TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー   作:(╹◡╹)

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83.兄弟

 それからルークはミュウを連れて、屋敷の中でセレニィが寝かされている部屋へと訪れた。

 ノックの返事はない。そのまま入れば、そこには白い花に埋もれた彼女の寝姿があった。

 

 白い花… それは、暇を見つけてはティアがどこかから摘んでくる『セレニアの花』である。

 ベッド一面に敷き詰められたセレニアの花は、まるでタタル渓谷で目にした花畑のようで。

 

 ユリアシティ全体の薄暗さと相俟って、まるであの夜の出会いの光景を思い起こさせる。

 彼女のベッドの横の見舞い客用の椅子に、不機嫌そうな表情のアッシュが一人腰掛けていた。

 

「……なんだ、テメェか」

「よう、アッシュ。どうだ? セレニィの調子は。てか、ノックの返事くらいしろよ」

 

「チッ、ウゼーな… コイツに関しちゃ見ての通りだよ」

「変化なし、か。ま、悪くなってなきゃいずれは目が覚めてくれるよな」

 

「……フン、当然だ」

 

 ぶっきらぼうながらセレニィを心配する気持ちが伝わってきて、ルークも笑みを浮かべる。

 自分に対して、へりくだったりおもねったりする態度を見せないところも好感が持てる。

 

 余り好かれてはいないようだが、自分そっくりな風貌の人間がいれば気分も悪くなるだろう。

 常識を心得ている分だけティアよりずっとマシだ。そう思っているとミュウが声を掛ける。

 

「他のみなさんみたいに、起こすために色々としてみるのはどうですのー?」

 

「うーん… 他のみんながやってることは、あんま真似しないほうがいいと思うぞ?」

「そうですのー?」

 

「うん。主にジェイドとかディストとかは普通に迷惑だと思う」

「……あいつらは存在そのものが迷惑だ。見習うべき人間じゃねぇ」

 

「しょぼん、ですのー…」

 

 セレニィが寝ているベッドをセレニアの花まみれにするティアなど、まだ可愛い方だろう。

 ジェイドは検査と称して、セレニィを叩いたり何か変な物の匂いを嗅がせたりしている。

 

 ディストは「心友ぅー!」とか叫んだり、セレニィを揺さぶったり高笑いをしたりしている。

 あの二人が何かしている時は、概ねセレニィはうなされてる。心からやめて欲しいと思う。

 

 驚いたのが、六神将の面々も時間を見つけてはちょくちょく見舞いに訪れていることだ。

 リグレットは自分の師匠の副官として忙しいのだろうが、一日一回は必ず顔を出しに訪れる。

 

 アッシュやシンクといった、正直協調性に難がありそうな面々もこの部屋では喧嘩しない。

 勿論自分を始め、イオンやガイやアニスにトニーにナタリアといった仲間たちも訪れる。

 

 しかし六神将との間にあるであろう深い絆を感じると、モヤモヤした気分になるのも事実だ。

 とはいえ、口に出さずとも悩んでいる空気は伝わるものだ。見かねてアッシュが口を開く。

 

「ンだよ… しかめっ面しやがって。目障りなツラ見せんな」

「いや、年中仏頂面のオメーに言われたくねぇんだけど…」

 

「……フン」

「まぁ、なんだ。短い期間だったってのに、オメーらとセレニィの間に強い絆を感じてな」

 

「は? ……絆だと」

 

 一方アッシュは、その言葉に意外そうな顔をしてから考えこみ… やがて言葉を紡いだ。

 

「そんなものは、ない」

「……え?」

 

「そんなものは、ない」

「い、いや聞こえてるけどよ… どういうことだよ? めっちゃ大事にしてるじゃねーか!」

 

「出来の悪い妹みてーなモンだ。小狡いのにお調子者で、どっか抜けてて…」

「お、おう…」

 

「雑魚のくせに口うるさくて… こっちは嫌々付き合ってやってんだよ。分かったか!?」

 

 威嚇するアッシュに頷きながらルークは確信した。コイツはシスコンだ、間違いない… と。

 恐らくシスコンの代名詞たる師匠の部下故に色々と似てしまったのだろう。もう手遅れだ。

 

 ブンブンと首を縦に振るルークの態度に機嫌を良くしたのか、アッシュはニヤリと笑う。

 そして頼みもしないのに、その時の出来事を語ってくれた。意外と話せるやつかも知れない。

 

 花をどかしてからミュウと一緒にベッド脇に腰掛け、アッシュと話をしてみることにした。

 

「……まぁ、そんな感じでリグレットは散々振り回されてやがったな」

「ハハッ、マジかよ! そんなイメージは全然なかったなー」

 

「フン、冷静に見えてアイツは更年期障害だから沸点が低いんだよ。今度試してみろ」

「えー… やだよ。俺、命惜しーもん」

 

「みゅう? でもでもー、みんな優しかったですのー」

 

 そこに扉がノックされた。ルークが「開いてるぜ」と返事をするとナタリアが顔を出す。

 

「ルーク… ここにいましたのね。それにアッシュも。お二人とも、ごきげんよう」

「……あぁ」

 

「ようナタリア! って、なんだ? オメーら、いつの間に仲良くなってんだよ」

「フフッ、セレニィのお見舞いをする時に何度かお話をするようになって、それで… ね?」

 

「ちぇー… 教えてくれりゃ良かったのに。ま、ナタリアを見ててくれてありがとな!」

「……別にテメェのためにやったわけじゃねぇよ」

 

「それにしても廊下まで笑い声が聞こえて… お二人とも仲がよさげで微笑ましいですわ」

 

 そう言って二人を見詰めながら、ナタリアはポッと赤く染めた両頬に手を当てて微笑んだ。

 その姿はまさに可憐の一言であるが、ルークもアッシュも揃って謎の悪寒に見舞われる。

 

 この話を続けては不味い… そう直感したルークが話を変えるため、慌てて彼女に口を開く。

 

「そ、それでナタリア… なんか用か? 俺を探してたみてーだけど」

「あぁ、そうでしたわ。ヴァン謡将が愛するルークを探していたみたいで…」

 

「今後の方針の会議だろ! 変な言い方すんなよ!?」

「うふふ… ほんのちょっとした冗談ですわ(……今は、まだ)」

 

「……じゃあミュウ。オメーはここでセレニィを見ててくれ」

「はいですのー!」

 

「アッシュもありがとな。話、楽しかったぜ!」

「……おぅ」

 

「あ、もう! ルークったら、一人で走って行くなんて… まだまだ子供ですわね」

 

 廊下を走っていくルークを見送り、ナタリアは腰に手を当てて大きな溜息を吐いた。

 そしてベッドに寝そべっているセレニィに視線をやると、その頬をつつき始めた。

 

「うーん… うーん…」

「フフッ、可愛い」

 

「そこまでにしておいてやれよ… なんか、うなされてるぞ?」

「そうですわね。……フフッ、本当に兄弟みたい」

 

「兄妹? ……まぁ、そこの雑魚は出来の悪い妹分みてーなモンだからな」

「あなたとセレニィではありませんわ。……あなたとルークのことです」

 

「………」

 

 一瞬だけ室内の時間が止まる。壁にかけられた時計の秒針を刻む音が、やけに大きく響く。

 ややあって、アッシュが口を開いた。

 

「冗談はよしてくれ。俺とアイツ、どこが」

「見た目が。声が。不器用な優しさが。えっと、それから…」

 

「……もういい、やめてくれ」

「あら、もう認めますの?」

 

「認めるも認めないもねぇ… 俺は六神将のアッシュだって言っただろうが」

 

 苦虫を噛み潰したようななんとも言えぬ表情を浮かべて、アッシュが深い深い溜息をつく。

 綺麗に流したと思った問題だったのに、よもやこんなところで彼女に食いつかれるとは。

 

 警戒を解いてしまって、流されるままに見舞いの場で会話に応じたのが運の尽きだったのか。

 はたまたそれすらも仕込みであったのだろうか? だとすれば王族恐るべしと言う他ない。

 

 それを肯定するかのように、彼女はチロッと舌を出して悪戯っぽい笑みを浮かべている。

 そして獲物を捕食する猫科の動物のようなオーラを纏わせてアッシュに近付き、見下ろした。

 

「あら、そうでしたの? 忘れてしまいましたわ。そんな昔のこと」

「……チッ」

 

「あなたも忘れてしまったのではなくて? ……そうね、例えば『約束』とか」

 

 耳元で囁かれた言葉にゾッと鳥肌が立ち思わず見詰め返す。彼女はクスクス微笑んでいる。

 凄絶なまでの王族のオーラと、清楚さの中に漂う仄かな色香にアッシュは言葉を失った。

 

 胸が高鳴るこの気持ちの正体は恐怖か、それとも… それは、アッシュ自身にも分からない。

 一つ言えるのは… 瞳に怒気を篭もらせてるナタリアには、決して敵わないということだ。

 

 だが、それを認めるわけにはいかない。それはもう今更で… 色んな所で手遅れなのだ。

 

「ハッ! なんのことだかサッパリだな。思い込みも甚だしいんじゃねーか?」

「あら、そう。……飽くまで認めないと、そうおっしゃいますのね?」

 

「……フン、さっきからそう言ってるだろうが。しつこい女だな」

「お生憎様。わたくし、諦めの悪さだけはお父様にも認められた筋金入りですのよ」

 

「(あぁ、よく知ってるよ… ガキの頃からな)」

 

 本当のことを口に出来ればどれだけ救われることか… だが、それは許されないことなのだ。

 かつて和平を乱そうとした六神将。その正体がキムラスカ貴族だったなど醜聞でしかない。

 

 両国の和平のため… なにより大事な幼馴染のため、アッシュは己の想いに封を掛けた。

 ナタリアとて確信に至っているわけではないのだろう。惚け続ければいずれは諦めるはずだ。

 

 そんなアッシュの固い決意を感じ取ったのか、ナタリアは溜息を吐き一歩離れ口を開いた。

 

「仕方ありませんわね。……今はこの辺りにしておきましょう」

「……そりゃどーも」

 

「わたくしも会議に出席しないといけませんし… 続きはまた改めて」

「……おう」

 

「では、アッシュ。ごきげんよう!」

 

 嵐のように現れて嵐のように去っていった… というのが、彼女への正直な印象である。

 だが、悪い気はしない。幼い頃から彼女は真っ直ぐに成長して、それは今も変わらないのだ。

 

「やれやれ… 明日には俺はいなくなるから、続きなんてないんだけどな」

 

 誰にともなくそう呟いて、頭を掻きながらアッシュは見舞い客用の椅子から立ち上がった。

 明日には船は三隻とも外殻大地へ向け出発する。『音素活性化装置』が完成したためだ。

 

 勿論アッシュも六神将の一人として出発することは、昨晩のうちにヴァンに告げられていた。

 今回の件が片付けば、ナタリアと会話する機会などそうそう巡ってくることはないだろう。

 

「だが、それでいい… いや、『それがいい』んだ」

 

 笑みを浮かべて部屋の出口に向かう。平穏な時の中で、僅かでも彼女と言葉を交わせた。

 真っ直ぐな気持ちを失くさぬままに成長した彼女と会えた。それだけで自分は戦っていける。

 

「じゃあな、ミュウ。ぶっ倒れてるご主人様が目覚めたら、よろしく言っておいてくれ」

「はいですの、アッシュさん!」

 

「(テメェらにも、もう会うことはないだろうな… ま、悪い時間じゃなかったけどな)」

 

 アッシュは部屋を後にした。室内にはセレニィとミュウ、そしてセレニアの花が残された。

 

 

 

 ――

 

 

 

 会議室の席。そこにいるのは前回同様のメンバーだが、そこにナタリアだけが欠けている。

 ややあって彼女も到着し、自分が遅れたことについて居並ぶお歴々に丁寧に頭を下げた。

 

「申し訳ありません。わたくしのせいでお待たせしてしまって…」

「おいおい、ナタリア。俺を呼びに来たオメーが遅れてどうすんだよー?」

 

「ルーク殿。……お気になさらずどうぞお掛けください、ナタリア殿下」

「はい。ありがとうございます、ヴァン謡将」

 

「全員がお集まりのようなので会議を始めさせていただきましょう。……今回は短いですが」

 

 遅れたナタリアを責めるルークをやんわりと窘め、ヴァンは恒例となる司会の音頭を取った。

 前回の会議の長さを自ら揶揄してみせれば、それに釣られ出席者たちから微笑が生まれる。

 

 和やかなムードになったところで彼は咳払いを一つし、今後の予定について話し始める。

 

「まず今後の予定についてだが… モースは秘預言の成就を狙っているだろう」

「なるほど。我が国にしきりに戦争を働きかけていたのもそのためか…」

 

「となると、まずは戦争を回避する努力のために各国に働きかける必要がありますね」

「うむ… そのため、地上に戻ったら各艦はそれぞれの国に戻り働きかけて欲しい」

 

「承知… しかし、グランツ謡将はどうされるのか?」

 

 ヴァンの言葉に一を聞いて十を知るセシル将軍とフリングス将軍が頷いて、その言葉を継ぐ。

 彼らの言葉に頷きつつ、ヴァンは秘預言成就と戦争を防ぐための方策について示していく。

 

 なら六神将を率いるヴァンはどうするのか? 当然の疑問がセシル将軍より発せられる。

 

「戦争を始めるとあらば、陰日向の違いあれどローレライ教団が起点となる可能性が高い」

「……否定はできませんね」

 

「ならばこそ、神託の盾(オラクル)主席総長としての席を持つ私が止めれば一定の影響力はあろう」

「ですが、それは危険では…?」

 

「『虎穴に入らずんば虎児を得ず』、とも言う。……僅かでも犠牲が出てからでは遅いのだ」

 

 彼の悲壮な決意に会議室の一同は言葉もなく押し黙る。ここに来てから幾日も経過している。

 これまで慎重を重ねた彼の指示であったが、内心では誰よりも焦っていたのかもしれない。

 

 だが、時間もないが手も少ない。焦りから事を仕損じては全てが台無しになりかねない。

 迅速な対応と、手札を損なわぬための安全策… 彼の苦渋の決断が伝わってくるようである。

 

 そして、確かに僅かでも戦端が開かれれば厄介なことになる。『ホド戦争』の二の舞いだ。

 あの終わるに終われない泥沼化した戦争の再来なら、僅かな人間の力では止められない。

 

 誰もが納得せざるを得ずに押し黙るしかない状況下で、ただ一人例外がいた。ルークである。

 

「待ってくれよ、師匠! そんな自分を犠牲にするようなこと、俺はぜってぇに…」

「誰かがやらねばならんのだ、ルークよ。それに私は自らを犠牲にするつもりはないぞ?」

 

「ほ、本当か?」

「うむ。まずは残る六神将であるラルゴとアリエッタとの合流を優先する… 無茶はせんよ」

 

「その間に両国の話が纏まれば、そのままヴァン殿への援護ともなりましょう」

「そうなのか? フリングス将軍」

 

「えぇ、そのために私どもは尽力するつもりです。ですよね? セシル将軍」

「はい。ご安心ください、ルーク様。必ずやご期待に応えられるよう努力致します」

 

「そっか… なら、分かったよ。みんなを信じるよ」

 

 思わず立ち上がっていた席に腰掛けて、深い溜息を吐いたルークを一同微笑ましく見守る。

 

「(互いを想い合う絆… まさしくこれが『愛』ですのね! わたくし、感動ですわ!)」

 

 ……一部、腐っている某姫君については置いておこう。さらに続けてヴァンが口を開く。

 

「なお先日の会議のとおり、親善大使一行はこれに同行せずユリアロードからご帰還願う」

「はい、分かりました。……ヴァンも気を付けて」

 

「わーったよ。親善大使一行ってことは他の面々も?」

「うむ… 当然ながら貴人であるナタリア殿下。皇帝名代たるカーティス大佐も含める」

 

「まぁ、わたくしもですの? 折角貴重な体験ができると思いましたのに…」

「はっはっはっ… まぁ、ユリアロードを渡るのも貴重な経験でしょう? 殿下」

 

「フフッ… それもそうですわね。仕方ありませんわ、引き下がって差し上げます」

 

 おどけたナタリアの言い回しに、思わず苦笑いを浮かべるヴァン。彼は続けて言葉を紡いだ。

 

「そして当然各人の護衛たる護衛剣士ガイ、タトリン奏長、トニー二等兵にも残ってもらう」

「了解ですよ、ヴァン謡将」

 

「はぁーい! 私、全力でがんばっちゃいますからー!」

「自分も微力を尽くします所存」

 

「そして、最後に… セレニィとミュウもここに残り、回復次第我らに合流してもらおう」

 

 ヴァンが笑みを浮かべてそう言えば、居残りを命じられた面々も瞳に闘志を燃やして頷く。

 その様子を確認したヴァンは満足気に頷くと、居並ぶ面々を見詰めて最後の檄を飛ばす。

 

「これはただ一時の別れ… 一人欠けることなく揃って『平和な世界』で合流せんことを!」

『応ッ!!』

 

 拳を掲げながらヴァンがそう言えば、全員一糸乱れぬ形で拳を掲げてそれに続くのであった。

 

 

 

 

 ――

 

 

 

 

 そして未だ惰眠を貪っているダメ人間の部屋であるが…

 

「うーん、うーん… 私の根城になんか甘酸っぱい空気が流れてた気がするー…」

「セレニィさん、うなされてるですの? しっかりするですのー!」

 

「うーん、うーん… イチャイチャバカップルとかリア充とか爆発して欲しいよー…」

 

 その目覚めの時は近いような近くないような… そんな感じがしないでもない。

 ……最後まで眠っておくべきかもしれないが。

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