TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー   作:(╹◡╹)

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89.湧水洞

 翌日、一同は外殻大地へと繋がる転送ゲート… 通称『ユリアロード』前に集合していた。

 いよいよ出発の時がやってきたのだ。……全員を見渡して、ティアが静かに口を開いた。

 

「ここから先は一方通行… 戻ることは出来ないわ。みんな、やり残したことはないわね?」

「うぇっ!? う、嘘ですよね… どうしよう、なにか忘れてないかな…」

 

「勿論嘘よ。行き来自由じゃないと、ユリアシティが今日まで存続出来てるわけないじゃない」

「なっ!?」

 

「あはは… ティアもかなりお茶目さんですね。僕も一瞬信じてしまいましたよ」

 

 慌て出すセレニィの姿を存分に鑑賞してから、ティアは親指を立てて笑顔で言った。

 その言葉に唖然とするセレニィの姿に、一同は揃って吹き出した。からかわれたのだ。

 

 最近は何故か妙にいじられ役が板についてきている気がする。……面白くない。

 そう感じたままにセレニィは頬を膨らませブスッとする。まるで子供のようである。

 

「ごめんなさい、ちょっと悪ノリしちゃったわ。ホラ、飴あげるから機嫌を直して?」

「要りませんよ! 私は子供ですか!?」

 

「せーれーにぃー? そうやって膨れちゃうところが子供なんだよー」

「おやおや、アニスに言われてしまっては形無しですねぇ」

 

「ははっ… 果たして、セレニィは大人の余裕を見せられるのか? こりゃ見ものだな」

「オメーら、あんまりイジメてやんなよ…」

 

「ぐぬぬぬ…」

 

 機嫌を損ねたティアの頭を撫でようとする手を振り払い、その言い様に抗議する。

 しかしながら、その仕草はますますムキになった子供にしか周囲には映らない。

 

 からかい文句の集中砲火を浴びるばかりか、ルークやトニーには慰められる始末である。

 むしろかえって辛い。だが、ここで泣いたり怒ったりしてはドSどもを喜ばせるだけ。

 

 ズボンピチピチ野郎の口車に乗るようで癪だが、ここは大人の余裕を見せ付けよう。

 

「フ… フン、別にこのくらいのことは気にしませんけどねー?」

「流石はセレニィだわ。さ、転ぶといけないから私と手を繋いでいきましょう!」

 

「お断りします! ……ユリアロードって、これですね?」

「そうだけど… あ、待って。一人で進むとあぶな」

 

「だから、子供扱いしないでください! ……それでは、お先に失礼します」

 

 そう言って、セレニィはミュウを頭に乗せたままユリアロードの中に入ってしまった。

 その様子を見守っていたアニスが、苦笑いとともに口を開く。

 

「あちゃー… 面白かったけど、ちょっとからかいすぎたかなぁ?」

「はっはっはっ… まぁ、大した危険もないなら平気でしょう」

 

「どうしよう。い、急いで追いかけないと…」

「あん? どうかしたのか、ティア」

 

「ユリアロードはアラミス湧水洞という場所に繋がっているのだけど…」

「ダアト近郊のあそこですね。なるほど、僕も話には聞いたことがあります」

 

「……結構強い魔物が出没するのよ」

 

 珍しく青褪めながらつぶやいたティアの言葉の内容に、周囲には沈黙の帳が降りた。

 ややあって、乾いた笑みを浮かべながらガイが言葉を紡いだ。

 

「はは… まぁセレニィは慎重な子だ。魔物を刺激せず大人しくしてるんじゃないか?」

「ガイ、それは難しいかと… セレニィはいるだけで魔物を刺激する存在ですから」

 

「! そ、そういえばトニーの言うとおりだったな。急がないと危ないかもしれない」

 

 セレニィには魔物を引き寄せる性質がある。なんでも美味しい匂いがするそうだ。

 最近忘れられがちなマイナス設定である。つくづく厄ネタしか存在しない存在である。

 

 ジェイドは肩をすくめて、溜息を吐きながら口を開いた。

 

「やれやれ、全く世話をかけさせますねぇ… 仕方ありません、急ぎましょう」

「いや、大体ティアとアニスとジェイドのせいだからな?」

 

「もー! そんなこと言ってる場合じゃないですよぅ! 早く追っかけないとっ!」

「それが… 一度使用したら、再度利用できるまでに少し間が空くの」

 

「なるほど… 確かに、行き側と帰り側が同時に使用したら問題があるもんな」

「チッ… あんまり無茶してんじゃねーぞ、セレニィ」

 

「今は彼女を信じましょう。きっと、無事であると… 僕もそう信じます」

 

 ユリアロードが再度利用できるようになり次第、面々も急いで後を追うことにした。

 

 

 

 ――

 

 

 

「オラァッ! 紅蓮襲撃ッ!」

 

 炎をまとったルークの蹴りが、二足歩行のトカゲのような魔物を吹き飛ばす。

 

「っし! ……ふぅ、これで全部だよな?」

「えぇ… まさか、入って早々襲いかかられるとは思いませんでしたわ」

 

「本来魔物ってのは、実力差を敏感に感じ取るもんなんだけどな…」

 

 ナタリアの言葉に、ガイが不思議そうに続ける。

 それらの疑問にジェイドが言葉を返す。

 

「そうですね。好戦的であることを差し引いても、集団を襲うことは少ないはずですが」

「そうね… 私がここを通って襲われるのも、大体一人の時だったし」

 

「それより、セレニィはどこ! 姿が見えないけど、ひょっとしてもう…」

「いえ、それはないでしょうアニス。そうであるならば魔物はここまで興奮してない」

 

「ホント? ホントだよね? 信じたからね、トニー!」

「えぇ、自分が保証します。ですから、彼女を助けるためにも気をしっかり持ちましょう」

 

「後悔も嘆きも後で。とにかく、進みましょう… セレニィならきっと無事よ」

「ティア、それはいつもの『勘』ですの?」

 

「『勘』? ……ただの既定路線よ。だって、セレニィだもの」

 

 湧水洞内の魔物は未だ興奮している。

 

 ならばきっと、セレニィとミュウは今も無事に逃げ回っている最中だろう。

 そう結論付けてはみたものの、危機的状況ということには変わりはない。

 

 オマケに興奮した魔物が、力量差も考えず襲いかかってくることを意味するのだ。

 セレニィを探すための足を止められることは必定だ。

 

 とはいえ、選択肢は一つだ。

 一同は、ティアの言葉に頷きつつ先に進むのであった。

 

 

 

 ――

 

 

 

 一方、セレニィはどうなったであろうか?

 

「ひぇえええええええええええ!?」

 

 ミュウを頭に乗せて一人で湧水洞を駆け巡っている。

 どうやらまだ無事のようである。しぶとい。

 

 本来ならば、魔物の気配があった時点でユリアロードに取って返すのがセレニィである。

 しかし、ゲートの上に乗ってみてもうんともすんとも反応しない。

 

 ボサッとしてる間に魔物は増え続ける。

 ならば一か八かと、魔物の少ない奥に向かって駆け出していくのは無理からぬことだった。

 

 天井部分からはところどころ光が差し込み、視界が利くのが不幸中の幸いか。

 とはいえ、絶え間なく続く大歓迎の雨あられに絶賛大後悔中であるが。

 

 セレニィの頭の上で、まるでアトラクションかなにかのようにミュウが楽しげに叫ぶ。

 

「みゅう! 魔物さん、一杯ですのー!」

「ぜぇ、はぁ… ミュウさん! 魔物のみなさんと交渉は出来ないんですかー!?」

 

「みゅ? みなさん『美味しそう』『絶対食べる』って言ってますけど、お話するですの?」

「よし、ないな! 全力で逃げましょうか!」

 

「ですのー!」

 

 理性ある交渉? 知らない子ですね… と、ばかりにセレニィはギアを上げる。

 一層喜びの声を上げるミュウに、気楽なものだと内心で恨めしげに思う。

 

 相手は本能やら食欲やらに支配された魔物だ。口車など通じない。

 互いに交渉する余地など、存在するはずがなかったのだ。泣きたい。

 

 そこへ来ると、ライガの女王様の話の分かりっぷりは神がかってたね。マジで。

 全魔物は見習って欲しい。セレニィは心の底からそう思つつ、ひたすら駆けまわる。

 

 しかし、そろそろ背後からの圧力がヤバいことになってきている。

 どうしたものか… 焦りながら考えているとちょうど良い出っ張りが見えてきた。

 

 鍾乳洞とかで見かける、地面から伸びているように見える石… 石筍(せきじゅん)である。

 

「はぁ、はぁ… 間に合うか? いや、間に合えちくしょー!」

「どうするんですの? セレニィさん」

 

「ちょっと考えがあります。ミュウさんは火を噴く準備を… ぜぇはぁ」

「? 分かりましたですのー!」

 

「くそっ、脇腹いてー…(慌てるな、落ち着け… 落ち着け…)」

 

 ロープを取り出す。いやいや、こっちじゃない。油を染みこませてた方の… こっちだ。

 慌てず騒がずロープを取り出し、わな結びをする。カウボーイでお馴染みの結び方だ。

 

 緊張と恐怖と走っていることによる疲労で心臓がバクバクする。手が震える。

 大丈夫、大丈夫… きっとできる。自分にそう言い聞かせ、なんとかわな結びを完成させる。

 

「よし! これを…」

 

 太めの石筍(せきじゅん)の先端に引っ掛けて、そのまま道の反対側にかけていく。

 なんか適当なのは… よし、ちょうど良い太さの石筍(せきじゅん)発見! 君に決めた!

 

 これにもう片方の先端を結びつける。急げ、急げ… でも焦るな。無理でんがな!

 心中で一人ツッコミを入れつつ、セレニィは半泣きになりながら作業をする。

 

「セ、セレニィさん! もう魔物さんたちが追いついてきたですの!」

「も、もう少し… よし! ミュウさん、ロープに火を!」

 

「はいですの! ……ミュウファイア!」

 

 魔物の手がセレニィに触れようとする寸前、ボッと周囲が明るくなる。

 ロープが燃え出したのだ。

 

 彼女に手を出そうとしていた半魚人のような魔物は、炎の結界に遮られ慌てて手を引く。

 加えて、セレニィはちり紙代わりの古紙やら着火剤などの可燃物をつぎ込む。

 

「よっしゃ、思った通りこんなエリアに生息してる魔物です。火を恐れるようですね!」

「セレニィさん、すごいですのー!」

 

「はーっはっはっはっ! 結局無理やり持たされたフリフリの服もくべてやるぜぇ!」

「ですのー! ダメ押しのミュウファイアをしておきますのー!」

 

「足止めには充分でしょう。今のうちにさっさと出口までずらかりますよ、ミュウさん!」

 

 彼女は立ち上がると、後ろを振り返らずに駆け出した。

 相変わらず、姑息なことには全力投球である。

 

 そして駆け続けてしばらく… ようやく、出口と思われる光を確認した。

 出口近辺は大きな広間になっており、先程までのような濃密な魔物の気配もない。

 

 スピードを緩めてホッと一息をついたところ、事件は起きた。

 地面を響かせる音を立てて物陰から現れた魔物が、入り口に陣取ったのである。

 

「わーお…」

「ど… どうするですのー? 一旦戻るですのー?」

 

「戻ってどうするんですか。足止めだっていつまで機能してるわけでもないでしょう」

「でも、みなさんが追いかけてきてくれてれば…」

 

「その可能性に賭けたいところですが、外れだった場合は確定で死にますしね」

 

 ディストに与えられた棒を伸ばして、身構える。

 半魚人っぽくはあるが、先ほどのそれより一回りも二回りも大きい。恐らくはボス格か。

 

 得物を手ににじり寄り、殺意満点にセレニィとミュウを見詰めている。

 

「隙を見て、なんとか逃げ出したいところですけど…」

「けど?」

 

「多分、背中見せたら死にますよねー… あはは…」

「みゅううう!?」

 

「私程度じゃ片手間で相手できるような魔物じゃないでしょうし… あれ、詰んだ?」

 

 苦笑いを浮かべるセレニィ。

 

 胃がキリキリ痛んでくる。ユリアシティで胃薬を補充しておいて良かった。

 いや、死んだら胃薬もなにもないんだけど。

 

 泣きたい。全力で泣きたい。

 でもここで自ら視界を防いだら、死亡率99%が100%に格上げだ。

 

 自らの不運は今に始まったことではない。錯乱しないだけ状況はマシだろう。

 ならば仕方ない。溜息をつきつつ、棒を肩に担いで魔物に手招きをする。

 

「ひっじょーに気は進みませんけれど、相手をしてあげますよ…」

「セレニィさん、勝てるですの?」

 

「なんとか時間を稼ぎつつ、応援が来るのに一縷の望みをかければ… ワンチャン?」

「……それ、ほぼ死んでしまうですの?」

 

「物分りが良くなりましたね、ミュウさん。ガッカリしました?」

「いいえですの。『いつもどおり』って分かって安心しましたですのー!」

 

「『いつもどおり』ってゆーなー!?」

 

 お気楽なチーグルにツッコミを入れながら、戦闘に向けて頭を巡らせる。

 ミュウとの軽口が、知らぬうちにガチガチに緊張していたセレニィの身体を解きほぐす。

 

 それに気付いて、内心で感謝しつつもそれを口に出さずに溜息をさらに一つ。

 

「ふぅ… ま、仕方ありませんね。やるだけやりますか、私たちらしく」

「ですのー!」

 

「グワォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!」

 

 セレニィは棒を中断に構えて、『絶望』に立ち向かう。

 

「(大丈夫… ライガの女王様のプレッシャーよりはずっとマシ…)」

 

 仲間たちは間に合うのか、それとも…

 

「大丈夫。いける、いける… って、やっぱこわっ!?」

「みゅう! セレニィさん、しっかりですのー!」

 

「いやぁあああああああ! 死にたくないぃいいいいいいいいいいいいっ!?」

 

 ……やっぱり無理かもしれない。色々と。

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