TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー   作:(╹◡╹)

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78.序曲

 ティアさんの張り手による衝撃的な一幕があったが、概ね平和裏に話し合いは終わった。

 ガイ、アニス、トニーらも笑顔を浮かべてセレニィのもとへと駆け寄り、声を掛ける。

 

「久し振りだな、セレニィ! 元気してたか? ……ちょっと痩せたんじゃないか」

「あ… どうもです、ガイさん。実はちょっと風邪が長引いてて食欲もなくて…」

 

「えー! ちゃんと食べないと身体に悪いよ。アニスちゃんが後でなにか作ってあげよっか?」

「ホントですか? 是非お願いします!(わーい、アニスさんの手料理久し振りだなー)」

 

「またこうして貴女と出会えて嬉しく思います、セレニィ。……無事でよかった」

「トニーさん… その、六神将はあなたにとって仇でもあるのに…」

 

「みなまで言わないでください。自分は導師イオンの誓いを… 彼らのこれからを信じます」

 

 三人の常識人が笑顔とともに掛けてくれた、暖かい言葉にセレニィは感動の涙を浮かべる。

 良かった… 彼らとこうして再び出会うことができて。……ドSとゴリラの二人は除く。

 

 あの二人に関しては今からでもクーリングオフ出来ないだろうか… 半ば真剣にそう考える。

 そんなセレニィを穏やかな表情で眺めてから、ルークとイオンはアリエッタに声を掛けた。

 

「アリエッタもありがとな」

「ん?」

 

「セレニィ、守っててくれたんだろ? 六神将にはオマエもいるから心配してなかったぜ」

「とーぜん! だってアリエッタ、セレニィのおねーさんだモン!」

 

「これからはみんな一緒です。……あなたのお陰ですよ、アリエッタ」

「ほんとに? ……えへへ、うれしいです!」

 

 はにかむアリエッタの背後に近寄ってきていたアニスが、ニヤリと笑いつつ口を開いた。

 

「フフン… でもまぁ、今の導師守護役は根暗ッタじゃなくてアニスちゃんなんだけどね?」

「もう! アニスのイジワルぅ! アリエッタより弱いくせに、アニス、生意気だよっ!」

 

「な、なんですってぇ? ちょっと手加減してたら調子に乗って… やっちゃえ、トクナガ!」

「あっかんべー! そんな攻撃、ちっとも当たらないモン!」

 

「こ、こら! 二人とも、喧嘩は全部終わってからまとめてしろって」

「そうですよ! 両国の要人もいる席でこんなことをしては、どんな問題になるか…」

 

 二人のじゃれ合いと呼ぶには少々激しすぎるそれを、慌てて止めに入るガイとトニー。

 それを眺めつつ、大きな溜息を吐いて地面に座り込むセレニィ。些か以上に疲れた。

 

 六神将はもう平気だろうし、自分の出番は終わりか。……何の役にも立たなかったけど。

 今回は一から十までドSの仕込みだったし、自分はただただ無様に踊っただけだった。

 

「(良かったですね… アリエッタさん)」

 

 とはいえ、イオンとの再会に大いに喜ぶアリエッタの笑顔を見れただけでも満足だ。

 ライガの女王の時といい、よくよく狂言回しを演じさせられる星の下に生まれたものだ。

 

 セレニィが溜息混じりに思っていると、いつしか隣に立っていたジェイドが口を開く。

 

「どうしたんですか? こんなところで座り込んで。これからが大変なんでしょうに」

「コホン… さっきガイさんにも言いましたけど、風邪引いて調子が悪いんですよ」

 

「風邪… ですか?」

「えぇ、ここアクゼリュスに来てからどうにも調子が悪くて… 騙し騙しやってきましたが」

 

「アクゼリュスに来てから…」

「とはいえ、ようやく肩の荷も降りそうですから。こうして地面にへたり込みもしますよ」

 

「………」

 

 顎に手を当て、ジェイドは考えこむ。そんな彼の様子に気付かず、セレニィは言葉を続ける。

 

「でねぇ、ジェイドさん… ジェイドさん? 聞こえてます? おーい、ドS眼鏡ー」

「……人に珍妙なニックネームを付けないでください。譜術をぶつけますよ?」

 

「先に無視したのはそちらの方なのに、その扱いは納得しかねるものがあるのですが…」

「……はぁ。それで、なんですか?」

 

「いえ、交渉前になんかジェイドさん怒ってたじゃないですか? なんでかなーって」

「それを当の本人に聞きますか?」

 

「いいじゃないですか、終わった話ですし。答え合わせで… っていうか否定しないんですね」

 

 セレニィの問い掛けに呆れたような溜息を吐きながら、ジェイドは眼鏡を直して口を開いた。

 

「色々とありますがね。貴女は自分を粗末にすることで、人の気持ちを蔑ろにしがちです」

「(何言ってんだこのドS… これほど自分を大事にしてる人間はいないだろうに…)」

 

「まぁ、そんな貴女だからこそ… 私を含めて、多くの人間を動かし得るのでしょうがね」

「(コイツの眼鏡の度は合ってないに違いない。じゃあ今度眼鏡叩き割ってもいいかな?)」

 

「……恐らく微塵も信じていませんね?」

 

 そう問われては仕方あるまい… 素直に頷くセレニィ。ジェイドはそんな彼女に苦笑する。

 そして、続けて言葉を紡いだ。

 

「先ほど私は、貴女が素直に『お願い』すれば五秒で片付いていたと言いましたね?」

「はい、そっすね」

 

「ですが、どうでしょう。仮に私から先の条件を申し出たとして、六神将は頷きましたか?」

「んー… 難しいでしょうね。ぶっちゃけ罠だと疑ってたんじゃないですか?」

 

「えぇ、そうでしょうね。恐らくは、私たちだけでは彼らを許すことは難しかったでしょうね」

「……そうだったかもしれませんね」

 

「彼らが『未来』に続く道を選び取ったのは… 他ならぬ貴女がそれを望んだからですよ」

 

 言っている意味が分からぬとばかりに首を傾げるセレニィに、ジェイドは順序立てて説明する。

 

「貴女は彼らのために交渉の矢面に立ち、絶望的な戦いからも逃げ出さなかった」

「自分で『絶望的な戦い』って言いますか… まぁ、しましたけどね。絶望」

 

「その想いは彼らに伝わったのでしょう。だから、降伏を申し出たのではないでしょうか?」

「……よく、分かりません」

 

「武人というのは面倒な生き物でしてね… 『誇り』というものを大事にするんですよ」

「はぁ…」

 

「私なんかは、何処までいっても『仇敵』に過ぎませんからねぇ… 彼らからしてみれば」

 

 少しだけ困ったような表情を浮かべるジェイドに対して、セレニィは無言で話の続きを促す。

 

「そんなのが『許してやる』などと言ったところで、ますます意気旺盛になるだけでしょう」

「そういうもんなんですか…」

 

「そういうもんなんですよ」

「ふぅん…(自分なら『靴舐めたら命助けてやる』って言われたら喜んで舐めるけど…)」

 

「だから彼らの翻意を引き出すためには、貴女の力が必要不可欠だったのです」

「なるほど… 私を痛め付けるのが楽しくて、ボコボコにしていたのかと思いました」

 

「それもあります」

「あるんかい(そこは否定して欲しかった)」

 

「『お仕置き』も兼ねてましたからね」

 

 おお、やはり敵に回ったことに怒りを覚えていたか。そう考えてセレニィは暗い顔になる。

 というか、なんで怒ってたのかを確認していたのに随分と回り道をしたものだ。

 

 そんなことを考えながら、セレニィは今後の学習のためにもジェイドの言葉へと耳を傾けた。

 

「……私たちは仲間でしょう? せめて相談して欲しかったですね、貴女には」

「まさか、冷血ジェイドさんからそのような言葉が出るとは…」

 

「ははは… 今のは『宣戦布告』と受け取っても?」

「やめてください、死んでしまいます…」

 

「はぁ… まぁ、良いでしょう。今後はこういったことがないようにお願いしますよ?」

「し、しかしですね… 相談のしようもなかったような…」

 

「知りませんよ、そんなこと。それをなんとかするのが貴女の仕事でしょうに…」

「理不尽過ぎる!?」

 

「『仲間を信じなかったこと』『自らの身を軽んじたこと』… それが貴女の罪です」

 

 コツンと彼女の頭を小突いてから立ち去ろうとするジェイド。

 

 どいつもこいつも気軽に叩いたり小突いたりしてくる。脳細胞が死んだらどうしてくれる。

 そう思いながら見送るセレニィの視線の先で彼は立ち止まり、振り返る。

 

「そういえば、セレニィ。貴女の『風邪』ですが…」

「……はい?」

 

「………」

「何故黙るのか(言うべき言葉を忘れたのだろうか。……若年性のボケかな?)」

 

「失礼。なんでもありませんが… 一応明日以降は、貴女は船内で休むことをお勧めします」

「いいんですかね? そりゃ疲れてますし、休めるに越したことはありませんけど…」

 

「えぇ、お偉方には私から説明しておきましょう。風邪を伝染(うつ)して回っては大変ですしね」

 

 ジェイドの言葉に「ですよねー…」と微笑むセレニィ。

 

 そんな彼女の笑顔を見ながらジェイドは願う。自身の予想が単なる杞憂であって欲しいと。

 彼女が『障気蝕害(インテルナルオーガン)』に罹っているという残酷な運命を、神が用意していないことを。

 

 咳をするセレニィに後ろ髪を引かれる思いを感じながら、ジェイドはその場を後にした。

 リグレットと、アクゼリュス救助に関する打ち合わせをするために。

 

 救助が早く終わればそれに越したことはない。今は、それが己のすべきことであると考えて。

 ひとまず、この無茶しがちな仲間にしっかり首輪をつけねばなるまい。

 

 そう考えたジェイドは、セレニィと自分の様子をじっと伺っていたティアに声を掛ける。

 

「ティア、貴女はセレニィの様子を見ておいてあげてください」

「それは勿論ですけど… 大佐。なにか気になることでも?」

 

「……大したことではありません。疲れているようですから、無理はさせないようにと」

「本当に?」

 

「………」

「フフッ、大丈夫ですよ。あの子のためになら私、『奇跡』の一つくらい起こしてみせますよ」

 

「頼もしいですねぇ。……えぇ、万が一の時は私たちで『奇跡』を起こしてみましょうか」

 

 人類に迷惑をかけかねないレベルの天才二人が、互いに不敵な笑みを浮かべて見詰め合う。

 

「(……ドSとゴリラが、またぞろこちらの胃を痛めるような企画を目論んでいるのだろうか)」

 

 そんな二人の様子を、離れた場所から見守っているセレニィ。

 

 流石に会話の内容までは聞こえはしてこないが、なんだか不穏な気配も感じてくる。

 なんとなく聞いたら後悔しそうなので、聞かないようにしようと彼女は決意した。

 

「明日は休みなら、さて、何をしましょう? うーん、デートとかできると嬉しいんですが…」

 

 仲間たちの自分に向けた決意など露知らず、彼女はのんきに今後のことを考えるのであった。

 

 

 

 ――

 

 

 

 一方、少し離れた場所ではルークとナタリアがアッシュへと声を掛けていた。

 彼の赤い髪に緑の瞳を持つ風貌故である。

 

 そして話をしてみようと近付いてみて、ルークは感嘆の溜息とともに言葉を紡いだ。

 

「なぁ、アンタ… 俺とそっくりな顔してるよな。良かったら名前、聞かせてくれるか?」

「俺は…」

 

「ひょっとして貴方もキムラスカ王家に連なる血をお持ちなの? お父様が喜びますわ」

「………」

 

「良かったら一度、お話をしてみませんこと? あ、わたくしったら自己紹介もせず…」

「俺は“鮮血”のアッシュ… 六神将の一人だ。悪いが、アンタたちと話すことは何もねぇ」

 

「……そう、ですの」

 

 悲しそうな表情で俯くナタリアから視線を逸らす。これでいい… こうすべきなんだ。

 そう思う心と裏腹に、アッシュの口が動き問い掛けをする。

 

「なぁナタリア、殿下。……アンタは今、幸せか?」

「……え?」

 

「すまねぇ、バカなことを聞いたな。忘れてくれ」

「……幸せですわ」

 

「………」

「良き家族を持ち、良き先達に恵まれ、良き国民に囲まれ… わたくしナタリアは幸せです」

 

「……そうか。なら、いいんだ」

 

 ナタリアの言葉に嘘はないことを感じ取ると、アッシュは穏やかな笑みを浮かべる。

 思い残すことはなくなった。

 

 だったら、これからも自分は『聖なる焔の燃え滓(アッシュ)』として生きていける。

 怪訝な表情を浮かべている二人を尻目に、彼は背を向ける。ヴァンがそこに声を掛けた。

 

「……それで良いのか、アッシュ?」

「良いも悪いも、アイツがルークで俺がアッシュだ。……元凶の分際で口挟むんじゃねぇ」

 

「そうか… そうだな」

 

 細かいやり取りは聞こえなかったものの、ルークは二人のやり取りに違和感を覚える。

 そして心が命じるままに、再びアッシュに向けて声を掛けた。

 

「なぁ、アッシュと言ったか? アンタ、ひょっとして…」

 

 だがその言葉が最後まで紡がれることはなかった。

 

 大きな地震が起こり、アクゼリュスが… 周辺の大地が崩れ始めたのだ。

 しかも、一過性のそれではない。地震は終わることなく続いている。

 

「な、なんなんですか… この揺れは。普通じゃありませんよ!?」

 

 元日本人ということもあって、セレニィは多少程度の地震ならば耐性がある。

 しかしこれまで経験したことのない揺れに、思わず叫び声をあげてしまう。

 

 一体この揺れは何であるのか?

 

 その問いに答えられる者はいない… 『ただ一人』を除いて。

 そして、その『ただ一人』であるヴァンが怒りの色も露わに怒鳴り声を上げた。

 

「この収まらぬ揺れ… よもや崩落しているというのか! ホドの時と同じように!」

 

 平和裏に和解を成し遂げた状況から一転… この場は破滅の序曲に彩られるのであった。

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