TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー   作:(╹◡╹)

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73.指し手

 ここはマルクトとの国境に程近いカイツール軍港。親善大使一行が到着して二日目の朝だ。

 

 復興も八割方終わりつつあり、六神将に襲撃された折の傷跡はほとんど見受けられない。

 活力が漲っているようですらある。バルコニーから眼下の街並みを眺めつつルークは呟いた。

 

(たくま)しいもんだ… 『助けてやる』なんて気持ちが、そもそも思い上がりなのかもな」

 

「かもしれないな。民草ってのは強いもんさ… きっと俺たちが思ってるよりずっと、な」

「……ガイ」

 

 いつの間にか隣りに立っていた親友に気付くと、彼はスマイルを浮かべて話しかけてくる。

 

「よっ、おはようさん! 調子の方はどうだい?」

「ぼちぼちだ… ってか、勝手に入ってくんなよなー」

 

「おいおい… 親友相手にそりゃあ酷くないか」

 

 さも傷付いたというような表情を浮かべ、大袈裟に肩をすくめているガイ。

 そんな彼の仕草にジト目を浮かべつつ、ルークは言葉を返す。

 

「何言ってんだ。『屋敷の外では公私混同せずに場を弁えろ』って言ったのはガイだろ?」

「ハハッ、悪い悪い。しっかりやれているようで何よりだ… 本当、見違えたぜ」

 

「ま、ティアに超振動で飛ばされてから色々とあったしな。へへっ、俺だって学ぶんだぜ?」

「それでは私めも、ルーク様に対して畏まった態度を取らないといけませんかね?」

 

「よせやい! 二人っきりの時にまで堅苦しい態度を取られちゃ、肩が凝って仕方ねぇ」

 

 互いに軽口を叩き合い、しばし沈黙する。

 そしてどちらからともなくニヤリと笑みを浮かべたかと思えば、笑い声を上げ始める。

 

 ……ひとしきり笑い合ってから、晴れやかな表情でガイが口を開く。

 

「でも、本当に立派になったもんだよ。これじゃ『賭け』は俺の負けで終わりそうだな」

「……『賭け』? なんだよ、それって」

 

「なんだ、覚えてないのか? ……だったら、アクゼリュスの件が片付いたら話してやるさ」

「よくわかんねーけど、約束だぜ? 今度は忘れんなよ!」

 

「わかってるって。俺が今まで約束を破ったことがあるか?」

「ハッ… ここに来る直前まで、師匠(せんせい)が俺を探してること言い忘れてたヤツがいたよな?」

 

「うぐっ! そ、それはインパクトのある冒険の連続でだな…」

 

 横目で睨んでやれば、頭を掻きしどろもどろに言い訳するガイが可笑しくてもう一つ笑う。

 そろそろ苛めるのも可哀想かと、話題を替えてやることにする。

 

「でもまぁ確かにな。みんなで冒険しながら帰って… そして今、ここに戻ってきた」

「ん… そう考えてみると、不思議な縁ってヤツなのかもな」

 

「さっきガイは、俺が立派になったって言ってくれたけど… まだまだだよ」

「おいおい、謙遜は…」

 

「まだまだ俺は知りたいし、学んでいきたいんだ。みんなと一緒にな」

「……ルーク」

 

「それは恥ずかしいことじゃなくて凄いことなんだって、セレニィが言ってくれたからな」

 

 穏やかな笑みを浮かべ、バルコニーから空を眺めるルーク。流れる潮風が髪を揺らす。

 セレニィ的には、怠け者体質な自分と比べて本気でルークを凄いと思っただけだが。

 

 そんなルークの言葉に一つ頷きつつ、同じように青い空を眺めながらガイも口を開いた。

 

「セレニィか… すごく周囲を気遣える子で、優しい子だったよな」

「……ガイ?」

 

「俺は知っての通り女性恐怖症だろ? からかわれたり遊ばれたりなんかしょっちゅうだ」

「………」

 

「けど、あの子は違った。口であれこれ言うけど、絶対に抱きついたりしてこなかった」

「そうだったのか?」

 

「あぁ… 俺がアニスに抱きつかれて困ってる時には、さり気なく助けてくれたりもしたな」

 

 単に野郎に抱きつきたくなかっただけである。イケメン爆発してしまえとすら思っている。

 アニスに抱きつかれているガイを見て本気で嫉妬したために、引き離したりもしたのだ。

 

 テメェそこ代われと内心で思いつつも笑顔で実行するあたり、流石は元日本人である。

 本気の恋愛ならば応援もするが、美少女と触れ合うポジションは譲りたくない小市民である。

 

 二人がそれぞれ実像と違うセレニィを思い浮かべる。……ややあって、ルークが口を開く。

 

「そういえばガイ、俺になんの用だったんだ?」

「ん? あぁ、朝食後にアルマンダイン伯爵が挨拶のお目通りを希望していてな」

 

「なるほどな。昨晩は気を使ってもらったしな… んじゃ、朝飯の後に司令部に顔出すか」

「そう言うと思って、既にそういう形での返事を返しておいたよ」

 

「やれやれ… 抜け目ねぇこった。んじゃまぁ、飯食いに行こうぜー」

 

 昨晩は旅の疲れもあり、休息を優先した。それを察して伯も何も言ってこなかったのだろう。

 そういった彼の気遣いを理解できる程度には、ルークも成長している。

 

 嫌な顔をせずに了承の旨を返せば、既にガイがそのように手配した後だったという。

 なんだそりゃと思いつつ、責めることも出来ずに二人連れ立って朝食に向かうのであった。

 

 

 

 ――

 

 

 

 朝食後、ルーク、ナタリアにセシル少将とイオンを加えた四人は司令部に向かった。

 彼らの護衛として、ガイとアニスに数名の白光騎士団も付き添っている。

 

 例の応接室に通されて程なく、アルマンダイン伯爵がやってきてルークたちに跪いた。

 

「お待たせしてしまい申し訳ありません。カイツール軍港司令のアルマンダインです」

 

「いや、大して待ってねぇさ。それにそのままじゃ話もできねぇ… 立ってくれよ」

「ナタリア・ルツ・キムラスカ・ランバルディアですわ。此度はしばしお世話になります」

 

「ハッ! ご無沙汰しております両殿下。特にルーク様には過日の件、助けられました」

「それ言ったらこっちもだ。鳩は助かったし、船のおかげで楽にバチカルまで帰れた」

 

「ハッ、ありがたきお言葉! ナタリア様もお美しゅうなられました。ルーク様が羨ましい」

 

 武骨な男だが、情に厚く、プライベートの時には感情をストレートに表現する一面もある。

 今回のように歓迎を全身で表現されればルークもナタリアも悪い気はせず、笑みを浮かべる。

 

 なおも二人に丁寧な歓迎の言葉を繰り返してから、アルマンダイン伯はイオンに向き直る。

 

「導師イオン、先日はご挨拶も出来ず大変な失礼をしました。心よりお詫び申し上げます」

「いいえ。気遣って頂いてのことですし… 部下の件、こちらこそお詫び申し上げます」

 

「そう仰っていただければこちらも気が楽になります。ささ、どうぞお席にお掛けください」

 

 イオンに席を勧めた後で、アルマンダイン伯はセシル少将に視線を向ける。

 

「セシル少将は昨晩ぶりだな。大任の重圧、察するに余りあるがゆっくり休めたか?」

「ハッ! お陰様ですこぶる快調です。身体こそ軍人の資本ですから」

 

「うむ、良い心掛けだ。では昨晩の焼き直しになるが、今後の件の説明に付き合って欲しい」

「ハッ!」

 

「ルーク様をはじめ皆々様にも、よろしければ少々のお付き合いをお願い申し上げます」

 

 セシル少将は、昨晩のうちにアルマンダイン伯と簡単な打ち合わせを済ませていたようだ。

 

 かくして護衛を除く全員が着席し、和やかなムードの中で会談が始まった。

 話題の内容としては、今後のアクゼリュスでの救助活動に向けた段取りについてである。

 

 主にアルマンダイン伯が直々に説明し、疑問があれば各々質問するという形を取った。

 しばしの説明を受けて、ルークが口を開く。

 

「てことは… 俺たちはマルクトの救助隊と、ここカイツール軍港で合流するんだよな?」

「はい。こちらも陸上装甲艦を用意しておりますので、皆様はそちらにご乗艦いただきます」

 

「マルクトの方も同型艦で訪れるのですわよね? 不思議ですわね。違う両国なのに…」

「シェリダンで開発された姉妹艦ですからな。中立地帯を経由してマルクトに売られたのです」

 

「なるほど。そのような事情が… 物資の交流が盛んなようで、大変結構なことですわね」

「まったく、中立地帯を通すだけで莫大な金貨が入ってくるのは笑いが止まらぬでしょうな」

 

「あ、あはは… その、なんだか申し訳ありません」

 

 中立地帯… モロに教団を示す言葉である。現在キムラスカとマルクトの間に交易はない。

 ならば、どうやって両国間で物流を成立させるのか? 中立を謳う教団が仲介するのだ。

 

 ……ベラボウに高い関税をかけて。お陰で、自治区でありながら教団には大量の収入がある。

 かてて加えて、両国の預言(スコア)の重要性や導師に対する敬意からお布施や寄付金まであるのだ。

 

 金の亡者と(なじ)られても反論の余地はない。イオンが小さくなるのも無理からぬ話だろう。

 一方アルマンダイン伯は、一転して表情を緩めると呵々大笑して深々とイオンに頭を下げる。

 

「ハハハハハハ! これは戯れが過ぎましたな。導師イオン、どうか平にご容赦の程を」

「え、えぇ… 僕はかまいませんが」

 

「ハッ、深いご慈悲に心より感謝申し上げます!」

 

 やや大袈裟に恐縮してみせれば面々の表情にも笑顔が浮かび、世知辛い話はお開きとなる。

 アルマンダイン伯は顔を上げると、話題転換の意味も込めて新たな情報を話題に上げた。

 

「実は今朝方鳩が届きましてな… マルクト側の救助隊も近日中に到着する見込みです」

「へぇ、そうなのか。……ん? 鳩って、ひょっとしてマルクトの方からなのか?」

 

「えぇ。両国間の問題なれば、救助はマルクト側と連携しなければなりませんからな」

「もっともなお話ですわ。では、かの『水上の帝都』グランコクマと書面のやり取りを?」

 

「いえ、流石にマルクトの皇帝陛下とは… セントビナーのマクガヴァン将軍とですな」

「マクガヴァン将軍か。そういや一晩宿を貸してくれたな… 元気してっかな」

 

「健在のようです。中々の傑物ですぞ? 矛を交えれば、多少は苦戦したやも知れませぬな」

「まぁ! 和平が締結されたというのに、血の気の多い事を仰らないでくださいまし!」

 

「こ、これはしたり… 軍人の性というもので。ナタリア様、どうか平にご容赦の程を…」

 

 ナタリアに窘められて弱り顔を浮かべるアルマンダイン伯に対して、笑顔が沸き起こる。

 セシル少将や護衛のアニス、ガイらも肩を震わせて俯きつつ笑みをこらえている。

 

 かくしてルークら親善大使一行は、マルクト側の救助隊到着までこの地で待つことになる。

 その間、救助に必要な医薬品や支援物資などの荷物は軍艦に運び込まれ、準備を整えている。

 

 一行は本格的なアクゼリュス出発に向けて、しばしの間、休息を謳歌するのであった。

 

 

 

 ――

 

 

 

 そして数日が経過し、一隻の船とともにマルクト側の救助隊がカイツール軍港に到着する。

 港で彼らを出迎えたアルマンダイン伯に敬礼をするのは、マルクトの若い将校であった。

 

「マルクト帝国のアスラン・フリングス少将であります。受け入れに感謝します」

「うむ、アルマンダイン大将だ。遠路はるばるご足労であったな、歓迎しよう」

 

「ハッ! 此度の和平の受け入れともども、陛下は大変感謝を申し上げておりました」

 

 両者は堅く握手を交わす。そのまま案内されて、ルークら親善大使一行と面通しをする。

 顔見知りのジェイドがいることに気付いたが目で挨拶を交わすに止め、まずは跪いた。

 

 親書を差し出しながらアスランが声を発する。ルーク側も親書を取り出し、それに応える。

 

「マルクト帝国より救助隊と共に参りました、アスラン・フリングス少将であります」

「俺が親善大使を任されたルーク・フォン・ファブレだ。こっちがナタリアだ」

 

「ナタリア・ルツ・キムラスカ・ランバルディアです。どうぞよしなに」

「マルクトからも救助隊が来てくれて嬉しく思う。一緒に頑張ろうな、フリングス将軍」

 

「ハッ! お目通りが叶い光栄の極み。かくなる上は粉骨砕身の覚悟で尽くします!」

 

 つつがなく親書を交換するも、ルークの言葉にますます恐縮を見せるアスラン。

 真面目な好青年だが、堅物でもあるのだろう。

 

 そんな彼の様子に気付いてか気付かずか、ルークが更に声をかける。

 

「俺は今回が初めての公務だ。補佐にナタリアが付いてるけど失敗もあるかもしれない」

「………」

 

「その時は遠慮なく叱って、そして教えてくれると嬉しい。邪魔だけはしたくないからな」

「そのようなことは…」

 

「人の命がかかっているんだ。当然だろ? 俺だって遊びに来たつもりはないんだ」

「ハッ!(なんと立派なお方だ… このお方がお世継ぎなれば、キムラスカも盤石か)」

 

 ルークの慈悲深くも威風堂々とした振る舞いに、アスランは内心で舌を巻く。

 

 ガイやナタリアによる礼儀作法や公務での振る舞い方の指導を受けたこと。

 セレニィに知ろうとする姿勢を肯定されたこと。

 

 なにより、ティアによって受けた度重なる心労から大きくなった器。

 これらがルークをここまで成長させたのだが、そんなことをアスランが知る由もない。

 

 ただただ、アクゼリュスの民を本気で想っていてくれることが伝わってきて嬉しかった。

 皇帝陛下がキムラスカと和平を結ぶと判断したことは、間違いではなかったのだ。

 

 感動に打ち震えているアスランの内心など全く知らぬまま、ルークは言葉を続ける。

 

「じゃあ救助隊の扱いに関する詳しいことは、こちらのセシル将軍と打ち合わせてくれ」

「ジョゼット・セシル少将であります。フリングス将軍、よろしくお願いします」

 

「ハッ! アスラン・フリングス少将です。こちらこそよろしくお願いします、セシル将軍」

 

 ルークらは出発の準備が整うまで待機することになる。

 イオンらの待つ宿へ戻ろうとした時、その背にアスランが遠慮がちに声をかける。

 

「あの… 申し訳ありません。一つだけ、ご報告したき儀がございます」

「ん? どうしたんだ。遠慮なく言ってくれ」

 

「実はこちらへ向かう途中、タルタロスと擦れ違いまして…」

「タルタロス… 六神将ですか」

 

「六神将だと! おのれ… ヤツらめ、今度は一体何を企んでおるというのだ!」

 

 ジェイドが思わずといった様子で声を漏らし、アルマンダイン伯は憤慨を露わにする。

 そんな彼らの様子に、申し訳無さそうな表情でアスランが口を開く。

 

「交戦の準備を整えたのですが、連中はそれに乗らずそそくさとルグニカ平野方面へと」

「ふむ… マルクト帝国と本格的に事を構えるのを恐れたのか?」

 

「かもしれません。追撃しようかとも思ったのですが、救助任務もありましたので…」

「いや、救助を優先してくれて俺は嬉しい。キムラスカ側の誰にも責めさせないさ」

 

「フリングス将軍の判断は正しいと思います。奪われた本人が言うのも情けない話ですが」

 

 ルークが慰めれば、かつてタルタロスの責任者であったジェイドもそれに同調する。

 しかし、何かが気になるのかナタリアは顎に手を当て考え始める。

 

 その様子に気付いたアルマンダイン伯爵が、思わず彼女に問いかける。

 

「どうかされましたか、ナタリア様。なにか気になることでも?」

「……いえ、恐らくは気のせいですわね。思わせぶりな態度で申し訳ありません」

 

「んじゃジェイドにトニー、俺らは先に宿に戻ってるぜ。ゆっくり話してきな」

「えぇ、積もる話もおありでしょう? わたくしたちのことは、どうぞお気になさらず」

 

「ははは… では、お言葉に甘えさせていただきますよ。ルーク様、ナタリア様」

「はい。どうぞ、お二人ともお気を付けて」

 

「あぁ。アクゼリュスで忙しくなるんだから、早いうちからあんま無理するなよ?」

 

 それだけ言い残し、ルークとナタリアはガイら護衛たちとともに宿へと戻る。

 宿に戻る道中、ナタリアが改めて口を開いた。

 

「ルグニカ平野方面… 普通に考えれば、セントビナーかエンゲーブを目指すはず」

「どうしたんだよ、ナタリア?」

 

「でも軍艦一隻ではセントビナーは陥とせない。エンゲーブに侵攻する価値は…」

 

 ぶつぶつ呟くナタリア。心配そうに声をかけるルークの言葉も耳に入らない様子だ。

 彼女はさらに思索を続ける。まずエンゲーブに攻める意味を考える。

 

 彼の地はマルクトのみならず世界の食料庫と言える。その価値は極めて大きい。

 何らかの思惑があってエンゲーブを落としたところで、マルクトが即座に全力で奪い返しに来る可能性は極めて高い。

 

 いや、ことは世界規模の問題なのだ。キムラスカもそれに協力する可能性は十分ある。

 かの六神将といえど、ローレライ教団の総力で当たらねば守りきれようはずもない。

 

 しかし、六神将の面々がダアトの思惑を離れて独自の行動をしていることは明らかである。

 

「(となれば、エンゲーブ方面で軍事行動を展開するのは愚の骨頂…)」

 

 残るのは両国の教団へのさらなる怒りと不審の眼差し。まるで意味が無い。

 教団を破壊することを狙っているにせよ、あまりにもやり方がお粗末だ。

 

 だったらモースなりイオンなりをその地位を使って暗殺するほうが手っ取り早い。

 エンゲーブを攻め入る可能性については除外してもよいだろう。

 

 続いてセントビナーだ。彼の地には名将と謳われたマクガヴァン元帥がいたはずだ。

 既に退役済みではあろうが、未だその訃報が届かないところを見るに健在だろう。

 

 また、アルマンダイン伯によればその息子も中々の傑物だとか。

 

「(そう… セントビナーを攻める意味も皆無。『労多くして功少なし』ですわね)」

 

 だが… 万が一を考える。そして、それこそが厄介。

 

「(けれど、連中がアクゼリュスに居座ることがあれば厄介なことになりますわ)」

 

 六神将がアクゼリュスに居座った場合、救助隊はロクに身動きが取れなくなってしまう。

 しかし、六神将が向かうにはアクゼリュスは戦略上、あまりにも意味が無い。

 

 こちらへの一時的な牽制になっても、守るには向かず、攻めこまれれば敗北は必定だ。

 ましてや瘴気汚染が進んでいる街である。確保したところであまりにも旨味がないのだ。

 

 そう… 『戦略的』には全く意味が無い。だが『政治的』にはどうだろうか?

 エンゲーブとセントビナーにはない価値が、現在アクゼリュスには生まれている。

 

「(キムラスカとマルクトの和平の要… そこがアクゼリュス)」

 

 そこを抑えられては、両国の喉元に刃を突き付けられたも同然となる。

 もしこれが教団の差し金であるならば、世界のパワーバランスをも左右しかねない妙手だ。

 

 ナタリアはまだ若いものの、王室に施される英才教育により政治を心得ている。

 それはルークは勿論、知恵者であるジェイドにすらない視点である。

 

 それだけにこの悪辣極まりない一手の脅威を肌で感じ取って、冷や汗すら浮かべた。

 

「……少し、急ぐ必要があるかもしれませんわね」

 

「おい、どうしたんだよ。ナタリア」

「お疲れでしょうか? ナタリア殿下」

 

 勘違いであるならばそれに越したことはない。

 しかしながら、嫌な予感は止まらない。

 

 一方、何事かを呟いていたかと思えば押し黙り、考え込んで今また呟く。

 そんなナタリアの様子にルークとガイは揃って心配そうに声をかける。

 

 そんな二人の様子に、ナタリアはなんでもないと笑みを浮かべつつ口を開く。

 

「ごめんなさい。でも、少し急いだほうが良いかと思いますわ」

「ふむ… そりゃまたどうしてだ?」

 

「少し、『罠』の匂いがしますの。何もないならそれに越したことはありませんけど…」

「ふぅん… 分かった。なら、セシル将軍とフリングス将軍に頼んでみるさ」

 

「……よろしいんですの?」

「別に頼むだけならな。ナタリアこそ、二人に無理だって言われたら諦めてくれよ?」

 

「フフッ… えぇ。ありがとうございます、ルーク」

 

 婚約者が何も言わずに自分を信じてくれた。その事実に心からの笑顔を浮かべる。

 そして同時に決意する。もしこの裏に黒幕がいるならば、決して思い通りにはさせないと。

 

 自分こそがルークを、そしてアクゼリュスの民を守るのだ。

 

「(たとえ間に合わずとも… 思い通りにはさせませんわよ? 『指し手』さん)」

 

 

 

 ――

 

 

 

「へちょん」

 

 作業を中断し、セレニィは鼻をすすった。

 

 ここはアクゼリュス郊外の原っぱ。様々な避難準備が進んでいる真っ最中である。

 かくいうセレニィも絶賛作業中である。

 

 リグレットが呆れた様子で声を掛けてきた。

 

「どうした、いきなり奇声をあげて」

「いや、くしゃみですって。……噂でもされてたんですかね? 寒気もしましたし」

 

「え? いや、今のくしゃみなのか… 私の知ってるくしゃみと違うが」

「どっからどう見てもくしゃみじゃないですか」

 

「……まぁ風邪かもしれないし、気を付けるようにな」

「そうですね… 後でマスク借りに行きます。要救助者に伝染(うつ)してしまったらコトですし」

 

「いや、ちょうど休憩にしようと思っていたところだ。今のうちに行って来い」

 

 リグレットの言葉に甘えて、一旦作業を中断させる。

 

 思ったより疲れていたようだ。身体がふらつく。

 あぁ、しんどい… どうにもアクゼリュスに到着してからあまり調子が良くないな。

 

 そんなことを考えつつ、セレニィはマスクを貰いに行くついでに少し休憩をする。

 原っぱに腰掛ける。気持ちの良い風が髪を揺らし、心地よさに目を細める。

 

 各部隊の作業状況を、そのままの姿勢でしばし見守る。

 

 避難民を休ませる仮設テントの設営。最優先で用意した男女トイレ。毛布や敷布の準備。

 医療用のテントに、食事の配給スペース。水を積んだタンクも鋭意準備中である。

 

 元日本人として、被災地でのあれこれをうろ覚えの知識で語った甲斐があるというものだ。

 語ったものを形にしてくれる六神将の優秀さに、セレニィは内心で舌を巻く。

 

 そういえば、この世界には魔物がいるから警備も用意しないと。後で提案しておこう。

 あとはアクゼリュスから避難民を募って、処置を施しつつ親善大使一行を迎えるのみだ。

 

「あと少しだ。あとはルーク様たちに渡りをつけて、ゆっくり粘りながら… ゴホンッ!」

 

 途端、咳き込む。

 

 アクゼリュス方面から流れてくる風にあたって、身体を冷やしてしまったのかもしれない。

 口元を抑えるが、咳は止まらない。

 

「ゲホゴホ… ゴホンッ!」

 

 嫌な咳だ。……ひょっとしてリグレットさんの言うとおり、本当に風邪を引いたのか?

 そんなことを考えつつ、立ち上がる。体力は回復したし、さっさとマスクを貰いに行こう。

 

 まぁ、もうすぐ辛いことも終わる。その暁にはゆっくり休もう。

 ふらつく足取りで、セレニィはタルタロスへと向かうのであった。

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