TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー 作:(๑╹◡╹)ノ
ここはローレライ教団の総本山・ダアト。その象徴たる大教会の礼拝堂内部である。
普段は導師や詠師らが、壇上からありがたい様々な言葉を発しているのであろう。
時にためになる
それを拝聴するため押しかけるのが、大部分の敬虔なるダアトに住まう市民である。
当然本日も、少々趣きを異にするとはいえ多くの敬虔なる市民が詰め掛けている。
だが彼らの視線の先に詠師はいない。まして行方不明の導師イオンがいるはずもない。
では何故この場に集まって、熱のこもった視線を向けているのか? 答えは簡単だ。
最近このダアトで人気を博している演劇が、これより始まろうとしているからだ。
もとより素人の演じる芝居、少々粗が目立つのはご愛嬌なれど娯楽の少ないご時勢だ。
人々が無聊を慰めようと期待を胸に詰め掛けるのも、また無理からぬことであろう。
……その中心に立たされるセレニィにとっては、とばっちり以外何物でもないが。
「お待たせしました。これより舞台を開演します!」
わぁっ! と、歓声が沸き上がる。続いて舞台の開演を告げられる。
こうなった以上は、逃れることも隠れることも出来はしない。
「(どうしてこうなったし…)」
少女は自問自答しながらも、群衆の喝采の狭間でここに至る状況を振り返っていた。
――
第一陣のイオン・アニス組、第二陣のアリエッタ組に少し遅れる形でダアトに入る。
街に入って確認したのは、まず市井の人々の表情。……笑顔が喪われてはいない。
しかしながら、拭いきれぬ不安や焦燥感もまた感じる。イオンがいないからだろうか。
「ひとまず、普段通りとは言わないまでも街も落ち着いているようね。けれど…」
「えぇ。やっぱり、どこかしら怯えと不安があるように見受けられますわね」
「精神的支柱たる導師が姿を見せない状況では、不安も当然っちゃ当然でしょうね」
無理矢理暴動を引き起こしてイオン様を攫ったドSは、やはりギルティであったか。
そんなことを考えつつ、ティアやナタリアらと会話をしながら街を進むセレニィ。
そんな彼女らの前を走りながら横切ろうとした一人の少年が、派手に転んでしまった。
それが自分の目前で起こったものだから、セレニィも思わず手を差し伸べてしまう。
少年は膝小僧を擦り剥いて、血をにじませている。そして、その瞳は涙に潤んだ。
慌てたのはセレニィの方である。こんなところで泣かれて注目を集めたくない状況だ。
自分本位な内心を押し隠し、手を差し伸べた以上しょうがないとフォローを試みる。
「痛くない、痛くないですよー… 一人じゃありませんよ。私がついてますよー?」
「……う、うぅ」
「おー、我慢できる強い子ですね。凄いなー、君は強くて偉い子なんですねー?」
よし、なんとか注目を集めずに宥められる。そう安堵した時に後方から声がした。
……言うまでもない、ティアとナタリアである。
「まぁ! 血が出てますわ! 早く治療してあげませんと!」
「えぇ。痛みはどうしようもないけど、傷を塞ぐくらいなら私たちでも出来るはずよ」
「(ちょ… せっかく宥めていた痛みを自覚させんなし! ド迷惑コンビ!?)」
彼女らはゴリラと腐女子ゆえ、人の気持ちが分からないのは仕方ないかもしれない。
少年の表情を確認すると、そこには決壊寸前のダムのように涙をためた瞳がある。
セレニィが「……あ、これはアカン」と覚悟を決めたその時、一つの声が割って入る。
「あぁ、ほらほら… この子ったら。お兄ちゃんなんだからもう泣かないの」
「ふぐ… だって、だってぇ…」
「ごめんよ、そこのお嬢さん方。やんちゃ盛りなモンで手をかけさせて」
「あ、いえ… その、こちらこそ何も出来ずに…(親御さん、ナーイス!)」
「あの、せめて傷の治療だけでも…」
「アンタ、
「……ボク、つよいからこのくらいガマンできるもん。へっちゃらだもん」
少年はどうやら本当に強かったようだ。決壊寸前から見事持ち直し涙を引っ込める。
恐らくティアとナタリアという美少女を前に、男の見栄を張りたかったのだろう。
うん、外見だけは美少女だもんね。同じ男としてその気持ちは痛いほどよく分かるぜ。
セレニィはそんな少年に勝手にシンパシーを感じ、無言のまま笑顔で親指を立てた。
そんな彼女に対して少年も、どこか照れくさそうに、しかし親指を立てて応える。
無言のまま、お互いにどこか斜め上にすれ違ってそうなエールを交わしつつ頷き合う。
「では、私たちはこれで… お騒がせしました」
「あいよ。観光客か巡礼者か知らないけど気をつけてね」
「はい、失礼しました」
そして頭を下げてその場を立ち去ろうとしたその時、親子の会話が耳に入ってきた。
「しかし、よく我慢できたね。えらいよ」
「うん! だって泣いてばかりの子は、『セレニィが食べにくる』んでしょ?」
「あっはははは! そうだよ、よく覚えてたねぇ」
「OK、ちょっと待とうか」
なんか聞き捨てならない言葉が飛んできた。
セレニィたちが思わず足を止め振り返ってしまうのも、無理からぬ話といえるだろう。
このままでは注目されかねないと先を急ごうとしたことも忘れて、思わず問い質す。
「あの… どういうことですか? その、セレニィが云々って…」
「おや、知らないのかい? 最近になって出回りだしたお話さ」
「えっとね。悪い子にしてたらセレニィってお化けが食べに来るんだよ!」
「どういうことだ、おい…」
「ちょっと、セ… ううん! アレを見て!」
「なんですか、ティアさん。今それどころじゃ…」
「いいから!」
必死な様子のティアに釣られ、セレニィは仕方なく彼女の指し示す方向を見やる。
そこには一枚の張り紙が壁に貼り付けられていた。
「ただの張り紙じゃないですか。そんなの…」
「いいから内容を見て!」
「……内容?」
その必死な様子に反論を引っ込めて、言葉通りに目を凝らす。
そこにはどこか見覚えのある人相の悪い少女の似顔絵とともに、こう書かれていた。
『この者、大悪人セレニィ。導師を拐かし、マルクト並びにキムラスカを操る者なり』
「………」
「そんな、これって… 一体どういうことですの!? どうしてセレ」
「ナタリア、今その名前を出すのは不味いわ。……えぇ、きっとね」
思わず激情のままに言葉を紡ごうとしたナタリアの口を、ティアがそっと手で塞ぐ。
普段が普段だけあって、逆境への対処は素早い。その勘も相俟って最適解を選択する。
しかしながら、今この場で誰よりも深く激しく動揺を示しているのがセレニィだ。
そのあまりの衝撃に言葉を失っており、顔からは血の気が引いて蒼白になっている。
「こ、これは…」
「あぁ、それかい? なんでもその『セレニィ』ってのがイオン様を攫ったらしいよ」
「キムラスカの王様も操られて、モース様を追い出しちゃったんだって!」
「観光客や巡礼者だったら知らないのも無理はないさね。ここ数ヶ月の話だしね」
親子の言葉を引き金に、群衆たちも口々に『セレニィ』の悪行とやらを口にし始める。
「なんでも数ヶ月前の暴動も、『セレニィ』ってのが糸を引いてたんだろ?」
「あぁ。マルクトの“
「それで良いようにキムラスカの王様を丸め込んだって話じゃねぇか。酷ぇもんだ」
「せめてイオン様だけでも無事に帰して欲しいもんだねぇ。……おいたわしや」
「戦争が始まるかもって噂が本当なら、何もかもこの『セレニィ』のせいだよな」
まるで堰を切ったように、市民の間から口々に響き渡る『セレニィ』への怒りや不満。
なんてことはない。市民に宿る不安や焦燥感の原因は、徹頭徹尾それであったのだ。
とどまることを知らない自身への悪評を浴びて、セレニィはフラフラと街中へ歩き出す。
市民たちはもはや『セレニィ』を罵ることに夢中で、少女の動向など気にも留めない。
一刻も早く離れたかった。……そう、間違いなく自分へと向けられた罵詈雑言から。
ティアとナタリアは通りの人混みに逆らいつつ、セレニィに必死に付いていこうとする。
「ちょっと、セレ… あぁもう! 勝手に動いてしまっては危険ですわよ!」
「大丈夫、ナタリア。まずは見失わないように、落ち着いて追いましょう」
「でもティアは心配ではありませんの!?」
「心配よ。だからこそ、誰よりも… あの子自身よりも今は冷静でないといけないわ」
「っ! ……そう、ですわね」
悔しげに俯きながら、ナタリアは以降は無言でセレニィを見失わぬように後を追った。
ナタリアの隣に並ぶティアもまた、セレニィの背中を真っ直ぐ見つめつつ思いを馳せる。
「(セレニィ… 信じているわ。あなたなら、きっと立ち直れるって。でも…)」
茫洋とした足取りのまま街中を進む少女の姿を見て、己が拳をギュッと握り締める。
「(万が一の時は、私が支えになるから)」
――
セレニィはダアトの街をフラフラと回りつつ、聞くともなしに人々の話に耳を傾ける。
「セレニィは、この大陸に戦争を起こそうとしてるって話だ。くわばらくわばら…」
「イオン様を攫っただけじゃ飽きたらず、各地で散々あくどいことをしたらしい」
「マルクトの最新型戦艦を使い、我らダアトが誇る
「キムラスカじゃ政治顧問のモース様を邪魔に思って、冤罪を着せて追放したとか」
「アクゼリュスを崩落させたのも、実はセレニィってヤツの仕業だって聞いたぞ」
「イオン様の安否がようとして知れないのもセレニィのせいだったのか…」
「俺は見た! 巨大化したセレニィが、アクゼリュスを物理的に崩落させたのを!」
「なんだって! それは本当かい!?」
「夕暮れ時、大きなマスクをしたセレニィが『ワタシキレイ?』と聞いてくるらしい」
「路地裏でゴミ箱漁っている犬に『あっち行け』と言ったらソイツはセレニィ顔だった」
「マジかよ! セレニィ最低だな!」
途中から、なんだかよく分からない妖怪あたりと一緒にされている気がしてくるが。
ともあれ散々な言われようである。そして、驚くほど見事に街の隅々まで浸透している。
「………」
一方でセレニィはといえば、それら自身に向けられる言葉の数々に無言を貫いている。
何を思っているかは想像する他ないものの、重苦しい空気をまとっているのは確か。
しっかりと後をついてきているティアもナタリアも、容易には声を掛けられないでいた。
「(これは… 一体どういった感情なんだろう?)」
一方当の本人は、茫洋とした足取りをしているもののショックは今や然程大きくない。
むしろキリキリ痛みを訴える胃とともに、何事かを考え込んでいる様子ですらある。
セレニィ自身、己の感情を測りかねていたのだ。処理できないモヤモヤが溜まってくる。
胃が痛むのはいつものこと。言ってて悲しくなってくるのだが事実なので仕方がない。
「(善良なる市民のみなさんに好き放題言われて悲しいのかな… いや、ないか)」
一瞬浮かんだ考えを即座に打ち消し、軽く微笑を浮かべる。全くもってありえない。
セレニィは、思考回路が自己の保身に特化した小市民である。己の評判などは二の次だ。
確かに萌えている美女や美少女に嫌いと言われれば、三日程度は立ち直れないだろう。
逆に言えばそうした対象でない他人にあれこれ言われようと、さして気にならない。
生活に余裕のある世界ならまだしも、『
明らかに妖怪じみた扱いを受けてるとか、そういう意味でのツッコミどころはあるが。
まぁ、そこはそれ。不本意ではあるのだが流すしかないだろう。ツッコミ不在なら。
セレニィはツッコミ芸人ではないのだから、ツッコミ不在のこの状況を嘆くべくもない。
「(それならこんな風に『敵』として認知されて絶望している… とも、違うか)」
では保身的に危機を感じ取ったのだろうか? だが幾分冷えた頭でもう一度打ち消す。
確かに人相書きを貼られて悪人にされている現状は、『危険』だとは言えるだろう。
しかし、『絶望』にはまだ遠い。セレニィは小心者だが諦めの悪さは天下一品でもある。
口八丁手八丁で保身に走って、それでも足りなければヴァン辺りに押し付けて逃げる。
それくらいは平気でする人間である。動く前に諦めて絶望するなど彼女らしくない。
「(むむむ… だったらこれはなんなんですかねー)……おや、この建物は?」
であれば、このモヤモヤは一体なんなのか? キリキリ痛む胃を抱えて腕を組み考える。
ふと気付けば、目の前に大きな建物がそびえ立っていた。ダアトが誇る大教会である。
このように立派な教会などセレニィは日本にいた頃も見たことがない… 気がする。
思わず立ち止まり、ボケッと見上げていると後ろからやってきた一団に突き飛ばされた。
「あうっ!?」
「すまない、嬢ちゃん! もうすぐ劇が始まるってんで急いでて!」
「あ、いえいえ… 劇ですか?」
「おう! っと、こうしちゃいられない! 早く席を取らなきゃな… 悪かったね!」
「……あ、はい」
去っていく一団を呆然と見送ったその時、不意の突風がセレニィのフードを揺らした。
不味い! そう思う暇もあればこそ、風はフードをめくり上げその銀髪が顕になる。
衆目に晒されたセレニィの銀髪は、周囲から奇異の視線を以て迎えられることとなった。
それは必然であろう。教団に楯突いて、世間を騒がす大悪党と同じ特徴の髪色なのだ。
例えセレニィ本人だと思わずとも、今現在は良いイメージを抱かれるものではない。
慌ててフードを被り直してその場を離れようとするセレニィであったが、一歩遅かった。
その手をしっかりと掴まれた。慌ててその方向を見上げれば壮年の男性が立っている。
「!」
「なんてことだ。こんなにもすぐに見付かるなんて」
「あ、あの…」
「君がセレニィ… 特徴にぴったりだ!」
「ひっ…」
男のその言葉に周囲のざわめきが大きくなる。
彼は真剣な眼差しでセレニィの前に立った。決して逃しはしないという意志を秘めて。
万事休すか… 振り切って逃げるにもこの衆目。セレニィは打つ手を必死に考える。
ティアとナタリアが駆け付けようとした時、男は身構えるセレニィに大きく頭を下げた。
「頼む! 開演まで時間がないんだ! 代役をお願いしたい!」
「……はい?」
「いや、役者が急に来れなくなってしまってね! これぞユリアの導きか!」
何を言っているんだろう? この男は。
セレニィは訝しんだ。
「なんだ、ただの役者だったのか…」
「そりゃそうよ。こんなトコに本物がいるわけないでしょ」
「まったくもって。いや、焦った焦った…」
周囲の人々は口々にそう言って離れていく。……ごめんなさい、多分本物です。
そんなことを言えるはずもなく、セレニィは事態の趨勢を前に硬直していた。
そこに何を感じたのか、目の前の男は一層笑顔を深くして彼女を引っ張っていく。
「さぁ、そろそろ始まる時間だ。後で少ないがお礼もするから頼むよ」
「え? あの、ちょっと…」
「みゅみゅう! ボク、劇は初めてですのー! 楽しみですのー!」
「ちょっ、ミュウさん!?」
「ははは、チーグルの子もいるのかい? ご期待に沿えるよう張り切ろうじゃないか!」
「ですのー!」
「おい。聞けよ、おい… 聞いてくれませんか?」
張り切る一人と一匹に引き摺られる形で、セレニィは大教会へとテイクアウトされた。
人混みに邪魔をされて、それを止めることがついぞ叶わなかったナタリアが歯噛みする。
苦々しい表情でティアも彼女の横に並ぶ。
「なんてこと! セレ… ゴホン、が連れて行かれましたわ!」
「……困ったことになったわね」
「ど、どうしますの?」
「とにかく一緒に中にはいりましょう。いざとなったら…」
「えぇ、わたくしたちであの子を助けましょう!」
二人は頷き合い、そして大教会の礼拝堂へと入っていった。
――
かくしてセレニィはその壇上にて、モース役の役者と向かい合って今に至る。
「(思い出せば想像以上にしょうもない理由で引き立てられてるし…)」
オマケに観客からは合いの手や野次が飛んで来る。
「いいぞー! モース様ー! セレニィをやっつけちゃってー!」
「悔い改めろ、この魔女めー!」
「うぇーん、ママー! セレニィ怖いよー!」
怪獣扱いである。泣きたいのはこちらの方だ… と、痛む胃を抑えつつ苛々する。
……そこで、ふと理解した。
「(あぁ… なるほど)」
先程から心中に占めていた、このモヤモヤの正体に。
「(そうか、そうか… そういうことだったんですねぇ)」
それは、『悲嘆』でも『絶望』でもなく… 『憤怒』であった。
「(なんで自分ばかり責められるのか…)」
そんな鬱屈した想い… 『不満』の火が、彼女の中に燻っていたのだ。
……概ね自業自得なのであるが、そんなことは知ったことではないとばかり彼女は怒る。
責められるなら、自分じゃなくてドSやヒゲだろう。何故こんな雑魚に注目するのか。
「(誰のせいでこんなことに…)」
そこまで考えて、ふと目の前のモース役の役者の姿が目に映る。
「例え貴様が如何なる企みを胸に抱こうとも、ユリアは見守っておられる!」
「………」
「貴様の悪事を、正義は決して見逃したりはしない! 悔い改めよ、セレニィ!」
どうやら黙っていたのをいいことに、断罪のシーンのクライマックスのようだ。
……口角が持ち上がるのを抑えられない。
「正義、ですか… くふふふふ」
ここに来て漸く口を開いたセレニィ役の本人の姿に、観客はどよめきの声を漏らす。
かくて道化として招かれた即興劇の舞台で、彼女の八つ当たりという名の反撃が始まる。
そこに『憤怒』はあれど『正義』はありはしない。……人、それを『逆ギレ』という。
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