TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー   作:(╹◡╹)

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58.月夜

「………。あれ? ここは…」

 

 夜中、目が醒めたセレニィは思わずつぶやく。

 

 天井は高く、窓からは淡い月明かりが零れている。見慣れぬ… しかし上等な部屋だ。

 そこまで考えてから納得する。あぁ、多分ここは城内の一室なのだと。

 

「……目が醒めましたか? セレニィ」

「うへぇあ!?」

 

 急に掛けられた声にビクッとすると、声の先にはイオンが腰掛けていた。

 備え付きの椅子に腰掛けて、窓から月を眺めていたらしい。

 

 淡い月明かりを浴びて佇む導師イオン。

 イオンの儚げな風貌と相まって、それはまるで一枚の絵画のように幻想的な光景だ。

 

 言葉もないままそれに見惚れていると、イオンが苦笑いとともに口を開いた。

 

「驚かせてしまってごめんなさい。……でも、出来るだけ静かにしてあげてくださいね」

 

「え? ……あ」

「ついさっきまで酷い騒ぎで… ようやく眠ったところなんですよ」

 

 イオンの視線に従いベッド脇を見れば、そこにはアニスとティアが小さな寝息を立てていた。

 そして思い出す… 夕暮れ時の自分の醜態を。

 

「あ、そうか。私、いきなり倒れてしまってとんだご迷惑を…」

「気にしないでください。激務の連続だったのですから」

 

「ですが、なんとお詫びしたらいいか…」

「むしろお詫びしなければならないのは僕たちの方です。ジェイドも反省していましたよ」

 

「えっ、あのドSが!?」

 

 思わず驚きの声を発してしまう。

 アイツだったら使えないと判断したら一秒未満で切り捨てると思っていたが…

 

 いや、イオン様や城の兵士らの手前ということもあったかもしれない。

 一応今は『真の和平の使者(偽)』だしね、自分。そう思いながら脳内で思考をまとめる。

 

 そんなセレニィの様子に気付いているのかいないのか、イオンは笑顔で言葉を続ける。

 

「(……どえす?)トニーも心配していました。……そこの二人は言うに及ばず、ですね」

「は、はぁ… それはまた、なんともご迷惑をおかけしました…」

 

「セレニィ… それは違います」

「ほえ?」

 

「『あなたが僕たちに迷惑をかけた』のではなく、『僕たちがあなたを心配した』のですよ」

「………」

 

「……本当に、無事でよかったです」

 

 そう言って穏やかな笑顔を浮かべるイオンを直視できず、真っ赤になって俯くセレニィ。

 ……直球である。天然ゆえの直球である。これは、反則だ。

 

「(こ、この流れはアレか… 告白か? 告白する流れなのか? や、やるか!?)」

 

 そして彼女の思考は、天に浮かぶ音譜帯の彼方にまで飛躍する。

 

 ドキドキしながら胸に抱くはそんな想い。現実離れした幻想的な光景がそれを後押しする。

 だ、大丈夫… イオン様なら大丈夫さ。……断るにしても優しく断ってくれるはずだ。

 

 始まる前からそんな負け犬根性を抱きながら、意を決してセレニィは顔を上げ、口を開いた。

 

「……イ、イオン様」

「はい?」

 

「じ、実は私はあなたの事が…」

「僕のことが?」

 

「(よ、よし… いける! いくぞ! 言え、言うんだ!)」

 

 深呼吸をしつつ、ヘタレは一世一代の勇気を振り絞る。……いざっ!

 

「だいぐえっ!?」

「セレニィさーん! 無事で… 無事で良かったですのー!」

 

「フフッ… そういえばミュウも凄く心配してましたね」

 

 しかし、その想いは告げられることはなかった。

 

 ……空気を読まない聖獣がフライングボディアタックをしてきたために。

 先ほどまでの(セレニィ視点で)甘酸っぱい空気が、雲散霧消する。

 

「あ、あはは… 心配かけてゴメンなさい、ミュウさん。だからそろそろ解放…」

「みゅう! セレニィさん、ミュウは怒ってるですのー!」

 

「……うん、聞いてないですね。……どうしてこうなったし」

 

 ……そういえば餌をやるのを忘れてたか。ミュウが抗議する気持ちも分かる。

 

 言い含めていたせいで、こちらを気遣ってなるべく喋らないでいてくれたのに。

 それで存在を忘れてしまって餌をやり忘れるなど、許されることではない。

 

 ポケットからドライフルーツを一つ取り出し、ミュウの口の中へと放り込む。

 

「ごめんなさい、ミュウさん」

「むぐっ… こんなんじゃ誤魔化されないですのー!」

 

「(まだ足りんと申すか。……3個か? 3個欲しいのか? このいやしんぼめ!)」

「二人は本当に仲良しですね。……そういえば、先ほどはなんと言いかけたので?」

 

「え? いや、あの、そのー…(この空気で今更言えるはずもないし…)」

 

 ミュウの口の中に一つ、また一つとドライフルーツを放り込みながら頭をひねる。

 たっぷり数十秒は悩んでから、結局ヘタレは無難な言葉に逃げることにした。

 

「……幸せだな、って」

「幸せ、ですか?」

 

「えぇ… イオン様が優しくて、みなさんが優しくて。過分にも多くのものを頂いて」

「………」

 

「まぁ、ティアさんには一度と言わず苦しめられましたが… そこも含めて、ね」

 

 とりあえず中身があるようで実は全くない、いい話風味のことを口にしてこの場を濁す。

 ヘタレはひとまずふわっと誤魔化すことに決定したのだ。

 

 そんな彼女の言葉に、イオンは悲しそうな表情を浮かべる。

 ……そういえば、先ほど声を掛けられた時にもそんな表情を浮かべていたような。

 

 自他ともに認めるイオン様キチであるセレニィがそれを捨て置けるはずもない。

 意を決して声を掛ける。

 

「あの… イオン様、何か悲しいことでも?」

「……どうしてそう思ったんですか?」

 

「お顔の色が優れませんでしたから」

「……病弱なのは生まれつきです」

 

「それでも分かります。だって私は… いえ、私たち、仲間じゃないですか」

「ですのー! イオンさんが悲しそうだって、ミュウもわかりますのー!」

 

「……そう、ですか」

 

 ミュウさんも気付いていたのか。うん、そりゃそうだよね。仲間だもんね。

 なんだか自分だけが愛ゆえに気付けたんだと思い上がってましたね。

 

 そんな恥ずかしさに内心身悶えているセレニィを余所に、イオンは語り始める。

 

「僕は、ダアトでは… 窓から夜空に浮かぶ月を眺めるのが日課でした」

「……月を眺める、ですか?」

 

「フフッ… 軟禁されてましたからね。他に出来ることもありませんでしたし」

「……あっ」

 

「こうして、ここから眺めているとその時のことを思い出してしまって…」

 

 そして、しんみりとした空気の中でイオンは話を続ける。

 悲しげな… 寂しげな表情を浮かべたまま。

 

「ここ暫くの旅は… 大変なことも一杯ありましたけど、本当に楽しかった」

「イオン様…」

 

「仲間と助け合って友達もたくさん出来て… フフッ、これじゃ和平の仲介役失格ですね」

「そんなことないですって。仕事は楽しんでやる方がいいですよ?」

 

「ですがこの和平の旅路の中で、僕のために多くの犠牲が出ました。それなのに僕は…」

「それでもです!」

 

「……セレニィ?」

 

 基本的にセレニィは、それが自分の命に関わる状況でなければ萌えキャラを全肯定する。

 美少女然り、美女然り… ここでイオンを全肯定して励ませずして、なんのための変態か。

 

 屁理屈・暴論なんでもござれ… 今こそ力の見せ時だ。拳を握って彼女は力説する。

 

「暗い顔して後悔に浸ってれば死んだ人は浮かばれるんですか? 違うでしょう?」

「それは、そうかもしれませんが…」

 

「反省するのは良いですよ? 学習することで人は前へと進むことができるのですから」

 

 学習できずに何度も捕まった人間が言っているのは、説得力において苦しい物がある。

 ……まぁこれまで捕まった状況も、それぞれを考えれば割りと仕方なかったりするのだが。

 

 閑話休題… セレニィは、そのまま勢いに圧されているイオンに向かって熱弁を続ける。

 

「ですが、グダグダと悩み抜いた挙句に勝手に不幸になるのはダメですね。ダメダメです」

「うっ… そ、そうでしょうか?」

 

「はい。それはあなたを嫌う悪人を喜ばせて、あなたを好きな人を悲しませるだけです」

 

 イオンの不幸を願う人間は彼女の中で悪人と断定できる。慈悲はない。

 だが美女や美少女であったなら許す。可能な限りエッチなお仕置きは試みるが。

 

 その辺はまぁティアさんと大差ないブレなさである。彼女は尚も続ける。

 

「表面取り繕って、無関係な周囲の人間にバレない程度に楽しんでおけば良いんですよ」

「そ、そんなのでいいんでしょうか?」

 

「いいんですって。……だって、仲間や友達と笑い合うほうがずっと大事でしょう?」

「……あ」

 

「楽しい時に楽しまないのはむしろ相手に失礼! 優しいイオン様は失礼しませんよねー?」

 

 笑顔を浮かべて強引に押し切った。

 

 たとえ論理として破綻していようが、要は相手が納得さえすればいいのだ。

 真面目なイオンにはそれが効果的と判断して、その口車を使いまわした。

 

 そんな彼女の視線の先で、イオンは俯きながら肩を震わせる。

 それを見て、セレニィは慌て出す。ひょっとして怒らせたか? あるいは泣かせたか?

 

 だが、そのいずれでもなく…

 

「フフッ… ははっ、あはははははは! ……はぁ、そっか。そうかもしれませんね」

「……イ、イオン様?」

 

「意外と『幸せになる』のは、そんな簡単なことからだったのかもしれませんね」

「多分まぁそこはかとなくそんな感じなんじゃないかなぁと思っちゃったりなんかします!」

 

「ありがとうございました、セレニィ… おかげさまで、かなり気分が楽になりました」

 

 なんか幸せ云々に話が飛んだのでとりあえず曖昧に頷いておいたが。

 

 まぁ、イオン様が笑顔になったのでとにかくよし! である。

 さぁイオン様! 深いことなんて考えずに、適当にふわっと幸せになろうぜ!

 

 そんなセレニィの内心を知ってか知らずか…

 迷いの吹っ切れた表情で、笑顔すら浮かべてイオンは改めて月を見上げる。

 

「僕の仲介役としての仕事は終わりました。あるいは明日にもダアトに帰るかもしれない」

「おい」

 

「最後かもしれない『ただのイオン』の夜を、セレニィ… あなたと過ごせて良かった」

 

 おい… おい… なんでそこで重いものをぶっこんでくるんだ。諦めたような笑顔で。

 こんな美少女が笑顔で不幸になっても良いのだろうか? いや、良いはずがない。

 

 ならば考えろ。爆睡したんだろ、コンディションはオールグリーンのはずだ。……多分ね。

 

 手を引いて一緒に逃げる? いやダメだ… 魅力的なプランであるが現実的ではない。

 あと捕まったら死ぬ… 下手すりゃ拷問の末に死ぬ。痛いのも怖いのも死ぬのも勘弁だ。

 

 そもそもイオン様は責任感が強い。導師としての使命を投げ出させるのは事実上不可能だ。

 だけど、それなのにどこかで解放を求め、望んでいる節がある… か。難しいものだ。

 

 ……やっぱりローレライ教団叩き潰せばよかった。もっとがんばればいけたかもしれないし。

 あの謁見の間でもうちょっとだけ緩急が使えたらなぁ… とはいえ、後悔先に立たずか。

 

 ……待てよ?

 

 ……『仲間たちとの思い出を作る』、『導師としての重圧から解放させる』。

 そんな可能な限りイオン様の意向に沿う一挙両得のプランが、天啓のごとく閃いたのだ。

 

 今ならちょっとだけユリアさんを信仰しちゃってもいいかもしれない。

 そう思いつつ、セレニィは口を開く。

 

「イオン様、私にいいアイディアがあります」

「……セレニィ?」

 

「イオン様と私の服を交換して朝まで過ごせばいいんです。そうすれば朝まで私が導師様です!」

 

 ……ついに変態が暴走してしまった。ユリアも助走をつけてぶん殴りたくなる話であろう。

 というより、まだ『ただのイオン』の有効期間なのでこの提案にはあまり意味は無い。

 

 確かにセレニィの小柄さに比してその服は大きめ… というよりブカブカだ。

 イオンが着ようと思って着られないこともないだろう。

 

 ……まぁ、その服のブカブカさ加減がより一層にセレニィの小柄さを際立たせているのだが。

 

 さておき… 反応を見せないイオンに、セレニィが客観的に己を見詰め直して曰く。

 

「(いかん… このままじゃ私が変態だと思われてしまう!)」

 

 惜しい! 既に誰がどう見ても疑いようのない変態である。

 そしてセレニィは、焦りのままに己のフォローを試みる。

 

「な、なんちゃってー…」

「セレニィ!」

 

「ひゃ、ひゃい!?」

「素晴らしい名案です。……早速お願いできますか?」

 

「……え?」

 

 かくして導師イオンの大絶賛のもと、『一夜の立場交換大作戦』は実行されるのであった。

 

「(え? なにこれ… 夢? 夢なの? 本体は既に死に掛けてて幸せな夢の真っ最中なの?)」

 

 あまりの幸せな事態に頬をつねってみるが、この夢が醒める気配はない。

 ならば、やるべきことは決まっている! 全力で乗っかるまで!

 

 服に手をかけたイオンが、ふと気付いて頬を染めながらセレニィに声を掛ける。

 

「あの、恥ずかしいのであっちを向いて欲しいなと…」

「いいですとも!」

 

「……フフッ、なんだか楽しくなってきましたね。二人だけの秘密ですね、セレニィ」

「みゅうー… ボクもいるですのー…」

 

「あ… ご、ごめんなさい。……ミュウも含めて三人だけの秘密ですよね」

「じゃ、じゃあミュウさんが服を交換して下さい。……お互い、背を向けてますし」

 

「はいですのー! ボクにもお仕事ができたですのー!」

 

 口の端からよだれを垂らしつつ、セレニィもまた服に手をかける。

 白地のフードパーカーにベージュのキュロット… 男性も多少無理なく着れる服装だ。

 

 だが、そんなことはどうでもいい。もはや、彼女にはどうでもよいことだったのだ。

 

「うへへへへへ…(こんなに幸せでいいんだろうか? もう死んでもいいかも…)」

 

 ……二人の発する衣擦れの音が、月明かりが差し込む部屋に静かに響く。

 

 

 

 ――

 

 

 

 場面は移り変わって城内の廊下。

 

 見張りの兵士が音もなく崩れ落ちる。それを確認し、姿を表す黒尽くめの男たち。

 彼らは抑揚のない静かな声で、語り合う。ただの最終確認だ。

 

「ターゲットの部屋はこの奥か」

「あぁ、確実に『送る』のだ」

 

「全てはユリアの御心のままに」

 

 向かう視線の先は、イオンとセレニィがいるまさにその部屋。

 禍福は糾える縄の如し… 幸せの絶頂から一転、死の危機に見舞われるセレニィ。

 

 刺客たちが、ゆっくりと足音を潜めてその刃を突き立てんと近付いている。

 果たして彼女は生き延びることが出来るのだろうか?

 

 ……その結果は、まだ預言(スコア)にも詠まれていない。

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