TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー   作:(╹◡╹)

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70.女子力

 リグレット、シンク、ディスト、セレニィの四人からなる一行は揃ってザオ遺跡に入った。

 走破、索敵、囮をこなすディストの譜業兵器らがあるため、生身の兵士は必要としない。

 

 むしろ守るべき存在が多くなっては手が取られる。そのため各師団の兵たちは留守番である。

 ザオ遺跡にひしめく魔物たちが、想像通りセレニィのもとに殺到するが全て片付けられる。

 

 譜業兵器の群れに塞き止められる。塞き止められれば、数に任せて取り囲まれてしまう。

 万が一囲いを突破できたとして、それを見逃すリグレットではない。即座に撃ち落とされる。

 

「うわー… すごい…」

「別に大したことではない。魔物を惹き付けると分かっているなら、迎え撃てばいい」

 

「進路も予測しやすいということですからねぇ… むしろ楽な作業と言えますねぇ」

 

 感心したように溜息を漏らすセレニィに対して、リグレットの方は事も無げに言い放つ。

 譜業兵器の動きを空飛ぶ椅子に腰掛けながら微修正するディストも、それに追随する。

 

 後々仕事が控えているということで温存されているシンクが、肩をすくめつつ口を開いた。

 

「僕たちくらいの実力があるならば、むしろやりやすい状況だ。面倒ではあるけどね」

「……実力がなかったら?」

 

「『君はとんだ疫病神だ』… そう吐き捨てているよ」

「はうっ!?」

 

「ハーッハッハッハッ! 問題ありませんよ、心友! 私は至高の天才ですからねぇ!」

 

 やっぱり、こんな足手まといを連れて旅をしていた仲間たちは凄かったのかもしれない。

 そうセレニィは内心で考えて、若干肩を落としつつリグレットとディストの後を追う。

 

 ただし、圧倒的実力があるはずなのに譜術で巻き添えにしてきたドS… テメーは駄目だ。

 

 そもそもだ。

 

 そりゃ存在価値を示すために、ルークさんやティアさんには大言を吐いたかもしれない。

 けど、ドSには必要ないですよね? 囮とかそういうの。普通に殴っても強いんだし。

 

 よしんば殴るの面倒だとしても大規模譜術いらないじゃん。小さい譜術連打で充分じゃん。

 つまりドSに関しては、完全な趣味で長ったらしい詠唱を要する大規模譜術を使ってた。

 

 それだけじゃない。逃げ遅れて一緒に吹き飛んだ時に、指差して笑ってた気がするぞ。

 おのれ、ドS… 許すまじ。ふつふつとこみ上げてくる怒りに身を焦がしているセレニィ。

 

「おのれ、ドSめ…」

「どうした、セレニィ。出番が無いからといって戦場では気を抜くな」

 

「あっ、はい。ごめんなさい!」

 

 とはいえ全員がある程度以上戦える六神将と違い、ルークらには明確な後衛が存在する。

 特にイオンは導師という立場もあって、万が一にも怪我を負わせてはならない人物だ。

 

 そういう面を考慮すれば合理的なのだが、当のセレニィ本人にすればたまった話ではない。

 

「まったくもう… ディストさん、ジェイドさんってひどいですよね!」

「えぇ、まったくです! ジェイドは酷いです! 私なんてですね…」

 

「セレニィ、ディストの邪魔はするな。なんだかんだと『一応』そいつも働いてはいる」

「『一応』とはなんですか! 『一応』とは! 天才への敬意が足りませんよ!」

 

「はーい… それじゃシンクさんシンクさん、私の話を聞いてくださいよぅ」

「はいはい… まったく、あんまり話に夢中になりすぎると転ぶよ? 程々にするようにね」

 

「大丈夫ですって。そんな古典的なヘマ、このセレニィさんがするとでも… おろ?」

 

 そう言いつつ、踏み出した左足が虚空を切る。二度三度と足場を求めるも、手応えなし。

 やがて重力に耐え切れず、身体が左側に広がる傾斜の方へとゆっくりと傾いていった。

 

 助けを求めるように伸ばした手は何も掴むことなく、彼女は引き攣った笑顔を浮かべつつ…

 

「ぎゃあああああああああああああああ!?」

 

 転がり落ちていった。下り坂を。

 

「おい、セレニィ… セレニィ!?」

「は、早く追いましょう!」

 

「思わず呆然と見送っちゃったじゃないか! 何処まで世話焼かせるんだ、あの雑魚は!」

 

 転がり落ちた末に、坂の奥の奈落に飲まれて消えていくセレニィの姿。

 それは、いずれ来る彼女自身の未来を暗示しているようであった。

 

 

 

 ――

 

 

 

『創世歴以前の技術…』

『各種刷り込み(インプリンティング)…』

 

『世界の救済を…』

『また不完全だった…』

 

『いや、今度こそ成功するはずだ…』

 

 現在(イマ)ではなく、此処(ココ)でもない記憶。

 

 朧気で全てが滲んで見える、薄膜を一枚隔てたように掴み取りにくい光景。

 単語は、言葉は、文字や記号や数字の羅列は、耳にではなく頭に直接入ってくる。

 

『続行…』

『続行…』

 

 痛い、痛い、痛い… 焼けた鉄を流し込まれるような痛みに、脳が悲鳴を上げている。

 

 やめて欲しい。鉛のように重い手足を伸ばす。

 やめて欲しい。声にならぬ声を喉より振り絞る。

 

 そして、手が何かを掴み光に向かって意識が浮上し…

 

 

 

 ――

 

 

 

「ん…?」

「目が覚めたか? セレニィ」

 

「……リグレット、さん?」

「セレニィさん、大丈夫ですのー?」

 

「ミュウさんも…?」

 

 目の前には、リグレットさんの美しいお顔がある。……いや、ミュウさんもいるけどね。

 どうやら二人して自分を覗き込んでいたようだ。えと、今どういう状況なんだろうか?

 

 確か自分はそう、ザオ遺跡の探索に来ていて… それで話に夢中になって足を踏み外して。

 

 そこまで思い出して顔を青褪めさせる。

 

「ご、ごめんなさい! 私… あぐっ!?」

「まだ無理をするな。どうやら頭を打っていたみたいだしな… 身体を寝かしておけ」

 

「セレニィさん、無理をしないで欲しいですのー…」

「す、すみません… 私、役に立たないばかりか足まで引っ張って…」

 

「フフッ、気にするな。いつもの澄まし顔と違って、歳相応の寝顔も見れたしな」

 

 まったく何が楽しいのやら… 美人さんにそんな表情で言われては何も返せなくなる。

 しかし一転して真面目な表情になると、彼女、リグレットさんは口を開いて尋ねてきた。

 

「しかし途中からうなされていたようだが、気分は大丈夫か?」

「うーん… 確かに夢見は悪かった気がするのですが。覚えてませんし、今はなんとも」

 

「そうか。ならばそろそろ私の手を離してくれると嬉しいのだが…」

「え? 手… わひゃあ!?」

 

「プッ、ククク… 『わひゃあ!?』はないだろう、『わひゃあ!?』は」

 

 思わず奇声を発して、握り締めていたその手を離してしまった自分は悪く無いと思いたい。

 一体何がウケたのかそんな自分の態度に、リグレットさんは肩を震わせて笑っているが。

 

 というよりさっきからなんか妙に距離が近いような… 精神的にではなく、こう、物理的に。

 それに冷静になって気付けば、ほんのりと頭に感じる柔かい感触は一体… 上質過ぎる枕?

 

「ま、まさか膝枕…!?」

「ん? あぁ、他に頭に敷くモノもなかったしな。流石に瓦礫はどうかと思ったし…」

 

「ミュウが枕になっても良かったですの!」

「……と言っているが、流石にそれもはばかられてな」

 

「な、なるほど… あの、すみません! もう大丈夫ですので! すぐにどきますから!」

「あ、あぁ… 大丈夫なら、いいのだが…」

 

「……本当にすみませんでした。本来なら捨て置かれるところを手厚い看護まで」

 

 魅惑の感触から自分を引き剥がすのは非常に惜しかったけれど、ヘタレゆえ致し方ない。

 彼女に出来るのは土下座くらいだが、リグレットは「別に気にするな」と笑って許す。

 

 セレニィはまだ胸がドキドキしているのだが、それを誤魔化すために話題の転換を試みる。

 

「そ、そういえばシンクさんとディストさんの姿が見えませんが… 一体どちらへ?」

「周囲の警戒に向かってもらった。落ち着いて休憩したいしな」

 

「わ、私のせいでしょうか…?」

「気にするな。どうせそろそろ頃合いだったのだ… 良い機会だったのだろう」

 

「でも…」

「む、噂をすれば… だな。ディスト、周囲の様子はどうだ? シンクは?」

 

「問題ありません。ですがシンクが面白いものを見付けましてねぇ… 場所を移せますか?」

 

 リグレットの問い掛けにディストがそう返す。

 

 彼女がチラリとセレニィの様子を伺ったので、セレニィは真っ直ぐ瞳を見詰めて頷いた。

 果たしてそれに納得したのか、リグレットは立ち上がって埃を払うと号令をかけた。

 

「よし、ならば場所を移す… ただし、つまらんものだったら覚悟しておけよ?」

「きぃぃぃー! なんなんですか! さっきから私へのこの扱いは!」

 

「まぁまぁ、心友… ここは私に免じて。……それと迷惑をかけてすみませんでした」

「おお、セレヌィ! 心配しましたよ! なに、心友を助けるのは当たり前のことですよ!」

 

「そう言っていただけると…」

 

 そんな会話を交わしつつ、3人と1匹はシンクが待っている場所へと向かうのであった。

 

「(歩く度に左足首痛い… 我慢できないことはないか。せめて遺跡を出るまでは…)」

「しかし、シンクの態度には驚きましたねぇ」

 

「……シンクさんが、どうか、したんですか?」

「えぇ。普段冷めきった態度のアレが慌てて駆け出した様は、もう非常に滑稽でおわぁっ!?」

 

「チッ… 外したか」

 

 話し込んでいるディストに向かって、拳大のサイズの石が勢い良く飛んで来る。

 それを椅子に乗ったまま慌てて回避した彼に対し、露骨に舌打ちするシンク。

 

 当然というべきか食って掛かるディストではあるが、当のシンクは何処吹く風だ。

 

「『外したか』って… 当たったら痛いじゃすみませんよ、その大きさは!」

「当てるつもりで投げたんだよ。かわすなんて、ディストの癖に生意気だ」

 

「きぃぃぃーっ! なんですか、その言い様は! 貴方はジェイドですか!?」

 

 あっさりと常変わらぬシンクの毒舌によって撃退され、悔しさに地団駄を踏むディスト。

 苦笑いを浮かべながらもセレニィは二人の喧嘩に割って入って、やんわりと仲裁する。

 

 お馴染みとなったその光景を呆れたように眺めつつ、リグレットはシンクに対して尋ねた。

 

「それでシンク、ディストの言う『面白いもの』とはなんだ。本当にあるのか?」

「え、なにそれ? ディストってば昼間から夢でも見てたんじゃないの」

 

「ちょっと、シンク! リグレットに殴られて再起不能になったらどうするんですか!」

「はいはい… 冗談だってば。これだよ、見てご覧」

 

「これは… 確かに凄いな。目に見えるほどに高濃度の音素(フォニム)、この色は第二音素(セカンドフォニム)か」

 

 そこには淡く茶色に輝く物体が浮かんでいた。

 いつぞやの聞き取り調査の中で学んだ知識を総動員して、セレニィは口を開く。

 

「確かノームの力を宿す、地属性の音素(フォニム)… でしたっけ?」

「そのとおり! そしてソーサラーリングがあれば、この力を宿せるのです! ミュウ!」

 

「はいですのー! ソーサラーリングに音素(フォニム)の力を染みこませるですのー!」

「で、実際どんな感じの力が宿りそうなんですか? ディストさん」

 

「ハーッハッハッハッ! それはこの天才にも分かりません! ここは実践あるのみです!」

「おい。……ミュウさん、危険かもしれませんし一旦ストップを」

 

「みゅみゅみゅみゅみゅみゅうぅ! 力が… みなぎるですのー!!」

 

 セレニィが制止するのが早いか、ミュウはそう叫ぶなり付近の瓦礫の山に突進していく。

 何やっているんだと思う暇もあればこそ、なんと逆に瓦礫の山が吹っ飛んでしまった。

 

 シンク、リグレット、セレニィの三人はその余りに現実離れした光景に思わず言葉を失う。

 

「………」

 

「すごいですの! なんでも壊せそうですの!」

「ハーッハッハッハッ! お見事ですよ!」

 

 ミュウとディストの二人だけが目に見える成果に無邪気に喜び、それを分かち合っている。

 その様子を眺めつつセレニィの方は、本物の悪魔が誕生してしまったと青褪めるのであった。

 

「えーと… じゃあそれ、ミュウアタックってことで」

「わーい! これで、もっとみなさんのお役に立てますですのー?」

 

「いや、うん… 充分過ぎると思いますですよ? はい」

 

 

 

 ――

 

 

 

 さてミュウの『ミュウアタック』習得のインパクトも終え、食事休憩の時間と相成った。

 見張りはディストの譜業兵器が受け持っている。短時間ならばどうとでもなるだろう。

 

 別に求められたわけではないが、食事だけは自分の仕事だ。キッチリとこなさねば。

 セレニィは若干誇らしげな様子で胸を張りつつ、各人にバスケットの中身を配っていく。

 

「へぇ… なんだいこれ? サンドイッチ、にしては少し変わってるようだけど」

「クラブハウスサンドです。サンドイッチは定番ですが労働量を考えるとやや軽いかな、と」

 

「ほう… レタス、トマトだけでなく目玉焼きまで挟んでいるのか。バターの味もするな」

「後はトーストを焼きつつ、若干の味付けをしてますけどね。いわゆるガッツリ系ですかね?」

 

「なるほど。これなら研究の合間にも手軽にしっかり摘めそうです… 悪くありませんね」

「そればかりでは舌が飽きるかも知れませんし、良かったらレモンの蜂蜜漬けもどうぞ」

 

「用意された水筒の水も美味しいというか、なんか疲れがスッと引いていくような感じだね」

「あ、それは生理食塩水に砂糖とレモン汁を混ぜました。砂漠で汗をかくでしょうからね」

 

「(セイリショクエンスイ?)なるほど、これは至れり尽くせりだ。是非とも参考にしたいな」

 

 足を引っ張ってしまった分、せめてこんな部分でアピールしたい。涙ぐましい努力である。

 

 だが彼女は気付いているのだろうか? 弁当やデザート、飲み物による存在アピール…

 それが即ち、彼女自身が望まぬであろう『女子力のアピール』に繋がっているという事実に。

 

「ドライフルーツやナッツも用意してますから、欲しかったら言って下さいね?」

 

「(便利だ…)」

「(便利ですねぇ…)」

「(閣下もこういう料理上手で気の付く嫁を欲しがるのだろうか…)」

 

「みゅう! セレニィさん、すごいですの! まるで『新婚さん』みたいですのー!」

「あはは… ミュウさん、何言ってるんですか。今のどこにそんな要素があったんですか?」

 

「(ひょっとして、それはギャグで言っているのだろうか…)」

 

 果たしてそう思ったのは誰だったのか。誰か一人かはたまたセレニィを除く全員か。

 

 ともあれ、セレニィの立てた『戦力で役立たずなら雑用をこなそうぜ』作戦は成功を収めた。

 彼女の望む形であったかどうかは定かではないが。

 

 そして常乾いている六神将の間に、ほのかに穏やかな空気を漂わせて休憩の時間は過ぎてゆく。

 そんな空気の中で、ザオ遺跡攻略の後半戦が緩やかに始まろうとしていた。

 

 

 

 ――

 

 

 

 さて親善大使一行に視点を移そう。あれからヴァンとティアはめっきり仲が良くなった。

 まるで失われた時間を取り戻すかのように、二人は折りに触れ語らう時間を持つようになる。

 

 そして、今日も…

 

「ねぇ、兄さん… 私には分かるの。セレニィの悲しみが、苦しみが…」

「(また始まった…)そうか」

 

「確かにあの子は生きていると分かった。でも、それを素直に喜べない私がいるの…」

「(私もアイツばかりはたまに死んでて欲しいと思うが…)そうか」

 

「きっと生きている限り、大き過ぎる使命を背負って無茶をしてしまうから」

「(そうかなぁ…)そうかなぁ…」

 

「ぶん殴るわよ、ヴァン」

「ごめんなさい」

 

「あの子は今も悲しみと孤独の中に震えている。だから、きっと私が救ってみせる」

 

 力強く宣言するティア。それを乾いた瞳で見守る兄の姿があった。

 

 単にティアのセレニィ語りに耳を傾けてくれる者が、もはやヴァン以外にいないだけだが。

 きっと妹と和解できて嬉しい兄によって、需要と供給は成り立っているのだろう。多分。

 

 そして彼女の熱意は、その場をそっと見守っているもう一人の人物に火を付けることとなる。

 

「(最近ティアはヴァン謡将と親しい… まさか! 彼女も『あの道』の素晴らしさに…)」

 

 ナタリアはちょっとそわそわした様子で、浮足立ちながらその場をそっと後にする。

 

 今はまだ早い、時期尚早だ。

 いずれ、ゆっくりと準備を整えた末にじっくりと語り合わねば… そう決意して。

 

 この場にセレニィがいたら、こう口走っていただろう。

 

「すみません。なんでもするので許してください」

 

 と。

 

 だが勘ならぬ『思い込み』に支配されたティアさんが、果たして耳を傾けてくれるだろうか?

 新たな『同志』の誕生に浮かれるナタリア姫が、そんな戯れ言に耳を貸してくれるだろうか?

 

 その答えはきっと、吹き抜ける風だけが知っている。

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