TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー   作:(╹◡╹)

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71.馬鹿

 全員ペロリと弁当を平らげてくれた。クラブハウスサンドは、中々に好評だったようだ。

 なんだかんだと味には結構うるさいシンクも、文句を言わずに最後まで食べてくれた。

 

 出来ればレシピ交換などもしたいところだが、六神将は揃って料理が不得手のようである。

 リグレットは上手に珈琲を淹れられるらしいが、それを料理にカウントして良いものか。

 

「(まさか、あのメンバーより生活力のない面々と行動をともにすることなるとは…)」

 

 セレニィはちょっと遠い目をしてルークらのことを思い出し、最後の一口を食べきった。

 小さい身体ながら彼女もエンゲーブでの一件然りかなり食欲旺盛だ。モリモリ食べる。

 

 満腹とばかりにお腹を撫で、食事を終えたセレニィが六神将の面々を見詰めて口を開いた。

 

「そういえば、キチンと聞いてなかったんですけど… 一つ確認してもいいですか?」

 

「まぁ、食事休憩の時間だしね。聞きたければ好きに聞けば?」

「そうだな… とはいっても、答えられるかどうかは分からないと予め言っておくぞ?」

 

 水筒の水やデザートを口にしつつ寛いでいた六神将は、セレニィのその言葉に目を向ける。

 色々と余裕が無いままに流されてここまでやってきたが、実はずっと気になってたのだ。

 

 了承の返事をシンクとリグレットから貰い、セレニィはならばと思っていた疑問を口にする。

 

「このザオ遺跡には、一体なにがあるんですか?」

「………」

 

「地元の人も訪れない忘れられかけた場所。……流石にそれを額面通りには受け取れません」

「ふむ… 何故だ?」

 

「ヴァンさんは基本優秀です。ならばその指示には意味があると考えています」

 

 答えられない可能性は高いかも知れない。けれど、どうせならばスッキリしておきたい。

 そんな気持ちでセレニィは疑問を形にする。解説を拒まれたなら、それで諦めも付く。

 

 ヴァンのことはどうにも好きになれない。彼のことを考えると心がザワザワしてくるのだ。

 彼のことは、胸の内を隠しつつ他人を利用しようとする性格をしていると分析している。

 

「(といっても、向こうも同じ理由でこちらのことが気に入らないでしょうけどねー…)」

 

 要は近親憎悪だ。違いがあるとすれば個としての強さを持つか否かにより別れる方針。

 自分に絶対の自信を持ち思いのままに突き進むか、自身を舞台装置として影から操るのか。

 

 後者の性質を持つセレニィの方が、事態を連鎖的に拡大させるため悪辣かもしれないが。

 とはいえ、基本は自身の分というものを弁えている小市民である。大した度胸もない。

 

 今回の質問とて、深く切り込むつもりは毛頭ない。断られれば即座に退いてみせる所存だ。

 

「合流の手筈以上に優先した指示。となると、ここでの行動もまた秘預言に関わるかと」

「………」

 

「このザオ遺跡には星のフォンスロット… 『セフィロト』が隠されているのですよ」

「『セフィロト』… 聞き慣れない言葉ですね」

 

「ディスト! アンタがセレニィを贔屓してるのは分かるけど、流石に喋り過ぎじゃない?」

 

 尋ねれば沈黙で返され、まぁ已む無しかと思っていたところにディストから返答を受ける。

 聞き慣れない『セフィロト』という単語を反芻していると、シンクがディストを窘めた。

 

 しかしながらディストの方はといえば、レモンの蜂蜜漬けを齧りつつこともなげに反論する。

 

「こちらの都合で連れ回しているのです。最低限の説明くらいはして然るべきでしょう?」

「ふむ… それもそうだな。無論、全てを話すことは出来ないがある程度は話すべきか」

 

「……まったく。ま、リグレットが構わないというんなら僕からはなにもないけどね」

「フッ、すまないな。ではディスト… 折角だからセレニィへの解説の出番をくれてやろう」

 

「よろしい! この美と叡智の化身たる“薔薇”のディスト様の解説、とくと聞きなさい!」

 

 ディストの説明は思った以上に分かりやすく、丁寧なものであった。

 

 何故か説明役を何も知らないはずの自分に丸投げしてきた、何処かのドSとは大違いだ。

 若干ウザいことに目を瞑れれば、基本的に天才だし友情に篤いしで高スペックである。

 

 ディストの解説を脳内で整理しつつセレニィはそう思った。説明内容は以下の通りである。

 

 ・セフィロトとは大地に存在する特に強力なフォンスロットの総称。

 ・地核から大量に記憶粒子(セルパーティクル)が噴き出てくる場所でもある。

 ・世界中に10箇所存在し、ここザオ遺跡はそのうちの一つが存在する。

 

「なるほど… 記憶粒子(セルパーティクル)というのは、この星に流れる燃料のようなものでしたか?」

「えぇ。譜術や譜業やらが使えるのは、世界に満ちる音素(フォニム)のおかげです」

 

「循環している記憶粒子(セルパーティクル)が、世界に音素(フォニム)をもたらしている… ってわけさ」

 

 ふむふむ… と耳を傾けながら、彼女は思う。

 なるほど素晴らしいな。感動的ですらある。それが「ノーリスク」ならばな… と。

 

 果たしてそんなものを、ガバガバと使ってて大丈夫なんだろうか?

 そもそも『星の燃料』って、なんか不吉な響きじゃね?

 

「(うん、なんというか… エネルギー問題といえば『原発』を思い出してしまうよね)」

 

 セレニィにとっての物事の基準とは総じて、元日本人としての感覚がもととなっている。

 所謂『エピソード記憶』はほぼ全て失っている彼女だが、『意味記憶』は残っている。

 

 その『意味記憶』は告げている… 「そんなに都合の良い永久機関があってたまるか」と。

 原子力発電だって様々な事故やら試行錯誤を経てなお、多大な問題点を抱えていたのだ。

 

 彼女が知っていた『日本』より技術レベルが劣るだろうこの世界に、それがあるのか?

 確かに創世歴以前の技術は凄いみたいだが、『ならば何故今失われているのか』と疑問だ。

 

 この際だ… 疑問に思ったならば聞いてみよう。そう思って、物のついでと口を開いた。

 

「それは何のリスクもない完全な永久機関なのですか? ……恐らくは違うんですよね」

「……何故そう思った?」

 

「ヴァンさんが指示したってことはそうじゃないかと。あの人は基本的に有能ですし」

「そう言われてしまっては否定できんな… 全くの無関係ではない、とだけ言っておこうか」

 

「(はぁ、マジですか… 二千年分の負債が貯まってるって話なら洒落にならないぞ…)」

 

 このオールドラントという世界は、思ったよりヤバいかもしれない。……うん、知ってた。

 目覚めた瞬間からデッドリーなイベントの連続で、魔物とかいるし戦争も起きそうだし。

 

 挙句の果てにドSと巨乳に胃を痛め付けられて、教団という闇の組織に命まで狙われたのだ。

 この世界に神様など存在しなかった… いるのは邪神だけだ。そう考えて激しく落ち込む。

 

 そんなセレニィを少し眺めてから、話の締め括りとばかりにリグレットは言葉を続けた。

 

「今話せるのはここまでだ。当然、機密であるセフィロトの間にも部外者は通せない」

「まぁ、そうですよねー…」

 

「……だが、おまえが神託の盾(オラクル)に入るというのならば別だぞ。考えてはみないか?」

「ほほう、リグレットにしては良い提案ですねぇ! 私の副官になりませんか、セレヌィ?」

 

「こう言われてるけど、セレニィ… 君の返事としてはどうなんだい?」

「私が神託の盾(オラクル)騎士団にですか? あはははははは… ナイスジョーク、ありえませんね」

 

「そうか… やはり、かつて命を狙われた相手と同じ場所で働くことなどはできないか」

 

 ほんの少しだけ寂しそうに顔を俯かせるリグレットに対して、慌ててフォローの声をかける。

 確かに自分に神託の盾騎士団など務まらないとは確信をしているが、そんな理由ではない。

 

「い、いやいや… 少なくとも今は、六神将のみなさんのこと嫌いじゃありませんよ?」

「……そうなのか?」

 

「えぇ、なんだかんだと私なんかに良くしてくれますしね。嫌いになろうはずもありません」

「ふむ… では何故ですか? セレヌィ」

 

「いや、そんなの兵役でハネられるからに決まってるじゃないですか。根性もないですし」

 

 彼女は紛うことなき雑魚である。例え最下級の尖兵だとしても、こなせる見込みなどない。

 六神将は嫌いではない… どころか好きになりかけているが、それとこれとは話が別だ。

 

 そもそもが、痛いのも怖いのも嫌だという生粋のダメ人間が彼女だ。やりたいとも思えない。

 彼女らの死はなんとかして回避させたいが、かといって軍隊生活など自分には向いてない。

 

 そこまでドップリ浸かった関係になる必要もないだろう。彼女は手を振りながら応えた。

 しかし苦笑いを浮かべて辞退するセレニィに、シンクが軽い微笑を浮かべつつも異を唱える。

 

「そこまで悲観することもないと思うけどね。仮にも六神将のうち二人を倒したんだし」

「私も敗れたようなものですし、シンクも仮面を取られましたし… 既に四人脱落では?」

 

「それ含めちゃうの? じゃあもうアッシュとアリエッタしか残ってないじゃない」

「フフッ、六神将のうち四人まで手玉に取ったのだ… 誇るには充分な成果だろうな」

 

「ちょ、ちょっと… からかわないでくださいよ。そもそもまともに勝ってなんか」

「根性や体力は鍛えれば勝手に身につくしな。なんなら私が直々に鍛えてやってもいい」

 

「うぐっ…」

 

 いかにも鬼教官というイメージのリグレットにそう微笑まれれば、返す言葉も出てこない。

 言葉を詰まらせるセレニィの肩を叩きつつ、彼女は「まぁ考えておけ」と言って話は終わる。

 

「(この人たち、凄くいい人なんだよね… だけど、うん…)」

「セレニィさん、大丈夫ですのー?」

 

「……はい、大丈夫です(……いい人過ぎて、なんだか居心地が悪いです)」

 

 ドSや変態に囲まれて染まった故なのか、はたまた生来の気質故なのか…

 居心地の良い空気の中にこそ、居心地の悪さを感じる小市民がいたという。

 

「(これはアレだ… 『優秀な家族に囲まれた出来の悪い子』的ポジションなアレだ…)」

 

 なんだか、自分がここに混ざっているのが場違いなような感覚に陥ってしまうのだ。

 彼らが悪いわけではない。ただ、彼らは腹黒小市民にはまぶし過ぎるだけなのだ。

 

 そんな感情を押し殺しつつ、彼女はヘラヘラ場に合わせた笑みを浮かべるのであった。

 

 

 

 ――

 

 

 

 微妙な後ろめたさを感じている約一名を除き、昼食休憩は和気藹々としたままに終了した。

 特に目立った襲撃もなかったようなので、再び譜業兵器を先頭にした攻略が進められる。

 

 突破したものは順次、リグレットに撃ち落とされるいつものパターンである。安定している。

 

「(さて、ゆっくり休憩したから足の痛みはもう大丈夫なはず…)」

 

 食事の後を片付けて荷物を背負い、全員が移動を始めてからそっとその一歩を踏み出した。

 ズキッ! と左足首に鈍痛が走った。思わず半泣きになるが我慢できないほどではない。

 

 本来は食事休憩の時にでも、こっそりとグミを口に放り込んで回復しておきたかったのだが。

 悲しいかな… 転んだ時の衝撃か、鞄に穴が空いておりグミの一部がなくなっていたのだ。

 

 休憩時に糸と針を使って破れた穴を繕ったものの、気落ちしてしまうこと甚だしかった。

 

「(自分グミが効き難いみたいですし… 打撲や捻挫に何処まで有効かは疑問でしたけど)」

 

 セレニィはグミの効果が現れるのが遅い。なので今までティアの回復譜術に頼ってきたのだ。

 切り傷はともかく打撲や骨折にはイマイチ頼りないグミだが、今は気休めでも欲しかった。

 

 そもそも、神託の盾騎士団の女性制服のスカートにはポケットがないのは業腹の一言だ。

 普段履いていたキュロットならばポケットに物が詰められ、グミも失くさなかっただろうに。

 

「(まぁ文句を言っても仕方ないか。ゆっくり、かつスムーズに移動をして… と)」

 

 ソロリソロリと左足を引き摺りながらも、ミュウと一緒に六神将ら三人の後をついていく。

 すると何かを感じ取ったのか、シンクがクルリと彼女の方へ振り返り視線を向けてくる。

 

 思わず立ち止まって、痛みと驚きから脂汗を流しながらなんでもないような笑みを浮かべる。

 

「な、なんでしょうか?」

「なんですのー?」

 

「……別に」

 

 納得したのか、再び前を向いたシンクがスタスタと歩いて行った。ホッと胸を撫で下ろす。

 ミュウに対してこれを口走らぬよう唇に指を当てて合図しつつ、再び彼女は歩き出した。

 

 回復要員もいないのに怪我をしたと知られれば、流石に彼らに捨てられるかもしれないのだ。

 こんなところで捨てられたら、数分を待たずに死亡確定である。露見は避けねばなるまい。

 

 と思っているとまたシンクが振り返る。セレニィは立ち止まる。振り返る。立ち止まる。

 いつの間にか「だるまさんがころんだ」が始まっていたようだ。負荷が身体によろしくない。

 

 流れる脂汗の量は増え続けて営業スマイルも厳しくなったために、唇を尖らせて抗議する。

 

「ちょっと! なんなんですか、シンクさん。さっきから!」

「んー… ちょっとね」

 

「『ちょっと』じゃありませんよ、『ちょっと』じゃ… 断固抗議しま」

 

 そんなことを語っている彼女の左足首を、近付いてきたシンクが爪先で軽く突付いてみる。

 左足首に走る激痛に、思わずセレニィは叫び声を上げた。

 

「わひゃおぅ!?」

「………」

 

「って、ミュウさんが鳴いてた気がします。さっき」

「……鳴いてないですの」

 

「はぁ、まったく。……転んだ時に捻ったのか」

 

 心底呆れたように溜息をつかれる。セレニィとしては悔しげに唸るばかりである。

 騒ぎを聞きつけて、リグレットとディストが譜業兵器を引き連れて戻ってきた。

 

「どうした? 何があった!」

「聞いてよ… この馬鹿、さっき転んだ時に怪我したのを黙ってたんだよ」

 

「なんと! 大丈夫ですか、心友!」

「全く… 今度からちゃんと言え。治療をするのでそこに座れ」

 

「す、すみません…」

 

 ベルトバッグから湿布と包帯を取り出したリグレットが、手際よく治療を施していく。

 セレニィは恐縮しつつも黙って治療を受けて、ほどなく再出発の段と相成った。

 

「あまり無理はするなよ?」

「あ、いえ、大分楽になりました。……すみません」

 

「気にするな。辛いようならいつでも言え」

「……はい」

 

「さて、それでは再出発といこう。気を引き締めて進むぞ」

 

 リグレットの言葉に、全員が頷きをもって返す。

 

 セレニィも申し訳無さ半分、凛々しく男前なリグレットへの萌え半分といった感じで頷く。

 この期に及んで萌えに関して一切ぶれないのは、ある種で一貫したものがある。

 

 再出発の進行においても、セレニィも楽になったという言葉に嘘はないのだろう。

 顔色も回復し、多少びっこを引きながらもなんとかミュウと一緒についていっている。

 

 そこに先ほどと同様、シンクが振り返ってきた。

 思わず立ち止まって小首を傾げる。もう隠していることは(多分)ないはずだが?

 

 怪訝な表情を浮かべる彼女を見て溜息を一つ吐き、彼は背を向けてしゃがんだ。

 

「……乗りなよ。チンタラ進まれるとこっちがイライラしてくるんだよ」

「いや、しかし、そこまでご迷惑をおかけするわけには…」

 

「君のせいで現在進行形で迷惑を被ってるんだから、黙って背負われて欲しいんだけどね」

「うぐっ!?」

 

「……まぁ、さっきの弁当の借りを返すだけだ。僕はここまで温存されてるしね」

 

 お言葉に甘えて良いんだろうか? おぶって貰って進めるなど、ありがたい申し出だ。

 ありがたすぎて、いくら厚かましいセレニィといえど気が引けてしまうのが本音だ。

 

 流石に躊躇し悩んでいると、大きな高笑いとともに椅子が飛んできた。ディストである。

 

「でしたら、この椅子の上にお座りなさい! 貴女ならば許しましょう、心友!」

「おお… そのよく分からん椅子に座る許可をくれるのですか、心友」

 

「えぇ! 本来私しか座ることを許されないのですが、心友である貴女ならば特別ですよ!」

「なんだか申し訳ない気分ですね… 本当に良いんですか?」

 

「構いませんとも! さぁ、私の膝の間にどうぞお座りなさい! セレヌィ!」

 

 誰にも気付かれぬよう静かに溜息を吐きながら、シンクは思った。

 

 やれやれ… 気紛れを起こしてみたが、ディストの馬鹿がしゃしゃり出てくる形になったか。

 慣れないことはするもんじゃないと思い立ち上がろうとした時、彼女の声が聞こえてきた。

 

「でも、今回はシンクさんの親切に甘えますよ。お気持ちだけありがとうです、心友」

「な、なんですってぇ! それは一体何故なんですか… 心友!?」

 

「いやだってディストさんは譜業兵器の操作があるから、私がいたら邪魔になるでしょう?」

「ぐぬぬぬぬ…」

 

「それにまぁ… シンクさんが示してくれた折角のご厚意ですからね。ここは友情的に!」

 

 そう言ってヘラリと微笑むセレニィに「私だって目一杯示してますよ!」と叫ぶディスト。

 そんな彼に彼女は「勿論知ってるさ、サンキュー心友!」と綺麗な笑顔で親指を立てた。

 

 涙を呑んで飛んで行くディストを見送ってから、セレニィはシンクへと近付いて頭を下げた。

 

「というわけで、すみません。……良かったら私を背負っていただけませんか?」

「……仕方ないね。乗りなよ」

 

「いやっほぃ! おんぶで進めますぜ! ホラ、出発進行! 二人で風になりますよ!」

「今度は顔から地面に叩き付けられたいようだね」

 

「……正直すみませんでした。だから土の味だけは勘弁して下さい」

 

 嬉しそうに飛び乗りふざけたことを口走るセレニィを脅せば、ガクガク震えて謝ってくる。

 そんな彼女の様子がおかしくて、シンクは仮面の奥で静かに微笑を浮かべるのであった。

 

 

 

 ――

 

 

 

 セフィロトまであと少しといったところで、おんぶをされながらセレニィがつぶやく。

 

「シンクさんはシンクさんの匂いがしますねー」

「うん、キモいんだけど」

 

「あ、すみません。大丈夫ですよ、シンクさんの匂いはちゃんといい匂いですから!」

「だからキモいんだけど」

 

「……うん、自分で言っててちょっと引きました。これじゃ匂いフェチみたいで」

「フェチってのがなんなのか知らないけど、『ちょっと』で済むメンタルの強さには脱帽だよ」

 

「お、褒められちゃいましたか? フフン… それほどでも、ありますけどねぇ!」

 

 背中でドヤ顔を浮かべているであろうセレニィを、素直にウザいと感じるシンク。

 

 どうしてこんなのを背負っているのだろうか。少し前の自分を殴ってやりたい。

 そう思いつつも、シンクはセレニィとなんやかんやと言葉のドッジボールを続ける。

 

「そうだね。だから、ここで君を叩き落さない僕のメンタルの強さも褒めて欲しいかな?」

「……ごめんなさいごめんなさい」

 

「まったく… 大体匂いなんて、君が以前言ったとおりならイオンの匂いってことだろ」

「ん? いやいや、似てますけれどやっぱり違いますし… シンクさんはシンクさんですよ」

 

「………」

「おや、どうかしましたか?」

 

「別に… 馬鹿だなって」

 

 背中で「いきなり理不尽に貶められた!?」と涙声になっているセレニィ。

 そんな彼女の姿を思い浮かべつつ、笑顔を隠しシンクは話を変えてみる。

 

「そういえば六神将のコト、嫌いじゃないって言ってたよね?」

「むしろ割りかし好きですよ? アリエッタさんは大天使ですしディストさんは心友ですし」

 

「へぇ… 他の連中は?」

「リグレットさんは会議室で言ったとおり。シンクさんも友達ですから好きですね」

 

「(なんか勝手に友達認定されてるし…)」

「アッシュさんもなんだかんだ相手してくれますし、ラルゴさんは怖いけど頼れますよね」

 

「なるほど。アッシュはニンジンが大好物だから料理にふんだんに使ってやると喜ぶよ」

「いや、それ唯一の嫌いな食べ物じゃないですか… あからさまに宣戦布告じゃないですか」

 

「……そうだったっけ? これはうっかりしていたね」

「その年でボケたなら記憶をハッキリさせてあげましょうか? 後頭部をぶん殴って」

 

「おお、こわいこわい。生憎と今は間に合ってるよ」

 

 威嚇するセレニィの言葉に、シンクは軽く肩を引きながらすっとぼけてみせる。

 そして意地の悪い笑みを浮かべて、声を潜めて切り込んでみた。

 

「ところで会議室じゃリグレットが好きだと言っていたけれど…」

「はい、それが何か?」

 

「ヴァンの例もあるからね… その気持ちが『Like』か『Love』か確認しておきたくて」

「なるほど、そういうことでしたか。別に構いませんよ」

 

「そりゃ助かるよ。どうしても気になってね… で、実際のところはどうなんだい?」

 

 慌てふためく姿の一つでも見れれば儲け物… そう思って振ったネタではある。

 大した反応は引き出せなかったが、まぁほんのジャブならばこんなものか。

 

 そう思いつつ、セレニィの反応を待つ。次はどういう話を振ろうかと考えながら。

 

「勿論『Love』ですよ。決まってるじゃないですか」

 

「だよね。ところでさ… ん?」

「どうかしましたか?」

 

「いや、今普通に流しちゃったんだけど… 気のせいじゃなければ『Love』って言った?」

「はい、言いましたけど」

 

「えっ?」

「えっ?」

 

 いともあっさりと、セレニィは変態性癖をカミングアウトするのであった。

 ……彼女にとっては『当たり前のこと』なので、致し方ないのだが。

 

 一方、困惑に包まれたのがシンクの方である。

 

 事も無げに言い放つ彼女は気が狂ったのだろうか? しかし問い返しても返事は変わらない。

 声音から、彼女が心底そう信じて言っているのだと伝わってくる。

 

 ジャブのつもりで放った話題に、特大のクロスカウンターが帰ってきた気分だ。

 こんなことならば聞かなければよかった。目眩を覚えつつも、なんとか口を開いてみる。

 

「あー… その、さ。リグレットのことが好きなんだ?」

「はい、そうですよ」

 

「……アイツ、ヴァンのことが好きみたいだけど?」

「いや、そんなん見てたら分かりますって」

 

「……だよね」

 

 駄目だ、こんなのは自分らしくない。全く以て自分らしくない。

 そう思えば苛々が募ってくる。

 

 それもこれも、全てはあのヒゲ総長と痴女丸出しの格好をした副官の二人のせいだ。

 そう思いながらシンクは言葉を続ける。

 

「だったら、ヴァンからリグレットを奪い取ってみたらどうだい?」

「残念ですがそれはお断りしますよ」

 

「なんで? 自信がないから?」

「いやまぁそれは否定しませんけど… なんというか、『もったいない』なって」

 

「『もったいない』?」

 

 シンクが尋ね返すと、セレニィは一つ頷き言葉を続けた。

 

「恋は女性を美しくするんですよ。身も心もね」

「………」

 

「私がリグレットさんを好きになった時、彼女の心の中に既にヴァンさんはいたんですよ」

「……まぁ、そうだろうね」

 

「全部引っ括めて『私が好きになった彼女』なんです。それを壊すのは『もったいない』です」

「………」

 

「まぁ、私がヘタレなだけだってのも否定はしませんけどね!」

 

 開き直ったように、ビシっと指を突きつけてくる仕草が目に浮かぶようだ。

 なんだそれは… そう思ったシンクが面白くなさそうに口を開く。

 

「だったら自分により惚れさせちゃえばいいじゃん」

「だったら素直に彼女の幸せを願っちゃえばいいじゃないですか」

 

「それで二人が幸せになって、君は素直に祝福できるの?」

「えぇ。ヒゲには『爆ぜろヒゲ』とか『末永く爆発しろ』とかは思うでしょうが」

 

「リグレットの方はどうなのさ?」

「美人が笑顔になれば自分も笑顔。これって、星に優しい永久機関ですよね?」

 

「うわぁ…」

 

 その言い分に思わず呆れてしまう。なんて馬鹿なんだろう。

 

「自分を好きになるよう仕向けるって選択肢はないの?」

「晴れて彼女がフリーになったら考えますよ」

 

「ヘタレ」

「自覚してますって」

 

「分かっててそれ? プッ、ククククク…」

「ちょっと! 笑うことないじゃないですか!」

 

「いや、ごめんごめん… はー笑った笑った」

 

 馬鹿だ馬鹿だとは思っていたけれど、こうまで底抜けの馬鹿ならばいっそ笑うしか無い。

 大真面目に女性が好きだと言ったかと思えば、好きな人の幸せをのみ望むと口にする。

 

 好きになった人間の全てを全力で肯定しようとしているのだ。ヘタレだが笑えるヘタレだ。

 そう考えているシンクの頭を、背中からセレニィはポカポカと殴り始めた。

 

「いたたた… 悪かったって。ハハッ!」

「だったら笑うのはやめろやゴルァ!」

 

 そんな会話を交わしながら二人は、セフィロトに向かって進んでいく。

 そして、その後は特にトラブルもないままに調査も終わり帰路につくのであった。

 

 ただ一人、羞恥心に傷を負った者を除いて。彼女はタルタロス内で不満を叫ぶ。

 

「この扱いは非常に納得がいかないものがありますよ!」

「分かる! 分かりますとも、心友! 我々への扱いはおかしいことだらけですよね!」

 

「……セレニィは何をあんなに騒いでいるんだ?」

「さぁて… 誰かさんの幸せを願っていることが、知られちゃったからじゃない?」

 

「なんだ、それは…」

 

 小首を傾げつつ立ち去るリグレットの背中を見遣ってから、セレニィに視線を向ける。

 ディストと意気投合し何やら騒ぐ様子を見て、シンクはニヤリと微笑むのであった。

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