TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー 作:(╹◡╹)
「なるほどねぇ… まさか、北の森でそんなことになってたとはねぇ」
ここはエンゲーブはローズ夫人宅。
セレニィの説明を一通り聞いたローズ夫人は、ティーカップを置いて大きく溜息を吐いた。
立ち会っているのはセレニィ、ルーク、ティア、ミュウにイオンとアニスを加えた6名。
「導師イオンにもご迷惑をおかけしました。おかげで村の連中も安心することでしょう」
「いえ… 元はといえば今回の件、教団の聖獣に端を発しました。謝るべきはこちらでしょう」
「みゅうう… ごめんなさいですの…」
小さくなって謝る仔チーグルを見れば、ローズ夫人の方とて苦笑いをするしかない。
そも今回の件での損害の補償も、まとまった食糧の買い取りも、全て教団が行うこととなった。
信用できる相手との大きな取り引きを運んできてくれたのは、幸運であると言えなくもない。
「セレニィちゃんたちのおかげで事件は解決さ。すんだことをアレコレ言うつもりはないよ」
「ですって。良かったわね、ミュウ」
「はいですの! ありがとうですの、ローズさん!」
ティアの言葉に笑顔で応じて、元気よく頭を下げるミュウにローズ夫人も頬を緩める。
そして、テーブルの上に依頼の報酬が詰められた革袋を取り出した。
導師まで引き連れて、失った分の食糧の補償まで約束してくれたのだ。充分以上に過ぎる。
「それじゃこれが報酬だよ。確認しておくれ」
「はい、ありがとうございます!(わぁい、待ってましたー! 3,000ガルドGETだぜ!)」
「金かー… こうしてみると、結構稼ぐのって大変なんだなー」
「そうね。これを機会に、もう少しお金のありがたみについて考えてみたらどうかしら?」
「けっ! 相変わらず、うっせーヤツだな…」
セレニィが満面の笑みで報酬を受け取り金額を確認する傍ら、いつものじゃれ合いが始まる。
常ならばそれを止めるセレニィだが、現在ヘヴン状態のためにイオンが宥めることになる。
しかしセレニィの笑みが消えて怪訝な表情になり、「あれ…?」というつぶやきが漏れ始めた。
無論、それを見逃すローズ夫人ではない。すわ何かあったかと、すかさず彼女に確認を取る。
「どうかしたかい? 報酬、足りなかったかい?」
「あ、いえ、その逆で…」
「逆って多いってこと? なになに? 一体どれくらい入ってたのー?」
「4,500ガルドです。約束では3,000ガルドのはずだったのですが…」
「……あ、うん。その、謙虚なんだね」
日本円に換算すると4万5千円である。
果たして、あれだけの死線を乗り越えた報酬として妥当か否かは意見が別れるところであろう。
拍子抜けしたアニスの表情の意味を察したローズ夫人は、苦笑いを浮かべて説明する。
「なんだい? 調査で1,500ガルド、解決で更に3,000ガルド… そういう約束だったろうに」
「え? いや、解決で3,000ガルドって… あれ?」
「そういうつもりで村から集めたんだ。そもそも元が少な過ぎるんだしどうか貰っておくれよ」
なるほど、セレニィとしては調査のプランでそれぞれ別に料金を提示したつもりであった。
しかし、ローズ夫人は「調査成功料金1,500ガルドを基本料金とする」と捉えていたわけだ。
「(なるほどなるほど、まるっと理解… ってコレ、酷い銭ゲバだと思われてるんじゃ…?)」
屑は安定した生活のためのお金が大好きだ。しかし、貰い過ぎても逆に落ち着かなくなる。
所詮は小市民。少し稼ぐつもりでいたのに降って湧いた大金に覚えるのは、喜びより不安だ。
何か裏があるんじゃないか、不当に搾取したと恨まれるんじゃないかと脳裏によぎるのだ。
冗談ではない。絶対保身するマンはどんなに些細な恨みも買わずにひっそり暮らしたいのだ。
ここはなんとしてもお断りせねば。NOと言える日本人になってみせるのだ。ファイトだ、屑。
「で、でもですねー…」
「もー、お人好しも程々にしなよー! 度が過ぎれば周りを困らせることにも繋がるんだよ?」
「……あ、はい(え? お人好し? 何故に? てか、なんでアニスさんが怒るんだろ…)」
セレニィは自己保身しか考えていない。「お人好し」なる存在とは対極に位置する屑なのだ。
結局割り込んできたアニスに、押し切られる形でセレニィは報酬を受け取ることとなった。
こっちのことを考えてくれたのかな… と思って頭を下げればプイッと顔を逸らされる。
屑は地味に傷付いた。美少女のアニスに嫌われるのは、想像以上にくるものがあったようだ。
「大丈夫よ、セレニィ… 私たちがついてるわ」
「ですのー!」
「あ、すみません。ちょっとキラキラと眩し過ぎるんで、あんまり近付かないでくれません?」
……そして一同はローズ夫人に丁重にお礼を言いつつ、彼女の自宅を後にすることにした。
エンゲーブの村を歩きつつルークが口を開く。
「けっこー半端な時間だよなぁ。野宿ってのもゾッとしねーし… もう一泊してくか?」
「ですねぇ。流石に今晩も無料とはいかないでしょうけど、臨時収入もありますし…」
「……よろしければみなさんの今晩の宿、我々に手配を任せていただけないでしょうか?」
そこに声が掛かる。声の方を見れば、ジェイドが数名の兵士を引き連れてそこに立っていた。
アニスとイオンはそれに近付き、声をかける。
「大佐ぁ! 迎えに来てくれたんですかぁ?」
「ジェイド… タルタロスの準備が整ったのですね」
「あ、そーいやイオンはコイツらと一緒だったっけか… なんだかすっかり仲間と思ってたぜ」
「ルーク… そう思っていてくれたのですか? 凄く嬉しいです!」
「か、勘違いすんじゃねーよ! チーグルの件でついてきやがったから仕方なくだっての!」
素直に感激するイオンと照れながら心と真逆のことを口にするルーク。それを窘めるティア。
そんな微笑ましい光景を眺めながら嫉妬を滾らせる人物がいた。
「(くっ… おのれぇ。イオン様はルークさんの方が好きなのか…!)」
言わずと知れた屑… いや、もはや屑ではない。嫉妬ウーマン2号である。
「(やっぱり顔か? 顔なのか? イケメンでツンデレっていうルークさん一択なのか?)」
それ以前に、普通の少女は少女に恋愛感情を抱かないことを学習すべきではなかろうか?
一方、
「カーティス大佐、今晩の宿とは一体どういう意味ですか?」
「どうぞ、私のことはジェイドとお呼びください。……姓にはあまり馴染みがないもので」
「けっ! スカしたヤローだぜ」
「(ルークさんに全力で同意ですよ! あの人からはドSかつリア充のオーラがします!)」
「実はみなさんに聞いていただきたい話があるのです。そのために、我が艦に招待したい」
その言葉にイオンとアニスの二人は得心のいった表情を浮かべて、4人を見詰める。
「それはジェイド、つまり『例の件』に…?」
「えぇ… いかがでしょうか、イオン様」
「僕としても異論はありません。ですが、彼らは恩人です。くれぐれも丁重な扱いを…」
「無論、承知しています。……いかがでしょうか? みなさん」
「はぁ、『いかがでしょうか?』と言われましても…」
4人は揃って顔を見合わせる。もっとも、ミュウは雰囲気でやってるだけのようだが。
その間にジェイドは自分の兵たちに命令し、イオンとアニスを一足先にタルタロスに送らせる。
その後、申し出に困惑している4人の様子を見て取ってすかさず勧誘の文句を口にする。
「もし受けていただける場合、みなさんが望むならある程度までは我が艦でお送りしましょう」
「へー… ってことは、早く帰れるかもしれねーなぁ」
「場合によっては最後まで… ね。それに加えて」
「太っ腹ですのー! ……まだ加わるですの?」
「話の結果如何にかかわらず一晩の宿は提供しましょう。生憎と軍用艦ゆえ無骨ではありますが」
「それでも、野宿なんかよりはずっとマシね… お金の節約にもなるし」
「ふーむ…」
セレニィはジェイドの言葉を吟味して考える。
額面通りの甘言と受け取れるほどに平和な頭はしてない。屑は他者を信じる心を捨てている。
ひとまず「話の結果如何」と言っていることから、内容はなんらかの依頼の可能性が高い。
ふむ… ローズ夫人の依頼を解決して見せたことで、便利屋として目を付けられたのだろうか?
……いや、持っている情報量が違うのだ。目に映るものだけを判断材料とするのは危険か。
ティアの言うとおり、メリットは大きい。それに断ったとしても無体な扱いはしないようだ。
ならば、あとは我が身の安全に関する言質だけか… そう判断して口を開く。
「……私たちに危害を加えることはありませんか?」
「おや、先ほどの私とイオン様のやり取りを聞いていらっしゃらなかったので?」
「勿論、聞いていました。その上で確認しています」
だって、コイツ「承知しています」しか言ってないよね。イオン様を先に帰らせたしさ。
ストッパーがいない状況ですよね。殴られたら詰みますよね。セレニィはそう考える。
ルークと違い、ドSに対して仲間意識を持つほど平和な思考はしていないのだ。屑だけに。
「……やれやれ、悲しいですねぇ。もう少し私のことを信用して欲しいものですが」
「えぇ、ジェイドさんのことは信用してます。その
「………」
無言になったジェイドをまっすぐ見詰める。
そして確信した… 「コイツ、万が一の場合は実力で言うこと聞かせるつもりだったな」と。
セレニィの顔色の変化を見て取ったのか、ジェイドが諦めたように肩を竦める。
そういう仕草までなんだかサマになっていて、ほんのり小憎たらしい。
「……無論、貴女がたに危害を加えるつもりはありませんよ。始祖に誓ってね」
「そうですか、それは良かった。始祖のお導きに感謝しましょう」
「(中々どうして、抜け目の無い。さて、幾らでも穴の突きようはありますが…)」
敢えて鍔迫り合いを収め、ここはがんばりを見せたセレニィに花を持たせることにしよう。
ジェイドは、内心でセレニィの評価を上方修正した。全ては勘違いの産物であるのだが。
絶対保身するマンとしては、自らの生存が明文化されない話は無条件で破り捨てるだけなのだ。
屑は自分が雑魚であることを自覚しているので、生き残りに必死なだけなのだ。
ジェイドの条件を確認した一行は、この話を受けるかどうか相談することになった。
セレニィとしてはなんとなく嫌な予感がするから受けたくはなかったが…
「もう、歩くのだりーし乗ってこーぜ! 俺はササーッと帰りてーんだよ!」
「ルークったら。……でも、確かに悪い話じゃないとは思うわ」
「ミュウ、『ふね』ってモノに乗ってみたいですのー! すっごい楽しみですのー!」
圧倒的賛成多数により、根拠の無い不安を口に出来る空気ではなくなってしまった。
屑といえど所詮は小市民。空気を読み、空気に従って生きている脆弱な生き物である。
かくしてジェイドの招待を受けて、一行はタルタロスへと乗り込むことと相成った。
「(あれ… そういえばイオン様は、なんでこの村に来てたんだっけ…?)」
ふと頭に浮かんだイオンのことが気に掛かり、思い出そうとする。
だが浮かんだと思うと、まるで霞の如く消え去ってしまう。
しまいには、頭痛と胃痛がしてきたためにヘタレは思い出すことを諦めることにした。
「おーい、セレニィ! 早くいこーぜー! 夕飯も用意してくれるってよ!」
「あ… はーい!」
「フフッ、転ばないようにね? セレニィ」
うん、思い出せないということはきっと大したことがない内容なのだろう。
きっとそうに違いない。だから脳に鳴り響くこの警鐘は気のせいなのだろう。
セレニィはそう自分に言い聞かせながら、仲間たちの後を追って歩み出す。
「わーい、うれしーなー… イオン様やアニスさんと同じ屋根の下でうれしーなー…」
……その足取りはまるで鉛のように重かったという。
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