TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー   作:(╹◡╹)

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55.裁可

 ローレライ教団の大詠師モースと、マルクト帝国よりの和平の使者セレニィ・バルフォア。

 二人が対峙する謁見の間はこれから巻き起こる嵐を予感し、静かな緊張に包まれていた。

 

 固唾を呑んでその行方を見守らんとする者たち。……その中には導師イオンも含まれていた。

 

「(相手は“あの”モース… セレニィは一体どう立ち向かうつもりなのでしょう。それに…)」

 

 頭によぎるのは、謁見直前にジェイドに引き摺られながら彼女が告げてきた不可解な言葉。

 曰く、「自身が『傀儡』という言葉を口にしたら“モースを庇って欲しい”」というもの。

 

 いざという時の援護を求めるならばまだしも、何故その逆の指示をするのか? 分からない。

 そうこうしているうちに、セレニィの方からインゴベルト六世に向ける形で口火を切った。

 

「陛下におかれましてはご存知でしょうか? 『六神将』と呼ばれる危険な集団のことは」

「なっ! 貴様、言うに事欠いて…」

 

「黙れ、モース。……神託の盾(オラクル)騎士団に属する特に腕利きの六名をそう呼ぶと聞き及んでいる」

 

 激昂せんとするモースを虫にでもするように手で払い制すると、静かな声で王は返した。

 

「然様。彼らは私めが直接体験した中でも、様々な重要事件を起こしております」

「ほう… 様々と申すか。一体、どういったものであるのか?」

 

「まず一つは、導師イオンをお運びしていた我が国の船に無警告で奇襲をかけたこと」

「……穏やかではないな」

 

「多くの乗員が死に至り、保護していたルーク様も危険に晒されることと相成りました」

 

 インゴベルト六世の表情が険しくなり、同時に謁見の間がざわめき出す。

 汗を拭き出すモースに対し、非難の視線が集中する。

 

 セレニィはしれっとした顔で話を続ける。まだまだモースを追い詰めるには全く足りない。

 

「また、その際に我が国の船を無断で拿捕し私的に運用している形跡が見られます」

「……それらのこと、確かなのか? ルーク」

 

「はい、伯父上。先触れにも書いたとおり、俺自身も何度か命を狙われました」

「当然、生存者から事情聴取も行い確認された事実をもとに教団に強く抗議しました… が」

 

「その船で来なかったところを見るに、未だ誠意ある回答を得られていないということか」

 

 後を継いだインゴベルト六世の言葉に対し、首肯を以って応えとするセレニィ。

 王は深く嘆息すると、鋭い視線をモースへと向ける。

 

「モースよ… 大詠師という立場にありながら何を以って六神将を野放しにしておる」

「め、滅相もない! 全て言いがかりです! 真の大悪人はこやつらの方ですぞ!」

 

「ほう… いい加減なことを申すと、その方、首がないぞ?」

「と、とんでもない! こやつらはダアトで暴動を起こしイオン様を攫ったのですよ!」

 

「……ふむ?」

 

 モースからの弾劾に、謁見の間はさらにざわめきが深まる。

 

 セレニィが「おい、聞いてないぞ」とジェイドに視線に向ければ、そっと顔が逸らされる。

 この眼鏡、後で千回殴る… そう思いつつ、笑みを浮かべる。

 

 疲れと緊張の極致で、テンションが上がってきているのである。

 

「ダアトの民を扇動し、騒ぎに乗じて導師を拐うこやつらこそ国際問題を引き起こし…」

「クスクスクス… フフッ、フフフフフフフ…」

 

 なんか必死に言い募ってるモースの表情がおかしくて、つい笑い声をあげてしまう。

 

 鈴の音が転がるような笑い声を上げる小柄な少女の姿に、謁見の間は先と逆に静まり返る。

 妙なテンションのまま、数十秒は本当におかしそうに笑ってから声を上げるのを止めた。

 

 とはいえその目尻には涙が薄っすら滲んでおり、口元には笑みが浮かんでいるのだが。

 セレニィにしてみればドSのせいで一転、弾劾される立場に変わったのだ。笑うしかない。

 

 だが、周囲の人間… 特にモースにしてみれば不気味の一言であった。思わずそれが口に出る。

 

「な、なにがおかしいというのだ! 気でも違ったか!?」

「……御前をお騒がせして大変失礼を致しました、陛下」

 

「良い。騒がせているのならば我が臣下どものほうがよっぽどよ」

「ありがたきお言葉にございます」

 

「だが、そこまで笑い転げるほどおかしなことがあったのか?」

 

 あくまでモースを無視して話をせんとする少女の姿勢に、彼は歯軋りを見せる。

 

 ……彼女の方からすれば、単に怖いので直接相手にしたくないだけなのだが。

 ガワだけなんとか取り繕ってはいるものの、所詮中身はチキンな小市民なのである。

 

 しかし、さて、なんと答えたものか。

 少し考えてから、セレニィは言いがかりには言いがかりで対抗することにした。

 

 ……いや、ドSが扇動して暴動起こしたのがマジなら相手側は言いがかりじゃないか。

 ホントこいつろくでもないことしかしねーな。ダアトのみなさん、ごめんなさい。

 

 そんなことを思いつつ、表情は薄っすら笑顔を固定しながら口を開く。

 

「えぇ。……ダアトは一体いつの間に、独立した主権を持つ国家になっていたのかと」

「な、なんだと!?」

 

「陛下、貴国と我がマルクトは確かに緊張関係にあります。されど…」

「………」

 

斯様(かよう)に晴れがましい式典があるならお招きと言わずとも、通達の一つは欲しゅうございました」

 

 要は「あれー? おまえら一人前の国家ヅラしてるけど、いつなったのー?」ということだ。

 国家間の問題でなければ国際問題は発生しない。ダアトは自治区だからカウント外だよね!

 

 ……つまりはこう言っているのだ。謁見の間にいる誰もが絶句する、とんでもない暴論である。

 

 現にモースなどは怒りに顔を真っ赤にして口をパクパクさせるも、言葉を失っている。

 一足先に再起動を果たしたインゴベルト六世が口を開く。

 

「……いいや、パダミヤ大陸は依然として我が国が主権を有する自治区に過ぎん」

「陛下自らのご回答、深甚に感謝申し上げます。それを聞いて安心しました」

 

「貴様っ! 何を抜け抜けと…」

「なお、我らが立ち寄った際に暴動が発生していた自治区には統治能力がないと判断…」

 

「こ、これは出鱈目です! 暴動こそこやつらが引き起こしたことなのですよ!」

「いい加減に黙れ、モース。……続けられよ、使者殿」

 

「ハッ! 折しも守護役に導かれ脱出していた導師様を、現場の判断で保護しました次第です」

 

 笑顔を浮かべて堂々と言い放つ。余りに堂々としているものだから皆、言葉を失う。

 実際には追い詰められてテンパッた小市民が、半泣き状態で開き直っているだけだが。

 

 妙なテンションになったセレニィの言葉の勢いに呑まれ、一同は誤魔化されつつある。

 騙されている。本来はどんな理由があっても教会からイオンを攫って良い筈がない。

 

 それを理解している彼女は、微妙に話をずらし始める。藪蛇になっては敵わないのだ。

 

「ジェイドと合流でき保護されたこと、嬉しく思います。ダアトの民は心配ですが…」

「勿体なきお言葉です、イオン様」

 

「彼ら自身が身を慎んで、治安の回復を告げてくればお返しする手もあったのですが…」

 

 イオンがその意図はないもののセレニィのフォローをすれば、初めてジェイドが応える。

 その言葉に乗っかりしれっと「イオン様を返還する意図はありました」と告げるセレニィ。

 

 それが本当かどうかなど今となっては判断できないのだ。

 どちらか分からないならば、悪い印象を持つ相手の責任と考える。それが人間である。

 

 イオンの証言もあり、場の空気はよりモースにとって悪い方向へと染まっていくのであった。

 ……全ては邪悪な小市民の願いどおりに。内心ガッツポーズを決めつつ彼女は話を続ける。

 

「ですが導師様の意向もあり、和平の仲介役としてご同行をいただいたのはご存知の通り」

「ふむ…」

 

「到着の折に、確かな主権国家たる貴国へルーク様と共にお引き渡しする予定でしたが」

「………」

 

「どこぞの無頼の集団に襲われてしまい、(いたずら)に危険に晒してしまったのは悔恨の極みです」

 

 余裕の笑みすら浮かべてペラペラ口を回している少女に、重臣一同戦慄している。

 暴論である。暴論であるが建前上は通ってしまう。それが国際問題では何より重い。

 

 モースが何かを言い少女がそれに返す度、彼の立場は加速度的に悪化するのだ。

 これが皇帝の懐刀すらも差し置いた真の和平の使者の実力か、と一様に恐れを抱く。

 

 なお彼女本人は雲の上の人々に注目され、笑顔で胃壁をすり減らしている真っ最中だ。

 

 実際は殺されないためには相手の息の根を止めるしかないので、必死になってるだけなのだ。

 船の中で死ぬ気で聞き取り調査して、シミュレートした結果である。主席総長様々なのだ。

 

「タイミングが重なったせいで我らが扇動したと思われたのでしょうね。悲しい事故でした」

「ぐぬぬぬ…」

 

「それはそれとしてダアトからの謝罪と賠償はまだでしょうか? 私、凄く気になります」

「……確かに無警告で奇襲して多くの人命を奪った件、軽視は出来ぬな」

 

「間違いなく我らが扇動したと仰られるならそれなりの証拠、証人を添えて申し出てくる筈」

「そうだな。……確かに、それが筋というものであろう」

 

「あぁ、その折には『死の預言(スコア)』が詠まれてない証人をご用意いただくのが望ましいですね」

 

 ブラックジョークを飛ばせば、謁見の間に忍び笑いが漏れ出る。

 

 一方針の筵に座らされたモースは、顔を真っ赤にして脂汗を垂らしながら言葉を探している。

 しかしセレニィの舌鋒は止まらない。

 

「されどダアトには誠意というものがないのでしょうか? 私、不思議でなりません」

「何ぞおかしな目に遭われたのか? 使者殿」

 

「えぇ、何故か神託の盾(オラクル)騎士団がセントビナーに検問を敷こうとしていたのです」

「そ、それはイオン様をお探しするためで…」

 

「ということはモース殿は事の経緯を把握されていたのですね。私、安心しました」

 

 ここで初めてセレニィは満面の笑顔とともにモースに顔を向けた。

 口が滑った結果だろうが、モース本人から言質が取れたのだ。笑顔にもなろうというものだ。

 

 気圧されたようにモースが一歩下がる。

 

「なんせ彼らは主席総長の命にも耳を傾けぬ、悪逆無頼の集団のようでしたから…」

「確かに、ヴァン師匠(せんせい)にも遠慮無く襲いかかってたよな」

 

「えぇ、全く。一体何処に申し出たものかとほとほと困り果てておりまして… フフッ」

「……我が名に賭けて、モースには責任ある対処を取らせよう」

 

「へ、陛下っ!?」

 

 思わず叫ぶモースの続く言葉を、インゴベルト六世はその零下の視線で以って封じる。

 

「あぁ… ですが、六神将の中にも例外というものはあるようで」

「ほう、誰ぞ志を異にする者があったのか?」

 

「えぇ、アリエッタなる者に護衛をしていただいて無事にカイツールまで送られました次第」

 

 その言葉にインゴベルト六世はルークに顔を向けて、尋ねる。

 

「確かであるか? ルークよ」

「えぇ、アイツには良くしてもらいました。俺自身、大事な仲間だと思ってます」

 

「ふむ… かような者がおったのか。その名、覚えておこう」

「ぐぐぐ…っ」

 

「ですが、それだけに教団内部で酷い罰を与えられないかと心配で心配で…」

 

 泣き真似をするような仕草を浮かべる。

 一方モースの方は、子飼いの部下に手酷く裏切られた気分で内心で罵倒を繰り返していた。

 

「彼女は言葉も喋れない頃から教団に召し抱えられ、生来の素直さから忠勤に励みました」

「……ほう」

 

「実力も相まって、ついには驚くべき若さで師団を任せられるほどとなったのですが…」

 

 ここでセレニィは意図的に言葉を途切れさせて、敢えて不自然な間を作る。

 周囲は思う。「これだけでも驚きなのに、まだ続きがあるのか?」と。

 

 言葉も喋れないってのは嘘じゃないよね。嘘じゃないから仕方ないよね。

 セレニィはナチュラルハイの状態で笑顔を浮かべつつ、話を続ける。

 

 一方モースは、数日前に届いたダアトからの召喚状を思い出し嫌な予感に身を震わせる。

 

「驚きの事実が判明しました。なんと彼女は一度も休暇を貰ったことがなかったのです」

「なんと…!」

 

「うら若き娘を言葉も喋れぬうちから使い倒して、挙句、そのような仕打ちを…!」

「信じられん。自治区をくれてやったとはいえ、かようなことを仕出かすほどに先走るとは」

 

「静まれ! ……モースよ。この話、誠であるか?」

「はっ! それは、いや、その…」

 

「……確かです。僕自身が確認しましたし、アリエッタは嘘をつける性格ではありません」

 

 答えられないモースに代わっての導師イオンの言葉に、アリエッタへの同情が集まる。

 

 一方でセレニィは内心でほくそ笑む。貴族の中でも更に重臣という上澄みの存在だ。

 これを聞いてどう感じるかと思ったが想定以上にアリエッタの立場は良化したといえる。

 

「恐れながら陛下、彼女直筆の手紙の写しにございます。お目汚しかとは存じますが…」

「良い… 目を通そう。アルバイン」

 

「はっ!」

 

 大臣に命じ、アニスを経由して手紙を受け取った王はそれを読み進めるうちに手が震えた。

 

 そこには休みを与えられず、当たり前の楽しみすら得られなかった少女の叫びがあった。

 拙い文字であることが一層に胸を打ち、娘を持つ父親としてその身を想えば涙すら溢れ出た。

 

「(いやー、アリエッタさんとの思い出に取っててよかった。流石アリエッタさんだぜ!)」

 

 なお、美少女との思い出を保存したかっただけの変態の功績には敢えて触れないでおこう。

 

「モースよ… 直ちに教団員全ての待遇を見直すように。……これは勅命である」

「は、はっ!」

 

「もし金銭的不都合が出るのであれば、その方の私財を投じてでも実現せよ。……良いな?」

 

 その厳しい視線にモースは青褪める。

 

 だがセレニィは止まらない。モースには迷惑なことに、ずっとセレニィのターンである。

 緊張と疲労から、彼女自身が普段は心掛けている歯止めというものが利かない状況だ。

 

「……襲われるのが我がマルクトだけならば、百歩譲って和平のために忘れられたのですが」

「まさか…」

 

「えぇ、先のカイツール軍港の襲撃事件… アレは六神将が一人ラルゴによるものでした」

「なんだと…!」

 

「民心と我ら一行に与える影響を考えて、アルマンダイン伯爵にはご配慮いただきましたが…」

 

 そこで大きな溜息をつく。

 

「この上は貴国にご注進申し上げねばと思い、彼の恩義に背きつつもお伝えします次第」

 

 あまりにも衝撃的な報告に謁見の間は静まり返る。

 

 それはそうだろう。先の襲撃で失った人命や喪失した船舶… どれも莫大な被害である。

 詳細な報告が上がらないのが不自然だとは思っていが、まさか教団の仕業だったとは。

 

「我が国の船を襲い導師様並びにルーク様を危険に晒し、我が国の都市に勝手に検問を敷き…」

「ぐ… 貴様! 貴様が…!」

 

「更には宗主国たるキムラスカ・ランバルディア連合王国にまで牙を剥くほど思い上がり…」

「貴様が… 全て仕組んだことだったのか…!」

 

「果ては導師を傀儡として教団を私物化し、世界を意のままに動かせるとでも錯覚しましたか?」

 

 口元には笑みを、目には冷たい色を乗せてモースと向き合うセレニィ。

 小市民に張れる精一杯の虚勢である。そこにイオンが割って入る。

 

「言い過ぎです、セレニィ。彼の忠勤は本物です… やり方を間違えただけでしょう」

「はっ! 御前お騒がせして無礼を致しました。どうか平にご容赦の程を」

 

「えぇ、僕は気にしていませんよ。ですが陛下にはしっかり謝ってくださいね」

「御意のままに… 陛下、此度は私めが調子に乗りお見苦しいところをお見せしました」

 

「良い、赦そう。……頭を上げられるが良い、使者殿」

 

 イオンの軽い窘めの言葉に恐縮して頭を垂れるセレニィ。

 それに対して居並ぶ重臣一同は驚きに目を見張る。

 

 王を差し置いてイオンに対して頭を垂れたことに、ではない。

 そもそも導師は預言(スコア)に敬意を払い、王と対等の立場を許されている。

 

 モースを一人で追い詰めた少女が、露骨に畏れ敬意を表したことにである。

 導師イオンは大詠師の傀儡と聞いていたが、これではどっちが傀儡か分からない。

 

 加えてインゴベルト六世にも配慮した立派な対応である。

 幼くして聡明という噂に偽りはないのだろう。

 

 ならばこの上はモース如きを政治顧問に据える必要があるのか?

 重臣一同の中には、ついにはそんな気持ちすらもたげてくる者も出る始末である。

 

 こうなっては、もはやモースには悪足掻きをすることしか出来ない。

 

「うぐ、ぐ… いやしかし、六神将の犯行は直属の上司の責任です!」

「……ほう?」

 

「彼らの直属の上司は、私ではなく主席総長の位にあるヴァン・グランツ謡将です」

「と、申しているが… 使者殿からは何かあるかな?」

 

「えぇ、ございます」

 

 満面の笑みを浮かべてセレニィは答える。

 

「(ようやく… ようやくヴァンさんを切り捨ててくれたか。全く、長い道のりだったよ…)」

 

 これでいよいよ最後の難題… ティアの擁護に取り掛かれるというものだ。

 そう考えて、彼女は口を開く。

 

「責任、それはないでしょう。なによりヴァン謡将にそれだけの暇はありませんでした」

「ほう… 断言したな?」

 

「えぇ。ルーク様がマルクトへと超振動で飛んだ件、覚えておいででしょうか?」

「無論、忘れるはずもない」

 

「公爵邸へ襲撃をかけた彼の妹とルーク様の間で超振動が発生し、ルーク様は姿を消しました」

「暫し待たれよ… ヴァン・グランツの妹が先の事件の引き金だと申すのか!?」

 

「えぇ、仰るとおり。しかし、これには止むに止まれぬ理由(ワケ)がございました」

 

 慌てるインゴベルト六世、加えて騒然となる謁見の間。……気付いてなかったのか。

 藪蛇となった形ではあるが後悔はない。これは『明かさねばならない問題』だ。

 

 モースは話題が逸れたと笑っているが… 聴衆が収まる頃合いを見計らって再び口を開く。

 

「ヴァン謡将は幼少の(みぎり)のルーク様とお会いして一目惚れ。道ならぬ恋に落ちたのです」

「なんと… そのようなことが!」

 

「でもなくば国家をあげて捜索しても発見できないルーク様を見付け出すなど、とても…」

「……七年前の誘拐事件のことか」

 

「はい、全ては愛ゆえです」

「なるほど、愛か… 愛ならば仕方ない、のか?」

 

「仕方ないかと」

 

 取り敢えずヴァンさんにはホモパワーでルーク様を発見したことにしてもらった。

 なお、驚愕の表情を浮かべているであろうルーク様の方を直視することは出来ない。

 

 すまぬ、すまぬ…。あなたの尊敬する師匠をホモにしてしまってすまない。

 

 だが仕方なかったんだ。私とティアさんの命を救うためには仕方なかったんや…!

 

「まさか、そのヴァン・グランツの妹なる襲撃者が単身公爵邸に押し入った理由は…」

「えぇ、恐らくは事を及ぶ前にルーク様をお救いしようと思い余って… ぐすっ」

 

「なんと… 一つの愛が肉親の絆をも壊してしまうとは。誠、因果なものよ」

「己の命をも賭して肉親の暴挙を止めようとした彼女の行為… どうか寛大なご処置を」

 

「良かろう、ファブレ公爵家が許すならば罪には問わぬ。されど謡将の方は…」

 

 泣き真似をしつつも言葉を告げると、その悲壮な決意(偽)に謁見の間は呑まれた。

 

 可愛がっている妹を持つ身として、彼女の決意のほどは悲しいほどに理解できる。

 王とて人間である。ファブレ公爵家が許すならばと罪には問わぬ構えを見せるのであった。

 

 ……勿論、ティアにそんな深い考えがあったわけでは断じてないのは言うまでもないが。

 

 だが、ヴァンを捨て置くのは色々と問題がある。主に今後の件についてだが。

 そこでセレニィが口を開く。

 

「確かに洋上でも彼はルーク様を抱きしめる始末。彼自身もそれを認めました」

「そんな… あの一件が本当にそうだったなんて…」

 

「部外者の差し出口ですが、ルーク様のご意見を参考に処罰を決めては如何でしょうか?」

「ふむ… どうか、ルーク?」

 

「まだ頭が混乱してるけど… 出来るだけ軽い罰にしてあげて欲しいです…」

「あいわかった。ならば、懲役十年… 服役態度次第では恩赦もあるとしようか」

 

「御意のままに」

 

 王の裁可に、大臣であるアルバインが平伏する。

 

 いよっしゃあああああああっ! ミッション・コンプリートォおおおおおおおっ!

 セレニィは優雅な笑みを浮かべつつ内心で大きくガッツポーズを取る。

 

 目的達成である。全セレニィさんが(脳内で)泣いた感動の瞬間である。

 そしていよいよ最後の締めに取り掛かる。

 

「彼にとっては妹の襲撃は想定外のこと。事件の後は即座にルーク様捜索に旅立ちます」

「愛ゆえにか」

 

「えぇ、愛ゆえにです」

「ふむ… 純愛なのだな」

 

「あの、伯父上にセレニィ… あんまり『愛』『愛』って連呼しないで欲しいんだけど…」

 

 居心地の悪そうなルークの言葉に、思わず二人とも謝罪の言葉を述べる。

 

 重臣一同にも「そっか。愛なら仕方ないよね…」というほのぼのした空気が流れ出す。

 自分から言っておいてなんですが、ちょっと寛容すぎませんかね? この世界は。

 

 そんなことを考えつつ、セレニィは咳払いとともに言葉を続ける。

 

「コホン、失礼。その後彼は不眠不休でルグニカ平原を往復しカイツールで合流しました」

 

「ふむ… カイツール軍港の襲撃の折には既に同行していたと申すか」

「えぇ。加えて彼自身ラルゴに退くよう命じ、拒否されたためにその剣を交えております」

 

「なるほど… ならば共犯とは考えにくいか」

 

 王は納得したように溜息を漏らす。モースが悔しさに歯軋りを漏らす。

 

「可能性があるとしたら、我が国の船の襲撃の際ですが…」

「先ほどモース自身が六神将の行動を把握していたと申していたな」

 

「えぇ。更に申し上げるなら、関与があるならば謡将自身が襲撃に加わっていたのでは?」

「なるほど、もっともだ」

 

「以上から我が国は一連の犯行をモース殿が指示したものと断定し、厳罰を求めます」

 

 セレニィが言い切ると、刺すような視線がモースに降り注いだ。

 だが憎悪に満ちた眼差しでセレニィのみを見詰める彼は、それに気付けない。

 

「貴様… 貴様は何者なのだ…!」

「………」

 

「こんなことは、預言(スコア)にも詠まれてない… 知らん、私はこんなことは知らんぞ…!」

 

 ……うん、凄く怒ってるっぽいですね。嵌めようとしてるんだから、当然ですね。

 地獄の底から響いてくるような怨嗟の声に、小市民なセレニィは震え上がる。

 

 だが、これが最後だ。大丈夫大丈夫… 死にはしないと自己暗示を重ねて、彼の方を向く。

 

「預言に詠まれてない… フフッ、果たしてそうでしょうか?」

「なんだと…?」

 

「『明かされぬ預言(スコア)』には二種類あります。一つは、詠師以上ならば知っている秘預言(クローズドスコア)

「ま、まさか…」

 

「もう一つは… フフッ、お分かりでしょう?」

 

 ニタァ… と微笑んで見せる。

 実際恐怖と緊張で笑顔が引き攣っていたと思われるので、いい画が取れたのではなかろうか?

 

 そう思いつつ、セレニィは締めの言葉を口にする。

 

「そう… 私が、あなたの『死』です!」

「………」

 

「……な、なんちゃってー」

 

 反応がないので即座に日和ってしまう辺りは小物である。

 不審を覚えた大臣がモースを確認すると、彼は思わず口を開いた。

 

「し、失神しておりまする…」

「誠か… どうやらこれ以上の詮議は続けられぬようであるな」

 

「……起こしましょうか?」

「良い。使者殿にもゆっくり休んでいただく必要がある… 解散と致そう。構わぬな?」

 

「……あ、はい」

 

 力ない声とともに頷くセレニィ。それにより、この場の解散が決定した。

 

「(やべー! やり過ぎちゃったー!)」

 

 モースを追い詰めすぎた結果、彼の処分が決定する前にお開きとなってしまった。

 

「(もうこんな緊張する場に出たくないんですけど! 素面(しらふ)でなんて無理ゲーなんですけど!)」

 

 セレニィは調子に乗ってしまったために、後日続くことになったことを激しく後悔したという。

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