TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー   作:(╹◡╹)

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31.恐怖

 未だに幾つかの小競り合いに包まれる艦内を、一行は走る。真っ直ぐ艦橋(ブリッジ)へと向かって。

 

 ちなみに今度はセレニィは中衛に入り込んでいる。学習している。

 だが帰りたいと心から思っている。絶対保身するマン的にチキンな心は直せない。

 

 足取りはフワフワして、まるで泥の中を進んでいるかのように実感というものがない。

 ただ身体を縮こまらせて、機械的に足を前後して前に進んでいるだけだ。

 

 怯えてる? これまでこの世界で幾らでも命の危機に見舞われてきたはずだ。

 なのに何故今更怯える? 自問自答の世界では、答えてくれる者は誰もいない。

 

 彼女の懊悩(おうのう)を余所に事態は進む。

 遭遇したそれら全ての小競り合いを自慢の譜術で鎮圧しつつ、ジェイドは部下らに指示を出す。

 

「タルタロスは放棄します。貴方がたはエンゲーブかセントビナーに走りなさい」

「ハッ! しかし、師団長はいかがされるのですか!?」

 

「私は艦橋(ブリッジ)に。そこにいらっしゃるか分かりませんが、イオン様はお救いせねばなりません」

「そんな、危険です! ならば我々も…」

 

「いけません。……貴方がたの命は外交上、大きな手札となります」

「………」

 

「なんとしても生き延びて、鳩で帝都に事の次第を報告するのです。重要な任務ですよ?」

 

 そう言って部下の背を押して下がらせる。

 無論「同じ境遇の仲間を発見次第、委細伝え同様に行動させるように」と告げるのも忘れない。

 

 ジェイドは一連の教団の行動について分析する。

 

 奇襲により尽く命を奪い同時に口封じとする… 『死人に口無し』、その言葉は真理だろう。

 ならば生者の口の恐ろしさ、後々存分に味わうと良い。

 

「(警告もなく襲いかかり、大勢の部下の命を奪った罪業… たっぷり(あがな)わせてやりますよ)」

 

 静かに教団への怒りを募らせるジェイドに対して、セレニィが恐る恐る声をかける。

 

「あの、ジェイドさん… ちょっとよろしいですか」

「おやセレニィ、一体何でしょう?」

 

「ルークさ… んは貴人ですよね。部下の方たちと一緒に下がらせなくて良いんですか?」

「……あまり言いたくはありませんが、彼らの生存率は恐らく2割を下回るでしょう」

 

「にわ…っ」

「私が攻める側なら内外部の包囲封鎖をしない筈がない。それを突破せよということですから」

 

「………」

 

 セレニィは絶句する。

 普通に考えれば詰んでいる状況。ジェイドの傍にいたほうが余程安全ということになるのだ。

 泣きたくなった。……あわよくばルークと一緒に脱出しようとしていたのに。

 

 そんなセレニィの思考が手に取るように理解できたジェイドは、苦笑いを浮かべつつ口を開く。

 

艦橋(ブリッジ)にイオン様がいらっしゃならければ脱出を優先させましょう。それまでの辛抱ですよ」

 

「……は、はい」

「頑張りましょう、セレニィ。私たちがついているわ」

 

 セレニィとてイオン救出の重要性は理解できる。なので、それ以上は何も言えない。

 

 露骨に落ち込んだセレニィの頭を、ティアがそっと撫でる。

 エキセントリックな思考の持ち主だが、こういう状況では常人よりも肝が座っているようだ。

 

「(いつも残念なティアさんが今日は凄く頼もしく見える。……三日位の付き合いだけど)」

 

 優しい眼差しで頭を撫でてくるティアを見て、セレニィは思う。

 気のせいかも知れないが。

 

「(フフッ… セレニィ可愛い。今日は黙って撫でさせてくれるセレニィ可愛すぎるわ)」

 

 気のせいだった。

 

「と、とにかくさっさと行こーぜ。イオンとアニス助けて、こんなトコとっととオサラバだ」

 

「……『こんなトコ』とは言ってくれますねぇ。とはいえ、概ね同感です… 行きましょうか」

「ですの!」

 

 戦場となった艦内の空気に若干の恐怖を覚えつつ、手早く終わらせたいルークが口を開く。

 ジェイドとミュウがそれに追従する。

 

 ルークとジェイドをトニー二等兵が先導し、セレニィとティアがそれに続く。

 

「ちょ、ちょっと待って下さいー!」

「セレニィ、あまり急いで転ばないようにね? そうだ、私と手をつなぐのはどうかしら」

 

「ミュウさん、つなぎたいですか?」

「べつに、ですの」

 

「ですよねー…」

 

 ロン毛片目隠し変態さんの言葉を華麗にスルーしつつ、一行は急いで艦橋(ブリッジ)を目指すのであった。

 

 

 

 ――

 

 

 

 大きな抵抗もなく艦橋(ブリッジ)前に到着した一行。

 というより散発的な抵抗は全てジェイドが譜術で吹き飛ばしつつ、制圧前進しただけなのだが。

 

 譜術を受けて倒れた敵兵から発せられる、肉の焦げる匂いに青褪めるルークとセレニィ。

 その様子を横目で確認しながら、ジェイドは口を開いた。

 

艦橋(ブリッジ)では大きな抵抗が予想されます。トニー二等兵、ティア、付き合ってもらいますよ?」

 

「ハッ! 承知の上であります!」

「無論です、大佐。……教団員の乱暴狼藉、同じ教団員として私がしっかりと正します」

 

「ちょ、ちょっと待てよ… 俺たちは?」

「ルークとセレニィには外の見張りをお願いします。何かあれば大声で呼んで下さい」

 

「………」

 

 ジェイドなりの気遣いではあるのだが、彼らは言外に足手まといだと告げられたと感じた。

 しかしそれを撥ね退けるだけの気概が残っているわけでもなく、結局指示に従うこととなる。

 

 後に残ったの彼らへの不満と限りない無力感と、僅かばかりの自己嫌悪。

 ……驚くべきことに、ルークだけでなくセレニィすらそれを同様に感じていた。

 

「………」

「………」

 

 両者ともに浮かぬ顔で艦橋(ブリッジ)前の扉両脇を固めている。

 今にも溜息が漏れそうな陰鬱な表情だ。

 

「……ん?」

「セレニィさん、危ないですの!」

 

 やがてどちらともなく言葉を交わそうとした時、セレニィが自分に差す陰に気付く。

 

 ミュウの注意を受け弾けるように身体が動き、前に向かって転がり込む。

 直後に背中の方から聞こえてくる大きな風切り音。

 

「フーーー… フーーーー… せめて、せめて一人でも多く、道連れを…!」

 

「な、な… なっ!?」

「セ、セレニィ!」

 

 いつの間に近付いたのか、血塗れの教団兵が鬼気迫る表情で剣を握って立っていた。

 

 ジェイドの譜術を受け、即死は免れたものの彼はもう永くはないだろう。

 “なのに、何故?” いや、“だからこそ”なのかもしれない。

 もう目もロクに見えないのか、ルークの存在を無視してひたすらにセレニィを標的とする。

 

 二度、三度、剣を振るってくるソレを、走って、転んで、運も絡んでなんとかかわし続ける。

 中々に悪運が強い。

 ……髪には何度となく掠めているが。

 

「ひっ… はっ、はぁ…!」

 

「クソッ、なんで逃げやがる! 俺が死んでおまえが死なないなんて、不公平だろうがッ!」

「はぁ、はぁ…(そ、そんなこと言われても… そうだ! 大声! 助けを呼ぶんだ!)」

 

 だが、喉が張り付いたように声が出せない。それどころか足が震えてまともに動かない。

 

「セレニィさん、動かないと危ないですの!」

「わ、わかって…(なんで! なんでなんでなんでなんで…!?)」

 

「セレニィさん!?」

 

 セレニィ本人は気付いてないが、彼女が常ならぬ怯えを見せていた原因…

 それはこの世界に来てから初めて、同じ人間からの殺意を感じたことによるものであった。

 

 敵が… 瀕死の教団兵が足を引き摺りながら、ゆっくりと近付いてくる。

 声が出ないなら、動けないなら… 戦うしかないと苦し紛れに手にした棒を突き出す。

 

 しかし、それすらもあっさりと切り払われて棒は真っ二つにされてしまう。

 

 絶望の表情を浮かべ、尻餅をついた姿勢でジリジリと下がっていくセレニィ。

 そしてそれを一歩ずつ追い詰める教団兵。

 

「あわっ!? か、壁…」

「行き止まりだ… 覚悟しろ」

 

「あわわわわわわわわ…」

 

 ついには壁に追い詰められるセレニィ。

 震える身体でミュウを抱き締める。

 教団兵は動けなくなった彼女を前に、剣を両手に持って振りかぶる。

 

「……あばよ。俺もすぐに逝く」

 

「はぁ、はぁ…(死ぬ? 死ぬの? こんなところであっさり? 雑魚には似合いだけど…)」

「………」

 

 だが、その刃がセレニィに触れることはなかった。

 

「ゴ… グ、ガハッ!」

 

「セレニィに… 手を出すんじゃねぇ!」

「く、そ… こんな、ところで…」

 

 教団兵の胸から人の血を吸った刃が伸びていた。

 ルークが背後から彼を刺したのだ。

 剣を引き抜けば、力を失った教団兵は胸から鮮血を溢れさせながらセレニィへと倒れこんだ。

 

「あぎゃああああああああ!?」

「セレニィさん! しっかりするのですの… セレニィさん!?」

 

「お、俺が… 殺した? 俺の、せいで… ぐ、うっ!」

 

 血塗れの遺体にのしかかられ発狂せんばかりに絶叫するセレニィ。

 彼女と彼女に声をかけるミュウを余所に、頭痛とともに呆然と剣を取り落とすルーク。

 

 ……そんな隙だらけの彼らを、新たに忍び寄る影たちが見逃すはずもなかった。

 

 

 

 ――

 

 

 

 セレニィの絶叫を聞いて慌ててブリッジから戻ったジェイドらが見たものは…

 

「みゅう… セレニィさん、ルークさん… しっかりですの!」

 

「………」

「ふむ… 一手遅かったようだな、『死霊使い(ネクロマンサー)』。……チェックメイトとさせてもらおう」

 

 譜術の攻撃を受けたのか傷だらけになって気を失って囚われているルークとセレニィ。

 そして、気絶したセレニィに縋り付いて鳴いているミュウの姿であった。

 

 セレニィを囚えている女性の姿に、ティアは震えた声を絞り出す。

 

「き、教官… 何故ここに…?」

「ティア、『何故ここに』と聞きたいのは私の方よ。……まぁいいわ、大人しく降伏なさい」

 

「……ッ!」

「ティア、貴女の知り合いですか?」

 

「六神将が一人、“魔弾”のリグレット。ヴァンの、兄の副官にして私の教官… でした」

 

 ジェイドの問いかけに対して辛そうに絞りだすティア。

 かつての教官がセレニィを人質にしてこちらを脅している事実に思うところがあるのだろう。

 

 となれば、もう一人… ルークに刃を向けている男も恐らくは六神将。

 風貌から察するに特務師団長の“鮮血”のアッシュか。

 

「(しかしルークに似ている… いや、『似すぎている』。これは、まさか…)」

 

 あまりに似すぎた二人の容貌から、「ある技術」のことを頭に思い浮かべる。

 自身に関わり深い、禁忌とされた技術について考えるもそれは一瞬。

 

 すぐに頭から過去の記憶を追い出して、目の前の事態について思考を巡らせる。

 

 全く、タルタロスの攻略のためとはいえ六神将が3人も揃い踏みとは豪勢なことだ。

 あるいは、それ以上いるのかもしれないが… ジェイドは内心で溜息を吐く。

 

「さて、問答をするつもりはない。ただちに武器を捨てて降伏しろ、『死霊使い(ネクロマンサー)』」

「大人しく降伏したところでその末路は死あるのみでしょう。私が素直に従うとでも?」

 

「問答をするつもりはないと言った。人質は二人いる… 一人減らしてやろうか?」

 

 そう言ってセレニィに向けた譜銃… 譜術の力を撃ち出す兵器の安全装置を解除する。

 

 ルークもセレニィを気を失っている以上、ラルゴの時のような逆転をすることは出来ない。

 

 かといって譜術を使うわけにもいかない。

 六神将を相手に人質を避けて攻撃するなど、いかな天才・ジェイドといえども到底不可能だ。

 

「師団長… 自分は一体どうすれば…」

「大佐… どうか、お願いします。セレニィとルークを…」

 

 キムラスカとの和平のためには万が一にもルークを失うようなことはあってはならない。

 それに、散々こちらのむちゃ振りに応えてきたセレニィを見捨てるのも後味が悪い。

 

 これも已む無しか… トニー二等兵とティアの縋るような視線に頷くと、彼は降伏を決意した。

 

「……仕方ありませんね、武器を捨て降伏します。お手柔らかにお願いしますよ?」

 

「善処しよう。貴様が余計なことをしなければ、だがな。……捕らえよ!」

「ハッ!」

 

 リグレットが合図をすると彼女の部下がジェイドたちを捕らえ、牢へと連行するのであった。

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