TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー   作:(╹◡╹)

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69.天才

 バチカルのある東アベリア平野とケセドニアのあるイスパニア半島… その途上に砂漠がある。

 ザオ砂漠と呼ばれるその砂漠は、陸路では唯一バチカルとケセドニアを結ぶ地となっている。

 

 しかし魔物も出るその道は過酷。オアシスがあるとはいえ多くの者は船を使うのが通例である。

 無論、そんな場所にある『ザオ遺跡』も訪れる者とてない忘れ去られた地となって幾久しい。

 

「オアシスで集めた情報が正しければそろそろ当たるはずだが…」

 

 砂漠を進むタルタロス… その艦橋より前方を見据えているリグレットが、そうつぶやく。

 

 現在は魔物が闊歩するザオ砂漠の真ん中を、タルタロスにて蹴散らし進んでいる最中だ。

 オアシスで現住民(というより交易商人)らからザオ遺跡の情報を集めて、捜索中なのだが。

 

 すると程なく、索敵官より報告が入る。

 

音素探知(ソナー)に反応あり。恐らくは大型の建造物ではないかと思われます!」

「……ついに発見したか。シンク、ディスト、セレニィらを準備させろ! 私も出る!」

 

「ハッ! ただちに連絡いたします!」

「さて… ここは任せたぞ、ラルゴ。万が一の場合は、以降の指揮は貴様にすべて預ける」

 

「うむ、心得た。だが、任務の成功とは生還も含めてだ… 履き違えるなよ?」

 

 同じく艦橋に立っていたラルゴにそう言い含められる。

 

 微笑を浮かべ「当然だ。私を誰だと思っている?」と返せば、彼からはもはや何もなかった。

 それを見届けると、リグレット自身も準備を整えるために艦橋を退室するのであった。

 

 

 

 ――

 

 

 

 セレニィが慌てて準備を整え出口付近で待っているとシンクが、続いてディストが現れた。

 どちらもこれから遺跡探索を行うとは思えないほどに軽装なので、思わず目を丸くする。

 

 ……ディストの方は、お手製の譜業兵器に加えてその手に色々と何かを持っているようだが。

 セレニィがなんだろうと思ってジッと見ていると、シンクが手を上げつつ声を掛けてきた。

 

「やぁお待たせ… って、言った方がいいのかな?」

「いえいえ、大して待ってませんですよー」

 

「ハーッハッハッハッ! この短期間に完成させてしまうとは流石は私! 天才ですねぇ!」

「へぇ… 何かを作ってらっしゃったんですか? お得意の譜業兵器でしょうか」

 

「よくぞ聞いてくれましたっ! 今回ばかりは、すこぉーしだけ苦労しましたよ! なんせ…」

「まぁ、このバカの話はいいとしてさ… セレニィは何を持ってるのさ」

 

「私の話を遮るんじゃありません! ……さておき、バスケットを持ってるようですが?」

 

 シンクとディストの二人に尋ねられ、セレニィは両手で持っていたバスケットを持ち上げる。

 

「あぁ、遺跡の攻略ということで厨房をお借りしてお弁当を作ってたんですよ」

「はぁ… なんだい、それ? ピクニックじゃあるまいに…」

 

「ハーッハッハッハッ! ですが、こと我々にかかればピクニックのようなものでしょう?」

「フン、言うじゃないか… ま、否定もしないけれどね」

 

「つまらない作業だとは思っていましたが、そう考えれば気分転換に悪くありませんよ」

「あはは…(別にそういう意図はなかったんだけどな… 単なる存在価値アピールで…)」

 

「……そんなことでは困るな。閣下は期待しておまえを指名されたのだぞ、ディスト」

 

 そこに声が掛かる。

 

 そちらの方を振り向けば、戦闘準備を万端に整えてきたリグレットがそこに立っていた。

 普段のストールは外し、身軽さを重視しつつも機能美を体現した軍服をまとっている。

 

 ノースリーブから覗く肩。ミニスカートから履き替えたショートパンツより伸びる長い足。

 その他探索に必要と思われるアイテム類を、くびれた腰にベルトバッグで吊るしている。

 

 彼女のあまりの神々しい美しさ(と色気)に、セレニィは思わずクラリとよろめいた。

 そんなセレニィの様子には気付かないまま、ディストはリグレットに大して口を尖らせる。

 

「きぃぃぃー! 一体誰のせいで無駄に疲れていると思うんですかぁ! 大体ですね…」

「悪かった悪かった… ほら、謝ってやったのだ。さっさと例のものをそいつに渡しておけ」

 

「むぐぐ… 当然のように完成したと思われてますし。くぅ、私がどれだけ苦労したと…」

 

 ブツブツ言いながら指示に従い、ディストは手に持っていたモノをセレニィに渡してきた。

 思わぬことの成り行きに「私ですか?」と自身を指さしリグレットを見れば、頷かれる。

 

 なんだろうと思いつつ受け取れば、それは拳ふたつ分ほどの長さの棒と厚手のマントだった。

 棒は金属のようなそうでないような不思議な材質だ… 敢えて言えばセラミックが近いか?

 

 マントはところどころ不思議な文様が刻まれている。なんか良さ気な素材だし高そうだ。

 サイズは自分用(つまり小さい)みたいだが何の意図があって? 思わず彼女を見詰め返す。

 

「使え。……勘違いするな! 弱者は弱者なりに最低限の身を守る道具が必要だからな」

 

 顔を赤くしてそっぽを向かれてしまう。なにこのリグレットさん、可愛すぎるんですけど。

 持ち帰っていいかな? いいよね? 萌えすぎてしまい、正常な判断力を喪うセレニィ。

 

 しかし彼女が事を起こして蜂の巣になってしまう五秒前に、高笑いとともに声をかけられる。

 

「ハーッハッハッハッ! 感謝なさい! 心友のためでなければ断ってましたからねぇ!」

「ハハッ、驚いたようだね。僕も黙っていた甲斐があったってモンだよ」

 

「実はボクもお手伝いしたですの! セレニィさんを驚かせたくて、内緒にしてたですの!」

「ミュウからセレニィの戦闘スタイルを色々聞きましたよ。中々の修羅場を潜ってきたようで」

 

「本当に工夫・奇術のオンパレードみたいだね。リグレットが遅れを取ったのも頷けるよ」

「うるさい! その話はするな! 同じ失態は二度とないぞ!」

 

「いやいや、戦場だと一度の遅れで全部喪うから。言い訳はみっともないよ?」

 

 そのやり取りに、思わず呆然としてしまうセレニィ。

 そんな彼女の様子を知ってか知らずか、得意げな様子でそれぞれの説明を始めるディスト。

 

「まずそちらの棒は、最初に音素振動数を刻んで所有者を登録します」

「所有者登録とな…」

 

「3つあるうちの赤色のボタンを押して、力を込めてください」

「んっ… こ、こうですかね?」

 

「結構… 青いボタンに力を込めれば両端から棒が伸びて長い棒となります。黄色で戻ります」

「お? おぉー! すごい、すごいですよこれ!」

 

「フフン、当然です! なんせ私は天才たる“薔薇”のディスト様ですからねぇ!」

 

 ボタンを押しながら伸縮自在の棒を振り回して喜ぶセレニィ。軽いのに固くて頑丈そうだ。

 これなら今までの棒のように、あっさり切られて根本からなくなったりはしないだろう。

 

 たとえ借り物だとしてもこれは良いものだ。楽しそうにしてる彼女にディストが付け加える。

 

「ですが、それだけで終わりではありませんよ! なんせ私は天才ですから!」

「え? マジですか…」

 

「当然です! ……ミュウ!」

「はいですのー!」

 

「さぁ、セレヌィ… その赤色のボタンをもう一度力を込めて押してください」

「はい? こうでうわわっ!?」

 

「ハーッハッハッハッ! どうやら成功のようですねぇ!」

 

 伸びた棒の両先端から炎が吹き出てきて、思わず取り落とし尻餅をついてしまうセレニィ。

 一方ディストはと言えば、自らの発明が成功した喜びにミュウとハイタッチをしている。

 

 ミュウに合わせてしゃがんでいる彼の頭を容赦なく踏みつけつつ、リグレットが口を開いた。

 

「いきなり火を出させるな、馬鹿者が。……して、どういった機能なのだ? これは」

「ぐぬぬっ、いきなり足蹴にするとは… ソーサラーリングと連動させたのですよ」

 

「ソーサラーリングと? 二千年前の技術だろうに… そんなことが本当に可能なのか」

「事実、可能としたのが天才の恐ろしいところ。……まぁ、若干の弊害はありますがねぇ」

 

「だろうと思ったさ。貴様に期待した私が馬鹿だったな… さぁ、キリキリ吐くのだな」

「この天才に何たる扱い! ……一つは特殊効果発動中はミュウの能力が一切使えなくなる点」

 

「ふむ… まぁ、それはやむをえまいな。だが、その口振りだと他にもあるのか?」

「もう一つはソーサラーリング本来の力ではないので、威力が格段に落ちる点ですかね!」

 

「なんだ、それは。だったら緊急時の護身くらいにしか使えんではないか… 使えんヤツだ」

 

 肩をすくめるリグレットの態度に、ディストは地団駄を踏んで悔しさを隠そうもせず憤る。

 一方、手から離れて棒から炎が消えたため恐る恐る拾い上げるとセレニィは口を開いた。

 

「いや、でもこれ凄すぎますよ… もともと天才だとは思ってましたがマジ天才ですね…」

「ハーッハッハッハッ! そうでしょう、そうでしょう! なんせ私は大天才ですからねぇ!」

 

「やかましいぞ、ディスト。……で、使いこなせそうか?」

「あ、はい。頑張ります!」

 

「ちなみにそちらは対譜術防御が高いだけのただの丈夫なマント。特別な機能はありません」

「やれやれ… 結局まともな発明品は棒一つかい? 期待して損したよ」

 

「いや、それ充分に凄いですから… どんだけ基準高いんですか、アンタらは…」

 

 こんなものをポンと作って貸し出してくるなんて、どんだけチートなんだよ… 六神将は。

 そりゃロクに連携も組まずに、あの人類の例外であるドSや巨乳と渡り合えるわけだわ。

 

 付け加えるとサッサとオサラバしようと思ってたのに、これだけ厚遇されるとやり難くなる。

 微妙な居心地の悪さを振り切りつつ、笑顔を浮かべながら頭を下げつつ彼女は口を開いた。

 

「でも本当に感謝です。こんな凄いものをお借りした以上は、最前線で全力で戦います」

 

「……借りるとはどういう意味だ?」

「はい?」

 

「それはもうおまえのものだ。だろう? ディスト」

「えぇ。そもそも所有者登録をしましたから、もうセレヌィ以外にその棒は使えませんしねぇ」

 

「あとそんな小さなサイズのマントを着れる者は、我が師団の中にはいないな」

「……僕の師団にもいないね。背は僕が一番小さかったはずだし」

 

「フフン! 私など、そもそも師団のメンバーとかれこれ数ヶ月は顔を合わせてません」

 

 胸を張るディストの言葉に微妙な沈黙が流れる。

 それを咳払いで誤魔化しつつ、リグレットが口を開く。

 

「コホン… とにかくそれはおまえのものだ。身を守るため、正しく使うと良い」

「え? でも、こんな高そうなものを…」

 

「勘違いするな! 捕虜に死なれては迷惑なだけだ。アリエッタやディストの手前もあるしな」

「……あ、はい」

 

「それより最前線に立つとは何事だ? 雑魚に前に出られても邪魔なだけだが」

 

 話題を替えるためだろうか、リグレットはそう言いながらジロリとセレニィを睨み据える。

 そんな彼女の表情に、小さくなりながらもセレニィは返事を返す。

 

「えっと、私は魔物を引き寄せる体質のようでして… よく狙われるんですよね」

「ハァ… 全く、そういうことは作戦会議の場で言っておけ。……それで?」

 

「なのでこれまで最前線で囮になってたというか… むしろそれしか出来なかったというか…」

「………」

 

「逃げ遅れて5回に1回は譜術に巻き込まれてたけど、今はマントあるから大丈夫かな…」

「………」

 

回復役(ティアさん)もいないですし気合入れて避けないと、ですね」

「ですのー! 譜術飛んで来る時はちゃんとミュウが注意するですのー!」

 

「あはは… 頼みましたよ、ミュウさん。……ここまでされた以上は、がんばらないとなぁ」

 

 明るく気合を入れているミュウに対して、どこか虚ろな表情で悲壮感を漂わせるセレニィ。

 

 一方、明かされた衝撃の真実にリグレット、シンクの二人は絶句することしかできない。

 ただ一人、ディストだけは「ジェイドならばやりかねない」と納得の表情を浮かべていたが。

 

 慌てて手を上げつつ、リグレットは制止の声を上げた。

 

「いや、そこまでする必要はないから! 戦闘は私たちに任せていろ… な!」

「え? いや、でも…」

 

「雑魚の戦力を当てにするほど落ちちゃいないよ… それとも、僕らが信じられない?」

「そういうわけでは… みなさんの優秀さは痛いほど分かってるつもりです」

 

「ハーッハッハッハッ! ならば、私たちの凄さを目に刻みつけるのが貴女の仕事ですよ!」

「……はい?」

 

「いいから戦闘時は邪魔にならないよう下がっていろ! これは指揮官としての命令だ!」

 

 シンクもディストもそれに追随する。

 最終的に指揮官であるリグレットが強引に締め括る形で、この話は終わることとなった。

 

 三人とも、今までのセレニィの仲間たちの非道さにドン引きである。

 ……主にドSと巨乳のせいなのだが。

 

 そして、そんな話の流れを呆然と見ていたセレニィ。

 やがてその言葉の意味するところを知って、その双眸から涙がこぼれ落ちる。

 

「(『戦わなくていい』… そう言ってくれるなんて…)」

 

 なんていい人達なんだろう。

 

 ……テロリスト集団がこんないい人達だったなんて反則だろう。溢れ出す涙が止まらない。

 泣きじゃくるセレニィを不思議そうに見上げるミュウ。

 

「(こんないい人達、絶対に死なせるわけにはいかないだろ…)」

 

 その暖かさは、適当なところでフェードアウトしようとしていた彼女を翻意させるに充分で。

 セレニィはその日、六神将を生き延びさせることをひっそりと決意したのであった。

 

 ……ある意味で、ティアの死刑回避以上の難題勃発である。

 それは、自身が死ぬのが先か胃が破裂するのが先かを競うチキンレースの開始を意味していた。

 

 

 

 ――

 

 

 

 その頃、親善大使一行はと言うと…

 

「ふむ… このメモ書き、恐らくセレニィが書いたものですね。お手柄ですよ、トニー」

「やはりそうでしたか… しかし何枚か飛んでいたようですが、一枚しか拾えず…」

 

「いえいえ… この一枚からでも見えてくるものは幾つかあります。充分な成果でしょう」

 

 そう言いながら、ジェイドはトニーから渡されたメモ書きに目を落とした。

 

 いつしかティアを助ける一件で、聞き取り調査をした時に彼女が使っていた言語だ。

 彼女自身に軽く触りを聞いた限りでは、三種類の文字を組み合わせた言語らしい。

 

 一際難解なのがこの複雑怪奇な図形にも見える文字。熟語としての意味も持つとのことだ。

 確か「カンジ」と言っていたか… されど文法も独特の癖があり、かなり理解が難しい。

 

 しかし、そこはオールドラント有数の天才ジェイドである。

 彼女が書き留めていたメモは全て暗記済み。完全解読とは行かずとも、法則性の分析は可能だ。

 

 ジェイドは知恵を総動員し、残されたメモ書きからなんとか彼女の手がかりの発掘を試みる。

 恐らくこれは、危険を冒してまで残した他ならぬ自分に向けられたメッセージなのだから。

 

 そして部分的に… というよりも極一部の単語をだけだが、メモ書きから拾うことに成功した。

 

「『アクゼリュス』『秘預言(クローズドスコア)』『回避』『ザオ遺跡』… こんなところですか」

「アクゼリュスでの秘預言(クローズドスコア)の回避のため、ザオ遺跡に向かう… ということですか?」

 

「素直に考えればそうなりますね。恐らく私たちが知らない何かを掴んでいるのでしょう」

「そうと決まれば、早速ルークたちに伝えてきましょう! ザオ遺跡に行けば!」

 

「……いえ。セレニィの無事はともかく、居場所までは伝えるべきではありませんね」

 

 駆け出そうとしたトニーの肩を掴んで、ジェイドが首を左右に振って制止する。

 思わず怪訝な表情を浮かべるトニーに対して、彼は言葉を続ける。

 

「彼女がそれを伝えたということは、彼女なりに手を打っているということです」

「ですが…!」

 

「私たちの使命を履き違えてはいけません。アクゼリュスで為すべきことがあるはずです」

「……アクゼリュスの救助、ですか」

 

「それに加えて、秘預言を見極めること… ですね。彼女はきっとそれを期待している」

 

 そう言われてしまっては返す言葉とてない。トニーは悔しげに俯く。

 頭に血が上って、自分のすべきことを忘れるような軽率な男でもない。

 

 ジェイドは手を離し、笑顔を浮かべると更にこう続けた。

 

「ですが、彼女の無事を告げる分には構いません。きっとルークたちも喜ぶでしょう」

「! そうですね、きっと喜びますよ!」

 

「えぇ、あの旅の仲間たちは揃って今夜はいい気分で眠れますね。紛れもない吉報ですよ」

「はい! では、早速!」

 

「おっと、証拠としてこのメモを持っていきなさい。無くさないようお願いしますよ?」

 

 トニーは一つ頷き、大事そうにメモ書きを懐に仕舞うと駆け出していった。

 残ったジェイドは月明かりを見上げながら、一人つぶやく。

 

秘預言(クローズドスコア)の回避、ですか。行間から伝わってくるこの悪い予感… 当たらねば良いのですが」

 

 その懸念の声を拾う者は、幸か不幸か何処にも存在しなかったという。

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