TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー   作:(╹◡╹)

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35.休憩

 タルタロスを脱出して暫し歩いていた一行であったが、現在は街道脇にて休憩中である。

 身体の弱いイオンに不調が見られたため、ジェイドが大事を取ることを提案したのだ。

 

 誰もが頷く中、セレニィただ一人がその発案に異を唱えた。無論、追手が怖いからである。

 

「恐らく既に追手を放たれている筈。ここは一刻も早くセントビナーに向かうべきです」

「それはそうですが… イオン様の体調も心配ですしね」

 

「こんな道端で少々座り込んでも気休めにしかなりません。然るべき施設で休むべきでは?」

 

 彼女の言葉は確かに正論だ。

 誰もそれに対し返す言葉を持たないが、それだけに疲れた様子のイオンが気になってしまう。

 

 気不味い様子の一行を代表する形でジェイドが反論を口にする。

 

「ですが無理に歩かせるわけにもいきません。イオン様が倒れてしまってはことでしょう」

「えぇ、仰るとおりです。イオン様にこれ以上の無理を強いるなど論外です」

 

「分かっているなら話は早い。貴女の意見は正論ですが、それを実行できる状況では…」

「ジェイドさん。私とて、なんの腹案もなしに感情論だけで意見するほど暇ではありません」

 

「……ほう?」

 

 自信ありげに微笑むセレニィの表情に、ジェイドは諌めるのをやめ耳を傾けようと思い直す。

 周囲にそれとなく視線をやれば、不思議そうな表情は浮かべるものの聞く耳持たぬ様子はない。

 

 それを確認したジェイドは一つ頷き、眼鏡のブリッジを持ち上げつつ続きを促した。

 

「解決策はただ一つ… 私がイオン様を背負って歩けばいいんですよ!」

「………」

 

 拳を握りしめ、輝かんばかりのドヤ顔で言い切った。

 そんなセレニィに対し一行は思わず絶句する。

 一方、反応がないことに訝しむのはセレニィの方である。

 

 小首を傾げつつ再び口を開く。

 

「あれ? 聞こえなかったかな… 私がイオン様を」

「聞こえてます」

 

「あ、良かったです。聞こえてないかと… どうです? 中々悪くない案ではないかと」

 

 得意気に胸を張るセレニィを余所に一行は考える。

 悪くないどころか問題だらけにしか見えない。

 

 イオンとセレニィの身長差は軽い目測で見ても20cm以上… 無論セレニィの方が小さい。

 傍から見れば虐待現場にしか映らない。目撃されれば教団の威信は地に落ちてしまうだろう。

 

 反論がないのを無言の肯定と受け取ったのか、セレニィが更に説明を続ける。

 

「ルーク様とイオン様は貴人… 守られるべき方々ですね。戦闘など以ての外」

「ん? あ、あぁ… 一応貴族だからそーなるのか、なぁ…?」

 

「ジェイドさんとティアさんは譜術士です。負担をかけさせるべきではありません」

「ま、まぁ… 確かに、そう言えなくもない… かしら…?」

 

「前衛の方々の動きを阻害するなどそれこそ問題外。……となれば、残るはただ一人」

 

 キラキラしたいい笑顔を浮かべつつ、ミュウと揃って右手の親指を立てて自分へと向ける。

 

「そう、この私です!」

「セレニィさんですのー!」

 

「(セレニィ可愛い… ミュウ可愛い…)」

 

 一部ティアさんがトリップしているが、一行は概ね先程と変わらぬ沈黙に包まれる。

 困ったような表情を浮かべる彼らに対し、セレニィはその内心ではある邪念に支配されていた。

 

 額面通りに博愛精神や奉仕精神に目覚めたわけではなかったのだ。

 

「(イオン様おんぶして「あててんのよ」イベントキタコレー! ハスハスしちゃうぜ!)」

 

 疲れる? 重い? それが如何程のものか。それがイオン様ならご褒美だ。

 エネルギー源でしかないのだ。むしろ永久機関が完成してしまう勢いなのだ。

 

 言っていることは大真面目だが、考えていることはただの変態でしかない。

 だがそれでこそセレニィ。つまるところ『いつもどおり』ということだ。

 

 そう、彼女はいつだって打算と下心をモットーに生き、口車を働かせるのだ。

 

「(加えて戦闘要員から穏便に離脱。かつ、その存在価値を示すことが出来るってワケさ!)」

 

 守護役のアニスがいない以上、誰かがイオンの身の回りの世話をしなければならない。

 だが危険からは遠ざける必要がある。ゆえに戦闘に欠かせないメンバーでは難しい。

 

 それを自分が担当する。イオン幸せ、みんな幸せ… Win-Winの素晴らしい話でなかろうか?

 

『戦いたくない』、『捨てられたくない』、『イオン様とイチャイチャしたい』…

 これらセレニィの三大欲求を全て同時に満たす、一石二鳥どころか一石三鳥の大作戦である。

 

 是が非でも成功させねばなるまい!

 

 そんな想いを込めて、セレニィは真っ直ぐにイオンを見詰めるのであった。

 

 

 

 ――

 

 

 

「……解せぬ」

 

 そして今、セレニィは街道脇で膝を抱えて座り込んでいる。俗に言う体育座りの姿勢だ。

 素晴らしいアイディアだったにもかかわらず、何故かイオンに固辞されてしまったからだ。

 

 確かにイオンの性格を考えれば無理はないことだろう。

 

「……まこと、この世は複雑怪奇なり」

 

 どうやら今回の彼女には状況を客観視する視野が欠けていたようである。

 輝かしい未来予想図に心奪われた結果なあたり、ティアとよく似てきている。残念さとか。

 

 さて、全員一息ついたところを見計らってルークが口を開く。

 

「んじゃー… そろそろコイツの紹介をすっから聞いてくれよ。座ったままで良いからさ」

 

「あ、はい。……僕には、ルークはその方とかなり親しい様子に感じられましたが?」

「まーな。コイツはガイ、ウチの使用人やってて俺にとっちゃ幼馴染兼ダチってトコだな」

 

「ガイ・セシル… ファブレ公爵家のところでお世話になってる使用人さ。ま、よろしくな」

 

 爽やかな笑顔を浮かべて自己紹介をした。

 

 なるほど、爽やかな好青年という感じだ。ルックスもイケメンだし性格も悪くなさそうだ。

 輝かんばかりのリア充オーラに多少思うところはあるが、それを表情に出すほど子供でない。

 

 小市民がそこはかとない劣等感を抱くのはいつものこと。むしろ頼もしいと思うべきだろう。

 そんなことを考えつつ、他の面々に続いて自己紹介を行う。無論、礼を言うのも忘れない。

 

「セレニィです。……ガイさん、さっきは助けていただいてありがとうございました」

「なぁに、気にしないでくれ。こんなに可愛い女の子の顔に傷が付かなくて良かったよ」

 

「………」

 

 ガイほどのルックスの好青年に言われれば、普通の女性ならば頬を赤らめるのであろう。

 

 だが、セレニィは違った。

 同じ男から女扱いされるのも、可愛いと言われるのも甚だ遺憾であり我慢ならなかったのだ。

 ティアに散々言われてる? 彼女に関しては既に諦めているのだ。……その存在を。

 

 笑顔のまま無言で立ち上がり、そのまま抗議の意味を込めてガイにゆっくりと詰め寄る。

 一言言ってやらねば! そう思い、セレニィが近付いたところ…

 

「ひっ!」

 

 と、彼は大きく飛び退いた。

 

「………」

 

 はて? 何故彼はこんな雑魚にこれほど怯えているのだろうか。

 セレニィは近付くのをやめて、小首を傾げて考えてみる。

 

 リグレットを撃退した時のように、相手の立場になって逆算してみよう。

 ……閃いた!

 

「(数多の死線を潜り抜けた先に、隠し切れない強者のオーラを身に付けたのか!)」

 

「ガイは女嫌いなんだよ」

「……というよりは女性恐怖症のようですね」

 

 ルークの説明について、トニーが補足する。

 どうやらセレニィの考えは掠りもしなかったようだ。

 

 むしろ死線を潜り抜けた結果、ネジが緩んでしまっている。

 どこに出しても恥ずかしいポンコツぶりだ。

 

「わ、悪い… キミがどうって訳じゃなくて、その…」

 

 弁明をしながら後退るガイの膝が、ちょうどそこに座っていたティアの肩に軽く触れる。

 

「ひぃいいいいい!?」

「その… 私のことは女だと思わなくてもいいわ」

 

「あちゃー… 何やってんだよ、ガイのヤツ…」

 

 泣きそうな顔で悲鳴を上げられたティアは、流石に傷付いた表情を浮かべ言葉を絞り出す。

 その言葉に天啓を得て、瞳を輝かせたのはセレニィである。

 

「今、ティアさんが良いことを言いました!」

「え? そ、そうかしら…」

 

「はい! おかげで迷いが晴れました! ありがとうございます!」

 

 セレニィに自分の言葉を肯定され、思わず照れ笑いを浮かべるティア。

 そんな彼女を尻目に、セレニィはいい笑顔でガイにこう宣言した。

 

「私… いえ、俺のことは女と思わないで下さい! むしろ男と思って下さい!」

「セレニィさん、『男前』ですのー!」

 

「む、無茶言わないでくれぇ! キミ、どっからどう見ても女の子じゃないかぁ!」

「おいおい… セレニィ、そこまでにしといてやってくれよ」

 

「そうですよ、セレニィさん。こんなに怯えているのですから…」

 

 情けない声で悲鳴を上げるガイを流石に哀れに思ったのか、ルークとトニーが助けに入る。

 

「……はい、ごめんなさい」

 

 セレニィはしょんぼりした表情で頷くのであった。

 

 

 

 ――

 

 

 

「なるほど… 飛ばされてからえらく大変なことに巻き込まれてたみたいだな、ルーク」

「まーな… でもセレニィたちに出会えたし、世間も知れた。悪いことばっかじゃねーさ」

 

「……へぇ。なんだか屋敷にいた頃に比べて、貫禄ってモノが出てきたんじゃないか?」

「そ、そうか?」

 

「あぁ! 今のルークの成長ぶりを目にすれば、旦那様も奥方様もきっと喜んでくれるさ」

 

 ガイの言葉に赤くなって照れるルーク。それをガイは誇らしげに微笑ましげに見守っている。

 今はガイへの現状説明がてら、これまでの出来事について話を咲かせているという状況だ。

 

 なお、セレニィはティアに強く言い聞かされて「一人称:私」へと無理やり戻されてしまった。

 

「………」

 

 今は話題にも加わらず、隅っこで膝を抱えて座っている。

 いずれ(きた)る叛逆の時に備えて静かに牙を研いでいるのかも知れない。……小動物並みの牙だが。

 

 そしていよいよ話題は、旅の目的に移る。

 

「ふぅん… 戦争を回避するための使者って訳か」

「って、そうですよ! それですよ! いつの間に受けたんですか?」

 

「あれ… 言ってなかったっけ?」

「聞いてません!」

 

「では『今言った』『今聞いた』ということで、解決ですね」

 

 ガイの言葉に反応し、突如顔を上げて吠え猛るセレニィ。

 和平の使者? そんなの聞いてない。

 

 しかし、彼女の抗議はジェイドによってあっさり締められることになる。

 無論、そんなことで納得がいくわけがない。命の危機ゆえ必死である。

 

「これからあの六神将、でしたっけ? あの凄い人たちに定期的に襲われるんですよ」

「大丈夫だろ。一回は撃退したんだからさ… なぁ? トニー」

 

「えぇ、“黒獅子”とは実質痛み分けですが浅くない手傷を負わせました。当面は大丈夫でしょう」

「いやいや、そっちはともかくこっちのハッタリなんかは何度も通じませんって…」

 

「え? あれ、嘘だったんですか… 僕、すっかり信じてしまいました…」

「みゅうぅ… ボクもですの…」

 

「なんか、すみません… あとミュウさんはご本人なんですから騙されないで下さい…」

 

 大きな溜息をつく。

 今更言ったところでルークがそれを承諾した以上、変えられないことは理解している。

 更に抗議したところで「じゃあセレニィはここでお別れだね」と捨てられるのがオチだろう。

 

 そう感じた彼女は不満というより不安を飲み込むことにした。

 全く、命の価値が軽い世界だ。胃がキリキリと痛んでくる。

 

「……こんなことならリグレットさんの銃を奪ってくればよかった」

「敵の戦力を下げるという意味では有効でしょうが、こちらの戦力にするのは難しいでしょう」

 

「おや、何故ですか? 撃鉄あげて引き金引くだけじゃないんですか?」

「譜の力を込める必要があるので、あの武器は実質譜術士専用のようなモノです」

 

「譜術士か… それって誰でもなれるものではないんですか?」

「才能の有無に左右されますし、いずれにせよそれなりの訓練期間を要します」

 

「なるほど… 上手く行かないもんですね」

 

 リグレットの銃を拾えば遠距離から楽々という目論見はジェイドによって打ち砕かれた。

 彼は常にセレニィに厳しい現実を突き付けるドSである。

 

「譜の力を込める以上チャージ時間が必要ですし、精神力も使います」

「私も教官からはついに銃の扱いだけは学べませんでしたからね…」

 

「オマケに射程もそこまで長いものではない。したがって、ある程度の体術も求められます」

「欠陥武器じゃないですか、それ…」

 

「使いこなせば強力でしょう。ですが私には譜術こそが譜術士の本分であると思えますね」

 

 まぁ、ジェイドほどチートじみた譜術士が言うのであれば説得力は認めざるをえない。

 セレニィにはやはり棒が似合っているのだろう。

 

 イオンの体力も大分回復したように見られる。

 そろそろ動いてセントビナーに向かおうという話になったところで… 一同の頭に影が差す。

 

「む… 私としたことが、迂闊でしたね…」

 

 槍を取り出し、身構えるジェイド。ガイとトニーも武器を構えて警戒している。

 空を見上げれば、多くの飛行型の魔物が飛び交っていた。

 

「どうする? 先手を取るか、一気に駆け抜けるか…」

 

 ガイの言葉に、慌てて武器を手に取って立ち上がる残りの面々。

 

 しかし、不思議な事に魔物にこちらを襲ってくる気配は見えない。

 隙を伺っている… というわけでもなさそうだ。何より殺意を感じない。

 

 訝しむ一行の目前に、一際大きな魔物がゆっくりと降り立った。

 その背に桃色の髪をした一人の少女を乗せて。

 

「アリエッタ… です…」

 

 恐らくは自分の名前なのだろう。そう名乗った彼女は、静かに一行を見詰める。

 彼女の考えが読めないため、動きに出ることが出来ない一行。

 

「(はわー! 空からめっちゃ可愛い子が降りてきたー! なにこれ天使ー!?)」

 

 そんな中、緊迫した空気の読めない変態がひたすら一人で悶えていたという。

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