やがて夜は明け、アガニョークの選手たちは撤収を始めた。勝利の高揚感と眠気を抱えながら。
マドレーヌと副隊長の二人が、ターニャたちを見送りに来た。負けた悔しさは当然あるだろうが、騎士道精神に乗っ取り笑顔で握手を交わす。
「さすがは“夜の魔女”。勉強になりましたわ」
「そちらこそ、よく考えられた防御陣形でした。しかし……」
相手と同じく穏やかな物腰で応じるターニャだが、思っていたことを口に出す。
「一度でも貴女方が攻勢に出るか、フラッグ車だけでも離脱させるかしていれば、結果は異なっていたかもしれません」
その言葉に、マドレーヌの顔から笑みが消えた。
最終局面でターニャがフラッグ車のルノーFT17を撃破できたのは、ラーストチュカがその護衛一両を引きつけてくれたのと、相手が動かなかったことが大きい。壕に隠れて偽装までしていたため、発見するまで時間はかかったが、見つけてしまえば撃破は容易かった。
「……伝統を守りながら戦うことが、我がマジノの戦車道ですの」
「伝統、ですか。我々にはあまり、縁のない話ですね」
ターニャはニコリともせずに答えた。
「ですが伝統というのは誇りを持てるからこそ、受け継がれていくものかと思いますが……」
「!」
マドレーヌの心臓が大きく脈打った。脳裏にとある後輩の顔が浮かんでいた。
「……いや、私がとやかく言うことではありませんね。お許しを」
「……お気になさらず」
強張った顔に、再び微笑みを湛える。彼女に一礼して、ターニャは踵を返した。
内心、ターニャはマドレーヌの気持ちを察していた。フランス戦車はS35などの一部を除いて、防御戦を想定した設計なのだ。
戦争は政治の延長であり、それに使われる戦車も政治的な影響を受けて造られる。フランスは革命以降出生率が低く、加えて第一次大戦で多大な犠牲を出した。世界規模の大戦争が繰り返されれば国家の存亡に関わると考え、一次大戦後に日本が提唱した人種差別撤廃条約に賛同し、ナチスがポーランドへ侵攻しても外交で問題解決を図ろうとした。
だが結局フランス軍の防御戦略は、ドイツ軍の機動戦に歯が立たなかった。
それでもマジノ女学院の現状に問題があるのは確かで、マドレーヌも自覚していることだろう。同じ隊長として、彼女が抱えている苦悩は察しがつく。マジノ女学院は長い歴史を持つがゆえ、その伝統が重すぎるのだ。
アガニョーク戦車部が柔軟なのは歴史が浅いからであり、それが強みだとターニャは考えている。しかしチームがより長く続けば、いずれマジノ同様の動脈硬化を引き起こす……それを危惧していた。
ターニャはふと、仲間達と雑談する副隊長代理へ目をやった。戦車と関わっているときは滅多に歯を見せないカリンカだが、今は花のような笑顔を浮かべている。ラーストチュカの作ったチョコ菓子の効果だ。
彼女なら今のアガニョークの良さを守ってくれるだろう。型破りでキャリアは短くサディスティックだが、純粋に戦車道を愛しており、格式張ったことを好まない。今回の試合でもそうだったように、冷静かつ柔軟な戦い方ができる。新入生たちも皆、カリンカを慕っていた。
自分がいなくなっても、後をカリンカに任せればアガニョークはもっと強くなれる。彼女のためにも今年は全力で、隊長としての務めを果たそう。
決心を固め、ターニャは声高らかに撤収を命じた。
……その日の内に、抑留されていた副隊長たちが帰校した。当然、SU-85もだ。事の発端となった黒森峰の『ハイター』なる雑用係が、菓子折り持参でプラウダへ赴き説得に当たったという。校外へ出ていた“ブリザード”ノンナが予定を繰り上げて帰ってきたこともあり、小さな暴君は機嫌を直したようだ。
全国大会常連校への勝利は“夜の魔女”たちの名を高めることとなった。一方のマジノ女学院ではその後、時期外れの隊長交代が行われた。新隊長に就任した二年生・エクレールは長い伝統に楔を打ち込み、チームの改革へ乗り出すことになる。
ターニャの危惧した『動脈硬化』はマジノ女学院のみならず、日本戦車道全体で発症していたと言えるかもしれない。この年の全国大会で無名校が大番狂わせを成し遂げ、強豪校の慢心が浮き彫りとなる。そして翌年には、群雄割拠の時代が始まったのだ……
お読みいただきありがとうございます。
アガニョークVSマジノ編、いかがだったでしょうか。
マジノにブドウ園があるのは私の確信的な想像です(本拠地が山梨で提携先がフランスならあるに決まってる)。
なんか後編では露骨な山梨ネタ(しかも山梨県民でさえ分かる人少なそう)を入れてしまいましたが、郷土愛ということで勘弁してください。
フランス系の学校だからフランス流戦車道なのは分かるんですけど(甲州ワインもフランス流だし)、山梨県民の気質から考えると、防御中心の戦術は似合わないような気がするんですよね。
どちらかといえば、良くも悪くも我が道を行く鶴姫しずかの方がより山梨的に思えます。
協調性が無いという意味ではマジノの面々も山梨的か……?
まあ私は学生時代にブドウ園の作業も経験しているので、マジノはアンツィオと並んで好きな学校の一つです。
一番好きなのはもろに地元の楯無高校ですが。
ともあれ、お読みいただきありがとうございました。
ご感想・ご批評などをいただけましたら、今後の糧といたします。