TALES OF THE ABYSS外伝ーセレニィー   作:(╹◡╹)

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96.焦燥

「はぁ、はぁ… はぁっ!」

 

 セレニィは焦燥していた。

 

 これは教団のいかついお兄さんたちに連行されたことによるものなのか?

 いやいや、然に非ず。

 

 彼女にとって、捕まって拘束されることはもはや特筆するに値しない日常。

 慣れたものなのである。全く、これっぽっちも自慢にならないのだが。

 

 捕まった瞬間こそ頭が真っ白になってしまい、泣き言の一つ二つは叫びはした。

 しかし立ち直るのも一瞬のこと。

 

 この切り替えこそが彼女の長所でもあり短所でもあるのだが、さておき。

 彼女はすぐさまあれこれと思案を巡らし始めた。

 

 セレニィの懸案事項… それは、この一件が終わった後の仲間の反応である。

 

『やれやれ… 貴女という存在は、ちょっと目を離すとすぐに(さら)われますねぇ?』

『ぐぬぬ…』

 

『いくら(さら)われることが貴女のライフワークにせよ、(いささ)か度が過ぎてませんか?』

 

 眼鏡の軍人の発する嫌味に、歯を食いしばって耐えることしか出来ない自分。

 

『まぁ、アレだよな。その、なんつーか… ちょっと攫われ過ぎだよな?』

『いや、すまない。ちょっと、俺もフォローできないかな』

 

『今度から勝手にどこか行かないように首輪をつけるのはどうかしら?』

『まぁ、素敵ですわ! おはようからおやすみまでしっかり見守るのですわね!』

 

『あれあれ? セレニィさんの基本的人権は何処にフェードアウトしちゃったのかな?』

『そうと決まれば早速鍵付きの立派な首輪を買いに行きましょう! ね?』

 

『もしもーし? ちょっと誰か助けてくださいよプリーズヘルプミー… おーい…』

 

 良識派で常識人の赤毛の青年や金髪の青年もフォローに苦しむ始末。

 そうこうしているうちに巨乳ゴリラがトンデモ提案を吐き出し、王族がそれに賛同する。

 

 他の面々は立場上、引き摺られていく自分を気の毒そうに見守ることしか出来ない。

 ドナドナ… もといゲームオーバーである。彼女の冒険はここで終わってしまうのか?

 

 ……否、断じて斯様(かよう)な未来を迎える訳にはいかない。

 逆転の発想をしろ。死中にこそ活路はあるはず。あると良いな、うん。

 

 この逆境を逆手に取って、教団の情報をすっぱ抜くのだ!

 そうして自分の存在意義を示し、セレニィを捨てるのは間違いだと彼らに再認識させる。

 

『おやおや… これだけの情報を取ってくるとは。流石ですねぇ、セレニィ』

『フフン、分かれば良いんですよジェイドさん。いえ、眼鏡掛けさん』

 

『はっはっはっ… あまり調子に乗っていると、その愉快な頭に風穴を開けますよ?』

 

 いやいや、なんで楽しい想像の中でデスフラグを踏み抜かないといけないのだ。

 頭を振りつつ、彼女は再び楽しい想像を試みる。

 

『流石セレニィ! さすセレ!』

『セレニィ最高!』

 

『やっぱりセレニィがナンバーワン!』

 

 うん、なんか急に語彙が貧困になったがまぁ上出来だろう。彼女は一つ頷いた。

 

「(そう、これです! これしかない…っ!)」

 

 そう決意してからの彼女の動きは素早く、まさに見事の一言であっただろう。

 

 自身の体躯の矮小さを逆手に取り、巧みに視界から外れ気配を殺してそっと離れる。

 そして充分に間を取ったと見るやいなやバッとその身を翻して、駆け出したのだ。

 

 彼女の目論見は成功し、教団のいかついお兄さんたちは止める暇もあればこそ。

 セレニィの小さな背中をあっという間に見失ってしまい、今に至るというわけである。

 

 拘束は既になく、ミュウと二人で追手も物の見事に()いているこの状況。

 なのに何故彼女は焦燥しているのか?

 

 彼女の表情を見るに見かねてミュウが口を開く。

 

「セレニィさん、ひょっとして…」

「……うん。その、迷っちゃったかも?」

 

「みゅう…」

「いや、だって仕方ないじゃないですか。……ここが広すぎるのが悪いんです!」

 

「お、落ち着いて欲しいですの! 静かにしないと見つかっちゃうですの!」

 

 そう… 彼女たちは実にしょうもない理由で自ら窮地に陥っていたのである。

 

 とはいえ世界唯一の宗教組織の総本山。その象徴たる大教会である。

 初めて訪れたこの場所を迷わず進めという方が無理がある。

 

 ミュウに指摘されて、セレニィもしまったという表情を浮かべて口を噤む。

 静かに耳を澄ますこと暫し… 辺りに騒ぎに対する反応はないようだ。

 

 周囲に人の気配がないとみるや溜め息を吐いて、潜めた声とともに言葉を紡ぎ始めた。

 

「……すみません。私の判断ミスのせいでミュウさんまで巻き込んでしまって」

「ボクのことはいいですの。でもピンチの時こそ落ち着いて欲しいですの」

 

「(ミュウさんマジ天使! そう、ピンチの時こそ落ち着いて… 落ち着いて…)」

 

 彼女は努めて冷静になろうと試みる。

 試みるのだが… 彼女が冷静さを失い焦燥しているのには、もう一つ理由があった。

 

「(落ち着いて、トイレに行きたい…っ!)」

 

 セレニィ、半泣きである。

 

 ダアトに到着してすぐに妙ちくりんな張り紙に踊らされ、案内されるまま舞台出演。

 それが終われば直でいかついお兄さんたちに連行されてしまったのだ。

 

 ちょっとばかり休憩して用を足す暇などありはしない。

 彼女は迫りくる尿意を自覚してからは、必死にそれに抗っていた。

 

 そのへんで適当に垂れ流すのには流石に抵抗がある。旅途中の野宿とは違うのだ。

 まして、小用の痕跡で隠れているところを発見されたら間抜けにも程がある。

 

 万が一にもそれを仲間たちに知られてしまった日には、一生立ち直ることは出来ない。

 それを防ぐためには…。

 

「是が非でも、見つけ出さねばならない…!」

「セレニィさん、燃えているですの…!」

 

「ええい、クソ。忌々しい、トイレ以外の全てを燃やし尽くしてやろうか…!」

 

 邪悪なことを口走りながら彼女は走る。楽園(トイレ)を求めて。

 

 果たして、いくつの階段を昇って降りたのか。

 彼女自身も分からなくなる頃、漸く彼女たちは生活臭の漂うエリアへと到着した。

 

 そして目の前に見えるはトイレのマーク。

 セレニィにはそれが神々しく輝いて見えた。あれこそ楽園の入り口なのだと。

 

「ありがとう、神様!」

「よいしょ、と」

 

「セレニィさん、前っ! 前ですのっ!」

 

 喜び勇んで駆け込もうとする彼女の前に、曲がり角からひょっこりと人影が現れた。

 

 人影は何やら書類の束を抱えていて前方不注意な様子。

 セレニィは無論、この状況でトイレ以外のことに目が入るわけもなく。

 

 当然の帰結として… 二人と一匹は正面衝突する羽目と相成った。

 

「わひゃあっ!?」

「きゃっ!」

 

「みゅみゅうっ!?」

 

 互いに尻餅をつく形で向かい合う。

 

 人影の正体はといえば、やや吊り目がちではあるが顔立ちの整った美人。

 とはいえ今は予想もしない衝撃を受けて、痛みに眉を顰めているが。

 

 他方、セレニィは普段ならば目を奪われるであろう美人さんを前にしても無言を貫く。

 そして一条の涙を零して、蚊の鳴くような小さな声でこう呟いた。

 

「……神は死んだ。死んだのだ」

 

 

 

 ――

 

 

 

 一方その頃、教団の外では旅の仲間たちが額を寄せ合い思案していた。

 ジェイド、トニー、ルーク、ガイ、ティア、ナタリア、イオン、アリエッタ。

 

 旅の面々の中で今この場にいないのはアニスだけである。

 残った面々はそれぞれ表情の差異はあれど、皆一様に口をキュッと結んでいた。

 

 そこにアニスが戻ってくる。とはいえ彼女に期待した明るい表情はない。

 ダメだったかと内心で落胆するものの、確認しないわけにはいかない。

 

 ジェイドはアニスに向かって口を開いた。

 

「働きかけの方はどうでしたか? アニス」

「……ごめんなさい。パパやママの口添えでも無理だった」

 

「ふぅむ… やれやれ、困りましたね」

「でも、その… なんか変だったの」

 

「変? アニス、そりゃ一体どういうことだ」

 

 腑に落ちない表情を浮かべながら付け加えるアニスに、ルークが問いを重ねる。

 アニスもルークを見つめ返しながら、考えが纏まらないまま自身の違和感を口にする。

 

「その、なんというか… 衛兵さんは知ってる人なんだけど様子が違ったっていうか」

「何か怪しげな術にかかっているとか、そういうものですの?」

 

「じゃなくて、なんていうのかな。普段だったらある程度は融通きかせてくれるんです」

「ふぅん… つまり、アニスやご両親は彼らにも顔が利くってことかい?」

 

「そう、そうなのガイ。パパとママは騙され易い借金持ちだけど信心深さも有名なの」

 

 なるほど。

 一介の村落ならいざ知らず、この宗教都市で名が知れ渡るほどの信心深さだ。

 

 なのにけんもほろろというのは、確かに少々腑に落ちないものがある。

 普段から顔見知り、かつある程度の気安さを持った仲であるならば尚更だ。

 

 ジェイドは眼鏡を持ち上げ深呼吸をし、思考をクリアにしてからアニスに声をかける。

 

「アニス、もう一度詳しく断られた時の状況を教えてもらえませんか?」

「あっ、はい。えっと『彼女は急に逃げ出してしまったので見つけ次第お返しする』」

 

「ふむ… 続けて」

「それで、だったら中に入ってこっちも探すってパパが言うと『今は通せない』」

 

「理由は尋ねましたか?」

「勿論。ママが聞いても『理由は言えません。後ほどご説明します』の一点張り!」

 

「……なるほど」

 

 そこまで聞いてジェイドにも、ひょっとしたら… と思い当たったことがある。

 なるべくなら当たって欲しくはない、と彼自身も思っているが。

 

「ジェイド。これは、ひょっとして…」

 

 だが、トニーも同様のことに思い至ったのか顔色を悪くしてジェイドに話し掛ける。

 彼の視線を受け止め、ジェイドは一つ頷いた。

 

「どういうことですか? 大佐、トニー。聞かせてください」

「セレニィに関係あることなんだろ。隠し事は抜きにしてくれ」

 

「お願い! セレニィのこと教えて、ジェイド!」

 

 ジェイドの推理が固まった気配を感じてかティアやルーク、アリエッタらが詰め寄る。

 

「(こと此処に至っては下手に隠す方が危ういですかね…)」

 

 そう判断して、ジェイドは口を開く。

 

「教団内部に何らかの危険が入り込んでいる、と判断されている可能性が高いです」

「えぇっ!? そ、それってセレニィの正体がバレたんじゃ…」

 

「落ち着いて、アニス。それにしては騒ぎが小さ過ぎる。自分は違う何かだと思います」

「トニーの言うとおりだと思いますよ。まだ彼女の正体がバレたとは思いません」

 

「じゃ、じゃあセレニィは大丈夫なの? ちゃんと帰ってくるの?」

 

 涙目で見上げるアリエッタの問いかけに言葉が詰まる。

 セレニィの正体がバレてないのは確実だろうが、彼女が逃げ出したのも同様だろう。

 

 つまり、セレニィは何らかの危険が潜む教団内部に迷い込んだということになる。

 ジェイドの沈黙をどう受け取ったのか、アリエッタが無言で人形を抱き締める。

 

 今この状況で、教団と揉め事を起こすわけにはいかない。

 ただでさえ綱渡りの外交を繰り返してきて、事態は逼迫した状況を迎えている。

 

 この外殻大地の存亡の瀬戸際なのだ。余計な火種を付けて回っては大事を為せない。

 それが理性的な判断であろう。

 

 そんな彼らの心の中を読み取ったイオンが決意を秘めた面持ちで口を開く。

 

「では、僕が…」

「ここは私の出番のようね!」

 

 しかし、ティアさんに遮られた。満を持した発言の機会が遮られてしまった。

 

「………」

 

 その場が居心地の悪い沈黙に彩られた。

 ドヤ顔をしているのはティアさんのみという状況である。

 

 彼女は再び口を開こうとする

 

「ここは私の」

「おまえじゃねぇ。座ってろ」

 

「私の出番なの!」

 

 彼女の肩を抑えてなんとか座らせようとするルークとそれに抵抗するティア。

 そんな珍妙な光景により、その場の緊張感は雲散霧消するのであった。

 

 肩の力が抜けてしまったジェイドは、苦笑いとともにルークを窘める声を上げる。

 

「まぁまぁ、ルーク。ここはティアの言い分を聞いてみませんか?」

「ありがとうございます、大佐!」

 

「……良いのかよ、ジェイド」

「えぇ。こんな時セレニィなら、きっとより多くの意見を集めようとしたはずです」

 

「ははっ、違いないな。……イオンもそれでいいよな?」

 

 ガイにウィンクとともに水を向けられれば、イオンもそれに頷くしかない。

 そしてポンと肩を叩かれ「その決意は次に取っておけ」と耳元で囁かれては是非もない。

 

 残る面々にもこの決定に異論があるはずもなく。

 かくして、ここに『セレニィ救出作戦』が本格的に始動しようとしていた。

 

 常にパーティの足を引っ張ることに定評がある主人公である。

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