TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー   作:(╹◡╹)

63 / 112
60.束縛

 タルタロスの外から鳥の鳴き声が聞こえる。……そろそろ目覚めの時間がやってきた。

 

 それでも、この目覚めるまでの微睡(まどろ)みの時間が愛しくて… 毛布を深くかぶり直す。

 だが、そんな至福の時間も長くは続くかない。

 

「おはようですの、セレニィさん! 朝ですのー! あーさー!」

「うーん… あと5分ー…」

 

「だめですのー! 昨日もそれ繰り返してシンクさん怒らせたですのー!」

 

 聞く耳を持たずに寝ている自分を揺さぶり、あくまで覚醒を促すミュウさん。

 ……おのれ、やはり悪魔か。

 

「ふわぁー… ぅ。おはよーござーまーすぅ、ミュウさん…」

「おはようですの、セレニィさん! 今日も一日がんばるですの!」

 

「ですねー… ふぁ、ねむ」

 

 渋々身体を起こし、大きな欠伸(あくび)と伸びを一つ。それでなんとか意識は覚醒する。

 ミュウさんと二人並んで、顔を洗って歯を磨く。

 着ていたパジャマを脱ぎ捨てて、用意されたモノに袖を通す。

 

 神託の盾(オラクル)騎士団女性制服(子供用)… これが今の自分に用意された仕事着なのである。

 

「よーし、今日も一日がんばるぞい!」

「ですのー!」

 

「はぁー… 辛い辛い。いやー、神託の盾(オラクル)六神将に監視される仕事はめっちゃ辛いわー」

 

 その仕事とは… ニート。

 

 セレニィはそんなことを考えつつ、今日も今日とて仕事の場に向かうのであった。

 何故かようなことになったのか… 少しばかり時を遡ろう。

 

 

 

 ――

 

 

 

 縛られた状態で机の上に転がされているセレニィとミュウ。

 その二人を眺めながらシンクとアッシュは相談する。

 

「どうする? 見られちゃった以上は消す方が手っ取り早い気もするけど…」

「……女の、しかもガキをか? 任務でもねぇのにそんなのはゴメンだな」

 

「気が進まないのは僕も一緒だけどさ… しょうがないだろ?」

「ハッ! やめとけやめとけ… テメェの恥の上塗りになるだけだぜ」

 

「む… じゃあ牢にでも放り込んでおいて、明日みんなで相談の上で判断しよう」

 

 どうやら一先ず命は助かったようだ。セレニィはホッと胸をなでおろす。

 ……まぁ、相談の上で「やっぱ殺そう」と言われたら泣くしかないが。

 

 かくなる上は精一杯媚びて好印象を植え付けていくしかない。

 そうすれば多分、相談の場でもそこはかとない弁護を期待できるかもしれない。

 

 期待できないかもしれないが、やらないよりはマシだろう。

 そう思い、もぞもぞ身体を動かしつつアッシュに向かって頭を下げる。

 

「すみません。どこのどなたかは存じませんがおかげさまで一先ず命は繋げました」

「……フン、勘違いすんじゃねぇ。俺のプライドの問題だっただけだ」

 

「それでもです。私はセレニィと言います… 良ければお名前を教えてもらえませんか?」

「ボクはミュウですのー!」

 

「……アッシュ。神託の盾(オラクル)六神将のアッシュだ」

 

 笑顔を浮かべたままのセレニィの時が止まる。まさか六神将だったとは。

 そんなことに気付かないまま名乗ってしまうなんてアホなの? 死ぬの? 状態である。

 

 こんなことならソウルフレンドよろしく「セレヌィ」とでも名乗っておけばよかった。

 ほんのり涙を零しているそんな彼女の様子に気付かず、シンクはアッシュの名乗りに続く。

 

「僕はシンク。そこの赤いのと同じ六神将… ま、精々見逃されるのを祈るんだね」

「あ、はい… えーっと、その…」

 

「ンだよ。なんか文句でもあるってのか?」

「いえいえいえいえ! 滅相もない! ただ、その… セレニィって名前に聞き覚えは…」

 

「……別にねぇよ、ンなモン。シンクはあるのか?」

「……いや、僕も初耳だけど」

 

「あ、あれ…?」

 

 どういうことだろう? 六神将全員が殺意満点というわけではなかったのだろうか?

 あるいは、ディストによる悪質な冗談だったのかもしれないが…

 

 考えても仕方ないとばかりに「いえ、別になんでもないです」と話を打ち切ることにする。

 とりあえず、すぐに殺されることはないだろう。そう思って多少リラックスする。

 

 それに乗っかったわけでもなかろうが、シンクが溜息をついて根本的な疑問を尋ねる。

 

「それにしてもなんだってそんな格好を…」

「え? イオン様が好きだから、かな」

 

「……紛らわしすぎる。クソッ、こんなことで大金を溝に捨てるなんて」

「どうせテメェが語った特徴がいい加減だったんだろ? ごっこ遊びのを連れてくるなんて」

 

「………」

 

 どうやらただのコスプレと思われたらしい。

 まぁ、そうですよね。普通はイオン様のモノホンの服を着込んでるなんて思いませんよね。

 

 ……そんなことを思いつつ、セレニィは机の上から降り「ぐえっ」転がり落ちた。

 縛られた状態ゆえ、致し方ないだろう。

 

 見かねたシンクがロープを切って立ち上がらせてくれる。……その手刀、凄いですね。

 

「とにかく、今日のところは牢に放り込んでおくから大人しくしてるんだね」

「はい、これはご丁寧に… ん? クン、クンクン… クンクンクン…」

 

「……なに、いきなり僕の匂いを嗅いできてるわけ? ひょっとして、変態なの?」

「……イオン様?」

 

「!?」

 

 説明しよう。セレニィは行き着いた変態のため、イオンを匂いで識別することが可能なのだ!

 ただ強力過ぎるため「イオンっぽいもの」「イオン的な何か」にまで反応するのが難点だ!

 

 そんな変態の生態とは縁がなかったシンクだが、驚きに硬直しつつも努めて動揺を隠し通した。

 

「何を言っているのかサッパリだね… 僕が導師イオンと同じ匂いだって?」

「うーん… でも、似てるようで違うような。しかし声はよく似てるし…」

 

「バカバカしい。たかが匂いで何が分かるっていうのさ? あんまりしつこいと…」

 

 殺気を表に出し、萎縮させんと試みる。並以上の実力を持つ武人相手にならば効果的だろう。

 ……だが、相手は全く何の心得もない雑魚である。かようなものを感じ取れるはずがない。

 

「あ、シンクさんってちなみに男ですか? 女ですか?」

「……まぁ、男だけど」

 

「じゃあ違いますね! ……ごめんなさい、変な言い掛かりをつけちゃって」

 

 いや、導師イオンも男なのだが… その言葉を飲み込みつつもシンクも頷く。

 これ以上グダグダになってしまってはたまらない。

 

 釈然としないものを感じつつ、彼は大人しく引き下がることにしたのであった。

 そして牢に運んでいる道中… またまたセレニィの方から話し掛けてくる。

 

「ところでシンクさん」

「……なんだい」

 

「その仮面かっこいいですね」

「……話が飛ぶね」

 

「いいなぁ… 私も欲しいなぁ」

 

 露骨におねだりされた。……助けを求めてアッシュに目を向けると、視線をそらされた。

 妙な疲れに支配されつつ牢に放り込んで黙らせると、シンクは自室に戻るのであった。

 

 牢屋の中にはセレニィとミュウが残される。

 かつて、ジェイドらとともにタルタロスを脱出する前にも放り込まれたあの牢屋である。

 

「あれ… この牢屋、見覚えがあるような。てことはタルタロスなんですかね、ここ」

「ですのー?」

 

「まぁ、六神将のみなさんが奪ってるっぽかったですし不思議じゃありませんけど」

「ボクもよくわからないですのー」

 

「ですね。良く似た別の牢屋かもしれませんし… 分かっても大した意味はありませんしね」

 

 溜息をついて壁に取り付けられたベッドに寝転がる。

 

 なんか色々とあって疲れ果てた。イオン様やアニスさんは無事だろうか?

 ティアさんは… なんか殺しても死ななそうだからいいや。

 

 セレニィがそんなことを考えながらボーッとしてると、ミュウが語りかけてくる。

 

「そういえばセレニィさん。アッシュさん、ルークさんによく似てたですの」

「……そーですかね? 他人の空似程度のモンでしょう」

 

「ですのー?」

「髪の色も確かに同じ赤ですけど、色合いが違いますし… なんか違う感じじゃないですか」

 

「でもでも、お顔も似てた気がするですのー」

「ぶっちゃけ初対面の欧米人の顔なんて、みんなある程度似たようなモンに見えますし…」

 

「みゅう… おーべーじん、ですの?」

 

 そんなこと言われてもあまり区別がつかないのが本音だ。その点、仲間たちは良かった。

 ルーク、ジェイド、ガイ、トニー… みんな顔付きやらに明確な差異があり分かり易かった。

 

 それだけでなく旅をともにしてきた結果、彼らの特徴についてもある程度は把握したのだ。

 逆に言えば、データの揃わない初対面の人間… 特に男など大した区別がつかないのだ。

 

 そんなものを指して似てると言われても「ふーん… そうなの?」くらいにしか感じない。

 もっと言えば男なんか比較的どうでもいい。それが美女や美少女ならば即座に覚えるけどな!

 

 ミュウも別段重大事と思わなかったのか「みなさんは大丈夫ですの?」と話を変えてくる。

 

「うーん… きっと大丈夫なんじゃないですかね。みなさんなんだかんだ有能ですしね」

「ですのー?」

 

「ただ、モースさんは暫く追い落とせませんね… キムラスカで影響力を失う程度が精々か」

「モースさんに勝てませんの?」

 

「うーん… あの人もそうですけど、ローレライ教団が厄介ですからね。厳しいのでは?」

 

 彼が単なる政治の化物だったら、まだキムラスカやマルクトとて手の打ちようはあるだろう。

 ……いやまぁ、これだけでも充分に難敵ではあるのだが。

 

 だが彼は、二千年に渡って預言(スコア)で世界を縛り続けてきた世界唯一の宗教組織を掌握している。

 表向きの地位を失ったところで、内部に張り巡らされた裏の地位が即消えるわけでもない。

 

 だからこそ、あの一日でやれるところまでやりたかったのだが… 結果は失脚にすら届かず。

 扇動・不意討ち・騙し討ちに屁理屈しか武器を持たない小市民には高いハードルだったか。

 

 この状態で無理矢理処刑したところで、その地位・権力を受け継いだ第二の彼が現れるだけだ。

 セレニィはそう確信している。人間の持つ自浄能力なんてのはサラサラ信じちゃいないのだ。

 

 イオンはトリトハイムなる詠師を買っているようだが、権力や地位は容易に人を変えて歪める。

 本人がいい人であってもそれだけでは背負うべきものは守れない。

 

 だから、「そうできる」よう変わることを下から望まれるのだ。それが組織という名の魔物だ。

 

「……モースさんはそう簡単にいなくなりはしませんよ。今の彼があの人だってだけで」

「ですのー?」

 

「ま、アレと政治闘争の場でやり合う事自体が発想的に大間違いだと私は思います」

「大間違いですのー?」

 

「勝っても得るものありませんしね。ローレライ教団取り込んでも面倒事背負い込むだけです」

 

 取り込めば恐ろしく強大な力となるだろうが、そのシステム構築にどれだけ労力を要するか。

 ちょっと考えたくないものがある。リスクとリターンが釣り合うか疑問が生まれるほどに。

 

 しかも取り込まれればローレライ教団の傀儡国家の出来上がりだ。渡るに危なすぎる橋である。

 ……というか、割りとマジでキムラスカさんは傀儡国家一歩手前だったのではなかろうか?

 

 セレニィ的には自分とティアの命を守るために精一杯だったが、そんな雰囲気は感じていた。

 考えれば考えるほどに第一印象以上にヤバい組織だ。もう二度とやり合いたくないのが本音だ。

 

「……ま、今の私たちが考えても意味のないことです。なるようになりますよ」

「なるですのー?」

 

「なるですのー。というわけで私は寝ますねー… おやすみなさい、ミュウさん」

 

 そう言って目を閉じると、程なく眠気が彼女の意識を攫っていくのであった。

 

 

 

 ――

 

 

 

 そして翌朝… 久方振りにタルタロス内に六神将が勢揃いする。

 

 ラルゴとディストが怪我から復帰したこと。

 それに加え、リグレットがアリエッタを連れてダアトから帰還したのだ。

 

 なお、リグレットには疲労の影が色濃く残っている。

 

「全く! 襲撃のことだけでなく待遇改善についてまで言われる羽目になるとは…」

「リグレット… 今度からアリエッタにちゃんと『休暇』くれないと、めっ! だよ?」

 

「……くっ、分かった。閣下にはしっかり具申するので機嫌を直せ、アリエッタ」

 

 会議室に用意された席に二人が腰掛ける。これで六神将が全員揃ったことになる。

 アリエッタの機嫌を取ろうとしているリグレットに、シンクが声をかける。

 

「おつかれさま、リグレット。……しかしまた、随分と時間がかかったね?」

「……色々と面倒事があってな。閣下とはまだ連絡が取れないのか?」

 

「さぁ? ラルゴがアッシュに乗せられて喧嘩売った時点じゃ元気だったみたいだけど」

「そうか、ならば良かっ… って何をやっている!? おいラルゴ、貴様どういうことだ…」

 

「……すまんな」

「ぐぬっ」

 

「まぁ、あのヒゲは大丈夫でしょう。ケセドニアでもこの天才を撃退するほどですからねぇ!」

 

 おい、オマエも襲ったのか… ギギギ、と顔を動かしディストを睨みつけるリグレット。

 そんな彼に比べれば、素直に深々と頭を下げたラルゴの対応は千倍はマシだろう。

 

 いや、襲った時点でありえないのだが。また召喚状が届いてしまう。……次は無視しよう。

 頭痛を抱えつつリグレットは現状把握に務める。

 

 眉間を揉み解しながら右手を前に出しつつ、口を開いた。

 

「ちょっと待て… 待ってくれ。なんか何回も襲ったように聞こえるが、どういうことだ?」

「うむ… 俺はカイツール軍港を壊滅させた折に顔を合わせ、コーラル城でも刃を交えた」

 

「何故そんなことをラルゴに頼んだ、アッシュ! 言え!」

「……チッ、うっせーな。ヴァンが何か裏で企んでるようだから、それを探ろうとしたんだよ」

 

「そんなことくらいで国際問題を起こすな!? というか、ラルゴも乗るな!?」

 

 拗ねたようにそっぽを向いて言うアッシュの態度に、思わずリグレットが頭を抱えて叫ぶ。

 

 査問会で詠師たちに囲まれて、延々とお説教という名の言葉責めされるのはもう嫌だ。

 限界が来たので、ヴァンとモースに丸投げしてアリエッタに頼んで逃げてきたのだ。

 

 あの二人がいないから出来たことである。そんな彼女の経緯など知らないシンクが口を開く。

 

「でも、タルタロスを襲撃するよう提案したリグレットが言っても説得力ないしねぇ…」

「うっ! し、しかしだな… 作戦を考えたのはシンク、オマエだろう?」

 

「そりゃ確かに僕だけどね。……作戦指揮官は誰だったのか、覚えてて言ってるんだよね?」

 

 リグレットである。あの件で脛に傷を持たない者は、この場にはアリエッタしかいない。

 ……ディストは面倒だからとボイコットしたので、彼も一応脛に傷はないが。

 

 その彼女が欠伸(あくび)を噛み殺しつつ、人形をより強く抱き締めて不機嫌そうに口を開く。

 

「……アリエッタ、眠いです」

「ハーッハッハッハッ! アリエッタの言うとおり、下らない議論は時間の無駄ですねぇ!」

 

「わ、分かった… この件については閣下と連絡が取れ次第、判断を仰ぐこととしよう…」

 

 ……指示待ち人間と言われても良い。

 

 これ以上心労を重ねたくない一心で、リグレットは会議の解散を呼びかけた。

 今はただ、泥のように眠りたかった。

 

 その言葉に頷き、アリエッタやラルゴが席を立とうとする。……ディストは浮こうとする。

 しかし、そこにアッシュが口を開いた。

 

「おい、シンク。あの件…」

「……あぁ、そういえば」

 

「どうした? ……まさか、また面倒事ではないだろうな」

 

 思わず無視して帰ろうかなと思ったが、根が真面目なリグレットは結局聞いてしまう。

 ……いつでも帰れる準備をしながらだが。

 

「面倒事っていうか… ちょっとおかしなヤツを捕虜にしてね」

「捕虜だと?」

 

「導師を攫おうとして間違えたんだよ。ったく、間抜け野郎が人任せになんかするからだ」

「……ロクに人も使えない単細胞ごときが言ってくれるじゃないか」

 

「ハッ! その結果が語るも無様な大失敗たぁ笑わせる。単細胞でよかったぜ、俺は」

 

 売り言葉に買い言葉。後は「なんだって?」「やるか?」のお決まりの睨み合い。

 慌てて間に入り、リグレットは声を上げる。

 

「よし、分かった! 処遇を決定するために見に行こうか! 全員でな!」

「……アリエッタも行くですか? アリエッタ、もう眠いです」

 

「悪いね。みんなで相談するって言ってて… ここは一つリグレットの顔を立てると思って」

「……え?」

 

「研究に戻りたいのですが仕方がありませんねぇ… リグレット、貸し一つですよ?」

「チッ… めんどくせー野郎だな。まぁ、好きにしな」

 

「ちょっと待てディスト。いや、それ以前に何故アッシュが答えているんだ…」

「リグレットよ… 強く生きろ」

 

「………」

 

 最後にラルゴに優しく肩を叩かれる。

 ラルゴを除く六神将はブツブツ言いながらも会議室を後にした。

 

 リグレットはちょっぴり泣きたくなった。

 

「おい、何をチンタラやってやがる! 更年期障害か、ババア!」

「よし今すぐ殺しに行ってやるから待っていろアッシュ」

 

「リグレット… 六神将同士で喧嘩ダメって、総長、言ってたよ?」

「こんな簡単なことも覚えられないなんて、全くやれやれだよ…」

 

「ハーッハッハッハッ! まぁ、この天才に比べれば学習能力がないのは仕方ありませんか!」

「気を落とすな、リグレット。みんなしっかり者のオマエに甘えているのだろう… 多分」

 

「クソッ、オマエらなんか大嫌いだ! ……ラルゴ除く!」

 

 リグレットは涙を堪えながら彼らの後を追うのであった。

 その背中は常とは違い、とても小さく見えてしまったという。

 

 

 

 ――

 

 

 

 そして牢屋前…

 

「あ、ども。おはようございますー、みなさん」

「おはようございますですのー」

 

「なんでコイツらがここにいるんだ!?」

 

 銀色と水色の悪魔がそこから手を振っていた。

 そもそも自分を巡る星の流れがおかしくなったのは、コイツと出会ってからである。

 

 警戒から一歩下がりつつ、指差してそう言ってしまうのも無理からぬことだろう。

 だが、それと入れ替わるように牢に向かって駆け出す影が二つあった。

 

「セレニィ!」

「セレヌィ!」

 

「アリエッタさん! アリエッタさんなんですか! 会いたかったです! すごく、すごく…」

「私も… 私も会いたかったよぉ、セレニィ…!」

 

「あぁ、アリエッタさん… クンカクンカしたい… ペロペロしたい… アリエッタさん…」

 

 なんだかアリエッタの身が危ない気がする。しかしあの悪魔どもに近付きたくない。

 リグレットが躊躇している間に、話は進んでいく。

 

「あの、セレヌィ… 私もいるのですが…」

「おぉディストさん! いたんですね!」

 

「いや、『いたんですね』は友としてちょっとどうなんでしょうか…」

「フフッ、誤解させてしまったようですね… ソウルフレンドよ!」

 

「ソ、ソウルフレンド? なんですか、その素敵な響きはッ!?」

「あなたという存在が余りに大きくて、収まらなかったのですよ。……このちっぽけな瞳にはね」

 

「おぉ! そうとも知らずに私は… 貴女を誤解していました、セレヌィ!」

「ディストさん! ……だから、アリエッタさんとの感動の再会を邪魔しないでくださいね?」

 

「あ、はい」

 

 固い握手を交わしたと思ったら即座に振り払われ、しっしっと追い払われてしまった。

 それでもディストは幸せそうだが。そして牢屋越しに再びアリエッタと抱き合う。

 

 なんとしたことだ……

 まさか、閣下の手足たる精鋭中の精鋭・六神将のうち二名が三秒で籠絡されてしまうとは。

 

 ……やはり、コイツは悪魔に違いない。

 戦慄しているリグレットに、ラルゴが語りかけてくる。

 

「で、コイツの処遇はどうするのだ?」

「殺そう」

 

「む? いやしかし、無抵抗の捕虜を殺すというのもな…」

「殺そう」

 

「ダメッ! 絶対にセレニィは殺させないモン! アリエッタの友達なの!」

「右に同じくですよ… 私からソウルフレンドを奪おうと言うのならば本気を見せますよ?」

 

「ぐぬぬぬ…」

 

 悔しげに歯噛みするリグレット。

 

 そしてラルゴ、アッシュ、シンクに視線をやる。数の暴力で処刑を取り決めたい。

 リグレットさん、必死である。

 

「俺は、外道ではあっても畜生にはなりたくない… これの脅威は分かるが反対だ」

「女のしかもガキを殺せるかよ! それにコイツ、ただの雑魚じゃねーか!」

 

「まぁ、僕はどっちでも良いけど… そもそもどうしてそんなに必死に殺そうとするのさ?」

 

 シンクがもっともな疑問を口にすると、ディストが椅子を浮かせて高笑いする。

 リグレットが慌てて黙らせようと譜銃を撃つが。器用に右に左に回避する。ウザい(確信)。

 

 そしてとうとう隠したかった真実を暴露されてしまう。

 

「リグレットはセレヌィに手酷く敗れて、涙と鼻水まみれの無様を晒したのですよ!」

「……まぁ、嘘ではないが。ディスト、もう少し気を配ってやれ」

 

「うわぁ… ラルゴが否定しないってことはガチなのかい?」

「あのね、セレニィ… あんまりね、リグレットをイジメちゃったら… めっ! だよ?」

 

「はぁい、アリエッタさん!」

「ん… いいこいいこ」

 

「えへへー…」

 

 アリエッタに頭を撫でられて至福の笑みを浮かべる様は、ただの少女にしか見えない。

 そして武人特有のオーラも感じられない。本当にただの素人にしか見えないのだ。

 

 とてもコレにリグレットが敗れたとは信じられない。しかし、ラルゴが嘘を言うとは思えない。

 シンクとアッシュの瞳の色には、軽蔑ではなく同情が浮かんでくる。

 

「ま、まぁ… その、戦闘には運とかコンディションとか様々な要因があるしね?」

「そ、そうだぜ… 元気出せよ。別にテメェが弱いなんて誰も思っちゃいねーよ」

 

「……ありがとう。……うん、その捕虜の件は保留で。それも閣下に指示、仰ごうか」

 

 肩を落としてリグレットは牢屋エリアから去っていった。

 

 その哀愁に満ちた背に声をかけられるものなど誰もいなかった。

 彼女には今、休息が必要なのだ。今は全てを忘れ泥のように眠るべきだろう。

 

 しんみりした空気を咳払いで払いつつ、ラルゴがセレニィに声を掛ける。

 

「ひとまずオマエは捕虜としてこちらの監視下に置かれることになる。……構わないな?」

「はい、構いません!」

 

「げ、元気がいいな… その上で望みがあれば言うと良い。可能な限り配慮しよう」

「そんな… 私なんてただの捕虜ですし…」

 

「遠慮することはないぞ? といっても、我らにも出来ることと出来ないことがあるがな」

 

 ラルゴが薄く笑みを浮かべれば、セレニィも緊張をほぐして言葉を発した。

 

「じゃあ三食のご飯と一日一回のお風呂が欲しいです」

「ふむ… 風呂はシャワーでも構わんか?」

 

「オッケーです。あ、それと監視役はアリエッタさんかリグレットさんを希望します」

「アリエッタは分からんでもないが、リグレットもか? 先ほどのアレを見てなお望むか?」

 

「えぇ、めっちゃ美人さんですよね!」

 

 拳を握って力説されては、まぁ、仕方あるまい。ラルゴも「……配慮しよう」と返事する。

 

 最悪リグレットが発狂するかもしれないが… アレも伊達には六神将を名乗ってまい。

 きっと無闇矢鱈に暴走せず敬愛するヴァンの期待に応えてみせるだろう… そう信じながら。

 

「あのね、ラルゴ… セレニィ、牢屋にいるの可哀想だから… 出してあげて?」

「そうですねぇ… ここじゃ会いに来るのも一々面倒ですしねぇ。一つ頼みますよ、ラルゴ」

 

「む? し、しかしだな… あまり自由な行動を許すと脱走される恐れが…」

「いやいや、この待遇で逃げるなんてバカのやることですよ。絶対に逃げませんって」

 

「いや、本人に主張されてもだな…」

 

 渋るラルゴに対してアッシュが口を開く。

 

「良いじゃねぇか。何かあったらコイツらとリグレットが責任を取る… それでよ」

「ま、そうだね… 僕はどっちでも言いし、帰らせてもらうよ」

 

「あ、あとシンクさんの仮面欲しいです! 捕虜として要求します!」

「嫌だよ! しつこいよ!」

 

「……ちっ。じゃあ、代わりに私の件でシンクさんも責任とってくれるなら良いですよ」

「いや、なにさその暴論」

 

「じゃあそのイカす仮面を下さいよ! 二つに一つですよ!」

「あーもう、うるさいなぁ… 分かったよ! ラルゴ、コイツを出してやって!」

 

「む、むぅ… 仕方あるまい。重ねて言うが不審な行動を取らぬようにな?」

 

 ラルゴは胸中でリグレットに詫びながら、牢屋から悪魔を解き放ってしまったのであった。

 

 かくしてセレニィの監視生活というの名のニート生活が始まった。セレニートの誕生である。

 なお彼女にシンクの仮面を諦める気配は一切見られないのが目下シンクの悩みの種である。

 

 

 

 ――

 

 

 

「はー… 辛いわー。監視されて束縛されて自由がなくてめっちゃ辛いわー」

「セレニィさん、がんばるですのー!」

 

「今日は午後からアリエッタさんと文字のお勉強で幸せ過ぎて死にそうで辛いわー」

 

 彼女は危険のない三食昼寝付きでシャワーもついている部屋で、今日も束縛に耐える。

 この理不尽な仕打ちに耐え、いつか仲間たちと巡り合えるその日まで。

 

 なお、リグレットとは使用している胃薬の銘柄から最近話ができるようになったという。

よろしければアンケートにご協力ください。このSSで一番好きなキャラクターは?

  • セレニィ
  • ルーク
  • ティアさん
  • ジェイド
  • それ以外

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。