TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー 作:(╹◡╹)
さて、いよいよ脱出することと相成った。とは言ってもセレニィは一行についていくだけだ。
脱出の肝は如何に速やかに敵からイオンを掻っ攫い、その体勢が整うまでに逃げ切れるか。
これに尽きる。尽きるがこれが中々に難しい。目立たぬことと急ぐことは、古来、両立し難い。
ならばどうするか? そこで重要になるのがジェイドやトニーが言っていた『アレ』である。
「『
牢の檻を隠し持っていた爆弾のような物で吹き飛ばし、ジェイドは伝声管にそう声を発した。
爆発音に驚いた見張りが駆け寄ってこようとしたが、全てティアの譜歌によって無力化された。
そして程無く、何処かを走行中だったタルタロスは前触れもなく急停止をすることとなった。
「タルタロスが止まった… これが先ほど言ってた例の『アレ』とやらなんですか?」
「その通り… 予め登録してあるタルタロスの非常停止機構です。復旧には暫くかかるはず」
「……なるほど(すっごい名前… 意外と気に入ってるのかな? ノリノリだったし)」
自分だったらそんなイジメみたいなアダ名絶対に嫌だが。『
きっと中二病が治ってないんだな。セレニィがそう考えていると、ふとジェイドと目が合った。
「セレニィ… 何か失礼なことを考えていませんでしたか?」
「いえいえ、まさかそんな! 仲間を脈絡なく疑うなんてあんまりです! ジェイドさん!」
「……それもそうですね。失礼しました、セレニィ」
「どんまいですよ、ジェイドさん! 誰にだって気の迷いはありますとも!」
「もしそうだったら“女王”の言葉を確かめようと思ったのですが… 気のせいで何よりです」
いけしゃあしゃあと言ってのけるセレニィに、ジェイドは自己嫌悪を覗かせた溜息を見せる。
え? “女王”? ライガの? なんでここで?
思わず疑問の表情を浮かべてしまうセレニィに、ジェイドが穏やかな笑顔を浮かべて解説する。
「えぇ。“女王”はセレニィが魔物が好む匂いを発していると言っていましたが」
「……ア、ハイ」
「果たしてそれが真実か、是非に検証したいな… と。おや? あんなところに魔物が」
「ひぃいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?」
「セ、セレニィさん! 一人で駆け出していっては危険ですよ! 自分もご一緒を!」
駆け出していったセレニィの後ろ姿を眺めて、くつくつと低い笑い声を漏らすジェイド。
トニーがすぐ連れ戻してくれるから平気だろうが、ティアは静かにジェイドを横目で睨む。
「大佐… 幾らなんでもセレニィにあんまりです。たちの悪い冗談にも程がありますよ?」
「まぁそう言わないで下さい。ラルゴの時に散々言われましたからね、ほんの仕返しですよ」
「……全く、程々にお願いしますよ? 彼女に何かあったら大佐といえど許しませんから」
「えぇ、承知しました。怖いお目付け役がいると分かっては私もそうそう羽目を外せませんね」
「言っとくけど、俺もセレニィの味方だかんなー。もしもの時は覚悟しとけよ、ジェイド?」
ティアとルークに揃って凄まれては流石のジェイドといえども肩を竦めることしか出来ない。
と、そんな時に通路の先から声が聞こえてくる。
「みなさーん! 奪われてた装備類が見つかりましたよー!」
「ですのー!」
「幸い見張りはなく、付近に人の気配はありません。今が好機かと思われます」
セレニィとミュウ、それにトニーらが敵に奪われていた武具類を発見したようだ。
「いやはや、便利ですねー。セレニィは」
「確かに… 彼女はその、便利ですね」
「オメーら、もうちっと別の言い方はねーのかよ? ……便利なのは否定しねーけどよ」
――
各々が自身の武具類を取り戻したが、セレニィだけはそれが出来ないままでいた。
「やっぱり棒はないですか… まぁ、私が相手の立場でもゴミとして投棄しますしねぇ」
「残念ですのー… セレニィさん、だったらミュウが棒の代わりになるですの!」
「いや、ミュウさんは柔らかいですしリーチが限られてますし、棒の代わりにはちょっと…」
ぶっちゃけ当然のように『
ミュウを武器として装備すると自動的に近接戦闘要員になってしまう。それだけは避けねば。
かといって手持ちの武器がないのも怖い。やっぱりミュウで妥協するしかないのだろうか?
なんか適当に振り回していれば、それっぽく真面目に戦ってるように見えるのかもしれないし。
そうやって効率的な自己保身について頭を巡らせていると、トニー二等兵が声をかけてきた。
「セレニィさん… でしたら、そこに立てかけてある我々一般兵用の槍はどうでしょうか?」
「はぁ… 槍、ですか? ……あ、それと別に私は呼び捨てかつ敬語なしで結構ですよ」
「いえ、そんな。恋人でもない女性を呼び捨てなど… 口調はもう癖なのでご容赦下さい」
「そういうことなら仕方ありませんね。では、お借りしますね」
「どうぞ。量産品ではありますが、それだけに癖がなくて扱いやすいのではないでしょうか?」
堅い人だな。……まぁその分、自分と違って真面目で誠実そうなので信頼は置けるのかな?
そんなことを考えつつ手渡された槍を持ってみる。……う、結構ズッシリと来るものが。
軽く振ってはみたもののその度に身体が左右に引っ張られそうになる。ていうか引っ張られた。
「わっとととと…」
「ちょっ! ぶねーなぁ… 重すぎるんなら止めとけよ」
「は、はぁ… すみません」
「仕方ありませんね。セレニィはそこらの鉄パイプでも装備してはいかがでしょう?」
「……そっすね」
ルークに止められ、ジェイドにそこらの廃材だったモノを勧められて仕方なく手に取る。
それは重すぎず軽すぎず、太すぎず細すぎず、セレニィの手に実によく馴染んだ。
ルーク様:剣、ジェイドさん:槍、ティアさん:杖、トニーさん:槍… 自分:鉄パイプ。
……あれ? なんか目から汗が。セレニィはそっと目頭を押さえるのであった。
――
そして今、一行は揃って左舷
まだイオンが戻ってくる気配はない。そこで一同を見渡してジェイドがおもむろに口を開く。
「さて… 決行前に、ここらで作戦のおさらいをしましょうか」
「はい、大佐」
「非常停止機構によって停止したタルタロスは左舷昇降口… つまりこの扉しか開きません」
「つまり、
「えぇ、そうなります。そこを待ち構えて奇襲します」
ジェイドが眼鏡のブリッジを持ち上げると、周囲の空気が引き締まった気がした。
「作戦の要となるのはこの私の譜術、それにティアの譜歌となります」
「(雑魚は戦力外通告。このドS、分かっていると思います)」
「まずは私の譜術で護衛の注意を惹く。注意が逸れたところをティアの譜歌で眠らせる」
「二段構え… ということですね。分かりました、大佐」
「トニーには私やティアの直衛についていただきます。しっかり頼みますよ?」
「はい! お任せ下さい、ジェイド!」
「お、おい! ちょっと待った! 俺とセレニィはどうするってんだ?」
一向に自分やセレニィの名が呼ばれないことに業を煮やしたルークがジェイドを問いただす。
それに対してジェイドは、予定調和とばかりに冷静にルークに告げる。
「ルークとセレニィ、そしてミュウ… 貴方がたは予備戦力となります」
「予備戦力ぅー…?」
「なるほど。了解です、ジェイドさん」
「りょーかいですの! がんばるですのー!」
「……納得がいかないという表情をしていますね、ルーク」
予備戦力… つまり補欠。素晴らしい役どころだ。セレニィは目を輝かせて頷いている。
一方、納得がいかないのがルークだ。口を尖らせて不満気な様子を露わにしている。
まさに好対照とも言える二人の態度に、ジェイドは苦笑いを浮かべながら説明を付け加える。
「常に不測の事態には備えねばなりません。その時、明暗を分けるのが予備戦力なのです」
「つまり緊急時には私たちの働きがモノを言う。そういうことですよ、ルークさん」
「んー… なーんか分かったような、上手く丸め込まれたような…」
「何も起きなければそれに越したことはありません。ここは一つ、私の顔を立てると思って」
「……しゃーねーな。貸し一つだからな? ジェイド」
拗ねた様子のルークの言葉に吹き出しつつ了承するジェイドと、思わず溜息を吐くティア。
それを見守る三名。作戦前ではあるものの程良い緊張感と伸びやかさがそこには漂っていた。
そして…
「……イオン様がお見えになりました。護衛は“魔弾”のリグレットと神託の盾兵一人」
小窓から様子をうかがっていたトニーの言葉に、皆が表情を引き締める。決行の時が来た。
扉の外からは階段を設置した音が聞こえてくる。上がってくる音は… 一名。神託の盾のみ。
いよいよ扉に手がかかり、一行が揃って身構えていた時…
「くたばれ、『
「ッ!」
「中々の反応だ… だがなッ!」
鈍い金属音が響き渡った。死角よりの攻撃を咄嗟に手に持つ槍で受け止めるジェイド。
だが、勢いに乗った相手はそのままジェイドの腹を蹴りつけ壁際へと追いつめる。
攻撃の主は、誰あろう、先だって撃退したばかりの“黒獅子”ラルゴその人であった。
慌ててトニーがジェイドを救うため攻撃を繰り出すも、それを難なくいなして間合いをとる。
「流石の貴様も攻撃に転じる瞬間は隙を隠せないと見える。このままその素っ首貰い受ける」
「その私を始末できない以上、そちらも本調子ではないでしょうに… 物好きなことです」
「だからこそ裏をかける。この間合いなら大規模譜術を使う隙など与えん… 悪くない博打だ」
睨み合う『
「セレニィ、ルーク… 行って! ここは私たちが引き受ける!」
「なっ、えっ、でも… その…!?」
「分かった… 死ぬんじゃねーぞ、ティア! ジェイド! トニー!」
「誰に言っているの? そっちこそセレニィの足引っ張って教官に返り討ちに合わないようにね」
「へへっ! いちいちウゼーんだよ、オメーは!」
なんと、補欠だったはずがいきなり決定戦力になってしまった。
時計の針は止まらない。事態は待ってなんかくれやしない。
自分が失敗すればみんな死んでしまう。現実実逃避をしても始まらない。
……そして目の前の扉が開ききる。
セレニィは自棄になって叫んだ。
「ミュ、ミュウファイア!」
「ですの!」
「う、うわっ!」
いきなり炎に巻かれて動揺する
そしてそのままセレニィの手を取って、階段を駆け下りる。
「行くぜ、セレニィ!」
「は、はひぃ!?」
「ですのー!」
セレニィがもつれそうになる足を叱咤してなんとか階段を駆け下りた先には…
「セレニィ! ルーク!」
「あの時の雑魚どもか… 一度では懲りんと見える。腕の一本二本は覚悟してもらうぞ?」
「イオン! 今助けてやるぜ… そいつをけちょんけちょんにぶっ倒してからな!」
セレニィの心の癒したる大天使イオン様。
そして、二丁拳銃を構えた凄く強そうでかつ凄く美人なお姉様がそこに立っていたのだった。
「(あ… なんか死んだかも…)」
セレニィはこの異世界オールドラントに来てから何度目かの死を予感した。平常運転である。
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