砂浜に砲声が響き、埃が巻き上がる。近くには林があり、時折爆発で木がなぎ倒されていた。砂浜に戦車壕を掘ってハルダウンする日本戦車を、何者から林の中から攻撃していた。絶えず位置を変えているため正体は掴めないが、狙いは正確である。
沖から双眼鏡で戦闘区域を眺める船橋は、遠くからでも伝わる緊張感に息を飲んだ。音というより振動として伝わってくる砲声、巻き上がる砂埃。双方十両ずつのフラッグ戦、過激なゲームが展開されていた。
「もう始まってる……!」
「何とか間に合いましたね。観戦区域へ上陸します」
タグボートの舵を取るハイターが知らせた。全長九メートル足らずのボートには箱形の乗員室が設けられ、黒森峰女学園の校章が描かれている。ハイターの他には二人の雑用が乗っており、それぞれレーゲン、ベヴェルクトというコードネームで呼ばれていた。
舵が切られ、ボートは左へ旋回する。そのまま交戦区域を離れてしばらくすると、海岸に対戦車バリケートが見えた。そこからは戦車が侵入できない観戦エリアということだ。ハイターは慣れた手つきで操舵し、船を陸へ直進させる。
「ラントワッサシュレッパーなんて初めて乗ったわ。よく使うの?」
「ええ、他の学園艦を訪ねるときには便利ですからね。プラウダで抑留されたときも、これで逃げまして」
外交任務も必死です、と苦笑するハイター。他二名もクスリと笑った。さすが強豪黒森峰と言うべきか、雑用でも修羅場をくぐっているようだ。
船は真っ直ぐ海岸へ進み、やがて船首が浜へ乗り上げてもそのまま突き進んだ。船艇が露わになり、そこに設けられた戦車と同じ走行装置……鉄の履帯が地面を踏みしめる。ドイツ製の水陸両用トラクターだ。船舶ではなく車両として見ると大柄だが、ハイターらが買った土産と人間一名を乗せているだけなので、陸上でもそれなりに軽快な走りを見せる。
彼女らが観戦に向かう間にも、砲声は轟いていた。
《決号・四式中戦車、走行不能!》
「誰がやられた?」
ハルダウンして撃ち合う五式中戦車チリの車長席で、ポニーテールの少女が尋ねた。美しい顔立ちでスタイルも良いが、その立ち振る舞いは美少女と呼ぶには違和感がある。答えが返ってくる合間にも、戦車壕周辺に砲撃が降り注いでいる。しかし日差しで陽炎が発生しているため、身を隠している戦車にはなかなか命中しない。砂埃が巻き上がるだけだ。
「清水車。怪我人は無し。敵はM13/40中戦車。森の中を移動しながら撃ってきており、行進間射撃で当ててくると」
「これで国定隊は全滅か」
通信手から伝えられた情報が、車長を唸らせた。
M13/40はイタリア製の中戦車で、47mm砲を搭載している。四式は日本戦車としては装甲が厚いが、側面や急所を撃たれれば耐えられないだろう。すでにそうやって三両が撃破された。こちらの戦果はセンチネル巡航戦車二両。まだそこまでの戦力差ではないものの、状況は緊迫している。
車長席に座る隊長……一ノ瀬千鶴は舌を巻いた。戦車道に参加できるのは設計が第二次大戦中に行われた戦車のみであり、当時の戦車で走りながら砲撃を命中させるのは至難の業だ。
「噂の砲手ですかね」
装填手がポツリと呟いた。
「虹蛇の“戦車暗殺人”、“女ビリー・シン”……聞いた話じゃマタギの子だとか」
「徹甲弾装填」
下された命令に、装填手は口を動かすのを止め、手を動かした。彼女が抱え上げた75mm弾を装填トレーに乗せると、それが砲尾まで移動。機械のアームが砲弾を押し、薬室へ前進させた。
敵は全部で七両。味方は四式中戦車チトが二両、二式砲戦車ホイ一両、三式砲戦車ホニIIIが二両の計五両が、周囲で防御陣形を組んでいる。四式のうち一両はフラッグ車であり、他の犠牲はどうあれこれだけは守らねばならない。それに敵の脅威は凄腕の砲手だけではない。決号が得意とする偽装・伏撃戦術を瞬時に見破り、戦車の位地を瞬時に把握できる者がいて、M13/40の観測手を務めている……敵の数からして、おそらくフラッグ車が。
「柳川隊、発煙弾用意。一ノ瀬隊は背後へ抜ける。急げ!」
今のところ陽炎という自然の助けもあって無事でいるが、別働隊を殲滅したM13/40がこちらへ向かってくるだろう。これ以上止まって戦うのは無理だ。砂の巻き上がる中で千鶴が顔を出したとき、近くを砲弾が掠めていった。2ポンド砲の流れ弾だな、と彼女は判断する。戦い慣れてくると自分を狙った弾が、単なる流れ弾か、音で判別がつくのだ。
「撃て!」
砲戦車隊が一斉に発砲。この二式・三式砲戦車は駆逐戦車的な運用を想定した設計だが、搭載しているのは野砲を改造した物で、発煙弾も使える。砲手たちの狙いは正確だった。センチネルの前に落下した砲弾から白煙が濛々と広がり、視界を遮った。その隙に千鶴の乗る五式、そして二両の四式が壕から出る。履帯で砂地を踏みしめ、フラッグ車を庇う隊列で前進。敵の右側へ迂回した。
「砲塔、九時方向」
命じられた砲手が左側へ砲を向ける。五式中戦車は砲塔バスケットを採用した最初の日本戦車であり、砲塔内の乗員三名の席も合わせて旋回した。
敵隊列の真横に出たとき、砲手は照準器内にセンチネルの姿を捉えていた。こちらに気づいて砲塔を回していたが、その前に千鶴が発砲を命じた。75mm砲が火を噴く。高射砲をベースとした長砲身から徹甲弾が放たれ、丸みを帯びたセンチネルの装甲を穿つ。
上がった白旗は白煙に包まれて見えなくなった。柳川隊……砲戦車たちが再び発煙弾を撃ったのだ。千鶴が彼女たちにも脱出を指示しようとした、そのときだった。
《決号工業・三式砲戦車、走行不能!》
突如入ったアナウンスに、千鶴はハッと砂浜を顧みる。手のひらで光を遮ると、波打ち際に無骨な中戦車を視認できた。砲塔はある程度傾斜した装甲だが、車体上部は角ばっている。逆光で距離もあるため、塗装や装甲を留めるリベットは見えないものの、カルロアルマートM13/40に相違ない。距離はおよそ九百といったところか。
「ちっ、お出でなすった」
敵の砲手は噂通りの名手であると、千鶴は認めた。47mm砲なら三式砲戦車の装甲など容易く貫通できるが、ハルダウンしている相手にあの距離で命中させるとは。
さらに煙幕の中を突破したセンチネル部隊が、千鶴たちの前に展開していく。砲戦車をM13/40に任せ、フラッグ車を守る千鶴たちを殲滅するつもりだろう。
だがそのとき、千鶴はふと林の方を見て、ある物を偶然見つけた。何かが木々の合間で、きらりと光ったのだ。すぐさま、彼女は通信手に叫んだ。
「黒駒車へ連絡しろ!」
カイリーは照準器を通じ、三式砲戦車に上がる白旗を見た。M13/40はイタリア軍が使った中戦車で、オーストラリア軍も鹵獲車両を使っていたという。そのためか分からないが虹蛇女子学園も一両保有しており、今回カイリーの乗車に選ばれた。イタリア製の火砲は性能が良く、47mm砲でも日本戦車には十分通用する。例えいくらか装甲の厚い相手でも、カイリーの腕があれば正確に急所を狙える。
《右へ回避!》
インカムに入ったベジマイトの声。装填手を兼ねる車長が、すぐさま操縦手の肩を蹴る。右へ操縦桿が切られ、履帯に波がかかった。その刹那、砲塔の左を砲弾が掠めていった。残りの三式砲戦車が壕から出ており、素早く車体の向きを変えて撃ってきたのだ。九〇式戦車砲をまともに食らえばM13/40の正面装甲では耐えられない。
《次、ブレーキ!》
「ブレーキ!」
急制動がかけられた途端、未来位置を予測しての一撃が空ぶった。砂浜に落ちた徹甲弾がクレーターを作る。先に壕から出た四式中戦車の攻撃だった。
照準器を覗くカイリーは舌を巻く。三式砲戦車の乗員は固定砲塔にも関わらず、あれだけ素早く正確な照準を行った。四式の砲撃も極めて正確で、三式とタイミングを合わせて撃ったのだとすれば達人技だ。
しかしそれも、“生きたレーダー”が観測手(スポッター)を務めている以上、彼女には通じない。林から常に敵を捜索し、場所をカイリーに伝えると同時に、彼女たちが攻撃に専念できるよう見張りを行う。野生の勘は砲撃のタイミングまで的確に見切っていた。ここまで来ると超能力の類ではないかと思う者もいるが、ベジマイト本人はそこまで大業なものではないと言っている。
カイリーの射撃のセンスもそうだった。車長が揺れる車内で徹甲弾を正確に砲尾に合わせ、拳で押し込む。カイリーの目は今しがた自分を狙った、三式砲戦車を捉えていた。
ゲームと違い、大砲の弾は照準を合わせたところに当たるとは限らない。砲弾は重力の影響を受けるし、砲はもちろん弾種によっても弾道は変わる。二発目以降は砲身の熱膨張によってその都度弾道が変化する上に、同じタイプの砲でもそれぞれ癖というものがある。コンピュータ制御もない戦車道用戦車では、それらを計算と勘で修正できなくては一流の砲手になれない。
カイリーは特にその勘に優れていた。走行の振動がある中で、ぎゅっと標的を睨む。自分の本能のままに。その世界に存在するのは自分と、照準器越しに見る標的だけという錯覚さえ覚える。やがて標的が自分にぐっと近づき、砲身の先に密着しているような感覚になる。
その瞬間、彼女は撃った。撃発の音が轟き、乾いた音を立てて空薬莢が排出される。撃った弾丸は狙い違わず、各張った形の砲戦車へ吸い込まれていった。徹甲弾が装甲にめり込み、黒煙が上がる。次の瞬間には敗北を受け入れるかのように、白旗システムが作動した。正面と言えど、厚さ30mm足らずの装甲では耐えられなかった。
「次!」
装填を急がせるカイリーだが、残った二式砲戦車は彼女ではなく、本隊のセンチネルに砲塔を向けていた。本来は榴弾で歩兵を蹴散らすための、短砲身75mm。しかし直接照準器を搭載しており、対戦車戦闘も想定している車両だ。
《隊長、狙われています! カイリー、急いで!》
ベジマイトが警告した。次弾装填が住み、カイリーは冷静に照準を合わせる。素早く発砲……しかし、相手の砲手も速かった。M13/40の一撃が命中する一瞬前に、二式砲戦車の75mm砲が火を吹いていた。
放たれたのは成型炸薬弾。回避しようとしていたセンチネルACIIIの側面に命中した途端、信管が作動した。漏斗型の炸薬が爆発し、その圧力で先端部の金属が流体化して装甲を貫く。もし特殊カーボンがなければ、乗員までそのメタルジェットに貫かれていただろう。
被弾部で黒煙が燻り、白旗が上がる。隊長車だった。
「ラミントン隊長がやられた!」
《隊長! 無事ですか!?》
《ベジマイト、後を任せるわ! 片腕でも勘は鈍ってないってこと、見せてみなさい!》
仲間たちの会話を聞きながら、カイリーはじっと照準器を覗いていた。虹蛇の隊長車が撃破された隙に、五式、四式は後部から煙幕を吐きながら逃走を図っている。後付けのスモークディスチャージャーは戦車道のルールでも認められており、大洗女子学園も活用した。
《了解、指揮を引き継ぎます! 残っているセンチネルは敵フラッグ車を追撃、残敵が少ないからって油断しないように》
友の声を聞いて、カイリーは微笑を浮かべた。打ちひしがれて項垂れている姿など、彼女には似合わない。やはり彼女はこうでなくては。
《カイリーは一度、ボクの護衛について。敵の隊長がさっき、こっち見てたから》
「了解」
履帯が軋む音を立てながら、緑色の車体が砂上で旋回した。
林の木々の合間から仲間を見守るベジマイトは、すでに移動を開始していた。彼女が乗るフラッグ車はCTL豆戦車。左側に砲塔の寄った、左右非対称の形状が特徴的だ。信頼性は高いものの、武装は機関銃のみで装甲も貧弱である。しかし小型なため偵察やフラッグ車には向いていた。
「私を操縦手に指名してくれたのは嬉しいですが、何もCTLじゃなくても良かったんじゃないですか?」
右側の操縦手が疑問を呈する。ハッチから頭を出すベジマイトは涼しい顔で前方を見据え、右手を砲塔の縁にかけていた。あの事故で失われた手は二度と戻ってこない。いまそこにあるのは先の曲がったペンチのような形状の、金属製の義手だった。工具じみたその手は一応稼働式で、細いワイヤーが袖の中へと入っている。反対側の肩にかけたハーネスに繋がっており、それを使って開閉できる能動義手だ。
「小さい戦車の方が乗りやすいしさ。それに生身に近い感覚の方が、勘が冴えるんだよね」
周囲を見張りながら、淡々と告げるベジマイト。だがその口元には微笑が浮かんでいる。義手がカチャカチャと音を立て、小刻みに戦車の装甲を叩いていた。
歓喜。抑え切れない喜びが表れている。自分は今、この場で皆と一緒に戦っている。戦えているのだ。片手をなくした自分を仲間たちは受け入れ、隊長のラミントンもまたフラッグ車車長 兼 観測手という大役を任せてくれた。彼女に復帰の願いを伝えたとき、返ってきた言葉は「こうなると信じていた」だった。
また皆と、無二の友たるカイリーとも、また肩を並べて狩りができるのだ。
義手をちらりと見て、ベジマイトはすっと右後方へ視線を流す。ほんの少しだけ間を空け、タイミングを計る。そして次の瞬間、命令を下した。
「右回避!」
操縦手の少女はすぐさまカーブを切る。その刹那に響いた発砲音。37mm砲弾が背後を通り抜けていった。
その直後、木々の合間からエンジン音も高らかに飛び出してきた、一両の軽戦車。円筒型の砲塔には決号の校章が描かれ、ハッチから短髪の少女が顔を出し、眼光鋭くこちらを睨んでいた。茶色のメッシュが入った前髪が風に揺れている。
「逃げろ!」
「はい!」
操縦手がアクセルを踏み込み、相手の二式軽戦車ケトも追撃してくる。ベジマイトは再びカイリーに通信を入れた。
「やっぱり敵に見つかった! 二式軽戦車が一両!」
伝えつつ再度後方を顧みて、相手の顔を確認する。黒い帽子とフロックコート……明治時代の警視隊をモチーフとしたタンクジャケットを着た、決号の副隊長だ。さすがというべきか、木々の陰に隠れながらの見事な不意打ちだった。ベジマイトの勘と見張り能力があればこそ、落ち着いて回避できたのだ。
「決号の黒駒亀子……情報通り、手強そうだ」
練習試合であっても、相手選手の情報は調べてある。鋭い勘を頼りにし過ぎる面もあったベジマイトだが、右手を失って以来、そこに慎重さと論理的思考が加わった。敵を知り己を知れば、の故事の如く、相手の情報収集もしっかりと行ったのだ。
「噂によると、あの人に捕まったらカンチョーされるらしいよ」
「マジですか!?」
操縦手は青ざめた顔で、必死に戦車を加速させる。それに比べ、カイリーからの返事は冷静だった。
《もうすぐ合流できます。私の前まで引きずり出してください》
「頼んだよ。あいつは“追撃戦の鬼”と呼ばれているらしいから。……左!」
通信機越しに会話しつつ、操縦手にも指示する。再び砲声が響き、CTLは発射寸前に射線を避けていた。流れ弾の命中した木が音を立てて倒れていく。
相手と進路を交互に見張るベジマイトの耳に、再び親友の声が聞こえた。
《鬼のまた強き者、と書いて
ああ、これだ……ベジマイトは笑みを浮かべた。カイリーと初めて会ったときのことを思い出す。山歩きを趣味とするベジマイトは、滅びゆく狩猟集団の血を引く彼女に興味を持ち、話を聞きたくて声をかけたのだ。同じ趣味を持つ二人は意気投合し、やがてベジマイトに狩人の才があると見たカイリーが、一緒に戦車道をやらないかと誘ったのだ。鉄の獣も狩り甲斐はあるだろう、と。
カリリーは女だてらに生粋のハンターだ。それに惚れ込んでいたベジマイトは、彼女と共に行う『狩り』が至福の時間となっていた。
追われる側でいる今も、彼女は狩人なのだ。
お読みいただきありがとうございます。
ちょっと前中後編では尺が足りなくなりました(汗)。
なので編成を少し変えさせていただきます。
おそらく次の更新でベジマイト編は完結かと。
【挿絵表示】
そして本編の登場人物紹介にも載せましたが、ベジマイトの立ち絵をいただきました!
モヤッとさんには義手のデザインその他で試行錯誤していただき、頭の下がる思いであります。
こういう物をいただくと下手な話は書けないので、最後もしっかりと書いていきます。