鉄脚少女の戦車道 番外編   作:流水郎

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シークレット・ウォー!
小さな軍隊


 ……大洗女子学園の起こした二度の奇跡。そして本拠地たる大洗町で開催された優勝記念杯。この年、日本の戦車道は大きな盛り上がりを見せていた。

 それは表舞台だけの話ではない。非公式の野試合……強襲戦車競技(タンカスロン)もまた白熱していた。

 

 この物語もそんな中で生まれた、裏舞台での出会いと戦いである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二隻の船が砂浜へ乗り上げ、船艇と砂が摩擦音を立てる。四角いブリッジから乗組員の学生たちが各種操作を行い、指示を飛ばしていた。船首のハッチがゆっくりと左右へ開き、モーターの駆動音と共にスロープが降りる。

 SS艇。日本軍が運用した輸送船である。

 

 浜には人も僅かにいたが、海水浴に来ているわけではない。水着姿の女性もいなくはないが、目的は『戦車戦』だ。だがこのSS艇の到着は予想外だったらしく、野次馬たちは興奮した面持ちでハッチの向こうを覗いている。格納庫内には多数の戦車が鎮座しており、少女たちが発進準備にかかっていた。

 作業着姿の整備員を除けば、皆レトロな黒いフロックコートを来ている。金のベルトバックルが生地によく映え、明治時代を思わせる服装だった。

 

「決号だ……」

 

 野次馬の誰かが呟いた。昨年までは『札付きのワル』、『教育機関とは名ばかりの無法地帯』と蔑まれていた、決号工業高校。しかし今では一部の戦車道ファンの間で、こう呼ばれていた。

 

 『戦車に乗った義賊』と。

 

 そのとき、野次馬の中から小さな影が飛び出した。三、四歳くらいの子供だ。観衆の一人が「あっ」と声を上げる。その幼児は目を輝かせながら砂浜を駆け、SS艇から降りたスロープに足をかけた。

 船内で作業をしていたショートヘアの少女が、小さな足音に気付いた。

 

「おい、入っちゃ駄目だ。危ねぇぞ」

 

 女の子らしからぬ口調だったが、当人としては可能な限り優しく言ったつもりだ。しかし幼児が唾液の付いた手で戦車に触れようとした途端、その優しさは終わった。

 

「出てけって言ってんだ、クソチビ!」

 

 格納庫に怒号が反響する。周囲の隊員たちの視線が一斉に集まる。その後僅かな間をおいて響いたのは、子供の泣き声だった。耳をつんざく声に苛立ちながら、作業着姿の整備員が幼児を抱き上げた。

 その時になって、大慌てで駆け込んでくる者があった。泣きじゃくる幼児をつまみ出そうとしていた少女を睨みつけ、ひったくるように子供をもぎ取る。次に船内に響き渡ったのは、その男性の怒鳴り声だった。

 

「うちの子に何をするんだ!?」

 

 叫んだ後で、その男はすぐに後悔の表情を浮かべた。格納庫内の高校生たちが、一斉に不機嫌そうな眼差しを向けたのだ。中には鈍器として使うのに十分なサイズの、工具類を手にした生徒もいる。

 男の持っているカメラは望遠レンズ付きの、なかなか立派なものだった。写真撮影に夢中になって子供から目を離していたのだろう。観戦中の怪我などは自己責任である野試合に、幼児を連れてきた挙句放置していた……親としてあまりにも無責任だ。一言謝ってすぐに出て行けばいいものを、自分の不注意を棚にあげれば不興を買うのも当然である。

 

 一触即発、という空気が漂う。それを感じたのか、幼児の泣き声が大きくなった。しかしその時、少女たちのリーダーが歩み出た。

 ブーツで床を踏み鳴らし、ポニーテールに結った黒髪がその度に揺れる。高校生としてはなかなかにスタイルがよく、すらりとした体型ながらも凹凸はしっかりある。レトロなフロックコートを着た姿は『男装の麗人』という表現が相応しかった。

 その目つきは周りの仲間と違い、刺すような視線ではない。しかし有無を言わせぬという態度で、大股で男性に歩みよる。幼児を怒鳴りつけた少女が脇へ寄り、道を開けた。

 

「……おっさん。今年の初め、中学校で事故があったのは知ってるか?」

 

 荒い言葉遣いで、だが冷静に尋ねる。男性が返答に窮していると、彼女は答えを待たず口を開いた。

 

「戦車道の練習中にさ、演習場に子供が入り込んだんだよ。それを保護しようとした奴が、他の戦車に轢かれた。右脚切断だ」

 

 抑揚のない口調だった。だが聞いている仲間たちは気づいている。その声の裏に、事故に対する怒りや悲しみが渦巻いているのことに。

 気づいていないのは泣き続ける子供と、それを抱きしめる父親だけだ。しかし静かながらも、じわじわと圧力がのし掛かってくるような、凄みは感じていた。

 

「あんたみたいな無責任な親のせいで、あたしの……」

 

 少女がさらに一歩詰め寄った途端、男は即座に回れ右をして駆け出した。スロープを下り、砂浜を一目散に逃げていく。ギャラリーの一部から罵声を浴びながら。

 

 舌打ちと溜息を漏らし、仲間へ向き直る。メッシュの入ったショートヘアが特徴的な副官が、自車に寄りかかって笑みを向けてきた。

 

「初っ端からケチがついた分、派手に暴れようぜ。味方は先に戦ってるんだろ?」

「……そうだな」

 

 隊長・一ノ瀬千鶴は即座に気持ちを切り替えた。傍にある自車の前面装甲に足をかけ、履帯のカウルから砲塔へと乗り移る。

 二式軽戦車ケト。凹凸の少ないフラットな車体と、円筒型の砲塔が特徴の軽戦車だ。空挺戦車として開発されたが、時局の影響で実戦には使われず、本土決戦のため温存されたまま終わった車両だ。

 決号は他にも似たような運命を辿った、後期の日本戦車を多数保有している。それが千鶴は好きだった。ただの鉄塊として終わった戦車が、人殺し以外のことで輝く。素敵じゃないか。

 

「上陸だ! エンジン始動にかかれ!」

「応ッ!」

 

 異口同音に返事をし、クルーたちが各戦車に乗り込む。皆喜び勇んでハッチを開け、飛び込むようにして狭い車内へ身を収める。千鶴のケト車にも操縦手が乗り込み、始動準備にかかった。

 ディーゼルエンジンの唸りが響く。鉄獅子が目を覚ました。水温計やエンジンの音を確認し、操縦手が「異常無し」と報告する。

 

《黒駒車は準備いいぜ》

《国定車、準備完了!》

《柳川車も準備良し》

 

 仲間たちからも声が返ってくる。先ほどの苛立ちを心から蹴り出し、千鶴はこれから始まる勝負への期待に笑みを浮かべた。最近は正規の戦車道に力を入れていたが、やはり強襲戦車競技(タンカスロン)には特有のスリルがある。

 

「前進!」

 

 号令と共に、操縦手が二本のレバーを前に倒した。後部の軌道輪が回転して履帯を動かす。ゆっくりとスロープを下り、ギャラリーの歓声を受けながら砂浜へ降り立った。

 打ち寄せる波の飛沫が戦車を僅かに濡らす。後の戦車も続々と降りてきた。副隊長たる黒駒亀子の乗るのは同じ二式軽戦車ケト、その次も同じ。最後に出てきた一両は四式軽戦車ケヌだ。車体は九五式軽戦車のものだが、砲塔リングの直径が広げられ、九七式中戦車の旧砲塔を搭載している。そのため車体の割に砲塔の大きな、頭でっかちな見た目の車両だ。ハチマキ型と称されるアンテナが砲塔上に備えられ、短砲身の57mm砲が虚空を睨んでいる。

 

 もう一隻のSS艇からも、同じ四式軽戦車が一両上陸した。その後に続くのはハーフトラックだった。ボギー式懸架装置の履帯で荷台を支え、ゆっくりとスロープを降りる。旧日本軍で用いられた九八式六トン牽引車だ。本来は荷台に兵員十五名を乗せ、後部に高射砲を牽引する車両である。

 しかし決号の車両は荷台に小型戦車を詰めるよう改造され、かつ延長されていた。幌を被せてあるため実態は分からないが、タンカスロンに参加可能な戦車であることは間違いない。

 

 計六両の車両が隊列を組む様子を、SS艇の甲板から乗組員が見守っていた。決号工業高校は共学のため、船舶科は男女混在だ。高い位置にいる彼らは、戦車隊へ駆け寄ってくる二人の少女に気づいた。

 続いて千鶴も気づき、服装を見て味方だと判断した。襟にファーのついた、ダブルのジャケットを着ている。片方はセミロングの茶髪の大人しそうな少女。もう一方は正反対に活発そうな出で立ちで、赤みがかった茶髪を右側頭部で結っている。

 

「全車、一時停止」

 

 指示を出した直後、六両はピタリと脚を止めた。慣性で車体が前のめりになり、サスペンションがそれを受け止める。「出迎えありがとう」と声をかけようとして、千鶴は気づいた。彼女たちが息を切らし、酷く慌てた様子であることに。

 

「あ、あのっ!」

 

 戦車上の千鶴を見上げ、セミロングの方が声を振り絞る。決号に援軍を頼んだ学校の生徒のようだが、只事ではない様子だ。千鶴は身軽な動きで砲塔から出ると、地面に降り立った。同じ目線で話をしようという、彼女なりの礼儀だ。

 

「決号の一ノ瀬千鶴だ。何があった?」

「て、敵がッ……!」

「十両同士って、約束、だったのにッ!」

 

 呼吸を整えながら、二人は必死で言葉を紡ぐ。

 

「大学選抜が、二十両出してきたんですッ!」

「……何?」

 

 豪胆な千鶴も、思わず目を見開く。今回の出陣は彼女たちから加勢を頼まれてのことだ。千鶴自身は付き合いがなかったが、両校の自動車部を通じての依頼だった。そして戦う相手が、戦車道プロリーグの大学選抜チームだということも聞いている。全国の強豪大学から集められた精鋭だ。

 

 それを率いるのは、西住流と双璧を為す戦車道流派・島田流家元の長女。少し前に大洗女子学園と激戦を繰り広げた人物だ。そんな大物とタンカスロンでやり合う機会など滅多にないから、千鶴は話に乗った。タンカスロンには重量制限があるため、戦車の性能についてはフェアな戦いができる。

 その分、追加戦力の投入や、第三者の飛び入り参加を制限するルールもない。タンカスロンの経験が豊富な千鶴はその点もわきまえている。だが。

 

「そりゃ本当に、島田愛里寿の命令なのか?」

「わ、分からないよそんなの!」

 

 サイドテールの方が叫んだ。

 

「とにかく今、私たちの仲間が追い掛け回されてるの!」

「か、加勢してくれますか……?」

 

 二人は不安そうに千鶴を見る。この二人の仲間が今、四両で敵と戦っている。そこへ決号戦車隊が加わっても十両。相手とは倍の戦力差がある。元々の話と比べ、かなり分の悪い状況だ。

 しかし千鶴は、そういう話は嫌いではなかった。白い指で、すっと牽引車を指差す。

 

「あれに乗りな。一緒に行こう」

 

 優しい口調で言うと、返事を待たずケト車の装甲に足をかけた。ひらりと砲塔へ戻った彼女に、二人組は一礼して牽引車へと駆け出した。

 

「全車へ通達、試合内容変更。敵は二十両。繰り返す、二十両だ」

 

 話しながらも携帯電話を操作し、母校へメッセージを送っていた。首に巻いた咽頭マイクで通話するため、両手が使えるのだ。

 

「ここで降りることはしねぇ。全員覚悟を決め、一弾となれ!」

《了解!》

 

 仲間たちが一斉に唱和した。ちらりと後ろを振り返ると、亀子が笑っていた。彼女を無理矢理チームに引っ張り込んだのは去年のことだが、頼もしくなったものだと千鶴は思う。

 携帯をポケットへしまい、腰のホルスターから信号銃を抜く。ヒンジ部分から折り曲げ、そこへ信号弾を一発装填した。

 

「決号工業、これよりベルウォール学園の救援に向かう! 前進!」

 

 号令と同時に信号銃を頭上へ向け、発砲。赤い光球が打ち上げられるのを見て、SS艇が霧笛を鳴らした。甲板上の乗組員が帽子を振り、土煙を巻き上げる戦車を見送った。

 ハッチから身を乗り出した隊員たちも拳を振り上げ、歓声を上げて声援に応えている。誰一人として臆する者はいない。

 

 

 ……将、士卒と寒暑、労苦、饑飽を共にす。故に三軍の衆、鼓声を聞けば則ち喜び、金声を聞けば則ち怒る……

 

 

 兵法書『六韜』の言葉を心中で反芻し、千鶴は静かに笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃。

 砂浜から離れた平野部ではすでに戦闘が始まっていた。迫り来る大軍から、II号戦車四両が必死の逃走を続ける。遮蔽物の少ない中、よく砲撃を避けていた。場慣れ、というよりむしろ『喧嘩慣れ』していると言うのが正しいかもしれない。もっともそう言われて喜ぶのはその内三両の乗員であり、隊長は不本意であろう。

 

「……分かった! 合流するまで踏ん張るわ!」

 

 友人との連絡を終え、中須賀エミは電話を切った。母親譲りの鮮やかな赤髪を靡かせ、同じく赤い大将旗(フラッグ)を立てた戦車に身を預け疾駆する。日独混血故の白い肌が、サンドイエローの車体によく映えていた。加えて小さな戦車であるが故に、そのスタイルの良さが尚強調されている。それもまたタンカスロンの見どころかもしれない。

 

 ドイツからの留学生である彼女は名目上マネージャーだ。しかしベルウォール学園の戦車道を再興させた立役者であり、実質的にチームを率いている。もちろんキャプテン候補を争っていた二人も怠けてはおらず、今も『子分ども』を叱咤激励しつつ、エミ車に追従していた。

 

「助っ人はちゃんと来たみたいよ! 隘路まで逃げ切りなさい!」

《そら見ろー! あっはっはっは!》

《私たちの人脈に間違いは無いんだから!》

 

 先頭車の乗員が鬼の首を取ったかのように歓喜する。柏葉金子と剣子。エミにとっては一番の厄介者だが、自動車部のツートップということもあり、何かと頼りになる双子だ。ただでさえ瓜二つの顔だというのに、同じ金髪ロングヘアに同じカチューシャをしているため、二人を見分けられる者は少ない。エミに至っては普段からまとめて『バ柏葉』だの『ドッペルゲンガーズ』だのと呼んでいるし、当人たちも最早呼ばれ慣れていた。

 今回の決号工業高校への加勢は彼女たちの提案である。ベルウォールにタンカスロン参加可能車両がII号四両しかなかったためだ。両校共にいわゆる不良学校だが、自動車部は優秀だ。

 

《決号の自動車部とは十年来の付き合いがあるんだからね!》

《お前らの代で仲悪くなったんじゃなかったか?》

《うぐっ!》

 

 砲塔から拳を振り上げていた金子に、仲間からのツッコミが突き刺さる。いつもならここで嫌味の一つでも言ってやるエミだが、今は余計なことを言っている場合ではない。

 後方から追い上げてくる車両群を見やる。敵の戦車はいずれも傾斜装甲を多用した軽戦車だが、砲塔に大小の差がある。アメリカで空挺戦車として開発されたM22ローカスト軽戦車と、ソ連製のT-70軽戦車だ。どちらも二次大戦では活躍の場に恵まれていないが、タンカスロンにおいては人気のある車種だ。前者は優れた信頼性を持ち、後者はタンカスロンに使用可能な戦車では最もスペックが高い。

 

 敵は三両のM22、二両のT-70で小隊を編成していた。T-70の45mm砲の威力なら、近距離では中戦車さえ仕留められる。しかし一人乗り砲塔故、索敵・装填・照準を全て車長が行わねばならない。そのため車長が比較的余裕のある、二人乗り砲塔のM22を指揮に使っているのだ。

 今後ろから追ってくるのが二個小隊で十両。他に別働隊として動いている一個小隊、そして敵主将の本部小隊がそれぞれ五両いる。

 

「敵はこっちの逃げ道を塞いでくる……!」

 

 兵法の定石を考えれば、敵がどう出てくるかは予測できる。今の課題は如何に犠牲なく隘路へ撤退するか。援軍との早期合流が、命運を分けることになるだろう。

 分の悪い戦局でも、彼女は退かない。どんな苦境でも諦めなかった親友(ライバル)こそ、その闘志の原動力だった。

 

 

 

 

 

 

 ……決号の九八式六トン牽引車は丘へ登った。チューンナップによって優れた登坂力を発揮し、高台へ進んで行く。助手席に座る隊員は仲間と連絡を取り合いながら、自分たちの仕事場を目指していた。

 

《『呉子』の応変第五に曰く、『衆を用うる者は易を務め、少を用うる者は隘を務む』。大部隊を率いる奴は開けた地形で戦いたいはずだ》

 

 千鶴の命令は一種の授業でもあった。経験の浅いメンバーにノウハウを伝授しているのだ。

 狭い場所に大規模兵力を投入するのは現代戦でも変わらぬ愚策である。戦車同士が互いの射線を邪魔するため火力を活かせず、身動きも取りにくくなるのだ。少数であるベルウォールは森へ脱出し、体勢を立て直した上で反撃するつもりだ。決号の最初の仕事は撤退戦の援護である。

 

《敵はベルウォールが森へ逃げ込むのを阻止しようとするだろう。あたしらがそれをぶち破り、清水は追ってくる敵を足止めするんだ》

「了解だよ、鶴さん」

 

 長髪をかき上げながら返答し、続いて運転手に停車を命じる。ブレーキがかけられ、牽引車は丘の斜面で停止した。高台で行動する際は位置取りが重要である。稜線の向こうから自分の姿が見えないよう動く。

 二人が勢い良くドアを開き、降車する。荷台の隅に掴まっていたベルウォールの生徒たちも降りた。

 

「幌を外してくれ」

「ハイ!」

 

 四人で協力して荷台の幌を外し、取り払う。積んでいた小型戦車が露わになった。

 奇妙な形状である。飛行船を思わせるような楕円形の車体に、固定式の機銃塔が乗っている。全長は三メートル半程度。足回りは一次大戦期の戦車か装軌式トラクターを思わせる古めかしいもので、水車のような後部の駆動輪が非常に大きい。ルノーFTの走行装置を前後逆にしたかのようなレイアウトだ。武器は機関銃一丁のみだが、車体の両脇に細長い筒の束が据え付けられている。

 それ以上に奇妙なのは、乗降用らしきハッチがないことである。

 

「……これ、どこから乗るんですか?」

「まあ見てなよ」

 

 清水は楽しげに笑いながら、積んであった箱型の電子機器を降ろし始めた。

 

「そうだ、名前言ってなかったね。あたしは決号二年の清水。こいつは一年の石松」

「あ、柚本瞳です。宜しくお願いします!」

「あたしは喜多。よろしく!」

 

 挨拶を交わしながら、分担して機材を降ろし、丘の稜線へ運ぶ。森とそこへ至る道を見下ろせる高台だ。あの森の中へ味方を撤退させるのが彼女たちと、奇妙な戦車の任務である。

 手際よくボックスを設置し、それらを多数のケーブルで繋いでいく。同時に荷台からスロープを降ろし、戦車のエンジンを始動する。作業する清水らは鼻歌を口ずさみ、分の悪い戦いだというのに陽気だった。

 

「あの、本当にありがとうございます! 話が違うぞって、怒られると思ってました」

「いいっていいって。あたしは自動車部でね」

 

 機器を調整しつつ、笑顔を浮かべる清水。背が高く大人びた風貌で、千鶴とはまた違った風格がある。

 

「ベルウォールの自動車部とは、先代の部長の頃まで仲よかったらしいから。今のそっちの部長が嫌な奴だから絶縁したって、先輩が言ってたけどね」

「……あはは」

 

 歯に衣着せぬ物言いだったが、柚本は苦笑するのみだった。その『嫌な奴』についてはつくづくよく知っているのだ。決号の戦車道チームと自動車部は強固な協力関係を築いており、援軍の要請は両校の自動車部を通じての物だった。決号側としては「ベルウォールに貸しを作りたい」という思惑もあった。

 だがそれ以上に、千鶴は島田愛里寿率いる大学選抜チームと戦うまたとない機会と見て、話に乗ったのだ。

 

 それにしても前情報と違い、圧倒的劣勢での戦いを強いられるというのに、よく士気が落ちないものである。元来好戦的なメンバーが揃っていることもあるだろう。だが柚本は単にそれだけではないと思った。どこか自分たちと似ているような気がしたのだ。

 

「まあ鶴さんがその気になった以上、降りたりはしないよ。……石松、用意はいいかい?」

「はい!」

 

 機器のプラグを手に取り、操縦手が快活に返事をする。牽引車の荷台では謎の戦車がエンジン音を唸らせていた。飛行船型の車体が小刻みに震える様を見て、清水は一つ頷いた。

 

「よし、後進」

 

 先輩の号令に応じ、石松がプラグをジャックの一つに繋ぐ。すると無人のまま戦車の履帯が回転を始めた。ゆっくりと後進し、カタカタと音を立てながらスロープを降りていく。

 

「わっ、動いた!?」

「何コレ、ラジコン!?」

 

 柚本らが驚きの声を上げる。戦車が完全に地面へ降りると、石松はプラグを繋ぎ替えた。すると今度は信知旋回を行い、彼女らの方向へ回頭した。

 長山号。戦前に日本で試作された無線操縦戦車だ。

 

「面白いだろ。うちの卒業生が作ったレプリカ品でね、この前レストアしたんだ」

 

 レストア作業に関わった清水は得意げだ。今まで学園艦の隅に眠っていた車両である。決号のライバル校が無線操縦戦車(テレタンク)を使ったという話を聞き、戦術研究のために修繕と再調整を行ったのだ。今回は実地試験で、撤退する味方の援護に用いる。

 

「こいつで島田愛里寿の度肝を抜いてやる。けどあんたらも何でまた、あんな大物とやり合うことになったのさ?」

「あー、それね。話せば長くなるんだけど……」

 

 喜多が苦笑いしながら、事情を話そうとしたときだった。ふと森を見下ろした柚本瞳が、その中に蠢く物に気づいた。

 

 木々の合間を進む、鉄の塊を。

 

 




お読みいただきありがとうございます。
ようやく千鶴と愛里寿の話です(まだ愛里寿が登場してませんが)。
時系列が原作と同年のため、「つるかめ戦車隊」ではなく番外編の方で書くことにしました。
本編共々、楽しみにしていただけると幸いです。

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