前編
桜の花舞う四月。学園艦の広い会議室に、各学科・部・委員会の代表が詰めかけていた。今年度から開校した千種学園は設備が真新しく、資金面でも比較的余裕がある。その一方で抱えている問題がないわけでもなく、連日生徒会が招集されて議論が繰り広げられていた。四校が統合されて誕生したこの学校では平等を期するため、各学科から代表を選出して会議が行われる。
「大洗女子学園の快挙は、戦車道というマイナーな武道への関心を引いただけではありません」
画面に映されたスライドを切り替えながら、女子生徒が説明する。眼鏡をかけ、長い髪を背中で結った三年生だ。制服の袖に付けられたペン型のワッペンは情報学科の生徒である証だ。
画面に表示されているのはネットニュースの記事で、居並ぶ少女たちと鋼の怪物の写真が掲載されている。そして大きく書かれた『女子高生、国家に勝つ』という見出しを、彼女はレーザーポインターでなぞっていく。
「高校生が国に対するレジスタンスを成功させた。これが世間にとって、何にも勝る衝撃だったはずです。我々が自分たちを社会にアピールするには、大洗に倣って戦車道を始めることが最善であると考えます。要するに、戦車道で注目を集めた上で、国から不要と見なされた前身四校の名誉回復を行い、この学校を選んで入学してくれた一年生たちにも希望を与える。これがチーム設立の趣旨です」
熱く語る彼女を、生徒会長の河合はじっと見守っていた。品のある顔立ちで、仕草にもどことなく優雅さのある少女だ。学友の話が終わると、卓上のマイクのスイッチを入れて「質疑応答に移ります」と告げた。
会議室内の生徒たちは続々と挙手するが、河合は真っ先に手を挙げた男子生徒を指名した。制服のワッペンは飛行機のシルエット……航空学科の代表だ。
「航空学科としては、広報委員長の提案に反対である」
強い口調で告げられ、壇上の女子生徒……船橋幸恵は心の中で「やっぱりか」と呟いた。対する航空学科代表は、譲る気はないという表情で言葉を続ける。
「戦車道の世間へのアピール力は認める。だが我々にはアクロバット飛行やエアレースという、名誉回復の手段がちゃんとある」
「おい、それはお前ら航空学科と、白菊派閥だけの話だろ」
異議を表明したのは農業学科代表の女子生徒。『コサックの頭領』の渾名で呼ばれる三年生、北森あかりだ。女傑ぶりから後輩たちの信頼を集めており、特に農業学科では多くの生徒が彼女をリーダーと仰いでいる。船橋にとって重要なシンパだ。
「あたしらは違う学校がくっついたわけだけど、今は千種学園っていう一つの学校だ。あんたの言い方は独りよがりすぎるぜ」
「俺が言いたいのは、戦車道参入で航空学科の名誉が汚されるということだ」
航空学科代表は船橋に、前のスライドを見せるように言った。千種学園が現在保有している、四両の戦車を紹介したスライドだ。彼が問題視しているのはその中の一つ、リベット留めの車体に算盤玉型の砲塔を乗せた、英国製のカヴェナンター巡行戦車だった。
この車両の正面にはピアノの鍵盤のような、ラジエーターの放熱板が露出している。そしてエンジンは後部に搭載、つまりラジエーターの配管は車内を通っている設計だ。そのため車内にエンジンの熱が撒き散らされ、乗員室の温度は四十度に達する。
「あのカヴェナンターは我が航空学科の前身となった、白菊航空高校が保有していた物。ただし競技用ではなく教材、つまり『最悪な設計の見本』としてだ」
「でもカーボンコーティングってやつはしてあるんだろ?」
「車内温度が四十度を超えるんだぞ! 乗った奴が熱中症で倒れたりしてみろ、名誉回復どころか、俺たちの恥になる!」
思わず声を荒げる彼の顔は真剣そのものだった。その後ろで、保険委員の女子生徒がおずおずと手を挙げる。
「あのぅ、保険委員会としましても、生徒の健康を害するようなことには反対で……」
「最初期の戦車道で使われていた一次大戦期の車両も、乗員室とエンジンが区切られていませんでした。車内温度は五十度、それでも競技は行われていました」
船橋は気圧されることなく反論した。航空学科代表の懸念はもっともなことだが、彼女もまた引き下がるわけにはいかない。
「実際の戦争とは違います。熱中症対策さえしっかりしておけば大丈夫です」
「畑仕事だって同じさ。農業学科は船橋を支持する!」
「馬術部も支持します」
「体育科も賛成。ただ、カヴェナンターに関しては議論の余地があると思う」
「けど、戦車道は女子限定だろ。ただでさえ男子の方が少ないんだから、ますます男の立場が悪く……」
「だったら男は男で頑張ればいい! 農業学科の男どもはみんなしっかりやってるぞ!」
「俺も今のは農業学科代表に賛成だ。女々しいにも程がある」
「なんだとこの野郎……!」
河合が立ち上がり、「静粛に」と叫んで場を収めた。
その光景を一望し、船橋は拳を握り締める。自分の計画が実を結ぶのはまだまだ先になりそうだった。もしかしたら、卒業までにはできないかもしれない。だがそれでもいい。失った物を取り戻せなくても、後輩たちに何かを残せれば……。
会議が終わった後、船橋は河合と共に部屋を出た。この二人は同じトラップ女子高校の出身で、統合前から親しい間柄だった。
「航空学科はほぼ全員が白菊航空高校の出身で、孤立主義の傾向が強いです。それに前身四校の中で唯一海外提携先がないため、他校出身者を『
疲れが出ている船橋を気遣いながら、河合はゆっくりと自分の意見を述べる。彼女は民主主義というものに一定の価値があると信じており、他者の意見を静かに聞いた上で発言するタイプだ。
「しかしカヴェナンターに関しては、彼らの言い分はもっともです」
「分かってる」
船橋は一瞬だけ親友に目を向け、うつむいた。彼女としてはまともに使える新車両を入手するため、予算を増額して欲しかった。だが河合とて、成功する保証がない学園興しに安易に投資することはできない。ましてや戦車道は初期投資にも設備の維持にも多額の資金が必要となる。戦車道連盟から助成金が期待できるとはいえ、慎重にならざるを得なかった。
河合自身、船橋を信頼してはいるものの、その計画は大洗の二番煎じに終わるのではないかと考えていた。事実、『大洗の奇蹟』以降戦車道に参入した学校はいくらかあるが、すでに挫折した学校も存在するのだ。
「貴女の支持者も多いので、戦車道参入は可決されるでしょう。しかし航空学科の支援を得たいのなら、あの戦車は諦めるべきでは」
「三両だけの戦車隊じゃ、他の学校から相手にされないわ。今は利用できるものは何でも利用しないと……」
「……右足の無い一年生でも?」
その言葉に、船橋は頭を抱えた。が、その直後、漂ってくる食事の匂いに空腹を感じた。広い食堂では生徒たちが思い思いに食事を取っている。カレーやハンバーグといった定番の他、グヤーシュやボルシチなどの民族料理も並んでいる。河合は友人の手を引き、窓口へと連れて行った。
少し嫌味な言い方になってしまったが、言うべきことだった。在校生に戦車道経験者はほとんどおらず、農業学科の北森が多少乗ったことがある程度だ。しかし今年入学した一年生に、とある流派の家元がいたのである。船橋は天佑と判断したが、その新入生の心と体が問題だった。
「……お晴さんにも言われたわ。ああいう子を隊長として祭り上げるのはどうなんだ、って」
ぽつりと行った後、船橋は窓口の調理学科生徒にヴィーナーシュニッツェルとザリガニのスープを注文する。河合はカイザーシュマーレンと呼ばれるパンケーキを頼んだ。窓口から台所へ注文が伝わり、生徒が豚肉のシュニッツェルとジャガイモを皿に盛り付ける。
河合は料理が出てくるのを待ちながら、船橋の肩を軽く叩いた。彼女は思想・立場の両面から、船橋のやること全てに賛成はできない。だが信頼は置いているし、船橋の学校への献身は誰よりも理解していた。
「とにかくしっかりと食べて、元気を出すことです。貴女の力は必要ですから」
「うん、ありがとう」
礼を言う船橋の前に、香ばしい匂いの漂うオーストリア料理が差し出される。それを手にテーブルへ向かいながら、これからのことに思いを馳せていた。明日の休みに行う、とある人物へのインタビューについて。
放課後。学園艦市街地の公園に、飛行帽をかぶった女子生徒が佇んでいた。長く美しい髪の少女で、制服には航空学科のワッペンが付いている。体の発育はよく、若き女流パイロットということも合わせ、男に人気の出そうな容姿をしている。だが今の彼女は静かに髪を靡かせ、目の前にある慰霊碑にただただ黙祷していた。
『白菊航空高校機 墜落事故慰霊碑』。長方形の石碑にはそう刻まれていた。供えられた花束の中には、彼女が今しがた捧げた黒いチューリップもある。無垢の黒ではなく赤みがかってはいるが、それでも喪服のような重い雰囲気が漂っている。花言葉は『私を忘れてください』だ。
ふいに、背後から硬い足音が聞こえた。ゆっくりと目を開けて振り向くと、漆黒の動物がこちらを見ていた。その背に乗った乗馬服姿の少女が、こちらを見下ろして微笑む。
「こんにちは、丸瀬さん」
「……ああ、大坪か」
挨拶を交わした後、馬上の少女は鐙に足をかけてゆっくりと地面に降りた。馬は慰霊碑に供えられた花に興味を示したのか、首を伸ばす。
「食べちゃ駄目だよ、セール」
馬の首筋を叩いて窘め、自分の持ってきた菊の花を慰霊碑に手向けた。手を合わせて祈りを捧げていると、愛馬も空気を読んだのか、石碑に向けて小さく嘶く。
飛行帽の少女・丸瀬江里は馬の巨体を見上げ、思わず一歩後ずさりした。そんな彼女に気づき、大坪涼子はクスリと笑った。
「馬が怖いの? 飛行機なんていう凄い物に乗ってるのに」
「飛行機は噛みつきはしない」
苦笑する丸瀬の前で、大坪は馬の首を撫でる。青毛に四白流星の見事な馬だ。丸瀬もゆっくりと近づき、その大きな目をじっと見た。鳶色の瞳は澄んでいて、美しい。
二人は出身校こそ違えど、親しい間柄だった。大坪は船橋と昔馴染みで、彼女の結成した戦車道チームにも参加を決めている。一方航空学科代表の妹である丸瀬も、得意の曲技飛行で学校の宣伝活動に協力しており、船橋とも付き合いがあった。学校の名を上げるというその意気込みを尊敬しており、彼女を通じて知り合った大坪とも友人となっている。だが兄同様、戦車道については未だ懐疑的だった。
「良かったら明日、馬場に来ない? 乗り方教えてあげるわ」
大坪は丸瀬の前で戦車道の話はしない。彼女の心情や立場を慮ってのことだ。それが通じているのかは不明だが、丸瀬は微笑を返す。
「生憎、明日は船橋先輩を送ることになっていてな。取材だ」
「あ、そうなんだ。何処へ行くの?」
「インタビューだ」
戦車道を始めるにあたり、船橋が様々な学校や機関へ取材に行っていることを、二人はよく知っていた。千種学園の戦車道参入には疑念があれど、丸瀬は取材へ向かう船橋を飛行機で送り迎えしていた。彼女としては船橋の言い分も、兄の言い分もよく分かる。間で板挟みになっている構図だが、自分なりに答えを出そうとしていた。
そして今回の取材には送迎だけでなく、最初から最後まで同行することにしていた。自分の結論を出すヒントになりそうな気がしたからだ。
「相手の名前は……角谷杏」
お読みいただきありがとうございます。
今回は戦車道チーム結成の裏話です。
戦車戦はありませんが、よろしければ後編もお楽しみに。
ところで先日、かの生きている英霊こと船阪弘氏の自伝「英霊の絶叫」を読了しました。
読んで思ったことは、やっぱりこの人も人間だったのだということでした。
超人的な生命力は事実ですが、彼なりに強さもあれば弱さもあり、悩みもしたし、死を望んだこともあった。
ネットでリアルチート扱いばかりされていますが、そんな船阪氏の人間的な魅力を再発見できた気がします。
拙作のキャラたちも、より一層そうした魅力を出していけるよう精進します。