TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー   作:(╹◡╹)

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87.方針

「はぐはぐはぐ… んぐ、んぐ…」

「はー… よく食うなー」

 

「健康的で良いことよ。セレニィ、これも食べる?」

「むぐっ、むぐっ…」

 

「……なんか、リスかハムスターを見てるみたい」

 

 スープ、サラダ、パンにパスタ。果てはシチューにリゾットまで。一心不乱に食べ続ける。

 魔界では流通の面から食材の物価は高いが、その辺は豊富な資金を駆使して購入済みだ。

 

 約束の件もあって、空腹を訴えるセレニィにアニスが調理して差し出したのが先ほどのこと。

 今は腹パンのことも忘れて、満面の笑顔で実に幸せそうに頬張っている。安い女と言える。

 

「はい、セレニィ。お水のお代わりよ」

「……ごくっ、ごくっ」

 

「しかしなんというか… 以前から思っていましたが、よく食べますね」

「料理上手とか頭が回るとかの影に隠れてたが、大人顔負けに食べるもんなぁ…」

 

「エンゲーブでも、空腹に耐えかねて勝手に人ン家に侵入してたしなぁ…」

 

 そんなセレニィを呆れたように見詰めてるのは、なにもルークやアニスばかりではない。

 その小さな身体の一体何処にそこまで入っているのかと、ガイやトニーは目を丸くしている。

 

「はぁ… 可愛いらしいですわ。一匹持ち帰って、お部屋で飼いたいですわー…」

「フフッ、いいでしょ? でも悪いわね、ナタリア。私のセレニィなのよ」

 

「くぅ、悔しいですわ! ……むぅ。セレニィ、どこかに落ちてないかしら?」

「い、いや… 二人とも。セレニィは動物じゃないですから… ちゃんと人間ですから…」

 

「しっ! イオン様、話しかけちゃ駄目ですって! 残念と変態が伝染(うつ)りますよぅ!」

 

 もっとも、給餌係のティアを始めイオンやナタリアのように微笑ましく眺める者もいるが。

 しかしながら、このままではいつまで経っても話が始まらない。それでは少々困るのだ。

 

 ひとまずという形で、一同を代表して、ガイが食器をどけながら席について話しかけてみる。

 

「なぁ、セレニィ。ちょっと話を…」

「ガルルルルルルルルルッ!」

 

「………」

「ふかー! ふしゃー!」

 

「ガイ、食器から手をどけてゆっくりと離れて! 取られると思って威嚇してるわ!」

「……お、おう」

 

「落ち着いて、セレニィ。誰もあなたの食事を取らないから… ね?」

 

 ……野生に回帰していた。一体どうすりゃいいんだよ、これ… 思わずガイは頭を抱える。

 そしてティアの宥める声が聞こえたのか聞こえなかったのか、再び、食事を摂り始めた。

 

 ジェイドはやれやれといった様子で肩をすくめて溜息を吐くと、セレニィへ向け語りかけた。

 

「ではセレニィ、そのままで結構ですので聞いてください」

「はむ、はむ、はむ…」

 

「ヴァン謡将と六神将にフリングス、セシル両将軍は別ルートで外殻大地へ向かっています」

「んぐ、んぐ…」

 

「……その後に貴女が目覚めたわけですが、いくつか不審な点も見受けられます」

 

 セレニィはジェイドの言葉に何の反応も見せない。無視している。ガンスルー状態である。

 未だ笑顔だがジェイドはこめかみに青筋を浮かび上がらせた。仲間たちは避難を始める。

 

 気付かないままなのは、渦中のセレニィとそれに餌付けをしているティアの二人だけである。

 天然組のイオンはアニスが、ナタリアはトニーが、ミュウはルークがそれぞれ退避させた。

 

 一連の動きに気付かないセレニィに、ジェイドは更に言葉を続ける。ラストチャンスだ。

 

「それらについて貴女の意見を求めたいのですが… セレニィ、聞いてますか?」

「はふー。んまーい… えへへ、しあわせー」

 

「………」

 

 笑顔のジェイドが無言でセレニィに手を向ける。……刹那の後に譜術の光が部屋を満たした。

 

「な、なななな… 何をしやがるんですか! このドSは!?」

「……かわしましたか」

 

「ナイス回避よ、セレニィ! アンコールを希望するわ!」

「まさかあのタイミングでかわすなんて… 流石です、セレニィ!」

 

「嬉しくない!」

 

 命の危機を感じ取り死ぬ気で回避したセレニィが、尻餅をつきながらジェイドに抗議する。

 彼女の目を見張らんばかりの見事な回避に、仲間たちも惜しみなく拍手喝采の嵐を送る。

 

 しかしアンコールには応えられない。奇跡は続けて起きないのがお約束。次は死んでしまう。

 ジェイドは笑顔のままセレニィを見下ろす。しかし目が笑ってない。思わず背筋が震える。

 

 しかし彼女は素直に反省するようなタマではなかった。逆ギレよろしく食って掛かった。

 

「だ、大体ですね… 『そのままで結構ですから』って言ったのはそっちでしょうが!」

「ふむ…」

 

「だから私は、ご飯食べながら話を聞いていたんですよ! 何か文句ありますか!?」

「では、私が何の話をしていたか言えますか? ……言えるのならば素直に謝りましょう」

 

「………」

「………」

 

「えへ。ご飯美味しかったです」

 

 そんな笑顔で誤魔化されるのはティアさんくらいだ。めでたく彼女の頭にたんこぶが出来た。

 

 

 

 ――

 

 

 

「うー… いててて…」

 

 セレニィは涙目で頭を撫でている。やはり世界は理不尽に満ちている、と逆恨みしながら。

 そんな彼女に呆れた視線を送りながらも、ジェイドは再度の説明を始めようと口を開く。

 

 しかし彼が言葉を発するよりも早く、セレニィが拗ねた表情で頭を撫でながら言葉を紡いだ。

 

「で? 六神将のみなさんは出発してるんですか。モースさんの企みを止めるために」

「………」

 

「いや、黙ってられたら分かりませんがな…」

「……いえ、話を聞いていたならそういえば良いものを。被虐願望でもおありで?」

 

「誰があるか、そんなモン! 話は聞いてませんでしたけど、単に推測できただけです!」

 

 セレニィの発言に、キチンと話は耳に入ってたのか… と驚きの表情を浮かべるジェイド。

 しかしそれを表に出さずに、被虐願望があるのかとからかえば案の定セレニィは憤った。

 

 とはいえ、推測できたとはどういうことだろう? 内心で疑問を浮かべながら彼女に尋ねた。

 

「推測できたとはどういうことですか?」

「あー… 別に頭がいいとかそういうわけじゃないですよ。勘違いしないでくださいね」

 

「えぇ、知ってます。だから不思議なのですよ」

「ちくせう… そう言われたらそう言われたで悔しいものがある。否定できないけど」

 

「(実際、結構回る方だとは思いますが… まぁ、言っても謙遜するだけでしょうしね)」

 

 複雑な表情を浮かべるセレニィを宥めつつ、さっさと続きを話すようにジェイドは促した。

 ぐぬぬ… と悔しげな表情は浮かべたものの、特に抵抗するでもなく彼女は話し始める。

 

「あぁ見えて、六神将のみなさんって結構面倒見がいいんですよ。割りと常識人多いし」

「確かに教官は頼りになるわね。……私たちほどじゃないけど、常識人は多いかもね」

 

「……ソーデスネ」

「まぁティアの戯言は置いておいて、話の続きをどうぞ… セレニィ」

 

「あ、はい。そんな彼らが今に至って顔すら見せない… これはいない可能性が高いな、と」

「ふむ… 手が離せない何か別の大きな仕事をしている、とは考えなかったのですか?」

 

「だったらここにいるみなさん、丸々遊ばせてはいないのでは? 特にジェイドさんとか」

 

 ヘラヘラ笑いながら言ってのけた彼女の推測に、ジェイドは「ほう…」と感嘆の声をあげる。

 しかし彼女の方は言い足りなかったようで、人差し指を立てながら更に言葉を重ねてきた。

 

「大きな公務か何かってなら、まぁルーク様とイオン様を外す手はないでしょうしね…」

「なるほど。しかし、動くに動けず周辺を捜索中という線もあるのではないですか?」

 

「や、ジェイドさん暇そうな時点でないですって。この手のことでは一二を争う人材ですし」

「はっはっはっ… そう言われると照れてしまいますねぇ」

 

「あとはさっきの繰り返しになりますけど、六神将のみなさんはそれなりにお人好しです」

 

 照れるジェイドを尻目に、セレニィは苦笑いを浮かべつつ六神将のことについて触れる。

 

「ディストさんなんか、頼みもしなくても飛んできてくれるんでは? ……椅子ごと」

「フフッ… あの鼻垂れディストと、それなりに仲良くなったみたいですねぇ」

 

「あはは… なんだかんだと友達ですから」

「おや、珍しい。素直ではない貴女のことですから、まず否定から入ると思ったのですが」

 

「……私のことを一体なんだと思ってるんですか」

 

 頬をひくつかせながらそう返すセレニィに対して、仲間たちがそれぞれ思い思いに口を挟む。

 

「んーと… 『お人好し』とかぁ?」

「僕には、『天然』に思えますね」

 

「そうですね… 少々『無鉄砲』でしょうか」

「でもとても『女の子らしい』と思うな」

 

「セレニィさんは『恩人』ですのー!」

「そうだなぁ… もう一人の『先生』かな」

 

「『可愛い』… 以上よ!」

「まぁ『興味深い』ですねぇ… 貴女は」

 

「フフッ、真っ赤になって可愛らしい。わたくし、あなたとも『友達』になりたくってよ?」

 

 真っ赤になって俯いたところを、楽しげな様子のナタリアにほっぺをツンツン突付かれる。

 イオンやガイの評価には納得いかないものがある。しかし今は空気が悪い。アウェーだ。

 

 それらに返事を返さず話を変える… というより戻す。だから素直でないと言われるのだが。

 

「まぁそんなわけで、六神将のみなさんが顔を出さない以上はいないんじゃないかと…」

「確かに、セレニィの見舞いには六神将の連中もちょくちょく来てたみてーだしなぁ」

 

「アッシュさんは義理堅い方ですし、いるならニンジン料理フルコースの約束を破らないはず」

「まぁ! そんな約束をしましたの?」

 

「え? えぇ、まぁ…」

 

 すごい勢いで食い付いてきたナタリアに、引き気味になりながらもなんとか頷くセレニィ。

 そんなセレニィの様子などお構いなしとばかりに、ナタリアは興奮気味に言葉を続ける。

 

「あの、セレニィ。厚かましいかもしれませんけど、もし良かったらその役をわたくしに…」

「? 別にそんなに深く考えずとも… ニンジン料理をご馳走するって約束なだけですし」

 

「では…!」

「えぇ、無論構いません。ナタリア殿下の手料理… 喜ばないはずがありません。羨ましいなぁ」

 

「フフッ… ではその時には、セレニィにも振る舞って差し上げますわ」

 

 思わぬ申し出にイヤッホゥと喜びを露わにするセレニィ。なお、ナタリアは調理経験がない。

 果たしてどのような出来栄えになるかは… 敢えて『神のみぞ知る』とだけ言っておこう。

 

 再び逸れてしまった話題に苦笑いを浮かべつつ、ジェイドは手を叩いて注意喚起を行う。

 

「はいはい、また話が逸れてますよ? それでセレニィ、モースのことですが…」

「あぁ、それは簡単ですよ。あの人が手ぬるい仕掛けで終わるはずありません」

 

「ふむ… どういうことですか?」

「いや、既にご存知かとは思いますがあの人はアクゼリュスの崩落の仕掛け人なんですよね」

 

「それはヴァン謡将から聞いていますが…」

「それで『はい、おしまい』ってタマじゃないでしょう。絶対次の策を用意してますよ」

 

「ふむ…」

「だから後は時間との戦い。動けるようになり次第、部隊をまとめて出発… 違います?」

 

「……これは、驚きましたね」

 

 苦笑いを浮かべるジェイドに、セレニィも「全く厄介なオッサンですよね」と苦笑いを返す。

 ジェイドの苦笑いの理由はそちらの意味ではなく、セレニィの洞察力についてなのだが…。

 

 回りくどい聞き方をしても自覚しないと思い、敢えて直球で彼女に疑問をぶつけてみる。

 

「ですが、よくそこまで推測できましたね… やはり貴女は知恵が回るのでは?」

「あはは… 違いますって。私は『知っている』だけですよ」

 

「『知っている』? ……まさか、預言(スコア)を詠んだのですか?」

「いやいや、違いますって。私が知っているのは預言(スコア)じゃなくて、ヒト… 人間ですって」

 

「ヒト… ですか?」

 

 まさか預言士(スコアラー)なのかと驚きの表情を浮かべる面々に、セレニィは苦笑いを浮かべて手を振る。

 更に続けて明かされた彼女からの意外な答えに、しかし一同は怪訝そうな表情を浮かべる。

 

 どう言ったら伝わりやすいだろうかと、頬に手を当てしばし考え… 彼女は口を開いた。

 

「ここにいる人がどんな人か、六神将のみなさんがどんな人か、モースさんがどんな人か」

「………」

 

「私はそれを『知っている』から考え付いたに過ぎませんよ。……特別なことはなにも」

「……つまり貴女は、『人間観察』だけでそこまで辿り着いたというわけですか?」

 

「えぇ。私って雑魚ですから! 他人の顔色を窺って生きるのはそれなりに得意なんです!」

 

 セレニィは全く自慢にならないことを、親指を立て笑顔で言い切った。ツッコミを期待して。

 しかしそこに返ってきたのは沈黙。仲間たちは絶句した表情を浮かべたまま見詰めている。

 

「も、もしかして… 大外れでした? 恥ずかしいなぁ。だったら言ってくださいよ」

「いえ、正解ですが…」

 

「あ、そうなんですか? 良かったぁ… 大恥かいたかと焦っちゃったじゃないですか」

 

 持ち上げるだけ持ち上げといて指差して笑うとか、ドSならばやりかねないと思ったが。

 

 貴女の推測は素晴らしかった! だが、しかし、まるで全然! 真相に程遠いんですよねぇ!

 とか愉悦顔で言われてしまったら、恥ずかしさから立ち直れない。ホッと胸を撫で下ろす。

 

 そんな彼女の内心など知る由もないジェイドは、戦慄した内心を敢えて胸の内にしまう。

 そして何事もなかったかのように話を続ける。今はまだ触れるべきではない、そう判断して。

 

「はっはっはっ… すみませんねぇ。それで、今後の方針について相談したいのですが」

「うーん… 私に相談するまでもなく、既にある程度の方針は定まっているのでは?」

 

「耳が痛いですね… ですが誓って、仲間はずれにしていたわけではありませんよ」

「それくらいは分かってますよ。察するに、選択肢があるので私の意見も参考にしたいと?」

 

「ま、そんなところです。簡単に、今現在議題に上がってる意見について説明しましょう」

 

 そう言ってジェイドは、食堂に備えられたホワイトボードにサラサラと文字を書いていく。

 ……アリエッタに読み書きを教わってて良かった。セレニィは大天使に心から感謝した。

 

 ところどころつっかえながらの悪戦苦闘ではあったが、なんとかセレニィは解読に成功した。

 

「えーっと…」

 

 1.ヴァンや六神将に同行しローレライ教団を説得する。

 2.キムラスカ王国に戻って王や貴族に呼びかける。

 3.マルクト帝国に向かって皇帝に謁見しつつ呼びかける。

 4.それ以外(自由意見)

 

 まず選びたいのは「4.このままユリアシティでゴロゴロして全てが終わるのを待つ」だ。

 向かった面々は基本的に優秀な人々だ。雑魚がいなくても、なんとかしてくれるはずだ。

 

 しかし、そんなことを言ってしまったらどうなるのか? 追放か半殺しであろう。言えない。

 出来るだけ安全を確保しつつ、しかし仲間たちを説得できる方策を考えねばならないのだ。

 

「ユリアロードはダアト近郊に繋がっています。順当に考えるならば1ですが…」

「待ってください。まずは落ち着きましょう」

 

「おや、セレニィは反対ですか?」

「い、いや… 反対というわけじゃなくてですね。も、もう少しだけ考えさせてくださいっ!」

 

「ふむ… しかし、先ほど貴女が言ったとおり時間との勝負です。それはお忘れなきよう」

「は、はひ…」

 

 セレニィは内心で頭を抱え途方に暮れる。反対ですか、だと? 大反対に決まっている。

 何が悲しくてモースの巣にして、世界最大の宗教集団の総本山に飛び込まねばならないのか。

 

 彼女にダイナミック自殺をする趣味はない。そんな役割は髭にだけ任せておけばいいのだ。

 大丈夫。あの髭はなんだかんだと優秀だから、リグレットやアリエッタは守れるはずだ。

 

 しかしそんな命懸けの道中に、自分みたいな雑魚がうっかり混ざってしまったらどうなるか?

 『雑魚事故死』『なんで混じってたんですかねぇ…』など三面記事の見出しが脳裏に踊る。

 

 そしていつしか笑顔とともに振り返られるのだ。セレニィ? 悲しい事件だったね、と。

 

「(冗談じゃねー! 『思い出の人』になんてなってたまるか! 意地でも生き延びてやる!)」

「どうしましたか、セレニィ?」

 

「……いいえ、なんでもありませんよ。ジェイドさん」

 

 ジェイドの問いかけに対し、ニッコリ笑顔を浮かべながら余裕の表情で返事をするセレニィ。

 覚悟は決まった。ここは口車でもって、このドSをはじめとする仲間たちを騙し切るのみ!

 

「確かに理屈の上では1を選ぶべきだと思います。こちらにはイオン様もいますし」

「では、貴女も1に賛成と… そういうことですか?」

 

「いえ、ですが敢えて3を選ぶべきではないかと思います」

「3… マルクト帝国に向かうのですか? 意外ですね、貴女からそんな意見が出るとは」

 

「えー! ダアトを素通りするって言うのー?」

 

 不満を露わにしたのが、ダアトを故郷に持つアニスだ。イオンも怪訝な表情を浮かべる。

 ルークも口には出さないが、ヴァンとの合流を望んでいるのだろう。困り顔を浮かべている。

 

 他はキムラスカ行きを考えていた模様だ。そんな面々を見渡しながら笑顔で言葉を続ける。

 

「そういうわけではありませんよ、アニスさん。寄る分には構わないかと」

「じゃあ、どういうことー?」

 

「幸いというべきでしょうか、私たちは目立つ船もなく隠密活動にはある程度適しています」

「なるほど… 身分を隠して行動することも出来る、というわけですね」

 

「はい。都合によって、それを使い分けて行動できるのが私たちのメリットと言えるかと」

 

 セレニィのもっともらしく大した意味もないスカスカの言葉について、みんな考えこむ。

 だが吟味させてはいけない。このまま決めきるべきなのだ。モースの件を教訓にしなければ。

 

 謁見の間で決め切ることが出来なかったため、この事態を引き起こしているのだ。反省だ。

 そんな内心をおくびにも出さずに、彼女は笑顔のままいけしゃあしゃあと言ってのける。

 

「それに物事には順序というものがあります」

「……順序、ですか?」

 

「えぇ、非常時とはいえそれを無視するのはいかがなものでしょうか?」

「ふむ… どういったことでしょう」

 

「当然、マルクト帝国皇帝陛下への和平の件のご報告ですよ」

 

 既に形骸化した話をさも重要な大義名分のごとく言ってみせれば、ジェイドは溜息を吐いた。

 それは構わない。ここまでは予想の範疇… そして、ここからが勝負どころでもあるのだ。

 

 セレニィは気合いを入れて、しかし笑顔のままジェイドの言葉を今か今かと待ち構える。

 

「それについては、フリングス将軍から詳しい報告があるでしょう。二度手間です」

「フッフッフッ… ジェイドさんともあろう方が、まさかお忘れになってるとは」

 

「……どういうことですか?」

「そう睨まないでください。しかしですね、超重要人物を忘れていれば笑いたくもなりますよ」

 

「ほう…? まさか、イオン様のことでしょうか」

「はい、そのとおり! 和平の仲介役としてキムラスカとアクゼリュスに向かわれたね」

 

「……確かにイオン様の存在は大きいでしょう。ですが、それはダアトで発揮すべきでは?」

 

 よし、かかった! このドSは頭の回転が速いから、答えを察させると逃げる恐れもあった。

 そのため普段以上にアホの子を装うことで、彼自身で答えを出させるように仕向けたのだ。

 

 途中何度か呆れ混じりの溜息を吐かれほんのり傷付いたが、プライドは投げ捨てるもの。

 それもこれもここまで話を運ぶための布石だったのだ。さぁドSよ、我が手の平の上で踊れ!

 

「違いますよ、ジェイドさん。……その認識が、間違っています」

 

 ニヤリとこれまで以上の極上の笑みを浮かべる。……ちょっぴり邪悪な絵面かもしれないが。

 

「逆ですよ。……『だからこそ』、マルクトなんじゃないですか」

「どういう意味ですか?」

 

「現陛下は預言(スコア)に頼らぬ国政を掲げていらっしゃる… そう教えられましたが」

「えぇ、確かに。私が貴女の聞き取り調査で答えましたね」

 

「皇帝陛下はそれで良いでしょう。それに従う貴族も。では民衆は?」

「……なるほど」

 

「えぇ… 『預言(スコア)に見捨てられるのではないか』。そう思う方も多いかもしれませんね」

「……全ては貴女個人の推測に過ぎませんよ」

 

「全くその通り。……ですが、万が一炊きつける側がいたらどうなります?」

 

 それだけ言えば賢いコイツは理解できる。王都バチカルで起こったあの暴動を思い出して。

 タルタロスにいた自分の耳にも入ってたのだ。そこにいたコイツが知らないはずがない。

 

 だがそれだけでは決断できないだろう。ここで更に駄目の駄目を押さなければならないのだ。

 セレニィは使命感とともに更なる手札を切る。モース以上のジェイドのメンタルを信じて。

 

「キムラスカとの和平を結ぶために、かなり強硬な採決を進められたのでは?」

「……そこまで教えた覚えはありませんがねぇ?」

 

「ご安心を。これはただの下世話な推理… ですのでジェイドさんが返事する必要はありません」

「………」

 

「ですが、イオン様が陛下寄りの声明を出せば、多くの問題が払拭できるかもしれませんね」

 

 しばし悩んでから、ジェイドはナタリアへ視線を向ける。他人に頼るのはずるいと思う。

 

「……ナタリア殿下はどう思われますか?」

「そうですわね…」

 

「………(し、心臓に悪い)」

「………」

 

「間違った見解ではないと思いますわ。マルクトの内情に詳しい訳ではありませんけれど」

 

 セーフッ! ポーカーフェイスのまま、心の中で思いきり安堵の息を吐いて胸を撫で下ろす。

 そんなセレニィの内心を知ってか知らずか、ジェイドに向かってナタリアは言葉を続ける。

 

「キムラスカは、モースの影響力をほぼ排除できているはずですわ。そしてダアトは…」

 

 イオンをチラッと見てから言葉を濁したナタリアに対して、イオンは苦笑いを浮かべる。

 

「構いませんよ。僕はお飾りの導師として… いわゆる傀儡だったのは事実ですから」

「イオン様、そんなこと…」

 

「いいのです、アニス。確かにマルクト帝国にこそ僕のやれることがあるのかもしれません」

「……よろしいのですか? イオン様」

 

「えぇ、ジェイド。僕は、セレニィが示してくれた新たな道に乗ってみたいと思います」

 

 ただの傀儡と軽んじられ続けてきた導師は、しっかり前を向きながら自分で進む道を決めた。

 その姿には、常見せていたような柔和だが何処か頼りない弱々しい子供という印象はない。

 

 そしてイオンはその場にいる仲間一人一人しっかり見詰めると、頭を下げつつ口を開く。

 

「みなさん… どうか弱い僕に力を貸してください。お願いします」

 

 決意を秘めたイオンのその言葉に仲間たちがどのように返すかなど、記すまでもないだろう。

 

「(うんうん、(よき)(かな)(よき)(かな)。これで私の死亡フラグは回避できて、イオン様の立場も向上さっ!)」

 

 満足気に頷くセレニィ。彼女の道が、いかなる未来に続くのか… 敢えてこう表現しよう。

 それは『神のみぞ知る』ことであろう… と。

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