TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー   作:(╹◡╹)

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76.対峙・上

 さて… 諸々の事前調整やら打ち合わせやらが終わり、セレニィは会談の場所へと向かう。

 本来別勢力との重要な会談の場では、事前にある程度着地点を擦り合わせるのが通例だ。

 

 だが、それが提案される気配は一切なかった。さり気なく水を向けてもやんわりと流される。

 対等の勢力と見做されていないのだろう。あるいは、この世界にそういう通例がないのか。

 

 いずれにせよ、一発勝負となってしまうことに違いはない。……そしてこれは好都合だ。

 事前に擦り合わせなどが発生すれば、ある程度結果は常識に沿ったものに修正されてしまう。

 

 要するに『六神将を全員生かす』というウルトラCが狙えないのだ。それでは意味が無い。

 それが最低ラインにして、これ以上を望めない最高の結果… 絶対譲れない条件なのだ。

 

 シミュレートは重ねたものの、ついぞ勝利の道は見えなかった。それでも進むしかないのだ。

 

「(勝ち筋は全く見えないし、身体全体の震えは止まらない。……最悪の気分でござる)」

 

 これは武者震い、これは武者震い… そんな自己暗示をかけて、笑顔を貼り付かせて進む。

 

 会談の場は、両勢力の中間地点(というより中立地点)であるアクゼリュスが選ばれた。

 街全体が紫色の煙に覆われている彼の地に向かうのは、セレニィ的にも気が重いが仕方ない。

 

「(けれど脳は回転を止めてない。考え続けている限り活路はある! ……と、いいなぁ)」

 

 溜息ついて肩を落とし… 脳を必死に回転させつつ、彼女は仮面を被り断頭台へと立った。

 

 

 

 ――

 

 

 

 六神将側からの出席者は指名を受けたセレニィ。付き添いとしてリグレットとアリエッタ。

 

 一方相手側は、親善大使であるルークにその補佐であるナタリア。仲介役の導師イオン。

 皇帝の名代としてジェイド。マルクトの代表のアスランに、キムラスカの代表のセシル将軍。

 

 ヴァンやティアまでおり、これに加えてガイやアニスやトニーらがそれぞれの護衛につく。

 これは酷いオールスターである。何故心強いはずの味方連中が全て敵に回っているのか。

 

 数の暴力も甚だしい… そう内心で毒づきつつ、セレニィは笑顔を貼り付かせて口を開いた。

 

「ようこそ、みなさん。まずは私どもとの話に応じていただき、心より感謝申し上げます」

「セレニィ… セレニィなんだろ? どうしてそんなところに…」

 

「フフッ… セレニィ? 一体誰のことでしょう。私は七人目の六神将、“幻影”のシンクゥ」

 

 縋るような表情を浮かべたルークの問い掛けに、酷薄な笑みを乗せつつセレニィは応える。

 彼女にふざけてるつもりはなく、真剣そのものだ。ここでセレニィと認めてはいけない。

 

 認めれば彼女を使者として扱ったマルクトやキムラスカなど、多方面の面子を潰してしまう。

 所詮は勝手に押し付けられたことだ。彼女自身は面子を潰すことに些かの痛痒も覚えない。

 

 だが、恨まれる分には困る。国家の恨みを買うことなど、百害あって一利なしと言える。

 ここで正面切って面子を潰せば、「口封じだ。死ねぇ!」されてしまう。即デッドエンドだ。

 

「(セレニィ? この場にそんな人間はいねぇぜ。ってことで、どうか一つお願いします)」

 

 無論、彼らとて素直に「実は別人だった」という建前など受け取ってくれはしないだろう。

 恐らくは、騙してたのかとかそういう方面で恨まれるだろう。しかし即死はない。多分。

 

 今死ぬか後で死ぬかの2択しかないなれば、後者を選択して時間稼ぎをするしかないだろう。

 そうやって稼いだ時間で、六神将ともども自分自身の死亡フラグを叩き折るしかないのだ。

 

 致死量まで抜いた血液を売り払って、七人分の輸血血液の調達資金にするようなものだ。

 錬金術もかくやという無茶振りであるが、彼女はこれが最もマシな選択であると信じている。

 

 そう信じ込んでいる。自身の価値を毛先ほども信じない彼女に、人の好意は計算出来ない。

 飽くまで(物理的にも)仮面を被り続けるその姿に、ルークは悲しげな表情を浮かべる。

 

 そんな彼女の前に、厳しい表情を浮かべたジェイドが立つ。彼は眼鏡を直しつつ口を開いた。

 

「……なるほど。使者殿の口上、しかと承りました。丁寧なご挨拶、痛み入ります」

「フフッ、恐縮です(おお怖い怖い… 珍しく怒ってるじゃないですか、ドS)」

 

「如何でしょうか、皆様。私に今回の対応窓口を任せていただければと思っているのですが」

 

 珍しく怒りを露わにした様子のジェイドに怯えつつ、しかしなんとか余裕の顔を保たせる。

 確かに小物に嵌められたと思えばドSとて怒りもするか。セレニィは冷や汗を浮かべる。

 

 そんな彼女に構うことなく、彼は周囲に向け自身が交渉の窓口に立つことを望む旨を告げた。

 ルークが「分かった。ジェイドに任せる」と返すのを始めとして他の面々にも異論はない。

 

「(やっぱりコイツが出てきたか… 分が悪すぎる相手だけれど、想定の範囲内ではある)」

 

 かくしてセレニィは、自身の天敵たるジェイドとの交渉の席に立つ事を余儀なくされる。

 引き攣った笑みを浮かべる彼女とは対照的に、ジェイドは冷たい表情のままに挨拶を始める。

 

「では、改めまして… ジェイド・カーティスです。これより話し合いを始めましょう」

「実に結構です。フフッ… お互いにとって、実りある話し合いにしたいものですね」

 

「そうなるかどうかは交渉次第でしょう。……セレニィ、それが貴女の選択なのですね?」

「………」

 

「失礼、無駄話が過ぎましたね。では話し合いをはじめましょうか… “幻影”のシンクゥ殿」

 

 賽は投げられた。果たして勝利するのはどちらか… 互いに退けない交渉戦が幕を開ける。

 

 

 

 ――

 

 

 

 

「貴女方六神将は、両国に甚大な被害を及ぼしたテロリスト集団です。……早急に投降を」

 

 開口一番いきなり斬り込んできた。ドSなジェイドらしい容赦ない突き放すような口上だ。

 これに「そうだね」と頷いてしまえばゲームオーバーだ。いきなりの即死選択肢である。

 

 これがゲームならゲームオーバー画面を見てもいいかもしれないが、現実はそうもいかない。

 セーブ・ロード機能がない現実の糞ゲーぶりに悪態を吐きつつ、セレニィは笑顔を見せる。

 

 余裕の笑みのまま全力で話を逸らそう。内心「面舵いっぱーい!」と叫びつつ口を開く。

 

「気の早いお話ですね。あなた方がここに来たのも、私たちを捕まえるためでしょうか?」

「さて? 答える必要がありますかね」

 

「いいえ。……『口にできないような任務なのか』と邪推してしまうかもしれませんが」

「……障気に侵されたアクゼリュスから、その民を救助するためです」

 

「へぇ、それは奇遇ですね。実は私たちもここアクゼリュスで救助活動をしているのです」

 

 セレニィは、さも嬉しそうに柏手(かしわで)を打ちつつ白々しい笑顔を浮かべてみせる。無論、演技だ。

 それに対するジェイドの視線は冷ややかなものだ。しかし、セレニィはめげることはない。

 

「どうでしょう? ここは一つ救うべき民のため、過去の遺恨を一時忘れて共同作業を…」

「お断りします」

 

「……そ、それはなんででしょう?」

「救うべき民のためとはいえ、貴女方のテロ行為をなかったことにはできませんからね」

 

「それは裏返せば、私どもの行為を理由にして民を見捨てて良い筈がないとも言えますよね」

 

 内心ドキドキしながら睨み合う。デリケートな問題故に言葉運びを間違えれば爆発する。

 いや、間違えなくても機嫌を損ねれば終わってしまう。ただでさえ不機嫌MAXなのに、だ。

 

 だがジェイドはこれくらいで激するほどヤワな人間ではない。溜息を吐くと言葉を紡いだ。

 

「ですが道中、六神将に襲撃を受けました。それについてどう説明されるおつもりで?」

「……導師様を一刻も早くお救いするために先走ったといえ、非はこちらにあります」

 

「………」

「とはいえ、無断で導師様を連れ攫われれば慌てもします。非はお互い様ではないでしょうか」

 

「……なるほど、貴女の仰ることにも一理あります。それについては理解を示しましょう」

「ご理解を賜り幸いでございます」

 

 挑むような笑みを浮かべる。気分は読み違えれば即死亡の弾幕シューティングゲームだ。

 セレニィのコインは刻一刻削れゆく己の胃壁だが。ジェイドは笑みを浮かべて言葉を続ける。

 

「では、親善大使一行を襲った件についてもご説明をいただけますか?」

「ほほう… 私の知っている話とは違いますね。どのような話か詳しく聞いても?」

 

「六神将の“死神”ディストが襲撃してきましてね。当方も已む無くこれに応戦しました」

「まぁ、当然の話でしょうね」

 

「人的被害はなかったものの、多少の物的被害は被りました」

「それはそれは… ご愁傷さまです」

 

 ポーカーフェイスを貼り付けて、笑顔の能面でジェイドの話を聞き流そうとするセレニィ。

 しかし当然それで追撃の手を緩めるジェイドではない。眼鏡を直しつつ、彼は口を開く。

 

「周囲には魔物の群れも散見されました。……これは六神将による計画的な襲撃なのでは?」

「まさか。導師様の平和活動の実態を知る今となっては、そのような理由などありません」

 

「では、この襲撃についてどのように説明をされるのでしょうか?」

「説明もなにも… 誤解としか申し上げようがございません」

 

「誤解、ですか?」

 

 目を細めるジェイドに対し、口先だけで生きてるセレニィはいけしゃあしゃあと言い訳する。

 

「えぇ… ディストめはカーティスさんと旧知の仲のご様子。その分、因縁もあったようで」

「……魔物の群れについては?」

 

「さて。偶発的なモノではないでしょうか」

「魔物とは本来、群れをなさない生態なんですがねぇ」

 

「過去の通説が絶対のモノとは言えないでしょう?」

 

 言外にライガの一件を匂わせながら、セレニィは反論した。ジェイドもそれには押し黙る。

 調子に乗ったセレニィは得意げな表情を浮かべて、人差し指を立てながら言葉を紡いだ。

 

「ディストには『ジェイドに決闘を挑んだ』と聞いております。それに応じられたのでは?」

「仮にそうだとしても被害が出て、進行は一時ストップしました。その罪は重いでしょう」

 

「おやおや… 失態ですね、カーティスさん」

「……ほう?」

 

「私ども六神将なれば、個人の因縁に部隊を巻き込むことなど以ての外」

「………」

 

「そのような不始末を晒し、挙句、部隊の進行を遅らせたとあっては物笑いの種となりましょう」

「耳に痛いお言葉ですねぇ」

 

「いえいえ、むしろ親しみを覚えますよ。天才譜術士といえど人の子なんだな、と」

「ははは… そうでしょうか?」

 

「私なんか『どうしてこうなったんだ』って失敗ばかりですから、ホント。……あはは」

 

 会話の流れの中とはいえ、セレニィは半ば以上本音混じりの虚ろな笑みを浮かべてしまう。

 ジェイドはそれに対し、一瞬優しい笑みを浮かべ「えぇ、よく知ってますよ」と返した。

 

 思わず幻覚と思ったセレニィが見詰め直せば、そこには冷たい表情のままの彼の姿があった。

 知ってた… と笑顔を浮かべたままほんのり絶望する。ちょっと希望を抱いただけに辛い。

 

 そんな彼女に追い打ちをというわけではないのだろうが、続けてジェイドが口を開いた。

 

「シンクゥ殿… 貴女の仰りたいことはよく分かりました。話も実に丁寧で分かり易かった」

「そ、そうですか?」

 

「貴女方に事情があったこと。我々の思い込みがあったことも恐らく事実でしょう」

「そ、そうです! だからあの、私たちで協力すれば…」

 

「その上でお答えしましょう。『お断りします』と」

「………」

 

「貴女方に事情があったことは確かでしょう。……それでも貴女方は、テロリスト集団です」

「あの、でも… それはっ!」

 

「『テロリストとは交渉しません』… それは、貴女も分かっていたはずでしょう?」

 

 にべもない言葉に、セレニィは声を失い項垂れてしまう。……なにも、返すことはできない。

 

 そう… 所詮彼女は、屁理屈と暴論で問題を摩り替えるだけの扇動家に過ぎなかったのだ。

 論点のすり替えや場の勢いに呑まれることのない冷静さを保てる人間には、通用しない。

 

 それでも彼女は諦め悪く(へつら)うような笑みを浮かべつつ、なんとか事態の立て直しを試みる。

 

「あ、その… でもですね! 私たちはアクゼリュスを助けるために来たんですよ!」

「………」

 

「い、いわゆる『人道支援』ってヤツでして… えへへ…」

「………」

 

「その、人の命を護るために動いていまして… だから、もう、テロリスト集団じゃ…」

 

 しかし、その瞳は揺れ動き心細さが表に出ている。もはや虚勢を張る余裕すら残ってない。

 精一杯構えていた蟷螂の斧は錆びついて、見せ掛けの手札としての役割すら果たせない。

 

 けれどもジェイドがその攻撃の手を緩めることはない。しばしの沈黙の後、彼は言葉を紡ぐ。

 

「……タルタロス襲撃にカイツール軍港襲撃」

「っ!」

 

「多くの命が失われました。死んでいった者たちに、残された遺族に… なんと言いますか?」

「そ、それは…」

 

「……貴女が六神将を名乗るということは、それらを背負うということです」

 

 ジェイドのその言葉はとても効いた。タルタロスで世話になった軍医、厨房のコックたち。

 ……彼らは他ならぬ六神将の手によって、もうこの世にはいないことを知っているから。

 

 カイツール軍港襲撃の折の、折り重なる死体の山の光景に錆鉄のような血臭が忘れられない。

 胸にこみ上げてくる吐き気を堪え、折れそうな心を叱咤しジェイドを真っ直ぐ睨み付ける。

 

 余計なことは考えるな。六神将を助けることだけ考えるんだ… そう自分に言い聞かす。

 脳の回転を止めない限り、諦めない限り… 自分に負けはない。そう信じて思考を巡らせる。

 

 そんな彼女を憐れむように見詰めてから、ジェイドは最後の言葉を告げるために口を開く。

 

「貴女は先ほど、『人道支援』のためにアクゼリュスに来た… そう言いましたね?」

「はい… 間違いありません」

 

「結構。では私の質問に一つだけ答えてください」

「……答えられることなら」

 

「簡単な質問ですよ。……なんでしたら『YES』か『NO』か、それだけで充分です」

 

 なんだろう… すごく嫌な予感がする。ドキドキ早鐘を打つ心臓の音がとても煩わしい。

 けれど、受けるしかない。受けて、それを乗り越えることでなんとか事態の打開を図るのだ。

 

 セレニィは無言のまま、心臓のあたりを服の上から抑えつつ… ゆっくりと、一つ頷いた。

 

「貴女は… 我々が救助のためにアクゼリュスに向かうことを、知っていましたか?」

「………」

 

「そう難しい質問でもないでしょう? どうぞ、『YES』か『NO』でお答えください」

 

 ……詰んだ。今まで必死に支えてきた何かがポッキリ折れてしまったような音が聞こえた。

 知っていたと答えれば、救助活動を知った上で取り入ろうとした下心によるものとなる。

 

 知らなかったと答えれば、六神将らによる勝手な救助活動の数々に正統性が生まれなくなる。

 その場合、イオンやヴァンの意を受けた行動だったという言い訳も後から成り立たなくなる。

 

 答えれば敗北が確定する… だが沈黙は回答と見做されない。ジェイドは重ねて尋ねる。

 

「答えなさい、セレニィ」

「……知ってました」

 

「………」

 

 それは、事実上の敗北宣言であった。降って湧いたような都合の良い奇跡などは存在しない。

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