TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー   作:(╹◡╹)

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37.会議

 時刻は夕暮れ頃。

 斜陽の光が窓から入り込み、部屋の中を優しいオレンジ色に染め上げる。

 

 その部屋に一人、ベッドで寝かされている者がいる。

 

「すぴー…」

 

 セレニィである。

 

 一時は心停止した彼女であったが、こうして無事に蘇生して今に至っている。

 幸せそうな寝顔を浮かべているさまは、果たして逞しいのか図太いのか。

 

「うぇへへ… アリエッタさんもイオン様も… アニスさんもリグレットさんも…」

 

 調子に乗ったのか、段々と夢がピンクがかってくる。

 ゴロゴロ寝返りを打ちながら、美女や美少女たちの艶姿を思い描いているらしい。

 

 まさに寝言乙、といった状況だ。当然、そんなモノが長く続くわけもなく…

 

「しょうがないなぁ… ティアさんも仲間に入れぐえっ!」

 

 ベッドから転がり落ち、したたかに顔を打った。

 

 急速に視界が開ける。まだ頭は働かないものの、意識は覚醒した。

 右を見る… 左を見る… そこは夕陽に照らされた、知らない部屋の中であった。

 

 思わず声が溢れる。

 

「……ここ、どこ?」

 

 したたかに打った鼻から垂れる血でシーツに真紅の染みを作りつつ、彼女は呟いた。

 よくよく生傷の絶えない存在である。

 

 セレニィが部屋で尻餅をつきながら放心していると、扉がノックされる。

 

「あ、はい。います… どうぞ、ってやば!」

 

 反射的に答えたものの、自分が鼻血を垂らしていることにようやく気づく。

 

 どう言い訳したものかと考えている間に扉は開かれる。姿を現したのはジェイドであった。

 

「おやセレニィ、お元気そうで… お元気そうでなによりです」

「ちょっと待ってください。何故言い直さなかったんです?」

 

「ははは… 鼻血を出すほど元気ならば何の心配もいらないでしょう?」

「これは『流血してる』って言うんですよ! ちっとは心配しろや!」

 

「そんなことより、皆さん既にお待ちかねですよ。さぁ、行きましょうか」

 

 いい笑顔でセレニィの訴えを華麗にスルーしてみせるジェイド。

 仕方ない。ドSに人の道を説いた自分が愚かだったのだ。

 

 セレニィはそう思い、彼に従い歩き出した。「いつかこのドS泣かす」と心に誓いつつ。

 

 

 

 ――

 

 

 

 ジェイドの歩幅に合わせ廊下を小走りで進みつつ、セレニィはジェイドに語りかけた。

 その鼻にはジェイドから渡されたティッシュが詰められており、大層間抜けである。

 

「ところで、ここって何処なんですか?」

 

「おっと、説明がまだでしたね。……ここは城砦都市セントビナー、その軍基地ですよ」

「あ、セントビナーに着いたんですね。じゃあ、アニスさんとも?」

 

「えぇ、合流済みです。出立直前だったようで、危うく擦れ違いになるところでしたが」

 

 アニスとは既に合流済みらしい。

 

 また、和平のための親書の確保についても成功していたため、いつでも出発が可能だとか。

 ともあれ無事に生きていて良かった。彼女も可愛らしかったので再会する時が楽しみだ。

 

 そんなことを考えつつ笑みを浮かべていると、ジェイドが話を続けてくる。

 

「あまり私たちに心配をかけさせないで下さいね? 貴女は、大事な仲間なんですから」

「そ、そっすか…(どうしたドS。『ドSの目にも涙』か? それとも『ドSの霍乱(かくらん)』か?)」

 

「それに気軽に弄れる対象がいなくなったら、誰が私のストレス解消をしてくれるので?」

 

 いや、知らんがな。

 

 人をサンドバッグ代わりにするのも大概にしろよ、このドS? マジで眼鏡叩き割るぞ。

 ほんのり良いことを言われて照れたものの、損をした気分だ。やっぱドSはダメだな。

 

 そんなことを思いつつセレニィは大きく溜息を吐く。続いて、今後の計画について尋ねる。

 

「ごめんなさーい、反省してまーす。それで、今後の予定などは決まっているので?」

「おや、謝り方に誠意が感じられませんねぇ。心配をかけた仲間に冷たくありませんか」

 

「(無視だ無視)……やっぱり、引き続きアリエッタさんを頼る形になるのですか?」

「やれやれ… これからその話をするというところでしてね。貴女を待っていたのです」

 

「あー… そうでしたか。なんだか、お待たせしてしまったみたいで申し訳ありません…」

 

 そんなこんなで話をしている間に、立派な扉の前までやってくる。

 

 気不味げに頭を下げるセレニィに「いいんですよ」と微笑み、ジェイドは扉をノックする。

 そのまま彼が名前と階級を名乗れば、中からは「うむ、入りたまえ」という声が返ってきた。

 

 その声はセレニィには全く聞き覚えがないものであった。あれ? なんで? 仲間たちは?

 

「あの、ジェイドさん。中にいるのってルーク様たちじゃ…」

「それでは失礼します」

 

 セレニィの言葉を無視して扉を開けるジェイド。

 さっきの無視の仕返しのつもりか、畜生。歯噛みするセレニィであったが時間は止まらない。

 

 おどおどしつつ促されるままに中に入ると、室内の二人の人物から視線を浴びる。

 一人は長い白髭がよく似合う老人。いま一人はいかめしい顔付きの壮年の軍人であった。

 

「……し、失礼します」

 

 いきなり場違いな場所に通されたセレニィは、消え入りそうな声でそう呟いた。

 

 

 

 ――

 

 

 

 二人の男性にジッと見詰められている。しかも恐らく歴戦の軍人であろう二人に。

 ……なんというか、極めて居心地が悪い。

 

 全力で帰りたい。しかし背後はドSに固められている。残る経路は前方の窓だけだ。

 飛び降りるしかないのか? ここは何階建てだろうか? 3階以上は危険だよね。

 

 引きつった笑顔を浮かべつつ、脱出手段についてグルグルと考え始めているセレニィ。

 そんな彼女の背中をジェイドがそっと押しながら口を開いた。

 

「彼女がセレニィです。さ、セレニィ… お二人に自己紹介をしてください」

「は、はい! セレニィといいます! ど、どうかよろしくお願いしましゅ!」

 

「………」

 

 噛んでしまった。死にたい。

 

 気不味い空気が漂う。老人は愉快そうに微笑んでいるが、壮年の男性は居心地が悪そうだ。

 そして彼は一つ咳払いをすると、口を開いた。

 

「あー… 私は帝国軍将軍グレン・マクガヴァンだ。こちらは私の父にあたる…」

「ホッホッホッ… なぁに、ただの退役した年寄りということで結構じゃよ」

 

「だ、そうだ。その… カーティス大佐、本当に彼女を交えてやるつもりなのか?」

 

 彼はどこかセレニィを心配したような様子でジェイドに尋ねる。

 

 いいぞ、もっと言ってやれ。この思い上がった眼鏡にガツンと言ってやってくださいよ!

 そう思いつつ、目を輝かせながらグレンを見詰めるセレニィ。現金な性格をしている。

 

 一方、尋ねられた側のジェイドの方はといえば、どこ吹く風といった様子で気楽に答える。

 

「はい、彼女の政治センスや視野の広さは私が保証します。必ずや我らの力になるかと」

「えっ? なにそれ…」

 

「ふぅむ。しかしだな…」

 

 政治センス? 視野の広さ? いやいや、全然心当たりありませんよ。なんですか、それ。

 雑魚が必死こいて死亡フラグを回避しようとしてたのをジェイドさん勘違いしちゃった?

 

 ダメだこのドS! グレンさん、あなたが頼りだ! コイツの眼鏡叩き割っちゃって下さい!

 

 セレニィは天にも願うつもりでグレンさんを全力で応援する。

 

「セレニィは、弁を使わせれば単身ライガの“女王”を説き伏せ和解を成し遂げました」

「ほう…?」

 

「戦っては、六神将が一人“魔弾”のリグレットを策にはめて撃退する程の戦巧者です」

「なんだと! あの六神将の… 君、それは本当なのかね?」

 

「え? あ、いや、その… 仲間の方のおかげですし… 運が良かっただけというか…」

 

 嘘じゃないだけに否定し辛い… とぼけようにもジェイドがそんなことを許すはずがない。

 微妙に修正はしたものの否定はしなかったセレニィに、二人は揃って感嘆の息を漏らす。

 

 そこにジェイドがダメ押しをしてくる。

 

「お聞きになりましたか? それだけのことを成し遂げながらも、この謙虚な言葉を」

「運だけで倒せるほどに六神将は甘くはなかろうて。仮に運でも二度続けば必然よ」

 

「信じられん。まだ若い… いや、幼い少女が。だが伊達や酔狂で成せることではない、か」

 

 おい、ふざけんなこのドS眼鏡。信じちゃっただろ。歴戦の軍人が信じちゃったじゃないか。

 おまえは無能無力のセレニィさんを一体どんな方向にプロデュースしようとしているんだ。

 

 セレニィは内心でジェイドに対して罵倒の限りを尽くす。

 

「仮に今回の会議で大して役に立たなかったとしても、その経験はきっと糧としましょう」

「なるほど… 貴君がそこまで買うのだ。もはや彼女の力は疑うまい… しかし、だ」

 

「ことはマルクト軍の機密にも関わること。おいそれと余人には聞かせられない… ですね?」

「分かっているではないか。彼女に不満があるというわけではないが、彼女のためにも…」

 

「万が一にもセレニィがマルクト軍の機密を漏洩した場合、私が責任持って処分しましょう」

 

 !?

 

 いやいやいや… なんで勝手に人の命をかけちゃってるの? そこは自分の命じゃないの?

 セレニィは衝撃の余り口をパクパクしながらジェイドを見詰めている。

 

「というのは冗談で… まぁ億が一にもないでしょうが、その時は私が責任を取りますよ」

「あ、あはは… そっすか(ビックリさせんなコラー! 心臓止まるかと思ったわい!?)」

 

「ま、そういうわけで彼女の能力と人間性は私が保証します。どうでしょうか? お二方」

 

 そうまで言われてはグレンらにも返す言葉がなく、セレニィの同席を認めることと相成った。

 本人にとっては、「ありがた迷惑ここに極まれり」といったところであったが。

 

 各々が席に腰掛けたのを確認すると、グレンが口を開く。

 

「さてタルタロスの乗員兵らの証言も出揃っているが、念のため、現状をおさらいしよう」

「あ、はい… ありがとうございます」

 

 グレンの丁寧な説明により、セレニィの多少足りてない頭でもある程度は理解できた。

 

 ・セントビナーやエンゲーブにタルタロスの乗員兵が落ち延びてきたので事情は聞いた。

 ・そこにノコノコ神託の盾兵がやってきて検問敷こうとしたので厳重抗議して追い払った。

 ・生き残りの証言をもとに近く本国から正式にローレライ教団へと向けて抗議する予定。

 

 だいたいこんな感じらしい。

 

 うん、だからなんでこんな重要そうな会議の席にこんな雑魚で部外者が混ざってるのかな?

 ……まったく、わけがわからないよ。胃の痛みと戦いながらセレニィは心中でつぶやく。

 

 こういう席こそルーク様やイオン様が相応しいはずなのだ。こんな特別扱いは御免こうむる。

 

 

 

 ――

 

 

 

 そして陽が完全に沈み、空に星が瞬く頃にようやくセレニィは解放されることとなった。

 あれだけ長い時間拘束されて決まったことといえば今後の経路くらいである。

 

 南にあるカイツールという街に向かい飛んで行くこととなった。勿論、アリエッタとともに。

 

 セレニィがしたことといえば、移動に関してはアリエッタ一択と強く主張したくらいだ。

 せめてもの癒しがほしい彼女としては捨てられる選択肢ではなかったのだ。

 

 今現在は疲れから会議机に突っ伏している。そこにジェイドが飲み物を持って現れた。

 

「あー… しんどい…」

「お疲れ様でした、セレニィ。初めてにしては中々のものでしたよ?」

 

「いやいや、全然だったじゃないですか」

「そうでもありませんよ。貴女の指摘のおかげで旅券の手配も行えましたしね」

 

「あー… あれですか」

 

 うん、アレにはびっくりした。

 何気なく指摘するまで誰も旅券について気付いてなかったそうな。

 

 キムラスカに不法入国するつもりだったんかい、と思わんでもない。

 まぁ、イオン様とアニスさんとアリエッタさんは大丈夫なんだろうけど。

 

 そう思いながら今後の旅についてセレニィは思いを巡らせる。

 

「セレニィは中々に気配り上手ですからね。全部終わったら、私の部下になりませんか」

「絶対にノウ」

 

「おやおや… 嫌われたものですねぇ」

 

 小さく肩を竦めるジェイドの姿にも、セレニィの心はなんら痛痒を覚えない。

 なんだかんだと、このドSとも軽口を叩けるような間柄にはなったものだ。

 決して嬉しくはないが。決して嬉しくはないが。大事なことだから二度言いました。

 

 キムラスカの首都であるバチカルとやらに着けば一先ず旅の終わりは見えてくる。

 その後に自分がどうなるのかは分からないけど、まぁ、なんとでもなるだろう。

 様々な胃痛から解放されて、きっとそれなりに幸せな未来が待っているに違いない。

 

 小市民ではあるが生来の脳天気さも併せ持っている彼女は気楽にそう構えることにした。

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