TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー   作:(╹◡╹)

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81.病魔

 シンクともう一人の要救助者が、セレニィたちによって崩落した坑道の穴から救出された。

 今はキムラスカやマルクトの救助隊の力を借りて、傷だらけのまま担架で運ばれている。

 

 リグレットやアッシュら六神将が駆け寄り、シンクに向かって何事か話しかけているようだ。

 そんな光景を遠目に眺めながら、ヴァンは笑みを浮かべて戻ってきたティアに声を掛けた。

 

「ティアよ、オマエの機転で全ての人間を救うことが出来た。……素晴らしかったぞ」

「そう? これくらい当然だと思うけど… でも、褒められて悪い気はしないわね」

 

「あぁ、今回くらいは素直に受け取っておけ。亡き母も、誇りに思っていることだろう」

 

 ヴァンに褒められて、ティアは嬉しそうに目を細める。ルークもヴァンの言葉に追随する。

 

「そうだぜ! なんか凄かったじゃねーか。いつもの譜歌と違って、こう… 雰囲気が」

「『輪唱』のこと? そうね… 本来の第二譜歌とは掛け離れた効力を発揮したもの」

 

「へー… 『輪唱』って言うのか。師匠(せんせい)と二人で歌って、なんか、こう… 神秘的だった」

 

 一生懸命自分の感じた凄さを表現しようとするルークに、兄妹揃って微笑ましさを感じる。

 そして笑い終えてから、ヴァンは改めてティアに感じていた疑問について尋ねることにした。

 

「しかし、驚いたな。ティアよ、ユリアの譜歌の『輪唱』など一体何処で知ったのだ?」

「え? ……『勘』だけど」

 

「そうか、『勘』だったのか… なんだと?」

「いや、だから『勘』だったと言ったのよ。事前に知ることなんて出来るわけないじゃない」

 

「………」

 

 さも当然の如くあっさり言ってのけるティアの言葉に、ヴァンとルークは揃って言葉を失う。

 一方で、そんな二人の様子などは何処吹く風といった有様でティアは説明の言葉を続けた。

 

「だって、ユリアの譜歌と言っても所詮は歌でしょう? 重ねられるのが当然じゃない」

「そうかも知れねーけどよ… 『奇跡』だぞ、『奇跡』。もうちっと、なんつーか…」

 

「神話の時代にも起こったことよ。二千年経った今、新たな形で起こせても不思議はないわ」

「ティアの理屈は滅茶苦茶だよなー… でも、不思議と説得力は感じちまうんだよな」

 

「当然よ。別にユリアの子孫だからって、ご先祖様の劣化品に甘んじている必要ないもの」

「……ユリアの子孫? ユリアって、あの始祖ユリア・ジュエか?」

 

「あ… 言っちゃった」

 

 話の流れだったのだろう。ポロッと一族の秘密をこぼしてしまった妹にヴァンは頭を抱える。

 思わず「やっちゃったぜ…」という感じに、口元に手を当てたポーズで硬直するティア。

 

 心中で悪態をつきながら愚かで口が軽い妹のため、ヴァンはルークにフォローの説明をした。

 

「我が一族はユリアの子孫という言い伝えがある。といっても一族の口伝に過ぎないが」

「え? それって、どういう…」

 

「教団に正式に認められているわけではない、ということだ。……最悪、異端認定される」

 

 異端認定… その言葉の意味するところは分からなかったが、深刻そうな表情は伝わった。

 ルークはなんとなく「教団に知られたら師匠(せんせい)に迷惑がかかる」ということは理解できた。

 

 彼のその気持ちが伝わったのだろう… ヴァンは表情を緩めると、大きく安堵の息を吐いた。

 

「勝手に聞かせておいてすまないが、ティアのためにもこの話は触れ回らないで欲しい」

「……分かった。俺、ぜってぇ言わねぇ」

 

「すまないな。……言うまでもなく、教団はユリアを神聖視している。いっそ病的なほどに」

「えっと、つまり… 『ユリアの名を騙る不届き者め!』とかって言われるわけか?」

 

「フッ、そういうケースは否定出来ないな。処女信仰などもまことしやかに囁かれている」

「馬鹿らしい話よね。尊敬するのは当然かもだけれど、全ての人間にユリア以下でいろなんて」

 

「………」

 

 まるで他人事のようにしれっと言ってのけるティアに、ルークとヴァンは揃って絶句する。

 ティアのこういった型に嵌まらない発想は、どこかセレニィを髣髴とさせるものがある。

 

 セレニィが聞けば嫌がるだろうが、或いはティアが彼女を気に入る理由はそこかもしれない。

 やがてなんとか再起動を果たしたルークの方が、苦笑いを浮かべつつティアに話しかけた。

 

「あぁ、うん。取り敢えずオマエは異端だわ… 俺には分かる」

「むぅ… 甚だ遺憾だわ」

 

「まぁ、変わってるといえばセレニィもか。凄く物知りなのに当たり前の事も知らねぇし…」

「そうね… 私もよく『常識がない』と言われるわ。ひょっとして、これは運命?」

 

「いや、それはない」

「あはは… ないですねー」

 

「ん? おう、噂をすれば… おつかれさん、セレニィ。救助は無事終わったみたいだな」

 

 割り込んできた声の方に振り返れば、セレニィが苦笑いを浮かべながらそこに立っていた。

 少し疲れた様子ではあるものの、その表情に充実感があるようにルークには感じられた。

 

「えぇ、まぁ。仮面なくしたってことで、私の持ってたのを取られちゃいましたけどね」

「あぁ… 最初に被ってた変なアレか。どうしてあんなの被ってたんだ?」

 

「私が私だとバレたらみなさんに迷惑かかると思いましたから。別人という(てい)で行こうかと」

「言っちゃ何だが、バレバレだったぞ…」

 

「……らしいですね。なんでなんでしょう?」

 

 さも不思議そうに首を傾げるセレニィの頭を、ルークは少し怒った表情で軽く小突く。

 

「それにさ、俺たちは仲間だろ? 困った時は頼れよな」

「そうは言っても国と国のことでもありますしね」

 

「それでもだ」

「……六神将のみなさん、テロリストですし」

 

「オマエが助けろって言うんなら無碍にはしねーよ」

「………」

 

「無理なことはあるかもしれねーけど、せめて一緒に考えたい。俺の言うこと間違ってるか?」

「いや、間違ってないとは思いますけど…」

 

「だったら決まりだ。今度からちゃんと相談しろよな? しなかったら怒るぞ」

 

 ルークの言葉にセレニィは頷くしかない。あの会談のあとにジェイドにも言われたことだ。

 二人に揃って言われたということは、やっぱりなにかしら自分が間違っていたのだろう。

 

 理解は出来ないが納得するしかない… セレニィはそう考える。流されやすい元日本人故に。

 

「まぁ、そうですね… 自分をもっと大事にしろと言われましたしね」

「そうね。いつも無茶をするセレニィを見るのは心臓に悪いわ」

 

「私としてはティアさんの蛮行の数々に、いつも心臓と胃に負担がかかりまくってるんですが」

「フフッ… 模範的な私を捕まえて、セレニィったら冗談ばっかり」

 

「いや、冗談じゃなくてですね… まぁ、いいか。それよりヴァンさん」

 

 自分としてはかなり自分を大事にしていたつもりなのだが、今後もっと保身を心掛けよう。

 ジェイドとルークという二大権力者のお墨付きだ。イオンもOKしたらコンプリートだ。

 

 堂々サボれると思いつつセレニィはヴァンに声を掛け、彼は「どうした?」と返事を返した。

 

「フリングス将軍とセシル将軍が、今後タルタロスで六神将の指揮をお願いしたいと…」

「ふむ、内容は理解したが構わないのか? 私は…」

 

「ナタリア殿下の手回しで、六神将だけでなく指揮官たるヴァンさんの罪も保留状態のようで…」

「………」

 

「まして今は非常時です。状況を考えれば、頷いていただけると個人的にも助かりますねー」

「……なるほど、承知した。すぐに向かおう… む、よろめいているようだが大丈夫か?」

 

「えぇ、まぁ… 少し無理をしてましたから。ようやく一段落ですしゆっくり休めると思いま」

 

 笑顔を浮かべたまま、セレニィはまるで糸の切れた人形のようにフラッと倒れこんできた。

 慌てて地面に付く前に抱きかかえて支えるルーク。呼吸は浅く、意識は朦朧としている

 

 オマケに服の上からでも伝わる酷い熱… よくよく見ていれば顔も真っ赤で元気がなかった。

 

「凄い熱だ… 誰か! 誰か医者を呼んできてくれ! 頼む!」

「セレニィ… しっかりして、セレニィ!」

 

「ティア、頭を揺らすな。服を緩めて安静にさせるのだ」

「みゅう! セレニィさん… しっかりですの!」

 

「いや、うん… ちょっと疲れただけですから… あとティアさん、うるさいです…」

 

 医者を呼ぶルークや慌てて叫ぶティアを尻目に、的確な応急処置の方法を指示するヴァン。

 そんな三人に対して軽口を叩きながらティアに毒舌を放つ。しかしいつものキレがない。

 

 ガイ、イオン、アニス、ジェイド、トニーのみならずナタリアや六神将まで駆け寄ってくる。

 担架で運ばれていたはずのシンクまで、左肩を庇って足を引き摺りながらだがやってきた。

 

 彼らが見守ったり思い思いに声を掛ける中、救助隊から医者がやってきて診察を始めた。

 一同が固唾を呑んで見守る中、ほどなく診察が終わると医者は首を振りながら立ち上がった。

 

「……これは、障気蝕害(インテルナルオーガン)です」

「そんなっ!」

 

 その悲痛な叫びは誰のものだったのか。既にセレニィの意識は混濁しており、返事もない。

 沈痛な表情を浮かべながらも、一同を代表してガイが医者に声を掛ける。

 

「その、なんとかならないのか? 例えば薬で症状を和らげるとか…」

「軽度ならば、ある程度の治療は可能だったかもしれませんが…」

 

「どういうことだよ? まさか…」

「極めて重度の障気蝕害(インテルナルオーガン)に罹患しております。……今、生きているのが不思議なくらいの」

 

「そ、そんな…」

 

 ルークが尋ねれば、医者は更に残酷な現実を告げてくる。思わず青褪め言葉を喪うアニス。

 苛立ちの表情を浮かべたアッシュが瓦礫の山を蹴飛ばしながら、吠える。

 

「おい、テメェ! ふざけんなよ! 俺にニンジン料理食わせるんだろうが!」

「アッシュ… 責めるなら私を責めろ。私がもっと早く気付いていれば…!」

 

「セレニィ、嘘ですよね? 僕たち、これから一緒だって言ったじゃないですか…」

 

 苛立つアッシュを宥め、拳を握り締めて俯くリグレット。イオンは目に涙を浮かべている。

 シンクは無言のまま、どこか怒りを感じさせる様子でセレニィを見下ろしている。そして…

 

「認めません… 認めませんよ!」

「ディスト…」

 

「貴女まで私を置いていくんですか、セレヌィ! ……ネビリム先生のように!」

「ディスト。いえ、サフィール… 彼女はまだ生きています」

 

「そんなことは分かっていますよ! ですがねぇ!」

 

 激昂するディストを、常ならば冷たく突き放すであろうジェイドが慰めていた。

 しかしその表情は眼鏡の下に隠され、彼が内心で何を考えているのか窺い知ることは出来ない。

 

「貴女は今、苦しみの中にいるのでしょう。ですが自分は残酷なことを言います」

「セレニィさん… いつもみたいに笑って欲しいですの…」

 

「生きてください、セレニィ。……自分を含めた、ここにいる全員のためにも」

「そう、だな。仲間を置いて先に行っちまうような真似したら、今度こそ許さないぜ?」

 

「うん… アタシの手料理、作ってあげるって約束だったもん。待ってるからね!」

 

 嘆くミュウを抱きかかえつつ、トニーは目を閉じているセレニィに向かって声を掛ける。

 その言葉にガイがアニスが続く。一方ティアは、回復譜術を使い続けている。

 

「セレニィ… セレニィ、起きて。目を覚まして…」

「ティア… 病気に回復譜術は効果が…」

 

「分かってるわ。でも、少しだけでも体力が回復できたらって…」

「そう、ですわね。ならば、わたくしが引き継ぎますわ」

 

「でも…!」

「貴女まで倒れてしまっては、セレニィが目が覚めた時に気にしてしまいましてよ?」

 

「そう、かしら。私、でも… あの子のために何もできてない…」

 

 悲しげに俯くティア。いつも自信満々で、我が道を往く彼女の身体がとても小さく見える。

 そんなティアの肩をそっと抱き寄せ、ナタリアは微笑んだ。

 

「あの子も、貴女のことが大好きですわ… 謁見の間で必死に庇ってたと聞きましたもの」

「………」

 

「だから、ね? わたくしにもがんばらせてくださいまし」

「……ありがとう。お願い、ナタリア」

 

「フフッ、えぇ」

 

 目を真っ赤にして小さく頷くティアに、敢えてなんでもないように明るい笑みを浮かべる。

 幾ら才能ある第七音素術士といえど、譜術をかけ続けるのは容易ではない。

 

 けれど、それをさせるだけの何かがこの少女にはあるということか。

 初めて会った時の印象は… 真っ直ぐこちらを見詰めてきて、惚れ込んだ表情をしていた。

 

 そして面白い話をしてくれて… なるほど、元気になったらもっと話をしてみたいものだ。

 ナタリアはそんなことを思いつつ、譜術の詠唱を開始するのであった。

 

「(安心しろ、共犯者よ… オマエが志半ばに倒れようとも、その意志は私が継ぐ…)」

 

 そんな彼らを一歩離れた位置から見守っているヴァン。彼は障気蝕害(インテルナルオーガン)の現実を知っている。

 なにより… 現実の厳しさを知っている。祈りが救いにならぬことも知り尽くしている。

 

 しかし、そんなヴァンに近付く者がいた。ルークである。彼は笑顔を浮かべてヴァンに言った。

 

「大丈夫だよ、師匠。アイツは… セレニィはきっと戻ってくるさ」

「ルークよ、オマエはそんな『夢』のようなことを信じるのか」

 

「『夢』じゃないよ… きっと、それは『奇跡』って言うんだ」

「同じことではないか」

 

「違うよ。『奇跡』は起こすものさ… ついさっき、あなたの妹がやってみせたようにさ」

 

 そう、真っ直ぐヴァンの瞳を見上げて言い切った。続けて、決意を込めた表情で口を開く。

 

「だから、俺は絶対に諦めない」

 

「そうか」

「そうさ」

 

「フッ…」

「へへっ…」

 

「良かろう、ルークよ。ならば一つ、私も信じてみるとするか… 『奇跡』とやらをな」

 

 ヴァンとルーク… 師匠と弟子が、固い握手を交わした。

 

「うーん、うーん… ゴリラ、ドS… やめて、来るな… 増えるな…」

 

 一方、渦中の人は青い顔のまま悪夢にうなされていたという。

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