TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー   作:(╹◡╹)

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59.捕虜

 セレニィとイオンは互いに背を向けつつ、それぞれ自分の服を脱ぎ終えた。

 それらはミュウを経由して交換を果たされて、互いの手へと届けられる。

 

 そして今、それぞれ互いの服を身に付けてここに服装の入れ替えは完成した。

 

「(あぁ、感無量… 私は今、イオン様の温もりに包まれている…!)」

 

 そして今、何処に出しても恥ずかしい変態の姿がここに完成した。

 

 おっと、こうしてはいられない… イメチェンしたイオン様をこの目に姿を焼き付けないと!

 変態の欲望に終わりはない。セレニィはそう思うが早いか背後を振り返る。

 

「なんだか… 少し、恥ずかしいですね。変じゃないでしょうか?」

 

 そこには白地のパーカーに身を包んで、恥ずかしそうに俯いた天使が立っていた。

 キュロットからは、セレニィにとって初お目見えとなるイオンの生足が伸びている。

 

 思わず鼻血が垂れてくるセレニィだが、彼女は何一つ恥じることはない。

 ……何故なら、変態なのだから。

 

 親指を立てながら、清々しい笑顔で思うところを告げる。

 

「大丈夫です、イオン様! とってもお可愛らしいですよ! 惚れなおしました!」

「か、可愛いですか… 少し複雑な気分ですね。ってセレニィ、鼻血が出てますが!?」

 

「あ、平気です。私はその、喜びが溢れると鼻血となって零れ出てくる仕様でして…」

 

 それは何かの病気じゃなかろうかと思いつつ、イオンは平気というならと渋々と引き下がる。

 

 イオンのセレニィに対する、病気という見立ては大正解である。

 セレニィは変態という名の不治の病を患っている。美しい言い方をすれば恋の病だろうか?

 

「えへへ…」

 

 満面の笑顔で床に鼻血を垂らしていたセレニィであるが、詰め物をしてようやく抑える。

 イオンから借りた導師服を血塗れにしなかったのは奇跡の産物と言っても良い。

 

「では、たった今から明日の朝まで私が導師様です。良きに計らえー! …なんちゃって」

「フフッ… 僕はそんなこと言いませんよ。では、明日の朝までは僕がセレニィですね」

 

「はい! いっそ語り明かして楽しい思い出作りをして、二人揃ってお寝坊さんってのも…」

 

 そんなことを語りながら、セレニィはイオンへと近付いていく。

 ……と、ブカブカとなってしまった導師服の裾を踏んで思わず転びそうになる。

 

 その一瞬の後、銀閃が彼女の頭上スレスレを通り過ぎていった。

 

「……へ?」

 

 思わず間抜けな声を上げてしまい、風のした方を見ると…

 毛先を切られた己の髪が月光に舞い散る様が、スローモーションで瞳に映る。

 

 イオンが厳しい声で注意を促す。

 

「セレニィ! 避けて!」

 

 その声に従って、無我夢中で前方に跳ぶと背後で複数の風切音が響いてくる。

 

「(ちょっ… なんだこれ! なんだこれ!?)」

 

 足をもつれさせつつ逃げたところ、再び服の裾を踏んで転んでしまう。

 なんか今日こんなんばっかりだ!? 泣きたくなってくるが、刃は待ってくれない。

 

 セレニィは思わず目を閉じ、“その時”を待つ。

 

「これで終わりだ」

「セレニィ!」

 

「……っ!」

 

 ……だが、“その時”は訪れない。鈍い金属音が鳴り響き、襲撃者が一歩下がる。

 

「セレニィに危機が迫る時… 私もまた目覚める」

 

 襲撃者とセレニィの間に、ナイフを構えたティアが立っていた。

 月光を浴びて佇む彼女の姿は、その美貌も相俟って幻想的なほどに美しい。

 

 思わずそれを見るセレニィも言葉を失い、そして息を呑む。

 

 必殺の一撃を弾かれた襲撃者は低く唸ると、誰何の声を上げる。

 抑揚のなかった声に、微かに苛立ちが混ざる。

 

「……何者だ」

「ローレライ教団神託の盾(オラクル)騎士団情報部第一小隊所属、ティア・グランツ響長。任務は… 愛!」

 

「あ、中身はいつものティアさんだ」

 

 人はそうそう変わるものではないという良い見本である。

 ……既に第七譜石の探索任務は忘却の彼方なのだろう。

 

 それを見て襲撃者が合図を送ると、新たに三名… 黒尽くめの者が現れる。

 

「たった一人で何処まで耐えられるかな?」

「無論、何処までも」

 

「……愚かな」

 

 号令をかけようとした襲撃者の頭上に影が差す。

 ふとを上を向くと、巨大な黒い影が拳を固めていることに気付く。

 

 その一撃を受け、強かに壁へと叩き付けられる襲撃者。

 

「『たった一人』ならそうかもね。けど、『二人』ならどうかな?」

「……また邪魔が入ったか」

 

「ふっふーん… 可愛くて強くて可愛い、みんなのアイドル・アニスちゃん参上!」

「助かったわ、アニス!」

 

「何故2回言ったし… いや、可愛いけど…」

 

 トクナガに乗ったアニスがノリノリでポーズを決める。

 すると、その隙に更に黒尽くめの者が増えた。

 

 流石のアニスもこの人数を相手にするとは思わなかったので、若干、引き気味だ。

 

「うっわ… ウジャウジャとまぁ、ゴキブリみたいにぃ」

「流石にこの人数を相手にするのはしんどいわね…」

 

「しょーがない。あたしたちが道を作るから、イオン様はセレニィと一緒に避難して助けを」

 

 そう言って入り口に視線をやれば、いつしか燃え盛る炎がそこにあった。

 先ほどアニスに吹き飛ばされた襲撃者が、退路を断つために火を放ったのだ。

 

 これでは入り口からの脱出は難しいだろう。

 忌々しさを隠そうともせずに、アニスが舌打ちする。

 

「こりゃまた、思い切ったね。……チッ、一撃で仕留めきれなかったのが仇になったか」

「逆に言えばこれで目立つようになった。持ちこたえさえすれば応援も期待できるわ」

 

「だといいんだけど、正直この数相手じゃ厳しいかもね。……何から何まで計算づくかよ」

 

 部屋が月明かりを必要としないほどに明るくなる。

 これだけ派手な行動をしたところで、『証拠』は残さない自信があるのだろう。

 

 事実、あの不意討ちで仕留めきれなかったのだ。かなりの腕利きと見ていい。

 応援が来るまで粘れれば良いが、あの炎の壁は彼ら応援の行き来とて妨げてしまうはずだ。

 

 オマケにこちらは二人を守りながらの多人数相手の戦いだ。どうしても分が悪い。

 

 間合いを詰めようとしてくる襲撃者たちを牽制しながら、アニスはティアに声を掛ける。

 

「ティア… あんまり前衛に立ってこなかったけど、体術の心得の程は?」

「初対面でグダグダ文句言ってきたルークを投げ飛ばせる程度かしら」

 

「なるほど、ルーク様を投げられるくらいなら… って、え? なんでそんなことしたの」

「私のせいで超振動が発生したんだから責任取れとか言い掛かりをつけてきて…」

 

「言い掛かりじゃないよ! それ単なる事実だよ! 怒って当然だよ!」

「フフッ… 安心して、アニス。流石に私もルーク以外にはそんなことはしないわよ」

 

「いや、ルーク様にするのが大問題だから! 人としても! 平民としても!」

 

 なんてエキセントリックな女なのだろう。アニスは思わず言葉を失う。

 

 彼女を無罪にしたセレニィの手腕を褒めれば良いのか。

 彼女を許したルークの器の大きさを褒めれば良いのか。

 

 とりあえずこの一件が終わったら、彼女との付き合い方を一度見直そう。そう心に誓った。

 彼女が有能なのは疑いようがないのだが、犯罪者脳過ぎて存在そのものがヤバい。

 

 気を取り直して、言葉を続ける。

 

「じゃ、『もう一つ』しかないよね」

「『どっちが』?」

 

「私が。ティアじゃこの数キツイっしょ?」

「……すぐに戻るわ」

 

「よろしくねー」

 

 たったこれだけの会話で『テラスから脱出する』『アニスが残り足止めを行う』。

 これらのことが阿吽の呼吸で疎通できてしまう。いっそ痛快なほど、鮮やかに。

 

 ティアは間違いなく有能なのだろう。……その才能を尖らせすぎてしまっただけで。

 

 彼女は一つ頷くと、セレニィの手を引きテラスに向かって駆け出した。

 アニスもトクナガでイオンの背を押しながら口を開く。

 

「イオン様、行って! ここは私が引き受けた!」

「でも、アニス!」

 

「早く! 助けを求めながら駆けるの! それが一番みんなが助かる可能性が高いから!」

 

 その言葉に、イオンは頷くと駆け出した。

 慌てて三人を追おうとする襲撃者たちの前に、テラスを背にアニスが立ちはだかる。

 

 薄く、凶悪な笑みを浮かべながら。月光を背負い、炎の光を胸に浴びつつ。

 

「おっと… ここから先は行かせないよ?」

 

 そう言って闘志をみなぎらせる彼女を前にして、襲撃者は抑揚のない言葉を口にした。

 

「………」

 

 

 ――

 

 

 

「く…っ!」

 

 一方、ティアはテラスの外… 城内の庭を走る。

 だが当然というべきか、黒尽くめの者は部屋の外にも配備されていた。

 

 それらがティアに襲いかかる。

 されど人数は二人。倒しきれはしないものの、捌けない数ではない。

 

 攻撃をかわし、時に仕掛けて敵を牽制しながら進んでいく。

 そして戦闘に加わるのは彼女ばかりではない。

 

「ティアさん、避けて!」

「っ!」

 

「ていっ!」

 

 落ち着きを取り戻したセレニィが戦闘に参加し、ティアの援護を試みる。

 彼女に合図を出しつつ、懐から取り出した胡椒爆弾・改を投げつける。

 

 それは相手にされることなくあっさりと回避される。胡椒爆弾・改… 不発!

 だが、それにめげることなどありはしない。笑みすら浮かべて口を開く。

 

「流石は、(多分)生粋の暗殺者… でも、雑魚の攻撃なんて避けられて当たり前!」

 

 そんなことは予測済み。続いて、肩に掛けていたマントを目眩ましに投げつける。

 流石にこれは視界を覆うために回避はせずに斬り裂かれる。

 

「その時間差を待っていた! 喰らえ、必殺の…」

 

 この日のためにコツコツ準備してきたものを、えいやと取り出す。

 買ってから暫く後悔していたが、無駄にならなかったこの状況を喜ぶべきか悲しむべきか…

 

 彼女は用意していた『ネット』を両手で掴むと、襲撃者たちの頭の上へと放り投げた。

 

「この程度… む?」

 

 マントと同様に斬り裂こうとしたところの堅い感触に、襲撃者が怪訝な声を上げる。

 不可解な表情を浮かべる襲撃者に対して、セレニィが言葉をかける。

 

「不思議そうな顔をしてますねぇ… その網には、針金が編み込まれているんですよ!」

「ガイさんのお行儀の時間が終わった後、寝るまでの間ずっとこれやってたですの!」

 

「途中で『私、なんでこんなことやってるんだろ…』と泣きそうになりましたけどねぇ!」

「ていうか泣いてたですのー!」

 

「編み込み度はまだ六割前後でしたけどねぇ! そして続いてぇー!」

 

 そのままミュウを掴んで、その頭をポコンと叩く。

 するとミュウの口から炎が吹き出る。

 

 そして襲撃者はようやく気付く。……この網から油の匂いがすることを。

 彼らの声に初めて動揺の色が混ざる。

 

「ま、まさか…」

 

「ミュウファイア! (出来るだけ)最大出力!」

「ですのー!」

 

 ネットが一瞬で炎に包まれる。

 それを消そうと転がれば転がるほどに、ネットは襲撃者に絡みつく。

 

 命中性能は極めて低い上に連発が利かないが、厭らしい武器だ。

 

「名付けて、フレイムネット!」

「ですの!」

 

「なんというか… えげつない武器ですね、セレニィ」

「なんかようわからん襲撃者には手加減無用!」

 

「ですの!」

 

 出費が無駄にならずに済んで思わずドヤ顔を浮かべるセレニィに対し、イオンがつぶやく。

 そこに、『フレイムネット』を回避していた一人が不意討ちを仕掛けてくる。

 

「甘いわ」

「っ!」

 

「これで… 終わり」

 

 だが、その攻撃を予測していたティアにあっさり受け流され襲撃者は体勢を崩す。

 そして、手に持つナイフを頭上に振り上げるとティアはそれを… 勢い良く振り下ろした。

 

「ぐ…っ!?」

 

 鮮血が舞う。……ティアの背中から。

 

 グラリと身体を揺るがせると、彼女は地面に膝をついた。

 激痛に震えながら、それでも気丈に声を振り絞る。

 

 その背にいるであろう数名の襲撃者たちに向かって。

 

「突破してきた、か。アニスは… どうしたの?」

「さてな。好きに想像すると良い」

 

「そう… 何も問題無いわ。あなたたちを片付けてアニスを迎えに行く」

「やってみるが良い。……できるものなら」

 

「できないはずがないわ。ご先祖様ができたくらいのことはね」

 

 そう言いながら、事も無げに立ち上がる。常変わらぬ鉄面皮を貼り付けたまま。

 ……いや、一つだけ違うところがある。その瞳には怒りのためか紅蓮の炎が宿っている。

 

「ティア!」

「ティアさん!」

 

「来ないで!」

 

 そしてティアの… 仲間の負傷に、思わずイオンとセレニィが駆け付けようとする。

 だが、彼女は空いた左手を上げると叫んだ。

 

「来ないで… 走りなさい。そして助けを呼んで… 城も、もう騒ぎになってるから」

「で、ですが…」

 

「……行きましょう、イオン様。今ここにいても私たちに出来ることはありません」

「っ! ティア、きっと無事で…」

 

「ご安心を、イオン様。私はセレニィに『お姉さん』と呼んでもらうまで死にませんから」

「なんだ、それじゃ一生死なないじゃないですか。……私、心配して損しましたよ」

 

「フフッ… そうね。行って!」

 

 状況にそぐわないセレニィの軽口に、敢えてティアが乗る。

 互いに笑みを浮かべる。

 

 そして、セレニィはイオンの手を引いて走り出した。

 即座に後を追う黒尽くめの者たち。

 

「全員行くなら… 当然、即座に背中を狙うわよ…?」

 

 だが、ティアの気迫に引き摺られる形で数名が残った。

 

 

 

 ――

 

 

 

 走る。走る。走る。

 

「誰かぁー! 人殺しがいますー!」

「ですのー!」

 

 ティアの言うとおり城は騒ぎになっている。そんな中、声を上げながら庭を走り続ける。

 

 走って叫んでは相当つらいが仕方ない。

 肩に乗っているミュウが声掛けをしてくれるのがせめてもの救いだろうか?

 

 だが一向に助けは現れず、背を追う黒尽くめの者たちの手がかかりそうになったその時。

 剣がその間に投げ込まれた。思わず手を引っ込める黒尽くめの者。

 

 そこに声が響く!

 

「こっちでゲス! 早く来るでゲス!」

「モタモタすんじゃないよ!」

 

「は、はい!」

 

 最後の力でスピードアップをして走りだすセレニィとイオン。

 そこにタイミングを誤らず、黒尽くめの者たちの手前に譜業爆弾が投げ込まれる。

 

 第五音素…

 火の力を込められたその兵器は、大きな爆発音と火力を以って男たちを吹き飛ばす。

 

 命までは落としていないようだが、当分動くことは出来ないだろう。

 セレニィとイオンは、声の主たちのもとまで辿り着いて大きく息を吐く。

 

「はぁ、はぁ… どこのどなたか存じませんが…」

「まぁ良いってことよ。ゆっくり息を整えな」

 

「は、はい… 僕も、限界で…」

「ご苦労さん。えーと… 白いヒラヒラの服に女の子みたいな顔。こっちが導師イオンかしら」

 

「……はい?」

 

 女性一人、男性二人の三人組。どっかで聞いたことあるような構成である。

 セレニィを指さしそう言う女性に、思わず首を傾げる。

 

 続けて、プロポーション抜群の美女が悩ましげに声を上げる。

 

「聖獣チーグルを連れてる以上、まず間違いなくこっちが導師様だと思うけどねぇ」

「でも間違ったらコトですぜ姐御。俺たち『漆黒の翼』は堅気にゃ手を出さねぇ」

 

「どっちも可愛いでゲスけど… 男の子かどうか、聞いてみればいいと思うでゲス」

「おっ、ウルシーにしちゃ名案だな。……なぁそこの白い髪のアンタ、男の子かい?」

 

「はい! ……ん? 『漆黒の翼』ってどっかで聞いたことあるような」

「……え?」

 

「よし、決まりだ。こっちの緑髪はよく見りゃ女物の服着てるし別人に違いねぇ!」

 

 躊躇せず頷いたセレニィを、思わず「何言ってるんだ?」という目で見てしまうイオン。

 だが、これは仕方ない。セレニィ本人に、自分が女性という自覚は全く無いのだから。

 

 ……いや、ないことはないが認めたら負けだと思っている。未だに男湯に突撃するほどに。

 そこへ来て「男性か?」との問いかけである。彼女が頷かないはずがなかった。

 

「(あ! 『漆黒の翼』って橋ぶっ壊したりして滅茶苦茶評判悪い盗賊団だったっけ!)」

 

 ようやく思い出し逃げ出そうとした瞬間、即座にロープにぐるぐる巻きにされてしまう。

 あれ? と思う暇もあればこそ、今度はご丁寧に猿轡まで嵌められズタ袋に放り込まれる。

 

 ……ついでにミュウも猿轡をされて放り込まれたが。

 

「な、何をしているんですか! 導師イオンは僕です! セレニィを解放しなさい!」

「いくら庇うためとはいえそんな下手な嘘は良くないなぁ… お嬢ちゃん」

 

「嘘なんかじゃ…!」

「悪く思わないでおくれよ。アタシたち『漆黒の翼』は関係ないやつには手を出さないのさ」

 

「関係なくなんかっ! くっ、アカシック…」

「無理すんなでゲス。もうヘロヘロでゲスよ? ……そこでじっとしておくでゲス」

 

「あっ…」

 

 そこでウルシーと呼ばれた小柄な髭面の男に肩を突き飛ばされ、イオンは倒れ込んだ。

 譜術を使用しようとしたイオンだが、極度の疲労のためもう立ち上がることも出来ない。

 

「さっさとずらかるよ! 騒ぎが大きくなってきた!」

「あいよ!」

 

「す、すまなったでゲスね… お嬢ちゃん」

 

 漆黒の翼と名乗る三人組は、そそくさとロープを伝い城の外へと逃げていく。

 倒れ込んだままのイオンには、それを見送ることしかできなかった。

 

 ……程なく、ティアがアニスに肩を貸しながらやってきた。

 

「イオン様… セレニィとミュウは?」

「連れ去られました。『漆黒の翼』と名乗る連中に… 僕の、身代わりになって…!」

 

「……そう、ですか」

 

 泣きそうな声で絞り出すイオン。それを聞いて、ティアは悲しそうな表情で俯いた。

 ずっと無言だったアニスが、声を上げる!

 

「あたしなんか放っておけば良かったのに… こんな役立たずなんか! どうしてよ!」

「……ごめんなさい、アニス」

 

「違う… 違うよ! 一番悪いのはあたしでしょ! なんでよ… なんで責めないのよ!?」

「……私たちは精一杯やった。それでも届かなかったなら、きっと、これは私の判断ミス」

 

「でも… だって! そんなんじゃ! そんなんじゃ、セレニィが… なんでセレニィが!」

 

 ボロボロの姿で涙を零しているアニスに、ティアはそれ以上語る言葉を持たなかった。

 代わりに、イオンが口を開く。

 

「あの黒尽くめの連中も、『漆黒の翼』の構成員だったのでしょうか?」

「……分かりません。騒ぎが大きくなりきったら証拠も残さず退いていきましたし」

 

「そう、ですか… 僕はルークやジェイドたちになんと言ったら良いか…」

「………」

 

「イオン様、ご無事ですか。これは一体? それに、セレニィは…」

 

 すると噂のジェイドがトニーとともにやってきた。

 イオンは悲しげに俯きながら、それでも一刻も早い事態の解決のために重い口を動かした。

 

 かくして、厳戒体制のもと直ちに捜査本部が編成されることとなった。

 

 しかしながら深夜に起こった事件であり、事件当時に多くの見張りが意識を失っていたこと。

 加えて、義賊として支持者を持つ『漆黒の翼』の捜査に多くの市民が非協力であったこと。

 

 これらのことから一向に捜査は進展せず、なんら成果の得られないまま朝を迎えることになる。

 

 同時に不穏な噂の数々がバチカル内で流れ始める。

 

 曰く、『一連の事件の責任を王国側は教団に擦り付け導師と大詠師を囚えている』とのこと。

 曰く、『止めようとした神託の盾(オラクル)騎士団主席総長が汚名を着せられ投獄された』とのこと。

 

 これらのまことしやかに噂される流言飛語の裏側に、誰がいるかなど明々白々であった。

 今、政治の世界で生き抜いてきた『怪物』がゆっくりとその鎌首をもたげようとしていた。

 

 

 

 ――

 

 

 

 さて、時計の針を事件当夜に巻き戻そう。

 漆黒の翼たちは、セレニィinズタ袋を担ぎながらエッサホイサと王都の外まで駆けて行く。

 

「こちら『漆黒の翼』… 依頼を果たして帰還した。迎えを頼む」

 

 端的な言葉を手元の器械に投げかけ、そして依頼主との待ち合わせ場所…

 キムラスカの者たちに見付からぬよう、迷彩を施されたタルタロス前へと到着した。

 

 固く閉ざされていたハッチが開き、中から仮面の少年が数名の供と顔を見せた。

 仮面の少年… 六神将が一人、“烈風”のシンクが漆黒の翼一同へと声をかけてくる。

 

「やぁ、おつかれ… 首尾はどうだい? と、聞くまでもないようだね」

「まぁね。私たちにかかればこんなモンさ」

 

「結構。報酬は支払うからとっとと失せて… 分かってると思うけど他言無用だよ?」

「はいはい… そんじゃ、アッシュの坊やにもよろしくね」

 

「あぁ、伝えておくよ。……それじゃおまえたち、そいつを運んでくれ。丁重にね」

 

 漆黒の翼と別れ、部下に指示を出して未だ中身が暴れているズタ袋を運ばせる。

 

「フン、導師イオンともあろう者が見苦しい… そこまでして命が惜しいのか?」

「は? 今なにかおっしゃいましたか、師団長」

 

「こっちの話だよ。……お待たせアッシュ、連中がアンタにもよろしくってさ」

「……あぁ」

 

「まだ機嫌が悪いのかい? 何企んでたか知らないけど、ディストになんか任せるからだよ」

 

 呆れるシンクの言い分に返す言葉も無いのか、アッシュは不機嫌そうに鼻を鳴らすのみ。

 

 そんなアッシュの態度に「ま、いいけどね…」とさして興味もないのか話を打ち切るシンク。

 机の上にズタ袋を置かせると、部下に帰るように命じる。

 

「さて、導師が手に入ったわけか… これでいよいよ計画が実行できるわけだね」

「……そうだな」

 

「さっきまで結構暴れてたからね。どんな顔をしているのか、拝ませてもらおうか」

 

 イオンにただならぬ憎しみを抱いているのか、嬉しそうに声を弾ませるシンク。

 彼がズタ袋に手を当て、乱暴に切り裂くと… 中から見慣れぬ少女とチーグルが転がり出る。

 

 ……思わず無言になる二人。少女は「むー! むー!」と何かを訴えかけている。

 

「……シンク、俺にはコイツが導師イオンには見えねぇんだが」

「奇遇だね、僕も… っていうか掴まされた! あんな胡散臭いの信用するんじゃなかった!」

 

「……受け取った時に確認しろよな。間抜けか、テメェは」

「ぐっ、うるさいな… 導師イオンを袋詰めなんて知ったら部下が動揺すると思ったんだよ」

 

「ハッ! それでテメェが大失敗してたら世話ねぇな… ったく。おい、そこの白いの」

 

 溜息をつきながら、アッシュは少女… セレニィの猿轡を外して尋ねる。

 

「なんでここにいる? 何が目的だ?」

 

 ストレートな問い掛けである。セレニィ、答えて曰く。

 

「いや、知らんがな。なにがなんだかサッパリです」

 

 そう返すしかなかった。

 むしろおまえら誰? って聞きたい気分ですらある。怖いから聞けないけど。

 

「……どっかで見たことあるツラな気もするが、思い出せねぇな」

「そう? 僕は見覚えないけど」

 

「……おい、間抜け。しょーがねぇからダアト式封呪の解除はテメェでしろよ?」

「……それは仕方ないけど、一々しつこい野郎だね。師匠譲りの若ハゲ風情が」

 

「あぁ?」

「やるかい?」

 

「ストップ、落ち着きましょう! ほら、仲間同士仲良く! いざ友情パワー!」

 

 こんなところで自分を挟んで喧嘩を始められてはたまらない。

 セレニィはヘラヘラ笑いながら一触即発の二人を宥めるのであった。

 

 ……うん、なんかこの立ち位置凄く懐かしい気がする。全く嬉しくないけどな!

 そんなことを考えながら笑顔を浮かべ続ける。

 

「あ、あははー… なんちゃって」

 

「……チッ」

「……フン」

 

 やがて互いに顔を背ける六神将。……反応まであの時のあの二人と一緒かよ。

 苦笑いを浮かべながらセレニィは自分の今後を考える。

 

「(うん… 死ぬよりはマシ、死ぬよりはマシ。……だといいなぁ)」

 

 ほんのり涙を零しながら、彼女はおもいっきり敵の捕虜になるのであった。

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