万天神殿の別館、モーラが住居として使っている場所、その客人用の部屋で、フレミーがチャモに勉強を教えていた。
「……なんで、フレミーが先生なのさ」
「モーラに頼まれたんだから仕方ないでしょ。あ、チャモ、ここ間違えているわ。やり直し」
「はぁ……フレミーの暇潰しにチャモが付き合うなんて。それに、おばちゃんちでやらなくても神殿でやればいいのに」
「モーラの監視がないと、あなたが大人しく私と勉強するわけないでしょ」
何故、こんなことになったのかは昨日のこと――
「モーラ、ちょっといいか?」
「なんじゃ?」
アドレットは、フレミーと一緒に住むための家を探そうとしていた。探すのは自分一人でするから、それまで彼女を預かってほしいと言う。
「フレミーはそれでいいのか?」
「その……女の子に、一週間も屋根のないとこで過ごさせるのは、流石に可哀想だろ?」
アドレットは照れているのか、モーラと目を合わせようとしなかった。
「お主らしいな。解った、私のところで預かろう。もし、それ以上長引くようであれば、顔だけでも出しに来るといい」
アドレットと別れた後、モーラ、チャモ、フレミーの3人は万天神殿に向かった。
神殿に着くと、モーラはフレミーを空いている部屋に招き入れた。
「部屋はここを使うといい」
「ありがとう。でも、何もせずにアドレットを待つだけじゃ悪いわ。掃除でもなんでもするから、私に出来ることはないかしら」
「身の回りのことはメイドがやるからのう……」
モーラはしばらく考えた後、フレミーにチャモの家庭教師をしてくれないかと提案した。
「……私が? チャモが私の言うことを大人しく聞くと思う?」
「それは、ここの客人用の部屋でも使うといい。チャモがサボったら、私に報告すれば良かろう」
フレミーは一応、承諾したが、モーラに聞こえないように何か独り言を呟いていた。
次の日も、フレミーの家庭教師は続いていた。
「チャモ、勉強は捗っておるか?」
二人分の薬草茶を持ちながら、モーラが部屋に入ってきた。
「おばちゃん……悔しいけど、フレミーの教え方、凄く解りやすいよ!」
モーラは、チャモがフレミーを嫌がると思っていたが、フレミーの知識には感心していた。チャモにもそれが解ったようで、胸を撫で下ろした。フレミーは少し赤面していた。
「それは良かった。フレミー、もう時間も遅い。キリのいいところまで済んだら、今日はそのくらいにしたらどうじゃ?」
「ええ、そうさせてもらうわ」
モーラはお茶を置くと、すぐに部屋を出ていった。フレミーはモーラが、自分たちの邪魔をしないためだけでなく、娘のシェニーラと遊びたいのかもしれない、と思った。
「何照れてんのさ。あのさ、フレミーって優しくなったよね」
「そうかしら? あなたも優しくなったと思うけど」
六花の勇者として、共に戦った時には有り得なかったような会話だ。二人は互いにおかしいと思ったようで、顔を見合わせて笑った。
「あなたはもう、私を殺したいとは思わないの?」
「急になんなのさ。んー……もういいかな」
「そう」
「そりゃあ最初は許せなかったけどさ、チャモを殺そうとしたのもテグネウの命令か何かでしょ? それならフレミーも被害者みたいなもんだよ」
「あなたがそんなことを言うようになるとは思わなかったわ。以前のあなたなら、理由なんてお構いなしに私を殺そうとしていたはず」
「フレミーが止めたから、チャモも止めた、それだけのことだよ。それに……」
「それに?」
「あ……もう、この話は終わり! ここ解らないから、ちゃんと先生してよ」
「そうね。そこは……」
チャモは『仲間だから』という言葉を飲み込んだ。フレミーに直接そう言うのは、まだ恥ずかしかった。
フレミーが家庭教師を始めてから5日目の夕方、アドレットが戻ってきた。手には、家の間取り図のようなものを持っている。
「フレミー、待たせて悪りい。幾つか、候補を絞ってきたぞ」
「見せてもらってもいいかしら」
二人がその間取り図を眺めているのを、チャモが後ろから見ていた。
「ねえ、フレミー……家庭教師はもう終わりなの?」
「アドレットが戻ってくるまでの間だったから、今日までになっちゃうわね」
そう言うと、チャモは不満げな顔をした。
「チャモ、もっとフレミーに勉強教えてもらいたかったのに……」
三人の様子を見ていたモーラは、気まずそうにしていた。
「チャモ、わがままを言うでない! 二人には、これからの生活があるのじゃ」
「……あの、モーラ」
モーラはフレミーの方を向いた。
「私、時間がある時にまた来てもいいかしら。チャモに教えていたこともまだ途中だし、私もキリのいいところまで終わらせたいと思っていたの」
「お主の都合が良ければ構わぬが」
「じゃあ、チャモ、落ち着いたらまた来るから、今までやったところまで復習しておいて。続きは次にしましょう」
それを聞いたチャモは、機嫌が直ったようで、目を爛々と輝かせていた。
「解った、フレミー先生!」
フレミーは思わず苦笑した。
フレミーは荷物を纏めて、アドレットと共に神殿を後にした。
「まさか、チャモにあそこまで気に入られるとはな……なんかあったのか?」
「さあ。私にもよく解らないわ」
アドレットは立ち止まり、振り返った。
「ほら、まだ手振ってるぜ。フレミーも、少しは振ってやったらどうだ?」
フレミーはチャモに向かって控えめに手を振り、すぐに歩きだした。
『勇者、そして母として』のプロットがなかなかまとまらず、その間に書きました。この後、フレミーがチャモの良い遊び相手になってくれたらなあ、と思ったりします。今のところ原作の延長線上の話だけですが、これからは設定を変えた話も書くかもしれないです。