TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー   作:(╹◡╹)

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41.六神将

 東ルグニカ平野を南下する陸上装甲艦タルタロス… その艦橋(ブリッジ)にて三人の男が集まっていた。

 

 一人は“黒獅子”ラルゴ。ジェイドらに負わされた傷も癒え、このたび復帰が可能となった。

 一人は“鮮血”のアッシュ。苛々した様子で時折剣の柄を鳴らしては、舌打ちをしている。

 一人は空飛ぶ椅子に腰掛けた、眼鏡の男性。その顔には薄っすらとした化粧が施されている。

 

「一体どうなってやがる! 導師や『死霊使い(ネクロマンサー)』らを取り逃がして以来のこのザマはッ!」

 

 赤毛の男… アッシュが辺り一面に怒鳴り散らす。

 とはいっても、その程度のことに萎縮するような神経の細い者はこの場には存在しない。

 

 眼鏡の男が軽く溜息をついて肩を竦める程度だ。その様子にラルゴが声をかける。

 

「……ディストよ、他の面々はどうしたのだ?」

「リグレットは本部からの出頭命令で飛んでいきました。シンクは“例の件”の下準備です」

 

「アリエッタは?」

「連絡がつきません。アレも気紛れですからね… どこでどうしていることやら」

 

「……ふむ」

 

 眼鏡の男… ディストと呼ばれた彼の言葉にラルゴは顎に手を当て考え込む。

 

 このディストと呼ばれた男こそが、六神将の最後の一人… “薔薇”のディストなのだ。

 譜業(ふごう)と呼ばれるカラクリ仕掛けの機械分野にて、優れた才能を発揮する天才である。

 

 しかし、天才ながら所謂『紙一重』の属性も併せ持っており敬遠されがちな人間でもある。

 そのせいか、本人の自称たる“薔薇”よりも“死神”という通り名の方が有名になる始末だ。

 

 思考を中断して、ラルゴは再び尋ねる。

 

「リグレットの出頭命令、か… どういう名目かについては聞き及んでいるか?」

「さぁ? そこまでは知りません。……興味もありませんので」

 

「確か『タルタロス襲撃の件でマルクトから抗議が来た』って話だ。あと、別件とやらもな」

「……別件だと? それは一体」

 

「そこまで俺が知るか! この場にいないヤツのことなんざ放っておけ!」

 

 アッシュの一喝とともにその場には沈黙の帳が降りる。

 

 ラルゴは再び考え込み、ディストは自分的に無意味なこの会合の一刻も早い終わりを願う。

 もとより団体行動に向かないディストとしては、早く戻って研究に取り掛かりたかった。

 それをしないのは、(ひとえ)にアッシュの示す『餌』が彼にとり魅力的だったからに他ならない。

 

 ややあって、ラルゴが口を開く。

 

「……まぁ、いい。今後の予定は決まっているのか?」

「あぁ、カイツールでヤツらを待ち伏せる。その上で人質でも何でも使っておびき寄せる」

 

「少し、アッシュと私で調べたいこともありましてねぇ。ついでにそれも行う予定です」

「ディスト、余計なことを言うんじゃねぇ!」

 

「……なるほど。独断、というわけか」

 

 導師の奪還も行うつもりではあろうが、そこに一工程、何かを含ませようとしている。

 それをアッシュたちの独断によるものと見抜いたラルゴは、小さく嘆息を漏らした。

 

 ラルゴに聞かせる予定のなかった話まで口走ったディストを睨みつけるアッシュ。

 当のディストはといえば何処吹く風といった様子である。むしろ堂々と反論してみせた。

 

「アリエッタがいない以上、ラルゴにも話して協力を求めるのが合理的というものです」

「……あァ? どういうことだ!」

 

「六神将でまともに部隊を指揮できる者など、リグレットを除けばラルゴくらいでしょう」

 

 今回の作戦は確かに、迅速な行動を可能にする高い指揮能力が求められるものである。

 魔物を手足の如く扱えるアリエッタに頼れないとあれば、自然と人選は限られてしまう。

 

 そしてアッシュもディストも、こういった部隊行動にはまるで不向きであるといえる。

 

 暗に「おまえの計画はこのままじゃ失敗する」と告げられ、アッシュは憮然とする。

 といっても常から不機嫌そうな仏頂面なので、親しくない者にとっては変化が見られないが。

 

 拗ねたように唇を尖らせつつも、ディストの腹が立つ言葉尻を捕まえようと口を開いた。

 

「シンクはどうだってんだ? 参謀もやっているくらいだ。アイツは頭は回るぞ」

 

 それに対してディストは眼鏡を直しつつ、鼻で笑って言葉を返す。

 

「シンク? 確かにアレは目端が利いていて、大抵の物事を如才なくこなしますねぇ」

「だったら、部隊の指揮も…」

 

「頭の回転も、私ほどでないにせよまぁまぁでしょう。……ですが、それだけです」

「……はぁ?」

 

「だから、アレは参謀止まりなのですよ。ま、私も人のことを言えた立場じゃありませんが」

「何を言ってやがる? 部隊を率いるなんざそれだけで」

 

「貴方も『十で神童』と謳われた人間のはず。『ただの人』でなければ自力で考えなさい」

 

 肩を竦めて「やれやれ…」といった仕草で話を打ち切ったディストにアッシュは怒りを抱く。

 睨みつけても小馬鹿にした笑みを浮かべるばかりで、これ以上は語るつもりがなさそうだ。

 

 そんな二人の間に漂う空気が剣呑なものに変わる間際を(あやま)たず狙って、ラルゴが口を挟んだ。

 

「……構わん。俺で良ければその話、引き受けよう」

「おや、よろしいのですか?」

 

「フッ、分かりきった質問を繰り返すのは合理的ではないな。“死神”の名が泣くぞ?」

「きぃぃぃっ! この美と英知の化身たる私が、どうして“死神”なんですかーっ!」

 

「フン、分かりゃいいんだよ! ラルゴ、待ち伏せ方や作戦の詳細についてはオマエに任せる」

 

 快く引き受けてくれたラルゴに対して、上機嫌を表に出すアッシュ。

 ディストと軽口の応酬を交わしている彼に対して、自分なりの最大限の便宜を示す。

 

 しかしそれを聞いて、ラルゴの方は苦々しい表情を作った。

 

「それなのだが、アッシュよ… 『待ち伏せ』に関しては難しいだろう」

「なに? ……どういうことだ」

 

「セントビナーでの神託の盾(オラクル)騎士団排除の手際に加え、外交からのリグレットの出頭命令」

「………」

 

「分かるか? タルタロスの奇襲時を除き、相手は常に我らの一手先を進んでいるのだ」

 

 ラルゴの言葉に「性悪ジェイドならやって不思議はありませんね」とディストは鼻を鳴らす。

 ディストの言葉に後押しされたというわけではないだろうが、ラルゴは更に言葉を続ける。

 

「恐らく『待ち伏せ』を受けるとしたら我らの方… そのつもりで動くべきだろう」

「……ッ!」

 

「……アッシュ?」

「認めねぇ… アイツが、あの『屑』がこの俺より先に進んでるだと? そんなの…ッ!」

 

「落ち着け、アッシュ。……この状況はオマエのせいではない」

 

 激昂するアッシュを、慌てることなくその肩に手を置き宥めるラルゴ。

 ちなみにディストは我関せずと椅子に乗ったまま浮かんでいる。

 

 ラルゴはほとんど表情を変えることなく、常のようないかめしい顔付きで言葉を綴る。

 淡々と。ただの単語の羅列を並べるように。

 

「こうなったのも俺が死霊使い(ネクロマンサー)めに二度も敗北し、リグレットが連中を取り逃がしたためだ」

「………」

 

「臆病風に吹かれろとは言わん。が、敵を必要以上に侮るな… 失敗を繰り返さんためにもな」

「……失敗したのは俺じゃなくてテメーらだろうが」

 

「フッ、違いない。ならばこれは、二度も無様を晒した哀れな男の忠告とでも思ってくれ」

 

 そう言ってもう一度アッシュの肩を叩けば、彼は照れたような複雑な表情を浮かべる。

 ややあって「うるせぇ! 俺に指図するんじゃねぇ」とその手を振り払い、艦橋(ブリッジ)を後にした。

 

 後にはラルゴとディストの二人が残された。やがて沈黙を破り、ディストが口を開いた。

 

「ま、大丈夫でしょうよ。ああまで言われて分からないほどの馬鹿ではないでしょうから」

「……だと、良いがな」

 

「しかし見事なものでしたよ。……アリエッタにもそうやって接してやればいいものを」

「俺は軍人の在り方しか教えられん。アレにはかように血生臭い世界は似合わぬだろうさ」

 

「ハーッハッハッハッハッ! 全く… まるで、どこかの聖職者のような口ぶりですねぇ?」

 

 互いにローレライ教団に籍を持つディストの痛烈な揶揄に、ラルゴも「抜かせ」と苦笑いだ。

 ひとしきり笑い合ってから、ディストがやや真面目な表情を作って口を開いた。

 

「しかし、何故受けたのですか? 私はてっきり断られるかと踏んでいたんですがねぇ」

「確かに無謀に過ぎる作戦だ… 成功率は低かろう。そういう貴様こそ何故受けたのだ?」

 

「失敗を恐れていては譜業(ふごう)研究など出来ませんからね。私は成功のみを信じて動きます」

「フッ、大したものだ。俺はただの復讐だ… キムラスカには一方ならぬ恨みがある故な」

 

「……本当にそれだけですか?」

 

 真っ直ぐ見詰めてくるその眼鏡の奥の瞳には、生半可な虚言ならば容易く見通さんばかりの光が込められていた。

 ラルゴはしばし迷ってから… 口を開く。

 

「この一連の流れが繋がっているなら… 敵は『政治』を駆使してきているのかもしれん」

「……そうかもしれませんね。ですが、それが何か?」

 

「『政治』という怪物の前では、万夫不当の豪傑とてただ削り潰されるだけの獲物に過ぎん」

「貴方が言うと妙に説得力がありますねぇ…」

 

「確かに我らは奇襲に成功し、タルタロスもこうして奪っている… なのに今はどうだ?」

「……確かに、アッシュが苛立つ気持ちも分からないではありません。嫌な空気ですからね」

 

「知らぬうちに絡め取られるようなこの感覚… この俺を破った一人の少女を思い起こさせる」

 

 確かに今の絵図が、たった一人の人間に誘導されて仕上がったものであるなら驚異の一言だ。

 真綿で首を絞められ続けるならば、無謀は覚悟の上で動かねば詰むことにもなりかねない。

 

 そう考えたところに続くラルゴの発言に、ディストは椅子から転げ落ちそうなほどに仰天する。

 思わず食ってかかるほどの勢いでもって彼に詰め寄る。

 

「ちょ、ちょっと待って下さい! ラルゴ、貴方を破ったのはジェイドのはずではッ!?」

「二度目は確かにそうだが、最初に手傷を負った時はその少女の策に嵌まったことが大きい」

 

「なん… ですって…」

「俺に手傷を負わせたのは死霊使い(ネクロマンサー)だが、恐らく全てはアレの筋書き通りだったのだろうよ」

 

「………」

 

 言葉もないままに呆然とする。流石に六神将がそこらの少女に敗れるなど想定の範囲外だ。

 ましてやラルゴが相手とあれば、敵ならば油断も慢心もなく確実に仕留められることだろう。

 

 話を聞く限りでは、むしろジェイドの方こそ少女の手足として使われているのではないか?

 そんな思考にさえ行き着いてしまう。……だが、そんなディストをさらなる衝撃が襲う。

 

「リグレットは策に翻弄され、死霊使い(ネクロマンサー)なしのアレに撃破されたぞ。言い訳の余地なくな」

「なぁっ!? あ、あのリグレットまでですか… 念のため確認しますが、油断や偶然は…」

 

「フッ、偶然で六神将の二人までが撃破されては大事件だな。油断は… 想像に任せよう」

「………」

 

「口では説明しにくいが… この徐々に道が塞がれて誘導されていくような感覚がどうも、な」

 

 恐らくラルゴなりに、これまでの戦場経験から『何か』を感じ取った結果なのであろう。

 となれば、この盤面はたった一人の知恵者の手によって支配されていたことに繋がる。

 

 “あの”ジェイドすらをも易々と使いこなす悪辣なる手腕。時に自ら危険に身を置く決断力。

 

 加えて老獪無比なる政治力。……なるほど、これはラルゴの警戒も頷けるというものだ。

 

「……ラルゴ、その少女の名はご存知ですか?」

「確か… 『セレニィ』と呼ばれていたな」

 

「フフフ… セレニィ、ですか。覚えましたよ… 貴女はこの“薔薇”のディスト様の獲物です!」

 

 椅子を回しながら高笑いを上げるディストに対し、「三人目になるなよ?」と窘めるラルゴ。

 

 かくして各々の都合で闘志を燃やし、一路カイツールへと向かう六神将。

 彼らの作戦が果たしてどのような成果をもたらすのか、まだ、それを知る者はいない。

 

 

 

 ――

 

 

 

 一方その頃、セレニィはといえば宿の窓から覗く満天の星空を眺めていた。

 

「海の近くだからでしょうか? 綺麗な星空ですねぇ」

「はいですのー!」

 

「あ、流れ星だー。幸せになれますよーに!」

「ですのー!」

 

「あははー… ははは… はぁ…」

 

 昼食時に聞かされた、ジェイドからのむちゃ振りからの現実逃避に没頭するためである。

 しかし、現実さんはデンと彼女の前に立ち続ける。何処にも行ってくれる気配はない。

 

 ティアのことは嫌いではない。死んで欲しくもない。だがこれは流石に無茶が過ぎるのだ。

 

「(しかも、どっかで死亡フラグが立った気がするし… いや、うん、きっと気のせいだ)」

 

 そして彼女は今日も常備薬となった胃薬に手を伸ばすのであった。

 大丈夫… きっとこれを乗り越えられればあとは楽になる。そう自分に言い聞かせながら。

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