TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー   作:(╹◡╹)

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04.辻馬車

「出口よ!」

 

 喜色を滲ませ叫ぶティアが示す方を見れば、なるほど、確かに山道が途切れている。

 

「ようやくここから出られるのか」

「……ですね」

 

 疲労によって極端に口数を減らしていたセレニィではあったが、流石に嬉しかったようだ。

 顔を上げてルークと笑い合う。

 

「! 静かに… 誰か来るわ」

 

 その時、何者かの接近する気配を感じてティアが小さく声を上げる。

 すわ新たな魔物かと緊張感とともに身構える3人であったが…

 

「うわっ! あ、あんたたち… まさか漆黒の翼か!?」

 

 現れたのは水桶を手にした一人の中年の男性であった。

 安堵の息を吐いて緊張を解くセレニィとティア。一方ルークは疑問をそのまま口にする。

 

「漆黒の翼… って、なんだよ?」

「盗賊団だよ。この辺を荒らしている男女三人組で… って、やっぱりそうじゃないか!」

 

 男はルーク一行の人数を数え直すと水桶を手にしたまま、恐怖に怯えて後ずさる。

 

「ちょっと待って! 私たちは盗賊団なんかじゃないわ! ……その、道に迷っただけなの」

「そうだぜ。ていうか、そういうオッサンこそ何者なんだよ?」

 

 盗賊団と疑われ、怒りを露わに言い返すティアとルーク。

 そんな二人をセレニィは凄いと思いつつ見守っていた。

 自分だったら後ろ暗いことがなくても挙動不審になって、ますます疑われていたかもしれない。

 

 堂々と言い返す男女とオロオロしながら事態を見守る少女の様子に、男は気勢を削がれる。

 

「俺は辻馬車の馭者(ぎょしゃ)だけど… 本当に漆黒の翼じゃないのか?」

「しつけーな! 俺やセレニィをケチな盗賊野郎と一緒にするんじゃねぇ!」

 

「……そうね、セレニィはともかくルークと一緒にされたら相手が怒るかもしれないわ」

「んだとっ!」

 

「あ、あのあの! 辻馬車ってことは俺たちを乗せていくことも可能ですか!?」

 

 油断をしていた。その一言に尽きる。

 渓谷を下る道中の戦闘を通じて仲良くなったと思っていたのは気のせいだったようだ。

 時間経過かもしくはイベントが挟まれる毎に喧嘩をするのが彼らの仕様なのだろう。

 

 折角の土地勘を持っているであろ人間を逃してしまっては堪らない。

 馭者が喧嘩に呆れてさっさと戻ってしまう前に、セレニィは慌てて口を開くことにした。

 

「そりゃまぁ… 可能だが。当然その分の料金はいただくよ?」

 

 泥だらけになった年頃の少女が、哀れを誘う目線で見上げてくるのを無碍には出来ない。

 彼らの言い分をひとまず信じることにして、馭者としての商売に思考を切り替える。

 

「えっと… どうしましょうか?」

 

 ことはお金が絡む。

 道中で倒した魔物が吐いたコインのようなモノは回収していたけれど… 使えるのだろうか?

 

 自分一人で決定できる問題ではないと判断したセレニィは背後の二人を見詰める。

 

「そうね… 馬車は、首都へいきますか?」

「あぁ、終点は首都だよ」

 

「んじゃ、決まりだな。もうクタクタだし、乗せてってもらおーぜ!」

 

 そう言ってセレニィの隣に移動すると、その頭をポンポン叩く。

 ティアは勝手に決定したルークを軽く睨むが、疲れた様子のセレニィを見て言葉を飲み込む。

 

「……そうね。首都まで3人、お願いできますか?」

「首都までとなると一人12,000ガルドになるが… 持ち合わせはあるのかい?」

 

「高い…」

 

 思わず呟いた様子のティアを見て、セレニィにも持ち合わせでは足りないのだろうと伝わる。

 状況を理解し、目の前が絶望で真っ暗に染まる。

 ルークはそんな彼女らの様子に気付かず、何が楽しいのかセレニィの頭をポンポン撫で続ける。

 

「安いんじゃね? 心配すんなって。首都についたらおまえらの分も親父が払ってくれるさ」

「そうはいかないよ。前払いじゃないと…」

 

 そこまで言って先程から黙っている銀髪の少女の様子が目に映る。

 その瞳には何も映さず、絶望に支配されているように見えた。

 衣服は泥だらけ。更には所々ほつれておりボロボロだ。……ここに来るまでの苦労が偲ばれる。

 

「はぁ… 前払いはしてもらうけど一人8,000でいいよ。これで払えなかったら知らないよ」

 

 ここで置いて行ったら自分の方が悪者みたいではないか。

 ため息を吐きながら精一杯の温情を示してやる。後は彼ら次第と責任を押し付ける形にした。

 

 彼の気持ちが伝わったのか、ティアは数瞬だけ悩んで懐からペンダントを取り出した。

 

「……これを」

「へぇ… こいつは大した宝石を使っている。よし、充分だ。乗っていきな!」

 

 満足気に頷いた馭者はそう言うと、水を汲んでから馬車のもとへと戻っていった。

 これで当座の足は用意出来たことになる。

 一時はどうなるかと思ったが無事に乗れることが分かると、ルークも楽しそうにはしゃぐ。

 

「よし、これで馬車に乗れるぞ。いこうぜ、セレニィ!」

「はい。……あの、ティアさん」

 

 馬車に向かって駆け出したルークを見送ってから、振り返る。

 

「どうしたの? セレニィ」

「さっきのペンダント… ひょっとして大事なものだったのでは?」

 

 絶対保身するマンは他人の顔色をうかがって生きている。

 当然、ペンダントを差し出す時のティアの表情をチェックしていない筈がなかった。

 

 その指摘にティアは一瞬だけ目を見開くと、続いて優しく微笑んだ。

 

「いいのよ。私たち3人が出来るだけ安全に移動できることが何よりも大事でしょう?」

「ですが、その…」

 

 否定しなかった。やっぱり大事なものだったんだ。

 セレニィが抱いた疑惑は確信に変わり、表情はそのままに青褪めていく。

 

 いつかこの時のことを持ち出されて復讐されるんじゃないか?

 あるいは、トイチで勘定してるから耳揃えて返せと言われるんじゃないか?

 

 明るい未来が見えない。絶望去ってまた絶望である。

 

「大丈夫よ、気にしないで。ほら、ルークが呼んでいるわ。急がないと置いて行かれるわよ?」

「へ? ……ぎゃあああああ! ちょっ、置いてかないでぇ!?」

 

 慌てて後を追おうとするが、最後にもう一度だけティアを振り返る。

 

「ティアさん」

「…なに?」

 

「その、ごめんなさい。……そして、ありがとうございます」

 

 最後に申し訳無さそうな笑顔を見せて、一つ頭を下げると馬車へと駆けて行った。

 彼女なりに申し訳なさそうな表情を作ろうとしていた。

 だが、これ以上歩かず馬車に乗れるのは嬉しい。笑顔が隠し切れない。紛うことなき屑である。

 

「……まったく」

 

 一人残されたティアは、苦笑いを浮かべながらため息をつく。

 先程、馭者に差し出したペンダントは母の形見であった。

 こんな形で突然喪ってしまうのは本意ではなかったし、勿論、辛くないはずがない。

 

 けれど、彼女は… セレニィはその想いを正確に汲み取り「ありがとう」と言ってくれた。

 それだけで救われた気がした。自分の決断は間違っていなかったのだと。

 

「母さんも、きっと許してくれるわよね」

 

 夜空を見上げる。顔も思い出すことのできない母の笑顔がそこに浮かんでいる気がした。

 

 二人が自分を呼ぶ声が聞こえる。

 何かと我侭なルークであるが、自分にはともかくセレニィには気遣っているようだ。

 そしてセレニィはあの歳で優しくて賢くて可愛くて、尊敬に値する仲間だ。

 

 それまでは、ある『使命』から悲壮感に支配された気の重い旅路であった。

 けれど、あの二人がいるならもう少しだけ前向きに進んでも良い気がしてくる。

 そう考えて、笑顔を浮かべて彼女は歩き出した。

 

「そんなに大きな声で叫ばなくても聞こえているわ。少しは落ち着きなさい」

 

 馬車へ、そして仲間の元へと。

 

 

 

 ――

 

 

 

「しかし、ガルド… 聞いたことのない通貨だな」

 

 ティアを待つ間に、セレニィは一人思考に耽る。

 いや、通貨の問題だけならば自分が知らない種類のものだという考えもできる。

 彼女自身、世界中の通貨を全て覚えているかと言われればそれはなかった。

 

 だが、それ以上に不審な点が目立つ。道中で襲ってきた魔物たちの存在だ。

 大きなイノシシはともかく、二足歩行をする植物などあっただろうか?

 どこかの軍需企業によるバイオ兵器? それにしてはティアには慌てた様子がなかった。

 

 となれば、考えられるのは…

 

「異世界? トリップ? 転生? ……決めつけるのは早計か。もっと情報を集めないと」

 

 シリアスに締め括る彼女であるが、根本的な自身の変化にまだ気付いてなかった。

 

「しかし、この世界の人はみんな大きいなぁ」

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