鉄脚少女の戦車道 番外編   作:流水郎

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中編

 カタリナ飛行艇が洋上を飛ぶ。性能は凡庸だが、水陸両用の使い勝手の良さと信頼性が売りの名機だ。パラソル翼と二つのエンジンを背負い、一路港へと向かっている。

 操縦席に座る丸瀬の背後に、船橋が歩み寄った。機体後部の銃座から外を眺めていたが、さすがにただの海では良い被写体がなかったらしい。両の手は首から提げたカメラを切なそうに弄んでいる。しかし鉄の鳥を操る後輩の姿はなかなか画になった。

 

「撮っていい?」

「どうぞ」

 

 了承を得られたので、斜め後ろからシャッターを切る。操縦輪を握る手、ゴーグル越しの眼差しなど、構図を変えながら立て続けに撮影した。丸瀬は写真に撮られるのはあまり好きではないが、船橋の写真は何か心惹かれる美しさがある。芸術性を高めつつもあざとさの無い、自然な撮影を行うのだ。

 それ以上に、彼女のタフさを丸瀬は尊敬していた。船橋は以前、曲技飛行に同乗して撮影したいと申し出て、激しい戦闘機動に耐えながら写真を撮ってみせたのである。

 

「ありがとう。後で送るわ」

「……先輩はいつから、写真を始めたのですか?」

 

 前を見たまま尋ねると、船橋は少しの間考えた。

 

「確か、小学三年の頃だったかな。最初は使い捨てカメラだった。撮った写真がコンクールで賞取ったから、お父さんがちゃんとしたカメラを買ってくれたの。カメラの本もね」

「では、独学で?」

「大体ね。プロのカメラマンにも何度か会って、いろいろ教えてもらったわ」

 

 懐かしそうに、愛用のカメラを撫でる船橋。彼女は生涯写真を撮り続けることだろう。その腕と学校への献身的な態度は誰もが認めている。だがそれに飽き足らず、校内で戦車道チームを発足しようと言う。

 問題は二つあった。一つは校内にある戦車の半分が欠陥兵器だということ。もう一つは、彼女が隊長に推薦しようとしている、一年生だった。

 

「船橋先輩の目は常に、生き生きとしています。ですが……」

 

 言うべきか、黙っておくべきか、しばし迷う。船橋は怪訝そうに、後輩の顔を覗き込む。

 

「どうしたの?」

「……あの一ノ瀬という子には、死相が出ています」

 

 船橋はハッと目を見開いた。右側に座っていた副操縦士もちらりと丸瀬を見た。操縦輪を握ったまま、丸瀬は真剣な表情で続ける。彼女は冗談でこんなことを言う人間ではない。

 

「予科練などで、パイロットの適性検査に人相見が使われたのはご存知でしょうか。良くも悪くも、当たります」

「……そう」

 

 考え込む船橋をちらりと見て、航空少女は前方を確認する。すでに港が見えていた。飛行機で行けるのはここまでだ。後は陸路をバスで移動し、目的地の『戦車喫茶 ルクレール』へ向かう。

 

「着水の用意をします。席についてシートベルトを」

 

 その言葉を境に、丸瀬は管制塔との通信を始めた。心中の不安を脇へ置き、船橋は着席するしかなかった。いつまでも気にしてはいられない。一先ずはこれから行う取材に集中せねばならないのだ。

 大洗の奇跡はもちろん、隊長を務めた西住みほが最大の功労者だろう。だが昨年度の全国大会の映像を繰り返し見て、船橋はあることを見抜いていた。彼女の采配は見事でも、仲間を統率する牽引力においてはまだ未発達だった、と。大洗戦車道チームの基盤を作った人物こそ、船橋が教えを請うべき相手だった。

 

 角谷杏。昨年度の、大洗女子学園生徒会長である。

 

 

 

 

 

 

 

 ……やがて、カタリナは港の隅に身を浮かべ、翼を休めた。船橋と丸瀬はバスに乗って少し移動し、目的地へ向かう。ボイスレコーダーやメモ帳などの所持品をチェックし、愛用のペンを胸ポケットに挿す。丸瀬にはそれが戦支度のようにも見えた。

 

 辿り着いたカフェは混んでいたが、予約していたため席はあった。『戦車喫茶』の名に恥じぬ、随所に戦車趣味が染み込んだ店だ。壁には戦車映画のポスターが貼られ、古今東西の傑作戦車の模型が飾られている。店員の服装もタンクジャケットに近く、給仕もトランスポーターのミニチュアによって行われる。丸瀬は「これなら戦闘機カフェがあってもいいのに」と思ったが、戦闘機はどちらかといえば男の領分だ。

 二人が入店してからほどなく、待ち人は来た。

 

 赤みがかった茶髪をツインテールに結った、小柄な女性。ゆったりとした私服姿の彼女は、船橋の姿を認め笑みを浮かべた。

 

「やぁやぁ、船橋ちゃん。待たせちゃった?」

「いえ、私たちが早く着きすぎました」

 

 起立してお辞儀をし、笑顔を返す。丸瀬もそれに倣った。

 

「急な話をお受けいただき、ありがとうございます。改めまして、千種学園広報委員長の船橋幸恵です」

「航空学科の丸瀬です。よろしくお願いします」

「はいはい、角谷杏でーす。よろしく~」

 

 友好的に握手を交わし、角谷も着席する。船橋がすぐさまメニューを渡す。いきなり本題に入っては失礼だと思い、まずは他愛もない話を始めた。

 

「初めて来たけど面白いですね、戦車カフェ」

「でしょ? 西住ちゃんたちも、よくここでミーティングしてるよ」

 

 メニューのページをめくり、元生徒会長は『ヘッツァー型さつまいもケーキ』なる物を選んだ。船橋は『菱形戦車風ティラミス』、丸瀬は『ストロベリー戦車ムース』をチョイスする。戦車を象ったケーキの他、ジェリ缶型の容器に入ったドリンクも載っていた。

 呼び鈴も戦車の形をしていたが、船橋らは見たことのない形状だった。箱型の車体から七方向に機関銃が突き出し、その上にドーム型の砲塔が据えられている。似たような『ハリネズミ戦車』は千種学園にもあるが、それよりさらに古めかしいデザインだ。

 

「これは確か、フィアット2000だったかなー」

「イタリア製ですか?」

「うん。一次大戦の終わり頃、二両だけ試作されたんだって。イタリア贔屓の友達が言ってた」

 

 マニアックだよねー、と笑う角谷。小柄な体躯と相まって可愛らしい印象である。しかしその笑顔の裏に得体の知れない『威厳』があった。人相見のできる丸瀬はそれを感じ、只者ではないことを今更ながら悟る。彼女は西住みほと並ぶ、大洗戦車道隆盛の立役者……船橋の読みは当たっているだろう。

 

「あ、そうだ」

 

 ボタンを押そうとして、角谷はふと手を止めた。

 

「船橋ちゃん。実はもう一人、ここへ来たいって人がいてさー。勝手にOKしちゃったんだ、ごめんね」

「ああ、構いませんが……誰ですか?」

「船橋ちゃんも知ってる人だと思うよ。もうそろそろ来ると思うんだけど……」

 

 思わせぶりな口調だった。誰だろうかと考える船橋だが、直後に答えは分かった。

 カランと音を立て、店のドアが開く。ウェイトレスの「いらっしゃいませ」という声が聞こえた。

 

「ほら、来た」

 

 クスクスと笑う角谷の前で、船橋は目を見開いた。確かに、知っている人物だ。しかし直接会ったことはなかった。黒いコート姿の、シックな出で立ちの女性だ。美人には違いないが、外見はそこまで目立つわけではない。だが戦車道関係者なら、誰もがその名を知っているだろう。

 

「まっちゃん、こっちこっち」

 

 角谷が手招きする。その女性は焦げ茶色の髪を軽くかきあげ、軽い足取りで歩み寄った。

 

「……まっちゃんは勘弁してくれ」

「いーじゃん、可愛くて」

 

 飄々とした角谷の態度に小さくため息をつき、彼女は船橋へと向き直る。凛とした眼差しを受け、反射的に起立した。

 

「連絡もなしにやってきて、申し訳ない。西住まほだ」

「初めまして、船橋幸恵です! 一度お会いしたかったです!」

 

 思いもかけない遭遇だった。昨年度の黒森峰女学園における戦車隊長・西住まほ。大洗の西住みほの実姉で、西住流次期家元の最有力候補だ。今は大学で戦車道を行なっており、流派の壁を超えて選抜チームにも推薦されたという。

 会うのは初めてだが、船橋は彼女と接点があった。黒森峰の精鋭が義勇軍の一員として『大洗紛争』へ参戦した際、その戦車を輸送したのがトラップ=アールパード二重女子高校……船橋の、昨年までの母校なのだ。

 

「遅くなったが、改めて礼を言わせて欲しい。戦車輸送の件、本当にありがとう」

 

 深々と頭を下げる、西住まほ。船橋は珍しく慌てた。

 

「い、いいんですよ、そんな……! お力になれただけで、私は……」

「いや、本当なら去年のうちに、直接礼を言いに行くべきだった。ハイターからも言われていたからな」

 

 顔を上げ、まほは着席する。黒森峰の元隊長なだけあって、身のこなしの一つ一つに、襟元を正した凛々しさがあった。

 

「後輩の指導や諸々の都合で、大分遅くなってしまった。今回角谷から話を聞いて、便乗させてもらった」

「そうでしたか! ありがとうございます」

 

 突然のことに混乱した船橋だったが、願ってもない好機だ。戦車道参入について、彼女から意見をもらえれば大いに参考になるだろう。

 

「ハイターは元気にしているか?」

「ええ、いつも笑わせてもらっています。あ、どうぞ」

 

 いつも通り笑顔で話しながら、船橋はまほへメニューをまわす。彼女は一通りページを眺めた上で、コーヒーとチョコレートケーキを選んだ。

 

 丸瀬が呼び鈴を押すと、戦車の砲声が轟いた。音質にもこだわっているようで、腹にズンと響く音だ。やってきたウェイトレスに注文を伝えた後、船橋は本題に入った。まずボイスレコーダーを卓上に出し、二人の了解を得た上でスイッチを入れる。

 

「私たち千種学園は、戦車道への参入を考えています」

 

 一から説明した。

 千種学園は廃校になった四校が集まって生まれたこと。世間からは『国にとって不要な学校の寄せ集め』として扱われていること。そして学校を守れなかった上、そのような誹りを受けるのは耐え難いということ。

 学校の名を上げるため、戦車道というアピール力の高い競技へ挑みたい。そんな船橋の構想を、二人は静かに聞いていた。まほは真剣な面持ちで、角谷は相変わらず笑みを浮かべながら。

 

「角谷さんが戦車道を始めようと思ったのは、かつて大洗が強豪校だったからですか?」

「そ。文科省が戦車道の強化を進めてるのは知ってたし、廃校逃れにはそれだな、って思ってさ」

 

 問いかけに答えながら、角谷はケーキを頬張る。ヘッツァーの傾斜装甲を再現したケーキは、表面がサツマイモのクリームでコーティングされている。丁度、サンドイエローに近い色合いだ。75mm砲はビスケットで再現されていた。

 

「ま、ちょっと楽観的すぎたかな。後で調べてみたら、良い戦車は全部売られちゃって、見つかったのは売れ残りの車両だけだったんだよねー」

「ははあ、なるほど」

 

 メモを取りながら、熱心に話を聞く船橋。大洗もやはり、逆境の中でのスタートだったと再認識する。

 

「貴女たちは、戦車の用意はあるのか?」

 

 まほに尋ねられ、ポケットからメモを取り出した。千種学園の『現有戦力』が纏められている。もっとも、わざわざ纏めるほどの数ではないが。

 

「四両だけですが。少しでも実績を出せば、新車両の購入も許可されるかと」

「……予想以上だな、これは」

 

 メモを見つめ、まほは眉を顰めた。その言葉が良い意味ではないことくらい、誰にでも分かる。特に船橋は自校の保有戦車について、しっかりと理解していた。

 

「カヴェナンターって確か、凄く暑い戦車じゃなかったっけ?」

「はい。それで航空学科は反対しています」

 

 角谷の問いに、船橋は正直に答えた。その航空学科の一員である丸瀬はムースを少しずつ食べながら、じっと会話を聞いている。

 

「菱形戦車で戦車道をしていた時代、車内の温度は五十度を超えて当たり前だったはずだ。熱中症対策をしっかりすれば、戦車道一試合くらいは耐えられる」

 

 以外にも、まほはこの欠陥兵器を否定しなかった。この意味は大きい。西住流の長女から、その言葉を引き出せたのだ。生徒会を説得するのに大きな助けとなるだろう。

 しかし、それには前提があった。

 

「乗員の敢闘精神が旺盛で、優秀な指揮官がいれば、だが」

「隊長は船橋ちゃんがやるの?」

 

 角谷が砲身ビスケットを飲み下し、尋ねてくる。

 

「いいえ。一年生に経験者がいて、その子に頼むつもりです。実力は申し分ないと見ています」

 

 自分の見解を正直に述べる船橋だが、一つだけ言わなかったことがある。その一年生の右脚が、義足だということだ。話したところで、相手は率直な意見を言いづらいだろう。丸瀬がちらりと視線を送ってきたが、彼女も出しゃばる気はなかった。

 

「あ~。なんか、うちと似てるね」

 

 角谷の表情が僅かに変わったのを、船橋は見逃さなかった。笑みを浮かべていても、その表情の向こうで何かが揺れた。自分が西住みほに隊長を頼んだときのことを思い出したのだろうか。それもまた、船橋にとっては聞いておきたいことだ。

 

「西住みほさんは雑誌のインタビューによると、戦車道を辞めるつもりで大洗に来たそうですね」

「……そうだ」

 

 まほの方が答えた。

 

「私の責任でもある」

「あの子は多分、そうは思ってないよ」

 

 角谷が少し優しい口調で言った。船橋としてはその部分に触れようとは思わない。一昨年の全国大会で起きた出来事とその顛末は、先ほど名前が出たハイターという人物から聞いていた。黒森峰戦車隊の元雑用である。西住みほの転校後に入学したため面識はないが、彼女が黒森峰を離れることになった理由をよく知っていた。だから船橋はまほとその部下たちが内心悩んでいたことも分かっている。

 知りたいのは、大洗に来た後の西住みほについてだ。

 

「西住さんが戦車道を履修したのは、角谷さんからの要請があったのでしょうか?」

「……そうだよ」

 

 フォークを置いて、角谷はふと遠い目をする。食べかけのヘッツァーケーキをじっと見つめる彼女に、船橋は続けて問いかける。

 

「西住さんはすぐに引き受けてくれたのですか?」

 

 これこそ、船橋の最も知りたいことだった。戦車道を辞めるために転校した西住みほに、やる気を出させたのは彼女のはずだ。その方法を聞いておきたい。

 だがそのとき、船橋の心臓がドキリと脈打った。角谷の表情から、笑みが消えていたのだ。大きな目で真っ直ぐに船橋を見る彼女は真剣そのものだ。自分より背の低い彼女に対し、船橋は威圧感さえ感じた。

 

「船橋ちゃん。絶対に私の真似をしないって、約束できる?」

 

 空気がピンと張り詰めた。突然の様子の変化に、船橋は少し逡巡しながらも頷いた。

 

「お約束します」

「なら話すね。西住ちゃんは戦車道を嫌がってた。私としては絶対にやってもらいたかったけど、あの子の友達……後でIV号の砲手と通信手になる子たちも、あの子を庇った」

 

 彼女の口調はどちらかというと、告解のようにも聞こえた。船橋の手がボイスレコーダーへと伸びる。録音を一時停止し、自分の耳のみで角谷の言葉を聞く。

 それを見て、角谷は少し笑みを浮かべる。安堵したというわけではないが、話しやすいようにという船橋の配慮と、察しの良さが通じたようだ。

 

「私、あの子にこう言ったの。戦車道やらなきゃ、この学校にいられなくしちゃうよ、ってね」

 

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