TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー   作:(╹◡╹)

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36.親愛

 アリエッタと名乗る少女が魔物を引き連れ現れたことで、その場には緊張感と沈黙が漂う。

 

 ルークもティアもジェイドも、ライガの“女王”との一件でその名には聞き覚えがあった。

 しかし、現在は教団の人間からは敵対視され追跡を受ける身だ。おいそれと信用はできない。

 

 したがって間合いを取り警戒する形になるわけだが… そんな空気をぶち壊す人間が一人。

 

「こんにちは、アリエッタさん! どういったご用件ですか?」

「え!? あ、うぅー…」

 

 輝かんばかりの笑顔を浮かべて、無造作にアリエッタへの間合いを詰めるセレニィである。

 

 ちなみに目の前の光景に舞い上がりすぎて、“女王”の言葉のことはすっかり忘れている。

 リグレットの時はそんな余裕などなかったが、本来は萌えを優先するのが彼女の本質なのだ。

 

 一方、それに面食らったのがアリエッタの方である。

 

 魔物を操るという能力から教団でも距離を置かれ、一部の人間としか関係を築けなかった。

 一応は六神将として師団長としての任も受けているものの、その部下は総勢で20名ほど。

 他の師団長が二千~八千の人員を抱えている事実がある以上、有名無実と言っていい状況だ。

 

 事実その20名にしてもほぼ交流はなく、主戦力である魔物の世話役をしているにすぎない。

 それは仲間である六神将とて変わらない。多少仲間意識はあるが基本は互いに無関心だ。

 例外的に、極々一部の親しい者との間に静かな信頼感が芽生えることはあったがそれだけだ。

 

 それが人間という生き物であり、人間との付き合いの在り方だとアリエッタは思ってきた。

 

 ……それだけに、ここまで明け透けな好意をぶつけられる機会には恵まれなかったのである。

 

「う、うぅー…」

 

「? どうしました、アリエッタさん」

「こ、こないで…ッ!」

 

 抱いた感情は今までの自分が知らないモノ… “未知への恐怖”。

 自分が否定されかねない状況に、防衛本能が刺激される。

 感情に導かれるまま彼女は手を振るい、その結果、ピッという音とともに鮮血が舞い散った。

 

 かくしてセレニィの頬に朱色の線が走る。しかして表情には怯えや恐怖の色はない。

 さりとてその表情に全く変化が見られないかと言えばさにあらず。

 アリエッタの反応に「あちゃー… やっちゃったぜ」という気不味い表情を浮かべていた。

 

 それに対して、一同皆同様に気色ばむ。セレニィが傷付けられて、各々が武器を構える。

 アリエッタも頭に血が上った状態から解放され、己のしでかしたことを理解して青褪める。

 

 そんな一触即発の空気の中、場違いにのんびりした声が響き渡った。

 

「え? なになに… なんですか、この空気。なにかあったんですか?」

 

「なにかって… あなた、怪我したじゃない! 大丈夫なの?」

「怪我? あぁ… これは私が悪いんですからアリエッタさんを怒るのは筋違いですよ」

 

 無論、セレニィである。彼女はキョトンとしたまま、仲間の言葉に小首を傾げている。

 

 彼女には仲間たちが焦っている理由が、自分のことを心配する理由が分からない。

 どう見ても初対面で美少女にいきなり詰め寄ってしまった変態が悪いのに…

 

 世が世ならば防犯ブザーを鳴らされた上で、国家権力のお世話になっていたことだろう。

 むしろ通報されなかっただけでも御の字なのだ。謝るべきは100%自分の方なのである。

 

 とはいえ、細かいことに気を取られてアリエッタさんを待たせっぱなしなのも論外か。

 そう考えたセレニィは話を進めるべく、アリエッタに向かって口を開く。

 

「アリエッタさん、怖がらせてしまってごめんなさい。お話を聞かせていただけますか?」

「怒って… ない、の?」

 

「(涙目上目遣いのアリエッタさん、可愛すぎるんじゃああああ!)……怒る、ですか?」

「んっと… その… ごめん、ね… 引っ掻いちゃって。痛かった… です、ね?」

 

「私は大丈夫ですよ。ありがとうございます… 優しいんですね、アリエッタさんは」

「え、えへへ… ありがと、です…」

 

「あはは…(なんだ、オールドラントって最高じゃん! 理想郷はここにあったんだね!)」

 

 デレデレしないよう表情を保つのに精一杯だ。元日本人スキルの無駄遣いである。

 同時にオールドラントがパラダイスのように輝いて見えていた。

 これまでの死亡イベントの数々をすっかり忘れているあたり、懲りるという言葉を知らない。

 

 一方、少女が二人して「えへへ…」「あはは…」とはにかむ光景に周囲も毒気を抜かれる。

 各々諦めたような溜息を吐きつつ武器を収めて、二人の会話の行方に耳を傾ける。

 

「は、はなして! はなしなさい… 私は、あの子たちを…ッ!」

 

「行かせるかよ! トニー、ぜってーはなすんじゃねーぞ!」

「りょ、了解です… ってジェイド! ガイ! あなた方も手伝って下さい!」

 

 なお、その際に暴走しようとした某ロン毛残念美人はルークとトニーに抑えられていた模様。

 

「さ、どうぞお話の続きを。しっかり聞きますから、ゆっくり、少しずつで構いませんよ」

 

 笑顔で手を差し伸べるセレニィにアリエッタは満面の笑みを浮かべ、ゆっくり喋り始めた。

 

「えっと…」

 

 

 

 ――

 

 

 

「なるほど… 君は六神将の放った追手だった、と」

「……はい、です」

 

「なるほどなー… 空飛ぶ魔物で地面を眺めりゃ俺らの行動なんて筒抜けってか」

「ちょうどアリエッタ… 別行動中だった、です。エンゲーブ、いた… です」

 

「教団からエンゲーブの食糧の件で派遣されたのがアリエッタ… あなただったのですね」

「はい、です… イオン様。近くにいて、ママたちとお話出来る、教団の人間… です」

 

「確かに、アリエッタさんはその調停役にこれ以上ない人材といえますね」

 

 アリエッタの説明にトニーが納得顔で頷く。

 

 そしてエンゲーブでの調停が一段落ついたところで、一行の追跡を命じられたのだとか。

 自由自在に魔物を操り意思疎通できる彼女が追跡すれば、逃げ切るのは不可能に近い。

 まして一度捕捉されたのだ。イオンを抱えた旅道中で到底振り切れるものではないだろう。

 

 その懸念をそのままに、ジェイドが質問を投げかける。

 

「では、貴女はその任務に従って我々を捕らえに来た… というわけですか?」

「ち、違う… です。アリエッタ、恩人に牙を剥いたり… しないモン!」

 

「(しないモン… しないモン… アリエッタさんが可愛すぎて生きるのが辛い…)」

 

 セレニィは穏やかな笑顔を浮かべつつも、萌えからくる動悸・息切れと必死に戦っていた。

 このまま鼓動が速まり過ぎて死んでしまえば、世界一間抜けな死に様を晒すことになる。

 それは許されない。ここからようやくボーナスステージではないか。だから、死ねないんだ!

 

 ……恐らく世界一情けない『死ねない理由』であろう。変態は今日も平常運転である。

 

「アリエッタ、あなたたち… 送りに来た、です」

「送る? どういうことかしら」

 

「あなたたち、この子に乗せて送る… です。リグレットに、まだ探し中… 言う、です」

「なるほど。我々を捜索中と偽り、その実、目的地まで移送してくれるということですね?」

 

「はい、です。あんまり遠くは… んっと、無理です… けど」

 

 ジェイドの確認に、アリエッタはコクンと頷く。

 

 確かにあまり長い間連絡がつかなければ、それだけ不信感を与えることにつながりかねない。

 問題は彼女が真実を言っているかどうかだ。ジェイドはそう思い、セレニィに視線をやる。

 

「話の概要は分かりました。後は彼女を信じるかどうか… セレニィ、貴女の意見は?」

「? なんで私に聞くのか分かりませんが、信じる以外に選択肢があるんですか」

 

「(人を見る目のある彼女がこうまで信じ切っている、か)ふむ、嘘はないと信じましょう」

 

 単に萌えに全力で屈して、普段の思考力とかが全部吹っ飛んでいるだけである。

 セレニィの最大の弱点はハニートラップなのだ。ただし、相手は女性に限る。

 割りと彼女の目が節穴であるという事実に、残念ながらジェイドはまだ気付いていない。

 

 彼女の言うことが真実とした上で、その申し出を受けるかどうか… ジェイドは意見を募る。

 

「さんせー! てっか、魔物に乗るのとか超楽しみー!」

「うーん… 受けてもいいんじゃないか? 勿論警戒はした上でな」

 

「当然、信じるわ。セレニィと、セレニィの信じるアリエッタを」

「ボクもセレニィさんを信じるですのー!」

 

「自分も賛成です。コレが上手く行けば教団の追跡の裏もかけるでしょう」

「はい。僕も、アリエッタを信じたいです」

 

「……決まりですね。アリエッタ、かなりの大所帯ですが頼めますか?」

 

 ジェイドの確認に、アリエッタはコクンと一つ頷く。

 しかし、続いて申し訳無さそうな表情を浮かべて口を開いた。

 

「あの… あの… アリエッタ、一つだけ『お願い』が… ある、です…」

「なんでしょうか、アリエッタさん? 私たちにできることなら…」

 

「移動中だけ、で… いい、です… イオン様と… 二人きりで、お話したい… です…」

 

 絞り出すような声で目に涙を浮かべて言われてしまっては、一同、沈黙しかない。

 だが、同等かそれ以上に辛そうな表情をしているのが当のイオンだ。

 

 苦悩の色を浮かべて沈黙しているのは、恐らく頷けないだけの理由があるのだろう。

 ややあって、口を開く。

 

「アリエッタ… 僕は」

「恐れながら申し上げます、イオン様」

 

「……セレニィ?」

 

 そこに割って入ったのは、やはりセレニィであった。

 

 重要そうな話に割って入る無礼・無粋は百も承知。

 しかし、美少女が二人揃って悲しそうな表情をしている様など見ていられなかった。

 

 ただのエゴに過ぎないが、それでもセレニィなりに彼女たちを大事にしたいのだ。

 

「彼女としっかり向き合い、お話をされますよう」

「……しかし、僕は」

 

「私は見ての通りの氏素性も知れぬ身… 御身にかかる重圧など推し量れようもありません」

「そんなことは…」

 

「ですがこれだけは言えます。『後ろめたさ』を抱えて進む道は望む先へと繋がりません」

 

 微妙な後ろめたさを抱えていると、ろくなことがないのは経験則で理解している。

 ティアとかジェイドとかティアとかジェイドに、そのせいで何度胃を痛めつけられたことか。

 

 せめてイオンにはそういう思いをして欲しくない。精一杯の老婆心からの忠告である。

 

「イオン様、御身は胸を張って正しき言葉を人々に届けるべきお方です」

「僕は…」

 

「そんな時、今のように下を向かれていては、果たして届く言葉も届かなくなりましょう」

「……あ」

 

「語れぬこととてありましょう。もとより全てを語れなどと申すつもりはございません」

「……はい」

 

「ですが、勇気を振り絞って救いを求める者には… どうか向き合ってあげて下さい」

 

 意訳すると『事情あるかもだけどアリエッタさんの話ちょっと聞いてあげて』である。

 イオンが何度か喋ろうと試みるものの、なんと怒涛の勢いで押し切ってしまった。

 耳障りの良い言葉でなんとなくそうしなければいけないと思い込ませる、詐欺に近い技術だ。

 

 ジェイドが『毒』と評したのも頷ける話であろう。

 

「そう、ですね。アリエッタ… 僕は、あなたと話をしたく思います」

「イオン様ぁ…!」

 

「全ては語れません。今までさせた以上に辛い思いをさせてしまうかもしれません」

「それでも… 聞きたい、です…」

 

「ありがとうございます、セレニィ。僕は今、自分に少しだけ胸が張れそうです」

 

 そしてイオンは騙されてしまった。オマケに礼まで言ってしまう始末である。

 

 しかし、セレニィは後悔しない。美少女と美少女が笑顔になって幸せだからである。

 むしろ世界平和を成し遂げたかのような充足感に浸っている。下心満載なのに。

 

「なるほど… な。ルーク、おまえがあの娘を信頼する理由が少し分かった気がするよ」

「へへっ… だろー? セレニィはすっげぇんだぜ!」

 

「本当に、優しくて強い… 素敵な子。……私も、あの子に何度も救われたわ」

 

 仲間たちも騙されている。

 ただ、ティアさんは王族に働いた無礼から庇ってもらったことでガチで救われているが。

 

 そこにイオンと向き合っていたアリエッタが、セレニィに近付いてくる。

 

「おまえ… セレニィ、です?」

「あ、はい… そうですけど…?」

 

 真顔で尋ねられて焦るセレニィ。

 どうしよう… 『セレニィ見たら110番』とか、変態として有名になっているのだろうか?

 

 そんなことを考えつつも応対すると、アリエッタは満面の笑顔を浮かべる。

 

「ママから聞いた、です! セレニィ、小さいけど… とっても優しくて、勇敢だって!」

「え? え? それは、その… 別の世界線のセレニィさんではないかと思いますが…」

 

「ママから聞いて、想像してたとおり… ううん、想像以上… です!」

 

 ……優しく勇敢?

 それは明らかに違うセレニィである。あるいはガワだけ同じ別物を指すのではないだろうか。

 

 だがここまで目をキラキラと輝かせている少女の夢を壊していいものか。

 懊悩しつつも、取り敢えず話題を逸らすことで誤魔化してみる。

 

 え? しっかりと向き合え? よそはよそ、うちはうち。それがセレニィのモットーである。

 

「えぇと、ママというのは…」

「ママ… ライガの“女王”、呼ばれてる… です。とっても、優しくて、強い… です」

 

「わーい、アレですかー…」

 

 そういえば“女王”と話していた時、そんなことを言ってた気がする。

 美少女との出会いに浮かれていて、デッドリーなイベントは脳内から消去していたのだ。

 

 ど、どうしよう… 将来的にアレを『お義母さん』と呼べるのだろうか。

 嫁・姑問題が常に命懸けである。味噌汁の塩分が濃過ぎたら食われてしまうのだろうか?

 ……いやいやいや、自分が男ポジションだから。断じて『嫁』じゃないから。

 

 半ば現実逃避気味にそんなことを考えてるセレニィに、更に一歩アリエッタが近付く。

 

「セレニィのおかげで、セレニィ生まれた… です。セレニィ、アリエッタの妹… です」

「え? あ、はい… 女の子だったんですね(セレニィがゲシュタルト崩壊しすぎてやべぇ)」

 

「はい、です。将来はセレニィ… “女王”なる、です!」

 

 なんてことだ。

 セレニィに率いられることが確定してしまったライガの群れの未来は暗い(確信)。

 

 あと、アリエッタさんが近すぎて動悸と息切れがヤバい。

 そんな益体もないことを考えつつ、やんわりアリエッタを制しつつ口を開こうとする。

 

「あの」

 

「全部、全部、セレニィのおかげ… です!」

「いや、私は何もしてな」

 

「セレニィ、だーいすき… です!」

「はぇっ!?」

 

 そのまま感極まったアリエッタにギュッと抱き締められる。

 やわらかな感触と、温かい体温… そして優しい香りに包まれながらセレニィは思う。

 

「(あ… 今日、死ぬんだ…)」

 

 鼓動が最高潮に高まったセレニィの心臓は、その日、停止することとなった。

 

「セ、セレニィーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?」

 

 突き抜けるような青空に浮かんだ彼女の笑顔は、どこまでも爽やかであったという。

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