少女が泣いていた。
白く長い髪を血に染めて。
白い外套を鮮血に浸して。
ただごめんなさいと。
もう話せぬ親に向けて、懺悔のように話す。
彼女の周りは戦場跡で、そこには機械や人の破片が散らばっている。
守れなかったと、少女は嘆く。
父親が愛したこの世界を救えなかったと。
やがて少女は、懐から一つの球体を取り出した。
それに向けて彼女は言葉を紡ぐ。
“父さんがいる世界に――行かせて”
次の瞬間、少女の姿はまるで最初からその世界にいなかったかのように忽然と消え去った。
「アイン様、少しよろしいでしょうか?」
アルカの声にアインは整備していた銃をその場において彼女に向き直る。
なにやら彼女の表情からは複雑と言う感情がかすかに読み取れる。
あのアルカがここまで感情を隠しきれないのは異例な事だ。
まだ問題でも起こったのかと、アインは立ち上がる。
「どうした」
「アイン様に会いたいという方がいらっしゃるのですが……」
別段それは珍しい話ではない。
だが亡国機業は基本的にマスコミのようなメディアは全て立ち入り厳禁にしている。
そのため、電話や連絡などが殺到するのが常であるがアルカ自作の機能で遂にその通信すらも遮断されたらしい。
要するに今、アインに会いたいというのは彼に縁のある人間ということに他ならないがそれならばどうしてアルカが微妙な形相なのか説明が付かないのだ。
「……分かった、会ってみるよ。どこにいる?」
「実は……私の後ろにおります」
「……出ていいぞ。覚悟があるなら話し――」
「父さーん!!」
白い何かがアインへと飛びついた。
余りの力の強さに思わず後ろによろめくが何とか支えきる。
見れば白い少女がそこにいた。
白く長い髪に紅い瞳、そして白いロングコート――まるで以前のアインと同じ容姿である。
そして彼女が言った一言が彼の思考を跳ね上がらせた。
「父さん?」
「うん、そう! 初めまして、父さんの娘、エレアです」
満円の笑みを浮かべた少女はにこりと笑ってアインの胸元に頭を摺り寄せた。
「……つまりお前はオレの娘?」
「うん、別の世界だけど私は父さんと血が繋がった娘なの。母さんの事は……世界を渡った時に衝撃で忘れちゃったみたい。でもいつかきっと思い出せるから」
アルカが入れてくれた紅茶を飲みながら、アインは自分の娘を名乗る少女エレアを見た。
白い髪、紅い瞳、白いロングコート――確かにこれは自分の特徴と合致している。
彼女の声のトーンはとても明るく、確かに演技であるようには見えない。
何より――本当に他人であるのなら、ここまで笑顔になれない。
「あ、それとこのコート、父さんが使ってた物なんだ。どう? 似合ってる?」
「……あぁ、とても似合ってるよ」
「うんうん、そうよね! ありがとう、父さん!」
その調子にアインもふと笑みを浮かべた後、一つの疑問に気づく。
彼女が自分の娘であるのなら、父親がいるはずだ。
別の世界での父親――すなわちその世界でのアインがいる。
だが、彼女はまるで自分を久しぶりに見たような反応をしているのだ。
だとすればその世界のアインは既に――
「……エレア、嫌な事を聞く」
「うん、何?」
「お前の世界での、最期を教えてくれ。オレの最期を」
「……」
エレアは目を閉じてから懐かしむように話す。
虚空に向かって話そうとするその姿が何故か酷くあの時の少女と被る。
「父さんは、幼い頃の私を守って死んだの。当時の私はまだ幼くて、目の前で父さんが死んでる事に気づかなかった。父さんが私を見捨てていればきっと生きているのかもしれないけど、まだ力なんて持ってなかった私のために父さんは自分の命を投げ捨ててまで私を守ってくれたから……」
「そうか……エレア、もういい。後の事は……自分の心の中に留めておけ」
アインは立ち上がるとエレアを抱き締める。
今なら分かる。
彼女は――自分の理想を受け継いだ人間なのだと。
本当に、自分の血族であるのだと。
継がれるモノがしっかりと受け継がれている。
「よく頑張ったな、エレア」
「父さん……」
「血が繋がってるのなら、オレの娘も同然だ。だから、甘えていい」
「父さん……っ」
泣き出すエレアを抱き締める。
その体は余りにも華奢だった。
「ねぇ、父さん。お願いしていい?」
まるで太陽のようなどこまでも明るい笑みを浮かべて、エレアはアインに尋ねる。
ただどこでもこの時間が楽しいと。いつまでも永遠であって欲しいと。そういったまるで幼子が願うような無垢な想いを込めて。
アインもまた笑みを浮かべる。
自分の娘なら、断る理由など無い。
寧ろ――自分が生きていた証でもあるのだ。
「なんだ」
「私ね、父さんと一緒に買い物とかしてみたかったんだ! 父さんの故郷で、一緒に買い物とか映画とかね、色々と見たいの! ね、いいでしょ? いいでしょ?」
娯楽と言うのはアインにとって多少縁が無いものである。
自身の行く先を見つけた今、まだ知らないモノもしくは知ろうとしなかったモノに手を出そうと考えていた。
これまでの偏屈な考えが新しい世界を知る事を恐れていたためである。
そのためエレアの願いは、アインにとっても都合が良いのだ。
増してや別世界とは言えども自身の娘が懇願しているのなら断る理由など無い。
「……あぁ、ちょっとスコール達に知らせに行ってくる」
「スコール?」
「オレの上司……みたいな人かな。オレの恩人でもあるから迷惑は掛けられないんだ」
「ふむふむ、スコールさんか……じゃあ、私も一緒に行っていいかな?」
「……どうなっても知らないぞ?」
「大丈夫! だって私は父さんの娘なんだから!」
その言葉に、アインは再び困ったような笑みを浮かべた。
もしもあの世界の久一と季理が彼女を見たのなら、何と声を挙げるのだろうか。
“お前にはお前の未来が待っている”
あぁ、そうかとアインは一人納得する。
あの二人はきっとお帰りと言うのだろう。
だけど彼らはもういない。
息子であるアインが手に掛けたから。
もし二人が狂っていなければ、あの未来が待っていたかもしれないのだ。
ならば、彼がエレアにその未来を用意すればいい。
後はきっと、全てを受け継いでくれたエレアが作ってくれるはずだから。
スコールの溜め息は非常に重かった。
傍らにはアルカも立っており、どうやらある程度の情報は彼女も既に備えていたらしい。
エレアの事を話し終わった途端、彼女はまるで空気が抜けたかのように息をついたのだ。
「……貴方の娘、それを本当に信じてるの? アイン」
「あぁ、信じてるさ」
「もしかしたら、騙してる可能性だって有るのよ? それでも信じるの?」
「当たり前だ」
再びスコールは大きな溜め息をつく。
どうやら彼女の真意は別にあるらしい。
つまりその肝心な事を聞き出せていないのだ。
呆れと疲れを交えて、彼女は机に両肘をついて、エレアを見た。
「……せめて母親の名前でも出してくれたのなら納得は出来るけど」
「……ごめんなさい。何故か母さんの事は思い出せないんです。綺麗な髪の人だったと言うのは記憶にあるんですが」
「それで……どんな思い出があるの?」
「はい、父さんと母さんと一緒に本を読んでいた思い出があります。父さんが楽しそうに本を読んでくれて、母さんが私を撫でてくれて、二人で私を抱き締めあったりしてくれました」
「そう……」
スコールはエレアの顔を見つめる。
やがてどこか懐かしいようなような表情を浮かべた。
「行っていいわよ、アイン。後の事は私達が引き受けておくから楽しんできなさいな」
「……スコール、感謝する」
「ありがとうございます」
「存分に楽しんできなさい」
アインとエレアが部屋から出て行くのを見送って、スコールは天井に目を向ける。
結局分かったのは、あの少女がどこまでも純粋だと言う事。
そして――多くの戦場を見てきたという事だ。
アインと同じ雰囲気を纏い、アインと同じ目をしていた。
あそこまで似ていては、最早親子と言う他ないだろう。
「……結局誰が母か分からなかったわね」
「……それでいい気がします。エレア様の母親が誰であろうと、エレア様には受け継がれるべきモノが受け継がれている。ならば、それこそが親として果たすべき責務です。それを全うしたのなら、エレア様にとって最高の親ではないでしょうか」
「ふふっ、そうね。色々と詮索するのは彼女にとっても悪いでしょうし」
スコールは小さく息をついて椅子から立ち上がる。
傍らにかけていた青いコートを羽織った。
「彼の娘なら、私達の娘も同然よ。なら、しっかりと守ってあげる義務がある。保護者としてね」
「はい、お任せを。スコール様」
エレアの能力はほとんどアインと酷似していた。
体内に武器を圧縮、展開出来る事と超人的な身体能力を秘めている事の二つがそれを裏付けている。
ただしアインのように解放などは出来ないが、それでも戦力とするのなら余りにも強大だろう。
それほどの重荷を彼女は背負ってきたのだ。
太陽の如く明るい表情の裏に、永遠の慟哭を背負い、それを決して放り出そうとはせず――ただどこまでもずっと。
ならばその枷を付けたのは自分である。
アインの心に生まれたのは、罪悪感と幸福感という何とも相反したモノだった。
だが彼がどう思うが、結局その責任を問うのはエレアである。
だが彼女は喜んでいた。
父に会えたと。
もし彼女が世界を渡るほどの理由を作ってしまった事に理由があるのなら、その原因はアインにあるのだ。
ならばせめて、今彼女の目の前にいる自分が向き合わなければならない。
「父さん、これとかどうかな?」
レゾナンスのショッピングモールの前で、服を嬉しそうに指差すエレアにアインは笑みを浮かべる。
何という事はない。
ただ守るべきモノが増えた。
――言葉にすればたったそれだけの事だ。
だが、心にもたらされた幸福は大きかった。
「あぁ、似合ってる」
「本当? うん、じゃあこれも買っちゃおう!」
「ほどほどにしておけ、エレア。次に回る時、荷物になる」
「あっ、そうか。うーん……」
どれを戻そうか真剣に服を見つめる娘の姿に、アインは苦笑を溢した。
そしてふと親の事を思い出す。
彼らもまた理想に擦り切れ、溺れていった者達だ。
だがそれでも子供を犠牲にするという事にどれほどの苦悩があったのだろうか。
改めて、二人の覚悟の強さを思い知る。
そしてそれを自分は背負っていくのだ。
奪っていた者として。名前を継いだ者として。
これからも生き続け、この世界を見届ける義務を果たす。
それこそが織斑だった者として出来る精一杯の事だ。
その事実を彼女は受け入れてくれたのだろうか。
「エレア、ありがとう」
「ふふっ、変な父さん。でも大好きよ」
彼女もまた平和が久しいのだろう。
誰よりも優しい心を持ちながら、戦いの中でしか生きれない。
そんな在り方の彼女が酷く小さく見えた。
「久しぶりね、アイン君」
ふと聞こえた声に振り返ると、目に付いたのは空を思わせる青色の髪。
何かをたくらんでいそうな形相には見覚えがある。
かつて生を競い合った強敵でもあった女性、更識楯無だ。
「久しいな、楯無」
「えぇ、そうね。ところで早速なんだけど……その子、誰? 亡国機業に新しく入った子?」
「……ともかく少し人気のないところに行くぞ。人目についたらまずい」
「……はい?」
「だから、オレの娘だ」
呆けた楯無に、溜め息をつきながらアインはどうしようかと首を捻る。
人目の無いところに来たのはいいが、これからが厄介だ。
多分、今までに無いほど。
「……えっと、エレアちゃんだっけ?」
「はい、何でしょうか?」
「母親の顔は覚えてるかしら?」
「うーん……ごめんなさい。まだ……」
そこまで聞いて楯無は唐突に苦笑した。
意味が分からず、アインとエレアは首を傾げる。
「何がおかしい?」
「ううん、考える時の表情や手の動きが、本当にアイン君そっくりで。親子なんだって納得しちゃっただけ」
「……意地が悪いな、お前は」
「お互い様よ」
楯無との付き合いも十分と言えるほど長くなってきた。
既に何度か共闘も重ねており、彼女の実力を非常に頼もしいと思えてくるようになってきている。
「ねぇ、アイン君」
「何だ?」
「久しぶりに、IS学園に顔出してみない?」
アインがこの一言を新たな騒動の原因であると気づいたのは、既に事がおきてからであった。
初っ端から地雷ネタで突っ込みます。自重なんてしません。
それはともかくお久しぶりでございます。
外伝的話で、思い付きがメインの話ばかりですがお楽しみくだされば、作者冥利に尽きる思いです。
次回はとある作者様からクロスのお話をいただけたので、そちらを掲載します。
エレアの出番はその後だっ……!