アドレットとロロニアが出会った頃のエピソードは結構好きなので、二人が仲良くなるまでを掘り下げて書いてみました。
ロロニアがアトロの元に来てから、一ヶ月近くが過ぎた。彼女は今日も、訓練を終えたアドレットの傷の治療をするため、彼が休んでいる洞窟に向かった。
「アドレットさん、失礼します」
アドレットは眠っているのか、ロロニアの言葉には答えなかった。端から見れば死んでいるように見えるかもしれない。これが毎日だ。彼女は彼の体に触れ、傷の治療を始めた。
「うっ……」
しばらくすると、アドレットは体の痛みを堪えながら起き上がった。
「ああ……ロロニアか。いつも悪いな」
「いえ。あたしがアドレットさんに出来ることは、これくらいのことしかないので」
アドレットはそれからも、ロロニアの治療を受けながら話しだした。彼にはあと数日でアトロを倒さなければいけない理由があった。
「お前もこの前、俺がアトロに返り討ちにされたのを見ただろう? 情けないよな……このままだと俺は破門だ」
ロロニアは返す言葉が見つからず、ただ小さく相槌を打つことしか出来なかったが、アドレットは話を続けた。
「お前も自分の意志ではないかもしれないが、ここに修行に来ているんだろう? 何かアトロを倒す手段はないか?」
ロロニアは少し考えた後、話しだした。
「……申し訳ないですけどあたしは頭が悪いので、アドレットさんが思い付かないなら、あたしが良い案を思い付くとは思えません」
「そうか……」
「ごめんなさい」
ロロニアは沈黙した。そして、アドレットの力になれない自分が歯がゆかった。
「今までいろんな方法を試してきたが、悉くダメだった。アトロは背中にも目があるんじゃないかと思うぜ」
「ふ……ふふっ」
アドレットの言葉に、ロロニアはつい吹き出した。
「なんだ? 俺は真剣に考えているんだがな……あれだけ返り討ちにされ続けると、アトロはどこかがおかしいんじゃないかと思えてくる。まあ、出会った時からあの人はかなりおかしかったが」
「そうですね」
ロロニアはアドレットが、自分に冗談を言ってくれることが嬉しかった。
「ところで、お前の聖者の力は治療だけなのか?」
ロロニアは驚いた。彼女はアドレットと出会ってから、彼は強くなることしか考えていないと思っていた。他人に、ましてや自分なんかに興味を持ってくれるとは思ってもいなかった。彼女は自分のことを聞いてどうするつもりだろうと思いながらも、話し始めた。
「――凄い力だな。自分の血を含ませれば、それを操ることが出来るのか」
「はい。まだまだ、上手くは出来ないですけど。今操れるのは、ある程度の大きさの布切れくらいですね」
「布切れ……?」
アドレットは腕を組み、何かを考えだした。ロロニアは、彼が何を気に留めることがあったのだろうと思いながら、首を傾げた。
「ある程度とはどのくらいの大きさだ? 例えば手を拭く程度なのか、水浴びをした後、体を拭く程度なのか」
「えっ、そうですねえ……テーブルを拭く程度なら」
ロロニアがそう言うと、アドレットはまた考えた後、幾つか質問した。その内容は、布の大きさについて事細かに聞いただけだった。
「それだ!」
アドレットが急に大声を出したので、ロロニアは驚き、少し後退った。
「……あっ、悪い。ただ、そこまで驚かなくてもいいとは思うぞ」
「は、はい……そうですよね」
ロロニアが気を取り直すと、アドレットは彼女の手を握った。
「俺に協力してくれ」
「え、えっ?」
ロロニアはアドレットに手を握られて、混乱した。
「俺はお前が講義を受ける部屋に先回りして、隠れてアトロを待つ。アトロが来たら、お前は血を含ませた布で拘束する。そして、俺がアトロに攻撃する……っていうのはどうだ?」
「そっ……そんなこと出来ますかねえ」
ロロニアは適当な返事をした。話を聞く気はあるが、手を握られているのが恥ずかしくて、それどころではなかった。
「出来る出来ないは、この際いい。協力してくれないか?」
「は、はい! やってみます……」
それから数日後、ロロニアの協力でアドレットは破門を間逃れた。そうは言っても、アトロの元を追い出されなかっただけで、彼は相変わらず自身を痛め付けるような訓練を続け、彼女も毎夜、彼の治療を続けた。
「アド君とこうやって話せるようになるなんて、最初は考えられなかったよ。今だから言うけど、あたし、アド君に怯えていたんだ」
「それは悪かった。俺はあの頃、強くなることしか考えていなかったからな。いや、今でもそうなんだが」
アドレットはそう言ったが、ロロニアにとってはこうやって、他愛のない話が出来るだけでも劇的な変化のように思えた。
「あたしはそろそろ神殿に帰らなきゃいけないけど、アド君はいつまでここにいるつもりなの?」
「さあな。俺が自分自身を地上最強だと思えるようになるまでここにいるかもしれないし、ここに用がなくなれば、どこかに修行の場を移すかもしれない。あっ、六花になるにはどこかで俺の力を示さないといけないな。ピエナの国の――」
やはり、アドレットの頭の中は六花になることで占められていた。ロロニアは彼から、毎日同じような話を聞かされていたが、この日常があと少しで終わってしまうと思うと、寂しかった。
「……あたし、頑張ってみる」
「急にどうしたんだ?」
「アド君は自分の力が全然足りないと思っていても、それでも修行をし続けてる。それに比べて……あたしは聖者に選ばれたのに、逃げ続けてる。もう、逃げるのはやめようかなって」
「そうか! それはいい。もしかしたら俺とロロニアが一緒に、六花に選ばれるかもしれないしな。ロロニアが六花になれば、その力は必ず役に立つ」
ロロニアはアドレットに、自身の気持ちの半分も言えなかったし、言うつもりもなかった。自分がこうやって思えるようになったのは、全部あなたのお陰なんだと。
治療を終えた後も、アドレットは話し続けた。彼はもうすっかり、自分とロロニアが六花になったつもりで嬉しそうだった。彼女はそんな彼の姿を見ながら、その日はいつもより遅くまで彼の話を聞いていた。