルイズは心密かにそう決意した。
「あの… ヴァリエール、目が怖いんだけど…」
「気にしないで。ことが終わったらアンタの乳をもごうと決意新たにしてただけだから」
「気にするわ! 私なんも悪くないわよね!? この件に関しては被害者よね!?」
全然密かではなかった。
さておき、なんか喚いているキュルケを無視してルイズは己の使い魔と向き合った。
ツンと顎を上げて、使い魔… セレニィを見下ろす。
「ついにこの時が来たみたいね、使い魔」
「ルイズさん…」
「さ、戯れ言を
「フフッ… 私はただみなさんと仲良くしたいだけですよぉ…」
「
なんかよく分からんバトルが始まろうとしていた。
ギーシュとの決闘の前にキュルケの乳を賭けた己の主との決闘が始まっていた。
「まずルイズさん。……おっぱいとはなんだと思いますか?」
「な、なによ急に… アンタもどうせでかいのが偉いとか言うつもりなんでしょ?」
「それこそまさかです。ねぇ、マリコルヌさん?」
「な、なんだよ。ヴァリエールの使い魔」
「胸は大きければ大きいほど良い… 貴方もそう思いますか?」
「そ、それは…」
「……正直に、答えてくれて良いんですよ?」
「どういうことよ、セレニィ? 男なんてみんな…」
「僕はそんなに大きさにはこだわらない。むしろ、その… 控え目な方が…」
赤面しながらチラッとルイズ、タバサ、そしてセレニィを見るマリコルヌ。
ついに言ってしまった。マリコルヌの胸が高鳴る。
そんな彼の言葉を受けてルイズとタバサは口を開いた。
「何見てんのよ、ぶん殴るわよ?」
「キモい」
「うわぁん! 正直に答えたのにぃ!」
涙するマリコルヌ。
正直に答えて良いとは言ったがフォローするとは言ってない。
セレニィはこういう詐術をよく使うのだ。どんまい。
「ご覧の通り、世の男性諸兄は必ずしも大きさにこだわりません」
「むむむ…」
「無論、ルイズさんの仰る通りに大きければ大きいほど良いと仰る方もいましょう」
「そ、そうよ! そんなばっかよ、男なんて!」
「ですが、決してそればかりが全てではないのです。……それはもはや明らかでは?」
「ッ!」
「──失礼、ちょっと良いかね?」
ここに眼光鋭い一人の男が割り込んできた。
「構いませんよ。えぇと…」
「『疾風』のギトー。ここトリステイン魔法学院で教鞭を執る一講師だ。お見知りおきを」
「お目に掛かれて光栄です、ギトー講師。どうぞ講釈をお願いします」
「こちらこそ光栄だ。言説、興味深く聞かせて貰ったよ。使い魔君… いや、セレニィ」
(なっ! ミスタ・ギトーが誤らず他者の名前を呼ぶ。つまり『認めた』ということ…!?)
講義室中の生徒が驚嘆に息を呑む。
それもそのはず。
……『疾風』のギトーは高い実力を持つ最高位の魔法使い、風のスクエアメイジだ。
その実力に比例して高いプライドを持つ生粋の貴族主義。
生半可なことでは決して他者を認めることのない気難しい講師として有名なのだ。
「私が思うにおっぱいとは大きさでも小ささでもないのだ」
「なるほど。それはまさに議論に一石を投じる提言です」
「君なら理解を示してくれると思っていたよ、セレニィ。……話を続けさせて貰おう」
「えぇ、どうぞ」
「大小など非常に些細なこだわりだ。注視すべきはバランス。私はそう思う」
「なるほど、続けて下さい」
「其の者の顔、纏う空気、他の部位の肉付き。あらゆる側面から観測され然るべきだろう」
「……あるいは其の者の歩んできた人生すらも?」
「そう、その通り。それらのバランスこそが黄金比となり燦然と輝く
最高位のスクエアメイジ、ギトー。その実態はただのおっぱい星人であった。
しかし彼はただおっぱいのみを愛する人間ではなかった。
何より重視したのはそのバランス感覚。
背が高い者は大きなおっぱいを。小柄な者には控え目な胸を。
世界とは
バランスとは即ち秩序。……但し、『彼にとっての』という注釈が付くが。
彼にとってはロリ巨乳など摂理に反した邪悪な遺伝子組み換えの品に過ぎない。
学生でありながら大き過ぎる胸を揺らすキュルケなど、唾棄すべき存在でしかない。
先程のキュルケっぱいの歌への拍手はただ『おっぱい讃歌』に敬意を払ったのみ。
偏狭にして独善的。
ミスタ・ギトーとは、まさに、そのような人物であったのだ。
口でどのように語っても彼が排他的な野心家であるという本質は変わらない。
そんな彼の本質を見抜きながらも、しかし、セレニィは落ち着いた姿勢を崩さなかった。
「非常に興味深い提言でした。恐れ多くも私が教諭ならば満点を付けたでしょう」
「いやなに、こうした場を持てて私も嬉しく思うよ」
「……ですが」
「む?」
「私はルイズさんにも、マリコルヌさんにも、等しく満点を付けたい」
いつの間にかルイズさんが巨乳派代表にされていた。女なのに。貧乳女子なのに。
「どういうことかね? まさか今更モノの大小という低次元な論争をするとでも?」
「いいえ、違います。『そのどれもが正しくてどれもが間違っている』のです」
「………」
ギトーの眼光がひときわ鋭くなる。
この期に及んで八方美人に逃げた曖昧な回答など許さぬとばかりに。
それを真正面から受け止めながらセレニィは聴衆に問いかける。
「みなさん、『貴族』とはなんでしょうか?」
「………」
場が静まり返る。
魔法を扱う者であること。国家に地位を保証された者であること。
あるいは家柄や家風によってその答えは千差万別かも知れない。
「私はこう思うのです。……胸に誇りを抱き、凛と背筋を伸ばす人」
「それは…」
「多くを持ちながら驕らず、人々に分け与えられる人」
「………」
「そんな方々が自然と人から敬意を払われ、貴族となったのではないでしょうか?」
誰も言葉を返せない。
それは空虚な理想論に過ぎないからだ。
しかし、貴族だからこそ決して疎かには出来ない理想論でもあった。
そんな生徒たちを、ギトーを、一人一人見渡してからセレニィは笑顔を浮かべる。
「……ルイズさん」
「な、なによ?」
「もし、貴女が街で買い物なりをして… 荷物が多くなり過ぎたらどうしますか?」
「え? そうねぇ… 従者に持たせると思うわ。今なら使い魔のアンタかしら?」
「仰る通りです。必要な場面を除き、貴族は自ら荷物を持つべきではない。当然ですね?」
「な、なんの話をしてるのよ!? 今は、おっ… 胸の話をしてるはずでしょっ!?」
「同じことです」
セレニィはピシャリと言い切った。
「ルイズさん、荷物を自ら手に持つ必要などないのです。持たせればよろしい」
「それは…」
「同様に、自らの胸が大きくある必要もないのです。分け与えればよろしい」
「い、いいの…? 私、小さくても許されるの…?」
「……いいんです。私、どんなルイズさんも大好きですから。大きくても、小さくても」
一筋の涙をこぼすルイズを観衆の目から隠すようそっと抱きしめるセレニィ。
マリコルヌはその光景に興奮している。
「胸は大きいと重いし肩凝るし蒸れるし辛いだけだとティアさんが言っていました」
(ティアさんって誰…?)
公爵家に単独で殴り込んだテロリストです。
「眺めれば楽しいのは確かです。心に平穏を与え、豊かにしてくれる存在なのも事実」
「そうよね…」
「でもね? でもね、ルイズさん。ただ『それだけ』なんですよ」
「………」
「萌え… ゴホン、絵画やフィギュ… ケフン、彫刻なんかと同じなんですよ」
「絵画や彫刻と、同じ…」
「そう考えれば、ルイズさん、これは実に『貴族的』だとは思いませんか?」
「……ふふっ。どんな貴族よ、まったく」
「おっぱいに貴賎なし、という言葉があります。当然です。全て等しく尊いのですから」
優しく、宥めるように語り掛ける。
その響きには溢れんばかりの愛と敬意、そして希望が込められているように感じた。
その言葉はある種の真実が含まれているように感じた。
……少なくとも、語り手のセレニィ自身は心からそれを真実だと信じている。
聴衆らにはそう聞こえて、そう感じたのだ。
「自分で持つ必要はないんですよ。貴族様は」
「そう、そうよね… 私、貴族だもの…」
「でもね、ルイズさん。大きな胸をお持ちの貴族様も、それはそれで素晴らしいのですよ?」
「ぐすっ… なんでよぉ…」
「ノブレス・オブリージュ。敢えて重荷を背負う気高い精神こそがその理由です」
「ぐすっ… そうやってツェルプストーは荷物を背負い込んで胸を育ててきたのね…」
「多分そうです。キュルケっぱいサイコー」
なんか適当になった。
咳払いをしながら言葉を続ける。
「恵みを民草に分け与える慈悲深い貴族も、重荷を自ら背負う気概に満ちた貴族も…」
「………」
「私たち下々の平民にとっては等しく素晴らしい存在なのですよ、ルイズさん」
「……うん」
「それは大きさも、小ささも、バランスも含めて。ね? マリコルヌさん、ギトー講師」
そう言って茶目っ気たっぷりに微笑んで見せる。
ギトーは降参とばかりに肩をすくめて、マリコルヌは赤面し頬をかきながら頷いた。
そして再び…
講義室は割れんばかりの拍手と喝采に包まれた!
──ギトー講師は後に新入生に向けてこう語った。
『10代というかくも輝かしい限られた時間の中でおっぱいについて語り合える友がいる』
『それが一体どれだけ青春の価値を高めるのか、今の君たちには到底理解し得まい』
『願わくば君たち新入生諸君が真の友を得て、互いに研鑽し、実りある青春を送らんことを』
──そして直後にギトー講師はセクハラで訴えられたという。
割れんばかりの拍手と喝采に包まれながらセレニィは思う。
(……あれ? 今日も別にギーシュさん個人とは仲良くなれてないんじゃ?)
お気付きになりましたか。
そんなセレニィのもとにカツカツと靴音を鳴らしキュルケが近付いてくる。笑顔だ。
(まぁ、いいか。ルイズさんやタバサさん、キュルケさんとも仲良くなれましたし…)
そのままガシッと襟首を掴まれる。キュルケは笑顔のままだ。
そして若干の浮遊感とともに…
そのままセレニィは窓の外に放り捨てられた。
「せ、セレニィいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッ!?」
「バーカ、バーカ! 白くてフワフワなおバカ使い魔ー!」
「アンタ、ツェルプストー! 何してくれちゃってんのよぉ!?」
「私悪くないもん! 散々っぱら
キュルケは泣いた。ルイズはキレた(大体いつもキレてる)。
そしてセレニィは植え込みに頭突っ込んで寝てるところを無事シエスタに回収された。
……そして半泣きのまま拗ねるキュルケに隠れファンが更に増えたという。
更に時は流れて翌日。決闘当日朝の講義室にて…──
「ヤバい… 草と虫送っておっぱいについて語ってたら当日になっていた…」
セレニィは頭を抱えていた。
準備らしい準備を何も出来てない現状にようやく気付いたからである。
判断が遅い。
そんなセレニィの肩を叩いてタバサが優しく声を掛ける。
「これは草」
「草じゃないが?」
「……アンタたち、漫談なら余所でなさいよ」
ルイズはため息を吐いた。
なんだかタバサと絡むことが増えた気がする。キュルケとも以前ほど険悪ではない。
なんだかんだこの使い魔が自分を取り巻く環境を変えてくれた、ということなのだろう。
根が良い子のルイズはそうやってセレニィとの関係を前向きに受け止めていた。
それはそれとして(主にセレニィにとっての)デッドラインは迫ってくるのだが。
「フッ… いよいよ今日だね、セレニィ」
「ギーシュさん…」
「もし心の準備が出来ていないというのなら、少しくらいは延期しても構わないが…」
「いいんですか!? じゃあ、取り敢えず軽くお試しで一年くらいから…」
「……フッ、流石にそこまでは待てないかな」
「畜生めぇええええええ!!!」
「ジョークを言う元気があるようで何より。では、放課後を楽しみにしているよ?」
そのままウィンクをして去っていくギーシュ。
歯噛みしながら見送るセレニィ。
ジョークではなく本気で一年、欲を言えば数十年は待って欲しかったのだがさておき。
どうやらプランBへの切り替え時がやってきたようである。プランA、どこいった?
「ぐっ、仕方ありません… こうなったら奥の手を使うしかないようですね!」
「まだなにか小癪な小細工があると? 流石セレニィは卑劣。楽しみ」
「あっはっはー。タバサさん、それ褒めてませんからね? 罵倒してますからね?」
「……ま、ギリギリまで足掻いてみなさいな。私たちも手伝ったげるから」
「がんばって。セレニィ、ヴァリエール」
「アンタもがんばるのよ!」
「……まぁ時間の都合が付く範囲でなら、多少手を貸さないこともない」
「言いましたね? 確かに聞きましたからね。ルイズさん、タバサさん、キュルケさん!」
「仕方ないわねー。素晴らしいご主人様を持った幸運を噛み締めて感謝なさい」
「私は嘘は言わない。キュルケも全身全霊でどんな汚れ仕事もやり抜くと言っている」
「え、私!? いや、あの、私は関係ないような… ねぇ、ちょっと! 聞いてる!?」
なんか今日もキュルケが巻き込まれていた。可哀想。
………
……
…
そして放課後。いよいよ、決闘の刻限が近付いているヴェストリの広場にて。
三日前と違って、ギーシュは殊更にギャラリーを煽る真似はしない。ただ静かに待っている。
決闘があることすら周知していない(隠してはいないので聞かれれば素直に答えるが)。
にもかかわらず、ヴェストリの広場には既に大勢の観客が詰めかけていた。
(妙な気分だ… あれだけ周囲の目を気にしていた僕が今はそれを
叶うことならば余人を交えず、セレニィと心ゆくまで互いの技量を競い合いたかった。
たった数日の付き合いだが、もう長いこと友人をやってるような気さえしてくる。
回想に
そう、顔面にケーキをぶつけられたりハシバミ草となんかの幼虫をデリバリーされたり。
なんかいきなり変な歌を捧げられたと思ったら唐突におっぱいについて熱弁されたり…──
──やはり、ただの敵では?
深呼吸を1つ、2つ。
緊張と興奮で茹だりそうになる思考を冷静なそれで塗り替えてゆく。
恥も外聞も捨てて決闘に漕ぎ着けた以上、敗北は許されない。
(そうとも。腑抜けた身体に喝を入れ鍛え直した… 付け焼き刃だろうが自信はある…)
セレニィが毎日遊び歩いている中、ギーシュは毎日特訓をしていたのだ。
弱い自分を見詰め直すきっかけになったという意味では、セレニィに感謝もしている。
だからこそギーシュは今の自分に出来る全力で彼女に挑む心積もりであった。
それこそがライバルであるセレニィに対する最高の恩返しになるのだと信じて。
「……来たか」
ギーシュが呟くと待ち人が現れた。
セレニィとその一行である。
この期に及んで逃げ出すことなく定刻通りに現れてくれた。
その事実にギーシュは心の底から歓喜する。
銀髪の使い魔は挑むような笑みを浮かべながら歌うように言葉を紡ぐ。
「お待たせしました、ですかね?」
「いや、なに。僕の方が待ちきれなくて勝手に早く来ていただけさ」
「それを聞いて安心しました。……準備は?」
「いつでも」
「実に結構。それでは…──」
ギーシュが半身になって魔法の発動体たるバラの造花を構える。
群衆が息を呑み…──
「マリコルヌさん! いえ、謎の決闘代理人Mさん! オナシャス!」
「うおっしゃあああああああッ! いくぞ、ギーシュ! 覚悟しろぉッ!」
そして、仮面を付けた謎のふとっちょボーイの参戦にずっこけた。
仮面を付けているのでその正体は謎に包まれている。いいね?
「ちょっ、待った待った! 待ちたまえ!」
「え? なんすか? 戦場でも『待った』するんですか、グラモン家のご子息は?」
「ぐっ!? だ、だが、おかしいだろう! なんだってマリコルヌが…」
「マリコルヌさんではありません。謎の決闘代理人のMさんです」
「いや、どこからどう見てもマリコルヌだしさっきも呼んでたよね… って、決闘代理人?」
「うす」
決闘とは、そもそもが一種の裁判である。
互いの我を通すため、闘争というルールを敷いてどちらの主張が認められるか審判するのだ。
双方ともに健康体の男性であるならば良いだろう。
問題なく互いに心ゆくまで技量を競い、相争った末に雌雄を決するべきである。
しかし、両者の実力の間に著しい開きがあったならば?
あるいは片方が老人や女性、病人であったならばどうであろうか?
そうした不公平を是正するため当事者の名誉を背負い決闘に赴く者、それが決闘代理人だ。
魔法があるため男女の性差が縮まっているここハルケギニアとてその制度は生きている。
決闘と銘打った以上、これはもはやギーシュのみの主張が通る場ではない。
傷付けられた(一応)女性の名誉を守るため、代理人が立つのも何らおかしくはなかった。
「いや、おかしいだろ!?」
ギーシュが吠えた。
そんな彼の様子にセレニィと謎の決闘代理人Mは揃って首を振り、肩を竦めてため息を一つ。
「そのリアクションはやめろぉ! そもそもなんでマリコルヌが出てくるんだ!?」
「フッ、今の僕は謎の決闘代理人M。理由は… 義侠心、とでも」
「……義侠心、だって?」
「よく考えてみなよ、ギーシュ。……今の君の何処に大義があると言うんだい?」
「! そ、それは…」
「窮地に立たされた一応女性のため、そして瞳を曇らせた友のため謎の決闘代理人Mは立つ」
「ぐ、ぐぅ…ッ!」
ぐうの音も出ない。いや、出たが。
しかし、ド正論である。マリコルヌの言葉に気圧されてギーシュは思わず後退る。
そこに…──
「さっさとセレニィの代わりに死んできなさいよね」
「がんばって。えっと… 名前忘れた」
「えっと、マリコルヌ? その、一応がんばって? ……なんでまた巻き込まれてるの、私」
「ミスタ・グランドプレー。がんばってくださーい!」
ピンク、青、赤、黒の美少女たちの声援(?)が届く。
一部声援に該当しないのではという意見もある。
そこは議論の余地が残されているだろう。
ちなみにピンクがルイズ、青がタバサ、赤がキュルケ、黒がシエスタである。
ともあれ見た目的には間違いなく美少女らの声援を背に受け謎の決闘代理人Mは奮い立つ。
「うおっしゃあああ! かかってこい、ギーシュ! 私心なき拳が君を討つ!」
「流石はマリコルヌさんです。曇りなき正義の心で悪の化身を倒しちゃいましょう!」
「いや、私心しかないだろ。曇りまくりだろ。あと、マリコルヌって言ってるだろ」
ギーシュからのツッコミが止まらない。
それもそのはず、彼は決闘に至るまでの道筋で恋人も浮気相手も失ってしまっている。
にもかかわらずマリコルヌは様々な美少女たちに囲まれ(諸説ある)応援されているのだ。
こめかみに青筋を立てながら、この不実な点を指摘しても無理からぬことであろう。
「卑怯だぞ、セレニィ! マリコルヌ、君は色仕掛けに屈したというのか!?」
「は? 彼女らは義侠心溢れるMさんを自主的に応援するため集まった有志ですが何か?」
「ふざけるな! そもそも決闘相手は君だったはずだ! マリコルヌと戦えるかッ!?」
「あれあれ? 棄権ですか? 怖いんですか? 怖いんですね? ぷふー!」
「……なんだって?」
「謎の決闘代理人Mさん、どうやらギーシュさんはあなたに恐れをなして棄権するようです」
「不戦勝、ってことかな? 僕としては実力で勝利を勝ち取りたかったんだけれどね」
「まぁまぁ、相手あってこその決闘ですし。むしろ降参する英断を称えてあげましょうよ」
「よし、殺す。もう泣いて謝っても遅いからな?」
舐め腐ったセレニィと謎の決闘代理人Mさんの態度にギーシュの殺意が膨れ上がる。
それがそのまま決闘開始の引き金となった。
即座に安全圏まで退避し、背景と一体化して応援に専念するセレニィ。
オールドラントで磨き抜かれた生存本能の発露であった。
ギーシュは短い詠唱を行い『ワルキューレ』と名付けた彼自慢の青銅人形を作成する。
初級魔法の『錬金』の応用ながらその見事な手際に観戦者から感嘆の吐息が漏れる。
「さぁ、かかってこい謎の決闘代理人M! このワルキューレの威光を恐れぬならば!」
「義を見てせざるは勇無きなり! 謎の決闘代理人M、推して参るッ!」
(フフフ… あらそえ、もっとあらそえ… そして私のことなんて忘れ去ってしまうのだ!)
一部の邪悪な思惑を余所に、今、決闘の火蓋が切られたのであった。
先手を取って謎の決闘代理人Mが動く。
「うぉおおおおおおお! 『風上』のウィンドォオオオオオオオオオオオッ!」
マリコルヌ、もとい謎の決闘代理人Mさんの得意とする渾身の風魔法ウィンドが炸裂する。
吹き荒れる突風が青銅人形ワルキューレに襲いかかった!
──こうかは いまひとつの ようだ
青銅人形ワルキューレは地に根でも張ったかのように微動だにしない。
やれやれと頭に手を当ててキュルケがため息を吐く。
「完全に相性負けね。私のファイアーボールやルイズの爆発なら効くでしょうけど」
「軟弱。仮にウィンドしか使えなくてもやりようは幾らでもある」
「そりゃあなたなら出来るでしょうけど比べるのは酷ってものよ? タバサ」
「あのぅ… この決闘で、ミスタ・グランドプレに勝ち目はないのでしょうか?」
おずおずと尋ねるシエスタ。
「ない。分岐があったとして普通に負けるかちょっとがんばって負けるか程度」
にべもなく切って捨てるタバサ。
その返しに絶望的な表情を浮かべるシエスタ。
ならば、と決闘の関係者である少女とその主人に目を向けてみる。
きっとその2人も絶望しているに違いないと思ったのだ。
もしそうならばなんとか慰め、励ましてあげねばなるまい。
心優しいシエスタはそう考えていた。
しかし、その予測は裏切られる。
なんとセレニィとルイズの2人ともが動揺することなく冷静に決闘を見守っていたからだ。
……まぁルイズはぶっちゃけマリコルヌが死のうが爆発しようが別に構わないからだが。
では、セレニィの方は?
「ウィンド! ウィンド! ウィンドォオオオオオオオオオオッ!!!」
「フハハハハハ! 効かないね! さて、そろそろ反撃させてもらおうか!」
「くっ!」
「ワルキューレパンチ!」
「ぐぼはぁあああああああああああああああッ!?」
ワルキューレの物理的に重いパンチが謎の決闘代理人Mの鳩尾に突き刺さった。
謎の決闘代理人Mは痛みに悶絶し転げ回っていたが、やがて動かなくなった。
「うわー、痛そう… って、あれ? 何してるのタバサ?」
「次の段階の準備」
「あれ? 結局あなたが戦うってこと?」
「違う。ただの手伝い。結局のところセレニィは一度たりとも私に戦闘を要請しなかった」
「そう… 線引きは理解してるってことかしら。ちょっとは見直したわ、あの子のこと」
誰だって楽な手段があるならばそれに縋りたくなるものだ。
強者を利用しようとする弱者の存在など枚挙に暇がない。
そして言うまでもなくタバサはこの学院で屈指の実力を持つメイジ。
キュルケ自身、互角を自負していても本気でやり合えば彼女に軍配が上がることは否めない。
使い魔召喚の儀式でドラゴンを召喚しているのもその証拠だ。
彼女を敢えて使わないことを考えればマリコルヌを代理人にしたことなどただのお遊びだ。
となればセレニィは本当に純粋な気持ちでタバサと仲良くなってくれたのだろう。
(意外と分かってるじゃない、セレニィ。……まぁ、人を見る目もあるみたいだし?)
実際は単に美少女だから仲良くしてるだけだし、タバサが強いと知らないだけなのだが。
そんなことを知らないキュルケは笑みを浮かべる。
ヴァリエールの使い魔なのはいただけないが、自分とタバサを選んだ点は見どころがある。
繰り返すが単に彼女たちが美少女だったからに過ぎない。
……そもそもキュルケに至ってはセレニィ側から接触したわけですらないのだが。
しかしその事実を認めるとキュルケは自ら災厄に飛び込んでいった残念美人さんになる。
だからちょっと勘違いしているくらいが彼女にとっては幸福なのである。
キュルケさんが決して認めたくはない真実を白日の下に曝してはいけない。いいね?
「うっ、うぅ… もう無理ぃ…」
「がんばって下さい、マリコルヌさん! いけるいける! まだまだっ! ファイトぉ!」
「『無理』なんてのはね、嘘の言葉なのよ? さ、立ちなさい。マリコルヌ」
「よし! マリコルヌ、君にあまり恨みはないからそのまま寝ててくれていいぞ!」
キュルケさんがそんなことを考えている間にもマリコルヌさんは悶絶している。
無責任に煽るセレニィとひたすら圧迫面接を続けるドSのルイズ。
これまでマリコルヌさんに魔法が使えない『ゼロ』と散々揶揄されてきた故にせよ容赦ない。
マリコルヌさんがルイズさんをからかってた原因?
それは… うん、
まぁ、それやったら大抵お目当ての女の子からめちゃくちゃ嫌われるんですけどね?
さておき、マリコルヌが動けないことを確認したセレニィは作戦を次の段階に移行する。
「タバサさん、ミュージックスタートです!」
「らじゃー」
いつの間に取り出したのか、タバサはマーチングドラムを叩いて軽快な演奏を始める。
──タンッ、タ、タンッ、タン、タン、タンッ…
──ドラララララララララララララ…
「タバサ、あなたってドラムの演奏まで出来たの?」
「この程度は嗜み」
「はぁ… あなたってなんでも出来ちゃうのね。なんだか自信なくしちゃうわ」
「私もキュルケのような色ボケ生活は真似できない。胸を張って欲しい」
「ちょ、ひどくない!? 今までそんな目で私のこと見てたの!?」
「ま、まぁまぁ… お二人とも。あ、セレニィちゃんがなんかやり始めましたよ?」
「シエスタに免じてここは収めるけど。後でじっくり話し合うわよ! タバサ!」
セレニィはタバサの演奏に合わせるようにゆっくりと身体を揺らし始める。
右手を水平にピンと伸ばし、そしてグッと戻して握りこぶしを作る奇っ怪… 独特な運動。
左足は陽気なステップを踏んでリズムに乗っている。そして、朗々と歌を歌い始めた。
「てーつーのーマーリコールヌー♪」
「むーてーきーマーリコールヌー♪」
語彙力の貧困な歌であった。
セレニィは得意気に歌い続けている。ついにはクネクネと踊り始めた。ノリノリである。
そんな彼女の姿にギーシュが爆笑する。
「ハッハッハッ! なんだい、その珍妙な歌は! 僕の勝利を祝うファンファーレかな?」
しかし、ギーシュの爆笑とは裏腹にその場に変化が起きる。
「しかし、セレニィ。マリコルヌを倒した以上、次は君の番だということを…ッ!?」
──ピクッ…
動かなくなったはずのマリコルヌ… もとい謎の決闘代理人Mの指先が動いたのだ。
そして、彼は…──
「ま、まさか! いや、立てるはずがない!」
「立てますよ。なんてったって彼は… 『鉄のマリコルヌ』なんですから!」
「う、うぉおおおおおおおおおおおおおおッ!!!」
マリコルヌは、渾身の咆吼とともに立ち上がった!
「よっしゃ! マリコルヌさん、流石です! すごいです! 引き続きがんばって!」
「よし、そのままギーシュもろとも自爆よマリコルヌ! アンタなら出来るわ!」
「悪魔か! 罪… はあるかも知れないが、騙されやすい彼を洗脳して尖兵にするなど!」
謎の決闘代理人Mを使った作戦が惜しくも失敗に終わった時の第二の策…
それは『もっともっとマリコルヌをがんばって戦わせる』であった。
なに、マリコルヌがぶっ倒された? よろしい、直ちにマリコルヌを補充したまえ!
そんな悪魔のような作戦が立案・実行されていたのである。まさに外道。
トリステイン魔法学院の闇は深い。……まぁ主に召喚されたセレニィが原因なのだが。
立ち上がれるはずがない身体で立ち上がった。
(騙されている? ……そんなの分かっているさ!)
震える足を叱咤する。
(良いように使われてる? ……そんなの僕の勝手だろう!)
己の貧弱な精神力はもう底が見えている。
(……一緒に笑って過ごせて楽しかったんだ。……いの一番に頼られて嬉しかったんだ)
けれど、眼前の相手を睨みつける『気力』は残っている。
勇気でも根性でも意地でも、なんだって良い。
(だったら… だったらさ…ッ!)
弱く情けない自分の中に残る『ありったけ』をかき集めマリコルヌは立ち上がる。
「ここで、がんばらないと嘘だ! なぁ、そうだろ… 『風上』のマリコルヌッ!」
それは即ち肉体の限界を凌駕する程に彼自身の心の力が高まったということ。
これまでの限界の殻を破る時があるとすれば、それは今をおいて他にない。
そして彼は高まる心のおもむくままに、『今まで使えなかった』魔法を発動させた!
「うぉおおおおおおおッ! ウィンドブレイクぅうううううううう!!!」
観衆が一斉にどよめく。
それもそのはず、ウィンドブレイクと言えばウィンドの上位魔法。
初歩とは言え風の中級魔法に分類される、そんな魔法だ。
当然、これまでのマリコルヌでは扱えるはずがない。成功するはずもない。
魔法の発動には至らず『何も起きない』という無様な結果だけが残る。
……そのはずであった。
しかし…──
──奇跡は起きる。起きるのだ。
風が吹く… それも、大型の台風にも匹敵するほどの猛烈な突風が。
「ぐ、ぐぅうううううう! こ、こんなバカな…ッ!?」
「うぉおおおおおおおおおッ!!!」
「ま、負けるなワルキューレ! そのまま進んでマリコルヌを捻り上げろ!」
想定外の粘りを見せたがなんだかんだと今のマリコルヌは死に体。
接近されればワルキューレに対して抵抗はかなうまい。
そう読んだギーシュは指令を下す。ギーシュの命令に従い前進を試みるワルキューレ。
……そう、そのギーシュの見立てそのものは決して間違ってはいなかった。
しかし…──
「な、何故だ! 何故前に進まん、ワルキューレ!」
前進するどころか、一歩ずつまるで見えない力に押されるように後退していくワルキューレ。
……いや、事実として押されている。
青銅人形が風に阻まれて進むことが出来ない。マリコルヌを捕らえることが出来ない。
「ウィンドぉおおおおおお!! ブレイクぅうううううううッ!!!」
「ク、クソッ! 踏ん張れ、ワルキューレぇええええええええッ!!!」
吹き荒れる暴風の中でギーシュはただただ叫ぶ。
そんな中、セレニィは静かに目を閉じた。
(マリコルヌさん…)
不意に、風が止んだ。
「………?」
ギーシュが恐る恐る目を開けて前を見る。
ワルキューレはすぐ目前にいた。
長い時間を暴風に抗った痕跡を地に
残り僅か5cm…
それでも主の命を遂行しようと、暴風に抗い続けた。
そして…
「お疲れ様でした、マリコルヌさん」
セレニィが笑顔で
彼は… 『風上』のマリコルヌ・ド・グランドプレは杖を構え立ったまま気絶していた。
精神力が枯渇したのだ。
予定調和の結末であった。
タバサの言う通り「ちょっとがんばって負ける」、その程度の分岐に過ぎなかった。
……それでも。
「わぁあああああああああッ!!!」
「すごかったぞ、マリコルヌぅうううううううう!」
「ギーシュも最後までよく耐えきったなー!」
ただ『それだけ』だったのか否かは、観衆の反応が如実に伝えてくれていることであろう。
(……勝った? ……勝てた、のか? ……僕は)
未だ収まらぬ胸の鼓動は果たして興奮故か恐怖故か、ギーシュはそっと己の胸を抑える。
手が小さく震えている。
そんな中でセレニィとルイズは和気藹々と会話を始める。
「いやー… 残念ながら負けちゃいましたねー? ルイズさん」
「そうね。まったく… 負けるなんて使えないわね」
「もう、そんなこと言っちゃダメですよ? せっかく、がんばって下さったんですから」
「……まぁ、マリコルヌにしてはがんばった方じゃない?」
「フフ、素直じゃないんですから。では彼を保健室に運びましょうか… っと?」
そう話しているとふわりとマリコルヌの身体が宙に舞った。
……タバサの『浮遊』の魔法である。
どうやら決闘に敗北したマリコルヌを保健室に運んでやるつもりのようだ。
彼女がこうしたことを自ら進んでするのは極めて珍しい。
キュルケが面白いものを見られたとばかりに傍らの青髪の眼鏡少女に語り掛ける。
「がんばったものね、彼。タバサにとっても琴線に触れる決闘だった?」
「まだまだ全然ダメ。……キュルケは評価が甘すぎる」
「あっはは、手厳しいわねー」
「でも」
「?」
「全く評価に値しない、というわけではない。結果が伴わずともその心意気は認める」
「……フフッ」
一同、思い思いの言葉を交わしながら退場しようとしている。
めでたしめでたし。
観衆もそれぞれ感想を述べながらギーシュとマリコルヌの健闘を称え帰路につこうと…
「ちょっと待てやぁあああああああああああああああああッ!?」
したところでギーシュがキレた。
「何さり気なく帰ろうとしている! なに! さり気なく! 帰ろうと! しているぅ!?」
帰ろうとしていたセレニィを目ざとく捉えて絶叫した。
「……ちっ」
セレニィ、小さく舌打ち。
ルイズがキレ散らかしているギーシュに向かって呆れたように言葉を投げる。
「うっさいわねー… もう決闘は終わったでしょ? 私たち、さっさと帰りたいんだけど」
「まだ終わってないよ! 何もかも始まってすらいないんだよ! 帰るなよ!」
「と言っても決闘代理人さんが敗北しちゃいましたしねー。我々の負けで決着では?」
「そうよね? じゃあギーシュ、とっとと要求言いなさいな。『常識の範囲内』で、ね」
もとが下らない痴話喧嘩に端を発しているのだ。しかもギーシュ有責の。
そんな中で理不尽に命や法外な金銭を要求するようであればこちらも考えがある。
そう言外に含めてルイズはギーシュを睨み据える。
ギーシュも心得たもので、ルイズの言葉に頷いてから発言を続けた。
「……いいだろう。僕の要求はただ一つ! 今、この場でのセレニィとの勝負だ!」
ルイズが心底うんざりした表情を見せる。「しつこい」と顔に書いてある。
しかしギーシュとてそれで退くわけにはいかない。
もはや意地になっていた。しつこいと言われようと断じて引き下がるつもりはない。
「……あー」
かたやセレニィの反応は乏しい。
「どうした? まさかこの期に及んで嫌とは言うまいね?」
「いえ、私は良いんですけど… マリコルヌさんとの決闘直後ですよね? 大丈夫です?」
「構わないとも。マリコルヌには敬意を表するが、勝負に際して支障はない」
「おおー」
「何より! 君に時間を与えて、あれこれ仕掛けられてまた逃げられる方が厄介だッ!」
拳を震わせ全力で叫ぶ。
実感がこもっていた。強い、強い実感がこもっていた。
観衆の数名がうんうんと頷いている。
セレニィの卑劣さは周知されつつあった。悲しいね。
対するセレニィの反応は至極あっさりしたものであった。
「はーい、わかりましたー。そちらが良ければ私は構いませんよー」
「な、なにぃっ!?」
「……いや、なんでそんなに衝撃受けてるんですか」
日頃の行い… ですかね?
「本当の本当か? 嘘をついたりしてないか?」
「本当の本当です。嘘じゃありません」
「後から『やっぱナシ』って言っても通らないからね? 本当に良いんだね?」
「(イラッ)……私としてはこのまま帰っちゃっても良いんですよ?」
「ま、待て! 分かった! ……勝負をしようじゃないか。心ゆくまで、ね」
さっきまでの猜疑に満ちた表情から一点、嬉しそうにソワソワし始めるギーシュ。
そんな彼に向けて、セレニィが声を掛ける。
「あぁ、ただ一点だけ… 条件といいますか、忠告が」
「……言ってみろ。聞くだけは聞いてやろう」
泣き言か、恨み節か。はたまた無様な命乞いか。
しかし、セレニィの言葉は良い意味でギーシュの予想を裏切ったのであった。
「全力で来てくださいね?」
ニッコリ微笑まれる。
一瞬だけ虚を突かれたギーシュは、しかし、徐々に口角が持ち上がってゆくのを自覚する。
「ハッ… ハハハハハハッ! あぁ、了解した! 『それでこそ』だ、我が好敵手よ!」
突如として始まった二戦目の宣言に観衆たちは驚きを隠せない。
そのうちの一人がセレニィに声を掛ける。
「おい、平民! さっさと謝っちまえよ!」
「……私に言ってるんですか?」
「おまえ以外に誰がいるんだよ! さっさと謝って命乞いしろ。そうすりゃ」
「──わからないかなぁ?」
「ッ!?」
セレニィの今までの『気立ての良い小娘』という雰囲気が突如豹変する。
心底退屈だという態度を隠そうともせず前髪を掻き上げながら件の貴族を『見下ろした』。
誰からともなく、ゴクリと喉を鳴らす。
「全力でやり合わなければギーシュさんは納得しないでしょう? なにより…」
「……ッ!」
「──全力でなければ、一瞬で終わってしまう」
「なっ…」
「私としても、それは望むところではありませんから」
落ち着き払った態度。張り付いたような笑み。
観衆の抱く疑念が一つの確信へと変化しようとしている。即ち…──
──コイツは、メイジ殺しなんじゃないか?
と。
通常、魔法を扱う貴族… 所謂メイジを打倒しうる平民など存在しない。
しかし、戦争などで己が武威や策略、兵器などを駆使してそれを撃破せしめた例は存在する。
そんな偉業を為した彼等は『メイジ殺し』と呼ばれ、人々の間で一目置かれることとなる。
(よもや、この虫も殺せぬような平民の少女が…)
「さて、お待たせしましたかね? ギーシュさん」
「なに、今更多少待たされたところで文句はないさ。しかし、なんだね…」
「はいな?」
「聞き間違いかな? ……『一瞬で終わる』と言っていたようだが」
「……フフッ」
「訂正する気はない、と受け止めても?」
「ご想像にお任せします。ですが、そうですね… 仮に訂正しないと言えばどうなります?」
「無論、『全力を出して』『一瞬で終わらせる』としようッ!」
「実に結構。ギーシュさんの実力の全て、その研鑽の結晶を余す所なく私にお見せ下さい」
合図を待つことなく、言葉の応酬から戦闘が始まった。
「うぉおおおおおおおおお! ワルキューレッ!!!」
ギーシュはワルキューレを錬成する。
しかし、1体ではない。なんと7体同時の錬成であった。
マリコルヌ戦より残っていた1体を合わせれば、都合8体のワルキューレが同時展開される。
もともとのギーシュはワルキューレ7体を同時に錬成するのが精一杯。
しかもその場合、ろくろく動かすことも適わない木偶の坊が鎮座するばかりであった。
しかし、今は違う。
錬成できる数は増え、操作精度も向上した。
なにより戦術に沿った動きを実現することが可能になった。
これが毎日、放課後に限界まで自分を追い込み特訓を重ねていたギーシュの成果であった。
「手足の如く、とは言い難いがある程度僕の意に沿った操作が可能だ。……さて、どう来る?」
荒い息を深呼吸で整えながら、ギーシュは好敵手を見遣る。
そして好敵手であるセレニィは…
──セレニィは にげだした
反対方向に向けて全力で駆け出していた。
まるで逃げているかのような… いや、ぶっちゃけ逃げていた。全力逃走していた。
逃走に微塵も躊躇がない。それだけ清々しい逃げっぷりであった。
「………」
ギーシュが唖然とする。
観衆が呆然と見送る。
ルイズが頭に手をやり、やれやれとため息を漏らす。
タバサ、キュルケ、シエスタの3人はマリコルヌを保健室に送っておりこの場にはいない。
「はっ!?」
一瞬の間を置いて、ギーシュが我に返る。
その頃には視界に映るセレニィの背はもう豆粒のように小さくなっていた。
……ただでさえ小さいのに。
「ま、待てぇええええええ! 逃げるな! 勝負から逃げるなぁああああああ!!!」
ギーシュは(もはや何度目か分からないが)キレた。
そしてセレニィの後を追って全力で走り出した。
……ワルキューレを引き連れたまま。
トリステイン魔法学院全域を舞台にした熾烈なデッドヒートが今、幕を開けたのであった。
食堂に始まり、各種講義室、学院長室に至るまで。
学院のあらゆる場所が二人の舞台になった。
セレニィは時に狭い場所を駆け抜け、時に目立たぬ物陰に潜むことで追跡を翻弄する。
決してチビだからではない。周囲の人間が大き過ぎるだけなのだ。
セレニィの心の中のタバサもそうだそうだと言っています。
ギーシュは追い付けそうで捉え切れないセレニィの逃走術に焦燥感が募っていく。
セレニィは見事に学院内の穴場という穴場を我が庭のように駆け巡る。
オールドラントで磨き抜かれた逃げ足が嫌というほどに発揮されている。
それは日々学院内をほっつき歩いたことで地理を頭に入れていることと無関係ではあるまい。
「うぉおおおお! 待てコラ! セレニィイイイイイイイイイッ!」
「ははん! 待てと言われて待つおバカがいますか… って! ストップ、ギーシュさん!」
「うぉおおおお! 聞かんぞ! セレニィめ、ここかッ!?」
「きゃああああああああ! へ、変態ぃいいいいい!!」
「そこは女子更衣室だぁああああああ!?」
「うぎゃあああああああああああああ!? た、退避だ! おのれセレニィ、ここか!?」
「おい待てぇ! そっちは女子トイレですが!? わざとやってんのか、テメェ!?」
かくして、学院に幾つも穴を開けて学院長室の貴重品を数多破壊し尽くした二人は…
ヴェストリ広場の観客が「そろそろ帰ろっか」「うん」と話し合っている頃に戻ってきた。
なお、学院長室にいた学院長オスマン氏とコルベール教諭はストレスで髪の毛が抜けた。
「あ、帰ってきたぞ! ギーシュが死にかけてるぞ! ボロボロだ!」
「ぜはー、ぜはー… こひゅー、こひゅー… ま、待て… せ、セレニィ…」
「あっははははー! ほらほら、ギーシュさん。こっちですよ、こっちこっちー♪」
セレニィは多少息は上がっているものの、足回りも軽やかでまだまだ余裕の表情。
一方のギーシュはボロボロの姿で青色吐息のまさに満身創痍。
それでも未だ1体もワルキューレを損ねていないのは流石の一言と言えるであろう。
しかし、それでもギーシュの心身の限界はすぐそこにまで迫っていた。
8体のワルキューレの同時展開からの同時使役。
その上で学院中を走り回されたのだ。立体的に、あらゆる思考・手段を駆使しながら。
そしてついには限界が訪れて足がもつれそうになる。
「あっ…!?」
その隙をセレニィは見逃さなかった。キュピーン! と彼女の瞳が輝く。
そのまま突如として振り返り、拳を振り上げギーシュに襲いかかった。
「チーグル神拳奥義! 必殺のぉ! ミュウなっこぉおおおおおおおおッ!」
「ぐぇっ」
ぺしっ、と軽い音を立ててギーシュの頬に拳がめり込み…
そのまま押し込まれるようにギーシュはヴェストリ広場の中央に大の字で倒れるのであった。
もはや一歩も動けない。
そんな彼の状態を代弁するかのようにワルキューレたちが残らず活動を停止する。
「よいしょ、よいしょ… っし!」
そしてセレニィは動けなくなったギーシュの手から薔薇の造花を奪い取り、高々と掲げた。
「獲ったどー!」
長く続いた、苦しい戦いがついに終わりを迎えたのだ。
「やったわ、セレニィ! 大勝利ね! えらいわ! 流石は私の使い魔ね!」
「いやぁ… あっはっは! それほどでもー!」
「………」
律儀に待っていたルイズは喜んでいる。輝く笑顔でめちゃくちゃに喜んでいる。
しかし、周囲にはなんとなくモヤモヤした空気が漂い始める。
ルイズを除く観客は皆一様に渋い顔をしている。
そんな空気を感じ取ったのか、怪訝な表情を浮かべながらセレニィが口を開いた。
「なんですか、みなさん。その顔は? 私、ちゃんと勝ったんですけど?」
ちゃんと、ではないものの勝ったのは事実かもしれない。
しかし、なんと答えたものだろうか。
使い魔の後ろではその主人であるルイズがガルガル期真っ只中で睨み付けてきている。
慎重に回答せねばなるまい。
観客は互いに顔を見合わせると、代表して一人の男が声を上げた。
先ほどセレニィに降伏勧告をしてくれた心優しい(?)学生であった。
「いや、あの… 卑怯すぎない?」
ド直球であった。
しかし、ド直球であるが故に貴族らしい迂遠な言い回しや凝り固まった虚飾などもなく。
ただただ、このモヤモヤした問題の解決に向けての真摯な姿勢のみが強調された。
周囲の観客たちも「うんうん」と頷いている。
ド直球に加えてド正論であったのだが。
対するセレニィは、そんな彼の言葉に心底から失望したとばかりにと大きなため息を吐く。
「……いいでしょう、語りましょうとも。耳かっぽじってよく聞いて下さいね?」
世に何一つ恥じることなどないと、堂々とした態度で。
……『計画の締め括り』はすぐ其処まで来ている。気を緩めるわけにはいかない。
──まずは、我が好敵手ギーシュさんに限りない敬意を。
「………」
──彼はワルキューレなるゴーレムを縦横無尽に操る素晴らしい技巧を披露されました。
──かくも非力である私にとっては恐るべき使い手と言えるでしょう。
──しかし私も偉大な御主人様を持つ身の上。
──そう簡単に諦めて膝を屈するわけにはいきません。
「そうよね! よく分かってるじゃない、セレニィ!」
──ルイズさんカワイイヤッター!
──コホン…
「命懸け、だったか…?」
「いや。冷静になって今考えると、最初からかなりマリコルヌを盾にしてたような…」
──まぁ見ていただけの方々には分からないでしょうね。……この
(イラッ…)
舐め腐った台詞に観客一同のこめかみに青筋が浮かび上がる。
即座に杖を抜かなかっただけ学院生諸氏の自制心の強さがうかがえるというものである。
なおも、セレニィは語り続ける。
──私は事態を打開するため、彼の前で自慢の脚力を披露しました。
──私にはデッドリーな世界で鍛え抜かれたこの足があります。
──言うまでもなく、これは一種の賭けでした。
──彼が誇りなき男であったならば冷笑ぶってこれに応じず、ただ『見』に回れば良かった。
──しかしそうはならなかった。ならなかったのです。
──
──私のような小物を敢えて見逃さず同じ分野においても雌雄を決せんとするその胆力。
──まさに貴族の中の貴族たる心意気をお持ちの方と言えるでしょう。
(そうかな… そうかも…)
観客とギーシュは騙されつつあった。
──……私は駆け、彼は追いました。
──どちらも決して譲ることはありません。果てしない一進一退の攻防。
──道なき道に
「道なき道を… だから学院中、穴だらけにしてたのか…」
「ギーシュのヤツも妙にボロボロだし、一体何があったんだ…」
「引っ掻き傷が妙に多いような…」
──時に不幸な事故もありました。
──男と男の真剣勝負。些細な事故は常に起こり得るものです。
「……そっちは女では?」
──シャラップ! ……私もギーシュさんも全身全霊でこの勝負に挑みました。
──手加減や
──結果、ギーシュさんは最後の最後ほんの
──その敗北は彼が弱かった故なのか? ……私は決してそうは思いません。
──此度はほんの少し、僅かばかり運の天秤が私に傾いただけのこと。
──そしてその要因については今更語るまでもありません。
──我が主ルイズ様と、そのご学友たちの紡いだ絆の力が勝利へと導いてくれたのです。
「セレニィ…ッ!」
ルイズは感動の涙を
──何かを背負えばこそ、人は、使い魔は強くなれる。限界を超えられる。
──それは…
ここでセレニィは深呼吸を一つ。
そして、少し困ったような… それでいて飾り気のない笑顔を浮かべながらこう続けた。
「……それは、お貴族様であっても同じことなのではないでしょうか?」
………。
その場の誰もが声を発することが出来ないでいた。
セレニィの言葉に呑まれていたのだ。
しかし程無くして、そんな中から嗚咽が響いてくる。
……ギーシュであった。
「うっ、うぅ… そんなこと言われたら… 認めないわけには、いかないじゃないか…!」
「ギーシュさん…」
「……認めるよ、セレニィ。……君の、勝ちだ」
パチ、パチ… 控え目な拍手の音が鳴り響く。
それは徐々に数を増していく。1つ、2つ、3つ… そして、ついには数え切れないほどに。
やがて万雷となったそれらはヴェストリの広場を揺らすに至る。
「それでは皆様、ごきげんよう。私はこれで失礼致します… 後のことはお願いしますね」
セレニィは万雷の喝采を背に受け、悠然と広場を歩き去った。
その姿は誰が見ても勝者と呼ぶに相応しいものであったという。
そんな中で…──
(あぁ、無様だ… 全てを失い、だからこそ、孤高の独りたらんと戦ったというのに…)
無様な涙を自らの腕で覆い隠しながらギーシュは動けないままでいた。
(いや。『だから』負けたんだな、僕は… ハハッ、なんとも情けない末路じゃないか…)
涙が枯れると自嘲の笑みが浮かんでくる。
そこに声が掛けられる。
「いつまで寝てるの、ギーシュ。さっさとお立ちなさいな。みっともないったらないわよ?」
少し、声が違う気もするが恐らくはルイズだろう。
大方自分の自慢の使い魔の勝利に水を差してくれるな、といったところだろうか?
捨て鉢な感情のままギーシュは言葉を返す。
「……悪いが放っておいてくれないか、ヴァリエール。敗者にはこの姿がお似合いだ」
拗ねたように言葉を返すギーシュに、声の主が笑みを零す気配が伝わる。
「誰がヴァリエールですって? もう私の声を聞き忘れてしまったのかしら」
ドクン、と心臓が跳ね上がる。
(まさか…──)
僅かな期待と、そして恐怖。
それでもギーシュに、声の主の姿を確認するという誘惑に抗う術はなかった。
恐る恐る顔を隠していた腕を下ろして、上半身を起こす。
すると其処には…
「早くお立ちなさいな。あなたったら何度言わせる気かしら?」
「フフッ… 手酷くやられちゃいましたね。ギーシュ様」
そっぽを向きながら、それでも手を差し伸べてくれているモンモランシーの姿と。
半腰になりながらこちらを笑顔で覗き込んでいるケティの姿があったのだ。
あれだけ望んでいた、しかし、全く現実味のないこの光景にギーシュは思わず
「き、君たちは… 一体どうして、ここに…? 僕は、あんなに酷い真似をしたのに…」
「へぇ… ようやくちょっとは自覚したのかしら?」
「フフッ… どうでしょうね? ミス・モンモランシ」
「すまない… すまなかった、二人とも! 僕が… 僕が、誰よりも愚かだった!」
「………」
「………」
「……謝りたかった。でも、謝れなかった。……ちっぽけな見栄とプライドが邪魔をして」
徹底的に敗北して、何もかもを失った今だからこそこんなにも素直に謝れる。
その事実を噛み締めて、ギーシュは再び涙が浮かんでくる。
自分はなんと愚かだったのだろう、と。
そんな彼の様子を見てモンモランシーはため息を吐き、ケティは浮かべた笑みを深める。
「本当は『あの子』の義理立てのためだけにここに足を運んだつもりだったのだけど…」
「良かったじゃないですか、ミス・モンモランシ。私は良かったですよ?」
「……一体何が良かったというのかしら? ミス・ラッタ」
「ギーシュ様のこと、ギリギリで嫌わずに済んで。人を嫌うのってしんどいですから」
「ハァ… あなたのそういう素直な性分、女として羨ましいし正直憧れちゃうわ」
「そうなんですか? 嬉しい! 私、ミス・モンモランシの素敵なとこ100個は言えますよ!」
「君たち、一体何の話を? 『あの子』とは一体… それに、『嫌わずに済んだ』って…」
目を白黒させながらギーシュが尋ねると、二人は会話を止めて意味深に笑みを交わす。
「『あの子』は『あの子』よ。……あなたの決闘相手の使い魔さん」
「……セレニィのことかい?」
「いや、ホントにすごかったんですから。私たちに付き纏ってしつこくお願いしてきて…」
「無関係のあの子に結構ひどいこと言っちゃったりもしたのに、それでも… って」
「ミス・モンモランシなんて水ぶっかけてましたものね。私も似たようなもんですけど」
「……セレニィは、君たちに何をお願いしてきたんだい?」
「……別に。ただ『見にきて欲しい』って」
「それだけ、だったのかい? あ、いや、その…」
「もっと他に何か無かったのかって? ……はい、それだけでした。あとは、なーんにも」
肩をすくめて苦笑いを浮かべるケティ。「困りますよね?」とその目が語っている。
ギーシュはなんとも言えず、頬をポリポリと掻くにとどめた。
「『ドゥゲーザ』なる珍妙なポーズまでして這いつくばられたら、流石の私も… ね」
「ミス・モンモランシもご覧になりました? 可愛かったですよねぇ、使い魔さん」
「フフッ… 否定はしないわ。……ミス・ラッタって面白いわね」
「あ、是非ケティって呼んで下さい! ミス・モンモランシなら私、大歓迎ですから!」
「……そんなこんなで、私とケティは『ただ見に来た』のよ。今日、ここにね」
「あの子が何を狙っていたのかは正直なんとも。でも何か言い含められていたら、きっと…」
「……えぇ、私たちは素直な気持ちでこの茶番を見守ることなんて出来なかったでしょう」
ギーシュは二人の言葉に思わず苦笑する。
(茶番… 茶番かぁ。……いや、まいったな。全く以って否定できないぞ、これは)
「いざ蓋を開けてみれば傑作でしたよねぇ… 散々っぱら遊ばれてぇ、翻弄されてぇ…」
「うぐっ… ぐぬぬ…」
「それらを乗り越え意気揚々と挑んだと思ったら無様に敗北して、ね」
「ぐはぁッ! ふ、二人とも… どうか惨めで哀れな僕に僅かばかりの手心を…」
「あれあれぇ? 今更、格好つけるようなプライドなんてあるんですかぁ? ギーシュ様」
「……いえ、ありません。……僕はゴミです」
「ぷっ、フフフ… あはははははは!」
「……くすくすくす、ちょっと笑い過ぎては可哀想よ? ケティったら」
「ミス・モンモランシこそ! あはははは… あー、おかしい!」
キョトンとした顔で少女たちの笑顔を見上げるギーシュ。
そんな彼の視線に気付いて、ケティが優しく微笑む。
「『そんなあなただったから』、なんかもう怒りが何処かに吹き飛んでいっちゃって…」
「ケティ…」
「あ! 怒りは無くなりましたけど許したわけじゃないですからね? 多分一生無理です!」
「……あ、うん。それは、本当に申し訳ない」
「ねぇ、あなたたち。いつまでこんなところで会話を続ける気? 貴族に相応しくないわ」
素直じゃない物言いで、再度、モンモランシーがギーシュに手を差し出す。
今度は素直にそれに甘えて、立たせて貰った。
ふらつきそうになる背を、後ろからケティがそっと支えてくれる。
(何処までセレニィが読んでいたかは分からない。でも… あぁ、でも、僕の完敗だ…!)
最後の一欠片に至るまで“しこり”を溶かし尽くされ、心の底から敗北を受け入れられた。
ギーシュの
人は愚かで弱い生き物だ。
大切なものに気付かぬまま、ふとした誘惑やちょっとした過ちで容易に全てを失ってしまう。
しかし…
しかし、だからこそ、『一度全てを失った者』だけが得られる何かがあるのかも知れない。
「さっ! それじゃあ場所を移してお話の続きといきましょうかっ!」
「あ、あぁ… その、僕なんかで良ければ…」
「遠慮しないで下さいよ! 私、聞きたいなぁ… 『女子更衣室乱入事件』の武勇伝とかぁ…」
「そうねぇ… 勇敢にも『女子トイレにも突撃した』らしいわね? ……穢らわしい」
「あの子も『後のことは頼みます』って言ってましたから! キッチリ詰めましょうね!」
「フフッ… 長い夜、にならないといいわね? ……ギーシュ」
「………」
二人とも目が笑っていなかった。
ギーシュは刑場に引っ立てられる死刑囚のような面持ちで連行されていったという。
人は愚かで弱い生き物だった(確信)。
全てを失ってもまた何かを手に入れられると良いね?
それから少しばかりの時が流れて…──
「待てぇええええええ、平民ッ! このロレーヌの決闘を受けろぉおおおおおおッ!!」
「ひぃいいいいいいいい! 勘弁して下さいよぉおおおおおおおおおおお!?」
「おっ、『我らのペテン師』! 今日も走り込みか?
「誰がペテン師じゃい! あと今チビって言いやがりましたか!? 受けて立ちますよ!?」
「その心意気や良し! ヴィリエ・ド・ロレーヌ、己の名誉を賭けて決闘を申し込むッ!」
「いや、ロレーヌさんじゃなくてですね!?」
そんな彼女らの様子を少し遠くから見守る複数人の影。
「あらあら、あの子ってば今度はロレーヌに絡まれちゃってるわね」
「まったく… 馬の準備を命じたのに、何やってんだか」
「ユニーク」
「なんか大変そうだけど… ルイズとタバサは助けてあげないでもいいの?」
「そんな柔な鍛え方はしてない。時には心を鬼にして見守るべき」
「いや、何目線よアンタは。……はぁ、仕方ないわね。ちょっと行ってくるわ」
「うふふ、いってらっしゃい。私たちは待ってましょうか、フレイム」
ルイズの爆発魔法で吹っ飛ばされるロレーヌ。
トリステイン魔法学院の時間は今日もゆっくり流れている。
「こらー! セレニィ! アンタ、私と王都行く約束はどうなってんのよ!」
「ごめんなさい、ルイズさん! ただいま準備に取り掛かりますぅ!」
「……まったく。仕方ないから私も手伝うわ。アンタの手際の悪さ、見てられないし」
「! えへへー… ですよね。二人でやった方が早いですもんね! ルイズさん!」
「まぁ、そうとも言うかもね。……や、優しい御主人様に感謝することねッ!」
「はい! ありがとうございます、ルイズさん! 王都の市場とか、楽しみですッ!」
──『ゼロ』と『ペテン師』、二人の物語はまだ始まったばかりだ。
【続かない】
セレニィはヒゲの裏切り野郎特攻なのでワルド様が悲しいことになるかも…
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