TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー   作:(╹◡╹)

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本編
01.出会い


 ここは何処とも知れぬ渓谷。

 

 既に日は沈み、夜空には美しい月が浮かんでいる。

 一面に群生する白い花々が、優しく吹く風に、そっと(なび)いている。

 

 そこに三名の男女が倒れていた。

 外傷はない。それぞれ規則正しく胸を上下させている。

 眠っているだけのようだ。

 

 一人は、年の頃17から18の赤毛の青年。

 機能性を重視しているが、上等な素材で作られたであろう衣服を身に纏っている。

 一人は、長髪の女性。年の頃は16前後だろうか?

 スリットの入った際どい軍服のような衣服を纏い、髪型は片目が隠れるほど伸ばしている。

 一人は、12,3歳程度の銀髪の少女。

 何処にでもいるであろう庶民の装いだ。平和そうに涎を垂らして眠っている。

 

「うぅ、ん。ここは…?」

 

 やがて長髪の女性が目覚めて起き上がると、傍らにいた青年を揺り起こそうとする。

 

 

 

 ―――

 

 

 

 言い争うような声が聞こえる。最初は無視してこのまま安眠を貪ろうと思っていた。

 しかし、声は大きくなるばかり。

 

 イライラは募り、この上はもう気持ち良い睡眠など望めそうもない。

 

「だぁー… もう、うるさいなぁ! 人が気持ちよく寝てるって言うのに!」

 

 我慢できなくなって、銀髪の少女は目をこすりながら不機嫌も露わに声を上げた。

 先程まで言い争いをしていた男女がキョトンとした様子で彼女を見詰める。

 

「………」

 

 辺りに沈黙の帳が降りる。

 

 少女は考える。

 

 はて、この人たちは誰だろう? 自分の記憶にはないが。首を傾げつつ周囲を見遣る。

 どうやら白い花々の咲く原っぱに寝そべっていた模様。そして周囲には見慣れぬ岩場が点在。

 空を見上げれば綺麗な満月が浮かんでいる。

 

「……え? なに? どうなってんの、コレ? ドッキリ?」

 

「え? 三人目…」

「オメー、どうするつもりだよ… コイツまで巻き込んじまったみてーだぞ」

 

 怒るでも悲しむでもなくひたすら困惑した様子の少女に、長髪の女性は胸を痛める。

 それを横目で見ながら青年が口を開く。

 まるで他人事と言わんばかりの青年の様子に、長髪の女性はカッとなって思わず怒鳴る。

 

「そもそもあなたが邪魔をするから超振動が起こってしまったのに…ッ!」

「あ、あのー…」

 

 再び言い争いを始められては今度こそ置いてけぼりにされてしまう。

 そう感じた少女は、多少ビビりながらも勇気を出して割り込むことに決めた。

 

 縋るような目付きの少女を無視して言い争う気にもなれず、不機嫌そうに互いにソッポを向く。

 

「…フン」

「うぜー…」

 

 ひとまず喧嘩はやめたようだが状況は芳しくない。空気が重い。

 出来ればこんな怖そうな人たちに頼りたくない。

 けど、こんなところで置いて行かれたら死ぬかもしれない。背に腹は代えられないのだ。

 

 命綱に媚び(へつら)うことこそ肝要。その思いから出来る限りの愛想笑いを浮かべて尋ねる。

 

「えと… ここはどこなんでしょう? なんで俺はここにいるんでしょう?」

 

 小柄な少女らしからぬ一人称に女性と青年は一瞬驚くが、指摘する前に疑問に答えてやる。

 といっても、彼らにしても知っていることは少ないが…

 

「ごめんなさい、ここがどこなのかは私たちも分からないの。どこかの渓谷ということしか…」

「はぁ、そうですか。……なんで俺がここにいるのかはご存知です?」

 

「多分、超振動ってのに巻き込まれたんじゃねーの? その女がさっき言ってたぜ」

「チョウシンドウ?」

 

 聞き慣れない単語に再度、首を傾げる。

 

「なんだっけ… ドウイタイによるキョウメイゲンショウって言ったか?」

「はぁ… それに巻き込まれるとどうなるんですか?」

 

 さっぱり分からなかったので理解するのを早々に諦め、結論だけを尋ねる。

 

「転移してしまうこともあるわ。今回のようにね」

「おぅふ…」

 

 ここがどこだか分からない。

 良く分からない現象の良く分からない効果のせいで見知らぬ場所に飛ばされた。

 突き付けられたあまりに過酷な現実に少女は頭を抱える。

 

 既に泣きそうだ。哀れに思ったのか女性がフォローを入れる。

 

「だ、大丈夫よ。さっきから水音が聞こえるから、きっと川があるのよ! だから、ね?」

「あぁ… そうですね、とりあえず川沿いを下るしかないですよね。はい」

 

「川沿いを下ってどうするんだよ?」

「まぁ、川沿いには町が出来やすいですから。そうでなくても河口には港もあるんじゃないかと」

 

「そういうことよ。分かった? ルーク」

「うぜー… なんだよ、えらそーに」

 

「そ、そういえばお二人のお名前は!?」

 

 隙あらば喧嘩しようとする二人にあわてて割って入る。

 なんということだろう。どうしてこの状況で執拗に喧嘩をしようとするのだろうか。

 俺の胃を痛め付けるための策略か? だったら大成功だよ、コンチクショウ。

 

 二人に対して恨めしく思いつつも、少女は胸中でそう呟く。

 

「私はティア。こっちはルークよ。……あなたは?」

「あ、これは失礼しました。俺は…」

 

 俺は… はて? 名前が出てこないぞ。少女は三度首を傾げる。

 

 確か、日本人で、男性で… うん、ここまでは覚えてるな。

 バッチリだ、自分を褒めてあげたい。

 

 名前は? 年齢は? 家族構成は? 友人関係は? ……駄目だ、サッパリ思い出せない。

 なんでもう少し頑張れなかった! しっかりしろよ、自分!

 

 しかし、いくら自分を鼓舞したところで出ないものは出ない。

 

「……俺は、誰なんでしょう?」

 

 諦めたような困ったような笑みを浮かべて、少女は尋ね返した。

 なんということだろう。

 つまるところ、彼女は未だ自身が少女になっていることすら自覚していなかったのだ。

 

「………」

「………」

 

 沈黙に固まる彼らを、白い花々と夜空に浮かぶ月だけが見詰めていた。

 

 

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