TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー   作:(╹◡╹)

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57.帰郷・後

「しっかし、ティアにもちゃんと常識があったんだなぁ…」

 

 屋敷の廊下を歩きながらしみじみとガイがつぶやいた。それにイオンとアニスが吹き出す。

 

「失礼なことを言わないで、ガイ。私にだって常識くらいあるわ」

「そ、そうか? そうだよな… 悪かったよ」

 

「まったくもう… 失礼するわ。私はただ、ルークには謝りたくないだけなのに」

「よし、おまえに常識がないのはよく分かった。ぶん殴ってやるから覚悟しろ」

 

「落ち着いて、ルークさん。いちいち相手してると『残念』がうつりますから!?」

 

 そんな会話を余所に、アニスとイオンにミュウは物珍しげに屋敷を見て回っている。

 やがてティアのことを諦めたルークが、ガイとともに屋敷内の説明を始める。

 

 屋敷の人… 執事のラムダスや庭師のペール、メイドたちと出会い軽い会話を交わしながら。

 そして母の部屋に向かう途中の応接室にて、金髪の美少女がルークに気付いて振り返った。

 

「ルーク!」

「げ…」

 

「まぁ、なんですのその態度は! わたくしがどんなに心配していたか…」

「……すっごい美人で可愛らしい人だ。まるでお姫様みたい」

 

「あら? この子は一体…」

 

 思わず漏れてしまった言葉を聞かれたことに、セレニィは気付いてない。

 それくらいに目の前の美少女に心奪われているのだ。

 

 肩まで揃えた金髪に深い翡翠色の瞳。やや長身の、均整の取れた身体つき。

 美しいドレスに身を包み、隠し切れないほどの気品を漂わせている。

 

 呆然としているセレニィに、ガイが可能な限り離れながら耳打ちをする。

 

「セレニィ、セレニィ… このお方がナタリア姫だから。本物のお姫様だから」

「うへぇあ!? ちょ、ガイさん! なんで教えてくれなかったんですか!」

 

「お、俺が悪いのか? 目が合った瞬間にそっちがいきなりつぶやいたんじゃないか…」

「いやもう、これ全部ガイさんが悪いですよ? 空が青いのと同じくらいの理由で」

 

「理不尽過ぎるっ!?」

 

 やいのやいのと責任の押し付け合いを始めるセレニィとガイ。

 そこに鈴の音を転がすような笑い声が響き渡る。

 

 謁見の間でどこぞの邪悪な小市民がしたのと似ても似つかぬ気品ある笑い声だ。

 

「ぷっ、くすくすくす! 『うへぇあ!?』って『うへぇあ!?』って… ふ、ふふふ…」

「なんか… ウケたみたいだな?」

 

「よし、結果オーライ!」

「強いな、オイ!?」

 

「美少女が笑顔になった。私も笑顔になった。あとはガイさんを葬り去ればミッション完了…」

「何のミッションだよ! ていうか見てないで助けてくれよ、仲間たち!?」

 

「ちょ、やめ… うふふふふふ! もう、ダメ…!」

 

 某小市民のせいで、ナタリアは数分ほどお腹を抱えて笑い転がる羽目になったという。

 何故か誇らしげな表情で親指を立てているセレニィの姿が印象的であった。

 

 女性をちょっと殴りたいと思ったのは、ガイにとって、これが初めての出来事であった。

 そして今、セレニィを撫でつつ空いた手で目元の涙を拭いながらナタリアは口を開く。

 

「改めて… 『本物のお姫様』のナタリア・ルツ・キムラスカ・ランバルディアでしてよ」

「ひゃ、ひゃい… セレニィです」

 

「フフッ… よろしくね、セレニィ。貴女、とっても面白くてよ。こんなに笑ったの久し振り」

「こ、光栄です… ナタリア殿下」

 

「ルークもお帰りなさい。……こんなのを見せられては心配も吹き飛んでしまいましたわ」

「そりゃー良かったよ。で、そろそろセレニィを解放してやってくれないか?」

 

「あら、こんなに可愛いのに…」

「甘いわね… セレニィを撫でるのは私が一番上手なのよ。なんせ『一番の親友』だから!」

 

「ぐえぇええええええ! ちょ、ハゲる! 禿げるから! 撫でるのやめて下さいぃ!?」

 

 ナタリアから恐ろしい素早さでセレニィを奪い取り、高速で頭頂部を擦り上げるティア。

 思わず悲鳴を上げるセレニィ。静かに手を合わせるアニス。まさに地獄絵図の完成である。

 

 〆られた鳥のような悲鳴を上げるセレニィを見て、またも笑い出すナタリア。

 ……意外と笑い上戸なのかもしれない。

 

 ようやく解放される頃には、セレニィはボロボロになっていた。

 美少女同士で奪い合いをされた結果の名誉の負傷なのだ。彼女自身も本望であろう。

 

 落ち着いた頃を見計らってナタリアに声を掛けるルーク。

 

「そういえばナタリア。……おまえからもヴァン師匠(せんせい)のこと、頼めないか?」

「グランツ謡将の件で、なにかありまして?」

 

「師匠の名誉のためにも深い事情は話せないが、現在罪に問われている最中なんだ」

「え、えぇ…」

 

「できればでいいから、罪の減免を呼びかけて欲しい。無理でも見る目は変わるだろうから」

 

 ルークの迫力に押されて深い事情を聞くのは憚られたナタリアであったが、それでも頷く。

 そして、代わりの条件を突き付ける。

 

「分かりましたわ。その代わり… あの約束、早く思い出して下さいませね」

「……まぁ、努力はするけどよ。思い出せないままってこともあるだろ?」

 

「記憶障害のことは分かってます。でも最初に思い出す言葉があの約束だと運命的でしょう」

「そーかもなー。でもだったら、『新しい約束をする』って手もあるぜー?」

 

「へぇ… ルークにしてはロマンチックなことをおっしゃいますのね。新しい約束、か」

 

 げんなりとしたルークが適当に返せば、思ったより響いたのか少しナタリアは考えだした。

 だが、首を振って向き直る。

 

「でもダメ! ダメですわ。わたくし、あの約束を諦めきれませんもの… 今はまだ」

「わーったよ。俺も俺なりにがんばってみるから、ナタリア、よろしく頼むぜ?」

 

「えぇ、きっと。約束ですわよ? ルーク。……フフッ、早速『新しい約束』ですわね」

 

 浮かれた様子のナタリアに合わせて、乾いた笑みを浮かべて適当に頷くルーク。

 ティアと過ごした忍耐の日々が彼を変えた。今や年上のナタリアを上手くあしらっている。

 

 婚約者が一回り大人になって自分のもとに帰ってきた。

 そう感じたナタリアは上機嫌になる。そして出口に向かいつつ、扉を開ける前に振り返った。

 

「それではルーク、ごきげんよう。……セレニィもね」

「あ、はい! ナタリア殿下!」

 

「おう。ナタリアも気ぃ付けて帰れよー?」

 

 まるで嵐が去ったような有様だ。思わずといった感じでアニスがつぶやく。

 

「いやー… あたしら完全に無視ですか」

「あっはははは! アニスのインパクトも流石にナタリア殿下の前では霞んだようですね」

 

「もう、イオン様ったら! 笑い事じゃないですよぅ!」

「ま、流石のナタリア節ってトコだったな。ルークもセレニィも災難だったな」

 

「えぇ… ティアさんは今後私の頭に触るの禁止です。触ったら噛みます」

「そんな! 『愛』が足りなかったというの!?」

 

「残念! 足りなかったのは『常識』です。いい加減それに気付いてくださいね?」

 

 青筋を浮かべながら笑顔でティアを諭すセレニィ。彼女の前途には中々の暗さが予測される。

 そんな仲間たちの様子に苦笑いしながらルークが口を開いた。

 

「オメーらよ… 仲良いのは結構だけど母上は身体が弱いんだからな。程々に頼むぞ?」

「おいおい、ルーク… 流石に全員で立ち入るわけにはいかないだろう」

 

「ん? それもそーだな… んじゃーセレニィ、悪ぃけどついてきてくれるか」

「うぇっ? わ、私なんかがついていっちゃって大丈夫なんでしょうか…」

 

「おまえなら大丈夫だって。万が一間違ってもフォローしてやるし、一緒に謝ってやるから」

 

 なんか失礼なことをして首が物理的に飛ばないだろうか、と怯えるセレニィをルークが宥める。

 そんな二人の様子を見て、ニヤニヤと笑みを浮かべたガイが声を掛けてくる。

 

「ふっふん… やっぱりセレニィを選んだか」

「……なんだよ? なんか言いたいことでもあるのか、ガイ」

 

「べっつにー? ただナタリア姫も大変だなってな」

「ちっ… 行くぞ、セレニィ!」

 

「うわっと! あ、はい… それじゃみなさん、一旦失礼しますぅー!」

 

 腕を引っ張られて、セレニィは寝室に繋がる奥の渡り廊下へと連れ込まれることになった。

 

 そして今はファブレ夫妻の寝室前。

 扉をそっと開けて母が起きていることを確認したルークは、扉を叩いて入室を知らせる。

 

「母上、ただいま戻りました」

 

 ノックの音とその言葉に気付いて、ベッドに腰掛けていた女性がこちらへと振り向く。

 少し顔色は良くないが優しい印象を与える、顔立ちの整った赤い髪の女性だ。

 

「(おお、またも美人さん… 美熟女、ありだと思います!)」

 

 変態の守備範囲は広い。無論、無礼討ちが恐ろしいので声に出して言うことはない。

 絶対保身するマンにとって、それは息をするように当たり前のことだ。

 

 ナタリア殿下とのファーストコンタクト? ……そんな昔のことは忘れたね。

 今も存在感を消して背景に溶け込みつつ、母子の感動の再会を生暖かく見守っている。

 

「おお、ルーク! 本当にルークなのね… 母は心配しておりましたよ」

「相変わらず心配症だな… それより見てくれ、花束持ってきたんだ」

 

「まぁ! あなたがこんな心配りまでしてくれるなんて。それだけで私は…」

 

 感動のあまり目に涙を浮かべる母の姿に苦笑いしつつ、そのベッドサイドまで歩み寄る。

 セレニィもお土産物の果物(メロンっぽい何か)を抱えつつ、そっとその背後に付き添う。

 

 ルークに間近で花束を見せられて微笑む彼女が、ポツリとつぶやく。

 

「本当に… 心配しました。お前がまた、よからぬ輩にさらわれたのではないかと」

「大丈夫だよ。こうして帰ってきたんだしさ」

 

「(鋭いですね奥様! 割りとティアさんはグレーゾーンギリギリだと思います!)」

 

 笑顔を浮かべてフォローするルークの背後で、激しく頷くセレニィ。

 ティアさんの存在が『教育上よからぬ輩』であることは、彼女的に疑いようがない事実だ。

 

 悪人かそうでないかで言ったら… アライメントはマイナスぶっちぎりだけど善人?

 ちょ、ちょっと常識を知らないだけなんです。根は悪い子じゃないんです!

 

 ついには疲れた脳内で、ほんのりと無理矢理気味なフォローを始めてしまう始末である。

 そこにルークの母… シュザンヌの視線が向けられ、目が合ってしまう。

 

 思わず果物を取り落としそうになるほどビビりながら、へにゃりと引き攣った笑みを浮かべる。

 そんなセレニィの様子に「まぁ…」と上品に微笑みながら、彼女は自分の息子へと尋ねた。

 

「この可愛らしいお嬢さんはどなたなの、ルーク。母に紹介してくれないかしら?」

「あぁ、コイツはセレニィ! 俺が超振動で飛ばされてからすっごい世話になったんだ!」

 

「え? い、いや、私の方こそルーク様にお世話になりっぱなしで…」

「私はシュザンヌといいます。ありがとう、セレニィさん。息子を私のもとまで届けてくれて」

 

「セレニィは頭いいし、度胸があるし、すっごく優しいんだ! 俺、何度も助けられた!」

 

 たまにこの世界の人々は、違う時空に存在するだろう偽セレニィさんの話をするのが難点だ。

 そう思いつつ、真っ赤になりながら「あ、はい…」「そ、そッスね…」など生返事を返す。

 

 傍から見ればただの挙動不審な少女なのだが、二人には何故か微笑ましく映っているらしい。

 

「ただ、こんなにすげーのにやたらと自己評価低いのだけがもったいないんだよなぁ…」

「謙遜の心をお持ちなのよ。この若さで中々そこまで自己を律することは出来ないわ」

 

「そーかもしれねーけどさぁ! やっぱりみんなにもすげーって知ってもらいてーし!」

「フフッ… ベタ惚れね。ルークがそんなに目を輝かせるなんてグランツ謡将くらいなのに」

 

「べ、別にそんなんじゃねーっての! 母上までガイみたいなことを言い出すのかよ!?」

「あらあら、まぁまぁ…」

 

「(なんかすげー仲良さそう… 自分、ここにいる意味あるんですかね…?)」

 

 アルマンダイン伯爵との面談の時のような疎外感を感じつつ、セレニィは立ち続ける。

 それを見咎めたシュザンヌが声をかけてくる。

 

「ごめんなさい、セレニィさん。どうぞ私のベッド脇で良ければおかけになって下さいな」

「うぇっ! い、いえいえいえ… そんな恐れ多い…」

 

「ダメですよ、ルーク。女性に甘えるばかりでなく自ら進んで席を用意するくらいでないと…」

「うっ、わかったよ。……以後気を付けまぁす」

 

「ささ、どうぞ… セレニィさん。一応掃除は心掛けておりますので…」

 

 この上は断るほうが無礼になるだろう。

 かくてセレニィは大変恐縮しつつもシュザンヌさんの横に腰掛けることに相成った。

 

「それでは失礼をばして、うわっ… とっ! とっ!」

 

 柔らかすぎる上等のベッドにバランスが取れず、手を振りながら倒れそうになる。

 ……そこを暖かい何かにそっと支えられる。

 

 シュザンヌである。優しく髪をすくように撫でながら、彼女はセレニィに語りかけてくる。

 

「フフッ… ごめんなさい、セレニィさん。もう大丈夫かしら?」

「あ、はい。やわらかあったかい… じゃなくて大丈夫です!」

 

「あらあら… ルークにもこんな妹がいればよかったのに。……ごめんなさいね」

「母上… 一体なにを謝ることがあるんだよ?」

 

「私の身体が弱いばかりに、あなたの兄弟を産んであげることが出来なくて…」

 

 しんみりとした空気が寝室に流れる。セレニィは未だ彼女に支えられ、頭を撫でられている。

 ……居心地の悪さ、ここに極まれりである。

 

 この空気をなんとかしたい。その一心で彼女は口を開いた。

 

「えっと… 恐れながら申し上げます、奥様」

「……あら? どうしたの、セレニィさん」

 

「あなたはとても優しく愛情深いお方だと、私めは思います」

「そう、かしら…?」

 

「なのでご兄弟の分も含め一身に愛情を受けて育ったご子息様は、きっと世界一幸せでしょう」

「……っ!」

 

「子供を世界一幸せにする… これはどんな母親にも容易には出来ないことではないかと」

 

 だからこんな雑魚を妹になんて言っちゃいけませんよ… そう言おうとしてセレニィは固まる。

 シュザンヌの瞳から一筋の涙がこぼれ落ちたからだ。

 

「は、母上…?」

「(あぎゃあああああああ! 王妹様を泣かせちゃった! 私か! 私のせいなのか!?)」

 

「ご、ごめんなさい… この子があまりも優しいことを言ってくれたので、嬉しくて…」

「(死ぬ… 死ぬのか、セレニィ… 打首、獄門、磔なのか… せっかく生き延びたのに…)」

 

「母上…」

 

 シュザンヌの言葉は聞こえていない。似合わないことは言うんじゃなかった。

 なんだかドッと疲れが湧いてきた。謁見の間での疲労が来たのだろう。

 

 かくて彼女は、シュザンヌが泣き止むまで生気のない人形として撫でられ続けるのであった。

 

 

 

 ――

 

 

 

 そして暫く後… シュザンヌは泣き止むと、晴々しい笑顔を見せた。

 

「ごめんなさい、二人とも。……久し振りに思い切り泣いたらすっきりしちゃったわ」

「……おやくにたててよかったですー」

 

「気にすんなよ… セレニィもこう言ってるしさ。それより身体の方は大丈夫なのか?」

「えぇ、嘘みたいに元気になったわ。きっとあなたたちのおかげね」

 

「なら今日の夜さ、親父もゆっくり話そうって言ってくれたんだ。だから…」

「フフッ… それじゃ家族で話をしましょうか。母を仲間はずれにはしないわね?」

 

「あ、あぁ! もちろんだ! 期待して待ってるから! 絶対だぞ!?」

 

 満面の笑みを浮かべるルークを微笑ましく見守るシュザンヌ。

 そんな二人を余所に、まるで油の切れた譜業人形のような動きでセレニィは立ち上がる。

 

 セレブに囲まれて心身ともに疲れ果てた。この上は一刻も早く退散したい。

 

「ではもう良い時間ですし、私はこの辺りで…」

「なんだよ、もう帰んのかよ? てかウチで飯を食ってけよ! みんなも呼んでさ!」

 

「今日はご家族の語らいがあるのでしょう? 明日以降ならば幾らでも…」

「あらあら… 私たちのことなら気になさらないでいいのよ? セレニィさん」

 

「いえいえ、今日という日はそれだけ大事な日なのだと思いますから」

 

 にっこり笑顔を浮かべてNOサインを送る。頼むから巻き込まないで欲しい。

 ルーク様やシュザンヌ様ならまだしも、元帥閣下に睨まれたディナーってどんな拷問ですか。

 

 絶対にお断りしたいでござる。

 かくて鋼の意志によるお断り大作戦で、見事NOと言える(元)日本人となったのであった。

 

「そう… そうまで遠慮するなら仕方ないわね」

「その代わり、明日は絶対だぜ? 絶対!」

 

「はい、了解です。明日でしたら朝から晩まで幾らでも」

 

 まさかの屋敷の門前までの二人揃っての見送りに恐縮しつつ、適当に答えてみせる。

 

 ガイから「随分気に入られたな?」などと言われている。……他人事だと思って。

 今日は彼ともここでお別れだ。適当に愛想笑いを浮かべつつ、頭を下げて屋敷を後にした。

 

 城への道を歩きながらイオンがつぶやく。

 

「もう夕暮れですか… ここは空が近いからか夕焼けが綺麗ですね」

「えぇ、本当に…」

 

「ねぇねぇ、明日はどうしよっか! 特に予定がないならバチカル観光でも… セレニィ?」

「………あ、はい?」

 

「もー、どしたの? ぼうっとしちゃってさー。それより明日の予定だけどさ」

 

 大好きなアニスさんの言葉なのに、何故か右から左へと聞き流してしまう。

 

 頭がフラフラする。色々と限界突破してたツケが回ってきたのか?

 地面がグニャグニャする。このままじゃ転びそうだけど、なんとかお城のベッドまで…

 

「(あれ… どっちが前だっけ。えっと、前が… 地面?)」

 

 トスン、と小さな身体が地面に崩れ落ちた。

 

「セ、セレニィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?」

 

 夕焼けに染まるバチカルに、イオンたちの叫び声が木霊した。

 

 

 

 ――

 

 

 

 そして同じ頃、夕焼けに染まる城の一室。政治顧問であるモースに与えられた部屋だ。

 部屋の周囲に誰も居ないことを確認してから、彼はゆっくりと口を開く。

 

「……おい、いるか?」

 

 いつの間にそこにいたのか、『影』のような男がそこに控えており返事をする。

 

「ここに」

「……一人、音譜帯に送ってやるべき者が現れた」

 

「『預言(スコア)』に死を詠まれた者ですか?」

「……あぁ、セレニィという銀髪の幼い少女だ。確実に送ってやれ」

 

「ユリアの御心のままに」

 

 そのまま『影』は、影に溶けこみ姿を消す。部屋には静寂が戻った。

 音譜帯に送る… それは即ち殺すことを意味する。

 

 彼らこそはローレライ教団の暗部…

 『預言(スコア)』に死を詠まれながら生き延びた者を確実に『送る』ための存在。

 

 繁栄をもたらすユリアの『秘預言(クローズドスコア)』を確実なものとするための歯車。

 今モースはセレニィをこそ最大の脅威と認めた。

 

 それは同時に、己が死から逃れるために禁じ手の封印を解除することを意味していた。

 

「そうとも… 『死』を殺せば、私に『死』は訪れなくなる…」

 

 哄笑が部屋に響き渡る。

 

「私が死んで良いはずがない。誰よりもユリアの教えを守り、世界を導くべき私が…」

 

 応える者なき部屋の中で、独白とも告解とも取れる言葉の羅列をつぶやく。

 

「ヤツだ… ヤツさえ、始末すれば。ヤツこそが、この世界(オールドラント)の破滅なのだ!」

 

 その身に迫る死の刃の存在を… まだセレニィは知らない。

 この世界を二千年に渡り縛り続けてきた闇は、徐々に彼女の身体を飲み込もうと蠢き始めた。

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