夜空に信号弾が放たれ、赤い星となった。煌々と燃えながら落ちていくその星を見て、両校の戦車は動き出す。マジノは夜間ながらも地形を熟知しているので、即座に陣地展開を始めた。対するアガニョーク側は敵の配置を偵察する必要があった。頼みだった85mm砲がない以上、M3中戦車の75mm砲が最も強力な主砲となる。そのM3四両とBT-7快速戦車二両からなる本隊に先立って、カリンカ率いるT-26軽戦車四両が斥候として進撃していた。貧弱な装甲と武装だが、偵察には使える。
《マジノはルノーB1bisを中核とし、防御主体の戦術を得意としている》
無線機に入るターニャの声を聞きながら、カリンカは後続に気を配っていた。T-26は三人乗りだが、今彼女の車両には二人しか乗っておらず、また二号車も同様だった。砲手を降ろし、乗員のいない三・四号車を操縦させているのだ。
《今の我々の火力でそれを破るには、敵の陣形を把握して隙を突くしかない。同志カリンカ、威力偵察をしっかり頼むぞ》
「ダー」
言われるまでもなく、カリンカは任務の重要性を理解していた。マジノ側は第一次大戦の遺物であるルノーFT17まで使っているが、重装甲のB1を盾としてフラッグ車を守ろうとしてくるだろう。防御陣形を偵察し、BT-7の機動力で撹乱、M3を接近させ敵を撃破するのがアガニョーク側の作戦だった。
「……この辺でいいわね。斥候隊、停止」
号令に従い、操縦手たちが制動をかける。履帯が音を立て、角ばった小ぶりな車体が停止した。アガニョーク側もマジノ演習場の地図は入手しており、マジノが防御陣地を形成する地点を予測していた。現在はその手前、相手の射程外にいる。夜間であることを考慮した距離だが。
「三号、四号車は操縦系統切り替え。砲手席に戻りなさい」
淡々と命じつつ、カリンカは目の前に据え付けられた装置へ手を添える。ジョイスティックが突き出し、いくつかのボタンが付いた、ゲームのコントローラーのような装置だ。彼女が作ったT-26用の改造パーツだ。
《三号車、切り替えよし!》
《四号車も完了です! 戻ります!》
報告の後、後続車の操縦ハッチが開いた。降車した二人の少女はそれぞれ一号、二号車へ駆け寄り、円柱型の砲塔へよじ登る。彼女らが元どおり砲手席に身を収めると、カリンカは無人になったT-26を見遣った。エンジンはかかったままで、夜のため分かりにくいが細長いアンテナが増設されている。
「テレタンク、前進」
白い指がジョイスティックが倒す。電波信号を受信し、無人の戦車がゆっくりと動き出した。カリンカらの脇を通り過ぎ、先行して進んでいく。
ソヴィエトで開発されていた無線操縦戦車・テレタンク。擱座した戦車の乗員救助や煙幕展開、火炎放射器を搭載しての対トーチカ戦闘のために作られた代物だ。操縦系の切り替えによって有人での操縦も可能となっている。アガニョークではT-26が二線級に引き下げられたため、動的射撃などの訓練用にこの改造を施したのだ。単純にカリンカの珍兵器趣味に寄るところもあるだろうが、人員不足の今回は役に立った。
地形の起伏で進路がぶれる無人戦車を、カリンカと二号車車長は慎重に舵をあて、直進させる。車両後部には無線で点灯できるLEDをつけており、夜間でも見失う心配はない。テレタンク二両を盾とし、後ろを有人の指揮戦車が進む。ジョイスティックを操作しつつ、カリンカはそろそろ敵の攻撃が来ることを予期していた。前方にある高台に防御陣地が形成されていると見て取ったのだ。日頃から訓練に使っているなら、最初から戦車壕くらい掘ってあるかもしれない。
探り撃ちを行い燻り出してみようか。そう考えたとき、前方から光が浴びせられた。戦車の前照灯だ。
「ッ……煙幕!」
カリンカの号令の直後、先行するテレタンクの周囲に着弾。小柄なT-26車体が揺さぶられるも、幸い直撃弾はなかった。すぐさまコントローラーのボタンを押し、テレタンクから煙幕を放出する。立ち込める煙が前照灯の光を遮った。
点灯したのは二両のルノーB1bisだった。元々車体に付いている前照灯だけでなく、砲塔上にサーチライトを増設している。夜戦において自ら光を発するのは危険な行為だが、B1の装甲の厚さを頼んでこの役をやらせたのだろう。そしてその明かりを頼りに、防御陣形を組んだ車両が砲撃する。
「後退しつつ榴弾で探射! 照準は大雑把でいいわ!」
命じつつ自分もコントローラーを離し、テレタンクを煙幕の中へ停止させた。榴弾を一つ手に取り、握りこぶしで砲へ押し込む。閉鎖機が音を立てて閉じた。
「撃て!」
砲手がトリガーを引く。45mm砲が火を噴き、車内に火薬の臭いが立ち込める。榴弾はマジノ防御陣の中で炸裂し、閃光が一瞬辺りを照らした。煙幕に遮られて一瞬止んだ砲撃が、再び開始される。動いているT-26にはなかなか当たらないが、中には近くを掠めてくる砲弾もある。そんな中でサイドテールを靡かせながら、カリンカは顔色一つ変えずに発砲炎の位置を観察した。夜目の利く彼女にはそれらの敵戦車が、やはり壕に身を隠しているのが見えた。砲塔だけを出して攻撃するダックイン戦法である。フランス戦車の構造を考えれば当然の戦法だ。
だが一両だけ、T-26隊の側面へ移動しようとしている車両に気づいた。丸みを帯びた小さな砲塔の、ずんぐりとした中戦車だ。B1bisの照明のおかげで、その砲塔が自分に指向しているのが分かる。
「停止!」
操縦手が制動をかけた瞬間、砲声。辛うじて敵弾は後ろを通り過ぎる。一撃目が失敗した敵戦車は反転し、闇の中へ離脱していく。
「ソミュアS35……遊撃手がいたか」
「カリンカさん、どうしますか!?」
操縦手が尋ねる。戦闘の高揚感から声を荒げているが、指揮官が冷静でいるため、レバーを握る手に狂いが出ることはない。
「転進、煙幕を張りつつ集結地点へ向かいなさい。敵の位置は大体読めたわ」
『撤退』などの単語は士気に関わるため、慎重に言葉を選ぶ必要がある。煙幕に紛れ、予め決められていた集結地点へ移動を開始した。ある程度退いたところで敵の砲撃は止み、前照灯も消された。エンジン音だけが響く。もしソミュアS35が追撃してきたなら、本体の前まで引きずり出して撃破できるだろう。
「……テレタンクがやられなかったのはラッキーでしたね」
「そうね」
ジョイスティックを操作しつつ、カリンカは砲手に同意した。敵の配置を知ることができれば、無人戦車くらい犠牲にしてもいいと考えていたのだ。ミーティングの場で自身が発言したように、テレタンクは『無いよりはマシ』として持ち出したものだった。
テレタンクの操作と周辺警戒を同時に行っているカリンカに代わり、砲手が本隊へ通信を入れる。それを横で聞きながら、彼女は新たな作戦の必要を感じていた。
《アガニョーク前衛部隊、後退しました!》
S35に乗る後輩の報告を聞き、マドレーヌは笑みを浮かべた。マジノの旗艦とも言える「青のスペード」が描かれたB1bis重戦車。その砲塔にはマドレーヌ一人が身を収めるスペースしかない。足元には操縦手と、車体に直付けされた主砲の砲手・装填手がいた。操縦手に前照灯を消すよう命じ、砲塔後部のハッチを開ける。巡航時のシートにもなる後部ハッチに腰掛け、外付けのサーチライトを消した。もう一両のB1bisも同じく消灯する。高台の下は闇に包まれた。
《マドレーヌ様、追撃命令を!》
「いけません、エクレール」
レシーバーに入る声に、毅然として答える。相手は彼女が以前から目をかけている後輩で、その能力を買ってS35での遊撃任務を与えたのだ。機動力に優れる騎兵戦車に乗っている身としては、追撃して敵を蹴散らしたいところだろう。
「相手はプラウダ高校の指導を受けているとのこと。偽装撤退はプラウダの常套手段、迂闊な追撃は禁物でしてよ」
《……了解ですわ》
理にかなった命令だったため、エクレールは従った。だが彼女が内心自分のやり方に不満を抱いていることに、マドレーヌは薄々気づいていた。しかしそれは何年も前からマジノ女学院に根付く病とも言えるもので、マドレーヌはどうすることもできない。少なくとも、本人はそう考えていたのだ。
今回はマジノの防御戦法で優位に立てるだろう。アガニョークの戦車編成では長距離からB1bisの装甲を抜くことはできない。その背後に姿を隠したフラッグ車、ルノーFT17を狙うこともできないはずだ。そして夜間であっても、訓練場の地形を知り尽くしたマジノ側に地の利がある。この高台には崩れた砦を模した石の壁や、戦車が十分に隠れられる茂みも存在する。それらに陣地転換しながら守りを固め、敵の偽装撤退に応じなければ負けはしない。
全国大会に出たことのないアガニョーク学院高校が相手とはいえ、勝てば士気も高まるだろう。
「皆さん。堅く守りを固め、敵の策に乗らないように!」
「高台の上、二箇所にB1。その間にFT17が一両。周囲にR35三両が……」
懐中電灯で照らされた地図に、カリンカがペンで印をつけていく。ラーストチュカは静かにそれを見守り、ターニャはその配置を見て唸る。さすがによく考えて待ち伏せをしている。敵戦車十両中、三両だけ居場所が分からない。恐らくはフラッグ車とその護衛と、後方警戒だろう。背後を突くこともできなくはないが、近道をしようとすると急斜面を登ることになり、なだらかな場所を選ぶと起伏の激しい場所を迂回せなばならないため時間がかかる。後方警戒の車両がどこにいるかは分からないが、気づかれる可能性が高い。
「噂通りだな」
ターニャは呟いた。SU-85があれば、と思ったが口には出さない。部下に動揺を与えないよう、態度には気をつけねばならないのだ。
敵はカリンカたちを追撃してこなかったことから、プラウダ仕込みの囮戦術も通用しそうにない。相手も分かっているのだろう。
「よし。危険は伴うが、T-26で煙幕を張り、私とラーストチュカのBT-7で側方から撹乱する。相手もフラッグ車がいればそれを狙おうとして、守りに隙ができるだろう。そこへM3を接近させ、フラッグ車を叩く」
概ね、最初に考えていた通りの作戦だ。しかしカリンカはそれで突破できるとは思えなかった。
「同志隊長」
「何だ、副隊長代理」
「お言葉ですが、我々が側方を着けば敵は即座に陣地転換できます」
マジノの居座る高台には、戦車の隠れられる障害物が多々あった。何処から攻められても即座に配置を変え、守りを厚くできる。場合によっては部隊丸ごと、他の場所へ退避して戦うこともあるだろう。
「加えてM3は車高が高く、発見されやすいです。先に敵の火点を制圧しようにも、ダックインしている戦車を狙うのは困難かと」
「……確かに」
ターニャも彼女の意見を認めた。BT-7やT-26の主砲は非力だし、M3の75mm砲は旋回できない。敵火点を制圧しないままM3が発砲すれば、敵は発砲炎を頼りに集中砲火を浴びせてくるだろう。マジノ側もM3の火力を特に警戒しているはずなのだ。
隙を作るためにBT-7で突撃しても、あの遊撃のソミュアS35が妨害してくるだろう。あの騎兵戦車は最高速度と航続距離を除き、あらゆるスペックでBT-7を上回っている。スペック表に乗らない弱点もあるが、カリンカは動きから見て手練が乗っているだろうと推察していた。あの遊撃手が尖峰を妨害すれば、他の車両は陣地転換を行いつつ防御に専念できる。
だがカリンカは一つの策を考えついていた。負担も大きいが、“夜の魔女”たる自分たちならできる。
「私としては焦らず、持久戦に切り替えることを提案します。夜食も持ってきているし」
「持久戦だと?」
ターニャが問い返し、周囲の仲間たちもどよめいた。ラーストチュカが口を開く。
「副隊長代理。防御陣地を組んでいる相手に持久戦というのは、いたずらに戦いを長引かせるだけかと」
「同志ラーストチュカの言う通りだ。それではマジノの守りに傷はつけられない」
「戦車が相手だと思えば、そうでしょう」
少し語気を強め、二人の言葉を遮る。サイドテールが夜風に揺れた。
続いてカリンカの口から飛び出したのは、とんでもない言葉だった。
「乗っている人間になら、傷をつけられます」
お読みいただきありがとうございます。
まずは本編後書きで予告したアガニョークVSマジノです。
テレタンクの他にカチューシャロケット搭載のT-60とかも出したかったのですが、そこまではさすがに止めておくかと思いまして。
カリンカというキャラに何となく愛着が湧いたので、彼女のことをもっと掘り下げようという考えもあって書きました。
こちらはこちらで後編を楽しみにしていただけると幸いです。