TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー   作:(╹◡╹)

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53.暗雲

 セレニィがミュウを連れて先ほどの部屋に戻れば、まだ先ほどの議論の真っ最中であった。

 説得役として残ったルークではあったが、実際は仲間たちが彼へ再考を呼びかけていた。

 

「だから、ヴァン師匠は俺を助けようとしてくれたんだって!」

「仮にそれが事実だとしても、彼には不審な点が多過ぎます。話は聞くべきでしょう」

 

「ねぇ、みんな。取り敢えずヴァンを殺せば割りと大体解決する気がするの」

 

 議論は平行線である。飽くまでヴァンを庇うルークと、ひとまず締め上げるべきとする仲間。

 まぁ、中には一部のティアさんのように「取り敢えず殺そう」と提案する者もいたのだが。

 

 安定のティアさんということで、そのふわっとし過ぎた提案は華麗にスルーされているのだが。

 それでも一切めげない辺りは、流石は鋼のメンタルを持つ神託の盾(オラクル)騎士団期待の新人である。

 

「はーい、みなさーん! そろそろお開きにしましょうかー」

 

 そこにセレニィがパンパンと柏手(かしわで)を鳴らしながら割って入る。自然、注目が彼女に集まる。

 笑顔を浮かべながら彼女は続ける。

 

「議論大いに結構ですが、(いささ)か熱がこもり過ぎているご様子。続きは明日に改めては?」

「ふむ…(この胡散臭い笑顔、どうやら彼女なりに何らかの収穫はあったようですね)」

 

「セレニィ、ヴァン師匠は大丈夫なのか?」

「無論無事ですが、若干の混乱も見られますねー。そこも含めて、明日話し合いませんか?」

 

「分かりました。いずれにせよ煮詰まっていましたからね… 私はかまいませんよ」

 

 一行を代表する形でジェイドが頷くと、ひとまず解散するという形で事態は落ち着いた。

 みんなが部屋を去ろうとする中、セレニィがそこに言葉を付け足す。

 

「あ、イオン様とジェイドさんはこの後ちょっとだけお時間をいただきたいのですが…」

「私はかまいませんが、どういったお話でしょうか?」

 

「バチカルについてから私の今後のことを含めて少し… 勿論、無理にとは言いませんが」

「なるほど… 私はかまいません。イオン様、いかがでしょう?」

 

「えぇ、僕も大丈夫ですよ。アニス、先に帰って休んでいてください」

「はぁーい。じゃあ、あたし暖かい飲み物でも用意して待ってますからねー」

 

「すみません。そう長いお時間は取りませんので…」

 

 いずれの勢力にも属さない… というより、記憶も国籍すらも思い出せないセレニィである。

 自身の今後を、マルクト軍高官のジェイドや教団の導師イオンに相談するのは自然だろう。

 

 とはいえ、おおっぴらにも話し難い。そう納得した残りの面々は理解を示して部屋を後にする。

 かくして部屋の中にはジェイド、イオンにセレニィの三人が残される。……ミュウもいるが。

 

 それを見計らってジェイドが口を開く。

 

「さて、では本題に入りましょうか。……セレニィ、貴女は何を企んでいるのです?」

「企むなんて人聞きの悪い… ま、否定はしませんけどねぇ」

 

「? 『バチカルに到着後のセレニィの今後について』ではないのですか?」

「それも嘘ではありません。本題は『ティアさんを救う目処がついた』ことについてですが」

 

「それは本当ですか? 流石はセレニィです。ですが、それなら隠す必要もないのでは…」

 

 セレニィの表情から何かを企んでいることを察していたジェイドである。

 

 彼が切り込めば、彼女は溜息とともに肯定し『ティアを救う算段がついた』ことを明かす。

 喜色を浮かべるイオンとは対照的に、セレニィの表情は冴えない。

 

 散々考え抜いても光明が見えなかったティアの処遇について、解決したというのだろうか?

 上手く行き過ぎる話に若干の不審を抱きつつ、ジェイドはセレニィに先を促す。

 

「ヴァンさんの協力を得られました。この状況を利用して彼女の印象を逆転させます」

 

 そうしてセレニィは、ヴァンと交わした密約についてジェイドとイオンに説明する。

 

 ・ティアを『兄の道ならぬ想いを止めるために行動した善意の人』に仕立てあげること。

 ・ヴァンの協力条件としてローレライ教団大詠師モースを失脚させる必要があること。

 ・そのためにはマルクト軍高官であるジェイドと教団導師であるイオンの力が必要なこと。

 

 それらを淡々と説明してみせた。

 

「なるほど… 誤解だったのですね。しかしヴァンには辛い役割を強いてしまいますね」

「というより、セレニィはどうやってそんな汚名を着ることを承諾させたんですか…」

 

「そこはまぁ… ティアさんの命がマッハなことを示しつつ、チョチョイと丸め込んで?」

「悪魔ですか?」

 

「いやいや、スーパードS人のアンタに言われたくねーですから」

 

 ジェイドから呆れの視線とともに向けられた謂れ無き中傷に、セレニィは憤慨してみせる。

 一方彼女の言葉に少し考えていたイオンではあるが、顔を上げて一つ頷くと口を開いた。

 

「ヴァンには悪いですがそれしかティアを救う方法がないならば、彼の好意に甘えましょう」

「はい。そこでイオン様には、モースと対抗する際の御旗になっていただきたいのですが」

 

「えぇ、僕がそのお役に立てるというのであればどうぞ存分に。あなたの指示に従いますよ」

 

 イオンにしてみればこの問題、ティアの命の危険さえ回避できれば解決成功と言えるのだ。

 チーグルの森でのやり取り一端を示したとおり、イオンの倫理観は非常に幼くまた拙い。

 

 モースやヴァンが多少不利益を被ろうとも命までは奪われないのだから、という考えがある。

 誰かの命を救うため力を尽くせるが、その結果別の誰かが不利益を被ることに頓着しない。

 

 幼さと脆さが未成熟な倫理観の中に同居しているのだ。そんなイオンにセレニィが声を上げる。

 

「えっ! 指示に従うって… な、なんでもですか! イオン様!?」

「え? えぇ…」

 

「落ち着きなさい、セレニィ。……これ以上、脱線するようであれば『お仕置き』ですよ?」

「アッハイ…」

 

 しょぼんとした表情で落ち着いたセレニィと、彼女の真似をするミュウにイオンは吹き出す。

 そんな光景にやれやれといった仕草で肩をすくめつつ、ジェイドは今後のことを口にする。

 

「ではヴァン謡将への追及は一旦ストップですか。彼の機嫌を損ねてはこの策は成立しない」

「ただ、叩けば幾らでも埃が出てきそうな人なんですよねー… ヴァンさんって」

 

「ま、仕方ありませんよ。この策が成立すれば彼は恐らくしばらくは牢獄送りですからね」

「とはいえ、ルーク様と… ナタリア殿下、でしたっけ? 彼女との結婚で恩赦が出るかと」

 

「なるほど、そこも計算づくでしたか。となれば二、三年ですか… 悪くない拘束期間ですね」

 

 ドSと邪悪の話し合いに耳を傾けつつ、イオンは内心「(ご愁傷様です、ヴァン)」と思う。

 苦笑いを浮かべるイオンを余所に、ジェイドがセレニィに尋ねる。

 

「しかしセレニィ、私に役割はあるのですか? それとも、この話を聞かせるだけですか?」

 

 確かに、「こういう策を企んでいる」と事前に話を通してもらうだけで大分違うものだが。

 すると彼女は首を振り、意外な申し出をしてきた。

 

「いえ、ジェイドさんには私に席を用意してもらいたいのです。和平の使者一行としての」

「……ほう。確認しますがセレニィ、貴女は自分の言っている意味が理解できますか?」

 

「はい。この策の成立のため、バチカルで大詠師モースと直接対決するのは… この私です」

 

 ジェイドの瞳を真っ直ぐ見詰め返して、彼女はキッパリと言い切った。

 言われた側のジェイドは感嘆の溜息を漏らしつつ、黙考している。

 

 一方のセレニィに、自分を信じるとか義によって立つなどの立派な考えがあるはずもない。

 単に少しでも死に確率を下げようという切実な思いがあっただけに過ぎない。

 

「(負けても降りても全財産を溶かす博打… だったら全ブッパで乗っかるしかない!)」

 

 追い詰められたと勘違いした小物が巨獣に牙を突き立てるのだ。失敗したでは済まされない。

 仲間たちを冷静に分析した結果… 自分にしか可能性がないことも悲しいことに理解していた。

 

 ルークやイオンは性格が素直で優しすぎる。こういったことへの適性は皆無と言っていい。

 

 他を見ればアニスと辛うじてガイならば適性が見られるが、アニスは教団所属の人間だ。

 彼女の立場を考えれば、モースを追い落とすのはどうしても無理が出てくる。

 

 ガイはファブレ公爵家に雇われているとはいえ一介の使用人だ。そういう場には出られない。

 トニーも少し調べればマルクトの軍属であることが明らかにされるだろう。難しい。

 

 ティアは論外だ。かといって、和平の使者としての役割も持つジェイドには任せにくい。

 

 そもそも彼の目的を考えれば、いざという時真っ先に切り離されるべきがセレニィなのだ。

 上手く話をまとめられるかもしれないが、それが=セレニィの生存に結び付くとは限らない。

 

 というか、あのドSに命綱持たせてバンジージャンプなんて怖すぎる。絶対にしたくない。

 腕が疲れたとか空が青いからとかいう理由で、あっさり命綱を手放してきそうな予感がする。

 

「(どうしてこうなった… もう泣きたい…! 凄く泣きたい…!)」

 

 半泣きの状態で頭を抱えてキリキリ迫り来る胃の痛みと戦っていると、ジェイドが口を開いた。

 

「分かりました。貴女にその覚悟があるのなら席を用意をしましょう… とっておきのね」

「? はぁ… まぁ、よろしくお願いします。モースさんと話せればいいんで」

 

「えぇ… お任せ下さい。きっとご満足いただけるかと」

 

 にっこり微笑むジェイドに何故か背筋が寒くなりつつも、セレニィは頷いて了承の意を示す。

 続いてジェイドが言葉を紡ぐ。

 

「ですが、そういうことならば… このことを知る人間が少ないのは幸いでしたね」

「どういうことですか? ジェイド」

 

「事が終わるまでこの話は内密にすべきでしょう。何処から漏れるか分かりませんしね」

「アニスさんにも秘密にするんですか? ちょっと可哀想な気も…」

 

「いえ、万全を期すためというのならやむを得ません。アニスならきっと分かってくれますよ」

「……ま、イオン様がそう仰るなら。終わった後に種明かしすればいいんですしね」

 

「えぇ、そういうことです」

 

 そう言って眼鏡のブリッジを上げて直しつつ、ジェイドはセレニィの特性について考える。

 導師イオンはともかく、まさか彼女までがこんな当たり前のことに考えが及ばないとは。

 

「(やれやれ… ここまで悪辣な策を仕掛けながら、身内には懐が甘いものです)」

 

 そして同時に、攻防にアンバランスさを抱える彼女の危うさにも一抹の不安を覚える。

 いつか下らぬ罠や裏切りによって、あっさりと命を落としかねないと心配にもなる。

 

 これまでの危ない橋の何度か… 特に人質にされた件は彼女の警戒心の薄さに起因する。

 他人との距離を大事にして踏み込ませるのを嫌う割りに、どうも根本的にお人好しなのだ。

 

 いや、もっと言えば『平和ボケしている』と言い換えてもいいのだろうか? だが…

 

「(それも彼女の良さと考えますか… もしもの時には私たちでフォローすれば良い)」

 

 それも杞憂かと考え直す。何故なら彼女は一人ではなく、仲間たちがいるのだから。

 

「おーい、ジェイドさーん。どうしました、固まっちゃってー? 眼鏡の電池切れました?」

「電池切れちゃったですのー?」

 

「え? ジェイドって眼鏡の電池で動いているんですか? 僕、知らなかったです…」

「……イオン様やミュウが信じたらどうするんですか。新しい譜術の実験台にしましょうか?」

 

「理不尽なっ!?」

 

 彼女に薄く微笑んでそう言えばセレニィは半泣きになって頭を抱え、震え始めた。

 理不尽ではない、正当な怒りの発露である。ジェイドは内心でそう主張した。

 

 その後、少し話し合って以下の点を取り決めた。

 

 ・今回の話し合いは「セレニィの今後の身の振り方について」の相談であったとすること。

 ・セレニィはヴァンからモースについて聞き取り調査を密に行い、傾向と対策を立てること。

 ・ケセドニアで和平の使者一行としてのものにあつらえたセレニィの服装を用意すること。

 

「……と、まぁこんな感じでしょうかね」

「流石に私の服まではやり過ぎのような… 私、大してお金持ってませんよ?」

 

「構いませんよ。今回はヴァン謡将にも頼れませんし私の方で出しましょう」

「え? はい? ……一体何を企んでるんですか?」

 

「ちょっとした『先行投資』ですよ。貴女じゃあるまいし、さほど悪辣なことは考えてませんよ」

「………」

 

 にっこりと笑顔を浮かべるジェイドを、極めて胡散臭げに見詰めるセレニィ。

 信頼と実績のドS故に致し方ない。

 そんな彼女に、似ても似つかぬ純真な笑みを浮かべたイオンが声を掛けてくる。

 

「良かったですね、セレニィ。買い物の際には僕やアニスが同行しても構いませんか?」

「ほ、本当ですかイオン様! も、勿論喜んで!」

 

「みゅう! ボクもお買い物楽しみですのー!」

「そうですね、ミュウさん! 私、とっても楽しみになってきました!(デート! デート!)」

 

「ははははは… いや、喜んでいただいてなによりです」

 

 かくして喜びはしゃぐ一人と一匹、それを微笑ましげに見守る二人によって話は締め括られる。

 

 中継地点である交易都市ケセドニアで船を乗り換えれば、後はバチカルまで一直線だ。

 決戦の時は近い。

 

 果たしてジェイドの感じた不安は当たるのか否か…

 (にわか)に月夜に立ち込め始めた暗雲が、彼らに起こる未来の出来事を暗示しているようであった。

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