TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー 作:(╹◡╹)
馬車の中を重苦しい沈黙が支配している。
「………」
やがて、セレニィの様子に気まずさを覚えたルークとティアが互いを牽制する。
「……おい、オメーが聞いたせいだろ。なんとかしろよ」
「……あなたも追随したでしょう。私だけのせいにしないで」
一方、セレニィはといえばまだ現実を受け入れられないでいた。
そもそも自分は男だったという自覚があるのだ。
それが当たり前だった以上、今更「いや、女だよね?」と言われても… その、困る。
「は… はははははは、そんな馬鹿な…」
乾いた笑いとともに自分の胸に手を伸ばす。男なのだから胸があるはずがない。
恐らくきっと、精々が他人から見て多少女顔なだけだろう。
ルークとティアは、ほら、ロン毛だから目に髪が入って見間違えてしまったんだ。
そう思いながら、胸に触れた。
ほら、きっとペタンと…
「………」
ほのかな膨らみと、確かな弾力が感じられた。
……うん、これはおっぱいですね。
「あ、あの… セレニィ? なにを」
困惑した様子で尋ねるティアの言葉など耳に入らぬまま硬直する。
いや、うん、落ち着こう。……そう思いつつ深呼吸を数度。
「(そうとも、胸は男女に関係なくあるだろ! 諦めるな!)」
深呼吸を終え、見開いた瞳にはもはや絶望はない。
後は希望に向かって突き進むだけだ。
「セ、セレニィ?」
そのまま席を立つと、彼女は腰紐を緩めてキュロット状のズボンの中を確かめる。
……なかった。
「あれ?」
目を一回こすって再度確かめる。
……やはり、なかった。
「……ない」
「その、セレニィ… まずは落ち着いて話を」
「ルークさん、ティアさん。どうしよう… 俺、女でした!」
途端、頭の中は混乱に支配される。
ティアの言葉に被せつつ、この世の終わりのような表情で二人に報告する。
「そっからかよ!? 見りゃ分かるっての! いいからさっさとベルト直せよ!」
「でも… でもっ!」
チラチラ視界に映る白い布が精神衛生上よろしくない。
ルークは真っ赤になりながら叫ぶ。
「ルーク、セレニィをいやらしい目で見ないで。……その目を潰すわよ?」
「今の俺が悪いのかよ!? ていうか、オメーが言うと色々と洒落になんねーよ!?」
背後にセレニィを庇いつつ、底冷えのする瞳で睨みながらルークを威嚇するティア。
対するルークは、女は理不尽だと思いながらティアの間合いから距離を取る。
「おい、アンタら! 馬車の中で暴れないでくれよ!」
……ついにはぎゃあぎゃあ騒ぐ三人まとめて馭者から注意を受ける羽目になった。
――
「……この度はお騒がせして、誠に申し訳ありませんでした」
馭者に注意を受けたセレニィは、落ち着きを取り戻し服を直した。
そして今、馬車内の座席の上で手をついて頭を下げている。
……その名も、DO☆GE☆ZA。
かつてホドに伝わっていたとされる古式ゆかしい謝罪スタイルである。
ルークとティアにとってはただの珍妙なポーズでしかないが、その謝意の程は伝わっていた。
「あー… まぁ、もういいって。自分の性別まで忘れてたらそりゃ混乱するよな」
「セレニィ、私たちは仲間でしょう? 頭を上げてちょうだい」
いや、別に性別を忘れてたわけじゃなくて認識していた性別に齟齬があった形なのだが。
しかし、今更あれこれ言っても無駄に話を長引かせるだけだ。
セレニィはそう思いつつ、ティアに言われたとおりに素直に頭を上げることにした。
「けど… 本当にご迷惑をおかけしました」
そしてもう一回だけしおらしく頭を下げる。彼女にとって頭は何回下げようがタダだ。
絶対保身するマンは捨てられないためならばプライドなどいつでもドブに捨てられるのだ。
そんな様子を見てティアは優しげな色を瞳に浮かべつつ、ため息をつく。
「さっきも言ったと思うけれど、私たちは仲間よ。困ったときは助け合うものでしょう?」
「そうだぜ、セレニィ」
「ティアさん… ルークさん…」
心の中で「よし、こいつらチョロい」と思いつつガッツポーズを取る。最悪の屑である。
「これからも困ったことがあったら相談して。せめて一緒に考えるくらいはするわ」
「……はい、ありがとうございます」
慈愛に満ちた表情のまま紡がれるティアの言葉に、神妙な表情で頷き礼を言う。
「一人称は速やかに『私』に改めること」
「はい… うん?」
「それからたまにで良いから、私のために可愛らしい服を着て見せてくれること」
「いや、あの… ティアさん? 俺は」
なんだかおかしな方向に話がシフトしている気がして、思わず呼び止める。
「もう… セレニィったら。『私』でしょ?」
「え? いや、その… でも、俺はですね」
まじまじ見詰めてもティアの慈愛に満ちた表情は変わらない。
「『わ』『た』『し』… そうよね?」
「……………………はい、
「フフッ… いい子ね」
調子に乗った屑ではあるが、所詮は小市民である。
圧迫面接の前にあえなく陥落することとなった。
満足気な笑みを浮かべて、ティアはセレニィの頭を撫でている。
「どうしてこうなった…」
美少女とスキンシップをしているはずなのに全然嬉しくない。
むしろ肉食獣が獲物を狙うような目で見詰められている気すらしてくる。
助けを求めてチラッとルークを見れば、そっと目を逸らされた。
「……こんなの絶対おかしいよ」
呟いた声は誰に拾われることもなく、突き抜けるような青空に吸い込まれる。
淀んだ瞳の少女と他2名を乗せ、馬車は街道を進んでいくのであった。
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