TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー   作:(╹◡╹)

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38.友愛

 現在は食堂でホットミルクを自分で用意し、それを飲みながら食事の時を待っている。

 え? ジェイドが飲み物を用意してくれてたんじゃなかったかって? あははは…。

 

 確かに彼は、先ほど飲み物を持って現れましたね。……自分の分だけ手に持ちながらな!

 

「(労うなら徹底しろよ、ドS。寝てる時に眼鏡回収して指紋だらけにしてやろうか…)」

 

 そんなことを考えつつもホットミルクを一口。胃に優しく、荒んだ心が癒されるようだ。

 

 まぁ眼鏡指紋作戦を実行すれば、間違いなく指紋鑑定されて吊し上げを食らうだろう。

 ドSにそんな隙を見せれば後でどんな仕返しを食らうことか。やはり今は雌伏の時だよね。

 

 ふと耳を澄ませば、表からガヤガヤと声が響いてきた。仲間たちが戻ってきたのだろう。

 

「ふぃー… 疲れた疲れたー。なんだかんだと結構暇は潰せたなー」

「ま、そうだな。ソイルの木とか道具屋とか色々とあったしな」

 

「みなさん、おかえりなさい(こっちは睡眠+会議で缶詰でしたけどね… ふへへ…)」

 

 椅子の向きを変えて立ち上がり、呑気にセントビナーの観光をしていた面々を迎え入れる。

 

 う、羨ましくなんてないぞ。これは、そう、優雅な時間を謳歌した面々への静かな怒り。

 アリエッタさんやイオン様やアニスさんとデートしたかったけれど… はい、羨ましいです。

 

「セレニィさんがいなくて寂しかったですのー! ずっと一緒ですのー!」

 

「セレニィ、目が覚めたのね! ……良かったわ、本当に」

「無事でなによりです、セレニィ。……心配しましたよ」

 

「まったくもー… 無理ばっかりして。根暗ッタが殺したんじゃないかと焦ったじゃない」

「アリエッタ、大好きなセレニィにそんなことしないモン! アニスのイジワル!」

 

「俺も含めて君はこれだけの人間に心配かけたんだ。以後、肝に銘じて無理は程々にな」

 

 ミュウが、ティアが、イオンが、アニスが、アリエッタが、ガイが、そう話し掛けてくれる。

 ルークも輪には加わらないものの、ホッとしたような表情を見せてくれている。

 

 ええ人たちや、ホンマに… 某死霊使い(ネクロマンサー)除く。セレニィは目尻に涙を光らせつつそう思う。

 別に(あの場面では)無理はしていないが、萌え死なんて死因は明かせないので流すしかない。

 

 と、そこで『ある人』がいないことに気付く。話題を換える意図も手伝い声に出して尋ねる。

 

「おや、トニーさんは? ひょっとして軍基地所属に変更でお別れってことですか?」

「彼には明日の出発のための準備を色々としてもらっています。明日には合流できますよ」

 

「なるほど、トニーさんも同行してくれるんですね… なら、良かったです」

「お、セレニィはトニーのことが気になってるのか? 落とせるかは努力次第ってトコだな」

 

「そんなんじゃないですよ。ガイさん、あんまりふざけたこと抜かすと抱き着きますよ?」

「ひぃいいいいいいッ!?」

 

「クスクスクス…」

 

 常識人枠がこれ以上減ってしまえば胃に深刻なダメージを受けるため、必死なだけなのだ。

 

 ふざけたことを抜かしてきたガイを脅して、邪悪に満ちた黒い笑顔を浮かべるセレニィ。

 ガイを撃退してスッキリしたが、自ら女の武器を使うことで心に傷を負う諸刃の剣でもある。

 

 ほんのりダメージを負いつつ… セレニィは頭を下げた。自らのすべきことのために。

 驚く仲間を制しつつ、彼女は言葉を続ける。誠意ある謝罪をしなければ捨てられるのだ。

 

「度々ご迷惑をおかけして申し訳ありません。私のせいで貴重な一日を無駄にさせて…」

「べ、別にいいって! 弱い奴に無理させたってしょうがねーからな!」

 

「ルーク、セレニィは弱くなんかないわ! その言い方はちょっと酷いんじゃないかしら?」

 

 悲しそうに頭を下げるセレニィの姿に慌てたルークが、慌てて彼なりのフォローを試みる。

 意図は伝わるが余りにぶっきらぼうな言い様に、ティアがルークを窘めようと口を開く。

 

 が、セレニィの方を振り返り硬直する。彼女は双眸から透明な涙を流し呆然としていたのだ。

 

 その場に気不味い空気が漂う。誰もが静かにルークを責めるような視線を送っている。

 

 仲間からの心ない発言で傷付いてしまった献身的な少女の姿に、皆一様に心を打たれ口を噤む。

 ……無論、大いなる勘違いでしかないのだが。

 

「(“弱い奴に無理させても仕方ない”… 嗚呼、なんと心に響き渡る素晴らしい名言だろう)」

 

 それは感動の涙であった。

 

 この世界に来てからというもののデッドリーなイベント群は絶え間なく、むちゃ振りの連続。

 たまに命の危険はない問題に当ってもストレスで胃痛がマッハな事態になることしばしば。

 オマケに巨乳やドSは何を勘違いしたのか、こちらに、能力以上の要求ばかりをしてくるのだ。

 

 もう半分以上は諦めていた。この面々と過ごす限り、自分の胃に安息の日は訪れないのだと。

 

 だが、違った。それは思い込みだったのだ。この世界にもほんのり優しさは存在したのだ。

 数多の萌える美女や美少女と出会えたように。そして今、ルークが言ってくれたように。

 

 感極まって涙を流してしまうのも無理はない。そしてセレニィは激情の赴くままに行動する。

 

「ありがとう、ルーク様! 愛してる!」

 

 笑顔を浮かべてルークの胸に飛び込む。100%混じりっけなしの好意… いわゆる友愛である。

 

「え? な、ちょっ… おい! いきなり抱き着いてくるんじゃねぇよ!」

「っと、ごめんなさい。あはは… 嬉しくて感極まっちゃって、つい」

 

「おいおい、ルーク… 顔が真っ赤だぞ? 知らないぞー… ナタリア姫にバレたら」

「バッ! こ、これは… そんなんじゃねーっての! 勘違いすんじゃねー!」

 

「うーん… セレニィがライバルか。これは強敵かも… アニスちゃんファイト!」

 

 危ない危ない… ついテンションが上がって、感情の赴くままに行動しちゃったぜ。

 いきなり男に抱き着かれちゃってもキモいだけだよね。流石にこれはないわー…。

 

 これが庶民にも寛容なルーク様じゃなかったら無礼討ち確定だったな。……反省反省。

 

 我に返ったセレニィは、誤魔化し笑いを浮かべて自分の頭をかきつつそんなことを思う。

 だが、それに納得しない者たちもいた。まずアリエッタがセレニィを抱き寄せる。

 

「うぅー… セレニィはアリエッタの妹なの! ルークにはあげないモン!」

「は、はい… アリエッタさん?」

 

「セレニィはママの娘でアリエッタの妹です。だから、セレニィもアリエッタの妹です!」

「あぁ… ライガのセレニィさんがアリエッタさんの妹だから私も妹と。それちょっと無理が…」

 

「セレニィはアリエッタの妹だモン!」

「はい、そうですね! お姉さん!」

 

「えへへー…」

 

 萌える美少女に逆らうという思考回路を持たないセレニィは、即答で頷いて妹になった。

 その回答に満面の笑みを浮かべるアリエッタを見て、生きててよかったと心から思う。

 

 流石に今回は心停止はしなかったが、塞がったはずの鼻血が再び漏れているのはご愛嬌か。

 

 当然と言うべきか、残る一人はティアであった。

 慈愛の笑みを浮かべて、アリエッタとセレニィを抱きかかえるようにしてそこに続く。

 

「そうね… 二人とも、私のことを『お姉さん』と呼んでくれていいのよ?」

 

「? アリエッタ、別にティアの妹じゃないです」

「お疲れのようですね… ティアさん、病院に行きましょうか? 頭のですよ」

 

「なんで私はダメなの!?」

 

 安定のティアさんであった。残念ながら妹や姉はポンポン生えてこない。これが現実である。

 

 そんな和気藹々とした空気の中、夕食が用意されて各々が互いに話を弾ませるのであった。

 

 

 

 ――

 

 

 

 そして、夕食後。

 

「ひゃっほい! 久し振りの風呂だー! 元日本人的にお風呂は欠かせないでござる!」

 

 かようなことを口走りながら男湯に特攻したアホが、廊下に放り出されたことを追記する。

 

「……解せぬでござる」

 

 流石に未だ女湯に交じる度胸はない。已む無く時間帯をずらして湯船に浸かるのであった。

 

「ふふふ… 湯船が(ぬる)いでござる…」

 

 久し振りの風呂はちょっとしょっぱい涙味がしたという。

 

 さて、セレニィが湯船に浸かっているちょうどその頃… 練兵場には3つの影が立っていた。

 ルーク、ガイ、そして少し前から鍛錬をしていたトニーである。

 

「おや、ルークにガイ… もう夜も更けていますけれど、この場所になにか御用でも?」

 

「ルークがここを借りたいって言ってな。そういうトニーこそ、どうしてここに?」

「自分には譜術の才がありませんから、これからの戦いでせめて足を引っ張らないようにと」

 

「そっか、熱心だな… ま、こっちも大体似たような理由だと思うが。だろ? ルーク」

「あぁ、トニーの邪魔はしない。だから、悪いけど少しの間ここを使わせてくれないか?」

 

「どうぞご自由に。あなた方は賓客なのですから、本来は自分に断る必要などないのですよ」

 

 そう言って、笑いながら頷く。

 

 トニーのその言葉にそれぞれ礼をしつつ、ルークとガイは互いの木剣を手に鍛錬を始める。

 頃合いを見計らってガイが口を開く。

 

「しかし、どうしたんだ急に… あぁ、なるほど。セレニィを守るためか?」

「なっ! そんなんじゃねーって言ってんだろ! 覚悟しろよ、ガイ!」

 

「おっと… 力任せに振り回しても逆効果だぞ? そういうところはまだまだだなー」

「そういう話になっていたのですか? フフッ、微笑ましいですね。自分は応援しますよ」

 

「いいのかい? セレニィはアンタも気にしていたようだったが…」

 

 ガイは「だからそんなんじゃねー!」と騒ぐルークをあしらいつつ、トニーに声をかける。

 とはいえ、トニーの方はその言葉にも穏やかな表情を崩さない。

 

「えぇ、もし本当ならお気持ちは嬉しいですが自分には故郷に婚約者もいますから」

「へぇ! そりゃあ素晴らしい… 式の日取りは決まってるのかい?」

 

「ウンディーネデーカンの吉日に… ま、休暇が取れればの話になりますけれどね」

「確かに和平次第になるだろうが、その時は仲間の好だ… 是非招待してくれよな!」

 

「えぇ、もちろん… っとガイ。ルークが」

「へへっ、隙ありぃ!」

 

「ん? ……うおっ!?」

 

 ルークの一撃に、ガイの木剣が宙を舞う。

 トニーとの話に夢中になっていると見るや、ペースを変えて高速の一撃を撃ち込んだのだ。

 

 宙を舞う木剣をキャッチしつつ、ルークがしてやったりという笑みを浮かべる。

 

「俺をナメんのも程々にしとけよなー?」

「ったく、参った参った。腕を上げたなぁ、ルーク。んじゃ、ここからは本気で行くぞ?」

 

「どっからでもかかってきな!」

「フフッ… ではガイの稽古の後には自分も協力しましょうか。無論、手は抜きませんよ」

 

「うぇっ! ト、トニーまでかよぉ…」

 

 かくしてルークは散々絞られ、終わる頃にはボロ雑巾のようにくたびれる羽目となるった。

 

 その一方で、男湯では…

 

「なんかついさっき、常識人枠が凄い勢いで死亡フラグを立てていた気がする…!」

 

 旅の垢を落としている小市民が、戦慄の予感に打ち震えているのであった。

 

「いや、きっと気のせいだよね… うん、そうに違いない。だから、この胃痛は気のせい…」

 

 でも、念のために風呂から出たらあの胃薬を飲まないと…

 

 そう決意しつつ、セレニィはセントビナーでの一時の休息にて英気を養うのであった。

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