TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー   作:(╹◡╹)

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86.確保

「……なんだろ、これ」

 

 目が覚めたら自分の寝ていたベッドが、見覚えのある白い花まみれになっていたでござる。

 セレニィは目覚めたばかりのまとまらぬ頭のまま、自分の置かれた状況について考える。

 

 確か、この花は… ナントカ渓谷にも咲いていた『セレニアの花』とかそんな名前だったか。

 出会いのインパクトはそれなりに衝撃的だったので、今も覚えていると言えば覚えている。

 

 問題はそこではない。何故、こんなにベッドに撒き散らされてるのかということである。

 パッと見のイメージではお棺に撒かれる『別れ花』そのもの。ここから導き出される答えは…

 

 1.見舞いの品(これ食って元気出せ。草食系だろ? おまえ)

 2.まんま別れ花(さようならセレニィ。君のことは忘れないよ)

 3.教室の机とかに置かれてる花瓶的なアレ(イジメ、カッコ悪い)

 

 常識的に考えれば1一択だが、仲間(ヤツら)には常識が通用しない。2も3も充分にあり得るのだ。

 出来れば1であって欲しい。いや、1以外のなんだというのか? ……よし、信じたぞ。

 

 セレニィは気合いを入れ「えいやっ」とばかりに口に花を放り込み、もしゃもしゃ頬張った。

 

「……まふぃ(不味い)」

 

 口の中に苦味とエグみが広がってちょっと涙目になったが、食べられないことはなかった。

 ごっくんと飲み込みつつ思う。良かった、仲間は嫌がらせをしたわけではなかったのだ。

 

 つまりは1だ。ちょっと傍から見るとギョッとしてしまう光景だが、善意の産物だったのだ。

 セレニィは感動と安堵と口の中にほんのり残る不快感から、思わず目頭を抑えつぶやいた。

 

「ちくしょう… 泣かせてくれるぜ」

 

 起き抜けに見舞われた災難に対する一言が、彼女以外誰もいない寝室に染みこんでいく。

 彼女が冷静になり「あれ、別に食べる必要なかったんじゃね?」と気付くのはしばし後の事。

 

 

 

 ――

 

 

 

「ふぃー… スッキリスッキリー」

 

 セレニィは鼻歌交じりに男子便所から出てきた。廊下の窓には見知らぬ光景が広がってる。

 とはいえ、彼女からすれば寝て起きたら知らない場所にいたというのは然程珍しくない。

 

 ナントカ渓谷然り、セントビナー軍基地然り、タルタロス医務室然り、カイツールの宿然り。

 どんだけぶっ倒れては目覚めているのか… やはりこの世界は優しくない、そう確信する。

 

「はてさて、ここはどこなのか? 置かれた状況は一体? 考えることはてんこ盛りですねぇ」

 

 窓から夕暮れっぽい景色を眺めつつ、溜息をつきながらセレニィはそう思うのであった。

 

 起きて一段落したら生理現象を催し必死に便所を探した。なんとか決壊前に発見し今に至る。

 果たして何時間眠っていたのか… 身体はバキバキだったし分からないことだらけである。

 

 だが先に言ったとおり、分からないことだらけというのは彼女には珍しいことではない。

 そして「どうせいつものこと。なんとかなるさ」とばかりに、欠伸を噛み殺しつつ歩き出す。

 

 オールドラントにやってきてそれなりの月日が経過して、彼女にも図太さが備わってきた。

 あるいは生来持ち得ている、平和ボケした日本人的な脳天気さというものかもしれない。

 

「考えてみれば仲間がいるとは限らないのか… 六神将の皆さんに拾われた時のケースもあるし」

 

 独りごちながら広い屋敷の中を宛もなく歩き回る。雰囲気からしてどこかの官庁舎だろうか?

 セレニィは頬に手を当て彷徨い歩きつつ、本当に仲間がいなかった場合の対応策を考える。

 

 ベッドに寝かせてたことから敵対的ではないはず。ならば、媚びて媚びて媚び倒すまで。

 とはいえ法外な治療費を請求されたり、奴隷契約を要求されるかもしれない可能性も考える。

 

 彼女にとってオールドラントは、デッドリーかつ理不尽な世界。それくらい朝飯前だろう。

 オールドラントさんが訴訟も辞さないほどの風評被害である。全く以て失礼千万である。

 

「……まぁその時は適当に誤魔化しつつ、隙を見て逃げるとしましょう。うん」

 

 理不尽にわざわざ付き合うのは愚か者のすることだ。自ら蟻地獄に嵌まりに行く趣味はない。

 ここ最近らしくない展開が続いていたが、自己保身に邁進することこそ彼女の本分なのだ。

 

「幸いにしてドSのお墨付きも貰ってます。作戦は『いのちだいじに』一択でいきましょう」

 

 拳を握って口元をキリッと引き締めつつ、瞳を輝かせながら彼女は宣言するのであった。

 世界からは『ガンガン逝こうぜ?』と常に語りかけられているが、それは本意ではないのだ。

 

 ふんすっ! と気合いを入れていた彼女だが、途端にアホ毛をへにゃりと萎れさせて俯く。

 

「それにしても…」

 

 両手は腹に添えられる。すると間を置かず、ぐきゅるるるる… と情けない音が響いた。

 はたと立ち止まると、哀れを誘う蚊の鳴くような小さく弱々しい声でセレニィはつぶやいた。

 

「……お腹、減ったなぁ。食べる場所は何処でしょうか? 食べ物とか、落ちてないかなぁ」

 

 快眠、快… と来れば後は快食である。意地汚いのではなく生理的欲求に過ぎない、多分。

 

「今なら食べ物くれる人にホイホイついてっちゃうぜベイベ! ……はぁ、お腹減ったぜベイベ」

 

 テンションを上げてみても持続するものではない。……やはり意地汚いのかもしれない。

 ともあれとどまっていたところで食べ物が降ってくるわけでもない。仕方なく探索を続ける。

 

 空腹を抱えたままふらふら歩き回るうちに、なんだか騒がしい声が彼女の耳に届いてきた。

 複数の男女が騒がしくも喚き合っているようだ。……はてさて宴会でもあるのだろうか?

 

「宴会だったら食べ物あるかなぁ… まぁ最悪、人がいれば話くらいはできるはず。多分きっと」

 

 セレニィは一つ頷くと、涎を垂らしながら喧騒の響き渡る場所へと近付いていくのであった。

 

 

 

 ――

 

 

 

 一方で、市庁舎広間は大騒ぎになっていた。親善大使一行が焦った表情で走り回っている。

 彼らの表情に浮かぶのは焦燥… そして僅かな諦めと絶望。それらが大半を占めていた。

 

「どうだ、ガイ! そっちはいたか?」

「……いや、すまない。いなかった」

 

「クソッ、何処に行ったんだよ… セレニィのヤツ!」

 

 握り締めた拳を強く壁に叩き付けるルーク。その表情にはやりきれない想いが滲み出ていた。

 三隻の船の出港を見送り戻ってきた彼らがセレニィの見舞いに行けば、寝室はもぬけの殻。

 

 彼女の姿は影も形もなくなっていた。そして全員で捜索して今に至る… というわけだ。

 更には彼女を探していた一人であるアニスが、みんなが揃っている広間へと駆け戻ってくる。

 

「アニス、そちらはどうでしたか?」

「ごめん、イオン様… 見付かりませんでした。……女子トイレも食堂も探したんだけど」

 

「……そう、ですか。いえ、ご苦労様でした」

 

 何処を探しても見付からない… その絶望的な事実に一様に暗い顔を浮かべ、押し黙った。

 ……普通に男子トイレに入り、食堂を探して歩き回っているだけなのだが言わぬが花か。

 

 この市庁舎は広い。たかだか数人程度で探し回ったところですれ違わぬことも充分有り得る。

 せめて大声で名前を呼んでいれば違ったのだろうが、この時は全員が冷静さを欠いていた。

 

 気丈に耐えていたティアが、口元をきつく結び瞳を潤ませて下を向きながら口を開いた。

 

「私が… 私がついていれば。見送りになんか行かず… 私の、私のせいだ…」

「ティア! あなたのせいではありませんわ。わたくしが誘ったからで…」

 

「最終的に決めて頷いたのは私よ。あの子は… セレニィは一人で病魔と戦ってたのに!」

「やめろよ、二人とも! ……自分を責めても意味ないことくらい、分かってんだろ?」

 

「ルーク… ごめんなさい、わたくしったら冷静さを失ってはしたない真似を」

「……そうね、ルークの言うとおりだわ。ここで私が自暴自棄になっても意味はないものね」

 

「あぁ、その意気だぜ二人とも。……ジェイド、この状況になにか心当たりはあるか?」

 

 互いに自分を責めていたティアとナタリアの言葉を一喝し、落ち着きを取り戻させるルーク。

 自分も不安であるのは間違いないが、空元気を奮い立たせ笑みを浮かべて二人を励ました。

 

 続いて、先ほどから言葉を発さぬままに何事か考えている様子のジェイドに声を掛ける。

 無論ルークの言葉はしっかり聞こえていたのだろうが、ジェイドは口を開くことを躊躇った。

 

 今度はイオンやガイらにも促され、ジェイドは眼鏡を直すような仕草をして重い口を開く。

 

「……ひょっとしたら、『音素乖離』を引き起こしてしまったのかもしれません」

「そんな…ッ!?」

 

「もともと重度の『障気蝕害(インテルナルオーガン)』に侵されていたのです。……いつ死んでもおかしくないほどの」

「………」

 

「申し訳ありません。私も希望に繋がることを言いたいのですが、一番可能性が高いのは…」

 

 彼にしては珍しく悔しそうな表情で、そして本当に申し訳無さそうな表情でそう言った。

 その事実に仲間たちは言葉を失う。ジェイドですら希望に繋がることを言えない状況なのだ。

 

 彼は溜息を吐くと少し諦観の混じった、しかし、何処かしら清々しい表情で言葉を続ける。

 

「私は今、ようやく… 『人の死』というものが理解できた気がします」

「ジェイド…」

 

「ですが何故でしょうね。少しも嬉しくなく… 感謝の気持ちも湧かないのは」

「………」

 

「……申し訳ありません。少々、柄にもないことを口走ってしまいました」

 

 しんみりとした空気が流れる。誰もがその命が喪われたことを理解し、その死を悼んだ。

 寝癖だらけの髪の毛に寝間着姿で、欠伸しながら腹を掻いてその場に混じってた一人以外は。

 

 その一人は状況が飲み込めないなりに話についていこうと思って、ジェイドに声を掛けた。

 

「ふわぁーあ… それでジェイドさん、『音素乖離』ってなんですか?」

「……物質を構成する元素同士を結合する役割を持った音素が、乖離する現象を指します」

 

「えーと… つまり?」

「生物にコレが発生した場合、死に至ります」

 

「マジですか! 誰か死んじゃったんですか!?」

 

 セレニィはギョッとして眠気を覚まし、周囲を見渡す。……誰も欠けてない気がするが。

 むしろなんか増えてる気がする。……アレってナタリア王女だよね? なんでここにいるの?

 

 アクゼリュスで交渉の場にいたのは知ってる。だが仲間のようにここにいる理由が不明だ。

 しかし仲間は押し黙ったまま俯いており、先ほどの疑問に答えてくれる様子は一切ない。

 

 そんな彼女を見かねてミュウが声を掛けてきた。この面子の最後の良心である。間違いない。

 

「セレニィさんはなんでここにいるですのー?」

「いや… 起きたらお腹すいてたので、何か食べるものがないか探してたんですけど」

 

「だったらティアさんが幾らでも取ってくるセレニアの花、食べるですのー?」

「(ティアさんの仕業か、あれ)……いえ、それはさっき食べたので別のものがいいですね」

 

「みゅう… 美味しいのに残念ですのー」

 

 悲しそうなミュウに罪悪感を刺激され、話題を逸らす意味でも気になったことを尋ねてみる。

 

「え、えーと… それでみなさんは一体なにをしているんですかね」

「今はー… みなさんでセレニィさんを探していますのー」

 

「な… なんですって。セレニィさん、いなくなっちゃったんですか?」

「はいですのー!」

 

「なんということだ… なんということだ…」

 

 どうやら自分が知らない間にセレニィさんがいなくなっていたらしい。騒ぎになるわけだ。

 セレニィさん本人である自分自身すら動揺を隠せないのだ。いわんや仲間をや、である。

 

 だが待って欲しい。ならば今ここにいるセレニィさんは一体何者だろうか? 自問自答する。

 しかし彼女の答えが出るよりも早く決断の人ティアが動き出す。彼女は強い口調で言った。

 

「まだ大佐の推測が当たったとは限らないわ。……私は、最後まで諦めない」

「おお… なんだかよく分からないけど、その意気ですよ。ティアさん!」

 

「ありがとう、セレニィにそう言って貰えたなら百人力よ。あなたも手伝ってくれるわね?」

「語るに及ばずですよ! なぁに、自分探しの旅って考えてみれば乙なモンですぜ」

 

「フフッ、相変わらず頼もしいわね。それじゃ気合いを入れてセレニィを探しに… ん?」

「? どうしましたか、ティアさん」

 

「………」

 

 なんだかよく分からないけれど、気合を入れているティアの手伝いをする羽目になった。

 セレニィを探すため旅をするセレニィの珍道中である。ゲシュタルト崩壊待ったなしである。

 

 気合いを入れて彼女に続こうとするセレニィを笑顔で振り返り… はたと硬直するティア。

 そんな彼女の様子を、小首を傾げつつ見上げるセレニィ。周囲の視線が彼女に集中する。

 

 まさに穴が空くほど見詰められ、セレニィは戸惑う。自分は何かをしてしまったのだろうか?

 こんなに強い視線で見詰められるような心当たりは… 少ししかないはずだ。多分きっと。

 

 戸惑い気味のセレニィを余所に、ルークは震える指先を彼女に向けて… 大きく叫んだ。

 

「なんでいるんだよっ!?」

「え? いちゃマズイっすか、自分…」

 

「てっきり消えちゃったかと…」

 

 ビクッとしながらもセレニィは恐る恐る答えた。何故だろうか… 責められてる気分になる。

 一方の仲間たちは深い安堵の溜息を吐きながらも絶賛混乱中であり、思わず言葉を漏らす。

 

 それに対して、セレニィは妙にいたたまれない気持ちになりつつ言葉を紡ぐのであった。

 

「えっと… 便所行って、食堂探して、彷徨い歩いてただけなんですが」

「………」

 

「な、なんだかすみません…?」

 

 よく分からないがペコリと謝るセレニィ。気まずい沈黙がその場に降りる。……コレは辛い。

 一秒、二秒、三秒… 互いに見詰め合ったまま硬直して、喋れないまま時間が過ぎていく。

 

 やがてアニスが一歩前に歩み出ると、セレニィに向かって笑顔を浮かべて両手を広げた。

 

「……セレニィ」

「アニスさん?」

 

「……さ、おいで」

 

 これはひょっとして… そうなのか? 期待を込めて、アニスへと笑顔を浮かべるセレニィ。

 そんなセレニィに向かって、彼女は優しく微笑み返した。ヒャッホイと駆け出すセレニィ。

 

「わーい、アニスさーん」

 

 美少女との嬉しい抱擁まであと2m、1m… そこでアニスは腕を下げて、拳を固める。

 優しい笑顔のまま腰を深く落とし、駆け寄ってきたセレニィの鳩尾を… 力強く撃ち抜いた。

 

「ゲブフォッ!? ……な、何故」

「セ、セレニィー!」

 

「ちょっとアニス! なにをやってるんですか!?」

 

 美しくも見事なカウンターを乗せた、正拳突きである。またの名を無言の腹パンともいう。

 うめき声をあげて倒れ伏したセレニィ。叫び声をあげるティア。そして突っ込むトニー。

 

 しかしアニスは慌てず騒がずにセレニィを取り押さえると、仲間たちに向かって呼びかけた。

 

「早く確保を! きっと無理をしてるに違いないよ! 強引にでも取り押さえないと!」

「ふむ… 確かに、またいなくなられても困りますからね。意識を刈り取るのが一番ですか」

 

「なるほど、そういうことだったのね。ごめんなさいセレニィ… 少しの間だけ我慢して」

 

 流れるように見事な体捌きで、導師守護役としての暴漢捕縛術の冴えを見せ付けるアニス。

 彼女の言葉にジェイドとティアが納得の表情を浮かべる。セレニィは無茶の前科持ちだ。

 

 しかし、そのやり取りに疑問の表情を浮かべているのがルーク、ガイ、トニーの三人である。

 障気蝕害(インテルナルオーガン)の影響があるのは重々承知しているが、どう見ても健康体にしか見えないのだ。

 

「で、でも普通に元気だったようにしか見えねーけど…」

「何を呑気なことを言ってますの、ルーク! ガイも早くロープを出してくださいまし!」

 

「……わ、分かった。すまない、セレニィ」

 

 かくしてぐるぐる巻きにされたセレニィは仲間たちに無事確保され、連行されるのであった。

 

「……解せぬ」

 

 彼女はきっと深く愛されている。間違いない。

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