TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー   作:(╹◡╹)

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29.説得

 見覚えのない部屋で目が覚める。……まだ少し、頭が重い気もするが気分は概ね快調だ。

 特に、ここ数日自身を悩ませていた激しい胃の痛みが嘘のように引いているのがとても良い。

 

 セレニィがベッドに膝立ちになった姿勢のまま暫しボーッとしていると、声がかけられた。

 

「おや、目が覚めたようだね。セレニィ君と言ったかな… 調子はどうだい?」

「……中々に良好です。……あなたは?」

 

「それは良かった… 処置が効いたようだね。私はこのタルタロスで軍医をしている者だよ」

 

 口髭を生やした壮年男性が穏やかな微笑を浮かべる。人を安心させるような優しい笑顔だ。

 投薬と回復譜術で、応急措置だが胃の穴を塞いでくれたらしい。……穴、あいてたのか。

 緊張が解れたセレニィが頭を下げて治療の礼を述べると、(にわか)に彼の背後が騒がしくなった。

 

「セレニィ、目を覚ましたのか!」

「大丈夫なの、セレニィ!」

 

「君たち… ここは医務室で相手は病人だ。心配なのは分かるが静かにしてくれないかね?」

 

 軍医が後ろを振り返り注意をしている。恐らくルークとティアが室内にいたのだろう。

 どうやら吐血し、倒れてしまったことで足を引っ張ってしまったようだ。

 捨てられないといいが… と考えてるセレニィのもとへ、ミュウがひょっこりと顔を覗かせる。

 

 小ささを活かして軍医のガードを擦り抜け、セレニィの腰掛けるベッド脇へ飛び乗ったのだ。

 

「みゅうぅ… セレニィさん、目が覚めて良かったですのー。もう大丈夫ですの?」

「えぇ、おかげさまで。……ルーク様とティアさんのお二人にも、ご迷惑をおかけしました」

 

 にっこり微笑んで腕の中にミュウを招き入れる。やはり咄嗟のシールドがあると安心する。

 そこはやはり安定の屑である。一度、血を吐き倒れたからといってもブレることはない。

 

 軍医に今お叱りを受けている2人に対しても、目に届くかどうかは別として頭を下げてみる。

 

「先生に聞いたわ、セレニィ。記憶喪失で辛いことを私たちに隠して無理していたなんて…」

「……はい? 記憶喪失? いや、あの、私は」

 

「もういいの… もういいのよ。私たちは仲間でしょう? ……だから頼りにしてちょうだい」

 

 ティアは涙を堪えるような表情で、ミュウとセレニィとを包み込むように優しく抱き締めた。

 

 突然の挙動に驚いたものの、なんとか誤解を解こうと会話を試みるセレニィであったが…

 駄目だ、この巨乳まるで話を聞いてない。初対面の時からその気質はあったが悪化してないか?

 

 いや、聞けよ人の話。聞いて下さいマジで。脱出しようと藻掻くも抜け出られない。そして…

 

「(あ、包み込むような柔らかさ… なんて極上の… えへへ、これならもう流されても…)」

 

 ……いやいやいや、待て待て待て。

 こんな感じに流され続けてきたツケがさっきの吐血だろう。セレニィは学習する屑なのだ。

 

 ここは心を鬼にしてキッパリ言わなければ。

 

「ティアさん、あのですね」

「大丈夫よ、セレニィ。あなたが記憶喪失でも私たちは支えていくから」

 

「あ、はい。……じゃあ、もうそれでいいです」

 

 屑は諦めた。

 こうなったティアさんはもはや止められないと経験則で学んでしまっているのだ。

 早くも学習が活きたな、屑。

 

 だが、ナチュラルにルーク様を巻き込んでる気がするのだがいいのだろうか?

 …って、そうだった! セレニィはもう一つの重大事に気付く。対処をせねば。

 

 そしてベッドの上で正座するとティアに対して精一杯難しい顔をして向き直り、口を開いた。

 

「ティアさん、大事な話があります」

「? なにかしら」

 

「あなたはルーク様が貴族様だということに気付いていましたか?」

「えぇ、勿論。出会ったばかりの頃からね… あ、セレニィは知らなくても仕方ないのよ?」

 

「……フォローどうもです。ちなみにティアさんも貴族様だったりするので?」

「私? 私は… そうね、平民よ。ただの。フフッ、だからセレニィは気にしないで」

 

「……あ、はい」

 

 セレニィは笑顔のまま絶望に硬直する。

 

 うん、そっか… そっか… 知っててその態度だったのか、ティアさん。

 

「(アカン… このままじゃティアさん、死んでまうやん。……死刑一直線やん)」

 

 知り合ったばかりの頃なら迷いなく見捨てていたというのに、多少情が湧いたのが運の尽き。

 だがこれは何も彼女のためばかりではない。

 そうだ、自分の保身にも繋がるのだ。そう言い聞かせてセレニィは今後の方針を模索する。

 

 胃がキリキリと痛んでくる。だがこれが平常運転だ。それでこそセレニィだ。

 口元に浮かべるは諦めの色の混じった、だが不敵な微笑。

 

 そう、ついに屑は開き直ったのだ。

 ……ここまで追い詰められてなお「勇気」や「覚醒」などとは無縁なのが屑が屑たる所以(ゆえん)だが。

 

「ティアさん、ルーク様に謝りましょう? ……私も一緒に謝りますから」

「え? え? ちょっと、急にどうかしたの? セレニィ、何かしちゃったの?」

 

「はい、そしてあなたも。度重なる不敬と無礼… 謝るべき事柄ですよね?」

 

 うん、自分が間違ったことをするわけないって信じ込めるのは凄いと思う。

 だがそれで全て解決してたら司法は存在しないのだ。

 

 優しい笑顔を浮かべながらティアに言って聞かせようとするセレニィ。

 空気を読んでいるのかルークとミュウは口を挟む気配がない。ありがたいことである。

 

 ティアもセレニィの言わんとすることを理解したのか、その顔を俯かせている。

 

「ね? ティアさん…」

「……イヤ」

 

「はい?」

「どうして私が謝らないといけないの。……私は何も間違ったことはしてないわ!」

 

「………」

 

 ティアさんが拗ねてしまったでござる。

 

 いや、身分制度的に大間違いなんだけど… この調子じゃ理屈を聞いてくれるかどうか。

 こんなつまらない拗ね方をしても可愛いのだから美少女というものは得である。

 

 しかし、どうしたものか。ルーク様も呆れた… いや、諦めた視線で見ているな。

 仕方ない。……懇々(こんこん)と言って聞かせるしかないか。それがお互いのためにもなる。

 

「ティアさん」

「イヤ!」

 

「ティアさ」

「イヤ!」

 

「ティ」

「やっ!」

 

「………」

 

 ……イラッ。

 好意を散々袖にされたセレニィの笑顔が黒くなる。こめかみに青筋が浮かんでいる。

 

 大きく溜息を吐く。……笑顔を崩して、酷く冷めた表情でティアを見据える。

 そのただならぬ雰囲気に、セレニィに否定されて頭に血が昇っていたティアも思わずたじろぐ。

 

「ティアさん、いい加減にして下さい。あまり聞き分けが悪いようなら…」

「な、なによ! 私に罰でも与えるって言うの?」

 

「………」

「優しいセレニィに出来るかしら? それに、どんなことをされても私は自分を曲げ」

 

「嫌いになりますよ?」

「じゃあボクも嫌いになるですの!」

 

「ごめんなさい、ルーク様。これまでの無礼の数々、心よりお詫び申し上げます」

 

 ティアは流れるように美しい所作でルークの前に跪いた。

 

 ルークの生ゴミでも見るような温度を感じさせない視線が印象的だ。

 ややあってルークが口を開く。

 

「どうしよう、謝られているはずなのに心底殴りてぇ。……こんな気持ち初めてだ」

「ちょ… 落ち着いてルーク様! 私も謝りますから! ティアさんが残念でごめんなさい!」

 

「おかしいわね… セレニィとミュウに嫌われたくないから、誠心誠意謝ったはずなのに…」

 

 ティアは「解せぬ…」とばかりに小首を傾げている。

 その仕草はキュートだが今はその口を塞ぎたい。出来ればキスで。

 

 ていうか、だから怒らせるんですよ? ちゃんとルーク様に向かって謝りましょうね?

 青筋を浮かべながらセレニィは思った。屑は最近ちょっと沸点が低くなっている。

 

 小首を傾げるティアとオロオロしているセレニィを見て、ルークが思わず吹き出す。

 実感した。セレニィが帰ってきたんだと。

 

 セレニィが血を吐いて倒れてピクリとも動かなくなった。

 ……あの時の心まで凍るような感覚はもう沢山だ。ルークはそう思いつつ口を開いた。

 

「……いいよ」

「え? あ、はい?」

 

「『許す』って言ったんだよ。ティアが根は悪いやつじゃないってのは分かってるつもりだ」

「流石ね、ルーク。ほんの少し見直したわ」

 

「いや、だからなんでそんなに上から目線なんですかティアさん…」

 

 力なく肩を落とすセレニィを微笑ましく眺めながら、しかし、ルークは一つ咳払いをする。

 

「ただし、条件がある」

「あ、はい…(なんだろ? 『条件… それは貴様が死ぬことだ!』とか、ないよね?)」

 

「最低ね、ルーク。……私はともかくセレニィには指一本触れさせないわ」

「むしろその発想が出てくるティアさんにびっくりですよ…」

 

「ティア、うるさい。……俺を『様』付けで呼ばないこと。俺たち4人は『仲間』なんだろ?」

 

 ルークが笑いかければ、ミュウが「ですのー! 仲間ですのー!」と喜びはしゃぎだす。

 困ったような表情を浮かべるセレニィに、「強制はしたくないが… どうだ?」と再度問う。

 

 そして、セレニィは…

 

「(どうする? でも恐れ多いって辞退したら自動的にソロ前衛だよね? ルーク様貴族だし)」

 

 脳内で算盤を弾いていた。友情や仲間意識ですらもこの屑にとってはリソースに過ぎない。

 

 このタルタロスで最後まで送られることを知らないため、戦闘での立ち回りを計算する。

 雑魚にとって、戦闘での役割関連は最大の懸念事項なので仕方ないといえば仕方ないだろう。

 

「(ティアさんなんだかんだ言って意地でも前衛に立たないから… うん、ここは頷くべきか)」

 

 計算完了。

 

 もちろん感動したような表情を作るのは忘れない。

 

「そんな… よろしいのですか? 私は何処の者とも分からぬ得体の知れない存在で…」

「だー! もう、ゴチャゴチャうっせーな! 俺が良いって言ってんだ! 黙って頷けよ!」

 

「は、はい! ありがとうございます!(クックックッ… コイツら、チョロい!)」

 

 笑顔の裏に邪悪な思考が潜んでいる。屑にとっては殊更特筆には値しないただの日常である。

 

 そこに声がかけられる。

 

「ご歓談中失礼します。自分はトニー二等兵であります」

「あ、はい。……こちらこそ医務室でお騒がせして申し訳ありません」

 

「いえ、復調されたようで何よりであります」

 

 まだ新人なのだろう。

 かすかに緊張を滲ませた若い兵士が、敬礼の姿勢のまま直立不動でそこに立っていた。

 

 こちらに声をかけたということは何かの用なのだろうか?

 

「ありがとうございます。してトニーさん、何か御用でしょうか?」

「はっ! この度、ジェイド・カーティス師団長より皆様の護衛を仰せつかりました!」

 

「なるほどな。よろしくな、トニー」

「はっ! 部屋まで案内するよう命じられておりますが、お加減はいかがでしょうか?」

 

「私は大丈夫です。……みなさんが良ければ部屋に戻りましょうか?」

 

 ルークとティア、ミュウにも異論はない。セレニィはブーツを履くと、ベッドから離れた。

 少し離れて様子を見ていた軍医に改めて頭を下げる。

 

「どうもすみません。この度は大変お世話になりました」

「いやいや、あまりここに来ることがないようにね。……そうだ、ちょっと待ちなさい」

 

「……?」

 

 そう言って棚に向かって何かを取り出す軍医。

 そして戻ってくると、怪訝な表情で待っていたセレニィにそれを握らせた。

 

 なんだろ、これ… 錠剤の詰まった瓶?

 

「毎食後に水と一緒に飲みなさい。量は渡したくなかったが… 君は苦労性のようだからね」

「あ、胃薬… どうもありがとうございます」

 

「君が治すべき持病は『お人好し』と『お節介』だ。これで分からなければ付ける薬はないね」

 

 軽く肩を竦めると軍医は、書類仕事にとりかかった。

 勝手に帰れということだろう。

 

 はてさて… お人好し? お節介? どうもまた妙な誤解を受けている気がする。

 訂正するだけ無駄なのはティアの件で学習済みだが、居心地はよろしくない。

 

 ともあれセレニィは胃薬という心強い味方を手に入れた。

 ひょっとしたらティアの回復譜術より活躍の機会が多いかもしれない。

 

「(苦労性というか、厄ネタが大挙して襲いかかってくるというか… ハハッ、ワロス)」

 

 いかんいかん。深く考えないでおこう。早速使うことになってしまわないように。

 そう内心で呟きつつトニー二等兵の案内のもと、廊下を歩いていると…

 

 けたたましい警告音が艦内に響き渡った。

 

「この音は一体…」

「どうやら何らかの異常が発生したようです。……ひとまず部屋まで急ぎましょう」

 

「あ、はい!」

 

 ティアの疑問に答えると、トニー二等兵は小走りで廊下を先導する。それに続く一同。

 

 間も無く、戦闘が始まろうとしていた。

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